『フランス現代史―英雄の時代から保革共存へ』 渡邉啓貴

テロに揺れるフランスの成り立ち

フランス現代史―英雄の時代から保革共存へ (中公新書)フランス現代史―英雄の時代から保革共存へ (中公新書)
(1998/04)
渡邊 啓貴

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フランスはいかにして第二次大戦の焼け跡を再スタートしたか。パリ解放からの戦後復興、植民地独立をきっかけとした第五共和制のスタート、経済成長と福祉国家の両立を目指すコアビタシオン(保革共存)に落ち着くまで
フランスは大戦中、ナチスに占領され、国土は荒廃しきっていた。焼け野原では、レジスタンスの中心であった共産党が大きな政治勢力を誇り、戦勝国なのに日本の戦後とスタートラインはどこか似ている
終戦直後の混乱を収めたのは、解放の英雄ドゴールだったが、戦前の議会勢力が復帰し、経済も復興し始めると、その影響力はフェードアウトしていった
当初はレジスタンスの功績がある共産党、社会党ら左翼勢力がキャスティングボードを握ったが、アメリカによるヨーロッパ復興プラン=マーシャル・プラン受け入れを巡って路線対立が明確となる。モスクワの指令を受ける共産党は、フランス復興に不可欠なプラン受け入れを拒否し、左翼勢力は分裂する
戦前の保守穏健派をはじめペタン政権に協力した政治家たちも政界へ復帰し保守勢力が再建されていく。右翼のピネ政府のもと、朝鮮戦争の世界的特需もあって、戦後復興が完了し高度成長期を迎えるのだ。えっ、ここまで同じなの?
本書は日本人がつまみ食いで都合よく解釈しがちなフランスの体制を、アルジェ独立、5月革命などの歴史の過程を踏まえて理解させてくれる

日本の戦後と違ったのは、植民地支配を巡る葛藤だろう
当時のフランス人にとって、海外植民地は単なる資源供給地ではなく、近代を広める使命を担った土地と考えられていて、「フランスの一部」と考えられていた
仏領インドシナ(ベトナム)に対しては、1954年4月のディエンビエンフーにおいて決定的な敗戦を受けて、ジュネーブ協定に基づいてラオス、カンボジアの独立、ベトナムは南部を非共産党政府が治める形での独立が承認された
北アフリカに対しては、そう簡単に割り切れない。チュニジア、モロッコに対しては「フランス連合」内の独立が承認されるも、アルジェリアに関してはほとんどの政治勢力が「フランスのアルジェを掲げていた
アルジェリアの独立運動は、エジプトのナセルによるスエズ運河国有化によって刺激され、第二次中東戦争でフランスはイスラエル側に加担する。しかし、超大国の米ソがそれぞれの国益から英仏の介入に難色を示し、ひと月で撤退することになった
1955年の第1回アジア・アフリカ会議によって、アルジェリア解放闘争は激化。国連総会でも議題とされ、フランスは国際的に窮地に追い込まれる。アルジェの扱いを巡って右翼・保守勢力は分裂し、共産党もハンガリー動乱でソ連を支持しことから国民の信頼を失っていた。国内のどの政治勢力も統治能力をもっていなかった
もし日本が敗戦を経験せず、植民地を持ち続けたなら同じ苦しみを味わったのだろうか

この大混乱を収めるために、ドゴールの復帰が熱望された
当時のアルジェリアは内戦が常態化して、佐官級の軍幹部が実権を握っていた。FLN(民族解放戦線)との戦いはエスカレートし、拷問、裁判なしの処刑が国際問題となり、フランス本土にもFLNの工作員・協力者が活動し始めていた
ここにいたって、政界を引退していたドゴールが復帰を決め、軍によるクーデター計画を撤回させた
独裁の危険を回避するためと、左翼勢力の支持も取り付けたドゴールは、憲法改正を目的とする六ヶ月の全権委任を認められた。独裁を防ぐための独裁、ボナパティズムの復活である

第四共和制において、第一院である国民議会が大きなウェイトを占め、大統領は形式的な国家元首に過ぎなかった。第二院はあるが諮問機関どまり
しかしその大事な国民議会が、議席数を分散する比例代表制度を取ったために強力な政権与党が生まれず、第一党が組閣後、さらに議会の信任を必要とする脆弱さがあった
首相は解散権を持つが条件が複雑であり、比例代表制度ゆえに特定議員の再選は容易だった
その反省から第五共和制において、大統領は強大な権力と権威ともつ
7年もの任期の間、国民からも議会からも解任されず、首相の任免を通じて政府を指導し、特定の法律を国会を経ずに国民投票にかける権限を有する。さらに一年以上の間隔が空いていれば国会の解散を命じることができる
そして非常時にいたっては、大統領の判断で、いかなる者の拘束を受けることなく立法権、執行権を手にし、憲法の一部停止すら行える
そして、大統領は第四共和制のように国会議員のみよって選出されるのではなく、最初は国会議員から地方議員を含めた選挙母体から、1962年以降は国民の投票によって選出されることになる
国民議会選挙は制度が小選挙区に変わり、二段階の選挙で選ばれる。第1回投票で12.5%以上の得票を得た候補者が第2回の候補に残り、第2回の1位の候補者が当選される。その際には、各政党間の票の調整が認められている
大統領の権限は強力だが、国民議会は不信任案を出すことが可能であり、大統領選挙と国民議会選挙に直接のつながりがないことから、大統領与党と国会の多数派が違うという状況が可能となった
アメリカ大統領のように拒否権まではないので、「準大統領制」ともいわれる

しかしながら、アルジェリア問題はソフトランディングとはいかなかった
「アルジェリア人のためのアルジェリア」を認めた結果、アルジェではフランス系植民者(コロン)に支持された国会議員らによる反乱「バリケードの一週間」、そして外人部隊を使ったクーデターが勃発。素早く鎮圧した後も、秘密武装組織OASがサラン将軍の指揮でアルジェを中心にテロ活動を展開して、本土でもかの有名な「ジャッカルの日」を引き起こす。多くの流血の末に、アルジェリアは独立し、第五共和制は確立したのだった
大統領と議会のズレを容認する第五共和制は、ミッテラン時代にコアビタシオン(保革共存)を可能とし、ポスト冷戦、EU統合を睨んだ自由化政策経済成長による格差を是正し持続可能な福祉政策の二正面作戦を可能とした
グローバル化による新自由主義の流れは左翼の強いフランスでも拒否できなかったものの、大統領と議会という異なる政治力学で動く存在がお互いを補完しあって、政策の行き過ぎを防ぐ役割を負っているようだ


ジャッカルの日 (角川文庫)ジャッカルの日 (角川文庫)
(1979/06/10)
フレデリック・フォーサイス

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