『乾坤の夢』 上巻 津本陽

皆既日食をガラケーで撮るのは無理

乾坤の夢〈上〉 (文春文庫)乾坤の夢〈上〉 (文春文庫)
(1999/12)
津本 陽

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慶長三年8月、天下人・豊臣秀吉は死んだ。後事を受けた徳川家康は、朝鮮に残留する日本軍にその死を伏せたまま、撤退させる必要があった。無事帰国した諸大名は、石田三成ら吏僚派、加藤清正ら武闘派に分かれて対立し、家康はそれを利用して勢力の伸張をはかる。そして、豊臣政権の大老に留まらず天下人の地位を狙い、石田三成の挙兵を予想したうえでの上杉討伐で乾坤一擲の勝負に出た

『夢のまた夢』の続編、三傑シリーズの最終部はもちろん、徳川家康が主役だ
冒頭は朝鮮出兵、慶長の役の末尾を飾る泗川の戦いから。秀吉の死を知ってか知らずか、9月に明・朝鮮連合軍の大攻勢が始まり、島津義弘の守る泗川倭城には数万の大軍が押し寄せた。対する島津軍はたったの七千
力任せに攻めてくる敵軍に対し、島津義弘は逸る味方を統制し、敵火薬庫の爆破をきっかけに一気に攻勢へ転じる。「鬼石蔓子」の名を明国にまで広めた、この一戦の描写は迫真で、これだけでも読む値打ちはある
派手な序盤に比べ、本編である関ヶ原までが地味だ(苦笑)
言い尽くされた題材であるせいか、史料を押さえつつ淡々と進む。意外なのは、前田利家が家康を刺し違えるほどの覚悟を持っていたというところぐらいか
むしろ、今まで語られなかった関ヶ原以後に作家の興味が向いているようだ

前作、前々作のように、武将のリアルな方言は健在
広島弁で不思議な存在感を誇るのが、毛利家にありながら東軍に通じた吉川広家と輝元の名代として出陣した毛利秀元だ
吉川広家は朝鮮でも活躍した武闘派で、毛利家を西軍に導いた安国寺恵瓊に反発し、黒田長政と結んで中立政策をとる
名代として数万の大軍を率いる毛利秀元は、人間を軽々と担ぎ上げる怪力の持ち主。石田三成の狼煙を受けて南宮山を下ろうとすると、吉川広家のその軍勢をもって足止めされてしまう
催促に来た長束正家の使者に対し、弁当を食べていると言い訳したため、宰相殿の空弁当」という逸話を残してしまった
吉川広家は傍観するだけで本領安堵という約束を、黒田長政や家康の家臣と誓書を交わしたものの、家康本人とは確認しなかった。結果、毛利家は本領安堵どころか、二カ国三十七万石への大減封となってしまう
作者はこの甘さを、戦国武将の猜疑心を失った二代目大名と評する。西軍には義将はいても、家康に匹敵する戦国魂をもった者がいなかったのだ


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