『利休にたずねよ』 山本兼一

利休にたずねよ利休にたずねよ
(2008/10/25)
山本 兼一

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天正19年(1591年)、利休秀吉から死を賜った。切腹の前日、利休は妻の宗恩から「他に想い人がいたのではありませんか」と尋ねられる。利休の茶が他の茶人から抜きん出るのはなぜか。嫉妬する秀吉をはじめ、細川忠興古田織部といった高弟たち、親類たちが問いかけていく

なかなか魅せられる小説だった
一見、茶道の美意識に生きる茶人と傲慢な権力者の対立を見せかけつつ、利休の茶道への執念を追いかけていくうちに、その欲望は秀吉の天下一へのこだわりに等しく見えてくる
しかし、利休の茶は嫌らしさに堕ちず、一同を感服させる美へ昇華させた。その根底に迫るのが小説のテーマである
ミステリーとして、その肝心、要の理由を早々に明かしてしまって興を削ぐが、恋路のくだりでは伏線が鮮やかに回収されて、納得のいくラストだった
人を歓待する精神、茶道具への愛情、そして人を狂わせる独特の空間、茶道の魅力、魔力を存分に味わえる作品だ

利休がなぜ秀吉に死を賜ったか。今もって謎とされ、この小説でも明確な答えは用意されていない
「内々のことは宗易(利休)に」と言われたように、本作でも秀吉の政策に深く関わる様子が描かれる
九州征伐では、島津家への書状を秀吉とは別にしたためて安心させ、李氏朝鮮の使者が来たときには秀吉の傲岸な振る舞いをフォローするように使節を庵で歓待している
小説では黄金の茶室を利休が設計したことになっていて、必ずしも秀吉の茶を利休は否定していない
北条征伐のさいには、北条家に仕えていた高弟・津田宗及を助命すべく秀吉に頭を下げており、政治の世界では忠実な側近として描かれている
大徳寺の仏像も口実であって、秀吉からすると利休の茶の秘密を知るために追い詰め、利休は誰にも言えぬと恋のプライバシーを守って死ぬ。美しいフィクションとして幕を閉じた

実際のところ、利休はなぜ処断されたのだろう
1591年というと朝鮮出兵の前年で、諸大名に苛烈な軍役を命じる段階にあった。大大名とも厳格な主従関係を築きたい秀吉にとって、政治の裏ルートである茶道の場を抑えておきたかったのかもしれない
また利休が楯突いた理由に、侘び茶の精神が唐物・高麗物をあり難がる気風を脱し、国内の産物を再評価する、国学的な活動に思え、唐入りを目指す海外雄飛志向の秀吉と思想的な対立があったとも想像したくなる


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(2014/06/13)
市川海老蔵、中谷美紀 他

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