【BD】『8 1/2』

「人生は祭りだ。ともに楽しもう」

8   1/2 [Blu-ray]8 1/2 [Blu-ray]
(2013/01/11)
マルチェロ・マストロヤンニ、アヌーク・エーメ 他

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大物映画監督であるグイド(=マルチェロ・マストロヤンニ)は、渋滞中に意識を失った。医者の勧めで温泉の出る保養地で湯治をしていたが、ついつい人妻の愛人カルラ(=サンドラ・ミーロ)を呼び出してしまう。湯治の途中でなし崩し的に新しい映画の製作がスタートし、くたびれてしまったグイドは、今度は妻のルイザ(=アヌーク・エーメ)を呼んで、冷え切った仲を修復しようとするが…

タイトルの「81/2」とは、処女作が共同監督だったことを「1/2」とカウントし、単独の監督作品が八作目だったのを合わせた数らしい
主人公が映画監督ということで、思いっきりフェリーニの人生を投影したものになっているようだ
仕事に女性と好き勝手やってきた人間が倒れて、今までの人生を反省してやり直そうという筋なのだが、癒しへの道は遠い遠い。なにせ、病気で倒れたぐらいでは、まるで反省しようとしないのだ、主人公が(苦笑)
むしろ弱ったからこそ、女性に幻想を求め、現実での関係にガタが来てしまう
序盤に「今度も救いのない映画を撮るのか?」と突っ込まれたとおりに、すべての希望が潰されたかに見えたが、最後の最後に現実への復縁にたどり着いた
くたびれた人間の内面がテーマながら、現実と過去を往復する意表をつく場面転換、ユーモラスな批評性、絶好のタイミングで入るBGMが、悲劇を喜劇へ変貌させている。ちょっと自虐過ぎるけど、評判どおりの名作だった

見所はなんといっても、容赦ないセルフ突っ込みではないだろうか
メタ台詞は本来、邪道なものであるはずが、作品が監督本人の心の旅なので、免罪できてしまう
主人公が無垢な女性を想像すると、「娘の登場に何の意味がある。純粋のシンボルだなんて、古過ぎる」
スタッフの姪っ子には「恋愛物は苦手」と言われ、子供時代の回想のあとには「子供時代の思い出を描いて何になる」と脚本家に突っ込ませる
場面転換が入り乱れた後には、「人間の内面に潜む混乱を描く気だな」とセルフ解説まで入って、結果的に視聴者に分かりやすい映画になっていた

愛された幼少期、葡萄風呂、神学校での教育、ルンバの踊り子サラギーナと、子供時代の美しい思い出もよろしいが、やはり自虐シーンが面白い
幻想のなかのハーレムでは、グイドと関係した、あるいは想像した女性たちが勢ぞろいし、外から帰って来た彼を歓待する
すべての女性を満足させたかに見えるグイドだが、ハーレムには残酷な規則があった。一定の年齢に達した女性は二階に閉じ込められるのだ
少年の頃の憧れだったろうフレンチカンカンの踊り子(?)、ジャクリーヌが、年齢制限から退場宣告を受けたことに女性たちは怒る。ワルキューレのBGMともに修羅場となり、「本物の男はそんな規則は作らない」「女には70まで愛してもらう資格がある」と言われてしまう
女たちの反乱に、グイドはムチを振るう。まさに裸の暴君である
そんな中、唯一グイドに忠実なのが、正妻のルイザ。グイドはルイザに母親を求めているのだ
もちろん、そんな欲望が現実に満たされるはずもなく、「自分の都合のいいことばかり、映画で撮りやがって」と罵倒されてしまうが
現実の女性であれ、スクリーンの向こうのアイドルであれ、年齢で女性を裁いてしまう様というのは、性的欲望から来る薄情さであり、女性に母親を求めることもありがちな過ちだ。草食系が増えたといえど、日本男子にも耳の痛い話なのだ
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