『下天は夢か』 第4巻 津本陽

今年の本能寺は、濃姫が無双してましたな

下天は夢か(四) (講談社文庫)下天は夢か(四) (講談社文庫)
(1992/07/02)
津本 陽

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最終巻は、長篠の戦いから石山本願寺・毛利連合軍との死闘、武田家の滅亡、中国攻め、そして本能寺の変まで
前巻で浅井父子と朝倉義景のしゃれこうべを酒の肴にしたあたりから、信長の精神に変調が来たしてくる。作者が強調するのは猜疑心の強さで、佐久間信盛など過去の些細な行いから過大な罰を下してしまった
その一方で、猜疑心は戦国の世を渡る上で必須の能力ともしていて、それが今まで信長を生かしてきたともいえる。自ら戦国時代を終わらせたことによって、求められるリーダーの資質が変わってしまったのだろうか
国政では部下に一国を任せるにあたり、「国掟」で内政を拘束したのが近世的で、大名としての自立を防いだ。この「国掟」の条項は、そのまま江戸幕府の「武家諸法度」のモデルとなったようだ
自らをご神体として拝ませたことなどは、天下人として、かつてないほど権力をもったが故の試行錯誤にも見えて、後継である秀吉、家康へのよき教訓となったことだろう

長篠の合戦については、鉄砲三千挺、武田騎馬軍団の俗説を前提としつつ、現実的にどこまで可能かを考察していた
鉄砲の三段撃ちに関しては、前々巻から雑賀衆、根来衆がすでに戦法として用いていたとして、一向宗との戦いを通じてその運用を考えたとする
『信長公記』では長篠で使われた鉄砲は千挺とされていて、三段撃ちは記されていないらしく、実際の戦場で用いられたかは分からない
武田騎馬軍団に関しては、馬匹などの負担がかかることから、通例では千人の軍勢で乗馬120頭、輸送用に100頭と割り出して、武田軍一万五千なら千八百騎。それでは淋しいので、三千騎はいたのではとしている
武田家の軍制だと騎馬武者は一割にも満たないという説もあり、そもそも騎馬のみの部隊編成が困難だったというのが実状なようだ
その一方で、織田・徳川方には騎馬隊を警戒する記録もあるようで、武田騎馬軍団の俗説はスペインの「無敵艦隊」のように敵によって想像されたものかもしれない

本能寺の変に関しては、意外にあっさりしていた
明智光秀の動機に関しては、秀吉の中国攻めが成功して立場が逆転したこと、取次ぎしていた長曽我部への討伐が決まり、なおかつその討伐軍に選ばれなかったこと、伝統的権威を軽んじる信長とのイデオロギー面の問題があげられていた
家康の接待で折檻された逸話は、本能寺の変後に後付けで想像された俗説とし、所領を取り上げて切り取り次第を申し渡された説もそれでは中国攻めの軍勢を編成できず現実的でないと否定している
緒方直人主演の大河では、期待され過ぎることに疲れたという動機だったが、こき使われて過労で倒れたこともある光秀からすると、あながち間違っていないのかも(笑)

シリーズ全体を総括すると、要所で『信長公記』などの史料を引用や流用しつつ、その間に作者の想像を滑り込ませる手法が非常に巧みだった。一巻の記事で軽快な漢文の調子が吉川英治に近いと書いたが、自己主張の少ない文体で客観性を生み、小説の内容を全て真実だと思わせるところは吉村昭に近いだろうか
あと特徴的なのは、大名の活動するところ、必ず忍者がいることである。いかなる武将も「細作」(諜報員)を放って情報を集め、時に身辺の警護に使う
半ばファンサービスだが、戦国の裏に語られぬ者たちの活躍があることも強調したかったのだろう


前巻 『下天は夢か』 第3巻

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(2005/04/15)
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コメント

No title
どうも、以蔵さん
わたしが、「下天は夢か」を読んだのは四年くらい前だったと思いますが、津本陽が、信長が精神的に変調をきたしてきているように書いていたのは、よく覚えています。
ちょうど、ヒトラーと同じような感じで書いていたのではなかろうかと思います。
ただ、わたしが思うに、信長がそれまで我慢していたものが、天下統一が近くなるにつれて我慢しなくても良い状況になっただけなのではなかろうかとも思います。
それが、佐久間信盛の追い出しとかだったのではなかろうかと。。。
それと、長篠の合戦の実状は、最近では、だいぶ研究が進んでいて、当時の騎馬武者は、馬を降りて歩兵になって戦ったというのが有力みたいですね。
藤本正行「信長の戦争― 『信長公記』に見る戦国軍事学」
http://kanaisocho.blog77.fc2.com/blog-entry-718.html
鈴木眞哉「鉄砲隊と騎馬軍団―真説・長篠合戦」
http://kanaisocho.blog77.fc2.com/blog-entry-813.html
などに、最新の研究成果が記載されています。
まあ、どれぐらいの信憑性があるのかは分からないですが、わたしは、上記の2冊の記述は、真実に近いと感じました。
Re: No title
信長の変調に関しては、あまりに巨大な権力を手にしたために、どういう風に人に接していいか、分からなくなったからだと思うんですよ。最初に天下人になったから、見本になる人がいなかった
浅井家の裏切りで退却するときに信長が殿軍を申し出ない譜代の武将たちを罵り、佐久間信盛が「そりゃ、ないすっよ」と食い下がるのですが、戦国時代の大名と宿老はそれぐらい許される関係で、司馬遼太郎も信長すら家臣の意見を取り上げる形でなければ、評定をリードできなかったとしています
そうした関係を超えた権力を持ってしまったとき、どう振舞うべきかという帝王学を自分で作らなきゃいけなかったでは
佐久間信盛を追放したことで、その旗下の武将たちが明智光秀に配属されるとか、因果応報を感じてしまいますね

日本の在来種は外国のポニーぐらいの大きさらしく、人が乗って戦える代物には思えないですからねえ
ただその一方で、体格の割りに足元が丈夫だという話があったりして、騎馬軍団はともかく小規模の合戦なら騎馬武者の活躍はありえる気もします
お薦めの本はいずれチェックしてみます

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