『第二次世界大戦 ヒトラーの戦い』 第2巻 児島襄

びびるぐらいなら止めればいいのに…

第二次世界大戦 ヒトラーの戦い〈2〉 (文春文庫)第二次世界大戦 ヒトラーの戦い〈2〉 (文春文庫)
(1992/07)
児島 襄

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第2巻は、赤軍大粛清から、将軍追放による軍部掌握、オーストリアの“大併合”、ミュンヘン会談、独ソ不可侵条約、そしてポーランド侵攻による第二次世界大戦の始まりまで
すでに一党独裁体制を築いたヒトラーは、最後の抵抗勢力、国防軍に標的を定める
ヒトラーの支持者だった国防相・プロンベルグ大将が、再婚相手の経歴を不適当であるとして罷免、陸軍総司令官フリッチェ大将も同性愛疑惑の罠にかかって更迭された。ヒトラーの戦争計画により忠実な将軍を起用するともに、トップの首を刎ねた事実をもって国防軍への支配力を強めた
しかし、ヒトラーの戦争計画はドイツを破滅させるものと見なし、参謀総長フォン・ベック大将、参謀次長ハルダー大将(その後、参謀総長)を中心にクーデター計画も練られていて、チェコ併合後もくすぶり続けることになる

ミュンヘン会談からポーランド侵攻までで見えてきたのは、誰もが世界大戦を避けたがっていたこと
ミュンヘン会談は英仏の対独宥和外交として有名で、チェコは対ドイツに軍備を集中していたため、国境地帯のズデーテン地方を取られると軍事的に無力化されてしまい、そのままスロバキアの衛星国化とチェコの併合に直結した
ミュンヘンでは英仏の妥協を見切ったヒトラーも対ポーランドでは揺れる
英仏の強硬姿勢が世界大戦を呼ぶと見て、急遽ソ連へと接近する
ソ連はポーランド東部を第一次大戦で失った勢力圏と見ていて、取り返すべくドイツと交渉に入る。ポーランドがソ連の援軍に否定的だったことも、独ソ接近につながった
それでもソ連の態度が不透明なうちは開戦に踏み切れず、8月25日には作戦開始直前にヒトラーは延期を決めている
たとえソ連との不可侵条約で二正面作戦が避けられても、イギリス相手の長期戦は避けたい。またアメリカの参戦が破滅をもたらすとも予測していたようだ
ポーランド戦が本当の世界大戦にならぬよう、対イギリスへの先制攻撃を禁じ、西部戦線では散発的にしか砲火を交えない“ファニー・ウォーが続くこととなった

独ソ不可侵条約に、防共協定を結んでいた日本は大きく動揺する。複雑怪奇の迷言を残して時の平沼内閣は総辞職
ドイツからすると、防共協定はソ連への牽制ではあったが、同時にイギリスの海軍を引きつける役割を期待していて、日本の思惑とはかけ離れていた
駐独大使となった大島浩中将は、ドイツ側へ不可侵条約はソ連の極東進出を助け、防共協定を空文化するものと抗議する。が、外務次官からは「日独同盟に日本が躊躇するから不可侵条約を結ばざるえなかった」などと言われ、リベントロップ外相からは日本もソ連と協定を結べばいいじゃない。ナチスファンの中将にして大きな不信感をもたざる得なかったようだ
どうして、ここから三国同盟に発展できたか、謎と言わざる得ない(嘆


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前巻 『第二次世界大戦 ヒトラーの戦い』 第1巻

ヒトラーの時代 上 (講談社学術文庫 68)ヒトラーの時代 上 (講談社学術文庫 68)
(1976/10)
野田 宣雄

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