『シービスケット―あるアメリカ競走馬の伝説』 ローラ・ヒレンブランド

実際のレッド・ポラードは映画とキャラが違う

シービスケット―あるアメリカ競走馬の伝説シービスケット―あるアメリカ競走馬の伝説
(2003/07)
ローラ ヒレンブランド

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2003年に公開された映画『シービスケット』の原作本
シービスケットは1930年代に活躍した名馬で、1938年においてヒトラーを押しのけ、もっとも新聞の紙面を飾るほどの国民的人気があった
三冠馬ウォーアドミラルの対決では、7万8千人の観客が小さい競馬場(定員一万二千人)に殺到し、アメリカ中がラジオを通してその勝負を見守ったという
本書は、馬主ジョン・ハワードの前半生からシービスケットとの出会い、世紀の対決、故障からの復活、念願のサンタアニタ・ハンデキャップ(10万ドルレース)制覇まで、馬主、調教師、騎手が味わった波乱万丈の物語を描いている
“世紀の対決”を巡る駆け引き、騎手の過酷な減量(ときには37キロまで!)、など映画で語られない裏事情も盛りだくさんで、鑑賞済みでも多くの発見があった

第一次大戦後、アメリカでは禁酒法に代表される禁欲主義が蔓延し、カリフォルニアでは1916年に競馬が禁止されていた
そのはけ口として、メキシコのティファナ競馬場がオープンし、職を失った競馬関係者が殺到した。後にシービスケットの主戦となるレッド・ポラードはそこで苦しい下積み時代を送る
1933年、大恐慌から財源に苦しむカリフォルニア州が、競馬を合法化。自動車販売で富を築いたジョン・ハワードも馬主となり、1934年にサンタアニタ競馬場への出資者ともなった
シービスケットの調教師となるトム・スミスは、馬車が交通手段の時代に牧場を渡り歩いて生計を立ててきたが、自動車の普及で競馬の世界に身を投じた。くしくも自動車の普及に心血を注いでいたのが、ハワードだというのだから、人生は分からない
1930年代はちょうどラジオが普及していく時代でもあり、耳から共有された情報から「有名人」(セレブレティ)の概念が生まれた。大恐慌で打ちのめされた人々は、ラジオから聞くシービスケットの活躍に驚喜したのだ

実際のシービスケットは、どんな馬だったかというと、いわゆるズブい馬。早くから賢く、調教を走らない馬だったようだ
そのために体重を絞るのが大変で、最初の調教師フィッツシモンズ(当時のアメリカを代表するトレーナー)はあえて過酷なレース日程を組んで調整した。3歳での酷使は馬体作りにはよくても、精神的には傷つけてしまい、業界に入ってまだ一年のトム・スミスの手に渡ることになる
スミスは丹念にシービスケットのトラウマを取り、その心を癒したが、やはり馬体を絞るのが大変で、今の競馬で考えると過酷な日程を組まざる得なかったようだ
そうした遊ぶ馬と手が合うのが、主戦レッド・ポラードで、友人のジョージ・ウルフほどの実績はなかったが、派手に失敗しても馬主と調教師の信頼を失わなかった
当時は西部が未開拓地として扱われ、“世紀の対決”では95%の競馬記者が東部の三冠馬ウォーアドミラルを推したという
それを四馬身差で退けたシービスケットは、日本でいうと東西競馬界の力関係を変えたテンポイントに近いだろうか


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