『清兵衛と瓢箪・網走まで』 志賀直哉

志賀直哉の短編集。明治末期に書かれた作品が中心で、著者がモデルと思われる人物もみんな独身だ。テーマは多岐に渡るんだけど、『小僧の神様・城の崎にて』と比べてより直接的な死、“殺人”を題材にしたものが目立つ

清兵衛と瓢箪・網走まで (新潮文庫)清兵衛と瓢箪・網走まで (新潮文庫)
(1968/09)
志賀 直哉

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剃刀』は、衝動的な殺人に到るまでの行動がこと細かく描かれる
殺人を犯してしまうのは散髪屋の亭主だが、明確な動機はない。病床につくほどの風邪、寝不足、自分の技術に対する過信(?)、相性の悪い客とこれでもかと悪条件が揃い、その結果犯行に及んでしまう
客に対する殺意はない。ものに当たるように人を殺したのだ。なんという不条理

濁る頭』は本当に殺人があったのか分からない、ミステリアスな物語
迷える青年が年上の女と駆け落ちするんだけど、それは周囲の環境からただ逃れるためか。宗教に頼ったことのある潔癖性の彼は、女性との仲をうまく収められない。いわばクリーンな精神世界に留まるために、女性を“殺害”したということか

范の犯罪』はストレートな法廷劇。と言っても、ほとんど裁判官と容疑者の問答だけ
どうも事故なんだけど、殺意があると言えばある。それも明確に。でも状況は事故。容疑者は罪を背負うように告白する。法律的に“無罪”だけど、本人的には“有罪”なのだ

三作の人物はどれも精神的に追い込まれ、病んでいる
何かのために理性的に行ったものではなく、理性が弾けたあとに残ったものがそれをさせている
著者は理性を保っている平常の人間が後講釈で考えることではなく、理性が飛んだ瞬間のことを捉えようとしたのだろう。これを言葉に表わすのは、まさに表現に対する挑戦。これぞ作家の仕事だ
この頃にはフロイトらの心理学がどれくらい知られていたのか、ちょっと気になった
菜の花と小娘』は、少女の精神世界を描いたようなファンタジーな作品。子供のころは虫や植物、動物も自分たちの延長で捉えて考えたりしがち。日本人なら大人になってもそういう傾向があるかもしれない。アニミズムやね
最後の『児を盗む話』と重ねると、「このロリコ~ン」と言いたくなるw

表題作の『網走まで』は汽車の中でのワンシーン。幼い子供を抱える母親と相席になる。その細かいやりとり、描写は微笑ましい
ある一項』は京都での部屋探し。七条から四条あたりまで、うろつき回る。だけど、その部屋の汚さに東京へ帰ってしまう。ありゃりゃ
出来事』は路面電車に子供が轢かれそうになる話。いろんな人が子供に関わってきて、事が終わると散って行く
ここら辺りの描写の細やかさは絶品。観察系の短編は味わい深い
正義派』は観察系とは違うけど、私小説とは違う魅力が。一種の社会派小説のような風味がある。正義をなすんだけど、その結果はけっして甘いものではない。酒でも飲まないとやってらんないという話。一番気に入った

もう一つの表題作『清兵衛と瓢箪』は『小僧の神様』に近い、落語のような話。愛嬌があって、一応オチもある。まっ、小咄です

クローディアスの日記』だけは、初読でなんのことか分からなかった。ハムレットの登場人物なのか? 文中にハムレットなんてひと言も出てこないんだよなあ
そりゃ、分からないよ

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