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『ポートレイト・イン・ジャズ』 村上春樹 和田誠

YOUTUBEで聞ける、素晴らしい世界



和田誠のポートレイトに村上春樹がそのミュージシャンへの想いを込めたジャズ・エッセイ

村上春樹は学生の頃からジャズに傾倒し、専業の作家になる前はジャズ喫茶を営んでいたほどだが、あまり身近過ぎて書くのに躊躇があったらしい
しかし、和田誠(『麻雀放浪記』の映画監督までしたマルチなイラストレーター)の人物画を見て、切り口を見出したそうだ
それぞれの人物、楽曲への愛着からか、小説では見られない情緒たっぷりな詩的な文章が流れる。読んでいるこちらが気恥ずかしくなるほどの愛が表明されているのだ
もはや読者の目など気にならない、僕とジャズの偉人だけの世界、空気がギュッと詰まっている(たまに「僕ら」となっていて、とまどってしまうが)
ジャズの真髄を、人間の負の側面(=狂気、自己矛盾、悪意、妄執、自滅)として、前半は麻薬で早死するタイプが多く紹介されるが、別に主義者であるわけでもなく、後半には明るいジャズを「もし、ここにあるものがジャズという音楽の与えてくれる喜びのひとつじゃないとしたら、僕はジャズなんで聴かなくてもいいやとさえ思う」(p232)と、これはこれと楽しんでいる

とりあえず、取り上げられている人のリストをば

チェット・ベイカー (トランペット&ヴォーカル)
ベニー・グッドマン (クラリネット)
チャーリー・パーカー (アルトサックス、「モダン・ジャズ=ビパップ」の父)
ファッツ・ウォーラー (ピアノ、オルガン、ヴォーカル)
アート・ブレイキー (ドラム)
スタン・ゲッツ (テナーサックス)
ビリー・ホリディ (ヴォーカル)
キャブ・キャロウェイ (ヴォーカル)
チャールズ・ミンガス (ベース、ピアノ)
ジャック・ティーガーデン (トロンボーン、ヴォーカル)
ビル・エヴァンズ (ピアノ。ギル・エヴァンズとは別人)
ビックス・バイダーベック (コルネット、ヴォーカル)
ジュリアン・キャノンボール・アダレイ (アルトサックス、ソプラノサックス)
デューク・エリントン (ピアノ)
エラ・フィッツジェラルド (ヴォーカル)
マイルズ・デイヴィス (トランペット)
チャーリー・クリスチャン (エレクトリック・ギター)
エリック・ドルフィー (アルトサックス、バスクラリネット、フルート)
カウント・ベイシー (ピアノ)
ジェリー・マリガン (バリトンサックス、ピアノ)
ナット・キング・コール (ピアノ、ヴォーカル)
ディジー・ガレスピー (トランペット)
デクスター・ゴードン (テナーサックス)
ルイ・アームストロング (トランペット、ヴォーカル)
セロニアス・モンク (ピアノ)
レスター・ヤング (サックス、クラリネット)
ソニー・ロリンズ (サックス)
ホレス・シルヴァー (ピアノ)
アニタ・オデイ (ヴォーカル)
モダン・ジャズ・カルテット (バンド。『笑っていいとも!』にも出演。小説『騎士団長殺し』で主人公が曲をかける)
テディ・ウィルソン (ピアノ)
グレン・ミラー (トロンボーン)
ウェス・モンゴメリ (ギター)
クリフォード・ブラウン (トランペット)
レイ・ブラウン (ベース)
メル・トーメ (ヴォーカル)
シェリー・マン (ドラム)
ジューン・クリスティ (ヴォーカル)
ジャンゴ・ラインハルト (ギター、バンジョー)
オスカー・ピーターソン (ピアノ)
オーネット・コールマン (アルトサックス、トランペット、ヴァイオリン。フリージャズの先駆者)
リー・モーガン (トランペット)
ジミー・ラッシング (ヴォーカル、ピアノ)
ボビー・ティモンズ (ピアノ)
ジーン・クルーパ (ドラム)
ハービー・ハンコック (ピアノ、キーボード)
ライオネル・ハンプトン (ヴァイブの第一人者、ドラム、ピアノ、ヴォーカル)
ハービー・マン (フルート、テナーサックス、クラリネット)
ホーギー・カーマイケル (ピアノ、ヴォーカル)
トニー・ベネット (ヴォーカル)
エディ・コンドン (ギター、バンジョー)
ジャッキー&ロイ (夫婦デュオ)

<文庫版のボーナストラック>
アート・ペッパー (サックス、クラリネット)
フランク・シナトラ (ヴォーカル)
ギル・エヴァンズ (ピアノ。ユダヤ系カナダ人で、ビル・エヴァンズとは別人)


羅列していくと、総勢55名!!
もとが単行本2冊を文庫本1つにまとめたものなので、幅こそ分厚いのだが、文字は大きく行数は詰まっていないので、スラスラと読める
管理人でも知っているコルトレーンが入っていないけど、それは和田誠による人選のせい(!)らしい。有名人だからと後回しにしたら、抜けてしまったのだろうか。村上春樹自体は、代わりにジャック・ティーガーデンが入っているからヨシだそうだ
定番を少々と、『Fallout』シリーズで知っているぐらいの管理人には、いい入門書になりそうだ


関連記事 『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』



【プライム配信】「風雲!たけし城」

34年ぶりにリメイクされた『風雲!たけし城』。とりあえず、2話までの上田城まで見た
ビートたけしが多忙なせいか、代理に「AIたけし」が登場!
中身はどうみても松村邦洋なのにガッカリした人もいるかもしれないが(苦笑)、いちおう旧作でもフライデー事件のときに「たけし人形」などで代理を立てた故事に基づいたものではある
家老役のバナナマンに、上田城の城主・上田晋也がたけし代わりにメタなコメントを出していく構成で、スタジオは回顧的な空気が流れていたものの…

本編は普通に面白い!
素人含めた混成の100人が、鬼畜アトラクションに挑むという企画そのものが強いのだ。たけしの不在はとくに気にならない
Amazonから制作費を出してもらって、従来のたけし城を上回る、ひとつの遊園地かというセットを実現。これにモチベーションの高いスタッフと参加者がいれば、それは面白くならないわけはない
ナレーションが講談師の神田伯山に代わり、旧作のときに辛辣なコメントはなくなったが、これも時代の変化というものだろう
問題はリニューアルしたアトラクションは難しくて、クリアした人があまり少ないこと。特にクリア人数ゼロの「竜神池」は、石と石の間隔が離れすぎたところがあって、渡れるコースが限られたりしていた
なので、やたら「敢闘賞」による特例に、敗者復活戦まで行って、最終戦での人数調整がされていた。もとが“痛快なりゆき”なので、「まあ、いいか」という感じなんだけど(笑)

同じTBSの番組だと、「SASUKE」が後継にあたり、これも海外でかなり受けている
SASUKEがガチガチの玄人による挑戦に対して、「たけし城」は素人の失敗を笑う緩い番組でやっていることは近くても方向性が違う。海外で人気があるどころか、東南アジアなどで現地版まで作られている
どんなに技術が発達しようと時代が変わろうと、身一つで難関に挑戦するシチュエーションには普遍性があるのだ




『彼岸島』 第1巻 松本光司

「みんな、丸太は持ったな!」
この一世を風靡(?)したネットスラングの元ネタが、ホラー漫画『彼岸島』
ずっと続いているイメージを持っていたけど、2002年から始まった「週刊ヤングマガジン」の連載が、2010年8月から最終章に入り、2014年7月合計49巻をもって完結していた
アニメはおろか、テレビドラマ、映画にもなっていて、世間的にも知られる作品になったようだ




第1巻の冒頭から丸太を持った男がいるぅ!(爆
2年前に行方不明となった宮本篤は、謎の島で吸血鬼と戦っていた。その島にいる村人たちは、どういう手段を使ってか、部外者を漁村に連れ込んで、吸血鬼にしてしまうのだ
一方、篤の弟、は大学受験に成功。幼なじみのユキ、近所の魚屋の息子ケンと東京へ出ることになっていた。しかし、謎の女性を介抱したことから、彼も島へ誘われることになって……

最初から杭ならぬ丸太で戦う男がいて、相手が吸血鬼であることが読者に示される
ただし、実家に住む明たちは、本当に吸血鬼であると分かっておらず、徐々に異常な怪物を相手にしていると知る展開
お話だけはホラーなのだが、絵柄、演出はというと、完全にコメディタッチ時代遅れのヤンキー然としたケンに、悶々として裸のヒロインを妄想すると、80年代後半の地方都市での青春が描かれている
携帯もなく、連絡に電話ボックスを使うところなど、作者が送ったであろう年代がそのまま作品世界に舞い降りたかのようだ


いかに青年誌といえど、ここまで露骨にボッキを促して来ようと思わなかったが(笑)。漫画を読む年齢層が広がっても、対象年齢のベースは変わらないらしい
2巻まとめて、書こうと思ったけど、なんかお腹いっぱいになってしまったので、ひとまずこの辺で




篤役が鈴木亮平とか

『満州アヘンスクワッド』 第5巻・第6巻

漫画もけっこう積んでいます




第5巻。キリルの恋人ナターシャハルピンの青幇、馮英九の手下に捕まった。馮英九は身寄りのない女性や子供を人身売買しているのだ
キリルNKVDの過去だったことから、亡命ロシア人の集まりから相手にされず、麗華の助けを借りることに。馮英九はスラム街・大観園の子供もさらっていたことから、閻馬たち孤児も奪還作戦に協力する

かなり展開は早い
ナターシャの救出に成功したと思いきや、逃走車がロシアン・マフィアの縄張りに入ったことで、ナターシャばかりか麗華たちまで彼らの手に落ちる
そして、マフィアのボスとして姿を現したのが、白露事務局局長ロジャエフスキーで、杜月笙の娘・麗華青幇との取引材料に使おうとする
クライマックスは、馮英九とロジャエフスキーの交渉からの銃撃戦。追い詰められた麗華の運命は……と一番いいところで終わる!




第6巻。麗華の危機は、大観園の孤児たちに救われた。一命を取り止めた彼女の予見どおり、青幇とロシア・マフィアの血で血を洗う抗争が始まる
一方、ロジャエフスキーの秘書ニーナは、局長の正体とその拷問部屋を知り、ナターシャを救おうとするが、見張りが多く失敗
麗華たちの元へ駆け込んで、救出作戦を図るが……

凄腕感のある馮英九は、麗華にとどめを刺そうとするが、孤児の鉄パイプに阻まれた(爆
シリアスに話を作りながら、肝心なところでコメディになるのが、良くも悪くもこのシリーズの作風なのだ。キン肉マンで悪魔将軍がパイプ椅子を使ってきたことを思い出したが、そういうことが求められているかというと(苦笑)
ナターシャの救出作戦の裏で、麗華の傷を治すべく勇とリンはハルビンの南、吉林へ向かう。そこでは闇医者の關志玲が登場し、お次の標的は吉林の満州族になる模様


第5巻でいい展開を期待させながら、第6巻の収束はやはりご都合感が(苦笑)。5人ばかりのグループで組織の頭を取るには、それなりに説得力のある作戦でないと……
作画の迫力と微妙な成り行きの落差がもったいない
しかも、孤児たちが蜂起したことで、子供の犠牲を描けるのかという、課題も浮かんできた。これがクライム・サスペンスとしてガチかの試金石になる


次巻 『満州アヘンスクワッド』 第7巻・第8巻
前巻 『満州アヘンスクワッド』 第3巻・第4巻

Tモールエンタメニュースヘ行くと、広告の魔境だった件

スマホに、10万ポイント山分け祭り」なるメールが入ってたので、はじめてTモールエンタメニュースに潜ってみた
PONTAのガチャみたいなものかなと思ったら、もう、想像の斜め上を行っていた

「今すぐチェック」のURLから入ると、エントリーのページに入り、エントリーするとキャンペーンの説明がある
要はサイトのニュース記事を最後まで読み、スタンプをゲットし、それを5回を繰り返すと1ポイント獲得する……ここまででも、「ポイント目的だと辛いな(苦笑)」と思いながら、記事を読んでみたのだが……

ここからが凄かった
そのエンタメの記事は5行ごとに「続きを読む」、いわゆる追記のボタンが置かれていて、その近くには広告がこれ見よがしに置かれている
これはどう見ても、踏み間違いを誘導しているではないか(苦笑)
読み進めて数回、追記を押していくと、ようやく「スタンプ」を押すページに移動できて、1度目が終了。これを5回繰り返して、やっと1ポイント
昔、上岡龍太郎が「道に落ちた一円玉を拾わない。その行為が一円以上に損だから」と番組で言っていたが、その言葉を思い出した
「10万ポイント山分け」はこれとは別枠でもらえるけど、どういう山分けかは触れておらず、エントリー数で割る感じだろうか。1万人参加して10ポイント、最大でそんなものだろう

最近、GoogleAdsenseをブログに導入して、広告を貼る立場にもなってしまったけど、広告ビジネスの末路を見せられたような気がする
もう記事を読んでいるというより、広告を見せられているというしかない!
スマホだと“スマートニュース”を普段利用しているから、これはちょっと受け入れられないレベルだった。まるでいかがわしいサイトのように見えてしまう。記事自体は他と変わらないのに
広告を貼るにしても、ここまでやっちゃいけないと自戒したくなった、今日このごろであります

【プライム配信】『戦場のメリークリスマス』

プライムくん、ありがとう


1942年。日本軍占領下のジャワで、イギリス軍空挺部隊のジャック・セリアズ少佐(=デヴィッド・ボウイ)が捕虜となった。銃殺になりそうなところ、ヨノイ大尉(=坂本龍一)の意図で、レバクセンバタ俘虜収容所に移送された。そこでは現場の指揮をとるハラ・ゲンゴ軍曹(=ビートたけし)と看守による異様で、過酷な秩序が成り立っていた

テレビでの紹介だと、タケちゃんが「メリークリスマス」と笑顔で言う場面が強調されて、本当にクリスマス・パーティが開かれたように思えるが、そんなことはない(苦笑)
日本軍による捕虜虐待、異性のいない軍隊での同性愛、背景の違う同士の僅かな交歓を描いた映画であり、題材が題材とはいえ、女性がまったく登場しないラディカルな作品なのである
原作は南アフリカの作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストの短編集であり、作者が実際にジャワ島で日本軍の捕虜になった経験が元になっている。映画でも、捕虜と日本軍の間で通訳を務めるジョン・ロレンス中佐(=トム・コンティ)が、狂言回しとしての役割を果たしている
反抗を狙うイギリス軍の情報が知りたいヨノイと、それに抵抗するヒックスリー俘虜長(=ジャック・トンプソン)に、その板挟みとなるロレンス、それをかき回そうとするセリアズと、錯綜する人間関係のなか、一縷の光が見えてくる

冒頭から凄まじい
ハラ軍曹ロレンスを叩き起こして連れた先には、裸で縛られた男2人。朝鮮人軍属のカネモト(=ジョニー大倉)が、オランダ人捕虜カール・デ・ヨン(=アリステア・ブラウニング)を手当てして親密となり、夜這いをしかけたというのだ
ハラはカネモトの家族に恩給が出るようにと、独断で切腹を命じるのだ。その場はヨノイが止めることで、処分は延期されるが、前線に近い捕虜収容所とはいえ、ジュネーヴ条約を無視した日本軍の蛮行が印象づけられる
後にカネモトは正式に切腹を申し付けられ、慣れない介錯人が止めを刺せない惨状も描かれた。そして、それを見せつけられた被害者のカール・デ・ヨンはショック死してしまう
「彼らは過去に生きている」。奇妙なほど武士の真似事に励む、日本軍の異様さが際立つ

しかし、カールの死はロレンスに火をつけ、セリアズはヨノイの命じた“行”を破って捕虜たちに弔意を示させ、回り回ってハラの「クリスマス・プレゼント」を呼ぶ
そして、軍事情報を巡ってヨノイヒックスリーを処刑しようとした時、セリアズがヨノイを抱きかかえてキスする有名な場面が!
何かが人と人を結びつけて、静かに変えていく……こんな、しみじみするメリークリスマスがあるだろうか
セリアズの苦い少年時代、障害者に辛い当時のイギリス社会や寄宿舎のイジメも描かれたりと、日本映画という枠組みを収まらず、本当の意味で国境を越えるものとなっている
セリアズはヨノイにとって悪魔でも天使でもある……ここまでデヴィッド・ボウイの魅力を引き出せた作品もないだろう




『邪神帝国』 朝松健

クトゥルフ界、屈指の短編集



ナチス・ドイツの第三帝国は、闇の勢力に支配されていた!? ナチスのオカルト趣味とクトゥルフ神話をつなげた邪悪なる短編集

なんと、洗練された怪奇小説なんだ!
ナチス「地球空洞説」などのトンデモ科学や魔術的儀式に傾倒していた史実を背景として、その黒幕にクトゥルフ神話の旧支配者をあてることで、リアルでおどろおどろしいホラーを作り上げている
世界観を同じくする連作ものなのだが、それぞれの章で主人公が違い、ナチス幹部などの有名人や一部の怪物たちを除いて共通するものはない。どの章も登場人物が怪奇に怯えるホラーとして完結しており、主人公が怪物を圧倒する英雄譚に堕ちないように計算されている
主人公が遭遇する怪物たちは、ときに極地を震動させる大怪物であり、潜水艦をひっくり返す大巨人であり、知らぬ間に人間と入れ替わる人形だったりと、内外の全ての世界に満ちている
「世界は知らぬ間に、怪物に支配されている!」と厨二病か誇大妄想かという状態を、第三帝国というリアルに狂っていた世界を通すことで、異様に実態を持ったものとして立ちあげてくるのだ。それを可能にした作者の博識と実力は恐るべし


<伍長の自画像>

舞台は現代の日本(イラン人に触れられているから、バブル期か?)。バーで飲んでいた“私”は、平田という画家志望の青年を介抱する。その後、画家を諦めた彼は、「星智教団(OSW)」というオカルト教団の秘儀で、本当の自分に目覚めたいという。作家としての好奇心から“私”は平田のアパートで、その秘儀を見に行くが……

作品のなかで、もっともオチがストレート。この連作で“伍長”といえば、平田はあの人であり、名字も微妙にもじっている(苦笑)
アーリア系のイラン人に人種論で噛みつくのが微妙だけど、それだけ人種論がその人、その集団のご都合で変わる難癖に過ぎないということでもあるのだろう
ラストもポピュリズムを皮肉るような、フツーのラストである

「聖智教団(OSW)」は、作者の他作品にも登場する架空の宗教団体。現実に似たような名前の団体もあるから、ややこしい


<ヨス・トラゴンの仮面>

日本外務省の書記官になりすましている情報将校・神門帯刀は、ドイツの対ソ政策を知るべく、親衛隊の指導者ハインリヒ・ヒムラーとパーティで会う。正体を見抜かれた帯刀は、ナチスが囚われている魔術師クリンゲン・メルゲンスハイムをあえて救出し、「ヨス・トラゴンの仮面」の在り処を探るように求められた。しかし、その当該の魔術師は監視者を殺して、自力で脱出し……

舞台は第二次大戦前夜で、連作の実質的なスタートライン。ヨス・トラゴンラヴクラフトアシュトン・クラーク・スミス宛ての手紙で言及していただけの邪神なのだが、作者はそれを拾い上げて自分の作品内で“育てた”ようだ
キリストを介錯した「ロンギヌスの槍」を持つルドルフ・ヘスが活劇を見せるなど、やってることは荒唐無稽なのに、なんか整合性がとれているのが素晴らしい!
実際のルドルフ・ヘスもオカルトに傾倒していて、イギリスへの飛行もそういう位置づけで見ることができるそうだ


<狂気大陸>

ハオゼン少佐は反ナチスの軍人と見なされて、アーリア人発祥の地“トゥーレ”と見なされた南極大陸の探検を命じられた。親衛隊の監視下、先遣隊の基地を目指すも、謎の怪物に襲われてしまう。しかし、その奥地には極地とは思えない、温暖で緑の生えた土地が広がっていた
が、探検隊は一線をすでに越えていた。「狂気山脈」の向こうから、不定形の怪物たちが押し寄せる!

前回の続きとなっていて、「ヨス・トラゴンの仮面」を手にしたヒムラーは、魔術師の家系の軍人ミュラーにつけさせて幻視を試し、南極大陸制圧を目指す
その探検隊を待ち受けるのが、不定形な宇宙外生命体「○ョゴス」。自らの支配者さえ滅ぼした彼らは、主人公の仲間を貪り食い、絶望的な状況に陥るのだ
ホラーなのだが、ナチスの野望を打ち砕く怪獣映画のようなカタルシスが味わえる


<1889年4月20日>

若きオカルティストのS・L・メイザースは、恋人のミナ・ベルグソンが見た悪夢と、巷を賑わす連続通り魔事件との類似に驚く。ミナの夢で見た犯人は、チョビ髭の小男で、イニシャルはA・H!
そして、古代エジプトに伝わる邪神ナイアルラトホテップが関わっていることを知って……

1889年の切り裂きジャック事件と、ヒトラーの生誕を絡ませたサスペンス・ホラー。S・L・メイザース本名サミュエル・リドル・マザーズ(メイザース)で、通称はマクレガー・メイザース」で知られる実在の人物妻のモイナ・メイザース(作中のミナ)とともにロンドンにおける「黄金の夜明け団」の首領となっている
アレイスター・クロウリーケネス・グラントも実在するオカルティストで、クロウリーはサイエントロジーの創設者ロン・ハバートにも影響を与えている
理性の時代に思われた19世紀末期、その世界の中心であるロンドンにうごめくオカルト思想にふれる一編である


<夜の子の宴>

バルバロッサ作戦に加わろうとしたヒャルマー・ヴァイル少尉は、ルーマニアのトランシルヴァニアで隊全体が何者かに襲われる。部下が何人も死に、喉には牙を立てたような傷痕、生き残った部下も生気がない
唯一ドイツ語をしゃべれる司祭に、部下の死体に杭を立てろと言われて激昂し、少尉は射殺してしまう。村長からは、村の外れにある伯爵夫人の協力を仰ぐように言われるが……

トランシルヴァニアというと、もうアレである
ナチスに吸血鬼というと、ポール・ウィルソンの『ザ・キープ』を思い出すが、本作はホラーの王道を走る。ヴァイル少尉はひたすら、やっちゃいけないことをしでかして、吸血鬼どころか、旧支配者の眷属まで解放するのであった。めでたし、めでたし


<ギガントマキア1945>


敗色の濃いドイツ、情報部のエーリッヒ・ベルガー中尉は、ある人物について南米へ向かう潜水艦に乗っていた
高位の将軍から敬礼を受け、自らを“伝説”と呼ばせるに指示する黒づくめの男は、そのオカルト的予見に基づいて複雑な行程を指示。その行く先には奇怪な怪物がつきまとい、“伝説”の男は「ペリシテ人の火」で応戦するが……

ナチス幹部の南米亡命に基づく短編。“伝説”の正体は、チェコで暗殺されたはずのSS高官で、ヒトラーらが指示した内容もいい感じにぶっ飛んでいる
南米にはアルゼンチンなど親独政権が多く、「リヨンの虐殺者」クラウス・バルビーもボリビアに亡命している。ドイツの敗戦直後に、ヒトラーの亡命先として報じられたりもしたようだ(件の南極亡命説も!)

*欧米の説話から都市伝説には、実体化した悪魔として、黒尽くめの男が頻出し、研究者には「MIB=メン・イン・ブラック」とも言われる。どこかの映画と関係するように、UFO関連では宇宙人の使いにイメージされる


<怒りの日>

クラウス大佐は、ノルマンディーで指揮をとるはずのロンメル元帥から昼食に誘われる。そこで、ベック元帥(実際は上級大将?)ら反ヒトラーの重鎮が揃い、まさに総統暗殺計画が論じられていた
しかし、クラウスの周囲には、ヒトラーが呼び込んだ闇の勢力が見え隠れし、愛人のリル妻のグシーも何者かにすり替えられてしまう
追い詰められたクラウスは、ドイツと世界を救うため、自ら爆破計画の実行犯を申し出るが……

クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐は、実際の7月20日事件(1944年の暗殺未遂)の実行犯
作中の彼は、連合軍の上陸予想地点のカレーに大要塞を築く計画など軍指導部の誇大な計画に疑問を持っていたが、それがチベット仏教の導師テッパ・ツェンポの差し金と気づく。当時のナチス指導層には、中央アジアをアーリア人の発祥地(トゥーラはどうした!)として、チベットの神秘主義にはまる傾向もあったそうだ
作中のテッパ師は黄衣をまとった怪人(ハス○ー!)であり、人々と取って替わるホムンクルス(錬金術で作られた人工生命体)、人を食い尽くすカニの鋏をもつ“何か”(ダゴンの親戚?)と、取り囲む状況は絶望的なほど闇に食いつかされている
敗戦への下り坂と、ユダヤ人虐殺の狂気が同居した第三帝国末期を象徴するような、闇の世界が広がっているのだ!
そして、その決着の付け方が、決して史実をひっくり返すものではなく、むしろ既存の歴史へ収束させるものとして位置づけられているのがお見事。完璧な着地である


<魔術的註釈>

連作の最終章は「怒りの日」だが、巻末の註釈もまた作品である
ナチス幹部、実在するオカルティストのなかに、ひょっこりとクトゥルフ世界の書籍を潜り込ませ、さらには解説の作家・井上雅彦が小説で創作した本の名前まで混ぜていたりと、やりたい放題
このどこまでが本当で、どこまで嘘なのか、調べてみないと分からない。アレイスター・クロウリーの魔術とラヴクラフトの作品に共通項が多いという話の真偽は……(クロウリーの弟子、ケネス・グラントの妄想といわれるが)
初出は1999年とネット環境のいい時代ではないので、実在を信じてしまった人も多いのではなかろうか。そうやって、人を惑わす魔力が本作にはある


作者の朝松健は、クトゥルフ神話のみならず、ファンタジーやその基礎となる西洋魔術の紹介を精力的に行ってきた第一人者で、召喚魔術の「召喚」などファンタジー関係の用語は訳出するなかで生み出されたものも多いという
魔術的な手並みでウンチクが語られるので、この人の作品は追いかけてみたい

『徹底抗戦 文士の森』 笙野頼子

90年代の純文学論争の実態



「売上のない純文学は不要!」90年代から巻き起こった論争を闘い続けた笙野頼子の記録

サブタイトルに「実録純文学闘争十四年史」とあって、“論争”ではなく闘争としているところがミソ。理想や理屈が噛み合ったやり取りではなく、作家生命がかかった闘争だったのである
発端は、1991年2月10日の中日新聞(東京新聞)の紙上で、大塚英志「売れない文芸誌の不思議」を掲載し、出版社がマンガが稼いだ金で文芸誌を養っていると批判したこと
本書では詳しく触れられていないが、当時の読売新聞の文芸時評が新聞記者によってなされたこと、と直木賞作家同士の座談会で「売れない小説には価値がない」という発言があったこともあいまって、作者は反論するが、それに対して福田和也が反応し騒ぎとなった
そこからさらに、批判した当人である大塚氏が、作者の連載する文芸誌『群像』へ乗り込み、対談や連載を始めてしまう。最後には、孤立した作者が追い出されてしまうのだ
本書の初出が2005年であり、1991年から数えての十四年及ぶ“言葉を通した戦いが刻まれている


1.市場主義者によるクーデター

本書の過半(!)は大塚英志との闘争で占められるが、過去に起こった純文学論争のようなものではない。最初からまったく噛み合っていないのだ
「『少年マガジン』に『群像』は食わせてもらっている」というが、講談社自身は不動産投資で利益を出していて、『群像』を完売赤字前提の文化事業として考えている
作者の反論に対して、編集から和解のような対談を申し込まれるが、警戒した作者は必要がないと拒否。すると欠席裁判のように、加藤典洋などとの対談が掲載される
そして、その後も「売れない作品に価値がない」とする山形浩生や、定期的に「文学は終わった」という笠井潔が『群像』に出る一方、作者には“言論統制”が求められ、立場がなくなったことから、他誌で反論と連載を行うことになる。
このように論争というより、一種の権力闘争、乗っ取りのようにしか見えない

*作者は『噂の真相』にまったく知らない男性との噂が記事に載せられたというから、かなり陰湿である(岡留安則からの詫び状も掲載されている)

90年代は構造改革や新自由主義による市場開放が政治経済の世界で謳われていて、その論理を単に文化の領域に持ち込んだのみであり、文学の本質うんぬんを問うものではなかった
大塚氏が儲からないはずの文芸誌にわざわざ乗り込んだのも、売上を求められない安定感(!)と、文学の評論をしたという実績が欲しかっただけに思える
悪役として大塚氏は目立ってしまうが、最終章では、本当の敵は文学を知らない一部の編集者とする。文学を知らないが高学歴の編集者たちの一部は、実地の文学やその歴史、蓄積ではなく、流行の思想にかぶれて文学を判断してしまう
縦の歴史ではなく、横の流行に流されてダメになるという、どこの世界でもありがちな失敗がここにもあった(日本の構造改革だって…)


2.西洋哲学批判と権現魂

帯には、大塚英志を始めとする敵に対する「罵倒」を“芸術”とまでしているが、読んでいて楽しいものではない。才能の凄まじさは感じるものの、論争の質や相手がよろしくないので、それほど引き立たないのだ
本当に面白いのは、柄谷行人への批判である「反逆する永遠の権現魂-金毘羅文学論序説」に、「内向の世代」の小川国夫加賀乙彦との対談。そこで彼女にとっての本当の「敵」が見えてくる
いわく、日本には土着の神と外来の仏教が混合した宗教観があるにも関わらず、明治以来、それをなかったかのように“西洋哲学(西哲)”をやみくもに導入してしまう。柄谷行人の『日本近代文学の起源』はまさにそういう論理の代表例で、作者は小説『金毘羅』において、近代以前の「仏教的自我=権現魂を提示している
文学の評論や対談を読むと、「他者」とかなんとか、心理学の用語を援用されて辟易するのだけれども、その気分は“西哲”の毒がもたらすものだと納得した


本書はあくまで被害者視点の大塚英志批判であって(それはその経緯からやもえないのだが)、評論のすべてが否定されるものでもないだろう
『彼女たちの「連合赤軍」』は、それほど戦後の女性を貶めるものではないし、『サブカルチャー文学論』でも難解に見える文学賞の作品が流行のサブカルチャーで簡単に紐解いてしまうのは鮮やかだった
ただし、本書で指摘されるとおり、田辺聖子、倉橋由美子、金井美恵子といった系譜を無視して、戦後文学を語ってしまうのは、大塚氏のみならず、男流評論家たちの手抜きには違いない
2022年、文学フリマの出店者から芥川賞作家(高瀬隼子)が出たが、それを始めた大塚氏は2002年の第1回までしか関わらなかったという。つまりは、そういうことなのだ


関連記事 『彼女たちの「連合赤軍」』



【ぶらり奈良観光】大和高田の千本桜~長谷寺

桜の季節も今週まで!? 家族に誘われて、奈良にまでお花見


まずは大和高田千本桜
経路的には、JR山科駅から京都駅で、そこで近鉄に乗り換えて大和高田駅まで急行で

001 大和高田駅

滋賀もそうだけど、地方都市の駅前はわりと整備されている。空間がぜいたくに使われているので、歩くだけで楽しいのだ
費用対効果は知らんけど


1.高田川の千本桜

駅から高田川へ向かって歩いていくと

004 高田川005 高田川2

早くも千本桜”の並木に出る。街中に作られた桜並木なので、歩道は片側のみで、反対側は車道になっている
電車で来た人間には少し残念ではあるけれど、ドライブで気軽に花見ができるというメリットもある

006 高田川3008 高田川4

高田の「千本桜」は、戦後の新憲法制定に、市制(北葛城郡高田町→大和高田市)が施行された1948年とともに高田川に植えられたもの。敗戦の傷を癒やし、戦後復興のシンボルにとの役目があったのだろう

010 倒れて咲く桜011 鯉がいっぱい

桜の世界にもリストラ(!)があって、枯れてくると容赦なく接ぎ木が試みられたり、新しい株が植えられる
そんな中でも、左上の桜は、下に曲がって生えたほうが咲き誇り、片側はばっさり切られていた。ぎりぎりで伐採を回避した“崖っぷち桜”には、つい感情移入したくなる
街中ゆえ、川はキレイとも言い難いなのだが、餌をやる人がいるためか、がたくさんいた


2.大中公園

高田川から水路が枝分かれしているところに、大中公園がある

016 公園の中洲014 大中公園

この日は花見にちなんだお祭りなのか、露店が軒を連ねて大変な人だかり。公園内は桜より、店が多い印象だった(汗
大中公園が元は何があったかは分からないが、イベントスペースとして浮き舞台が!
源義経の側室・静御前が没したとされる地だから、それにともなう催し物でもあるのだろうか。しかし、流されるBGMは場違いなクラシックなのであった。なんで?


3.長谷寺

まだまだ時間はあるので、お次は長谷寺を。近鉄の大和高田駅に戻り、伊勢方面の電車で長谷寺駅まで

018 長谷寺駅019 マスクする狸

ほとんどの人が車で向かうせいか、駅前は寂しい!!
駅からは階段を下っていって、お寺に行くのに再び登る経路となるので、往復を考えるとけっこう辛い道のりなのである
家の前にある狸はコロナ対策なのか、花粉症なのか

021 長谷寺023 仁王門

そして、いよいよ長谷寺。駅前は寂しくとも、お寺のなかは人で溢れている。それでも清水寺よりはマシ

026 参道045 参道
左が登廊の出発点。右が登廊の終点

034 参道の桜035 舞台の下のしゃくやく
桜はしだれ桜が満開。地味にしゃくやくの花も咲いている

長谷寺は、天武天皇の代、686年道明上人が創建し、聖武天皇の勅命で727年得道上人御本尊の十一面観世音菩薩(重要文化財)を祀ったとされる(727年の勅命は正史になく、真偽不明のよう)
ただ徳道上人当時の観音信仰に大きな影響力を持った高僧で、かの西国三十三所巡り」の観音霊場を最初に唱えたと言われ、「長谷詣(はせもうで)」が全国に定着するに至る。『源氏物語』『枕草子』などの古典文学にも登場する「花の御寺」として、古くから親しまれてきたのだ

038 舞台からの光景

舞台からの見下ろしは絶景なり!!!
十一面観世音菩薩は公開されていて、無料(そもそも拝観料500円いるけど)で外から拝むことはできるが、特別拝観料800円で身近まで近づける
入るときには、結縁(帰依)の証として五色線を左手に巻き、お香の灰を手に塗り込む。そして、菩薩の脚に紙越しに触れて、各々がお願いをする
外から見たときにも巨大なのだけど、真下から見上げた迫力は実物大ロボットのごとしだ。もちろん、威厳は比較できないものである
十一面観音千手観音が千の手で様々な人に救いの手を差し伸べるように、11の顔をもって様々な姿で人々の前に現れ、様々な功徳を施す。周囲には11の相に、従える神将が描かれて、天井や壁にも鬼を退ける光景が描かれていた
この御本尊は何度も焼失しているらしく、現在は8代目室町後期の1538年に作られたものだ

鎌倉の長谷寺にも十一面観音は祀られていて、奈良の観音と同じ楠(くすのき)の木から作られたものが、祈祷の後に海へ流され(なんで流したし)、鎌倉へ漂着したとされる。そちらの実際の創建については分からないが、鎌倉のほうが「新長谷寺」と認識されたことは間違いない

047 五重塔

五重塔は見かけは歴史があるような感じだが、実は昭和の建築!!
これはこれで、古代の技術を残してきた宮大工の凄さを感じる


さすがに花見もこれが最後。階段の上り下りでくたくたになったけど、行った甲斐はあった。舞台の迫力は清水寺に劣らないし、歴史的由緒もある割に観光客は少ない。じっくり見て回れる、穴場の名刹といえよう
暖かくなってきたし、花粉症が止んだら、他府県へも巡っていきたい




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