『宵山万華鏡』 森見登美彦

京都や祇園祭にくわしくなくても楽しめる


宵山万華鏡 (集英社文庫)
森見 登美彦
集英社 (2012-06-26)
売り上げランキング: 12,120


祇園祭の“宵山には、何かが潜む!? 山鉾と露店でにぎわう一日に、さまざまな人々の想いが交錯し、不思議な世界の扉が開く
祇園祭の“宵山”だけにちなんだ短編集
六つの話がひとつの世界を共有しており、ここの主人公が出会った謎の大坊主が、別の章でとある役割を背負っていたことが分かるとか、読み進むごとになんとなく世界の秘密が分かってくる構成であり、次の話に自然と楽しみになってくる
特徴的なのが、宵山を舞台とするだけあって、京都という都市空間の中からファンタジーを引き出しているところだ
京都は景観条例や経済力の問題もあって、都市開発できる地域は限られているし、家やビルの建て替えは進まない。結果、何が入っているか分からない古いビルがうらぶれたまま残っている
その建物のなかには何があるのか、屋上はどうなっておるのか、そんな更新されにくい町並みから、華やかさと怪しさと、ほんの少しの怖さが入り混じった幻想的な世界が立ち上るのだ


<宵山姉妹>

バレエ教室に通う小学生の姉妹が、宵山の夜に教室のあるビルの上階や、露店が出ている通りを探検する話
冒険好きの姉に引きづられる妹の視点であり、子供の立場に立った、初めて見る物事、風景への興奮と不安がみずみずしく描かれる
最初の話にふさわしく、後に登場する人々が派手に、あるいは地味に少女へ関わってくる


<宵山金魚>

今はサラリーマンとなった藤田が大学時代に過ごした京都で、謎めいた旧友の乙川「宵山」見物へ出かける。生まれながらのトリックスターといえる乙川が用意した、藤田への歓迎とは?
孫太郎虫(ヘビトンボの幼虫として実在する)や、「超金魚」の養殖と、直に祇園祭と関わらないところから始まるものの、祇園祭“いちげんさん”の藤田を視点にして、外部の人が京都へ抱く神秘性や幻想が乙川の罠として描かれる
知らない場所だと、なんか破ったら怒られるしきたりとか、ありそうで億劫になるもんである。京都人ですら


<宵山劇場>

乙川が藤田に仕掛けた罠の裏側には、どんなドラマがあったのかを明かす
元学生劇団の裏方である小長井を視点に、酔狂な乙川によって集められたメンバー、学生劇団の美術監督だった山田川、洲崎バレエ教室の岬先生、大坊主にさせられる大学院生の高藪らのドタバタが描かれるのだ。人の手間を考えず独創的な想像力を押し付ける山田川が暴れ回り、小長井は終始引きずられ続けて、なんだか昔懐かしい学園物のジュブナイル小説のようだ
ただ前話までが背負っていた幻想的な雰囲気が崩れてしまうので、読んでいるときは面白いけど浮いているように思ったが、読み終わって見ると最終話のフェイクとして機能していたのであった


<宵山回廊>

京都から離れたことのないOL千鶴は、画廊の柳さんに頼まれて、宵山に画家の叔父を訪ねる。叔父は自身が「今日でいなくなる」と宣言し、不思議な万華鏡をもらったことから陥った終わりのない“宵山”を話す
叔父には“宵山”の日に行方不明になった娘がおり、万華鏡の向こうにその娘が見えたことから手放せなくなり、げっそりと痩せ衰えてしまう
最初の話の少女が出会った赤い浴衣の少女画廊の柳さんが再登場し、「終わらない宵山」という設定が加わって、作品はいよいよ彼岸の世界へ踏み込んでいく


<宵山迷宮>

今回は画廊の柳さんが主人公。柳さんはなんら心当たりがないのに、千鶴の叔父のように「終わらない宵山」に巻き込まれる。一日、一日、違う“宵山”を過ごしつつ、毎日訪れるのが、杵塚協会の乙川だった
この話では視点キャラが「終わらない宵山」に巻き込まれる。海外の小説なら『リプレイ』を思い出させる展開だ
乙川の口からは、この「終わらない宵山」はある万華鏡から覗かれた世界だと明かされる


<宵山万華鏡>

最初の話に出てきたバレエ教室に通う姉妹の、が主人公。妹とはぐれた姉は探しつつも、不思議な“宵山”の世界に惹かれていく
そこに誘うのは、妹も会ったはずの大坊主。そして、岬先生らしい舞妓さんに出会うが、どうも勝手が違う。ビルの屋上同士がつながっていて、あの藤田を罠にはめた“宵山”よりも荒唐無稽なのだ。そして、登場する“宵山様”はというと……
古いビルの屋上には、植木鉢が置かれまくったり、おかしな置物があったりとそれぞれ謎の個性があるもの。まして祭の夜となれば


ひとつ不思議に思ったのは、本作の舞台が“宵山”に限られていることだ。祇園祭は準備期間から一月に渡るお祭りだし、“宵山”の翌日の山鉾巡幸こそが本番である
あとがきを読むと、それも氷解する。作者は山鉾巡幸に出かけたことがなかったのだ。それだけに“宵山”のうるささが頭に残ったのだろう。あるいは、「祭の前夜のにぎやかさ」が好きなのかもしれない
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忍者車両、参上!

実家に帰る途中、JR琵琶湖線で妙な電車に乗った

20170520 忍者車両 001

宙吊り広告に忍者!
振り返ると、すべての宙吊りに忍者がのれんから覗いているものだった。ぜんぜん、忍んでおらんな(笑)

20170520 忍者車両 002

外もこのとおり、自己主張が激しい

20170520 忍者車両 006

車両の前後には、忍の一文字が!
かつて通学に通っていた京阪石山坂本線に、少女キャラがあしらわれた痛車(?)が登場して面食らったし、EVAの新幹線が登場したりもするんだから、まだまっとうなラッピング車両だわな

ちなみにこの忍者車両、正式名称は「SHINOBI-TRAINであり、忍者の里である伊賀市柘植駅から草津駅間の草津線を中心に、近隣にも運行されているそうだ。日程がいまいち分からないところに、忍者らしさがあるのであろうか
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『ホワイト・ジャズ』 ジェイムズ・エルロイ

悪党たちへのレクイエム


ホワイト・ジャズ (文春文庫)
ジェイムズ エルロイ
文藝春秋 (2014-06-10)
売り上げランキング: 421,124


ディヴィッド・クラインはロス市警の警部補の身で、弁護士資格を持ちつつ不動産業を営み、袖の下も怠らない多芸な汚職警官。麻薬課と深い関係を持つカフェジアン一家へ、変質的な強盗が押し入ったことから、刑事部長エドマンド・エクスリー直々に捜査を命じられる。麻薬課を中心に隠然とした勢力を持つ強盗課警部ダドリー・スミスを追い落とすためだ。クラインは一家の身辺を調べるうちに、相棒のステモンズ・ジュニアに不審を覚えて……

『ブラック・ダリア』に始まるLA暗黒街四部作の最終巻である
文体が特殊である。視点となる汚職刑事ディヴィッド・クラインに思考と完全にリンクしているがゆえに、やたらと文章の間に「‐」「;」「/」「=」と記号が使われて、詩のように短いセンテンスが積み重なっている
そこに余計な説明や冷静な分析はない。それだけ主人公クラインがしたたかながらも刹那的な世界に暮らしており、欲望に流されつつも鋭い勘でピンチをくぐり抜けていく。まるで暗黒街の住人をVR体験しているかのようだ
正直読みにくいことは、読みにくい(苦笑)。日本語と英語の記号が入り混じるがゆえで、原語ならばこそ生きる表現なのかもしれない
カフェジアン一家も単に犯罪者というだけでなく、人間関係も悪徳の極みといえるドロドロの世界にいる。そして、それに対峙するクラインもまた、それに匹敵するドロドロから這い上がった人物で、新しい悪事を働くことでそれを相対化していく狂気を持ち合わせる
はたして、人はどこまで堕ち続けていくことができるのか。堕ちた先に何が待っているのか
エクスリーが主役なら、もっと普通の文章になっただろう。しかし、打算と狂気を行き来するクラインだからこそ、巨悪ダドリーを刺せるのだろう

巻末の解説に乗るように、暗黒街四部作をダドリーの王国とその栄枯盛衰の物語と読むことができるが、それぞれがアメリカの変貌を映している
1958年を舞台とする本作では、マフィアの世界でも世代交代が起きる。ユダヤ系のミッキー・コーエンが脱税での収監をきっかけに没落し、イタリア系のサム・ジアンカーナが勢力を伸ばしていて、クラインもその仕事を受ける
その一方で、上院議員のジョン・F・ケネディが反マフィア運動に力を入れ、FBIを動かしてロス市警を揺るがし、エクスリーはダドリーを葬る口実に利用する
ダドリーのように薬の売人と釣るみながら、出る杭を打つ式に組織犯罪を押さえるという、犯罪者と警察の境界が曖昧な時代が終わり、エクスリーのような官僚が組織の利害を中心に動く時代が始まっていく。いつか見た映画、『県警対組織暴力』と同じテーマが隠れているのだ
当時、ニューヨークのブルックリンに本拠地にしていたドジャーズが、ロサンゼルスへ移転しホームグラウンド用地の立ち退きがワンシーンにあったりと、戦中戦後の混乱が良くも悪くもある種の秩序に収まっていくという時代の移り変わりを暗黒街シリーズは活写していた


前作 『LAコンフィデンシャル』

関連記事 【DVD】『県警対組織暴力』
     『アメリカを葬った男』
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【配信】『装甲騎兵ボトムズ』 第6話~第8話

毎回、次回予告のナレがかっこよすぎる


<第6話 素体>

バトリング、リアルバトルに姿を現す謎の貴婦人ファンタム・レディの秘密を探るべく、キリコイスクイ署長本人へアタックする
キリコから何も聞かされないゴウト、バニラ、ココナの三人は、独自にチヂリウムの保管庫への襲撃を図って、元軍の弾薬庫へ。そこには署長を人質にしたキリコが訪れる……というご都合が(笑)

キリコの目的は、ファンタム・レディ=「素体」と会うこと。彼女を奪取した作戦こそキリコが追われることになった原因なのだ
といっても、今回もみんなで裸を拝んだだけで、実体は掴めない。ただ、彼女はチヂリウムのシャワーを浴びていて、この惑星に「素体」がいるのはこのレアメタルを必要とするからのようだ
脱出はいくらヘリが銃弾を浴びても穴一つ開かない、と警備がポンコツ過ぎ。ヘリも4人乗りで定員オーバーとか、設定とアクションが大味な回であった


<第7話 襲撃>

こんな大騒ぎになっても、キリコは三人に「素体」のことは明かさない。警官を襲撃してチヂリウムの「運び出し」を聞き出すが、その日程はココナにも知られてしまう。ゴウトもバニラもチヂリウムの強奪に乗る気になるものの、キリコを追っていたココナが暴走族に拉致られて、「運び出し」の日程をバラしてしまう
酷い目にあったわりに(冷静に考えると、かなりぐへへな展開)、冷たい男性陣にココナは大泣き。同情はするわりに反省の色はなく(苦笑)、ほんと男の作品である

キリコは暴走族と警察がやりあってくれた方が、強奪に有利とクールな判断。暗黒街になれてしまって、ベテランのゴウトが形なしな頭のキレである
作戦的にはまんまと、キリコ様の言うとおりに。今回は本編よりも、「素体」に深く関わる神父(?)ボローイスクイ署長の、「素体」は絶対裏切らないというやり取り、メスキアのバッケンタイン将軍(珍しく、落ち着いた戸谷ボイス)にロッチナ大尉の久々の登場が見どころか


<第8話 取引>

チヂリウムを強奪したが、一夜にしてウドの街は治安警察に包囲されて、その売却が困難に。ゴウトは窮余の策として、イスクイ署長への売却をはかる。署長も上司に「素体」の投入を命じられるほど、追い込まれていた
イスクイはゴウトとの取引を反故にしようとする割りに、「黙って帰れば、命だけは」と許してしまうが(甘いよなあ)、そこへキリコがATへ乗りこんで来て大暴れを始める

署長に迫るキリコへ、色違いのATが姿を現す。それに乗っていたのは、例のファンタム・レディ!
キリコは善戦するものの、フルボッコにされてATを潰されてしまう
どうも「素体」はいわゆる超能力者ではなく(持っているかもしれないけど)、まずもってパイロットとして優れているのである。ガンダムの強化人間のように
さて、キリコはそのまま捕まってしまうのであろうか、あるいはすでにウドの街に降下したロッチナ大尉が介入するのであろうか。そろそろ派手にやらかしそうだが


キリコは何度もゴウト、バニラ、ココナと死線をくぐりながら、「仲間」とは認識しない。軍の追跡を意識して、巻き込むたくないのだろうか
ゴウト、バニラ、ココナの間にも、安易な「仲間」意識はなくて、最低限の義理人情はあるものの、いつ縁が切れても仕方がないというクールさがある。だから、ココナが酷いめにあっても、リアクションが薄い
キリコは自分の目的一直線だし、ゴウトもバニラも自分の利益と義理人情を秤にかけて揺れ動く。友情という言葉で言い表せない、独特な仲間関係なのである


前回 【配信】装甲騎兵ボトムズ 第3話~第5話

装甲騎兵ボトムズ DVD-BOXI
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『原理主義とは何か』 西谷修 鵜飼哲 港千尋

ガンダムでいうと、Vガンあたりにつながる話です


原理主義とは何か
原理主義とは何か
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西谷 修
河出書房新社
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冷戦以後、世界は原理主義化している!? 三人の知識人が問う原理主義の正体
本書の鼎談は1995年・1996年の季刊誌『文藝』が初出。ちょうどオウム真理教の事件があったときで、ボスニア・ヘルツェゴビナやアルジェリアの内戦が議題に上っている
2001年の9・11後に「原理主義」を目の仇にして論ずる声は高まったが、本書ではそれ以前の様々な地域から、「原理主義」の出自や内実を視野に捉えることでより深く掘り下げられた議論が展開されている
原理主義は冷戦以後に、社会主義など近代国家を支えるイデオロギーが没落したことで、「宗教」がその代替物として浮上、アフリカや中東など欧米諸国が引いた国境で「民族」が分断された地域で台頭するものというのが一般的な理解だが、それのみに留まらない。実は相手を「原理主義」と非難する側も原理主義化している
冷戦以後、世界に壁はなくなり、タリバンやISは「外部」にいるわけではなく、原理主義は対岸の火事ではないのだ
単に政治的状況だけではなく、近代が終わることによる「死」と「生命」の意味の変化、それに対する原理主義的な社会の反応、そして原理主義の嵐を免れる処方箋を探ったりと、お腹ならぬ頭がいっぱいになる鼎談である

正直言って話される内容も参照される事例も、管理人の手に余る難解さなんだが、なんとか分かる部分だけでもまとめてみよう
冒頭に提起されるのは、冷戦が終わって1930年代に状況が近づいてきたということ。ボスニアにおける民族浄化が、単なる兵士の暴走ではなく旧共産の官僚組織による計画的犯罪であったことが念頭にある
核が角突き合わせる状況によって固定化していた問題が、冷戦終結によって再び表舞台に動き出し始めた
そもそも旧植民地からの独立した国にとって、資本主義諸国は帝国主義の元宗主国であり本来は戦うべき相手。反欧米のナショナリズムは、ソ連の支援とも結びついて社会主義が抵抗のイデオロギーとなっていた。日本でも「反米」をキーワードに、右翼と左翼が結びつく事例があり、左翼の背景にはナショナリズムが隠れている

冷戦の崩壊により社会主義の正当性が崩れて、宗教が代替物として浮上するが、実は先進国においても近代国家の枠組みが揺らいで、一種の宗教がそれを補うように役割を果たしている
欧米を範とする近代国家はキリスト教社会を母胎とするため、必然的にキリスト教を原型として背負う。政教分離も世俗と宗教を区分けしただけで宗教を消し去ったわけではなく、「信教の自由」も“ヴォルテールの寛容”、キリスト教社会内の寛容に過ぎない
鼎談では、ヨーロッパ社会内のムスリムには「世俗化」した社会も、キリスト教の変型にしか見えず、反発を招いているとする。一方、世俗化した欧州の反イスラムの動きも、原理主義的になっている(関連文献:『シャルリとは誰か?』
そして旧植民地の原理主義も、実は欧米が持ち込んだ近代国家の世俗性を基盤にした政治集団であり、イスラムであれヒンドゥーであれ伝統的なコミュニティを自己破壊していく。タリバンにしろISにしろ、伝統から飛躍した過激さを持ち、粗雑ながら官僚組織を築いて国家を志向していた
その意味で原理主義は、冷戦後に一つになった世界で浸透しきった欧米型近代の余波でありグローバリゼーションの産物なのである

では、日本における原理主義とは何だろうか
日本では政教分離が掲げられつつも、宗教を半ば手段にして政治的な動きをすることが平然と行われてきた社会」(鵜飼)であり、本書が出版された当時では、創価学会を味方につけた新進党が参院選で自民党の得票数を上回っていた
今では自民党が学会と連結する形で、第二次安倍政権を長期化させており、民進党サイドは反学会の宗教連合でそれに対抗している
20年前から宗教勢力とひっつかないと選挙に勝てないという、宗教の時代に突入していたのだ
そして、オウム真理教も、1990年に衆院選挙に打って出ていた。最近だと、幸福の科学が2009年に幸福実現党を結成している
近代国家の枠が揺らぐなか、宗教が国家を利用するのか、国家が宗教を利用しているのか判然としないが、安保法制、九条改憲、対テロ等準備罪などを巡るごり押しと頭から絶対反対が対峙する政治状況は、たしかに原理主義的である


関連記事 『シャルリとは誰か?』
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【配信】『装甲騎兵ボトムズ』 第3話~第5話

三ヶ月ぶりの視聴とか。冒頭で、一話からのあらすじをしゃべってくれるのは助かります


<第3話 出会い>

ボトムズのなかで眠るキリコは、ゴミ捨て場に住む親父ゴウトに助けられる。キリコの腕を見込んで、仕事で組みたいゴウトだったが、ボトムズを修理して街を出るという決意は固い。ゴウトの取引している売人バニラの手も借りて、なんとか動かせるように
しかし何でも屋(?)のココナの情報から、ブーン・ファミリーの脱走者狩りが知って……という流れ

量産機とはいえ、軍用のボトムズは暴走族を蹴散らしていくが、さすがに多勢に無勢。ロケット砲まで撃たれると、中のキリコはバーベーキューになってしまう
そこへ就任したばかりの新署長が、ブーン・ファミリーとの関係を終わらせようと、介入したことで戦況は一変。一個人の根性ではなく、諸勢力の駆け引きによって助かるというところにリアリティがある
ただし、キリコのATに消火液をかけた一団は治安警察ではないようで、第2話の最後の銃弾といい、謎めいた存在が主人公につきまとう。ロアッチの差し金とも思えないが……


<第4話 バトリング>

街から出られずゴウトに引き取られたキリコは、ウドの暗黒街で催されるボトムズ乗り同士の試合「バトリングを見学へ行く。戦場の殺気のなさに物足りなさを感じるキリコだったが、「バトリング」の先輩ファイターに目をつけられたことから早くも試合が組まれることとなる
しかしそこに、かつて隠密作戦を共にしたコニー少尉がいたところから、試合相手がすり替わり、実戦さながらのリアルバトルが組まれることに

治安が悪いとはいえ、戦争のない世界で人型兵器を動かすには口実がいる。毎回、市街戦を繰り広げては街がなくなってしまうので、「バトリング」は上手いアイデアだ
前話の最後に出てきた謎の美女“ファンタム・レディ”は、『明日のジョー』の白木葉子のようであり、ブーン・ファミリーの北斗ぶりといい、他作品の要素を存分に引用している
コニー少尉が連絡した先には、新署長ともに謎の神父、軍人もいて、謎は深まるばかりだ


<第5話 罠>

戦争のトラウマから動けないキリコを、治安警察は連れて行く。新署長はキリコの背後関係を知るべく、神父のマインド・コントロールと拷問を容赦なく仕掛ける
一方、“友情”が芽生えたバニラは、キリコを救出しようと看守まで買収。ゴウトココナを加えて、処刑ぎりぎりのところで奪取に成功する
ゴウトのアジトへ戻ったところに、「バトリング」の組織からリアルバトルのお誘いが……。あえてキリコは負傷を押して、出場する

罠と看破したとはいえ、2対1の戦いに負傷の身で完勝するとか、やっぱこの人は超人である(苦笑)
リアルバトルで戦ったオリヤ大尉もまた、「素体」を奪う作戦での上官であり、そんな彼がなぜウドの街に降り立っているのか。ウドの街と「素体」に深い関わりでもあるのだろうか
ラストにキリコの述懐や次回予告では、ファンタム・レディと素体のイメージが重なってくる
意味深なのが、神父の洗脳に対しての台詞「神は死んだ」。現実でいえばニーチェの名言だが、作品でいうと「戦場で信じられるもの(大義とか)がなくなった」という意味だろうか。作品のテーマにも関わってきそうだ


次回 『装甲騎兵ボトムズ』 第6話~第8話
前回 『装甲騎兵ボトムズ』 第1話・第2話

装甲騎兵ボトムズ DVD-BOXI
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『多重人格探偵サイコ』 第9巻・第10巻

身内が入院したので、DVD週に一本計画は白紙


多重人格探偵サイコ (9) (角川コミックス・エース)
田島 昭宇 大塚 英志
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多重人格探偵サイコ (10) (角川コミックス・エース)
田島 昭宇 大塚 英志
角川書店
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第9巻。雨宮一彦を失った伊園摩知は、警察の笹山天馬うらんに、ルーシー・モノストーンの甥と称する小池とともに、死体に天使の羽根の絵を残す猟奇殺人に挑む……というのが前巻までのあらすじ
西園弖虎は矯正施設に放り込まれ、ガクソの“キャンディマン”法務大臣鬼干潟によってこき使われており、天使の羽根とは別の猟奇事件に組織の少年たちと関わる。そこへ雨宮一彦の記憶を持つ弖虎に対して、ルーシー・モノストーンの再生を目指す小池がその記憶を奪おうと挑むという、ややこしい筋書きだ
本巻から新しいキーワードとなるのが「スペア。ガクソ脅威の科学力によって、単に遺伝子が同じクローン人間であるのみならず、指紋や虹彩までが同じという人間が用意されている。目的は要人が病気になったときに臓器を取り替えるためだが、なぜそんな科学力がありながら臓器だけをを作らずに、人間として育て社会に解き放っていたのかは謎である(爆)
で、天使の羽根の件は、あの看護婦が犯人でいいのだろうか。なんともやっつけな死に方だった

第10巻。法務大臣鬼干潟はついに、内閣総理大臣へ。優生学に基づくエリートによる統治を目指す
小池を返り討ちにし、“キャンディマン”をも撃ちぬいた弖虎は、矯正施設から脱走したらしい(キャンディはもう要らないのか?)。しかし鬼干潟の影響を脱したわけではないようで、反鬼干潟の議員の「スペア」を殺しまくっている。殺人鬼の人格を移す精神転移を使いこなしていて、目標の少年をサイコ化して自殺させる完全犯罪である
本巻の山場は公安課の鬼頭が、自身が鬼干潟の「スペア」であることに気づき、それを殺そうとするところ。それに弖虎も手を貸すが、実は主体的に行動しているようで、そう仕組まれていたのではないか……という、いかにも本作らしい余韻を残す
もっとも臓器だけ作る研究をしていれば、こんなリスク犯さなくて済んだろうが(苦笑)
そして、最後には摩知までが……これは次巻も読まざる得ない

眼球にバーコードを施すことから始まって、本作で強調され続けるのが管理社会の恐怖である
エリートが国民を管理しやすいために国民総背番号制や街頭に監視カメラを仕掛けて顔面認証するなどの例が挙げられている。近年スノーデンファイル日本がアメリカから個人監視のシステムを提供されていたことが発覚したりと、対テロ対策を口実に国家が個人情報を集め過ぎるのではないか、という問題意識は持つべきだろう
ただ警察情報をネットカフェからハッキングするとか(そんな機密データがインターネットにつなげられるパソコンにあるわけない)、本作のIT知識はかなり怪しい
センター試験で国民の指紋を集めるなども、ありえない想像だけど、(スマフォのタッチIDやら)指紋認証が一般化していく今となっては、それが個人情報に結び付けて集積されるのも時間の問題である。本作の陰謀論がリアリティを持つとか、嫌な時代である


前巻 『多重人格探偵サイコ』 第7巻・第8巻
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『阪神タイガース暗黒時代再び』 野村克也

けっこう冷静な分析


阪神タイガース暗黒時代再び (宝島社新書)
野村 克也
宝島社
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監督が3年もたない阪神に、再び暗黒時代が訪れる! ノムさんが語る阪神再生への道
金本阪神以前の、大型補強路線時代の阪神に向けられた苦言である。時期的には、和田阪神の一年目終了時であり、和田監督には「守りの野球」の復活に期待をこめていた
自分自身の阪神監督は「失敗だった」「自惚れていた」と否定的なものの、チームに対する愛着は残っているらしく、以前読んだ『あーぁ、楽天イーグルズ』に比べると前向きな記述が多い
監督視点のチーム作りのみならず、編成レベルからいかに取り組むべきかを指摘し、阪神の短期政権はフロントが監督に全責任を負わせているからこそ、起こることだとする
関西マスコミの、阪神だけにいれ込む特異性にも喝を入れるなど、ノムさんだから書ける内容も多く、五年の月日を感じさせない現代野球の原理原則が語られている

自身の辞任後に就任した、星野仙一、岡田彰布、真弓明信、和田豊の4人の采配について分析されているが、低迷の戦犯とされているのが真弓監督である
太平洋クラウンズからの田淵幸一とのトレードで阪神へきたからか、16年在籍していても外様意識を捨てきれず、OB会や関西マスコミに遠慮した無難な人事、采配が目立った
代表的なのは、連続フルイニング出場記録がかかる金本知憲を肩に出場させ続けたことで、金本本人が切り出すまで放置したのは監督の怠慢だとする。さらに、フルイニング出場にこだわった割りに、あっさり連続出場記録を俊介の盗塁で潰してしまったことも、分かりやすい失態だった
星野監督については、自分で有力選手を引き抜いて戦力を整えるGM的監督であり、セオリー重視の「動かない采配」も一貫性があるとするものの、生え抜きの岡田監督へはバントを嫌い過ぎるなど、ノムさんからすると意味不明の独自色を出していて、歴史的逆転からの逃げるような辞任など評価は低い
岡田監督は野村監督時代に二軍監督を務めていたが、何も引き継がれなかったのだ
対して一年目を五位で終えた和田監督に対しては、上本や大和を起用するなど「守りの野球」への志向を認めていた
しかし、問題となるのはフロントの姿勢が大型補強路線を継続していること。外野で福留孝介は引退する金本の後釜としても、西岡剛のポジションと役割は上本と丸かぶりする
2010年の城島の引退からFAで藤井彰を獲得し、2012年オフに日高剛を獲るのは、自前の正捕手育成を怠るものとして批判している
生え抜きの選手を上手く育成した原巨人や落合中日が、安定した力を保ったのに対して、その後の阪神は低迷し、育成からやり直す大手術を余儀なくされた

本書は悪口ばかりではない、阪神期待の若手(当時)も紹介している
まずは和田監督がノムさんに紹介した中谷将大。マー君と名前がいっしょだったことから覚えていたらしく、和田監督は「手足の使い方が新庄剛志に似ていて、球も遠くに飛ばせる」と評価してた
その割りに、和田政権下では99%二軍と言行不一致はなはだしいが、2016年の金本阪神始動ともに一塁、外野でスタメン起用されている
プロ初打席で満塁ホームランを放った森田一成も長距離砲候補に挙げられているが、こちらは一塁しか守れないからか早々戦力外! 低迷するわけである
藤浪晋太郎は当然として、同期の北條史也にも期待していて将来の4番候補とまで
もっとも選手が育つには、一定期間を同じ育成方針、起用を続けなければならないわけで、やはり長期政権は不可欠。広島カープは5年はやらせてもらえるから思い切った起用ができ、今のフィーバーにつながったのだ


関連記事 『あ~ぁ楽天イーグルズ』

「アホ」がプロ野球を滅ぼす (ロング新書)
江本 孟紀
ロングセラーズ
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『ハックルベリー・フィンは、いま』 亀井俊介

80年代の映画も見直さねば




新大陸を開拓するところから始まったアメリカ人の理想とは何なのか。現代において、それはどう現れているのか。今なお続けられる「生の実験」を追いかける
本書はアメリカ文学・比較文化論を専門とする東大教授が1980年代に発表した論考をまとめたもの。『地獄の黙示録』『愛と追憶の日々』の大作映画から、80年代に復刻した『スーパーマン』『ターザン』『キング・コング』などのヒーロー物に、『ハックルベリー・フィンの冒険』に始まるアメリカ文学を渉猟して、現代のアメリカ社会の状況に建国以来変わらない理想の追究を見出していく
ヨーロッパから「自由」を求めて渡ってきた移民者にとって、新大陸は「荒野」そのものだった。移民者がそこで開拓して築くのは、本来逃れるべきヨーロッパを模した「文明」であり、ふたたびそこから「荒野」へ飛び出す運動が起こる。著者いわく、この「文明」の建設と「荒野」への旅との振り子運動にアメリカ人の理想の動きがある
そうした「荒野」へ旅に出て「文明」の町と往還を繰り返す、マーク・トゥエインの小説におけるハックルベリーこそが、アメリカ人の理想像なのだ
アメリカ人の離婚率が高いのは、移動の多い社会で「恋愛」への重要性が大きいからだとか、40年近く経ても色褪せないアメリカ文化論である

驚かされるのは、人民寺院事件の解釈だろう
1978年にガイアナで集団自殺した人民寺院は、カルトの代表例といわれるが、極端な部分だけを見てしまってはアメリカ社会の分析を誤まるというのだ
新大陸に「新しいエデン」を見て海を渡ったメイフラワー号の人々「荒野」だったユタ州を開拓したモルモン教徒も、当時の常識からはかけ離れた戒律を持ち、外部の人間からは狂信的な情熱で偉業を成し遂げた
アメリカには数千のカルト組織があるとされ、人民寺院のジム・ジョーンズもメソジストの牧師としてスタートを切った。著者は人民寺院の問題を語るときに、「彼らはファナティックだった」で済ませようとするアメリカでの論調を批判し、いわばアメリカで繰り返されてきた伝統的な運動の失敗例として捉えるべきとする

著者が人民寺院から連想するのは、『地獄の黙示録』のカーツ大佐とその王国である。カーツ大佐は最初、現地の人間を民兵に組織する任務を負っていたが、ヴェトナム戦争という狂気のど真ん中にあって、軍を離れて戦争から独立した王国を築く
狂気の戦争を続ける体制に従って、カーツ大佐を殺すことは果たして正義なのか? 映画では、やはり近い時期に虐殺事件を起こしていたチャールズ・マンソンが持ち出されてカーツ大佐と比較させている(人民寺院事件は、映画製作後)
そして、その『地獄の黙示録』の原典とされるのが、ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』だ。この小説ではアフリカが舞台となり、狂った駐在員クルツが王国を築いている。ただし、コンラッドはイギリス人なので、主人公にクルツをヨーロッパ社会に連れ戻すことで解決しようとする
しかし、ヨーロッパ社会から飛び出たアメリカ人に、戻るべき大地はない。果敢に「荒野」に挑まざる得ない
こうした例はフロンティアを失ったアメリカ人の袋小路のように思えるが、著者はありがちな「病めるアメリカ論」はとらない「荒野」に向けて新しいチャレンジをせざる得ない環境こそが、アメリカの強みでもあるのだ
本書の論文が出されたときには、ロナルド・レーガンが大統領選で地すべり的勝利を収めていた。得票数では負けていたとはいえ、トランプ政権の成立は「荒野」への冒険なのかもしれない


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