【DVD】『野獣死すべし』(1980年版)

忘年会後に風邪をひき、さらに寝てるうちに舌を噛んで流血という、多難
年末の予定が完全に狂ったわ


野獣死すべし 角川映画 THE BEST [DVD]
KADOKAWA / 角川書店 (2016-01-29)
売り上げランキング: 23,613


都内で岡田警部補(=青木義郎)が刺殺されて、拳銃が奪われる事案が発生。その銃は警部補が関係するカジノバーの襲撃に使用された。犯人は元通信社で、今は翻訳を手がけながら、クラシックが趣味として悠々自適の生活を送る伊達邦彦(=松田優作)。伊達は次の標的に東洋銀行を定めるが、単独行動では成功は期しがたいと、荒々しい真田敏夫(=鹿賀丈史)を抱き込む。その伊達の後を、捜査一課の柏木(=室田日出男)が追いかける

『蘇る金狼』同じ作家の原作、同じ監督ながら、また一風変わった作品だった
題名にわりに、まず主役の伊達が“野獣”らしくない東大出の高学歴でクラシックが趣味、文学的教養もあると多趣味であり、表面的には現代人的頭でっかちである
元通信社での紛争地の経験と、学生時代に射撃部に属した銃の腕という背景はあるものの、ところどころでインテリ的な知識ひけらかしがあって、あくまで人に飼い馴らされない意味での“野獣”
むしろ、所構わず人を殴る真田のほうが野獣に相応しく、伊達も彼とつるみ、洗脳する過程で自らも本性に目覚めていく
映画の出来としては、展開のスムーズよりは俳優たちの見せ場重視で構成されており、優作の一人芝居は観ているだけで面白い。前野耀子が閉店したクラブで歌うなど、ちょい役でも豪華な場面が多い
頭を動かすよりも、気持ちのままノッて観る作品だ

詳しくしゃべると、ネタバレになってしまうのだが仕方ないと開き直ろう
伊達の“野獣”は、紛争地の経験から生まれた。紛争地の虐殺現場からこの世の真理を感じ取ってしまい、平和な暮らしが嘘としか思えなくなってしまった
ゆえに日本にいても、世の真実である修羅場を求めてしまい、自ら事件を起こしてしまう。一種の精神病なのである
一般の動物は自らが生きるともに、子孫を残そうとあくせくしているのだから、管理人は女を躊躇なく殺す伊達が“野獣”だと認めがたい(笑)
真田にその彼女(=根岸季衣)を殺させようとするところ、伊達にとっての“野獣”とは、「男だけの世界」なのだ
ラストシーンは映画史に残る謎エンドらしいが、あれだけ人を殺して無事に戻れるなんてありえないという、物語の力学が働いたように思える。あそこまでやって死ななきゃ、ただの悪人に終わってしまうだろう


関連記事 【DVD】『蘇る金狼』

野獣死すべし (角川文庫 緑 362-24)
大薮 春彦
KADOKAWA
売り上げランキング: 276,485
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【DVD】『ブラック・ダリア』

にんともかんとも


ブラック・ダリア コレクターズ・エディション 2枚組 [DVD]
東宝 (2007-05-18)
売り上げランキング: 25,363


バッキー・ブライカート(=ジョシュ・ハートネット)はボクシングをきっかけに、特務課のリー・ブランチャード(=アーロン・エッカート)とパートナーを組む。リーはかつて凶悪犯に囲われていたケイ・レイク(=スカーレット・ヨハンソン)と同棲していて、バッキーと奇妙な三角関係に陥る。しかし、「ブラックダリア事件」をきっかけにその三角形は崩れ、バッキーは謎めいた美女マデリン(=ヒラリー・スワンク)に引き込まれていく

ブライアン・デ・パルマをして、失敗作であった
600ページ以上ある大長編を2時間でまとめようとしたために、前半は駆け足となり中盤以降も原作と展開を変えざるを得ず、悪い方向にまとまってしまった
1940年代のロスを再現した映像には目を見張ったし、バッキーとリーのボクシングは凝っていたけど、下手に原作前半を忠実に映像化し過ぎたために、後半は力尽きて竜頭蛇尾になっている
もともと原作が数年がかりの物語であり、ハリウッドに向かない複雑すぎる筋書きだっただけに、企画そのものに無理があったのだろう
キャスティング的には、スカーレット・ヨハンソンがエロ過ぎで(苦笑)、誘惑するマデリンがかすんで見えてしまった。映像に残るエリザベス・ショート(=ミア・カーシュナー)がほどよく可愛かっただけに、いろいろともったいない作品である

この映画のこと詳しく語ろうとすると、どうしても小説と映画双方のネタバレになってしまう。以下は覚悟して読んでください
一番大きな改変は、舞台がロサンゼルスに限られること。原作では国境を越えたメキシコ側の都市ティファナにまで、バッキーはリーの足跡を追跡するのだが、映画ではケイと関係したマフィアとのどさくさに殺される
小説ではそのショックで、ブラックダリア事件を離れてケイと普通の結婚生活を送るが、映画だと間をおかずにリーの過去が暴露され、怒濤のごとく真相へなだれ込む
真犯人の片方がすでに死んでいて、残されたほうも事件の全貌を語って、ご都合のような自害(苦笑)。最後でリーを殺した犯人まで、バッキーが手を下してしまう
この終盤の畳み方は完全に映画オリジナルであり、小説の風味をぶちこわしてしまった。どうにもならない苦味のなかで、再生するラストが良かったのに……。プロデューサーの介入でもあったのだろうか
小説が気に入った人は見ないがいいかもしれない


関連記事 『ブラック・ダリア』(原作小説)
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『ブラック・ダリア』 ジェイムズ・エルロイ

表紙はリアルの被害者!
解説によると、”ブラック・ダリア”の由来は漆黒の髪をダリアの花に見立てたとか


ブラック・ダリア (文春文庫)
ジェイムズ エルロイ
文藝春秋
売り上げランキング: 200,384


1947年1月15日、ロス市内で女性が惨殺された。女優に憧れて東海岸からやってきた彼女の名はエリザベス・ショート。一介の巡査だったバッキー・ブライチャートは元ボクサーのつながりから、特務課のリー・ブランチャートに引き立てられるも、この通称「ブラック・ダリア事件」に巻き込まれて数奇な運命を辿る。はたして彼女を殺したのは……

『L.A.コンフィデンシャル』で有名な「LA四部作」の第一作
実在の殺人事件「ブラック・ダリア事件を題材しながらも、主役であるバッキー・ブライチャートに、相棒のリー・ブランチャートその“ルームメイト”であるケイ・レイクの三角関係が絡んで、先が予測できない複雑な展開を遂げる
視点は主人公の一人称で舞台がロサンゼルスというと、レイモンド・チャンドラーを思い出すが、この作家さんもあまり説明を交えずに文章を進めていくし、一つの事件にまったく無関係なような筋をぶっこんでくる手並みなども共通している
ただし、作品の性格はまったく異なる。シリーズものの主人公ではないので、バッキーは自らの生い立ちと選択に生々しく苦しみ続ける。事件の解決と同時に、人間の内面を描ききった濃い濃い長編小説なのだ
終盤のどんでん返しの連続には、やり過ぎとも感じてしまうが、2、3本の作品が混ぜ合わせたような濃さには圧倒され続けた

作者のジェイムズ・エルロイは、アメリカのタブーを取り上げることから「アメリカ文学界の狂犬」と言われている(「mad dog」の語感は、日本語で「荒くれ者」の意味らしく、けっして悪いイメージではない)
本作では「ブラック・ダリア事件」を取り上げつつも、当時の警察や治安状況を忠実に書き記し、終戦直後の復員でごった返すアメリカ社会の混沌を描ききっている
ブラック・ダリア事件に際しては、警察幹部が事件のイメージを膨らませて自分のお手柄にしようと新聞社を買収。方々で軍人の相手をしていたエリザベス・ショートに、清純な美女のイメージを作り出す
新聞を大きくにぎわせたことから、数百人の自供者が発生。そこから真の情報源を探すべく、警察は拷問紛いの行為で振るい落とそうとする。明らかに罪や弱みを抱えた人間に対しては、主人公たちも容赦なく拳を振るう
なるほど、捕まったらまず弁護士を呼ぶ社会ができるわけである(苦笑)。呼ばなきゃ、自分を守れないのだ
超有名なランドマーク「ハリウッドサイン」が、元は「HOLLYWOODLAND」と「LAND」が付いていたとか、リアルな40年代のLAが体験できる作品である


次作 『ビッグ・ノーウェア』

関連記事 【DVD】『ブラック・ダリア』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

どうでしたでしょう『真田丸』

毎年、NHKの大河ドラマはだいたい観ていて、特にブログで取り上げることもなかったのだけど、今年は書く気になってしまった
昨年の『花燃ゆ』は論外としても、『軍師勘兵衛』はけっこう気に入っていた。脚本が良ければと思っていたから、歴史好きという三谷幸喜が戦国物をやれば、久々に面白い大河になると思ったのだ
しかし、終わったところの満足度でいうと、『軍師勘兵衛』とどっこいどっこい。というか、最終回で評価が急降下してしまった
「なぜ、こうなった」。その思いが、この記事を書かせるのだ


○主演俳優が40代はまずかったか

『八代将軍吉宗』の西田敏行の例はあれど、あれは別格。終盤にやっと年齢が追いつくというのは辛かった
堺雅人はすでに完成されている役者なので、役がなじむ過程を楽しむという大河ドラマの醍醐味がなかった。主役に合わせて全体が高齢化したのも苦しく、吉田羊の稲姫はさすがにどうかと思った
そもそもその抜擢からして『半沢直樹』の便乗であって、戦国版半沢で一年埋めようというのは安易だったと思う。半沢の不適さを受け継ぐなら、真田信繁より本田正純あたりが似合っている。絶対、受けないだろうけど、観てみたい(笑)
半沢と源二郎の間にあった溝は、ついに埋められなかったように思う


○ホームドラマはそれほど必要だったか

『真田丸』はたんに大坂の陣の真田丸ではなく、真田家という家族を一隻の船に喩えていう触れ込みだった
真田父子のやり取りには、大いに笑わしてもらったが、ホームドラマ要素が足を引っ張るシーンも多かった。例えば、源次郎の姉、松(=木村佳乃)が記憶喪失になる必要はあったのか
於松の方が安土城で人質になった後、本能寺の変をきっかけに行方知れずになる史実を拾ったのはエライけど、あの再会のさせ方には何ら感動を覚えなかった。脚本家のウィークポイントでもあるのだろう
終盤で「真田家同士で戦ってはならない」と表立って言い出すのもおかしかった。ただでさえ大坂方への内通が疑われて、嫌でも身内と戦ってみせなければならない立場なのだ。信之が大阪方へ兵糧を入れることに加担するとか、真田家を背負うものとして行動に疑問が多かった
そもそも大河ドラマに現代的なホームドラマをすること自体が、世界観をぶち壊すご法度のはず。大河ドラマ以外のNHKの時代劇はわりあい時代劇の枠組みのなかで頑張っていると思うのだが


○きりは霧隠才蔵なのか

そういう説がある。だとすると、あの縦横無尽の活躍にも合点はいく(納得いくかはともかく)
松代に移った真田家で、佐助とともに暮らすというラストは、小説『真田太平記』のお江と重なる。くのいちにせず、史実の妻の一人にしたのは、『天地人』ですでにやっていたせいだろうか
こういう浮いたキャラクターは、特殊な背景を持たせたほうが受け入れやすかったと思う
例の口吸いシーンは、初恋の相手がわざわざ待ち続けて決戦前夜に結ばれるという男の妄想を実現したと同時に、おばはんになるまで待たせて男を下げることにもなっていた。いくらでも機会はあったのに、なんで今まで結ばれなかったかというと、この場面を作るためという作為が見えていた


○最終回はどうしてこうなった

関ヶ原とか、信繁が直接関わらないところは割愛する傾向はあったけど、茶々と秀頼の最期とか、千姫を帰しての秘策とか、大きく穴を開けた形で終わってしまった。観ていたときは、スタッフロールの後に15分あるんだと思い込んでいたぐらいだ
ここまで来ると脚本うんぬんというより、急に放送の枠を減らされたのではと勘ぐりたくなる。来年の番宣より、今年の放送をちゃんと終わらせるべきではなかったろうか
『精霊の守り人』とか脇で作って、NHKはリソースを分散させすぎなんじゃないか

話的に納得がいかなかったのは、信繁と家康が対決した場面。その過程があまりに舞台じみていたのは棚におくとしても、「おまえのような、戦にしか能のない人間はもういらない」→「だとしても……」というやりとりはどうだったか
真田信繁はただの武人ではなく、石田三成や大谷刑部と親しくなるような事務方も務まる人間であったというコンセプトで始めたドラマだったはずだ
長丁場でかなりテンパっていたのだろうが……、これはないだろう
最終回でもったいないというと、去年の『Gレコ』と共通するけど、あちらはあくまで畳み方が早くて余韻が足りないというぜいたくなもの。実写とアニメは単純に比較できないが、70代の富野監督は踏ん張ったのである


視聴率は何も言うまい。一番手間をかけている大坂の陣で下がってしまうのだから、追いかけた人間にはよく分からん。いくらなんでも、『お江』よりは面白かったろうに
ただNHKのほうはその視聴率に過敏になりすぎて、おかしくなっている。大手プロダクションや広告代理店の影響が強くなって、『逃げ恥』に真田丸のパロディがあって、今度はガッキーが紅白の審査員に出るとか、局の垣根のないカオスの状態だ。制作会社が共通するせいか、悪い意味で民放に近くなっている
報道の枠に、真田丸の番宣がねじこまれるのにも参った(苦笑)。コンテンツを利用して使い捨てにしようとする前に、まずドラマそのものに受信料を使ってもらいたい


関連記事 『真田太平記 (一) 天魔の夏』
     『精霊の守り人』(小説)
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

京都の鉄道博物館に行ってみた

先週の土曜日のことが、次の週の金曜日に記事になるとか。もういろいろ、立て込んでおるんですよ

土曜日に家族といっしょに行ったのは、京都の梅小路公園。京都人の管理人にとって、地元も地元である(苦笑)
最近できた水族館もあるけれど、

京都鉄道博物館

今回は京都鉄道博物館がメインだ
エントランスを抜けて、まず目に入るのは

c62型26形

C62型蒸気機関車。SLというと、イメージするのはコレだ
戦後に作られたタイプなのだが、実は戦時輸送に使われていた機関車が大量に余ってしまい、逆に平時に必要な旅客用が不足。そこでGHQの提案により、輸送用を旅客用に「改造」したものらしい
1949年から運行が始まり、60年代に電化工事の進展とディーゼル機関車の導入で激減。1976年の函館本線を最後に除籍された

クハ86形

その隣にあるのは、緑とオレンジが懐かしいクハ86型。管理人にとって、<これがstrong>国鉄のイメージですわ

新幹線 0型21系1号

奥にあるのは、初代新幹線0型。親はこれの食堂車に憧れたそうだ
12月につき、クリスマス仕様の雪だるまがあちこちに置かれていたのだが、ちょっと邪魔だなあ(苦笑)

クハ489 雷鳥
キハ81形3号車

ここらへんも、懐かしいですなあ

500系521型
500系521形1号車 俯瞰

古いものもあれば、最近のものも。新幹線500系は2010年に、700系に置き換えられた

230形233号
最初の国産蒸気機関車230型。なんか、機関車トーマスを連想する

博物館の中心では、ワットの蒸気機関から、蒸気機関車と日本の鉄道の歴史が紹介されている
官営の鉄道と私営の鉄道が整理されていく過程が地図つきで説明されたり、歴代の国鉄の制服が飾られたりしていた。鉄道で使われるバネの役目や強さを実証する装置とか、子供向けの啓蒙目的のものが大人にも参考になったりする
なんであれ、トワイライトエクスプレスなど、懐かしい電車が飾られているので、飽きないですわ

スカイテラスからの展望

二階には大規模のジオラマがあるが、三階のスカイテラスから見た実際の路線のほうが壮観!

壮観な機関車車庫

個人的に鉄道博物館最大の目玉は、この蒸気機関車車庫。10台以上の機関車が並んでいる光景に圧倒される

スチーム号

煙を吹くスチーム号には、時間帯の都合で乗れなかった
さすがに石炭で焚いた煙は出していないようで、雲のように綺麗

旧二条駅を模した出口

出口は木造時代の二条駅を再現したもの。京都らしいレトロ感あふれる博物館に、ふさわしいエントランスである
地理的には、山陰線の丹波口駅が近いが、京都駅からバスも出ている。管理人たちは京都駅から徒歩で歩いて、二十数分かかった
入場料は1200円したけど、一度は電車にはまった人間にはぜいたくな施設だった
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【DVD】『ロード・オブ・ウォー』

先日、家族で京都鉄道博物館へ
そのうち、記事にします


ロード・オブ・ウォー [DVD]
日活 (2006-06-09)
売り上げランキング: 17,130


ユーリ・オルロフ(=ニコラス・ケイジ)は、ロシアからの亡命者が集うリトル・オデッサで育ったウクライナ系移民の子。ロシア・マフィアの構想に衝撃を受けたユーリは、父がユダヤ教に改宗したことからイスラエル関係者に接し、その優秀なUZI機関銃の売買を始める。実弟のヴィクター(=ジュレッド・レト)を引き込んで武器商人としての階段を登り続けるが、インターポールのジャック・バレンタイン(=イーサン・ホーク)がその後を追っていた

ドキュメントのような淡々とした映画だった
全編に渡ってニコラス・ケイジの回想が入り、時系列的にユーリ・オルロフの半生を追うシンプルな構成。追われる武器商人の視点しかなく、敵役のインターポールは微妙な比重でしか描かれないし、対決する場面も山場にしても盛り上がらない
パートナーである弟も薬物中毒の治療で中盤をまるまる抜けてしまうので、信頼できる相棒というよりお荷物にしか思えない
ドラマとして全体を通した一貫性の無さやテンポの悪さもあいまって、映画そのものが面白くないのだ。たとえ、ほぼノンフィクションに近く、啓蒙目的の作品だとしても頂けない。興行的に苦戦するのも止むなしだろう

作中のユーリは、父親がユダヤ教に入信した関係から、イスラエル製の武器輸入を手がけるが、軌道に載ったのは冷戦終結後
冷戦時代には、シメオン・ワイズ(=イアン・ホルム)のような各国の高官と交際できる特権階級のものだった武器市場が、冷戦終結による秩序の崩壊でユーリのようなちゃちな密売人にも参入できてしまった
ユーリは叔父であるヴォルロフ少将を通じて、ウクライナに駐留する旧ソ連軍の武器を格安で購入して、高まる民族紛争の現場に流し続けた
その中には、リベリアの独裁者アンドレイ・バプティスト(=イーモン・ウォーカー)のような冷酷非道な暴君もいて、ユーリが迷走するように武器商人の性質も変わっていく
バプティスト大統領とユーリの間でかわされた「ロード・オブ・ウォー」という言葉は、文字通り「戦争の支配者」という意味であり、作品のオチでアメリカを始めとするイギリス、フランス、ロシア、中国の常任理事国が最大の武器輸出国で、紛争の黒幕であることが語られる
しっかり作って、みんなに観てもらいたかったテーマの作品である
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【DVD】『蘇る金狼』

今のドラマには、セックスとバイオレンスが足りない


蘇える金狼 デジタル・リマスター版 [DVD]
角川エンタテインメント (2009-10-23)
売り上げランキング: 54,905


東亜油脂で働く平社員・朝倉哲也(=松田優作)には、裏の顔があった。プロ顔負けにまでボクシングで肉体を鍛え上げ、白バイ警官に扮して一億円を強奪。それを麻薬に変えるため、薬の売人であるヤクザや黒幕の市会議員までのしてしまう一匹狼の悪漢! 上司の経理部長(=成田美樹夫)愛人・京子(=風吹ジュン)を寝取り麻薬でたらしこみ、会社を巻き込む大汚職事件を嗅ぎつける

かなり乱暴な映画であった(苦笑)
冒頭から凄い。いきなり一億円を強奪して、そのトランクを会社に持ち込んで悠々と仕事をしているのである。見え見えのズラと、いかにもな大ぶちの眼鏡が、あまりに松田優作と不似合いで大笑いしてしまった
このヘボい扮装をした主人公が夜には好き放題に大暴れするので、只野係長が暗黒化したような感じなのだが、実際に漫画のほうでそういう影響を受けているのかもしれない。ちなみに原作小説には、ヘボく見せかける設定はなかったそうだ
作品としてはエピソードの繋ぎ方がかなり雑である。強奪した一億円のナンバーを控えられたから、麻薬に変えようというのだが、あまりに手法が乱暴で派手過ぎる。ボクサーとしての背景はあるにしても、ランボー顔負けの立ち回りはないだろうに(笑)。すべては松田優作だから許されるバランスである
リアリズムより鬱屈した会社員の願望を優先していて、山場で東亜油脂の経営陣を脅しつける場面にそれが象徴されている気がした

しかし、タイトルの『蘇る金狼』とはなんなのだろう
東京オリンピック直前の高度成長期で、社内の主人公のように人間が組織に飼い馴らされていく時代に、飼い馴らされない狼のようにということなのだろう
中盤以降、朝倉は表の世界で権力の階段を登ろうとする
会社の大株主となって社長の娘と婚約、ランボルギーニで朝の路上のど真ん中を走り抜ける。仮面のついた椅子に口づけする場面は、下克上を達成したと同時に体制に取り込まれることを意味していて、それは狼でなくなることでもあった
アウトローの世界に置いて行かれると思った女に刺されるラストは、整えられた社会では狼が存在しえないことを物語っているようだ。もっとも、男も狼に戻ろうと、海外への高飛びを考えていたのだが……
構成が残念で映画の出来としてはイマイチなのだが、風吹ジュンの、今では信じられないほど濃厚な濡れ場とか、役者さん的には非常に見所の多い作品だった


蘇える金狼 野望篇 (角川文庫 緑 362-2)
大薮 春彦
KADOKAWA
売り上げランキング: 179,114

(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『聖の青春』 大崎善生

管理人との共通点は、部屋が積読で溢れているぐらい


聖の青春 (講談社文庫)
大崎 善生
講談社
売り上げランキング: 3,019


幼い頃に腎臓病を患った少年は、療養学校で将棋を覚える。普通の子供のように動き回れない鬱屈を将棋にぶつけ、外へと羽ばたつ翼とした彼は、メキメキ上達。1983年に谷川浩司が最年少名人が話題となり、「打倒谷川」を目指してプロの門を叩く。つきまとう持病の闘いに、師匠はときに少女漫画を探しそのパンツを洗った

今秋に上映されている松山ケンイチ主演の映画の原作小説である
管理人は大学時代、将棋部に属していて、その死には涙したものだ
本作は村山聖の良き評伝であるだけではない。冒頭には、山に連れて行った兄がマムシを投石で殺し、村山の病気が発症する場面から描かれる。周囲の人物の視点から始まっていて、なおかつ劇的な場面なのだ
そうした小説としての鋭さを持ちつつ、様々な人間から見た多声的な構成が本作の特徴であって、身近にいた作者が我を張らずに、ただただ村山聖のピースを拾い集めて作り上げられている
世界でただ一つのユーモラスな師弟関係が取り上げられる一方で、病気の子供を持った家族のやるせなさ、苦しさも描かれていて、村山聖という人間が自然に立ち上がってくるのである

村山聖には、名人位を目前にしてA級在籍中に死去した悲運の棋士というイメージがつきまとう
たしかに悲運には違いないが、本作で強調されるのは村山自身が病気を不運だと思っていなかったということだ
病気と村山は不可分の関係であり、その将棋は長くは生きられないという切迫感によって作られていた。そもそも病気になっていなかったら、将棋に出会っていたかどうかも分からない
阪神大震災で弟弟子の奨励会員が亡くなり、村山は積読の山が崩れて頭に本をぶつけただけで済んだというエピソードは、人の運命について考えざる得ない。ただ、悲運の棋士を描くだけではなく、人が生きていく上で出会ってしまう、不運や幸運、絶望と希望の錯綜が書きつけられているのだ
ヒューマンで温かいともに、人生のなんともいえない巡り合わせを見せられるノンフィクションであり、文学なのである


村山聖名局譜 (プレミアムブックス版)

マイナビ出版 (2016-11-22)
売り上げランキング: 18,626
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
11 | 2016/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリ
SF (25)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。