『悪女入門』 鹿島茂

小説のタイトルは、だいたいファム・ファタル自身


悪女入門 ファム・ファタル恋愛論 (講談社現代新書)
鹿島 茂
講談社
売り上げランキング: 121,212


男を破滅させる究極の悪女、ファム・ファタル(=運命の女)」とは何者なのか。バルザック、デュマ・フィス、フロベール、ゾラ、プルーストといったフランスの文学作品から男女の機微を分析する
フランス文学を専攻する著者が女子大で教えていた関係から、講義内容から恋愛指南できないか考えていたところ、雑誌の連載向けにリライトされたのが本書。女子大生に対して、ファム・ファタルの誘惑術を授ける、悪女入門という体裁で書かれている
ファム・ファタルのやり口が実際の恋愛に役立つかは微妙なところ。ファム・ファタル自身が恋愛の地位が高いフランスの社会だからこそ、生まれでた存在であり、他の社会の価値観だと単なる悪女に映ってしまうのだ
往年のフランス文学を元にしているだけあって、「男はこう、女はこう」と規定する形で語られるので、今の若者には違和感を覚えるかもしれない。それでも男が女のどこに惹かれるのか、丹念に分析されているので男心への理解は深まるだろうし、何よりもフランス文学が読みたくなってくる

本書では十作の小説から、それぞれのファム・ファタルが紹介される。面白いもので、同じタイプの悪女は誰一人いない
悪女というと、色気むんむん、本音むきだしで男に迫るイメージがあるが、フランス文学に出てくるファム・ファタルは、積極性一辺倒でもない
『マノン・レスコー』に出てくるマノンなどは、むしろ健気さを装って男を釣り、清純なイメージを保つ。男に合わせてその幻想を守るのも、ファム・ファタルのやり口なのだ
『カルメン』のカルメンは、相手が口説きたいときに距離を置いて焦らし、諦めかかると近寄るプロの悪女。古代のカルタゴを舞台にした『サランボー』のサランボーは逆に天然のファム・ファタルで、処女で何も知らない“鈍感さ”が自然と男を誘惑する「カマトト娘」
まさに十人十色なので、創作で悪女キャラを考えるときの助けになるのではなかろうか

ファム・ファタルの中でも最強と思われるのが、ゾラの小説『ナナ』に出てくるナナ
ナナは両親(小説『居酒屋』の主人公夫婦)がアル中で早逝し、風俗の世界に身を落とす。暴力男のヒモになったり、レズビアンに走ったりと遍歴を繰り返しつつも、途中で世の男どもに復讐しようと「ファム・ファタル」へと生まれ変わる
ナナは数多くの客=愛人を抱え、その客の金を搾り取っては得た金を蕩尽し続ける。作者はその様を、経済学者ヴェルナー・ゾンバルトが唱えた「男女の欲望=贅沢」が近代資本主義の源となる説を実証するものとして、ナナこそ「近代資本主義」の象徴とする
労働によって富が生み出されたとしても、生活の必要以上に富が貯蓄されてしまうと、その富は行き場を失って人間を振り回してしまう。金持ちは余った金をナナに注ぎ込み、ナナはそれを使い倒すことで富が循環していく
「ファム・ファタル」の条件その1は男を破滅させることで、その2は意外にも金銭に執着しないこと。男から奪った金で店を持つ女などは、単なる悪女に過ぎない
しかし、ナナは勝利者とはいえない。近代資本主義の全てを消費されていく構造から逃れられるものはなく、ナナそのものは最後は消耗して病死する
男を破滅させるファム・ファタルには、自身の破滅も宿命づけられているのだ
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『天と地の守り人 第2部 カンバル王国編』 上橋菜穂子

武芸の身につかないチャグム


天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編 (新潮文庫)
上橋 菜穂子
新潮社
売り上げランキング: 202


再びバルサとチャグムの二人の旅が始まった。チャグムはバルサがタルシュのヨゴ人・ヒュウゴから聞いた、カンバル王国とロタ王国の同盟をカンバル国王に進めようというのだ。盗賊が手ぐすね引いて待ち構える国境を通り抜けるも、王都には非情ともいえる罠が待ち構えていた

ヨゴ皇国にタルシュ帝国の侵攻が近づくなか、チャグムは北国カンバルを目指す
タルシュ帝国には、次期皇帝を睨むハザール王子とラウル王子の内訌がある。ヨゴ皇国を攻めるラウル王子に対し、ハザール王子はロタ南部の反国王勢力に目をつけ、そこにカンバルを巻き込むことで広大なロタ王国を征服し後継争いをリードしようとしていた
ロタ南部の諸領主の後ろ盾であるハザール王子に、実は遠征軍の指揮権がないことがミソで、チャグムはその間隙からロタとカンバルによる対タルシュの同盟を作ろうというのだ
背の高さではバルサを越したチャグムだが、こと戦闘面ではポンコツ同然(苦笑)。戦闘力では少年時代から変わらずで、なんというか姫様なのである
そのせいでバルサが重傷を負うのも、第1巻から恒例ともいえ、彼女の後頭部が心配になってくる(微苦笑)
そんなチャグムが政治の舞台に立つと、決然とカンバル国王に直言し、タルシュ優勢の流れを大きく変えてしまう。なんというか、彼はGレコでいえばアイーダなのである

タルシュ帝国の侵略とも迫るのが、ヨゴにおけるナグユ、カンバルにおけるノユーグの“である
精霊の世界の“春”はその土地に水の恵みをもたらし、人々の生活を豊かにするものだが、その急激な変化は山々には雪崩、平原には洪水をもたらす
何やら現実の温暖化に近い話なのだ
いかなる呪術師だろうと、“精霊の守り人”だろうと、この変化を止めることはできず、それを見抜いた者はただ警告を発することしかできない
巻末の鼎談では、「計算し尽くされた世界観が合わない」「世界はかっちり都合よくセッティングできないのに」と吐露されていて、人間ではコントロールできない世界が別次元にあるという世界観が貫かれているのである
人間どもが前兆も知らずに争うなか、気づいた者たちが何を守れるのか、次巻がいよいよクライマックスだ


次巻 『天と地の守り人 第3部 新ヨゴ皇国編』
前巻 『天と地の守り人 第1部 ロタ王国編』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『天と地の守り人 第1部 ロタ王国編』 上橋菜穂子

タンダが東出昌大というのはどうやねん


天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)
上橋 菜穂子
新潮社
売り上げランキング: 173


タルシュ帝国に連れ去られたチャグムは、新ヨゴ皇国を臣従させるというラウル皇子の申し出を断り、海へ飛び込んだ。新ヨゴ王国では国葬が営まれたが、用心棒稼業を続けるバルサのもとへ、ヨゴ人の使者が来る。ロタ王国に流れついたチャグム皇太子を探し出して欲しい、と。バルサはロタ南部の港ツーラムへ向かうが、そこはサンガルの海賊、タルシュ帝国の密偵、ロタ王国の処刑人が入り乱れる陰謀の盛り場だった

実写化の勢いで積読から取り出してみた
読んでみると、なんで積読にしていたかのかが不思議なくらい引き込まれた。宮廷のシュガ、ヤクーの村から徴兵されるタンダが少し挟まるものの、ほぼバルサの視点で動いていき、チャグムは最後あたりまで出てこない
バルサの、チャグムを助けたい、無事を確認したい気持ちが小説全体にストレートに貫かれていて<守り人>シリーズのスピリットが純粋に表現されている
彼女はレジェンドともいえる槍の達人だが、敵も一流のプロばかりでまったく油断ができない。毒を盛られたり、囚われたところを火責めにあったり、と罠にはめられる局面も多く、危機一髪の連続
前巻に続いてキャラクターを愛すればこそ、谷へ落とす厳しさが彼らが輝かせている

積読にしていた理由は、タルシュ帝国の登場で史実の歴史風景と重ならなくなってきたからだ
管理人の勝手といえば勝手だが(苦笑)、新ヨゴ皇国を古代の日本になぞらえていたので、隣国にインドくさいロタ王国が出てきたところあたりから、少し微妙だった。遊牧民と境界を接していると、新ヨゴ皇国の社会は生まれないと思ったからだ
普通のファンタジーだとこの程度の荒唐無稽は気にならないが(むしろ、ファンタジーだから許されることだ)、文化人類学という基礎から精緻な世界観を築かれた同シリーズだと立ち止まってしまう
そこにタルシュ帝国が登場して、<普遍的帝国>とそれに対抗する<諸国民>という文脈が持ち込まれると、アメリカ一強時代のグローバリゼーションへの批判としては正しくても、古代の日本からはあまりにかけ離れてしまうのだ
先進地域の制度を適当に取り入れたり、距離を取ってきたのが、日本という国の歴史である

とはいえ、巻末の萩原規子、佐藤多佳子との鼎談で、こうした違和感は霧散した。作者はあまり先のことを考えずに世界を構築していたのだ
『精霊の守り人』の筋は、燃え上がるバスから女性が子供を助け出す映画を観て思いついたらしく、そこから必要に応じて設定が生まれていったという。カンバル(モデルは中央アジア)やサンガル、ロタなどもその都度、創造されたもので、元々大きい世界を用意していたわけではない。案外、泥縄式なのだ
そうなると、元寇でも大陸から近場の列島までであり、南半球から北半球へ大陸間戦争は軍事技術的に近代に入らないと無理だろうという批判は、あんまり意味がない気がした
物語の最終章として、「強大な帝国に対抗しようとする皇子と女用心棒というシチュエーション、燃える!」でいいのだ


次巻 『天と地の守り人 第2部 カンバル王国編』
前巻 『蒼路の旅人』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『虎よ、虎よ!』 アルフレッド・ベスター

今年こそ、優勝


虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)
アルフレッド・ベスター
早川書房
売り上げランキング: 14,621


25世紀の未来。人々はジョウントと呼ばれる瞬間移動の能力を身につけ、世界は大きく変貌した。瞬間移動の超能力は距離の概念を変え、社会は搾取と犯罪に満ちて、地球を中心とした内惑星連合と、土星・木星の衛星を中心とした外衛星連合との惑星間戦争をも生み出した。この情勢のなか、輸送艦「ノーマッド」船員ガリー・フォイルは、通りかかった船に見捨てられ、奇怪な惑星の住人に虎の刺青を彫られてしまう。男の世界への復讐が始まった

なんともいえない、カオスな小説だった
冒頭はロビンソン・クルーソーのような漂流する男の物語である。近づいてきた宇宙船に見捨てられたために、とある惑星の原住民(!)不思議な刺青を彫られてしまう。顔を奪われた主人公は、見捨てた輸送船とその船員へ復讐するために地球へと向かうのだ
基調は復讐譚なのだが、“部”が変わるごとに主人公の人格が変貌していく
第一部では、船そのものに復讐しようとする狂人であり、地下牢でジスベラという女性に会うことでようやく知恵を身につけ始める。それまで、まるで因果関係を考えない復讐鬼なのである
第二部では復讐の対象を船の関係者となり、大変な努力をはらってサーカスの団長に扮して探索していく。身体をサイボーグ化することで、超絶な戦闘力を身につけ、まるで映画『マトリックス』のような戦いぶりを見せる。このあたり、作者がアメコミのストーリーを担当していた経験がうかがえる
しかし、星間戦争の激しさと宇宙船「ヴォーグ」が自分を見捨てた理由を知ったことで、復讐の空しさを覚えて、自分が取ってきた悪漢ぶりに罪悪感を覚えるのだ
正直、数冊分の小説のプロットを放り込んだ濃縮ぶりに、読者は消化できないのだが(苦笑)、そのジェットコースターの展開、あっと驚く伏線、主人公の辿りつく境地には圧倒される。おそらくシリーズ物にするのが、最善手だったのではなかろうか

瞬間移動の能力“ジョイント”は何を表しているのだろう?
本作のテレポテーションは科学技術ではなく、人間に隠された精神の力とされていて、作者が直接何かに喩えているとは思えないが、それによって起こされる社会変化は現代的である
ジョイントにより、社会がより個人の意志に引きずられることとなり、そのスピード感に人間たち自身が振り回されていく
個人差はあれど、誰もが思い描く場所に向かう能力は、誰もが世界に言葉を発せられるネット社会に通じるし、犯罪者天国であるジョイント社会の刹那ぶりは、匿名を楯に暴れまわるネット犯罪に似ている
人は新しい力を手に入れた時に、どう振るうのか。SFの基本的命題が貫かれているのだ
ただし、主人公は禁忌ともいえる「新しい力」を民衆へ分け与え、独占しようとする特権階級の人々の選民主義を批判している。大衆を圧倒的に信用してしまうのだ
今のネット社会は、その「新しい力」を無秩序に振りまいた結果ともいえて、小説ほど世界は上手く回らないのである
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史 2』 オリバー・ストーン&ピーター・カズニック

誰が核戦争を止めたのか


オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 2: ケネディと世界存亡の危機 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
オリバー・ ストーン ピーター・ カズニック
早川書房
売り上げランキング: 180,352


冷戦時代、アメリカはいかに世界に対して来たか。その帝国主義を厳しく指弾する
2012年にアメリカで製作されたドキュメント番組の関連本。番組は50分を10本に分けて放映されたらしく、『映像の世紀』ばりの大作だったようだ
本書では、第二次世界大戦後、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソンの五人の大統領と世界政策を取り上げる
ソ連は独ソ戦との傷跡により、アメリカと対峙する国力など到底なかったが、その政治宣伝とアメリカ国内のスパイの存在に過剰反応し、核保有の優位が生きるうちにとアメリカは自ら冷戦へひた走っていく。実際のスターリンは一国社会主義が基調で、ソ連防衛のために衛星国は作るものの、世界革命など意識していなかった
ミサイル・ギャップに代表されるソ連への誤解から、過剰な核兵器の開発、ドミノ理論による第三世界への介入に及び、冷戦を前提にした軍産複合体が膨張していく。そして、その動きを最高権力者すら止めることはできず、ダラスの悲劇、ベトナム戦争を招くこととなる

核保有の優位をもってソ連に対抗するトルーマンの政策は、アイゼンハワー政権へも引き継がれていく
退任後の演説で「軍産複合体」の存在を告発したアイゼンハワーからは意外だが、彼とジョン・フォスター・ダレス国務長官のもとで核兵器と介入主義の冷戦政策が展開されるのだ
ただしソ連をはるかに上回る核戦力の整備は、軍産複合体に煽られたというわけではなく、むしろ膨れ上がる軍事費を押さえ込むためのものだった。費用対効果で選択されたというのが、いかにもアメリカらしい
水素爆弾の実験は推進され、1954年にビキニ環礁による実験で、日本の第五福竜丸が被爆することとなる。そして、高まる日本の反原子力運動を鎮めるべく、「原子力の平和利用」と称して日本への原子力発電が推進されていく
アイゼンハワー政権下のCIAは1953年、石油産業の国有化をはかるイランのモザデク政権の転覆に乗り出した。民主的な選挙で当選したモハンマド・モザデクは、国内の油田を独占するイギリスの石油会社「アングロ・イラニアン石油会社」から利権を奪い返したが、既得権益を保ちたい欧米との対立からソ連へと接近したのだ
アメリカは前皇帝の皇子を推し、世襲の独裁体制を復活させた。モザデクは自殺したが国民の人気は根強く、後年のイスラム革命のさいにその写真が掲げられた。イランの反米感情はこのときに植えつけられたのだ
アイゼンハワー政権下での副大統領が、後の大統領リチャード・ニクソンである

ケネディもまた当初は、アイゼンハワーの冷戦政策を引き継いだ。就任以前には、フルシチョフとの雪解けを妥協的と批判しさえしていた
ベトナムへは軍事顧問団を送り、ソ連へ近づくキューバの革命政権に対してはカストロ暗殺計画まで立てた
しかしキューバ危機を通じて核戦争の危険を体験し、フルシチョフとの間に生まれた信頼関係から、ソ連との共存路線と冷戦政策の転換を決意する。本書で描かれるケネディは、監督の作品『JFK』へとつながり、もし彼が暗殺されなければと考えさせられるものだ
ベトナム戦争を終結に導き、伝記映画まで作ったニクソンへの評価は辛い。ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官を、「狂人」と「サイコパス」のコンビに喩える
ニクソンはベトナムからの「名誉ある撤退」を果たすべく、北ベトナムへの北爆を続け、カンボジア、ラオスへと戦線を拡大した。これによりカンボジアではクメール・ルージュが伸張し、世紀の大虐殺を起こすこととなる。ニクソン政権が中国へ接近した際には、ポル・ポト政権とも友好関係を保ち、タイの外相にキッシンジャーは「われわれは友人だとカンボジアに伝えてくれ。たしかに人殺しのろくでもない連中だが、それが障害にはならない」とブラックジョークのようなコメントを残している
ニクソン政権はインドネシアのスカルノ政権、チリのアジェンデ政権へのクーデターにゴーサインを出し、アメリカの大企業を守る軍事独裁政権を樹立した。アメリカの帝国主義、ここに極まれりである
『皇帝のいない8月』という映画は、軍国主義の自衛隊に対しCIAが後援する筋なのだが、時代的に単なるフィクションに収まらない話だったと気づかされた。けっこう、洒落にならん……


前巻 『オリバー・ストーンの語るもうひとつのアメリカ史 1』

関連記事 【DVD】『ニクソン』
     【DVD】『皇帝のいない8月』

オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史DVD-BOX
角川書店 (2013-12-20)
売り上げランキング: 42,947
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『王莽』 塚本靑史

前漢的『サンクチュアリ』


王莽 (講談社文庫)
王莽 (講談社文庫)
posted with amazlet at 16.03.16
塚本 青史
講談社
売り上げランキング: 567,935


前漢末期、皇帝の外戚でありながら、王莽の一家は不遇を囲っていた。彼は猛勉強と徳業に励んで儒者としての地位を得、豪商・羅裒の嫁を娶ったことから、出世の階段を登り始める。大司馬大将軍の王鳳、成帝の母・王皇太后と有力者との人脈も築き、幼帝の摂政にまで登り詰める。夭折の続く皇帝一族に対し、民衆には儒者・王莽への期待が高まって……

漢王朝を簒奪した徒花(!)、王莽を主役にした歴史小説である
『平家物語』にて「秦の趙高、漢の王莽…」と平清盛とつなげて語られる王莽は、後漢王朝が再興したことから、前代未聞の簒奪者として語られてきた
本作ではそうした『漢書』を元にした色眼鏡を排除して、等身大の人間として王莽を評価する。豪商・羅裒という遊侠の帝王を登場させて、民衆のなかに新王朝建設を望む機運があったとすらするのだ
裏の主人公ともいうべき羅裒は、色街を通じて遊び人の皇帝・平帝ともつながり、後宮に美人の姉妹まで送り込んでしまう。後半で“新”王朝を見切ると、逆に叛徒側を後援するなど、恐るべき行動力を持ち「人心」「民衆」というものの気まぐれ、臨機応変を体現したかのようだ
彼が妾として王莽へ送った華容という女性が神秘的で、王莽が上昇ともに現れ没落とともに消失する。こちらは「天命」そのものを象徴しているようだったが、全体的に女性への描写が薄く、羅裒ほどの存在感がなかったのが画竜点睛を欠いただろうか。むしろ、予言者の役目を果たす王光が文字通り不気味な光を放っていて、作者は“漢”の物語作家なのかもしれない
エリートとヤクザが手を組むという筋は、池上遼一の『サンクチュアリ』を思いださせる。日本人にはマイナーな時代を舞台にしながら、豪快な物語を味わえた

王莽の簒奪が当時の価値観に反していたかといえば、全くそうでもない
儒教と皇帝独裁を結びつけた董仲舒すら、皇帝の一族が徳を失った場合、有徳の士に皇帝の位が渡ることを認めているのだ
王莽には平帝を弑した疑いはあるものの、百官の支持を得て(反対派を粛正して)幼帝からの禅譲という手続きを経ており、平和的なものだった。孔子の子孫も支持派に属していたのである
作者の言うように、王莽の政治が成功して三代ばかり存続していれば、簒奪者としての悪名を免れたろう
なぜ、王莽が皇帝となってからリアリズムを失ったかは、作者も首をかしげている
おそらく前漢末期の時点で現体制の限界を感じた一派が、儒教の原点に帰って古の社会をユートピアとして追及する動きがあって、それが王莽の取り巻きになっていたのだろう
結局、王莽のユートピアは儒者にとってのユートピアに過ぎず、結局は百官から民衆、匈奴をはじめとする柵封国にも見離されて、全てを失ってしまう。大躍進的失敗である
王莽は易姓革命のためのリセットボタンを押したかのようだ


サンクチュアリ(1) (ビッグコミックス)
小学館 (2013-01-01)
売り上げランキング: 6,315

王莽―儒家の理想に憑かれた男 (白帝社アジア史選書)
東 晋次
白帝社
売り上げランキング: 55,230
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『メタルギア ソリッド』 レイモンド・ベンソン

リキッドが手加減し過ぎ


メタルギア ソリッド (角川文庫)
レイモンド・ベンソン
角川グループパブリッシング
売り上げランキング: 178,306


アラスカの孤島シャドーモセスにある核廃棄物処理施設で、次世代特殊部隊フォックスハウンドが蜂起。首謀者リキッド最強の戦士ビッグ・ボスのDNAと10億ドルを要求し、従わなければ核の使用を辞さないと米政府に通告した。アラスカに隠棲していた元フォックスハウンド隊員のソリッド・スネークは、かつての上司キャンベル大佐に単独潜入を命じられる。その島には、因縁の大量破壊兵器メタルギアが開発されていた

ステルスゲームの金字塔『メタルギア・ソリッド』のノベライズ
ゲームのシナリオを忠実に追いつつ、その硬派な世界観から本格的なミリタリー小説に仕立てられていた。要所にボスキャラがいるというゲームの構造を維持しながらも、渋くかつウィットに富んだ文章で締めているので、ゲームを知っている人間も小説が好きな人間も入りやすい作品だ
原作のゲームではスネーク視点で固定されているところを、マスター・ミラーがやられる場面、ナオミ・ハンターが拘束されながらもスネークで連絡をとる場面などが補完されていて、優性遺伝子と劣性遺伝子に対する誤解にも突っ込みが入れられている
作者のレイモンド・ベンソン007の世界的研究家で、そのノベライズを手がけている傍ら、『ウルティマ』シリーズのシナリオを手がけるなどゲーム業界にも深く関わっている人物らしい
「ゲノム兵が馬鹿で助かった!」「スネークは得意のパンチ・パンチ・キックを決めた」とか、ゲームをやり込んだからこそ分かる文章が散りばめられている。エレベーターに潜むステルス兵士に対して、フィギュアスケートの要領で両手をぐるぐる回して打開するとか、真面目な文体の中でのおふざけがたまらない(笑)
極めつけは

これまで遭遇した敵は、みな引き金を引く前に得意げに演説したものだ。問題は、いつその演説が終わり、戦いが始まるか、だ。これまでの経験と訓練のおかげで、スネークは敵の目に浮かぶ表情や声の調子を読むことができる。おしゃべりな相手に一歩先んずるのは、簡単なことだ。……(p359)

いくら何でもメタ過ぎる(苦笑)。ヒーローには必須の特技ですなあ

時代設定については、9・11を意識した比喩もあって、微妙に原作ゲームからずれているようだった
他はだいたい、ゲームに忠実だったと思う
ん? そういえば、メイ・リンの格言講座がなかったような


次作 『メタルギア ソリッド2 サンズオブリバティ』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『琉球の風 雷雨の巻』 陳舜臣

大河ドラマよりずいぶん平和で、オリジナルキャラはみんな長生きします


琉球の風(三)雷雨の巻 (講談社文庫)
陳 舜臣
講談社
売り上げランキング: 282,398


王国の独立にこだわる謝名親方は、独立の歴史を消そうとする島津の申し出を蹴り、斬首された。明との交易に興味を持つ家康の配慮により、“大和”での尚寧王は朝鮮の大使と同等の待遇を受け、島津との関係も国王が家老相当ながら、表向きは独立国を装う複雑な体制となった。啓泰は国家の独立にこだわらず、貨殖(商業)によって琉球を富まそうと、謝汝烈鄭子竜らと手を組んで南海王国構想に乗る

最後の巻となって、だいぶ物語のペースが変わった
第1巻・第2巻は島津の琉球入りを時系列で追ったものだったが、最終巻では薩摩と琉球の関係が整理されていくなかで、明清交替と鄭一族の抵抗運動、大阪の陣の牢人とキリシタンたちの亡命、鎖国体制へ向かう幕府に、オランダとイギリスの新教国とスペイン・ポルトガルの旧教国の対立と、東アジア激動の数十年を雄大に追いかけていく
謝名親方は、琉球を以前から薩摩の従属国であったとする島津家に対し(朝鮮出兵の琉球分の費用を勝手に負担していた)、それを正当化する書状に署名せず、斬罪となる。作者は歴史を曲げない中国古来の史官の伝統に忠実であったと評価する。謝名親方は南京で士大夫としての教育を受けており、正統を重んじる朱子学的価値観に殉じたといえる
一方、主人公の啓泰は謝名親方の世代は国の独立にこだわりすぎたとして、王国の全盛期のように幅広い交易による商業振興を目指す。そのためにキリシタンや大阪の陣の牢人を取り込んで、鄭一族と組んでの倭寇(?)も辞さない
後半は村山等安の高砂遠征から、オランダの植民地統治、鄭成功の奪取半ば「台湾の風」となってしまうが(苦笑)、琉球伝来のサンシンが日本で三味線となったように、芸事と経済は国境を越えて、そこにいる人々を豊かにしていく様子を伝えている

琉球入りによって、薩摩と琉球の関係はどうなったのだろうか
薩摩は琉球領であった奄美大島、喜界ヶ島、徳之島、沖永良部島、与論島を併呑。琉球の石高は12万3千石のうち、王府領として8万9千石が当てられた

王府より毎年、島津に対して、
 芭蕉布 三千反  上布 六千反
 下布 一万反  唐苧(麻の一種) 千三百斤
 綿 三貫目  棕櫚綱 百房
 黒綱 百房  筵 三千八百枚
 牛皮 二百枚
を上納する(p114-115)

さらに掟十五条として、対明貿易はすべての薩摩の指示によって行うこと、女房衆に知行を与えぬこと、私的主従関係の禁止、薩摩の許可のない商人の出入り禁止、人買いの禁止、規定以上の搾取は鹿児島に申し出ること、日本の度量衡を用いること、三司官の権威を重んじることとし、原則としては厳しく内政干渉できた
ただし、対明、対清の交易の関係上、表向きは琉球の独立色を守ったほうが薩摩の国益になるとして、文化面では琉球の独自色を守るように働きかけた。大河ドラマでは、主人公の弟・啓山(=渡部篤郎)が琉球独自の踊りをこだわって死ぬ展開になったが、そこまで極端な弾圧はなかったようだ
明清交替時には、鄭一族の影響で清への慶賀使が送れず、清の康熙帝に献上する金壷が海賊に奪われる事件が起きて、薩摩の意向で大使や三司官が処刑される事態が起きている。琉球独自の伝統は、薩摩の都合で維持されたものでもあるのだ

ちなみにちょいと調べたところ、『テンペスト』で描かれたような琉球王朝の官吏登用試験は、1800年代中葉に中国帰りの祭温が導入したものに過ぎず、幕末の動乱に間に合わなかった
謝名親方が南京で勉強したように中国へ留学するのが、学問で身を立てる王道で久米村出身者がその役割を担った
あの小説はかなりファンタジーであり、どちらかといえば本作のように封建制ぽいのが琉球王国の実体に近そうだ


前巻 『琉球の風 疾風の巻』

関連記事 『テンペスト』 第1巻・第2巻
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『宣戦布告』 麻生幾

今でも当たらずとも、遠からず?


加筆完全版 宣戦布告 上 (講談社文庫)
麻生 幾
講談社
売り上げランキング: 162,756

加筆完全版 宣戦布告 下 (講談社文庫)
麻生 幾
講談社
売り上げランキング: 167,479


原子力発電所が並ぶ敦賀半島に、北朝鮮の潜水艦が漂着した。潜水艦内に残された資料から、特殊部隊による原発占拠作戦が裏づけられるが、有事を想定しない法律と国内事情からまず警察が出動する。しかしロケットランチャーによる攻撃で、SATの精鋭一名が死亡、重軽傷多数で、警察は第一線から退く。代わって前線に出る自衛隊だったが、厳重な交戦規則と高度な政治判断に縛られて……

ガチ過ぎるシミュレーション小説だった
冒頭が精密な写真の照合に始まり、次の章では帝国ホテルに来るフランス大統領夫妻とそれを守る要人警護の体制がリアルに描かれる。作者は元週刊文春の事件記者で、神戸の震災を題材にした『情報、官邸に達せず』麻生幾。本作は初めての長編小説であり、あまり後先考えずに豊富な取材経験が放り込まれていて、圧倒されてしまった
防衛庁高官から半島へ情報を流す画廊の営業マンと美人局、凄腕工作員を追う警察外事課、潜水艦の漂着に右往左往する福井県警、法律と政情に縛られて身動きが取れない官邸、直接撃たれるまで反撃させてもらえない前線の兵士たち……
あまりに登場人物が多く筋が錯綜して、回収されない筋もあるなどエンタメ的に優しいとはいえないものの、硬派に徹した筋書きに唸らされる。帝国ホテルの厳重さと日本の安全保障が、悪い意味で対照的なのだ

作品の初出は1997年の文藝春秋テポドンが日本列島を横断したのは1998年、北朝鮮が拉致事件を謝罪したのは2002年、とまさに時代を先取りしている
2001年の9・11も受けて、有事法制が整備されたものの、小説のような事態にならないかはなんともいえない
有事法制以前から「防衛出動」という概念はあって、冷戦時代もソ連が北海道に軍事侵攻することは、いちおう想定されていた
小説では、特殊部隊が少人数で侵入したために、国内の騒擾を対象にした「治安出動」という概念で出動することとなり、どこまでが「正当防衛」か「過剰防衛」かで警察も自衛隊もてんやわんやし、前線の人間が発砲するしないに官邸の政治判断が必要になってしまう
まるで『パトレイバー2』のような状況も、現場の「正当防衛」を政治家が認めれば、回避可能な気はする。今なら強硬的な措置も、国民の理解を得られるのではなかろうか
逆にいえば、いくら法整備が進んでも、時の政治家次第で大きく対応が変わってしまうことだろう
作者は必ずしも武力編重のタカ派を推奨しているわけでもなく、オチで情報戦略の大切さをアピールしている


関連記事 『情報、官邸に達せず』

宣戦布告 [DVD]
宣戦布告 [DVD]
posted with amazlet at 16.03.03
アネック (2013-07-26)
売り上げランキング: 20,529
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『前田敦子はキリストを超えた』 濱野智史

いつまで保つのかな


前田敦子はキリストを超えた: 〈宗教〉としてのAKB48 (ちくま新書)
濱野 智史
筑摩書房
売り上げランキング: 128,713


予想どおり、香ばしい新書だった(苦笑)
タイトルの由来はもともと、評論家・宇野常寛がエイプリル・フールに出版される本の題名として挙げたもの。著者は本気で「キリストを超えた」と思っていたから、本にしてしまったという!
急仕立てで出したためか、素の意味で薄い本だ
アイドルやミュージシャンとファンの関係を宗教家と信徒に喩えるのはよくあることなのに、AKBと過去のアイドルの在り方を比較もしないし、宗教についても吉本隆明の『マチウ書試論』を持ち出して、アンチが教祖のカリスマ性を高める構図を示すのみだ
とりあえず著者は、ぱるる(=島崎遙香)推しである

著者がAKBが現代の宗教たりうる理由としてあげるのは、「近接性」と「偶然性」
近接性とは、握手会や狭いホールでのコンサートなどで身近に触れ合えること
偶然性とは、そうした閉鎖空間のなかで活動を続け、偶然にアイドルにファンとして認知されること、あるいはアイドルの魅力に気づくこと
成熟した社会では、「必然性」に満ちて息苦しいぐらいなので、コンサートで偶然に目が会う、アピールが認められるといった「偶然性」こそが、真の快感となる
宗教の教義として掲げるのは、「いま・ここ。特に分析されるわけではないが、「今、ここで楽しめばいい」というメッセージは秋元康の歌詞に散見されるらしい。それが秋元康自身の思想なのかは、よく分からん


関連記事 『AKB48白熱論争』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
02 | 2016/03 | 04
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
SF (25)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。