『箱根の坂』 中巻 司馬遼太郎

今川家への下向は、伊勢貞親の指示という話も


新装版 箱根の坂(中) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
講談社
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妹・千萱の夫、今川義忠が戦死した。義忠の遺子・竜王丸は幼く、今川家は扇谷上杉家を後ろ盾とする範家との家督争いに突入しようとしていた。他ならぬ千萱の危機に、早雲は数人の同志ともに駿河へ東上した。交渉相手となったのは、戦国黎明期を代表する名将・太田道灌。早雲は範家ら御連枝衆を嫌う国人衆を味方につけて、竜王丸の家督を確保する

ついに早雲の下克上が……始まらない!
早雲はあくまで妹・千萱と竜王丸を助けるために、駿河に下っただけであってそれ以上ではないのだ
竜王丸が成人するまでの14年間、関東と駿河の境目にある興国寺城を守り四公六民という当時としては破格の税率で民政に尽くした。室町の上級武士たちが民衆を税を搾り取る存在としか考えない中、同時代では稀有な善政だった
駿河へ向かう早雲の同志として、田原荘の山中小次郎のような次男以下の「厄介者」が集結。それぞれが自分の立身をかけての旅立ちで、なんの縁のないところへ乗り込むのはいかにも戦国らしい光景だろう
早雲に付き従った盟友6人は、北条家のなかで「御由緒衆と呼ばれ、特に大道寺家は代々、宿老の位置にあった

応仁・文明の乱からまだ時を隔てず、まだまだ旧時代の遺風が強い
扇谷上杉家の家老・太田道灌は、足軽たちを軍勢として組織し、江戸城をはじめとする優れた縄張りの城郭を建築した。歌道にも精通し、主君を圧倒するほどの名声と勢威を誇った道灌であったが、下克上など思いもしなかった
早雲もまた、チャンスに恵まれながらも欲は少ない
本人いわく「旅人」(中田ヒデ?)であり、時宗の聖たちに通じる半ば「世捨て人」。思えば、早雲という名前が全てを語っている。ぎとぎとした野心の塊なら、14年間も一城の主に収まらないだろう
国人一揆が頻発するといえど、まだ身分上位の者を堂々と討つなど、誰も思いも寄らぬ時代なのである
というわけで、展開は地味ながら、単なる妹に留まらない千萱との怪しい関係や、今川範家とそれに組する者との暗闘、いざという時に見せる早雲の名人芸な弓矢……そして『街道をゆく』的な薀蓄と、いつもの文章力で飽きさせない


次巻 『箱根の坂』 下巻
前巻 『箱根の坂』 上巻
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『馬券術 政治騎手』 樋野竜司

万馬券は60点から200点の三連単で追うらしい


馬券術 政治騎手
馬券術 政治騎手
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樋野 竜司 「競馬最強の法則」馬券術特捜班
ベストセラーズ
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騎手の勝ち負けは、馬集めの「政治力」で決まる! 業界内のポジションから穴騎手を探す馬券術
『競馬最強の法則』で連載を持つ著者が、騎手の実力を「技術力」「戦略眼」「政治力」の三点から分析し、それがレースの勝ち負けにどういった影響に出るかを明らかにしていく
騎手の年間勝利を決定づけるのは、なによりも馬集める「政治力。そもそもいい馬に乗れないと、競馬で勝つことはできない。藤田伸二の発言を引いて、「技術力」は数年で差がなくなるとし、騎手たちは馬集めるサバイバルレースを戦っているというのだ
紙数を稼ぐためか、同じ内容を繰り返す文章はくどいし、中盤以降に載っているJRA騎手のプロファイルは、初出が2006年とあって現代と乖離しているものの(10年経つと、かなり入れ替わる)、騎手から観た競馬観は確かで一読の価値はあった

「政治力」のある騎手がいい馬に乗り、競馬に勝つ。とはいえ、有名騎手と人気馬が強いからといって追いかけても、馬券的には渋すぎる
そこで著者が目をつけるのが、「政治力」が足りないものの、優れた「戦略眼」を持ってリーディング上位を虎視眈々と狙う騎手
「政治力」がいまいち足りないうちを狙うのがポイントで、一流騎手になってからではオッズ面でうまみがなくなる
もうひとつのポイントが、決め打ち型」か否か。足りない馬に乗るからこそ、一瞬にチャンスに賭ける戦略で穴馬券を作るのだ
逆に気配り系」の騎手だと、着狙いに走ったり、人気どおりの着順に終わることが多い。そうした「気配り系」は、逃げ馬を潰せる先行馬に乗っても、レースを壊すのを恐れて番手に徹し、むしろ後続の馬への「壁」になって逃げ切りを助けることが多い
著者はこうした騎手を壁ジョッキーと名づける。先行馬が多くてのスローペースは、小心な騎手たちが作ってしまうのだ
馬券を買う側からだと、「気配り系」にはもやもやしてしまうが、業界内ではそれなりの意味がある。条件戦などでは、うかつに勝ちあがってしまうより、馬を傷めない範囲で掲示板を確保してくれるほうが、関係者にとって経済的なのである

馬券的に使えそうなのが、巻末の「乗り上がり」「乗り下がり」である
乗り上がりで分かりやすいのが、前走に下手な騎手が馬の力を生かせずに惨敗したパターン。余力が残っている分で、次走で上手い騎手に乗り替われば好結果になりやすい
誤った戦略(アピール目的とか)のために先行して失敗したことが、かえって調教代わりになって激走することもあるそうだ
乗り下がりだと、一流騎手が絶妙な「戦略眼」で勝たせたパターン。力を戦略で補ったわけで、警戒されるなかで同じ結果を出すのは困難となる。下手な騎手に乗り替わる場合は、さらに厳しいだろう
勝利騎手は「馬が充実しているから勝った」というコメントを残しがちなので、何が勝因か客観的に分析していくことが重要である
騎手三割、馬七割というものの、乗り役が下手を打てばたちまち勝負は終わる。エージェントの差配で馬が決まる現代、政治騎手的な視点はより重要さを増すだろう
本書は10年近く前の本であり、データ的には使えない。最新の情報は、「政治騎手」が連載されている『最強の法則』誌を当たるべき


馬券術政治騎手名鑑2015 集団的自衛権
樋野 竜司&政治騎手WEBスタッフチーム
ベストセラーズ
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『軍鶏』 第20巻・第21巻 たなか亜希夫

高原東馬は出てこない


軍鶏 (20) (イブニングKC)
たなか 亜希夫 橋本 以蔵
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軍鶏 (21) (イブニングKC)
たなか 亜希夫 橋本 以蔵
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グランドクロス編がスタートしたのだが、まだまだ大会は始まらない
第20巻では日本に戻った成嶋亮が、歌舞伎町の地下闘技場で戦い、上海にいたように夜はおばさんのお相手をして、妹・夏美の治療代を稼いでいる
中国で強敵と戦った亮だったが、日本では戦いそのものがマンネリになり、格闘家としての本能が磨耗していく。中年プロレスラーに苦戦したと思えば、かつて番竜会の空手大会で退けた東大卒のサラリーマンに完敗してしまう
地下闘技場を追われた亮は、チンピラにも恐れを感じるほど劣化していた。さまよう亮は過去に因縁のあった人間を回り、変わり果てた姿になった菅原とも出会う

第21巻。菅原と再会したことで亮は格闘家としての魂を取り戻す
知り合いのおかまの紹介で、テレビ局のプロデューサーと接触。賞金300万円のトーナメント「ワンナイトカーニバル」に出場することとなった
ただし、成嶋亮の名は悪名が轟いているので、覆面格闘家「空手小僧として出場することとなる
一回戦の相手を楽屋で潰したものの(!)、準決勝では大日本拳法のチャンピオンに総合格闘技の洗礼を受ける。地下格闘技と違い、様々なレギュレーションが設定されているのにもとまどう
それでに、なんでもありの勝負を繰り返していた亮は、関節技・締め技にも瞬時に対抗して、逆に仕掛けてみせた
とはいえ、そこは成嶋亮である。八年のひきこもりの末、奇怪な信仰を持つ決勝の相手に対して、柔道着を生かした反則技!!
PRIDEの吉田秀彦のように、特別ルールを生かすとか、何かなかったのか(苦笑)。出だしで反則負けだと「空手小僧」としての仕事もなくなると思うのだが
ともあれ、ダークヒーロー成嶋亮の復活である


次巻 『軍鶏』 第22巻・第23巻
前巻 『軍鶏』 第17巻・第18巻・第19巻
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『危機の二十年』 E・H・カー

Gレコの参考書と聞いて


危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)
E.H.カー
岩波書店
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どうして第二次世界大戦は防げなかったのか? 国際政治学の大家が戦間期の思想を分析し、その原因を時代を遡って探求する
著者は『ロシア革命史』E・H・カー。深刻化する国際情勢のなかで書き上げ、くしくも校正中にドイツのポーランド侵攻を聞いたという
国際政治学という分野は、第一次世界大戦後にその再発を防ぐために誕生したといえ、その歴史の浅さから戦間期ではユートピアン(理想主義者)が中心となっていた。それはあらゆる歴史の始まりにおいてやも得ないことだが、本書ではそれを精錬させるため、具体的な力(オパワー)を重視するリアリスト(現実主義者)の立場から批判していく
しかし、著者はリアリスト一辺倒でも限界があるとする。純粋なリアリズムは、現状を追認して流されるだけになるし、何の流れを生みはしない。またリアリズムを唱えるユートピアへの批判者もまた、マルクスしかりナチスしかりある種のユートピアを帯びてしまう
人間が理想に惹かれて動く以上、ユートピア思想も現実に影響を及ぼすわけで、ユートピアンとリアリストはコインの裏表。双方を行きかうことで、平和への知恵が生まれるはずなのだ

どうして戦間期に、「理性による調和」を期待する心性が生まれたのか
著者はその源を、19世紀の自由主義に見る
『国富論』のアダム・スミスが体系化したレッセフェール(自由放任)の経済は、大英帝国の海軍力に支えれたものだった。自由貿易は、本国の工場へ植民地から安価な原料が送られ、割高な工業製品が各国へ吐き出される体制を固定化する性質を持った
政治面では、「最大多数個人の最大幸福」ベンサムの功利主義が浸透する。道義と欲望を対置せず、一人が己の利得を追うことが社会全体の利益にもなる思想は、アダム・スミスに通じるものもあり、議会制民主主義の支柱となった
19世紀の自由主義とは、いわば強者が現状維持を正当化するものでもあったのだ
植民地のナショナリズム、他の列強の台頭により自由主義が動揺してくると、ダーウィンの『進化論』から「適者生存」の法則を引き出し、経済・社会において「弱者を犠牲にしての強者の生存」が正当化される動きが出だす
とはいえ、人間それぞれの理性によって利益が調和されるという自由主義の伝統は残り、戦間期の前半では支配的だった

後半に論じられるのは、国際社会で法や道義が意味をもつのかどうか
世界大戦の再発を防ぐべく生まれた国際連盟パリ不戦条約などは、「理性による調和」を前提として、「国際世論」によって戦争を抑止されるとしていた
しかし、現実的に国家を拘束できる権力は国家のみであり、国家はその構成員のために活動するのであって、国家が利他的に行動できるのは余裕がある場合に限られる
そして、国家間の約束である条約ですら、「結ばれたときの環境が守られるに限り」という暗黙の前提があり、状況が変われば国益のために破ることも当然と見なされていた
実際の条約はその国家間の力関係によって成立するものであり、例えばヴェルサイユ条約は瀕死のドイツと連合国の間で結ばれていたわけで、著者はドイツ側がそれを訂正するのは当然の現象であるとする
すべての条約、法が不変であるべきとすれば、アメリカ独立戦争などの革命はどう捉えるというのか、というのだ

1920年代の国際秩序は、「ある者にとっての福利は全体の福利であり、経済的に正しいことは道義的にも悪くない」という19世紀の残滓であり、著者は空虚とすら言う
ならば望まれる国際秩序とは何か。道義や法が人や国家に影響を及ぼす以上、無意味ではないが、国際社会が「力」の原則で動くことを理解しなければ始まらない
著者は具体的な展望として、パックス・ブリタニカから、アメリカ・イギリスのアングロ・サクソン間の同盟「大西洋憲章」へと、アメリカ中心の国際秩序を正確に予見していた
日本の戦後における反戦運動、「何でも対話で解決できるはずの」平和主義は、本書で批判される戦間期のユートピア思想そのままである。安保法制とその反対運動にしても、90年前の思想的状況が、暢気にも保存されているかのようだ
本書からユートピア的平和主義の欠落を学び、次代へのヒントを探していいのではないだろうか
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『箱根の坂』 上巻 司馬遼太郎

戦国の黎明期


新装版 箱根の坂(上) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
講談社
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京の南の山深く、田原荘に住む山中小次郎は、次男坊の“若厄介”であることから、幕府の重臣・伊勢家の娘の護衛を命じられた。応仁の乱前夜、血気盛んな足軽たちを避け、時宗の聖・願阿弥の助けを借りて、伊勢家の屋敷へたどりつく。そこで小次郎は、鞍作りに励む武士に出会うのだった。その名は伊勢新九郎、のちの北条早雲である

戦国時代の下克上を代表する北条早雲の物語
「下克上」という先入観から名も知らぬ素浪人と思われがちな早雲だが、室町幕府の政所執事を預かる伊勢家の出身。政所執事は将軍の側近中の側近であり、当時の当主・伊勢貞親は応仁の乱を遠因を作ったといわれるほどの権勢を誇った
小説では「新九郎」の名から九人目の男子でかつ、庶子だと推測している。応仁の乱で零落する展開となり、名門の出という史実と「下克上の素浪人」というイメージを折衷したような人物だ
上巻では、応仁の乱前夜の世相に重点が置かれていて、足軽の台頭、時宗に代表される大衆宗教、一芸で名を挙げる名人たちと、下からの革命が進行している

最初に視点となる人物が、山中で畑を耕す“若厄介”山中小次郎
小次郎は米を育てないために一人前の人間と見なされず、一旗挙げるために風雲の京へ出立する。彼の住む田原荘は、大名の支配から独立した農村であり、自らの意思で東西どちらにつくか選ぶのだ
(田原荘は現在の宇治田原であり、管理人の住む宇治からはバスで行ける。もの凄く親近感が湧いた)
鎌倉時代に成立した将軍-守護-地頭-農民の秩序は、農業技術の発展による生産力の向上で下々から崩されていて、力のある農村は自力で武装して守護を追い払った
この時代に誕生した言葉に「一味があり、これは武家の支配によらない農民同士の横の連帯を示したという
それに対応するように現れたのが、軍事勢力としての足軽。伝統的な武士の価値観から離れた峻烈な戦いをする彼らは、合戦の帰趨を決める存在となった
小説では、稲荷大社にこもる骨川道賢が、管領・細川勝元から左衛門尉の位(朝廷の官位!)を授けられていて、下克上の象徴として描かれている。そのえげつない名前のわりに純な性格であり、その後の時代を動かす新人類として扱われていた(本人は応仁の乱で非業の死を遂げる・・・)
農業生産力の向上が農村の人口を増やすとともに、厄介者たちが都へ流入し足軽という存在を生んだ。独立する農村が、彼らのような独立した個人を生む源となったといえよう

こうした新たな人種を支える精神的バックボーンが、時宗、浄土宗に代表される大衆仏である
小説でクローズアップされているのが、一遍上人による時宗であり、その教えを純粋に守る願阿弥という聖(ひじり)がキーマンとなる
浄土教の「法(絶対の真理、仏法)の前には、皆平等である」という思想が、液状化した身分社会へ浸透し、心の支えとなっていく
ただし、そうした浄土系の宗教が教団として組織化されていくと、教団内で身分制度や権威が生まれ、本来の理想から遠ざかって行く現実もあった
さて肝心の伊勢新九郎(後の早雲)はというと、八代将軍・足利義政の弟である義視に奉公衆として仕えて、対今川家の渉外を担当しつつも、応仁の乱で一挙に没落。鞍作りの職人として各地を旅しつつも、盗賊に身ぐるみを剥がされ文字通りの裸一貫にまで落ちぶれる
しかし、襲われた土地は妹・千萱の嫁いだ今川家の駿河国。次巻、どん底からの逆襲が始まる


次巻 『箱根の坂』 中巻
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『さらば愛しき女よ』 レイモンド・チャンドラー

暗黒時代のロス


さらば愛しき女よ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-2))
レイモンド・チャンドラー
早川書房
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黒人の店に大男が殴りこんだ。私立探偵マーロウは、“大鹿”マロイの起こした殺傷事件に巻き込まれて、警察の取調べを受けることに。担当者から協力を依頼されたマーロウは大男が探す恋人ヴェルマを求めて、店の前の持ち主ジェシー・フロリアンに会うが、別件で宝石泥棒との交渉に巻き込まれ、ロスの闇の紳士たちに翻弄されていく……

枝葉が凝りすぎたミステリーだった(苦笑)
冒頭は出所したばかりの“大鹿”マロイが引き起こす事件に巻き込まれ、それに右往左往するものの、それとまったく関係なさそうな(読者はそう思わないわけだけど)宝石専門の盗賊団との交渉に立会い、これまた殺人事件に発展!
その後は交渉の依頼人の遺品から、麻薬関係の事案に関わって文字通りのフルボッコ(!)となり、絶体絶命のピンチに追い込まれる
そうなると、麻薬関係と宝石泥棒とが黒幕に絡んで……と思うところが、これがまったくのフェイクという(笑)
そして、真相は表題から連想されるような結末をたどる。大筋がパターンだからこそ、ここまでの陽動をかける必要があったのだろう
マーロウとともに読者も疲労困憊しながら、たどりつくのが陳腐な現実というのは、それはそれでリアルを感じた

本作では様々な悪党に触れ、酷い目に合わされる。しかし、自ら鉄拳制裁に乗り出す展開にはならない
宝石泥棒にしろ、麻薬関係にしろ、詐欺師にしろ、それぞれに悪の秩序が成立していて、それをかき乱さないように腐敗した警察と行政、市長を当選させる暗黒街の主が君臨している
マーロウを締め上げた警官の口から、「警官一人一人が堕落しているのではない。堕落させる構造があるのだ」と語られる。言い訳に聞こえるが、警官が上の命令に従わざる得ない以上、腐敗した秩序に組み込まざる得ないというわけだ
作品が書かれた1940年は、後年“マフィア”と呼ばれる犯罪組織が行政にしっかり食い込んでもみ消せる時代。アル・カポネは例外的に挙げられたからこそ、有名になった
マーロウは暗黒街の主とある種の手打ちをすることで、事件を収拾させる。巨悪に触れず、あくまでやれる範囲で解決するしかない。戦前のロスの魔境ぶりを感じさせる作品である
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『赤朽葉家の伝説』 桜庭一樹

たしかに代表作


赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)
桜庭 一樹
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神秘な伝説の残る伯耆の国。“山の民”に置き去りされた赤子は、だんだんに住む若夫婦に引き取られ、万葉と名づけられた。人の死が分かる千里眼の持ち主である万葉は、この地を代表する旧家・赤朽葉家の大奥様に見込まれ、跡取り息子・曜司の嫁となる。万葉は伝説のレディース&漫画家として有名になる毛毬を生み、毛毬はわたし、瞳子を生んだ

ポップな女三代記
旧家に嫁いだ“千里眼奥様”万葉最強のスケ番・売れっ子漫画家となる毛毬なんでもないその娘・瞳子の三部構成の三代記となっているが、瞳子の部は万葉の過去を探索する内容なので、実質的なヒロインは万葉
赤朽葉家は伝統のたたら場から始まった製鉄業の一族で、戦後はドイツの溶鉱炉を取り入れて業績を拡大し、街ともに繁栄を極める。第一部では激動の時代を描きながら、万葉とそれに関わる人々の哀歓を描いている
第二部はガキのころは手のつけられないスケ番、大人になっては自身の青春をネタにした漫画一世風靡した毛毬の破天荒な人生が描かれる。のどかな万葉編と比べると、その嘘のような結末に笑ってしまった(苦笑)
毛毬編は百夜との因縁を消化できなくて、無理矢理畳んでしまった感がある。が、面白いことは面白い

第三部の瞳子編は、万葉が今わの際に残した言葉から、その千里眼で死を予見された人々を再調査する内容となっている
万葉や毛毬と違い、瞳子はほんとうに平凡でモラトリアムな女の子。腐れ縁のように付き合う彼氏とゆるい関係を保ちつつ、嫌になった会社をあっさり辞めたりとふわふわしている。絶えず疾走した毛毬とは隔絶していて、その世代の感覚の違いを表現されているのには感心した
この三代記の書き手は瞳子とされている。正直、作品内での社会変化の説明は教科書的で、鳥取が平均的に社会の波に揉まれている印象なのに違和感を覚えたが、瞳子が適当な資料から類推したとすると納得がいった(苦笑)
瞳子にはそのまま作者が投影されていて、昔のことをファンタジーにしか思えない時代の断絶が正直に告白されているかのようだ。それでも各部ごとの時代のリズムが描き分けられていて、軽快さと重厚さを兼ね備えた良作といえよう

巻末のあとがきには、製作にいたった経緯が詳しく語られていた
編集者に「初期の代表作を書いて欲しい」と焚き付けられ、『百年の孤独』などの具体的な著作を参考例に、プロットにまで意見が加えられていく(第二部は特にそうらしい)。毛毬編で語られるように、作家が編集者に誘導されて成長していく、作品が作られていくプロセスが赤裸々に告白されている
作品への神秘性が奪われるような微妙な部分はあるものの、自己言及に及んでしまうのが現代の作家の習性らしい


八幡製鉄所・職工たちの社会誌
金子 毅
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『暗闇のスキャナー』 フィリップ・K・ディック

あまりにガチすぎる


暗闇のスキャナー (創元SF文庫)
フィリップ・K・ディック
東京創元社
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近未来のアメリカでは、物質Dと呼ばれる麻薬が蔓延していた。麻薬捜査官フレッドは、大物売人を捕らえるために物質Dを自ら服用し、アークターの偽名で中毒者のグループへ潜入操作する。フレッドの家には、画像と音声を認識するスキャナーが備え付けれられ、入り浸るジャンキーを観察することとなった。しかし物質Dの中毒が進むなか、自らが麻薬捜査官なのか、ジャンキーなのか、定かでなくなって……

ジャンキーによるジャンキーのための小説か
作者自身が薬物に溺れた過去(ハインラインに救われた!)があり、ジャンキー特有の混乱した思考と会話が真に迫りすぎて読みにくかった(苦笑)
しかしストーリーは最高級。フレッドが麻薬捜査官かジャンキーか自我が混乱し、酷い中毒者の恋人ドナをいかに救い、愛せるかで苦悩するところ、とんでもないどんでん返しが待っている
バイスの裏切りでさんざん盛り上げておいて、それが陽動なんだから手が込んでいる。まんまと乗せられてしまったよ(笑)
解説で触れられるように、作者があまりにドラッグに嵌り、ジャンキー仲間に近づきすぎたゆえに、薬物批判というには手ぬるい部分もある
しかし、ディック作品のテーマ、何が真で何が虚かが強烈に貫かれた名作である

麻薬戦争の深刻さもさることながら、近代社会のなかでの自我の分裂がテーマではなかろうか
麻薬捜査官とジャンキーの二重生活を送るフレッド(アークター)は、スキャナーに映った自分から「中毒者としての自分」を発見する。物質Dによる記憶の混乱から、あまりに違う自己イメージに、フレッドはアークターと自分は別人であると規定する。あえて多重人格とすることで正気を維持するのだ
薬物による近代的自我からの逃避と、テクノロジーの発達による自我の分裂。まるで危険ドラッグが蔓延し、リアルとネットで違う自分を持つ現代人の自我を映しているようではないか
そして分裂する人格の問題は、主人公本人のみに留まらず、愛する恋人にも及ぶ。二つ以上の人格を持ち合わす人間同士の付き合いは、どこまでが真実でどこまでが嘘になるのだろうか。はたして表に見えている人格を信用できるものなのか

しかし問題に直面しているはずの政府と社会は、逸脱した者をシステム的につまみ出すのみで、本質的には何も解決しようとしない。むしろ、邪魔を追い出し続けるシステムに問題があるかのようだ。主人公は逸脱したことすら当局の計算のうちで、警察行政の作戦に利用されていく
弱者がシステムのなかで使い倒されていくだけで、物質Dを作る組織も政府も変わんないという痛ましいラストには、ため息しか出ない
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【DVD】『ニューヨーク1997』

MGSの映画化がいらない理由


ニューヨーク1997 [DVD]
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近未来のアメリカ。犯罪の増加により、ニューヨークのマンハッタン島全体が刑務所として隔離され、中では囚人による自治が行われていた。そこへ大統領(=ドナルド・プレザンス)の乗った飛行機が墜落。脱出ポッドに乗った大統領は、島の暴徒たちに連れ去られてしまう。連邦銀行を襲撃した元特殊部隊のスネーク・プリスキン(=カート・ラッセル)は、刑務所の警備隊長ポブホーク(=リー・ヴァン・クーリフ)から恩赦と引き換えに大統領の救出を命じられる

MGSのスネークの元ネタとなった映画である
1981年放映の作品で、そこから想像された未来(1997年)を舞台としている。米ソの間で第三次世界大戦が起こっていて、スネークはレニングラードの降下作戦に参加した英雄。大統領は左翼ゲリラに飛行機をジャックされて、ソ連と中国が出席する平和のためのサミットに声明を出すため、それが終わるまでに救出せねばならない
スネークは有名な戦場の英雄でありながら、犯罪者に身を落としたように国家への忠誠心はない。大統領を救出するのも、22時間以内に救出しないと炸裂する爆薬を仕掛けられたからで、あくまで自分が自由になるために戦う
アクションに関してのスネークは、MGSのようなスマートさに欠け、背後に回りこまれてから無双(苦笑)するタフガイ。中盤以降にようやく特殊部隊らしい立ち回りが出てくるが、ゲームのモデルとしてはやや物足りない
むしろ、『マッド・マックス』に匹敵する世紀末的世界観とキャラクターたちが売りで、情けない人質だった大統領も最後に大きな存在感を見せる

ジョン・カーペンター監督によれば、本作のキャラクターは「すべて堕落させた」という。自由があって、しかるのちに政府があるというアメリカ人の世界観では、アウトロー(無法者)は夢と憧れの存在でもあり、理想的なアウトローとしてスネークは造形されたようだ
島をしきるデューク(=アイザック・ヘイズ)は弱者をいたぶる残虐さの反面、大統領をネタに全囚人の恩赦を勝ち取ろうとする男気の持ち主であり、スネークとの死闘も立場の違いからであって完全な悪とは言いがたい
逆に捕らえられた大統領が、その犠牲に値しない俗物であるという転倒が、作品の物悲しさを高めている
DVDの特典映像では廃墟を探し求めて、洪水の被害にあったミズーリ州のセントルイスで発見。同市と市民の協力を得て広大な撮影現場を得たとか、墜落した飛行機を探すためアリゾナのツーロンにある“飛行機の墓場”を利用したとか、CGに頼れないからこその豪快なエピソードに満ちている。ハリウッドでもこの時代のCGは高価すぎたので、CGに見えるような特撮が心がけられたそうだ


メタルギアソリッドV ファントムペイン
コナミデジタルエンタテインメント (2015-09-02)
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未来の貴種流離譚 『重戦機エルガイム』のまとめ

FSSはあまり触ってないんですけど


1.永野護のスターウォーズ

第1話からライトセーバーの殺陣、ホーバーバイクによるカーチェイスと、荒野の惑星を背景にした活劇は、スターウォーズそのもの。とすると、3POなりR2D2なりの助手ロボットは……というと、これがおそらくファティマの役目だったのだろう
『コブラ』のレディなど、主人公をフォローする女性アンドロイドはSFではよくある設定なのだけど、富野監督の強硬な反対で却下。その代わりを担ったのが、有翼人ミラリイのリリスで、『聖戦士ダンバイン』のチャムと同じ役割を負った
こうした経緯を考えると、翌年に『Zガンダム』を控えていた富野監督の起用と、ペンタゴナ・ワールドは『ダンバイン』の多元世界のひとつという引きは、無名の新人を起用するうえでの営業戦略と見てとれそうだ

と、多少の設定は変更されたものの、大枠については永野護が考案した世界観に基づき、渡邉由自の小説をベースにストーリーラインは決まっていたようだ
富野の「『エルガイム』は捨て駒」発言、富野-永野対談で「エルガイムの後半はZにばっか構ってましたよね」という突っ込みがあったように、各話を担当したスタッフに放任されていた。そのせいで作画の荒が目立ったり、おっぱいを出し過ぎたりした反面、突発的に異様にカッコいい演出(今川回!)きざな台詞回しが決まったりして、感心する回も多かった
富野作品特有の終盤での畳みかけるような盛り上がりには欠けるものの、長丁場のアニメらしい起伏に飛んだ物語が楽しめた


2.ダバとギャブレー

ダバは周囲の人間を大事する優等生として登場し、ギャブレーは計略でリーリン一家を傘下に収めるなど、功利主義者として立身出世を目指していた
正直者のダバを上手く立ち回るギャブレーが笑うのが、前半の定番だったが後半において反転する
ダバは反乱軍のリーダーとして頭角を現し、ポセイダルとの戦いが最終局面を迎えると非情な決断を迫られる。あれほど嫌っていたスパイの投入、惑星に対する隕石落とし、終盤では最愛のクワサンを前面に出してポセイダル探索に乗り出す
女性を駒として使い切るギワザやアマンダラと近い領域へ踏み込まざる得ない

そんなダバと反比例して、女性への愛に目覚めるのがギャブレー
中盤でもレッシイに惚れるなど広い守備範囲を誇りつつも、最後はクワサンにゾッコン!
スレンダースカラの身の振り方を犠牲にしつつ、ただただクワサンを救うために動き回る
それはダバに言わせると、熱病のような安っぽい愛なのだが、結果としてギャブレーに何度も救われることになる。そして最後は忍の一字で私情を抑えていたダバともに、真ポセイダルを倒す
一個人としての心情か、リーダーとしての大局か。ダバの葛藤にギャブレーが手を差し伸べたのだ。ここまで絵に書いたようにライバル関係がはまるのは、滅多にない。惜しむらくは、ギャブレーがクワサンをダバに返す場面が描かれなかったことだろうか


3.富野は何をもたらしたか

前述のファティマの否定、リリスの早い投入は有名だが、他についてはよく知られていない。作品通してみると、純粋な富野作品とはとうてい言い難い
しかし気になるのは、ダバが精神崩壊したクワサンと故郷に帰る結末である
渡邉由自の小説、エルガイムをモデルにした『ファイブスター物語』(FSS)では、アムと結婚してカモン王朝が再興するのだ
主人公が勝利の栄光を帯びず、戦争の犠牲になった女性の面倒を見るという結末は、富野的ではなかろうか
アマンダラ(真ポセイダル)の両親がヤーマンに殺されたという因縁があり、ダバが王朝を復興しては歴史の繰り返しとなる。同じ繰り返しにならないように頑張るという筋書きもありだが、すでにクワサンという犠牲がある
様々な女性に愛された主人公が、最後はもっとも愛が必要な人間にその身を捧げたのだ
富田祐弘という富野の日大藝術学部の後輩が脚本家として参加している。学生運動家らしく作品に国家論を注入し、富野に近い風味をもたらしているのだが、この御仁がヒロインの行方まで決めたとも思えないので、やはり富野が関わっているように思うがどうだろう


『重戦機エルガイム』は、もっとも富野成分の少ない富野作品はずだ
それでもバイオリレーションで若さを保つ女王ポセイダルは、ディアナ・ソレルを連想させるし、ギワザやアマンダラといった女性を利用する悪役はZやVに通じるものがある。特にアマンダラは『ダンバイン』のショット。『Z』のシロッコの系譜に数えられそうだ
ただ、↓の富野インタビューを聞くと、「スターウォーズのその先の未来」を想像したとあって、それなりの想いを持っていたようで、実際本人のなかでどういう位置を占めるのか、ちょっとよく分かりません(汗




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