【DVD】『キリング・フィールド』

ジョン・マルコヴィッチも出てました


キリング・フィールド [DVD]キリング・フィールド [DVD]
(2003/07/24)
サム・ウォーターソン、ハイン・S・ニョール 他

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1970年代のカンボジア。米軍によるカンボジア侵攻を取材していたシドニー(=サム・ウォーターストン)は、通訳として現地の記者プラン(=ハイン・S・ニョール)と行動を共にしていた。アメリカが支える政権が崩壊し、クメール・ルージュによってプノンベンが占領されると、住民たちは大混乱に陥りシドニーたちもフランス大使館へ逃れる。しかしカンボジア人の退去が決まり、記者仲間はプランを助けるべく、パスポートを偽造しようとするが……

タイトルのキリング・フィールドとは、ポル・ポトによる大量虐殺が行われた土地を差す言葉で、内戦を取材したシドニー・シャンバーグの体験を元にしている
シドニーとプランという二人の記者の視点で物語が組まれており、純粋な被害者の話ではない
特に前半は爆発があるなりカメラを撮りはじめるなど、主人公は良くも悪くもジャーナリストらしい行動が目立つ。プランを助けようと奔走する下りも、内戦そのものより仲間への友情に焦点が向いている
内戦とポル・ポトの虐殺を告発するというより、ジャーナリストの物語であり、実際の悲劇の二、三割しか描かれていないという批判も分からぬでもなかった
ただし、後半のプランの目から見るクメール・ルージュの圧政は、言語を絶する全体主義の惨状が描いているし、シドニーが賞のためにプランを利用したと悩むところは報道記者のジレンマをよく表現している
音楽のセンスには時代を感じてしまったが、観続けられるべき作品だ

リマスター版ではどうなってるか知らないが、DVDでは画面がワイドでなく、フィルムの質をあえて選んだのか、古いビデオカメラを使ったような映像だった
それが70年代の現地報道の雰囲気をうまく醸していて、まるで現実のドキュメントを流用したかのようだ
平穏な生活をぶち壊す突然の爆発は、日常と戦場の境目がない内戦を表していて、死がいたるところに潜んでいる恐怖を感じさせられた
クメール・ルージュに関しては、集団農場での強制労働、少年・少女を使っての監視、知識人階級のあぶり出しと処刑などが淡々と描かれていて、当たり前のように過ぎていく現実が恐ろしい
何気に告発されているのが、ベトナム戦争時代のアメリカによる空爆によって、カンボジアの農業に甚大な影響がでたことで、実はポル・ポト以前に深刻な食糧危機が起きていた
大虐殺への道筋を、アメリカがつけていたことになるのだ
ちなみに、ポル・ポト派は統一されたベトナムに政権を追われ、タイ国境に後退するが、冷戦下では敵の敵は味方と、西側諸国がポル・ポトを支援したというからえげつない
虐殺が国際社会の俎上に乗るのは、90年代に入ってからなのである
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『イコン』 上巻 フレデリック・フォーサイス

「ハズレなし!」の帯に苦笑い
確かに、この小説は当たりですが


イコン〈上〉 (角川文庫)イコン〈上〉 (角川文庫)
(1998/09)
フレデリック フォーサイス

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1999年のロシア。大統領の急死から、カリスマ的な政治家イゴール・コマロフが、次期大統領として確実視されていた。ある日、謎の老人がイギリス大使館員に怪文書を投げ込んだことで、不審な事件が始まる。コマロフが著したとおぼしき「黒い宣言」には、ロシア帝国の復活ともに、少数民族やマイノリティの弾圧、旧ソ連圏の統一戦争といった過激な政策が記されていたのだ。イギリス情報部が警戒を強めるなか、コマロフの秘書が水死体で上がり……

単行本は1996年出版で、その時点から1999年の近未来を舞台にしたポリティカル小説だ
ボリス・エリツィン1997年に死んだことになっており(実際は2007年病死!)、その後継であるジョセフ・チュルカソフ(おそらく架空の人物)がエリツィンの指名で第二代ロシア大統領に就任し冒頭に落命する
エリツィンはしょっちゅう、首相=後継者を変えたものの、直接の後継は今のプーチンなので、作品の世界は現実とかなりかけ離れてしまったことになる
しかし、小説としては面白い
上巻ではイギリス情報部(SIS)とコマロフ一派の駆け引きに、CIAの元工作員ジェイスン・モンクが行うソ連時代の工作が回想として挿入され、それが上巻の最後に劇的に交わる
ソ連時代に戦友ともいえるスパイたちを抹殺したGRU大佐ソロミンは、コマロフの側近としてその謀略の実行部隊を率いていたのだ
下巻は復帰したモンクがロシアで宿敵ソロミンと戦うという、熱い展開が待っていて、上巻でのお膳立ては完璧だ

近未来としての予測は外れてしまっても、ロシア社会への批評は鋭い
ロシア・マフィアというと、ソ連崩壊から混沌とした市場経済で勃興したとイメージしがちだが、実際にはその存在は帝政ロシアから脈々と続いてきたという
ソ連時代も硬直した計画経済を補完する勢力として、ノルマを達成したい官僚たちから重宝され、当局から黙認された闇の存在だった
ソ連が崩壊したのちにマフィアたちは国有資本の払い下げで膨大な利益を得たものの、余りに財を吸収して外貨に換えてしまったため、財政の債務超過と経済の崩壊を招いてしまったという
コマロフは四大マフィアのひとつと独占させる契約を結び、側近にはKGB、GRU出身者が固まっている。この官僚とマフィアの渾然とした結合こそ、現代ロシアの姿のように思えた


次巻 『イコン』 下巻
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【DVD】『マルコヴィッチの穴』

マルコヴィッチの穴 DTSコレクターズエディション [DVD]マルコヴィッチの穴 DTSコレクターズエディション [DVD]
(2003/02/21)
ジョン・キューザック、キャメロン・ディアス 他

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売れない人形使いクレイグ・シュワルツ(=ジョン・キューザック)はほぼ失業状態で、妻ロッテ(=キャメロン・ディアス)はペットショップを営んでいた。定職につこうと彼は、あるビルの七と二分の一階にあるというレスター社のファイル係となるが、美人の上司マキシン(=キャスリーン・キーナー)に一目ぼれする。ある日、クレイグはロッカーの向こうに、ジョン・マルコヴィッチ(=ジョン・マルコヴィッチ)の頭に入る穴を発見。マキシンと共に穴を使ったビジネスを始めるが、それは周囲の人間やマルコヴィッチ本人をも大きく狂わせて……

とにかく妙な作品だった
自分を上手く表現できない主人公やその妻が、マルコの中へ入ることで変身願望を満たし、あるいは新しい自分を発見するという物語であるともに、他人になりきる快感に溺れる人たちという転落のドラマも絡んでいて、さらに勝手に乗り移られるジョン・マルコヴィッチ本人の実存の問題もあいまってドタバタコメディにもなる
笑いへ昇華するには若干真面目に撮り過ぎてしまったのか、妙に哲学めいた部分が残ってしまって、最終的には輪廻転生のホラーとしても成立するという、一言で表せないジャンルの作品に仕上がっているのだ
チャーリー・シーンが本人役で出る等、有名人がカメオ出演する内容で、コメディに振り切れない作品というのも珍しい
なんだろう。これは(苦笑)

登場人物の会話からして飛ばしている
それぞれが勝手に話をして、まるで相手の話を受けようとせず、まるで会話が成立しないのだ。映画では普通、軽妙なやり取りがエンターテイメントにするものだが、現実の世界のようにディスコミュニケーションなのである
それは人形を通してしか上手く自分を表現できない主人公が象徴的で、それを克服するために“マルコヴィッチの穴”を利用することになる
“マルコヴィッチの穴”がビジネスとして成功するのは、現実のせつなさを他人にロールプレイすることで晴らすという、メディアに耽溺する現代人の習性を表しているかのようだ
また一方で、役者側の問題として、いろんな人格を演じる苦悩、人々の願望を叶えるべく自分を犠牲にする部分もよく表現されている
そうした部分を丁寧に描きすぎて、観ている側もコメディとして乗り切れない。それが制作者の意図通りに仕上がったかは分からない
しかし、唯一無二のユニークな作品なのは確かだ
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【BD】『借りぐらしのアリエッティ』

リトル・ピープルは辛いよ


借りぐらしのアリエッティ [Blu-ray]借りぐらしのアリエッティ [Blu-ray]
(2011/06/17)
ウォルト ディズニー スタジオ ホームエンターテイメント

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心臓に病を抱える少年・翔は、祖母の屋敷で手術の日まで療養することになった。そこで翔は古屋敷に住む小人の少女・アリエッティと見つける。14歳になったアリエッティは父の狩りを共にするが、その途中で翔に話しかけられ大事な角砂糖を落としてしまう。翔はアリエッティを探そうと角砂糖を彼女の家の近くに置くが、彼女の一家は人間に見つかったら住む家を変えねばならないと思い悩むのだった

タイトルから少女が街に出る『魔女の宅急便』の系統かと思ったら、大違いだった
借りぐらし」とは、人の家を間借りしている小人たちのことで、その小人の少女がアリエッティ。アリエッティの一家は人間の物を拝借しながら、名作劇場のような生活を送っている
物語はほぼアリエッティの視点で進んでいく
人間にとって日常生活の場も、小人たちからすると大峡谷も同然。床から棚へ昇り降りにも、クリフハンガーを要する大冒険で、その大きさから動物はおろか、昆虫すら大きな脅威である
アリエッティが初めて人間の台所に踏み込んだときの、冷蔵庫の稼動音、排水溝のしたたりといった効果音は、小人たちの感じるであろう圧迫感、迫力を耳から感じさせてくれる
宮崎監督作品に比べ、背景が一枚の美しい絵画のようで、アニメーションとして動くキャラクターは最低限と、普通のアニメに近いテイストながら、小人から見た世界に対するこだわりは感動した

よくある少年が異世界の住人と出会い、別れを味わって成長していく物語なのだが、小人視点で子ども相手すら人間との差が早くから強調される
病気がちの少年・翔は、祖母から部屋にあるドール・ハウスが小人たちのために作られたと知り、アリエッティの一家にプレゼントしようとする
しかしアリエッティの母親は突然、台所が人間によって取りかえられたことに天変地異のように驚いて、一家に引越しを決意させてしまう。ここはなんの説明もなく起こるので、管理人は女中の婆さんが呼んだ業者が来たか、と錯覚させられてしまった(苦笑)
少年の善意であろうと、小人からして人間は脅威に他ならない。少年の純粋な心など、通用しない世界なのだ
さらに、翔には「小人は滅び行く一族」「人間は67億もいる」と言わせ、通常の作品なら純真な少年であるはずのキャラクターに、分かった口を聞くインテリ」の性質を負わせてしまうのは、宮崎駿の影を感じずにはいられない
年端の行かない少年にすら、人間の傲岸さを見出すところは、良くも悪くも宮崎作品の範疇に収まってしまったように思えた



床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)
(2000/09/18)
メアリー ノートン

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『反社会学講座』 パオロ・マッツァリーノ

21世紀のイザヤ・ベンダサン?


反社会学講座 (ちくま文庫)反社会学講座 (ちくま文庫)
(2007/07)
パオロ マッツァリーノ

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キレる少年、パラサイトシングル、フリーター、少子化は本当に問題なのか? 自称イタリア人が社会問題の現実を暴露する「反社会学」講座
メディアがコメンテーターを携えてあれやこれやと騒ぎ立てる問題が、実はなんら根拠のないものだったことを軽快に論破していく。全編が似非外国人調なので、いわゆる社会学の用語に振り回されることなく、簡単に要点をつかむことが可能
その分、話の信憑性を疑ってしまうかもしれないが(苦笑)、ジョークはジョークと分かる書き方なので著者の意図を誤解することはないだろう
初出が2004年発刊で、2007年の文庫本には「三年後の補講」としてその間に分かったこと、変化したことをフォローされていた。著者がほぼ内容をいじる必要がなかったというように、問題の本質は十年経った今でも変わらず、メディア側の誤謬も何ら変わることはない
残念ながら、今なお消費期限が切れない本なのだ

のっけから攻撃の対象となるのは、社会学である
著者が言うに社会学とは非科学的な学問であり、他の学問で「こじつけ」と非難されることもまかりとおってしまう
その原因は社会学がカバーする領域が広すぎることにあり、毎年新しい分野が誕生し、名乗りさえ上げれば誰でもすぐ第一人者になれる状況が起きている
そして、領域が広すぎるので誰も社会学の全体を把握できる者がおらず、社会学者同士がお互いをチェックすることは不可能。そのため、お互い研究を肯定する習慣が生まれ、外部からの非難も相手しないという
また、調査結果に対して、研究者の主観を反映しがちなのが他の学問と違うところで、民俗学や文化人類学でタブーな倫理的判断を社会学は犯しやすいらしい
そのため、社会学をかじった者たちは、自らのために社会問題を捏造するマッチポンプを行い、勝手な理想像のためにパラサイトシングル、引きこもりなどの悪者をつくり出す構造が生まれる

その顕著な例が「少子化」問題で、そもそもバブル時代から続く少子化の傾向に、日本衰退の原因を委ねてしまっている。少子化で労働力に困るなら失業者は溢れていないだろう
著者はそうした「少子化」問題が浮上する原因として、少子化になると困る産業があるためとし、その際たるものが大学だという
大学は新入生の「入学金」(日本独特の制度)と学費によって成り立っているので、子どもが減ると存亡に関わる。新入生に頼る収益構造そのものに問題があり、本来なら社会人の学生が通えるように制度設計すべきなのだ
また投資コンサルタントも、言い訳の種として「少子化」を切り札に使ってくるので、注意が必要だ
もう一つ溜飲を下げるのは、返す刃で外国に対する幻想を打ち砕くところ
日本人の若者が欧米の若者に比べてだらしないという俗説も、現実の大学制度を比較してヨーロッパは学費が安く、アメリカも学費は高いが結局金持ちの親が出すし、奨学金もあとで返さない(返す必要がない)例が多いという
欧米のほうが制度が充実しているだけで、金持ちの親に頼ること自体は同じなのだ
著者は誤った欧米に対する認識から、強い個人主義である「自立の鬼が生まれ、日本人同士を苦しめることになっている。この「自立の鬼」の乱立から「相互依存」への流れに変わるべきだとする
冷静に考えると、イタリア人である必要がない(イタリアねたが少ない)という中身なものの、間違った認識が当たり前にまかりとおる社会に水を差す良書である
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『播磨灘物語』 第3巻 司馬遼太郎

大河もようやくエンジンがかかってきたが、ここまで来るのに視聴者が振るい落ちている予感

新装版 播磨灘物語(3) (講談社文庫)新装版 播磨灘物語(3) (講談社文庫)
(2004/01/16)
司馬 遼太郎

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摂津の荒木村重が謀反を起こしたことで、官兵衛の主家である小寺政職が動揺。政職は官兵衛に村重の説得を命じて謀殺し、毛利への寝返りを企むのだった。官兵衛は村重との縁から命ばかりは取りとめるが、有岡城に入ったと聞いた信長は、人質である息子・松寿丸の殺害を命じたのだった。“この世で唯一の同類”である竹中半兵衛が動く

播州の隣の摂津で、荒木村重が謀反を起こす
律義者でかつ才気を誇る官兵衛は、罠に気づかず有岡城で一年以上幽閉されることになる。官兵衛を“天下の軍師”へと生まれ変わる、ターニングポイントとなる出来事
小説では囚人生活が克明に描かれる
ただ寝転がれるだけのスペース、糞尿が専用の碗からこぼれて頬にかかるという衛生レベルで、楽しみは蔦が咲かせる藤の花のみ
その幻想的な藤の花の場面は、「ベルセルク」の短編を思い出せたが、官兵衛が黒田家の者に語り聞かせた話らしい
大河ドラマで岡田准一がどう演じるか、注目である

急に浮上するのが、竹中半兵衛である
小説ではライバルというより、物静かな先輩という役分で、互いに“この世に二人しかいない人間”として語らずとも伝わる、以心伝心の関係に描かれる
信長から秀吉に後の黒田長政である松寿丸を殺す命令が出たとき、半兵衛は突如、その役目を引き受けると称し、秀吉の長浜城にいた松寿丸を自らの居城に匿う
このとき、すでに半兵衛は死病を患っていて、官兵衛が播州に戻ったときにはこの世にはいなかった
これは黒田家に伝わる逸話らしく、実際の信長は松寿丸を殺す指示は出していないらしい。半兵衛を通じて黒田家全体の忠誠を確認して満足していたようだ
おそらく、大河も『播磨灘』ベースで展開すると思うので、ここの半兵衛殿にも注目である


次巻 『播磨灘物語』 第4巻
前巻 『播磨灘物語』 第2巻
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『甦るロシア帝国』 佐藤優

タイムリーと思いまして

甦るロシア帝国 (文春文庫)甦るロシア帝国 (文春文庫)
(2012/02/10)
佐藤 優

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ロシア帝国はいかに復活するのか。“外務省のラスプーチン”がソ連崩壊前後の学生達との交流からその未来を先読みする
本書の内容は直接的なロシア論ではなくて、ソ連崩壊後にモスクワで教鞭をとった経験から、ソ連時代のことを書き起こした回顧が中心である
文庫版の追加として実質数ページのプーチン論が申し訳程度についているだけで、タイトルが後付けの感が否めない(単行本のタイトルは『甦る怪物 私のマルクス ロシア編』
著者の専門であるキリスト教神学に紙数が割かれ、直接のテーマは復活するロシアというよりソ連を崩壊に導いた民族問題に焦点があたる
ただし、この民族問題を克服するためのユーラシア主義”思想によって、ロシアにファシズム(ナチズムではない!)が現れるというのがキモで、ここ最近のプーチン・ロシアを理解する助けとなりそうだ

本来、民族的にも言語的にも差が少なく、兄弟分にも見えるロシアとウクライナがもめるのはなぜか
鍵はソ連崩壊時のウクライナ独立元ハプスブルグ帝国領だったガリツィア地方にあった
ガリツィア地方は紆余曲折あってソ連領となったが、ここにはユニア教徒」と言われる独自のキリスト教宗派があり、中身はほぼギリシャ正教と同じながらローマ教会の優越を認め、カソリックに属していた
この二重性を脅威とみたソ連はユニア教徒を弾圧し、ユニア側の武力闘争も1950年代まで続いた
崩壊直前のとき、ソ連保守派はせめてウクライナ、ベラルーシだけはつなぎとめようとしたが、カナダに移住していたユニア教徒が反発し、独立のための組織と膨大な援助を行った
ソ連から各構成国が独立する上で、大衆より実はエリートたちの影響力が大きかった。現地にいるより外国に住む富裕層のほうが故郷に観念的な情熱を燃やしていて、本書では「遠隔地ナショナリズムと呼ぶ
つまるところ、今あるウクライナを作った人たちは反ソ連=ロシア感情が強く、ソ連的帝国を目指すプーチンとはまるでそりが合わないのだ
ちなみにクリミアに関しては、フルシチョフが“気まぐれ”でウクライナに移管したといい、ウクライナの民族感情を宥めるソ連の懐柔策だったようだ

キリスト教神学については頭がパンクしそうになるが、カール・バルトによる現代神学では、「神は完全だが、人間が触れるには宗教を通してしかない」→「しかし、宗教は人為であるから不完全である」「宗教を信じすぎると禁止された偶像崇拝に陥る危険がある」という域にあるらしい
神学というと神を前提としたガチガチな話だと思いきや、著者と話す学生には「キリスト教の人格神がしっくりこない」とぶっちゃける者もいて、ずいぶん広がりがあるものだとイメージが変わった
ビザンチンを継承したロシア帝国には皇帝教皇主義(カエサルパピスム)の伝統があり、指導者が個人の内面を指導する発想はレーニン、スターリンにも通じる
そして、共産主義に変わり得るユーラシア主義とは、ロシアをヨーロッパとアジアにまたがる特別な“世界”と考える思想で、マルクス主義を飾り物にしたソ連は実はユーラシア主義の帝国だという見方もある
プーチンはグローバリゼーションから地域ブロック経済化が進むことを読んで、ロシア中心の勢力圏を作ろうとしているが、そのブロックの中ではソ連時代の共通語であったロシア語が力を持ち、ロシアを通して情報が伝達される
プーチンの経済思想が近代経済学ではなく、KGBで叩き込まれたマルクス経済学の国家独占資本主義論にあるとされ、反グローバリズムが濃いのは間違いない。割拠主義だから、クリミアの件で国際世論に叩かれることなど、屁とも思っていないのだろう


関連記事 『自壊する帝国』
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『子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争』 金沢克彦

特別、長州番でもないといわれますが

子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争
(2009/07/17)
金沢 克彦

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格闘技ブームのなか、新日本プロレスはなぜ迷走したか。レスラーに密着し続けたGKことゴング金沢が、メジャー団体の暗黒時代を振り返る
タイトルから猪木批判なわけだが、単純な告発本ではない。著者がゴング編集長時代のメモから、渦中にいた選手達の姿を追い、総合格闘技の嵐にいかに巻き込まれたかを描いたドキュメントである
総合路線から最も遠い邪道・大仁田から、橋本真也VS小川直也永田裕志藤田和之ケンドー・カシン=石澤常光、そして幻のヒクソン招聘計画
必ずしも猪木に振り回されただけではなく、層が厚すぎる団体ゆえに何かで上を越えねばならないという焦り、五輪に出られなかったことへの雪辱、とそれぞれに総合のリングに上がる動機が存在していた
しかしマット界をリードしたい猪木と他団体との駆け引きのなか、最悪のタイミングで対戦が組まれていったのも事実。本書では、騒動がいかに選手たちを揺さぶり、混乱と惨状に至ったかを克明に追っている

最大の事件といえば、1999年のイッテンヨン、橋本・小川のセメント事件だろう
俗に猪木に含まれた小川が仕掛けたものとされ、現場責任者であった長州力と橋本の確執も噂されたが、本書で明かされたことは少し違う
まず、小川は試合前のルール確認に来なかった。額面は「新日本プロレス格闘技戦ルール」(苦笑)だが、暗黙のルールについては話し合って決めるはずだった
プロレスの技は危険なので相手との信頼関係は必須。この時点で普通のプロレスから外れることは間違いなく、橋本も体に油を塗って備えた
これだけ見れば、猪木のシュート指令に思えるが、その後、ゴングの取材で小川から不可解な発言が出た。最初はUFOのルール(=総合格闘技)のはずが、新日本のルールに突然変わったと言うのだ
セメント事件の真相は新日本とUFOのルール確認がなされなかったことにあり、かたや異種格闘技的プロレス、かたや総合格闘技のつもりでやっていた。管理人が想像するに、小川からすると総合の試合なら対戦相手と顔を合わせるのはおかしいと、単純に考えたのではないだろうか

事件直後、ゴマシオこと永島氏が猪木に電話をかけたところ
「会長、これは一体どういうことなんですか!?」
「おれもまさかあそこまでやるとは思わなかったんだ」
「今、ここに橋本がいて、小川と話したいと言ってますけど、小川は出られますか」
「ああ、いま代わるよ」
 ここで、橋本と小川に電話は代わった。
「小川、オマエ、これはどういうことなんだ!?」
「すいません。頭が飛んでしまって……すいません」
「オマエには俺を救う義務があるんだぞ! 俺を助けなきゃいけない。どうする?」
「分かってます、すいません……」

後にZERO-ONEで行動を共にする二人だが、このときの貸借関係が原点なのかもしれいない
直後には互いに“忌むべき事件”と認識していた両団体だが、猪木-UFO側がフライデー誌上で開き直るようなインタビューを行い決裂する
しかし、長州-坂口ラインを崩す藤波社長、倍賞専務の新体制が生まれ、さらなる小川-橋本戦へ動くことになる

猪木のイエスマンである藤波体制で、新日本プロレスは格闘技路線をひた走った
2000年PRIDEで当時最強と言われたマーク・ケアーを下した藤田和之は、2001年4月にIWGPヘビーのベルトを巻く
しかし、同年8月にK-1の大会でのMMAルールで格下とされていたミルコ・クロコップに額を割られ、TKO負け。同年11月にミルコに敗れた高田が新日本プロレスを挑発し、ミルコ-永田戦へとつながっていく
もっとも格闘技ブームに翻弄されたのは永田裕志だろう
今となっては藤田が永田勝利を確信していたというから分からないが、ミルコは藤田戦で怪物に生まれ変わっていた
対ヒョードル戦では、直前まで対戦相手が二転三転し、イベント開催自体が危ぶまれ、永田自身も新日恒例のイッテンヨンに目が向いていた。最終的には猪木に頭を下げられて、決断に至ったという
本書はレスラーの名誉のために言葉を選んでいる部分もあり、すべてを晒す暴露本ではない。しかし、レスラーの口から発せられた生の言葉は刺激的であり、著者はその背景まで慮って忠実にその声を伝えてくれる
PRIDEが消滅した今となっては遠い過去に思えるが、今の新日本プロレスはこのような時代を経て存在しているのだ
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『播磨灘物語』 第2巻 司馬遼太郎

大河といい感じにリンクしてる

新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)
(2004/01/16)
司馬 遼太郎

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小寺家の行く末と自らの立身を両立させるべく官兵衛は、信長に謁見した。主君政職を説得するため、別所、赤松と共同の上洛を達成するも、毛利家からは報復ともとれる大軍が押し寄せた。信長と本願寺の対立も激化し、門徒の多い播州は反信長に染まっていく

秀吉、信長とのつながりを得て、官兵衛はいよいよ歴史の檜部隊に立った
秀吉の参謀として竹中半兵衛が登場するが、本作での半兵衛は官兵衛のライバルではない。似た者同士ながらも先輩格であり、物静かな才人だ
ただし秀吉と半兵衛の関係は、半兵衛も信長の家臣の立場であることから複雑で、秀吉に才能を嫉妬されないように細心の注意を払う。官兵衛はまだ無邪気なところがあり、才をひけらかす癖が後々の不遇につながることを暗示しているようだ(不遇そのものは俗説なわけですが)
秀吉の性格に対する分析は精緻で、信長の前では無欲ぶりながら、家臣に対して実は嫉妬ぶかい。あけっぴろげに人を許しつつも、自分が気遣うように相手にそうして欲しいという欲もあるとしている
信長については、桶狭間以外は石橋を渡る慎重な武将とした。司馬にとって臆病は将の美徳なのである

『信長の野望』シリーズなどだと、美濃をとり上洛、中国へ遠征する頃となれば、ほぼ必勝の大勢力なのだが、本作では織田軍団の脆さが強調されている
領土が広すぎるために兵力も絶えず分散し、信長自身が様々な地域から兵士をかき集めて大軍を編成しなくてはならない。本願寺との対立が響いて、多方面作戦をとれていないのだ
長篠の戦いが終わった後に播州に秀吉が入る頃にも、それを制圧できるほどの兵力が用意できなかった
当時の秀吉の所領は北近江の長浜20万石。精一杯の金で募兵して七千五百の兵しか集められない。これで毛利の大軍を相手にしなければならず、実のところ三木城に立て篭もる別所にも劣る兵力だった
中国返しをして天下をとったのが信じられない小勢力であり、秀吉にとって播州入りは乾坤一擲の賭けだったのだ
播州で天下取りの地盤を築くため、官兵衛の働きはこれからだ


次巻 『播磨灘物語』 第3巻
前巻 『播磨灘物語』 第1巻
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『信玄の戦略―組織、合戦、領国経営』 柴辻俊六

信玄以前の武田家についてもばっちり

信玄の戦略―組織、合戦、領国経営 (中公新書)信玄の戦略―組織、合戦、領国経営 (中公新書)
(2006/11)
柴辻 俊六

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戦国時代屈指の英雄、武田信玄。彼はいかなる組織と戦略で乱世を戦い抜いたかを、史料をもとに考察する
出版が2006年と、大河『風林火山』の前年。『武田信玄』のときと同様に多くの信玄関連の書籍が出されたが、本書は武田家の由来から西上中の病没までを丹念に追った正統派だ
有名な合戦よりも、その前段階の婚姻政策、諸勢力への調略、領内の統治といった地味な基盤づくりに焦点が当てられていて、ドラマやゲームで表現されているものとは違う、本当の戦国時代が見えてくる
戦国の合戦は、大事な軍勢を消耗させるものでもあり、武将たちはいかに無駄な戦いを避けるかに気を配っていた。川中島の戦いでもほとんどがにらみ合いであり、4回目の激戦は偶発的に起こったそうだ
戦国時代の合戦は相手を他に手段がないほど追い込んで、向こうから挑ませるものなのだ

『信長の野望』などにおける武田信玄は、甲斐源氏の名門、本願寺との姻戚関係、対信長包囲網の一番手と、戦国守旧派のイメージが濃い
しかし彼が組織した武田家は集権的な戦国大名であり、商業を振興するために商人や職人にさまざまな特権と譜請免除を与え、多くの直轄地を抱えていた
もともと同格の国人だった小山田氏など、地盤をもって帰順したものや親族衆は、城を中心とした領主となったが、“城代”として派遣された者は多少の知行はもらうものの、あくまでお役目であり、世襲ではない役職だった
“城代”に主従関係のない与力が加わる関係は、織田家ばりに近世的である。山県昌景などの譜代家老も任務に応じて、城を転々としている
司馬遼太郎は後世に影響を与えた政治家として、信長と並んで信玄を挙げていて、徳川家康も旧武田領を押さえる際にノウハウを吸収し、天下取りに生かした
地域の実情に配慮しつつ、硬軟両様の手段で自らの元に力を集める信玄は、近世大名の魁といえるのだ

小説や教科書を読んでも、史上有名な合戦によって歴史が動いていたかのように単純化して描かれるが、本書からは水面下の過程があって合戦という結果が生まれたことが良く分かる
例えば、信玄が今川家と手切れし駿河へ攻める際には、今川の仇敵である織田家と縁組し、家康と通じた上で侵攻する。この動きから今川家の嫁を持つ嫡子・義信が謀反を計画し自害に追い込まれている
信玄の駿河侵攻に対して北条氏康は今川家を援助し、一時は侵攻した武田軍が退路を断たれるまでに追い込まれた。一度の侵攻で簡単に駿河を落とせたわけではなかったのだ
信玄はその報復として小田原攻めを決行し、この時初めて駿河の大半を手中に収めることができた
また、三方が原の戦いは家康が挑発に乗ってとされるが、そのときにはすでに信玄が遠江の大半を陥れていて、浜松で孤立しかねない状況だった。長篠の勝頼のように、家康も追い込まれていたのである
信玄と信長との外交では、双方が白々しい口上を送りつつ、互いに相手のライバル勢力へ働きかけていた。本書では戦国の容赦ないマキャベリズムを拝むことができる


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