『小説東京帝国大学』 上巻 松本清張

東大と私学の関係が一目瞭然

小説東京帝国大学〈上〉 (ちくま文庫)小説東京帝国大学〈上〉 (ちくま文庫)
(2008/03/10)
松本 清張

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明治35年(1902年)、哲学館の卒業試験に、ムイアヘッドの『倫理学』に対する答案が問題となった。大義のためなら王の「弑逆」も辞さず、という箇所が天皇への大逆を含んでいると見なされたのだ。試験官だった中島徳蔵は、処分を検討する文部省の隈本視学官を訪問するも、哲学館卒業時にもらえる中等教員免許の認可を取り消されてしまう。帝国大学の私学いじめに端を発したこの問題は、新聞を巻き込んだ大論争へ発展した

明治末、日露戦争前後の東京帝国大学(現・東大)を舞台にした小説で、渦中にある試験官・中島徳蔵と答案を書いた学生・工藤雄三、他と視点を転々しながら、哲学館事件、東大七博士の日露開戦論などを俯瞰していく
時の東大総長は『八重の桜』にも出てくる山川浩の弟、山川健次郎で、哲学館の処分に抗議する学生の一人には吉野作造新興宗教家の飯野吉三郎に、女子教育の先駆者・下田歌子、と自然に著名人が話に絡んでくる
弱小の私学(哲学館は東洋大学の前身)が、巨大な官僚育成組織である東大に立ち向かうというシチュエーション清張得意の陰謀節(!)にマッチしていて、自由民権運動家が社会主義運動へシフトする流れなども見事に活写されていた
誰かの物語として読むと少し弱いかもしれないが、様々な方向から歴史を眺めるにはこれでいい

興味深いのが、自由民権運動家として名をはせた奥宮健之の論陣だ
彼は日露戦争に対して、いつか開戦するはずだからと賛成も反対せず、勝っても負けても社会主義にとって悪くないという
負ければ天皇を中心とした明治政府は崩壊し、自然と人民の政府ができあがる。先駆的ともいえる敗戦革命理論を唱える
勝っても体制に無理がくるから、いつか人民の政府ができる。次善ながらこれも良し
問題は大して勝てなかったパターンで、これが一番社会主義から遠ざかってしまう。現実に結ばれた講和はこれで体制が煮え切らないまま続くことになる
奥宮は無政府主義者の影響を受けていて、社会主義のための暴力革命も是認する。共産党以前の社会主義革命家といえよう

もう一つ驚くのが、東大七博士の日露開戦論で、政府や軍部以上に強気の交戦論をぶちあげ、もっとも強硬な戸水寛人などは、朝鮮、満州を越え、荒唐無稽な中国併呑論まで唱えることになる
伊藤博文いわく「なまじ学のある馬鹿ほど恐ろしいものはない」わけで、世間的には最高の知性であるはずの東大教授が、これだけの国際感覚のなさを晒していたとは思わなかった
博士たちは講和問題が持ち上がるにいたって、強硬な講和条件を掲げて政府を困らせることになった
政府側の戸水博士に対する処分は、「大学の自治」の観点から大問題となるが、それは下巻に続く


次巻 『小説東京帝国大学』 下巻
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『日本人の阿闍世コンプレックス』 小此木啓吾

山本七平の解説も秀逸

日本人の阿闍世コンプレックス (1982年) (中公文庫)日本人の阿闍世コンプレックス (1982年) (中公文庫)
(1982/04)
小此木 啓吾

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日本人の精神をエディプス・コンプレックスで説明できるのか。母性社会の原型として阿闍世コンプレックスを提示し、日本人の深層に潜む心性を紐解く
阿闍世コンプレックスはもともと、著者の師である古沢平作が戦前に発表したもので、もう一つの罪悪意識としてフロイトにも意見を求めていた
エディプス・コンプレックスは子どもが父に母を盗られる嫉妬から「父親殺し」の衝動を持ち、それを克服することが課題となる
しかし、日本には欧米ほど殺しの対象となる“父”はおらず空転する
そこで阿闍世コンプレックスは母親とのつながりを重視する。望まれずに生まれてたのではないかという「未生怨」に端を発する「母親殺し」の衝動をもつことを言い、その母親を許せることを課題とする
本書ではこの阿闍世コンプレックスから、戦後の日本社会で起きる軋轢の所以を解いていく
なにぶん1982年の文庫本なので、ミクロの人間関係では通り過ぎた課題もあるが、日本人論、日本社会論など抽象的な議論は今なお鋭さを失わない

明治以来、欧米に倣った近代化を行ったがゆえに、欧米社会との違いを否定的に扱われてきた
下手すると欧米直輸入の学問が通用しないのは、日本型社会に問題があるという本末転倒の議論も行われた
『「甘え」の構造』が出版されると、著者・土居健郎の意図に反して「甘え=日本社会の問題」として出版社が宣伝してしまうこともあったという
日本社会は表向きは西洋型の近代化をなしとげたことになっているので、エイディプス・コンプレックスを安易に動員しがちだが、根底が母性社会であるから解決にはつながらない
「阿闍世コンプレックス」とは、仏典にある阿闍世(アシャータシャトル)の物語にヒントを得たものだ

阿闍世の母である王妃は、占い師から「裏山の仙人が3年後に夫人の子どもとして生まれ変わる」という予言を聞く。王の寵愛がなくなるのを恐れた王妃は、三年を待てずに仙人を殺し、阿闍世をみごもった。しかし、仙人の呪いが恐ろしくなった王妃は、子どもを高い塔から産み落とす。阿闍世は長じてこの事実を知り、母を殺そうとする。それを思いとどまった彼は、今度はその罪悪感から悪病に苦しむ。悪臭を放つわが子にかつて殺そうとした母親が看病し、阿闍世は母の苦悩を理解して許しあう

厳父から罰せられることではなく、慈母に許されることから、罪の意識が生じるのがポイントで、自分が犠牲を払うことで相手の罪悪感を誘う日本人特有の「道徳的マゾヒズム」(フロイト心理学用語)の原点にも思える
ただし、この「阿闍世コンプレックス」には大きな瑕疵があった
古沢-小此木が提示した阿闍世の物語が原典と違い、本来は父殺しの物語であることだ。このことは最終章において告白されていて、著者自身の意図的な追加も白状されている。元が大陸の仏典なので、母型社会の原型を引き出すには無理が生じるのだろう
神話から類型を引き出して議論を補強することには失敗しているが、創作された「阿闍世コンプレックス」こそ女性の自我を捉えて現代の神話に相応しい

著者によると、明治以来の日本社会の問題は、母性社会にも関わらず父性社会の制度を受けいれざる得ない軋轢にある
教育は欧米流を志向するから、優等生であるほど父性社会的に自分を創る。そうした人間が実社会の「持ちつ持たれつ」にさらされると、拒否反応を起こす。部下として優秀でありながら、上司としては不適格者として弾かれる
その一方で、個人主義の浸透から母性社会が脅かされていて、国際環境でいえば母性社会の原理が通用するのは国内だけという現状もあり、海外の流儀をある程度受容しながら病気にならない自我の在り様を探らねばならない
これ以上ない難題だが、少なくとも日本人の原型を知ることなしに、その境地にたどり着けないだろう


「甘え」の構造 [増補普及版]「甘え」の構造 [増補普及版]
(2007/05/15)
土居 健郎

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2013年上半期の人気記事

激しく今さらながら、上半期(1月~6月)の人気記事を集計してみます
例年のようにグーグルアナライズからページビュー順です


一位 【週刊文春】『大人が今読むべき漫画ランキング』 198p
 2012年の記事で申し訳ない。今年もこういう企画が組まれたのであろうか
 タイトルが検索されやすいのか、ページビューは倍増しております

二位 『機動戦士ガンダムUC 10 虹の彼方に(下)』 150p
 OVAの方は終わったのだろうか。貧乏人はツタヤの旧作待ちであります
 一度アクセスが集まった記事は検索上位に残るようで、根強く引っかかってくれます

二位 『殴る騎手-JRAジョッキーの舞台裏』 150p
 こちらは今年の記事で、「藤田 恫喝」のキーワードでよく検索にかかるようだ(苦笑)
 最近もペースが落ちないので、年間でも実質一位になるのかも

四位 『HUNTER×HUNTER』 第20巻 107p
 これはなんで上位なのか分からない。去年下半期の3倍増である。はて?

五位 『全体主義の起源 3 全体主義』 88p
 こっちはじわりと増えた。値が張ってぶっとい本だと、ネットである程度内容を把握したい人もいるのだろう

六位 【電王戦】どうなる?人間対コンピュータ 79p
 他のサイトさんで紹介してもらったので、瞬間風速的にアクセスが増えた
 元がツィッターをまとめたものだから、伸びる内容ではないわな

七位 『軍靴のパルツァー』 第4巻 p78
 最近の漫画を記事にあげてもライバルが多いから、アクセスが集まらない
 それでも検索40位まで追って記事を読む人がいた。あり難い

八位 【電王戦回顧】『将棋世界七月号』 70p
 雑誌の最新号であり電王戦との絡みからも、注目が集まったようだ

九位 『陸軍中野学校終戦秘史』 64p
 季節柄、去年の下半期より落ちたが、実質横ばい

十位 『天 天和通りの快男児』 通夜編(第16~18巻) 60p
 天の通夜編は評価が高い

十位 『最強のプロレス団体UWFインターの真実-夢と一億円』 60p
 格闘団体ネタがここに。昔のプロレスものを探求していこうかしらん

十二位 『ベルセルク』 第37巻 55p

十三位 WW2ドイツ軍のV3兵器!?ムカデ砲 53p


十四位 『会津落城-戊辰戦争最大の悲劇』 39p
 大河ドラマ『八重の桜』が会津戦争に入る直前で上げたので、歴史物のなかでは最上位
 歴史系のサイトはガチな人が多いから、なかなか上にはいけませぬ

十五位 『ピーターパン・シンドローム-なぜ彼らは大人になれないのか』 38p


あまりアクセスが増えたという実感がなかったので、集計を敬遠していた面もある
しかし記事単位で見れば、最近上げた記事を中心に底上げされていた
ただそれで常連さんが増やせたとはいえないので、ある程度テーマ性をもって記事を連作する、定期的に最新のネタに触れていく、など基本的な工夫がもっと必要なのだろう
ミーハーとマイナー志向が同居する管理人の人格をもろに反映しているわけですが、実人生とともに積み重ねを重んじていきたいものであります
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【DVD】 『日本の悲劇』

日本の母はどこへ行く

木下惠介生誕100年 「日本の悲劇」 [DVD]木下惠介生誕100年 「日本の悲劇」 [DVD]
(2012/08/29)
望月優子、桂木洋子 他

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熱海の旅館で働く春子(=望月優子)は、女手一人で娘・歌子(=桂木洋子)と息子・精一(=田浦正巳)を育ててきた。戦後の混乱のなか、ときには闇米を買い体を売って子ども達の学費にあててきた。しかし母親の身上を知った子ども達はその煽りを受けることもあって、精一は医者の家に養子縁組しようとする。独り身になった春子は……

旧エヴァのサントラで言及されていたので、観てみた
日本独立直後の1953年放映で、冒頭や随所に当時のリアルタイムの映像が挿入されている
下山事件、朝鮮戦争の戦況、再軍備反対のデモと戦後逆コースを象徴する時事ニュースとともに、生活者の苦難や多発する凶悪犯罪の新聞記事が写され、母子の物語に入っていく
本当の“日本の悲劇”とは、一面記事になるような出来事ではなく、ひとつの家庭から、足下から起こっていると言いたげだ
同じ焼け跡をくぐりぬけた人間でも、春子は生きるために子どものためにがむしゃらに生き、歌子や精一は変節する大人たちを見て「誰も信用しないこと」を学び、物事を冷淡に眺めていた
戦争と占領という急激な社会変化のなかで失われていった家族の絆は、高齢化が進行する現代にも突きつけられている問題である

核家族化が当たり前の現代人からみれば、春子の願いは身勝手なものに見えるだろう
戦前の家族観でいえば、長男は嫁をもらい家を継ぎ母親と暮らし続けるものだった
しかし戦後は個人の選択を重んじられ、成人してから実家を離れ、自ら家を持つのが理想とされた。いわゆる核家族化である
精一の選択は自らの立身と同時に、春子の生活向上もいちおう視野に入っているのだから、彼の視点から立てばまったくの親不孝でもない
体が大きくなっても社会的な力が伴わず、いつでも子ども扱いされることに忸怩たる想いを持つ年頃である。親の行状を事情も知らずに汚らわしく思うのもむべなるかなだ
ただし春子からすると、家から息子が消えるなどありえず、母親の役目が奪われることは耐え難い。個人主義を肯定する視点から見れば、母親として以外の自分を持てなかったゆえの悲劇と観ることもできるが、懸命に戦後の混乱を生きた春子にそうした余裕を求めるのは酷だろう
また、春子がただの人となり寂しく駅のホームを歩いて飛び降りるラストは、核家族、個人主義が自明の社会で高齢者が孤独死する現実と重なり、精一たちの将来にも思えてくる
実の息子より他人と心が通うところ『東京物語』にも通じる、皮肉な真実である

とまあ、社会性の強いテーマを持つ映画だが、2時間弱を見飽きることはなかった
流しの歌手(=佐田啓二)が奏でるギターに始まりギターに終わる構成で、序盤には板場で7~8分役者が入れ替わり立ち替わり登場してカメラが回り続けるシーンがあって、どこまで続けるのかとハラハラさせられた。さすが黒澤と並び称される名匠である
50年代と終戦直後の混乱を追いかけるだけでも、21世紀からすれば新鮮で歴史資料としても面白い
時代が時代だけに露骨な性描写はないが、売春、強姦、不倫、暴力と、やれる範囲でその存在を匂わせている。エヴァとの直接のつながりはよくわからないが、観られるべき名作なのは間違いない


関連記事 【DVD】『東京物語』

NEON GENESIS EVANGELIONNEON GENESIS EVANGELION
(1995/12/06)
TVサントラ、CLAIRE 他

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『へうげもの』 第1巻・第2巻 山田芳裕

アニメのED曲がなぜか斉藤由貴

へうげもの(1) (モーニングKC (1487))へうげもの(1) (モーニングKC (1487))
(2012/09/28)
山田芳裕

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へうげもの(2) (モーニングKC (1512))へうげもの(2) (モーニングKC (1512))
(2006/04/21)
山田 芳裕

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織部焼きで有名な茶人武将、古田織部(作中は左介)を主人公にした大河ロマン
いやあ、面白かった!
最近は時代考証を密にして史実のなかでドラマを作る作品が多いなか、本作は本能寺の変が穏やかな世を臨む利休と秀吉によって誘導されるなど、大胆にフィクションを盛り込んでいる
フィクションを本気の戦国愛で肉付けしていて、往年の正月大河ドラマのような熱さがあるのだ
主人公の古田織部が信長の使番として出発し、茶道の薀蓄をもって調略の任にあたるが、茶器への執着から武人としては出世できない中年男だ
彼の出番はほぼ嘘八百である。が、茶道という史書に残らぬ世界を経路にすることで、政治の表舞台に関わっていく
まさにその仕掛けは、千利休と戦国武将たちの関係にも通じていき、織豊期における茶道の重要性がわかる

『信長の野望』でしか聞かないようなマイナー武将が続出するのも、嬉しいところだ
織部の妻は中川清秀の娘で、清秀は三好系から荒木村重、信長、秀吉と主人を替え、ゲームでは義理の低い武将と設定されているが、本作では義理堅く人間味のある武将として描かれる
キリシタン大名の高山右近、利休に並ぶ“天下三宗匠”である今井宗久と津田宗及、信長の弟にして天下の数寄者・織田長益(有楽斎)、歌道を引き継ぐ教養人・細川藤孝(幽斎)と利休七哲となる忠興、と史書に語られる人柄を崩さず、無理のない展開で登場する
もちろん茶器に関してはかゆいところに手が届き、武将風雲録で茶器集めに奔走した人間には感涙ものである
知った上でここまで盛り込み、エンターテイメントとして弾けられるのだから、大したもんですよ
信長、秀吉、家康、光秀と、有名どころはそれなりの重厚さを称えていて、講談のなかにも作者の歴史観が光る。茶道から見た戦国の終わりを見届けさせてもらおう


関連記事 『人斬り以蔵』(古田織部を題材にした『割って、城を』収録)

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美濃焼陶器販売 陶心蔵

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『モラトリアム人間の時代』 小此木啓吾

心理学者は信用しないが、この人は別

モラトリアム人間の時代 (中公文庫)モラトリアム人間の時代 (中公文庫)
(2010/04/25)
小此木 啓吾

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現代を特徴づけるのは、「モラトリアム」である。かつては青年期固有ものだった「モラトリアム」が全年代に拡大し社会を覆っているとして、その社会状況でいかに生きるべきかと問う
いや、すごい本があったものだ
本書は1977年の高度成長期が初出でで、著者は日本におけるフロイト研究の第一人者
しかしそれでありながら、従来は青年期の特徴、特権と想定されていた「モラトリアム」を、人間の特徴として積極的に評価し、大人の「モラトリアム」をも短絡的に否定しない
モラトリアム」とは社会に出て一人前の大人になるのを猶予された状態をいい、文脈によっては「ゆとり」と置き換えてもいいだろう
安直なサブカル批評、オタク批判では、大人になれない「モラトリアム」が石を投げられるパターンが多く、それを嫌って開き直り「考えない大人になるより、子どもでいい」などという応答が繰り返されるが、本書にはそれを超える視点がある
多くの動物のなかで人間だけが「待てる」。モラトリアムは人間の特質なのである

なぜ「モラトリアム」が積極的に評価されるべきなのか
ひとつには社会変化が激しく、立場や状況に応じて自分を変えていかなくてはならないこと固有の目標に向かって生きていても、途中でそれが通用しなくなり、路線変更を余儀なくされる
そうしたときに一度築いた考え方に囚われると、精神も腐り転落の道を歩むことになる
こうした状況変化を乗り切る鍵が、今を仮の姿と考える「モラトリアム」の精神であり、今を生きつつ次の姿を想像していくためにはある種の余裕が必要なのである
著者が強調するのは、(高度成長期でも)普通の人生を送ったとしても、「モラトリアム化」は避けられないということだ
出世街道を臨んでも多くの人間はどこかで行き詰まり、職場ではロートルとなり窓際に追い込まれる。今風に言えば、課長になれるのは三割というわけだ
だからたとえ会社の要求に答え自分を創っても、たいがいの人は中年で干され、退社後は年金生活という長い「モラトリアム」にたどりつく
そうなったときに「モラトリアム」を上手く使える発想がなければ、創り上げた自分と現在の状況のギャップに苦しんでしまう
こうしたモラトリアム時代を生きる理想像として、ロバート・J・リフトンが名づけた「プロメテウス的人間」を掲げ、あくまで今を一時的・暫定的なものと見て、変わって行く状況や仕事に対応し変身しつつ、「常により新たな自己実現の可能性を残す」存在とする
かつての心理学ではアイデンティティの拡散は否定的なものとして見られたが、社会の変化に適応した新しい大人像なのだ

本書は全編に渡って深すぎるので、この記事だけで魅力を伝えきることはできない
モラトリアムの積極評価とともに、モラトリアムを軸にした国家論、社会論も展開されていて、60~70年代の学生運動を脱モラトリアム運動徴兵制などの右翼的主張を反モラトリアム運動と規定する。前者はモラトリアムからの脱皮にこだわり、後者はモラトリアム化する社会への「モラトリアムなし世代」の抵抗だとする
心理学をそのまま政治に転用するのは無茶に思えるが、それぞれの情緒からの分析においては正鵠を射ている。現代においても、戦争を潜り抜けた焼け跡世代&会社人間を生きざる得なかった団塊世代と、団塊ジュニア&「ゆとり世代」と、内ゲバ含めた「モラトリアムなし世代」と「モラトリアム世代」との不毛な対立が続いている
モラトリアムを称揚とすると同時に、「モラトリアム社会」への警告もシビアで、アイデンティティの分裂(公私混同)を許さない表の「マスコミ社会」と曖昧に動く「モラトリアム化した実社会」の対立モラトリアムゆえの無責任の言論言論の自由とプライバシーが対立し政治・行政側に利用される事態などの想定は、不幸なことに現実化している
こうした議論が1977年において展開されていることが驚きで、ポストモダンだなんだという批評が色あせて見えてしまった。サブカル論壇がいまいち突き抜けないのも、80年代以前の成果を上手く引き継げていないからではないだろうか
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最近聞いた音楽 2013年9月

なかなか更新できないので、穴埋めのために
ゲームばっかやってるんだろ、言われたら、返す言葉もないが(苦笑)


ジャズ&スタンダードジャズ&スタンダード
(1990/01/21)
美空ひばり

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ジャズ&スタンダードとあるけれど、ほとんどが日本語の歌詞で昭和歌謡の世界である(苦笑)
耳コピで英語が歌える人なのだから、なるべく原曲のリズムで聞きたかったのであるが…
レコード音源でノイズが多いとか、「My Way」が入ってないのもあるけれど、まあ、ひばり先生ならいいじゃないか思わされるアルバムだ



↑アルバムにも入っている「恋人よ我に戻れ」こと「LOVER,COME BACK TO ME」のライブ映像
こういうのを観ると問答無用にファンになっちゃう
アルバムではこれと「慕情(Love is a many splendored thing)」が英語歌詞です


フィール・ザ・ファイア~バラード・コレクションフィール・ザ・ファイア~バラード・コレクション
(1999/09/29)
スティーヴィー・ワンダー

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このクラスになると、適当に買ってもはずれがありませんな
日本で一番有名なのは、CMでよく使われるOverJoyedだろう
グラミー賞をとったYou Are The Sunshine Of My Life」、「To Feel The Fire」、「My Cherie Amour」が好みかな


CAROL-A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-CAROL-A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-
(2000/03/23)
TM NETWORK

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“TM NETWORK”はやたらベスト版、アレンジ版が多いので曲が持ってるのとかぶらないか、確認しながら買わねばならんが(苦笑)、これは1988年のオリジナルアルバム
スクウェアのゲームかというストーリーがついていて、物語に沿って曲が並んでいる
タイアップ曲が多いのがTMらしく、Beyond The Timeはいわずとしれた逆シャアのED曲、「Seven Days War」はそのまま『僕らの七日間戦争』(宮沢りえ主演!)、「Still Love Her」(失われた風景)はシティハンター2のED曲だ
管理人は小学生だったが、はっきり覚えているもんだね
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『最強伝説黒沢』 第7巻・第8巻 福本伸行

金がないと漫画も買えまへん

最強伝説黒沢 7 (ビッグコミックス)最強伝説黒沢 7 (ビッグコミックス)
(2005/10/28)
福本 伸行

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最強伝説黒沢 8 (ビッグコミックス)最強伝説黒沢 8 (ビッグコミックス)
(2006/02/28)
福本 伸行

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ついに留置所から帰ってきた黒沢は、周囲の人間からより異様な存在に映ってしまう
第7巻では、“最強伝説”が同僚たちに広がり、さらなる誇張した伝説を生む
そして、腰巾着により黒沢組が作られて、勝手にヒエラルキーができ、ついにはヤクザばりの集金構造までも!
さすがに現実で組まで作られることはないが、狭い職場のなかで風聞が一人歩きして斜め上の評判が創造されることはよくある
「あの人はキレたら怖いで」が「怖いキレる人」に変わるぐらいは余裕である。冷静に考えると、誰だってキレれれば、怖く見えるわけなのだが(苦笑)
最後は内ゲバまでも起こってしまい、個人の力に頼る組織の問題を一通り見せてくれた
ギャグの質は古くおっさんが過ぎるかもしれない。テレビ番組のパラダイスを見る者とじかにパラダイスを味わう者も圧倒的格差など、微妙におっさんが味わう現実を突いてくるのだ

第8巻は、黒沢をつけねらう者どもへの反撃だ
「そのとき歴史を動いた」を見て参考しようという辺りがおっさんの極み(笑)ながら、黒沢なりの周到な計算で悪がきどもをギリギリの線でこらしめる
おっさんは賢くなくとも、年季が生む幅は侮れない
ラストの拍手はまったく無関係ないと見なしているからの共感で、地続きの信頼関係を生むものではない
伝説の男は辛いのである


次回 『最強伝説黒沢』 第9巻・第10巻・第11巻
前回 『最強伝説黒沢』 第5巻・第6巻
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『峠』 下巻 司馬遼太郎

会津藩も悪役です

峠 (下巻) (新潮文庫)峠 (下巻) (新潮文庫)
(2003/10)
司馬 遼太郎

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江戸開城、徳川慶喜の蟄居と戊辰戦争は新たな局面を迎えた。“武装中立”の方針を貫きたい継之助は藩内を命がけで説得し、会津藩の外交工作も退ける。しかし戦火が越後に至り、薩長と東軍の戦いが藩境に及んだことで、継之助自らが官軍への談判を余儀なくされた

いよいよ官軍相手の北越戦争が始まる
しかし下巻の半分以上を占めるのは、継之助が藩を戦いに巻き込まず、かつ東軍と官軍の仲介を買って出る地位を得るための政治的な活動である
司馬はその理想的な態度に対して、安田正秀の口を借りて猛爆撃を加える。事を起こすに成功するか否かを軽んじる陽明学的な発想で、藩を滅ぼそうとしているのではないか
一見きわめて現実的に見える継之助も、安田の口撃にはたじたじで、サムライとしての美意識を持ち出さざるえなかった
紆余曲折はるものの榊原家すら官軍についた北陸戦線で、たった七万石の長岡藩が官軍に楯突けたのは、継之助の才能と意地によるものといえるだろう

北越戦争で継之助に抜擢された山本帯刀(山本義路)は、その後官軍に捕縛され刑死。維新後に山本家は再興を許されず、明治16年に許されたが帯刀の長女が戸主となり跡継ぎがいなかった
そこで同じ長岡士族の高野家から養子に入ったのが、山本五十六だった
そんなわけで継之助と山本五十六を重ねて読んでいたのだが、少しあてが外れた
薩長と奥羽越列藩同盟に挟まれた長岡藩の立場が、戦前の日本というより戦後の日本に近いからだ
二大勢力に対して第三極になることは可能か。いわば戦後日本が重武装を果たした上で、中立が可能であるかをシミュレートしたかのようだ
もちろん幕末維新の情勢と冷戦、あるいは以後の日本にそのまま当てはまるわけもないが、国家の自存自立という美名にこだわることがいかに危険か
河合継之助という極めて有能な存在をもって語らせたと思う

司馬があとがきで書いていたことが意外だった
河合継之助をもってサムライを描きたかったというのだ
江戸時代の侍は、儒教から形而学上的思考を身につけた教養階級で、実利で行動する戦国武者とは隔絶した存在だった
「どう行動すれば美しいか」にこだわる武士道倫理と、「どう思考し行動すれば公益のためになるか」の江戸期の儒教によって生まれた幕末人は「多少奇形であるにしてもその結晶のみごとさにおいて人間の芸術品」で、だからこそ現代にいたるまで世界語であり続けたのではないか、という
サムライの存在は日本人を勇気づけてきたが、ぎりぎりのところで「美」を選ぶ価値観は政治を誤ると、本作はその限界をも描いている


前巻 『峠』 中巻
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『第2回電王戦のすべて』 

NHK杯を横目しながら

第2回電王戦のすべて第2回電王戦のすべて
(2013/07/25)
不明

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コンピュータ将棋側の3勝1敗1分に終わった第2回電王戦
その出場棋士全員の自戦記に、ソフト開発者への質問強豪コンピュータによる勝負所の解析など、さまざまな角度から電王戦を振り返る
観戦記については、ニコニコ動が掲載されたのと同じものであるが、全体的にはタイトルに偽りなしの内容であると言っていいだろう
日本将棋連盟発行ながら出場したプロ棋士とともに、ソフト開発者の熱意を称えるスタンスは、コンピュータと人間の共存共栄という電王戦のテーマにかなったものだと思う

本書の目玉は、ときに赤裸々に語られる棋士の自戦記
特に『将棋世界』でも詳しく触れられていなかった、第4局の塚田泰明九段、第5局の三浦弘行九段の自戦記は、電王戦参戦が決まる経緯やその直前の状況まで語られていた
塚田九段は軽い気持ちで立候補したものの、おそらく若手棋士が中心になると想定していたそうで、研究会でソフトの進化を知って愕然としたという
兄弟子でコンピュータ将棋の研究者である飯田弘之教授に聞いたところ、「斬り合っては駄目。まったりと押さえ込んでチャンスがあれば入玉を狙え」と言われ、攻め100%の棋士人生を送ってきた自分には無理だ、と辞退も考えたそうだ
三浦九段の場合は立候補していないにも関わらず、A級棋士でも出さないと興行が盛り上がらないと要請を受けていた
しかも、自身が名人戦に出場する場合は電王戦の参戦が延期されることになっていて、念願の名人戦出場がなくなった時点で電王戦の最終戦が決まるという、モチベーション的に最悪の状態に臨むことになった
もちろんそれは世間への言い訳になりえないが、コンピュータ将棋へのリテラシー、出場棋士への人選など、連盟側の課題を浮き彫りにしたといえる

本書を読んでいる間に、ニコニコ動画では電王戦で対戦した同士がコンビを組む電王戦タッグトーナメントが開催された
優勝したのは、現役プロ棋士で初の敗戦を味わった佐藤慎一四段とPonanza組で、佐藤四段が要所でPonanzaの提案を蹴って逆転勝ちするという面目躍如だった
そうしたこともあって読後感としては、人とコンピュータの決着はまだまだこれからという気になった。GPS将棋と三浦九段の将棋も、GPS側は仕掛けた後に考えを改めて違う手を見つけたらしく、たまたま成立した仕掛けだったという
第3回電王戦は、コンピュータのクラスタは禁止され、プロ棋士は最新ソフトと研究する機会を得ることになった(ソース→http://nikkan-spa.jp/496100
ある意味コンピュータ側が人間に譲歩した内容で、世間的にはまさに背水の陣だ。負けられないというプレッシャーから解放されたプロの逆襲に期待したい
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