『紫禁城の黄昏』 レジナルド・フレミング・ジョンストン

訳者のあとがきの充実から、岩波でよいかと

紫禁城の黄昏 (岩波文庫)紫禁城の黄昏 (岩波文庫)
(1989/02/16)
レジナルド・フレミング ジョンストン

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清朝最後の皇帝宣統帝溥儀の家庭教師を務めたイギリス人ジョンストンによる、溥儀と紫禁城の回顧録
ジョンストンは大英帝国の官僚で植民地経営や中国との折衝に関わっており、清朝が国民党政府によって終わったあとの1919年に紫禁城に入り、溥儀が紫禁城去る1924年までを、一人の清朝関係者として描いている
訳者のあとがきによると、原書は前半に変法運動から滅亡までを振り返った一~十章と、変法派の評伝などもあったが、文庫にするにあたって割愛されている
前身は植民地官僚であり、家庭教師になってからは王朝の価値観に浸かった著者は、決して客観的な観察者ではないし、政治色の濃さから観察記として成立する部分だけ選んだのは正解だろう

『蒼穹の昴』を読んだあとだと、どうしても種本として見てしまう
たとえば、西太后の使っていた宮殿のひとつに、乾隆帝が最後に過ごした宮殿があり、そこにはただ山があって皇帝は瞑想をしていたという。小説では、西太后がそこで乾隆帝の亡霊に伺いを立てる場所に使われていた
また、康有為に対する梁啓超の弔辞として以下の言葉を紹介している

「新中国の歴史を書こうとする者は」と梁啓超は述べている。「その第一章として、一八九八年の事件以外のものを据えることはできない」。本書を書くにあたって、私はその示唆にしたがった。(p426)

『蒼穹の昴』に始まる浅田次郎の中国サーガはおそらく、この言葉に規定されていると思う
清朝が滅亡したあとに紫禁城で皇帝を温存したのは、北京の国民党政府が立憲君主制の余地を残す意図があるようで、イギリス人のジョンストンは紫禁城を立憲君主の宮廷に啓蒙すべく家庭教師を務めていた
立憲君主制の日本人としてはイギリス人の活動を目を細めて見てしまうが、こうした考え方は現実の中国ではずっと少数派で現実味のないものだったことを抑えておかなくてはいけない
立憲君主制へのはかない夢が本書の醍醐味といえる

そうした著者の偏向を抑えて読めば、面白い観察記だし、一人の人間が自由を手にする物語に読める
皇帝の側室がなくなったら、それに仕えていた宦官が遺品を勝手に懐に入れる習慣とかはにわかに信じ難い話もあれば、ある事業に予算をつけるといろいろと口を出して賄賂をとり末端に行くとバカみたいな金額になっているとか、日本のテレビ制作や原発の下請けに通じるような身近な社会問題もある
中国の軍閥の駆け引きなど、著者の立場から真に受けられないが、満州を独立させる構想など興味深いものがある
各方面に大きな影響を与えている古典であるので、訳者のあとがきをしっかり読んで当事者の証言として付き合おう


関連記事 『蒼穹の昴』 第1巻・第2巻
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『軍靴のバルツァー』 第1巻 中島三千恒

ドイツ版「坂の上の雲」?

軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)
(2011/07/08)
中島 三千恒

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ネットで名前を聞くのでちょいと
架空のヨーロッパを舞台に19世紀の戦争を描いた漫画で、主人公バルツァー少佐プロイセンをモデルにしたヴァイセン公国から派遣された士官で、小国であるバーゼルラントの軍制改革にあたる
プロイセンがドイツ統一を目指して動き出す、普墺戦争(1866年)から普仏戦争(1870年)が作品の対象年代のようで、日本においてちょうど幕末、明治維新と同時期だ
銃の技術史においては、鉄砲の先からこめる前装式(先込め)から尾部から込める後装式(後込め)に変わっていく過渡期で、作中でもボルトアクション式ライフルフリントロック式マスケット銃の対抗戦が描かれている
前装式は立って射撃準備しないといけないのに対し、後装式は伏せて敵を待ち構えることができた
ちょうど、大河ドラマ『八重の桜』と内容が重なるので、比較して読んでいくと面白そうだ

漫画そのものは、ガンダム漫画風というか、それほどシリアスではない
主人公が来た初日に、大砲演習の抗議にきた集団のあとをつけて追跡しだすとか、とある士官のしごきを咎めたら王族で囚人同士の演習に発展するとか、ノリ重視の展開が目立つ
あまり、史実にこだわらないという宣言にも見えて、おかげで気楽に付き合えそうだ
その一方で、祖国のヴァイセン公国に「軍国」という言葉があてはめれられ、「非常時において人格を切り離し、理に従う この思考こそ軍国の訓育の要」という台詞があるように、銃と戦術が発展していく先にどういう地獄が待っているかを見通そうという姿勢がある
この漫画なら「丘の向こう」が見えるかもよ


次巻 『軍靴のバルツァー』 第2巻

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(2012/04/06)
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愛と情熱の戦後 『コードギアス 反逆のルルーシュ』のまとめ

第二期を見て考えが変わってしまうかもしれないが、とりあえず


1.キャラクターデザインと内容のギャップ

『コードギアス』のキャラクターデザインは、いわゆる今風で細身で美形の顔立ち、手足は細長く、顔が小さいせいで等身がおかしい(苦笑)
はたしてこんな体で戦って大丈夫かと、最初は違和感を覚えたが(オジサンなのです)、いざ話が進んでいくと自然に見ることができた
まず、動かす側が慣れていること。この身体に活劇をさせるノウハウが成熟していて、危ういところも間を短くして乗り切っていた
見た目の身体性は疑わしいが、上手く動かすことでカバーできている

もう一つは、見た目戦えない体であることが、特に主人公に関しては嵌っていることだ
ルルーシュは外面を普通の高校生として振る舞い、仮面を被って革命を行う。ただの高校生を演じるために、この華奢に見える体はフェイクとして役立っている
こうした外見と行動のギャップは、「本来おとなしく見える奴なのに、裏ではこういうことを考えている」、あるいは「一皮剥けば、まったく違う人間性が出る」といったキャラクターの二面性を使い分ける段で、意外性を生んで視聴者を驚かせていく

しかし、外見と行動の差を利用した表現は、王道ではない
邪道ではないにしても一種の詭道であって、視聴者が慣れてしまえば一つのパターンと認識されてしまう
『ガンダム』にしろ『エヴァ』にしろ、キャラクターデザインと作品の性質が合致していたから躍動感があったわけで、それに比べて『コードギアス』は理屈抜きの表現からは入りにくい
このギャップは確実に見る側をふるい落としてしまうだろう
複雑な設定やキャラデザと内容のギャップを把握してくれるコアな層向けのシリーズといえる


2.ロボットに対する超能力の優越

ロボットアニメの老舗であるサンライズの作品なので、本作にもナイトメアという人型兵器が登場する
しかし、もっとも存在感を表すのは、タイトルにもある「ギアスである
ナイトメアは実際の戦闘で中心的な役割を果たすものの、その中の人間を「ギアス」は捉える。数々の局面でナイトメアは引き立て役に甘んじる
C.C.からルルーシュに与えられたギアスは、他人を意思どおりに動かす能力であり、内面をも支配する(記憶を消せる!)
一人につき一回だけ、直に人間通しが顔を合わせなくてはならないという制約があるものの、その威力は作品を通して猛威を振るった。マオ以降、その力をさえぎる者はついに現れなかった
有無を言わさないところ、まさに無謬の権力」を象徴するような能力で、そのような絶大な力を託された青年がいかなる世界を作るかが、この作品のテーマといえる

ナイトメアはだいたい一話のどこかで顔を出すものの、ストーリーの中心を握ることは少ない
「ギアス」という超能力が物語の核心を握り続け、ロボットものの体裁をとりながら、内実は『デスノート』な知的犯罪者と革命を組み合わせたピカレスク・ロマンである
ここまでロボットに足をとられず、踏み台にしたサンライズ作品は珍しいのではないだろうか
ナイトメアというハードがではなく、ギアスに代表されるソフト・パワーが情報社会の現在を制するという視点もあって、現代なりの戦争観も抑えられている


3.石原慎太郎的な史観

コードギアスにおける日本は、架空の戦後を生きている
無条件降伏した日本はブリタニアに占領行政が続き、51番目の州ならぬ11番の属州「イレヴン」と呼ばれ、日本人はゲットーに押し込められブリタニア人が「租界」を築いて統治している
ブリタニア統治かで経済成長をはたしたと言われながらも、ブリタニアの日本人に対する迫害は続き、日本全体が今の沖縄、紛争という意味ではパレスチナのような状況に陥っている
日本の民主主義が根付いていないのは、与えられた国民主権だから、という論説が昔からあり、かつては右翼の論客から本土決戦をやってそこから立ち上がれば、本当の意味の国家になれたという話もあった
じゃあ、それを試してみましたというのが、この世界観なのだ

果たしてどれだけ現代日本への批評性があるのか、真に受けにくいのだが、一つ象徴的に使われているのがルルーシュの親友にしてライバル、スザクである
彼は本土決戦を叫ぶ父親を殺し無条件降伏に導いた過去をもつ。ブリタニアに忠節を尽くすことで、体制内から日本人の地位向上を目指す
マオによって内面を暴かれたスザクの姿は、戦前の日本を父殺しした反動で国際社会という名のアメリカへ病的に適応しようとする今の日本を示したいかのようだ
これはおそらく、「小泉内閣によって新自由主義が吹き荒れ日本の苦しみが増した」「グローバル化した環境にイマイチいけていない」とした、ここ20年の日本から導きだされたものだろう
高度経済成長もジャパン・アズ・ナンバーワンなバブル時代も無視した短絡的な日本像といえる

これに対するルルーシュの答えは合衆国ニッポンであり、ブリタニア(アメリカ)という外圧ではなく、自ら理念を打ち出して行こうというもの
その結果は、自主的にアメリカとなってアメリカを超えるという志向であり、日本人にとってある意味裏切りである
最終回にカレンに「日本を利用したのか」と問われ、「結果的に日本が良くなればいい」との返しは苦しい


4.『愛と情熱のファシズム』との比較

種本かどうかはともかくも、物語の構成は似ている

①鈴原冬二と「ゼロ」の出会いから計画が開始 - ルルーシュはC.C.と出会い力を手にする

②ライバルの革命勢力の粉砕 - 「日本解放同盟」を潰し吸収する

③リベラルな万田首相を謀殺 - 結果的に行政特区「日本」を潰し、ユフィーを殺す

④クーデターをし世界を敵に回す - 東京租界へ進軍する


構成のみならず鈴原冬二はアメリカ帰りのハンターで、ルルーシュはブリタニアの王子と、ともに主人公は外来種である
注目すべきは万田首相の擁護する「戦後日本」と、行政特区「日本」の類似性で、ともに征服者によって設定された枠組みを積極的に利用することで発展しようとするもの
両主人公はともに「戦後日本」を憎み、日本人的な発想であるがゆえに潰そうとする。そこにはグローバル化した世界の中で、他国の都合で設定された枠組みで国家を運営するのは限界だという認識もある

しかし、『コードギアス』は村上龍の小説より、いくつかの点で洗練されている
まず自分が外国人で外国の考えを日本で実験しようとしていることに自覚的であり、覚悟をもって「戦後日本」を営もうとするユーフェミアを認め、革命家としてちゃんとピリオドを打った
『愛と情熱のファシズム』では、外国かぶれという点がむしろ長所としてしか見られず、万田を農民の発想として謀殺し、夢のような革命に成功した。作者の欲望が表出してバランスを欠いていた
革命家は強権で体制を作るが、そのまま強権を振るえば専制政治にしかならないので、どこかで革命家は去らなければならない
失敗したとはいえ、革命家の宿命に殉じた「ゼロ」の方が一本筋が通っているし、違う選択肢を認めた『コードギアス』の方が作品として大人といえよう


国家論などを抜きにして楽しいアニメだった
SEEDのおかげでハードルが下がっていたとはいえ、ここまでサービス精神旺盛で一話一話驚かせてくれる作品と出会えたのは幸せだった
不死の少女、頻発な記憶喪失、平和すぎる学園と数々のご都合要素も、シリアスな世界観にエンターテイメントへの逃げ道を残す意味で大事だったのではないだろうか
ただでさえ理屈が先行するストーリーである。話作りのタヴーではあっても、芸能として降ろすために不可欠な要素だったと思う

表現の上では課題もある。日本人もブリタニア人も見た目が変わらんのだ(苦笑)
アニメ表現の歴史がユニバーサルな表現を強いるのは分かるが、ファッションぐらい日本人はみんな着物にするぐらいのラディカルさは欲しかった
「ギアス」一度使ったら戻らない不可逆な力、「権力」の表象と思え、第一期でルルーシュが「革命家」として権力の使い方を学んで、第二期に「政治家」として羽ばたくみたいな想像をしている
放送時間が深夜から日曜午後五時に変わったことでいい影響が出るとは思えず、作品に対するハードルは下げるものの、期待して観たい


感想 【DVD】『コードギアス 反逆のコードギアス』 第1話~第4話

関連記事 『愛と情熱のファシズム』 上巻

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【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第23話~第25話

一貫したピカレスク・ロマンとして評価できる

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<第23話 せめて哀しみとともに>

ギアスで起こった虐殺から、「黒の騎士団」が動き出した。政治集団「キョウト」をも傘下に収めたルルーシュはユーフェミアを射殺し、高らかに「合衆国ニッポン」を宣言。日本人の集団を引き連れて、東京租界へと向かうのだった

合衆国ニッポンという言葉で、ルルーシュの政治的信条は明確になった
『愛と情熱のファシズム』の主人公鈴原冬二に近く、よりアメリカたることでアメリカを超えようというわけだ。作品世界に天皇が出てこないのは、菊のタブーであると同時に、共和制への志向を示すものといえる
史観も石原慎太郎なら、信条も石原慎太郎だったわけで首尾一貫している
ただ、「キョウト」の当主スメラギ・カグヤという少女がいて、彼女に対するルルーシュの態度は保留されているので、天皇制を否定するかまでは分からない
「合衆国」という言葉を使うことで、ブリタニアを大英帝国に見立てた独立戦争のイメージを作ったのは、歴史資源の上手い使い方だと思う


<第24話 崩落のステージ>

東京租界を守るブリタニア軍に対し、ルルーシュは外縁部のビルを倒壊させて混乱させた。租界に侵入した「黒の騎士団」は放送局とアッシュフォード学園を占拠し、政庁も包囲する。ルルーシュはガウェインを駆って政庁の庭園に侵入、コーネリアに一騎打ちを挑まれる

クライマックスに入ったからか、オープニングが浅倉大輔の曲に変わった
ブリタニア軍に対するルルーシュの秘策は、地形から揺さぶる三国志的計略!
ユーフェミアを殺したことで吹っ切れたのか、贅沢にギアスを使っていく
ナイトメアの操縦が下手という欠点をしっかり残して、緻密な謀略で勝つ。悪漢ぶりを最初からここまで通したのは大したもんだ


<第25話 ゼロ>

コーネリアにギアスをかけても母を殺した犯人は分からなかった。C.C.の感知によりナナリーがさらわれたことを知ったルルーシュは、騎士団の指揮をそっちのけで神根島へと向かう。強化ジェレミアの相手をC.C.に委ね、古代遺跡に入ったルルーシュだがスザクに追いつかれて・・・

ルルーシュは革命家失格に終わった
革命の志が一個人の心情から始まるものであっても、それを優先していいわけがない。自身がその身命を捧げることは最低条件のはずなのだ
それでも、視聴者としては失格でホッとするところもある。人間味の欠片もない主人公など面白くない
ちゃんと革命家としてピリオドと打ってくれた点は、『愛と情熱のファシズム』より評価できるだろう
ナナリーがV.V.(ブイツー)に連れて行かれるところはご都合で、島への移動手段など光の翼でも持っているのかと突っ込みたくなるが(笑)、こういうオカルト要素が作品の潤滑油なので生温かく見守ろう

C.C.の存在も核心の部分は語られず、ラストも多くの謎の残した
直接的には第二部への引きではあるけれど、登場人物、設定の多さは元から続編を想定していたと思われるので、R2もネタに困ることはなさそうだ
放送の時間帯が日曜午後5時に移ったことで、表現に鋭さがなくならないか心配だが


前巻 【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第20話~第22話

関連記事 『愛と情熱のファシズム』 上巻
     愛と情熱の戦後 『コードギアス 反逆のルルーシュ』のまとめ

村上龍の小説にも「ゼロ」っていう登場人物がいるのね
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『検索バカ』 藤原智美

Bクラスの下位打線ぐらいのアベレージ

検索バカ (朝日新書)検索バカ (朝日新書)
(2008/10/10)
藤原 智美

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最後まで読むと、それほど悪くはなかった
まずタイトルに偽りがあって、ネット社会の「検索」については最初の一章だけ。その後は「クウキ」の話が延々と続き、最後に「検索」と「クウキ」を結びつけて、現代社会の風潮に警告するという結びになっている
書籍のタイトルをつける権利は出版社にあるそうで、サブタイトルで内容をフォローするぐらいのことはしていただきたい
本書の特徴は著者が芥川賞作家で、自分の直感や経験を重視している
この本のためにいろいろ調べられたそうだが、そこから具体的な統計、資料などは出てこず、個人の印象・体験を根拠に論が展開されているのだ
そのために、提示される例に対して容易に反論を立てることができるだろう
この本は社会を批評的に見たものというより、作家の作品として読むべき代物だ

かなりぎこちない構成で、過激な事件で世相を探るとか通俗的手順を踏むものの、作者が全体として語っていることの根本はそれほど間違えていないと思う
ネットの情報の海に翻弄されて、ついつい「検索」することが「思考」したことだと勘違いする。あまりに簡単に情報を引き出せるゆえに、それを持って短絡的に答えを求めてしまう
かつて「世間」が存在していた時代には、共同体の「空気」によって各人の行動が決定づけられていたが、「世間」が消失した現代ではぼうと漂う「クウキ」が人間を拘束する
ニュアンスとしては分かる
「世間」の相互監視のもとで品性のある人間のように行動していたのに、監視の目がなくなった途端にダメ人間の行動をとるのは「モラルがなくなった」からではなく、「世間」という裏づけがなくなったためだという指摘は鋭い

ただ、ネット社会が思考停止に作用しているかというと、必ずしもそうではない
検索した時に出る「ランキング」が世の中を動かすということは消費社会とマスコミができたときからあるわけで、人気が人気を呼ぶという現象は以前から起きていた
むしろネット社会ができたことで、そのランキングがいかに作られるかという仕組みにも目が届き、厳しく査定されるようにもなった。オリコンチャートに真に受ける者が何人いるかという話だ
「空気を読め」「KY」という流行語に関しても、「空気」の魔力が失われてきたからこそネタ的に飛び出したことで、「空気」が通用する共同体がかなり限られてきたことを示していると思う
作者は主義者ではなくこういうことにも留意していることはうかがえる。ならば、もう少し打率の高い作品にして頂きたかったかな


関連記事 『「空気」の研究』

本書では山本七平の「空気」を意思決定の過程に働くものと限定していたが、もっと広汎な範囲に関係してくるものだと思う
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『大清帝国』 石橋崇雄

清朝のイメージが変わる一冊

大清帝国 (講談社選書メチエ)大清帝国 (講談社選書メチエ)
(2000/01)
石橋 崇雄

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女真族の一部族がいかにして、中華世界に君臨したか。現代中国を規定した巨大王朝の全貌に迫る
清朝というと辛亥革命の文脈から征服王朝」の烙印を押されがちである
しかし、現実の中共政府は清朝の領土・構造を引き継いでおり、本書では清朝を既存の華夷秩序を超越した世界帝国として捉え直し、ヌルハチからホンタイジ、順治、康熙、雍正、乾隆までの発達と変遷を辿っている
清朝の特徴を為すのが八旗制だが、ヌルハチの代から漢族、モンゴル族の八旗が存在していた
マンジュ国時代から多民族国家として始まっているからこそ、漢族やモンゴルを上手く扱いながら、満州族のアイデンティティを保つことができたのだ

清朝が「征服王朝」といえないように、明朝も「漢民族の王朝」と言い切れない
そもそも漢民族の定義が政治・文化概念であると同時に、明朝自身が特に永楽帝に代表されるように元朝を引き継ぐ意識を持っていた。朱元璋ですら、漢族と非漢族を「一視同仁」するとしていた
しかし、明朝は北京を首都にしたものの、モンゴルを取り込むことができなかった
清朝は明朝の構想を受け継ぎ、モンゴルを包括した世界秩序を作り出したといえるのだ
新しい世界帝国を完成できた理由は、マンジュ国が持っていた柔軟な八旗制民族ごとに三つの顔を使い分けたことだ
満州の八旗に対しては満州族の首長(ハン)として、モンゴルに対してはモンゴルのハンとして、漢民族に対しては天命を受けた皇帝として振舞った

八旗は王朝成立後に役人化が進むものの、元はそれぞれ皇族に仕える旗人であり、中国では宋代で絶滅した貴族階級であった。皇帝と皇族も君臣ではなく肉親の関係であり、皇帝でも無視できない存在だった
満州族の慣習で生前に皇太子を立てることが許されず、中国を統一した康熙帝ですら取り消しを余儀なくされた(雍正帝のときに後継指名を死後公開にすることになる)
立太子がないことで皇族はお互いを切磋琢磨することになり、有能な後継者を生むことができた
宦官を重用しないなど、満州族の習慣を持ち込むことで従来の王朝が持っていた弊害を押さえ込むことができた

しかし、ハイブリッドな帝国を維持するのも容易ではない
満州族の風習を維持したまま、漢皇帝を演じるために苛烈な思想統制も必要になり、辞典が編まれるともに焚書も行われた
『蒼穹の昴』では亡霊で活躍した乾隆帝も、本書ではケチョンケチョンである
周辺国を畏服せしめる「十全武功」も異民族を「藩」(従属国)して安全保障上、世界帝国として完成させたものの、国庫はすっからかんになり国力が衰える契機となった
また、晩年に和珅という官僚を猫可愛がりしたり、汚職を蔓延させた
親の代までで内政面の課題にめどがついたから、鬱屈してしまったのだろうか
清朝の「八旗・漢・藩」の構造は、例えば「藩」が「民族自治区」という形で中共政府に引き継がれている。「八旗=党員」「漢=人民」と当てはめるのは少し強引?
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【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第20話~第22話

やりおったな。悪い意味で

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福山潤、櫻井孝宏 他

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<第20話 キュウシュウ戦役>

中華連邦の後押しを受けた元官房長官・澤崎敦の軍が北九州に上陸した。傀儡政権「日本」の出現に「黒の騎士団」は黙殺を決める。スザクは鎮圧作戦で動員され、飛行戦艦アヴァロンに乗り司令部への強襲作戦を実行する。無謀な作戦にランスロットのパワーが尽きようとした時、ゼロのナイトメアが姿を現す

スザクが凹む回が続いたのでダーク化が心配されたが、この回で持ち直した
ニーナ→ユーフェミア→スザクというポジティヴの連鎖は、伏線の回収ふくめてうまくまとめている
プライベート回線での愛の告白は、キングゲイナーを彷彿とさせよう
戦争の形態が大戦略的なのが意外で、もうちょっと近未来してもらいたかったかな


<第21話 学園祭宣言!>

キュウシュウ戦役の影響で「黒の騎士団」は政治目標が必要となった。ルルーシュは独立国家「東京」建国を訴え、クーデター計画を練る。そんな中、アッシュフォード学園では学園祭が催され、ブリタニア、イレブン問わず様々な階層の人間が集まって・・・

一般に解放された学園祭ということで、いろんな関係者が集まってくる
マスコミ、軍人、扇と記憶喪失の姉ちゃんに、ユーフェミアまでお忍びでくる
何気にルルーシュの母がナイトメア乗りだったという、衝撃の事実が出た。それを若本皇帝が見初めたというのはいちおう腑に落ちる
ラストはそんなことで政治が動くかと言いたいが、リアルの日本にも「最低でも県外」と言い出した人がいますからね(苦笑)


<第22話 血染めのユフィー>

ユーフェミアの宣言した行政特区「日本」構想は順調に動き出した。ブリタニア主導で日本人の権利が回復されると「黒の騎士団」の存在理由がなくなってしまう。対応に迫られたルルーシュは、「日本」立ち上げの会場にゼロとして姿を現しユーフェミアと対面するが・・・

行政特区「日本」という構想に感心した
もしこれが実現すれば、これまで描いた石原慎太郎史観ともいうべき作中の日本が、敗戦から講和条約で独立するまでの期間として歴史的に収まるからだ
独立までの間、社会党中心の連立政権ができたように左翼が力を持ち、独自憲法を唱える団体も多かった
キュウシュウ戦役を朝鮮戦争にあてはめれば、1945年~1955年あたりの日本を批評的に描いたものとして成立したのではないだろうか
ルルーシュがユーフェミアを「一番手強い敵」と評したのは、それによってテロの季節が終わってしまうからだ

しかし、その構想も一話にして潰えた(苦笑)
ルルーシュのギアスが暴走したのはいいとして、さながらサン・バルテミーの虐殺に発展したのはワル乗りというしかない
ユフィーにこんな役回りをさせたのは、アニメ・ゲーム等の世界で理想政治を実現してしまう姫様たちへのあてつけだろう。キャラデザ的にはSEEDのラクスあたりが確実にターゲットだ(笑)
なぜ、彼女の構想を潰したか。終盤に向けてドンパチする口実がなくなるからだろうだが、理想主義がどう挫折するか、描いてもらいたかったな


次回 【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第23話~第25話
前回 【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第17話~第19話
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【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第17話~第19話

第二部の影響はどこから出るのか

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<第17話 騎士>

スザクの父殺しを知ったルルーシュは、彼に妹ナナリーを任せようと考えていた。そんな時、「黒の騎士団」は日本解放同盟の残党から捕虜になった藤堂の救出を頼まれる。天才技術者ラクシャータから新型ナイトメアが支給を受け、救出作戦に開始したが、その前にはスザクのランスロットが現れて・・・

この回でルルーシュはランスロットのパイロットがスザクと気づく。彼はスザクをナナリーの“騎士”にする計画が破綻し、ラストで狂い笑いする
衝撃なのはこれだけ戦場で会っていて知らなかったことだ(苦笑)
本作は情報戦重視の演出で、誰が何を知っているか知らないかが大事なのだけど、これは意外だったな
スザクがどういう任務についているか、親友ならばアンテナを張ってしかるべしだし、ロイドのずさんな研究体制なら機密を盗むぐらい大したものではないし
悲劇というより、喜劇にしか思えなかった

ルルーシュが藤堂に対する説得の仕方は、懐かしい言説だ
日本は本土決戦をしなかったから、ふにゃけた戦後が生まれたのだという史観である
どこかの右翼の論客がアメリカ人に「なんで徹底的にやってくれなかったんだ」と吹っかけ、「でも、次があるじゃないか」と返されたという逸話を聞いたことがある
もっとも作中の日本は実際の日本とは遊離した偽史というより、ファンタジーなので余り深く考えても仕方ないだろう


<第18話 枢木スザクに命じる>

枢木スザクは、ユーフェミアの“騎士”に選ばれた。異例の騎士叙勲に波紋が広がるが、学院では歓迎パーティーが開かれた。「黒の騎士団」は藤堂のグループも加わり、組織が改変されるが、情報担当のディートハルトはスザクの暗殺を提案する。それを蹴ったルルーシュは、スザク捕獲作戦を立てる

ルルーシュはスザクを説得するときに、こういうレトリックを使う
「ルールを破っては正しい結果を得られない、意味がない」というスザクに対し、彼の守ろうとする「戦後」がスザク自身のルール破り(父殺し)によってなされたことを指摘する
改革か革命かというスタンスの違いで、論としてはどちらにも理がある
作中の日本には隔離と虐殺というパレスチナな状況があるので、これが残る以上はスザクの分が悪かろう
ラストは、禁断のギアスにミサイル攻撃、飛行戦艦が重なって・・・ぐちゃぐちゃだ(笑)


<第19話 神の鳥>

飛行戦艦の砲撃を受けたあと、謎の現象でルルーシュ、スザク、カレン、ユーフェミアは無人島に飛ばされてしまった。スザクはカレンの正体を知り、ルルーシュはユーフェミアに正体を明かす。飛行戦艦の主、ブリタニア第二王子シュナイゼルは、妹の捜索をさせつつ無人島の古代遺跡を調べさせる

敵対しあう登場人物を対話させるためとはいえ、ぶっ飛び過ぎだろう(苦笑)
イレギュラーが発生して飛ばされなかったら、重要人物ぜんぶ死亡なわけで、シュナイゼルの発想はありえない
お話の展開にしても妹の捜索に全力を尽くさず、古代遺跡を調べ新型ナイトメアを盗まれるとか、あまりにもご都合過ぎではないだろうか
スザクにかけたギアスが明かされる締めでかろうじて救われた回だ

ルルーシュにとってユーフェミアは第二の妹みたい位置づけで、彼女からコーネリアもルルーシュ母を慕っていた、と聞かされると復讐の執念も色あせてくる
ナレーションも17話から、目指す道として過去-復讐、未来-妹が暮らせる世界の二つがあると提示された。果たして彼が選ぶのは?


次回 【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第20話~第22話
前回 【DVD】『コードギアス 反逆のルルーシュ』 第14話~第16話
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『蒼穹の昴』 第3巻・第4巻 浅田次郎

陳さんの解説の99%が薀蓄でワロタ

蒼穹の昴(3) (講談社文庫)蒼穹の昴(3) (講談社文庫)
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浅田 次郎

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蒼穹の昴(4) (講談社文庫)蒼穹の昴(4) (講談社文庫)
(2004/10/15)
浅田 次郎

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光緒23年、西太后の勇退が決まり、光緒帝の親政が始まろうとしていた。しかし、復帰を警戒する変法派は鉄道を見学する太后に爆弾テロを仕掛け、保守派と変法派の権力闘争が表面化する。光緒帝の勅令と太后の懿旨が乱れ飛ぶ二重権力状態となり、百日維新は大混乱に陥った。変法派は北洋軍閥の実力者・袁世凱に起死回生の望みを託すが・・・

清朝末期を舞台にした壮大な歴史絵巻の幕が下りた
最初にことわっておかなくてはいけないのは、普通の歴史小説ではないということだ
オリジナルの人物を史実に放り込むスタイル解説の陳瞬臣が先達だけど、まったく方向は違う
「歴史」の実相に近づくために「小説」したわけではなく、「小説」を描くために「歴史」資源を動員している。『壬生義士伝』同様に、あくまで「小説」としての面白さにこだわった作品であり、だからこそ、乾隆帝の亡霊や占いババア、女スパイなどが無双しているのである
人物像については1・2巻に比べ、中国人を日本人の延長で書かれており、身近に感じると同時に違和感を覚えた。外国人同士が会話するのに、この壁の無さはなんだろうか
百日維新の顛末以外で、ここから当時の雰囲気を想像するのは慎重であるべきだろう。清朝だけに(えっ

梁文秀のモデルは名前がかぶさる梁啓超だけではなく、変法運動に参加した様々な人物の逸話が取り込まれているようだ
日本へ亡命するところは梁啓超そのままだが、外部で弁論活動をしていた人で中央官僚の文秀とは毛色が違う
春児の上司である宦官・李蓮英は、百日維新後も西太后の信任厚く、少なくとも義和団の乱までは後宮をまとめていたようだ。一説には彼が宗教を通して義和団とつながっていたといわれる
二人の主人公を立てるために、フィクションの闇に葬られた悲運のキャラクターといえよう(笑)

この作品で影の主役といえる存在が二人いる。乾隆帝李鴻章
特に李鴻章の、香港を割譲させようとするイギリスに対し百年の租借で済ませるところが白眉のシーンだと思う
割譲なら二度と戻ってこないが、租借ならば立派な都市ともに返ってくる
この小説が刊行されたのは1996年であり、香港が返還される前年李鴻章の思惑が百年来に実ったわけであり、多くのフィクションを伴うなかでここを抑えた着眼点は素晴らしい
清国は衰亡するが、彼らの行いが今の繁栄(昴)につなげる史観を示した点はただしく歴史小説なのだ
アクの強い泣き演出があって王逸の脱獄とか順桂の爆死とかでやらかしていたりと、人を選ぶ作品ではある
それでも、真面目な大河小説だとハードルを上げずに、『蒼天の拳』だと思って鷹揚に構えれば十分につきあえるはずだ


前巻 『蒼穹の昴』 第1巻・第2巻

続編 『珍妃の井戸』
   『中原の虹』 第1巻

蒼穹の昴 DVD-BOX 2蒼穹の昴 DVD-BOX 2
(2011/02/04)
田中裕子

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『最強伝説黒沢』 第3巻・第4巻 福本伸行

生きてりゃ勝利なんていうのは・・・動物の話だ・・・!

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前巻でいいように嬲られた黒沢は、第3巻で不良中学生たちに逆襲する
助けてもらった後輩たちの前で醜態を晒させ、心身ともに追い詰められたことに対し、自らの誇りを取り戻すべく決闘を宣言するのだ
後輩たちに説明した、決闘を決意するまでの経緯は、なるほど怯えた人間を奮わせるものがある
しかし、その高揚で決闘まで行けないのが人間というもの。「生きてりゃ、勝ち」では気が済まないが、死にたくもない
一人になると底なしに落ち込み、人前では殊勝な態度で虚勢を張る。その振幅を残酷なほどたどっていくあれっ、本当に決闘する気なんてあったっけ・・・
問われているのは決闘の是非というより、何かを変えるための勇気であり姿勢である。新しいことを始めるのは、なにしろ怖い!

第4巻ではこれまでの独白的な内容から、一気に格闘漫画へとチェンジする
不良たちが助っ人して中学一のワル・中根を動員したからで、黒沢との間にキックボクシングのような攻防が始まる
工事現場で鍛えられてるのは分かるが、どこにこんなスタミナがあるのか。警察は来たらどうするのか
そんな細かいことがどうでもよくなるほど、ボクシングもののような熱い決闘が繰り広げられるのだ
福本伸行自身に格闘技の経験があり、黒沢に「面白い」と語らせるほど作者が投影されていて、森恒二の『ホーリーランド』のような様相だ(苦笑)
最後は得物まで持ち合って・・・どこまでやる気なの!?


次巻 『最強伝説黒沢』 第5巻・第6巻
前巻 『最強伝説黒沢』 第1巻・第2巻
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