『日露戦争史 20世紀最初の大国間戦争』 横手慎二

本のレビューとしては今年最後の記事となるかな

日露戦争史 - 20世紀最初の大国間戦争 (中公新書)日露戦争史 - 20世紀最初の大国間戦争 (中公新書)
(2005/04/25)
横手 慎二

商品詳細を見る


日露戦争とは歴史的にどういう意味を持つ戦争だったか。日本とロシアそれぞれの視点に立って、戦争の捉え方、影響を分析した新書
『坂の上の雲』を読了したので、現代の研究ではどう扱われているか確認する気で読んでみた
本書の日露戦争も、『坂の上の雲』で書かれていたイメージとそれほど違いはない
ただ、ロシア側の事情にも多く紙数を割いているので、彼らにとっての日露戦争観が良く分かる
日本が勝った要因の一つに、ロシア側が日本から戦争を仕掛けてくると思っていなかったことがあげられる
開戦当初に旅順艦隊が近海の制海権を失うことを想定できず、日本軍の大陸上陸を何ら妨害することもできなかった。そして、満州の陸軍も準備が整っておらず、分散していて数も足りなかった(それでも日本軍よりは多かったが)
日本側は日本側で、『坂の上の雲』では慎重派とされた井口省吾少将ロシアを過少評価する数字をたたき出して、陸軍はわりあい楽観的に開戦を決意したという

『坂の上の雲』と見方が変わりそうな人が何人もいる
例えば、ポーツマス条約の露代表だったウィッテは小説内で日露戦争反対の開明派とされ善玉イメージであるが、実際のところロシアの極東侵出を進めた張本人
財政不足で反対が多かったシベリア鉄道建設を強行し、沿海州の支配を確実にするために満州の鉄道をウラジオストックまで敷設する権利を中国からもぎとっている
確かに、リアリズムの立場から遼東半島の租借に反対したものの、明確な帝国主義の推進者なのだ。アレクセーエフなどからすると、「おまえが言うな」ということになるだろう
クロパトキンに関しても、陸軍の準備不足を知っていたから、満州北部での持久戦を主張したわけで、戦略としては間違っていない。アレクセーエフに旅順を孤立させないように指示されたのが、序盤の敗戦の原因だった
(その後、遼陽、黒溝台、奉天と負け続けたのはさすがに言い訳できない)
ロジェストウェンスキーに関しては、トルコとの戦争を経験し、ロンドンに駐在武官として派遣された海軍きってのエリートとして紹介されている
そもそも大規模な艦隊決戦の事例などそうないわけで、終わった結果からえこひいきの愚将とするのは少し酷だろう

冷戦後、旧ソ連の資料から日露戦争の研究も進んでいるようだけど、だからといって新しいものが正しいというわけにもいかないらしい
イデオロギーの問題があって、ロシア軍の将官たちは貴族階級であったから、ソ連の戦史では階級の敵として厳しい目で裁かれしまう

 ソ連時代の戦史は、この降伏はステッセルとその幕僚の裏切り行為であったとし、旅順要塞を守り続けた兵士たちは降伏するつもりなどなかったと書いた。要塞守備隊が全滅するまで戦うつもりであれば、まだ戦闘を続行できたのは事実であった。・・・(略)・・・しかし、こうした解釈には第二次大戦を経験したロシア人の視点が色濃く反映していたように思われる。日露戦争の時代のロシア軍は、捕虜になることをソ連時代におけるほど不名誉で絶望的なことと考えていなかったのである。(p158)

捕虜への考え方もさることながら、貴族と兵士の対立を折り込んでいるところにプロレタリア史観を感じてしまう
本書でロシアから見た日露戦争を知るのも悪くないと思う
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【DVD】『闇金の帝王 銀と金 7 裏競馬地獄』

壊れた自転車を燃えないゴミと一緒に出したら、正規の業者が来る前に誰かがもって行ってしまったようだった
放置自転車を集めているトラックを見たことがあるけど、そんなに儲かるものですかねえ

闇金の帝王 銀と金 7 裏競馬地獄 [DVD]闇金の帝王 銀と金 7 裏競馬地獄 [DVD]
(2007/09/28)
中条きよし、金子賢 他

商品詳細を見る


競馬勝負の決着およびシリーズの最終巻
原作の筋に戻ったので、安定した内容だった。回想で出てくる濡れ場は爆笑モノながら、中条きよし中尾彬のやりとりは見応えがあった
地方の名古屋競馬場が協力しているで、出てくるレースは皆ダートコース
怪物アリタブライアン(!)に、欧州三冠馬ラムタルも、なぜかダートコースで決着をつけることになる
ダートの地位が低い90年代では違和感を感じても、オールウェザーのドバイワールドカップが最高峰という言われる現在なら、それほどは・・・・・・いや、あると思います(笑)

原作と大きく違うのは、前巻の設定を引き継いで川井洋一の息子ケースケ(=益子和浩)が母親の復讐をすること
果たす役割はマンガと同じだけど、アーネスエイジと母親の因縁を絡めたりと、自然に彼の肩を押すような補強がなされていた(説明する厩務員役の人がやけに棒だけれど!素人さん?)
ケースケに焦点が行くぶん、良平(=金子賢)の存在が脇に行ってしまうが
金子賢は前巻よりキャラがまとまっていたものの、作中唯一のアクションシーンがコントのような演出、というかカット割りで残念だった。あれはないだろう
後に総合格闘家に転身したのだから、もう少し見せ場を作っても良かった

シリーズを総括すると、第1巻、第2巻を担当した中村俊の回が良くて、そのあとはOVAらしく小さくまとまってしまった感じだ
2巻までにあった艶っぽさが消えてしまったのが残念で、特に神威家の家父長権争いは原作に近い形を見せてもらいたかったものだ(スプラッタシーンは割愛で結構だが)
それでも、際どい内容の原作をここまで再現してくれただけで、大したものだと思う
一番の醍醐味は、銀さんの中条きよしに、相手役となるベテラン俳優たちの演技
伊沢役の六平直政、土門頭取役の天本英世、画商に石橋蓮司、食品会社社長・北村総一郎、蔵前会長・清水紘治、神威秀峰・根上淳、そして、競馬勝負で中尾彬
それぞれが原作とはまた違った裏世界の怪物を演じているので、非常に見応えがあった
アニメ化は内容的に無理だろうし、映画にするにも扱いずらいだろう。福本マンガ原作では貴重なOVA作品と思う


前巻 【DVD】『闇金の帝王 銀と金 6 戦慄の罠』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『坂の上の雲』 第8巻 司馬遼太郎

大河ドラマを眺めながら

坂の上の雲〈8〉 (文春文庫)坂の上の雲〈8〉 (文春文庫)
(1999/02)
司馬 遼太郎

商品詳細を見る


日本海海戦の始まりとその結末、そして終戦
ちょうどドラマの進行と被ったので、小説の中の描写と重ね合わせながら楽しむことができた(本当はもう少し前に読み終わるつもりだったが)。演技の質はともかくも、ポイント、ポイントの情景はドラマでもよく再現されていたと思う
日本海海戦で驚くのは、開戦前の戦力では互角に等しかったのに、結果には大きな差がついてしまったこと
最新の射撃法、近代海戦始まって以来の戦術の導入、将帥の胆力、燃料の質、将兵の疲労・・・なるほど細かく見れば多くの点で連合艦隊が優位に立っていた
しかし、火力が高い近代戦で、ここまで一方的に叩き自軍の損害が少ない例はないだろう
この希有な例が前巻の奉天会戦について書いたように、「作戦」次第で大局を変えられると一部の参謀たちを勘違いさせた遠因になった気がする

前巻から俄然、存在感を増してきたのが東郷平八郎
老練な経験からバルチック艦隊の進路は対馬だと喝破し、秋山真之が考案した大胆な戦術を実際の戦場で指揮してみせる
作者が参考にした元海軍大佐の黛治夫氏の話で、

 東郷をして成功に導いたかれの敵前回頭という戦術は、英国の観戦士官のペケナムにも、ロジェストウェンスキーとその幕僚たちにもこれを狂気の沙汰としか映らなかったのだが、のちにこの大勇断がかれの名前を不朽にした。
 が、黛氏は、
「あれは砲術上からみれば大勇断ではない」
 とされる。
(中略)
 当時の海軍は、日本であれロシアであれ、あるいは他の国であれ、大回頭中の目標に対してとっさに有効弾を送る技術をもっていなかったということである。射撃諸元の調定やら照準やらする時間が、どうしても数分かかる。(p149)

ロシア側の砲弾が三笠に命中したのは、回頭から8分が立っていた。黛氏によると、東郷の偉大さはそれを知りきった上で、回頭させた「大英知」にあるという
そして、ドラマでもあった、ネボガドフ提督の第三艦隊が白旗を掲げたときに発砲中止させなかったこと
実際、軽巡イズムルードは快速で抜け出して自沈させる事件が起こっており、早めに戦闘を停止してしまうと敵艦を逃がしてしまうことも万に一つとはいえ、ありえた
腹痛に苦しむ加藤友三郎参謀長に、振り幅の激しい真之と比べ、戦場でのこの冷静さは光る
山本権兵衛はこうした将器が眠っていたことを知っていたのだろうか

最終巻には、6冊構成の単行本シリーズにあった“あとがき”を一挙に収録している
中には小説の印象と異なる、作者の本音が書かれているのが面白い
たとえば秋山兄弟については、「天才というほどの者ではなく、・・・・・・この時代のごく平均的な一員としてこの時代人らしくふるまったにすぎない」と書く。たとえ欠けても、「他の平均的時代人がその席をうずめていた」
あれほど、作中で変人ぶりをアピールし、才気を印象づけておいてだ
やはり、どこまでが小説で、どこが史実であるのか、他の書物と比較し確認しなければなるまい
他にも、詳しく触れられなかった人物の話やメッケルの子孫の話など、エッセイの一篇のように面白い。最後まで読もう

次巻 『坂の上の雲』 第7巻続きを読む
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【DVD】『闇金の帝王 銀と金 6 戦慄の罠』 

クリスマスのイヴの夜、仕事帰りに自転車が破損
そんなことが・・・orz
もちろん、こんなDVDを見ているということは、夜は一人・・・

闇金の帝王 銀と金 6 戦慄の罠 [DVD]闇金の帝王 銀と金 6 戦慄の罠 [DVD]
(2007/09/28)
中条きよし、金子賢 他

商品詳細を見る


森田鉄雄が去らないまま、始まった競馬勝負編
川松良平(=金子賢)が平井銀二(=中条きよし)に誘われるまでが原作どおりで、そのあとはオリジナル展開を遂げる
良平の動機を強くするためか、リサ(=冴木かおり)という彼女が用意されていて、彼女を借金で身売りさせないために銀さんの話に乗る
銀さんのターゲットは河野洋一ならぬ川井洋一(=中尾彬)で、民政党前総裁の彼を失脚させるためにその息子(=益子和浩)を抱え込むまでが今回のお話

正直言って、出来はよろしくない
オリジナル展開を消化しきれず、肝心の勝負も煮え切らない
銀さんによって良平と御曹司の競馬勝負が組まれて、その内容は過去の競馬を予想するというもの
記憶力は良平で、御曹司はコンピューター予想で戦うという流れなのだが、視聴者からするとまともな勝負に見えなさすぎるのだ
過去の競馬を抽出するコンピューターは御曹司のものであり、そのままレースの結果を覗けば勝ってしまう
そういう抜け穴が「ない」という説明がないので、視聴者からは居心地の悪い勝負を見守ることになるのだ
そして、その決着のつけ方も銀さんたちの大幅な介入があってもので、良平の存在感は皆無。狂言回しなら狂言回しとしての演出、撮り方をしてもらいたかった

金子賢の演技はデビュー仕立てで仕方ないけど、その後の迷走(総合格闘家への転身、復帰など)を暗示するほどであった。同じ映画でデビューした安藤政信とはえらく明暗が分かれたもんだ
御曹司役の益子和浩の方が、ベタベタな勘違い坊やをしっかり演じていた
この第6巻と最後の第7巻で、監督が辻裕之になっている。OVAを獲りまくっている人のようだけど、この頃は本数が足りなかったか
締めの巻き返しに期待したい


次巻 【DVD】『闇金の帝王 銀と金 7 裏競馬地獄』
前巻 【DVD】『闇金の帝王 銀と金 5 相続殺人』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『日本の軍隊-兵士たちの近代史』 吉田裕

日露戦争前後でこうも変わるか

日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)
(2002/12/20)
吉田 裕

商品詳細を見る


戦前の日本の軍隊はどのような役割を担い、いかに変質し敗北していったか。兵士たちの視点から見る、旧軍の歴史
数年前に読んでの再読。覚えているより数段いい新書だった
明治から太平洋戦争までの日本軍について触れていきながらも、その時代の政治状況、社会問題、風潮までも鏡のように映しているのだ
それは、旧軍が国民皆兵を前提とした軍であり、国民そのものを母体としていたからだろう
しかし、旧軍は国民を徴兵しながらも、「国民軍」になりきれなかった
統帥権を盾とした軍部は、日露戦争後天皇の軍隊として自らの権域を守ることに固執し、新しい時代の流れを拒んでいったのだ
本書で語られたことは、まさに明治国家の興亡そのもの。退けられた改革派の提言や兵士の生の声も拾われていて、コンパクトながらも優れた通史となっている

この本を読み返したおかげで、幾つかの疑問が解けて戦前の日本の姿が見えてきた
まず、軍部とは、単に国防のための作戦本部ではなく、独自の政治勢力であること。政治勢力であるからして、イデオロギーを持っている

 さらに日露戦争後のこの時期は、「農本主義的」なイデオロギーに基づく施策が次々に講ぜられた時期でもあった。日本資本主義の発展とそれに伴う都市化の進展は、徴収された兵士の中の都市出身者の割合をしだいに増加させたが、軍当局者が不信と警戒の眼を向けたのは、批判的精神や新しい生活感覚をより多く身につけた、これらの都市出身者だった。・・・(中略)・・・
 こうした中で、軍部は兵営内で兵士に対する農業教育を行なうことを奨励するようになる。・・・(中略)・・・また、都市生活の「悪風」から兵士を隔離するために、改正軍隊内務書でも、兵士や下士官の休日における外出を事実上禁止するような措置が講じられている。保守的な農村と農民こそが、軍部の理想だったのである(p131-132)

まるで西南戦争を起こした鹿児島私学校が復活したかのような内容ではないか
こうした命令は、統帥権に由来する「軍令」という形で法令化されたため、その改正には閣議等の複雑な手続きを踏まなくてもいけなくなり、自然と組織の硬直化を招くことになってしまった
戦前の軍隊は、農村の青年を「文明開化」するとともに、限られた身分上昇の手段でもあった。農村では凱旋した青年を歓迎し、在郷軍人会が幅を効かせた
ヨーロッパの軍隊は、革命で政治を追われた貴族の牙城だったりするが、日本のは貧窮する農村をバックにしていたのだ
農村と都市の対立がそのまま国防に持ち込まれては、総力戦への体制作りが進まないのも、むべなるかな

この本は岩波新書だが、頭から軍隊を否定しているものではない
明治維新以降、軍隊が一般庶民に「文明開化」を伝える役目を果たし、市民生活の近代化に貢献したことを評価している
起床から就寝までのスケジュールを経験することで近代的な時間の概念を身につけ、靴を履き行進することで近代的な身体性を得、軍隊の言語「兵語」から共通の言語形成が行なわれた
また、軍隊生活で洋食が伝播し、国民病と言われた脚気が解消したこともある
創設当初から、軍隊への徴兵は嫌われたものの、「近代の窓」として特に農村の青年にとり「憧れ」の対象でもあったのだ
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『坂の上の雲』 第7巻 司馬遼太郎

ドラマに追い抜かれた

坂の上の雲〈7〉 (文春文庫)坂の上の雲〈7〉 (文春文庫)
(1999/02)
司馬 遼太郎

商品詳細を見る


奉天の会戦から、バルチック艦隊の航海、その行く先を巡る連合艦隊の苦悩を描く
日本陸軍の作戦、少数による包囲作戦は奇策中の奇策だった
ロシア軍には次々と増援が来るし、対する日本側は補充する兵も、一度退役しさらに予備役を経た後備の部隊しかいない
時間を経るごとに状況が悪くなるゆえの勝負手で、あてはクロパトキンの過敏な神経だけという、まるで麻雀漫画みたいな心理戦、神経戦
それに応えてしまったクロパトキンの反応なんてのも、まるで架空戦記ものようなリアクションである
シミュレーションゲームでこれを再現するのはまず無理だろう(笑)
見方を変えると、この頃のロシアの体制は、王将を攻めると一気にひっくり返るようなアジア王朝的な体質が濃すぎて、リアルに講談みたいな展開を再現してしまったといえるかもしれない

前々からだけど思い知らされるのは、全てにおいてギリギリの戦いをしているということ

 余談だが、戦費のほとんどを、公債というかたちで外国から借りてきてまかなっているこの日本の戦争のやりかたのばかばかしさについて、かつて外相小村寿太郎の書生であった桝本卯平工学士が、アメリカ留学から帰って小村にそのことをほとんど詰問するように問うた。小村はそれに答え、
「この国家に金や兵が備わり、その独立が十分に出来ていたら、戦争などするには及びません。そんなものがないから、気が狂ったようにこんな戦争をしているのです」
と、いった。それを横できいていた酒亭の女将が、「私どもの世帯もそうでございます。私どもこのように夜もろくに寝ずに働いているのは貧乏だからでございまして、お金があって困らなければこんなに働きは致しません」と、大真面目な顔でこたえた。(p189-190)

この時代の日本というのは、不平等条約が残る未だ植民地にされるかもしれない側であって、まさに呑むか呑まれるかのボーダーライン上にいた
それが列強随一の陸軍大国ロシアと戦うなど、「気が狂った」ようなものなわけだ
奉天の会戦も各方面では日本軍が苦戦していて、放っておくだけでもロシア軍が勝つ戦いだった。それをなぜか日本が勝ってしまった
まさに「作戦のみでの勝ち」だったが、このことが無茶な戦略目標を「作戦」で達成できると、後世の陸軍参謀たちが錯覚した遠因になった気がする
もちろん、戦後まもなく死んだ児玉のせいではなく、後継者の勘違いのせいだが

大河ドラマにあったように、バルチック艦隊を巡る真之たちの苦悩に紙数が割かれているのだが、注目したいのは最後の章に記される沖縄の青年たちの話
沖合でバルチック艦隊が目撃され、宮古島の島司(とうし。島の行政責任者)や警察に報告が入るもそこには無線がなく、無線所のある石垣島まで行かねばならなかった。宮古島から石垣島への航路は約170キロで、手慣れたものでも尋常な距離ではない
しかし、垣原善ら5人の漁師は、この命がけの旅を引き受けてやり遂げた。しかも、「機密だから口外しない」という約束を守り、戦争のずっと後も口を閉ざし続けたという
沖縄というと、江戸時代から薩摩の属国という位置にはあったものの、琉球王朝という独自の共同体、文化を保持していたわけで、本土の人間と隔たりがあるように思ってしまうが、この時、少なくとも国を守るという事に関しては強い連帯感を持っていたようなのだ
これは意外だった。沖縄には例外的に郷土制による師団が置かれなかったりと、属州的な側面があったにも関わらずだ
第二次大戦の沖縄戦、米国による統治期間、現在の基地問題などで、特別な眼差しで見てしまいがちだが、こういう時代もあったとは覚えておくべきだろう

次巻 『坂の上の雲』 第8巻
前巻 『坂の上の雲』 第6巻
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

自演砲を撃ちます

今から「はてなブックマーク」の自演砲を撃ちます
目標はこの記事です

ズド~ン続きを読む
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『検証・真珠湾の謎と真実』 秦郁彦・編

ルーズベルト「真珠湾に来ると思わんかったや。言わせんな、恥ずかしい!」

検証・真珠湾の謎と真実 - ルーズベルトは知っていたか (中公文庫)検証・真珠湾の謎と真実 - ルーズベルトは知っていたか (中公文庫)
(2011/11/22)
秦 郁彦

商品詳細を見る


タイトルに偽りありというほどではないが、普通に真珠湾攻撃を扱ったものではない
題名よりも副題の「ルーズベルトは知っていたか」に比重が乗った内容で、真珠湾攻撃のルーズベルト陰謀説に対する反論本なのだ
なので、ある程度パールハーバーのことを知っている人ではないとまず入りにくい。なにしろ、最初の方は陰謀論やそれを唱えた人という、あまりにマニアック過ぎるネタが俎上に上がっている(苦笑)
名前の出ている秦郁彦は、編集と第四章を担当していて、1章ごとに須藤眞志今野勉左近允尚敏が寄稿している
この本が単行本で出されたのが、2001年。この年にルーズベルト陰謀説を唱えた、スティネットの『欺瞞の日』が日本で発売され、著名人の推薦もあって評判になっていたらしい
第四章では、秦郁彦自身が『欺瞞の日』を糾弾している

四人の著者同じ事実は認めていても、それをどう受け取るかは四者四様だ
役割分担を決めたわりに、それそれ勝手に解釈していくので、本としての一体感はない。まるで見方が違うので、つんのめりそうになる箇所もある
一つの価値観で束ねられた本ではなく、一章ごとに別の論文と考えた方がいいだろう
一番ストレートに読めたのが左近允尚敏の三章
真珠湾攻撃について、電波や暗号、それに対する傍受と解読など通信技術から読み解いたもので、なぜ攻撃が成功し、また多くの陰謀論が生まれるかについて証明してくれている
鍵となるのは、海軍の暗号JN-25b
アメリカは日本の外交電報(パープル)の解読に精力を注ぎすぎて、より簡単なJN-25bを解読することができなかった(解読できたのは、ミッドウェイ海戦の1942年)
そのために、日本が攻撃することが予測できても、どこに来るかが予測できなかったのだ
陰謀論者たちは、この海軍の暗号電報を「傍受」したことを「解読」と結びつけて、真珠湾攻撃を予知できたと言い張っている
まあ、簡単な方の暗号が解けていなかったというのが信じられないのだろう

三章までお堅い文章が続くが、第四章の「スティネット『欺瞞の日』の欺瞞」はざっくばらんだ
本国でネタ本扱いされていたものが、なぜ日本でもてはやされたか、から始まるのだ。著者によるとそれは、中西輝政・京都大学教授が『正論』で取り上げたことだという

・・・(略)・・・私がびっくりしたのは、ルーズベルト陰謀説も反陰謀説も「耳にタコができる」ほど聞かされ、あきあきしていたベテラン歴史家の中西氏が「どうせこれまでの焼き直しだろうが、一応読んでみるか」というスタンスでスティネット本を読みはじめたところ、一冊だけで世界観や人生観まで変わるほどの衝撃を受けてしまったらしいことだった。それも、ごく初歩的なトリック本によってとなると、別の歴史家として「こりゃ何だ」との思いを禁じえなかった。(p232)

その後、櫻井よしこが『週刊新潮』で取り上げ、『諸君!』ではスティネットの特集が組まれたとか
文系の人間として、技術的な問題を看破しにくいというのは分かるんだけど、このレベルの人がこれでは困る。中西教授といえば、高坂センセの門下生でっせ
『知識の限界』に、文系知識人がいかに理系の常識についていい加減か、と批判されていたネタがあった。小なりとはいえ文系出として自戒としたいものであります続きを読む
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『坂の上の雲』 第6巻 司馬遼太郎

W選挙で大阪は、「橋の下の坂」
・・・見逃して下さい

坂の上の雲〈6〉 (文春文庫)坂の上の雲〈6〉 (文春文庫)
(1999/02)
司馬 遼太郎

商品詳細を見る


黒溝台の戦いの結末から、バルチック艦隊の大航海明石元次郎の大諜報作戦乃木の第三軍の北上と、来たるべき奉天会戦日本海海戦へのつなぎとなる第6巻
黒溝台の戦いは苦戦どころではなかった
ロシア軍の左翼への大攻勢に満州軍本営は対応に大きく遅れ、クロパトキンとグリッペンベルグとの対立がなければ戦線が崩壊するところだった
近代になって、三國志さながらの脚の引っ張り合いを演じるロシア軍も酷いが、日本側も全く持って相手のミスで負けずに済んだのみ
満州においては、ほとんど日本が優勢になる局面がなく、ただただ敵の慎重さに助けられるばかりなのだ
読めば読むほど、日露戦後に大陸へ進出していく気になったことが不思議に思えてくる

登場したときから、作者の罵声(?)を受け続けるロジェストウェンスキー提督にフォローが入るようになった

 ロジェストウェンスキー提督は水兵が退屈するほどのひまを決してあたえず、たえまなく射撃訓練をさせ、外洋に出ては艦隊運動の演習をし、夜は夜で哨戒勤務を厳重に課した。・・・(略)・・・
 ロジェストウェンスキー中将は、かつて旅順で艦とともに沈んだマカロフ中将の百分の一ほどの好感も兵員からうけていなかったが、しかしかれが有能な提督であることを、その哨戒作戦において示した。(p91-92)

ついに、有能」という言葉がでてきたのだ
なんだかんだ、日本近海までの大航海を成功させるわけなのだから、まるで無能なわけがない
士官を怒鳴り散らすとか、末端の兵士を直接殴るとか、将の器ではないという言い方は確かに当たっているだろう
しかし、それは日本の基準なのであって、当時の帝政ロシアからするとさほど問題にならなかった程度かもしれないのだ
こういうロジェストウェンスキー像は、彼に反感を持つポリトゥスキーの日記や、ノビコフ・ブルボイの『ツシマ』から想像されたのだろうし、旧軍時代の嫌な上官を思い浮かべたのかもしれない

明石元次郎についてもけっこうな紙数が割かれていた
NHKの大河だと一人で大諜報を行なったイメージになっているが、小説中では運良くフィンランドの過激派・シリヤクスと出会い、彼の活動を支援することを通じて、対ロシアへの大戦線が組まれたことになっている
明石が戦後語ったところでは、スパイのノウハウなど全くなく、死を覚悟して実名で活動。周囲と資金に恵まれて大きな成果を挙げたという。といっても、諜報関係だけに墓まで隠すこともあるだろうし、どこまで本当なのかは分からない
ロジェストウェンスキーともども、向こうの研究があったら読んでみたいのだけど


次巻 『坂の上の雲』 第7巻
前巻 『坂の上の雲』 第5巻
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『真珠湾の日』 半藤一利

今日までに読んでおきたかった

“真珠湾”の日 (文春文庫)“真珠湾”の日 (文春文庫)
(2003/12)
半藤 一利

商品詳細を見る


日米開戦はどういう経緯で決まり、真珠湾攻撃はいつどのように計画されたのか。『日本のいちばん長い日』『ノモンハンの夏』の著者が開戦の過程を追う
タイトルは真珠湾の日とあるが、本書の範囲は11月末の日米交渉から真珠湾攻撃の当日(12月8日)までを扱っている
著者はもちろん、開戦の決定には強く批判的である。描写の端々にどうにかならなかったのか、という想いが伝わってくる
その一方で、アメリカの高圧的な戦略、今一歩で妥協案で合意できる寸前での「ハル・ノート」の提示などに対しては、怒りと戸惑いを隠せない。日本の実情を知りすぎるほど知っていながら、なぜそこまで戦争に追い込むのか
宣戦布告なしの奇襲を国際法を無視したものと批判するが、露骨な英米の圧力、やり口に語るうちにそうした批判などいかほどの値打ちがあるかとトーンダウンしていく
かすかな平和の可能性を探しつつも著者の煩悶が聞こえてくるようだ

とにかく膨大な資料と証言から日米開戦を取り扱っている
真珠湾に関して断片的にあれこれ逸話を知っていたが、そうした個々の関係性、背景については本書のおかげでだいぶ整理できた
そして、初めて知ったことも多い
例えば、ルーズベルト大統領が1941年7月4日にとある会合で語ったとされる石油演説

「日本人がかれらの帝国の版図を、南方に拡大しようとする侵略的意図をもっているかどうかはともかくとして、かれらはアジアの北方に位置し、自身の石油をまったく持っていないのである。そこでもしわれわれが石油パイプを切断してしまったら、彼らは一年前に間違いなく蘭印に進出していたはずである。そうすればわが国はすでにして戦争に入っていたことであろう。つまり、われわれが石油を日本に制限しつつ送りこんでいることが、われわれ自身の利益のために、イギリスの防衛および海洋の自由のために、南太平洋をいままで戦争の埒外においているわけである(p56)

日本は石油備蓄を続け昭和14年に1000万キロリットルの備蓄を達成したが、その翌年にアメリカの石油輸出制限措置(許可制)が始まり輸入は激減したという
著者も、「勘ぐったこれをみれば」日本の備蓄量を見積もって圧力をかけ、日本を戦争に追い込む、または無力化することを狙っていたと推測する

とはいうものの、アメリカも圧力一辺倒ではない
陸軍から日本との戦争には数ヶ月の準備がいるとの声があって、日本に妥協した案も策定されていた
「南印(現・ベトナム南部)からの撤兵」「北印(現・ベトナム北部)の陸軍兵力削減」を条件に、3ヶ月以上の石油供給を認めるというもので、それは日本側が事実上の最終案として用意していた「乙案」と似た内容だった
北印の兵力削減の多寡とか、石油解禁の量と期間に関しては、大筋が決まれば事務レベルの問題。いったん石油が入れば、軍部の頭も冷えようというもの
もし、この妥協案が通っていれば、その間に軍部があてにしていたドイツはモスクワから撤退が始まり、「戦機」は遠ざかったとして日米開戦はなかったのかもしれない
少なくとも、11月23日まではこの方向で進んでいたのだ
しかし、なぜか11月25日に日本では悪名高き「ハル・ノート」が提出されご破算となる。なぜなのか
妥協案を同盟国で図った結果、中国国民党が猛抗議したことが一つ。また、いち早くアメリカを対独参戦させたいチャーチルが、日本海軍の奇襲情報をルーズベルトの耳に入れたという話があるという
(もっとも奇襲作戦は最高度の機密であって、真珠湾攻撃には各指揮官に無線ではなく命令書で渡されているので、イギリスの情報は偶然当たったガセのようなものらしい)
イギリスの情報公開法では、最高で70年引き延ばしが許されるそうだし、諜報を重視するお国柄から永遠の謎として残るかもしれない

じゃあ、「ハル・ノート」の提出で全ての可能性が断たれたといえるのだろうか
あの人はハル・ノートの文面から、「試案であって拘束力なし」(Ten-tative and without commiment)を見出して

 吉田茂のように冷静になれる人は、「これは最後通牒なんかじゃないよ。どこにも交渉打ち切りとは書いてないじゃないか」と押しかけてきて、東郷にいった。さらに、
「これでもって交渉をこのままつづける。そのことが大本営政府連絡会議で聞き入れられなかったら、かまわんから辞表を出せ。君が外相を辞職すれば閣議は頓挫する。無分別な軍部も少しは反省するだろう。君は殺されるかもしれん。それで殺されたって、男子の本懐というべきだ。骨は俺が拾ってやる」(p112)

当時の日本の計画から考えれると、時すでに遅しではあるのだけど、外交の世界では「ハル・ノート」=最後通牒かは議論の余地はあるようだ
イギリスのガセ情報に頭の血が上がったルーズベルトが仕掛けてきたブラフとすれば、間を置いて交渉するという展開もありえたかもしれない
しかし、それも「外交」という世界の話。現実的に当時の日本がそれに耐えられたかどうか
「外交」もまた血を流さない戦争であり、いろんな意味で余裕のある方が有利ということなのだろう

長くなった。大著なのだ
開戦過程の他にも、真珠湾攻撃の実像、山本五十六の考え、作戦後の日本人の反応など、多岐に渡って触れられ、単純に反戦という視点で語られていないものなので、是非一度読んでいただきたい
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
11 | 2011/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリ
SF (24)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。