【DVD】『時計じかけのオレンジ』

スタンリー・キューブリック監督作品。『2001年宇宙の旅』『博士の異常な愛情(以下略)』と合わせ、SF三部作と言われているらしい
近未来を舞台にしているが、テーマそのものは普遍的なものだ(近未来と言っても、公開された1971年にとっての近未来は今より前かもしれないなあ)

時計じかけのオレンジ [DVD]時計じかけのオレンジ [DVD]
(2010/04/21)
マルコム・マクドウェル、パトリック・マギー 他

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自由放任で育てられ、手がつけられない青年に画期的な“洗脳治療”が施される。その治療法とは、性と暴力に満ちたフィルムを吐き気が催すほど見せ、映像体験と肉体的記憶を関連づけるもの。“完治”すると、自分がそれを振る舞おうとした瞬間に激しい吐き気が襲うようになる
いわば、倫理の問題で片付かないことを、物理的にできなくすることで解決している
もちろん、たとえ犯罪者であっても洗脳することは許されない。映画の牧師の言うとおり、「選択する自由のない人間はもはや人間とはいえない」
と、頭ではすぐ結論づけられるけど、主人公アレックス・デラージ(=マルコム・マクダウェル)はそれを揺さぶるほどの悪行を見せてくれる
映画前半は彼とその一味による犯罪のオンパレード。ホームレス狩りに、強盗強姦、ひいては殺人にまで発展。本当に無茶苦茶やってくれる。映画冒頭の睨み付ける目は悪党そのもの
彼視点で物語は進むけど、正直これほど同情を生まない、感情移入を受け付けない主人公はいないだろう
人並み以上の狡猾さを持つ彼が、果たして刑期を終えて更正してくれるかどうか

しかし、被害者なり一般市民から見ると、彼が完全な“治療”を受けて「善人」で出所してきても、とても受け入れることはできない。実際に、アレックス君は以前虐げた人々に報復を受ける
刑罰には、その人の更正を目的とする「教育刑」という考え方があるけど、犯罪というのは当事者だけでなく社会に与える影響も考えなければならない。よって刑罰には「応報」の要素がともなってくる
この映画のテーマの一つには、「教育刑」、その背後にある社会主義に対する異議があるようだ
彼が治療を受ける光景はなんとも奇怪なもの。人をもの扱いだ。完全な善を作りだそうとする行いが「全体主義」的な管理社会を生んでしまうジレンマを描いたといえるのか

正直、目を背けたくシーンが多く、とてもオススメしにくい作品。文字通り、女性のフルヌードが出てくるが嬉しくなる出方ではない。しかし妙ちくりんで中途半端な近未来描写と演劇的な芝居と軽やかな場面展開、そしてBGMのクラシックが見ているうちに嵌ってくる。これほど人が見たくないものを最後まで見せてしまう監督はやはり天才なんだろう続きを読む
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『ローマ人の物語 8~10 ユリウス・カエサル ルビコン以前』

ついに欧州で「皇帝」の代名詞となったユリウス・カエサル登場。
文庫本上巻では、彼の少年期から政治生活を始める青年期を扱う。若者の頃のカエサルは、好青年ながら遊蕩にふける遊び人としか知られていない
内容の多くは、前巻の『勝者の混迷』で扱っていた範囲と被る。著者は彼が出現する前の時代から扱わねば、その存在意義が分からないということだが、続けて読んでいる人間には関係ない話だ。どうしてもカエサルで単行本二巻を確保したかった営業的思惑が見えてしまう

ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)ローマ人の物語8 (新潮文庫)ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)ローマ人の物語8 (新潮文庫)
(2004/08/30)
塩野 七生

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ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)ローマ人の物語9 (新潮文庫)ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)ローマ人の物語9 (新潮文庫)
(2004/08/30)
塩野 七生

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ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)ローマ人の物語10 (新潮文庫)ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)ローマ人の物語10 (新潮文庫)
(2004/08/30)
塩野 七生

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上巻半ばから中巻始めにようやくカエサルは政治の表舞台に登る。役職を生かして公共事業剣闘士試合の二本立てで、平民階級に人気を浸透させる。その人気を利用し、軍人ポンペイウスと騎士階級クラッススの大物二人を引き込んで「三頭政治」を持ちかける
どうやってポンペイウスとクラッススと接触していたかは謎らしい。ただ、クラッススはカエサルの多額の遊興費を賄い、スポンサーになっていたようだ。どうしてクラッススがカエサルに傾倒したかは本書でも謎としている。ここらへんの不明確なところにこそ、ナナミンの想像力を発揮してもらいたいのだが・・・
カエサルはポンペイウスとクラッススの力を背景に、グラックス兄弟悲願の「土地改革」法案を市民集会で通す。元老院よりの修正をしつつも、法案の実と平民の人気を勝ち取る。「政治家」カエサルの鮮やかな手腕である

「三頭政治」と言っても、カエサルの取り柄は今のところ平民人気。ローマを牛耳るには軍事的成功が不可欠だ。その契機になるのが、有名なガリア遠征。中巻~下巻の内容はカエサル自身が記した『ガリア戦記』を頻繁に引用し、塩野版『ガリア戦記』といったところ
ローマ軍団の質が高いとはいえ、遙かに多いガリア人のまっただ中に飛び込み、向かってくる敵を次々に打ち倒していくところは痛快
何もカエサルはガリア人を力で征服していったわけではない。ゲルマン人に押し出され侵入してくる彼らを、ローマの「同盟者」とし先々はローマ化させて安定させることが目的だ。そのため、ライン川を越えてゲルマニアにも遠征。ガリア人を攻撃したゲルマン人を牽制している
とはいえ、ローマ軍団の長居はガリア人の疑心を招き、英雄ヴェルチンジェトリクス(ウェルキンゲトリクス)の大蜂起を招く。カエサルはこのピンチをどう乗り切るのか。アレシアの戦いの描写は、本書の山場にふさわしい迫力だ続きを読む
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【DVD】『ストレンヂア -無皇刃譚-』

週刊『プレイボーイ』の広告に載っていて、前から気になっていた作品。TOKIOの長瀬智也が声優に初挑戦することで話題になっていたらしい

ストレンヂア -無皇刃譚- 通常版ストレンヂア -無皇刃譚- 通常版
(2008/04/11)
山寺宏一長瀬智也

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始まるなりとにかくシーンの切り替えが多い。タイトルが出るまでに、坊さんと小太郎が逃げるところや、羅狼たちが山賊に襲われる場面が詰め込まれている。正直、話は見えないが、アクションは初っ端から全開で見せてくれる。血が派手に吹き出るところなど、一昔前の映画時代劇のようだ
このテンポの速さと爽快感が全編に渡って続く

お話は、身よりない子供と、主人を持たない浪人という“strager”二人の逃亡劇といったところか。アクション重視でドラマの部分では舌足らずだったり、雑な部分も目につく
まず、小太郎を守る犬が出てくるんだけど、なんで人を食い殺すほど強いか説明がない
また、小太郎が刀を差した大の大人に偉そうに口を聞くのだが、ちょっと無謀すぎる。どこかの御曹司かと思ったがそういう設定でもないようだ。口八丁の割に守られてばかりなので、かなり印象が悪い。なにか取り柄が欲しかった
アクションを魅せるための、お約束では済まないところだろう
主人公名無し(=長瀬智也)に縁がありそうな虎杖将監(=大塚明夫)が出てくるが、名無しと接触することはないし、冒頭で出てきた坊さん(=竹中直人)は情けなく退場する。せっかく伏線があるのに、どうにも生かしてきれていない感じ。特に坊さんは竹中直人を使っておいて、これはないだろうという役回りだ
テンポが速すぎてアクションはいいが、ドラマ部分はじっと見ることができない。もう少しメリハリが欲しかった

が、活劇の部分は見どころたっぷり。敵方は明国から来た武術の達人たちで、ムチに青竜刀に鎖がま(?)と多彩な得物を用いるアクションは目を奪われる。中国人の姉ちゃんがバッタバッタと雑兵を斬っていくんだけど、その後には夥しい血煙が上がる。実写ならキル・ビルみたいになっちゃうな
ラスボスである羅狼と名無しの一騎打ちはアニメでしかできない殺陣だろう。刀同士がぶつかった時の火花も凝っていて美しい
アクション以外でも背景の雰囲気がいい。日本の近代美術のようで、幻想的。スカイ・クロラの写実的表現とは対照的なやり方で、独特の世界を作り上げている。ちょっと見とれてしまう
BGMも荘重な笛の調べが印象的。ただ、それに見合うだけのドラマ性がなかったことだけが残念

ドラマ部分は少々物足りないが、これほど切れ味のあるアニメーションが作られたことはお見事。絵で見せるアニメが、宮崎作品以外にもあることをもっと知られていいだろう

10’8/22 一部修正
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【DVD】『ブロークン・フラワーズ』

女に逃げられた中年男ドン・ジョンストン(=ビル・マーレイ)に、差出人のない手紙が届く。手紙には、「あなたに息子がいる」と。昔のドンは“ドン・ファン”並みにモテる男だった。心当たりの女性はリストを作るほどある。それども友人ウィンストン(=ジェフリー・ライト)の勧めで、一人一人会いに行く、という話
四人の女性を尋ねるのだが、20年の月日が流れているので境遇も様々。母子家庭で“収納名人”になって生活しているローラ(=シャロン・ストーン)。夫婦で不動産屋を営むドーラ(=フランセス・コンロイ)。動物のスピチュアルカウンセラーになったカルメン(=ジェシカ・ラング)。荒野でバイク野郎と暮らすペニー(=ティルダ・スウィントン)
再会した彼女たちの反応はマチマチだが、どれも長年の断絶を意識させられるものばかり。当然、20年の間にはドンの知らない人生があるわけだ。飛行機で寝てる時にフラッシュバックした回想シーンがなんとも美しくはかない

月日を感じたドンが徐々に女のことより、自分の“息子”のことを気にしていくようになるところ。旅するうちに“息子”と同年代だろう若者を気にするようになり、ついにはある若者に声をかける。“息子”の存在を信じた彼が、「父親」としての自分を手に入れていく過程がいい
しかし、話した若者は・・・

地味な映画なり飽きさせない工夫がされている。ドンの相方であるウィンストンがいいキャラクター。独身でセミリタイアのドンとは対照的な境遇で、貧乏ながらも子だくさんのにぎやかな家庭を持っている。性格も陽気で、ミステリー好きなのかドンの探索を助けてくれる
また、ローラの娘ロリータがモザイクなしのフル・ヌード(!)を披露。大人しい展開だが、不意にパンチが飛んでくる感じで飽きない(本当にドンがパンチを見舞われるシーンもありw)
なんといっても音楽の趣味がいい。ドライブで移動シーンにかかるBGMはウィンストン曰わくエチオピアの音楽らしい。この映画のメインテーマのようで何度もかかる。いい!
映画の展開も一方通行のようで、差出人のオチには一工夫あり。全体的な作りが洗練されていて、ラストも渋い
これは映画館で見たかったなあ

ブロークンフラワーズブロークンフラワーズ
(2006/11/24)
ビル・マーレイジェフリー・ライト

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【映画】『スカイ・クロラ』

土曜日のレイト・ショーを見に行った

スカイ・クロラ [DVD]スカイ・クロラ [DVD]
(2009/02/25)
菊地凛子加瀬 亮

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『イノセンス』も映画館で見てその映像美に圧倒されたが、今回も同様。CGの中に二次元のキャラが、違和感なく融合していて『イノセンス』よりも相当見やすい
背景もまたプロペラ機に、「古き良き時代」の建造物、アンティークがあって目にやさしい
その一方で、戦闘機のドッグファイトは鮮烈。ほんもの以上のほんものっぽい、いわゆるひとつの「ハイパーリアル」を見せつけてくれる
『イノセンス』では少々ケバく感じたCGも、今作では滑らかで上品に使われていて、その点は期待以上の内容だった

押井作品の割に、ドラマの起伏は多い。普段は淡々としているが、秘めた懊悩が時折顔を見せる
草薙水素と函南の「前任者」の関係、娘に歳を追い越される母親、キルドレの存在理由とその出自、永劫に転生を強いられる苦しみ・・・
草薙水素を中心に女性たちのテンションは高い。男を引きずるように映画を動かしている。水素の声をやった菊池凜子はなかなかもの
押井監督が不器用ながらも、ここまで恋愛を直截的に撮るのは意外だった
お互い拳銃を握りながらも、高らかな愛の告白と抱擁まで持っていくシーンが見れるなんて思わなかった
こういう部分を堂々と映画で見せていくのは、新境地と言っていいのかも

以下は、ネタバレ気味に



原作を読んでいないのでアレだが、ゲーム化した戦争にそのために作られたキルドレ、ループする世界というのは、東浩紀のいうところの「ゲーム的リアリズム」ど真ん中
草薙水素と函南の行動はゲームの中の主人公がゲーム外に向かって自己主張し始めたような印象を受ける
ガンダムゲーをやっていると、「こんな戦争は終わらせなくちゃいけない」と言い出すキャラがいるが、彼らは「こんなゲームは終わらせなくちゃいけない」と言いたげだ
映画の中で戦争は、F1レースのような扱いをされている。草薙水素いわくみんなが平和を噛みしめるための作られた戦争だ。このブラウン管越しに見る戦争は、湾岸戦争以来おなじみになったものだろう
この映画では、予定調和的に平和や反戦を語らせる政府・マスコミを含む体制、またそれを許し時に乗っかる大衆を撃っている

キルドレの永遠の少年という設定は、一見現代人のあこがれのように思える
世間的にも大人の目標がなくなってしまって、「もっと若くいましょうよ」みたいな広告があちらこちらにぶら下がっている。序盤の函南のように「なんで大人になんなきゃいけないの」という空気は、晩婚化が進むと同時にずいぶん広がったように思う
函南の、余りの昔のことを覚えたおらず、日常と戦闘のギャップもなく、ただ目の前のことに漫然と取り組むというキャラは、中途半端に世慣れた自分とかなり被っていてドキリとした
よほどのワーカーホリックでないなら、世の男性諸氏も函南的な部分を抱えていないか?
(ただ、途中でキルドレはクローンかもしれないよ、という話が出てきたのはちょっと残念。それを聞いて自分と函南の距離が遠ざかってしまった。言ってくれない方が個人的には良かった)

草薙水素は、彼と違い「歴史」を抱えてしまっている
自分の子供が歳をとるごとに、過ぎ去る時間を感じ自らの存在の不自然さに苦しむ。彼女の苦悶は函南の心を揺さぶり、その目を「世界」へと向けさせる
ラストで「世界」を調整する“ティーチャー”に挑む函南は、世の構造を変えようとする「革命志向」を明らかに持っていた。前世に自殺を求めた彼は、確かに変わったのだ
水素などの女性にシーンが割かれすぎて、函南の心境の変化が劇中では舌足らずだったが、このクライマックスの盛り上がりと爽快感は今までの押井作品とは違う

原作を読んでいないと分からない部分もあるが、話としてはきっちり映画で消化できている。女性キャラと犬(!)が頑張ってくれているので、2時間超だがダれることはない。むしろ、長時間なことでゆったりと見ることが出来た
主人公たちはクローンかもしれないよ、という話はギョッとしたけど、これはかなり推したい映画だ

10’8/22 修正・加筆
10’12/13 修正・加筆

関連記事 『スカイ・クロラ』(原作小説)
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【DVD】『新・兵隊やくざ』

「兵隊やくざ」シリーズの3作目。話的にも前回、前々回から引き継いでいる。2回も脱走しておいて、どうやって話が成り立たせるのかと思ったが、案の定かなり雑な話になっていた・・・
もう“軍隊もの”というよりも、“ヤクザもの”といった方がいい。ノリも番長マンガのよう

新・兵隊やくざ新・兵隊やくざ
(2007/12/21)
勝新太郎.田村高廣.瑳峨美智子.成田三樹夫.藤岡琢哉

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展開はめまぐるしい
有田(=田村高廣)と大宮(=勝新太郎)は、一度は軍隊なかで身をやつそうとするが、憲兵にバレた思って逃亡。フルチンで逃げたので、通りかかった中国人の身ぐるみを剥ぐ(!)
戦線からは遠く離れた天津で、今度は芸人として軍隊に入りこむ
狙いは軍隊の物資を盗むこと。一応、将校もみんな横流しして儲けているよ、というフォローは入るが、こうなってくると完全なピカレスク・ロマン
悪事は重ねても女性にだけは優しい(?)大宮。悪どい売春宿から女たちを逃がした結果、自ら売春宿を経営することに。そこを憲兵青柳(=成田三樹夫)が目をつけ・・・といったところ

前作に増して、大宮のパワープレイが目立つ
有田は第1作目のような機転を見られない。とにかくその場その場で正論を吐いて、大宮を悩ませる。言っていることは道義的には妥当なんだけど、その現場では役に立たないことばかり
大宮が売春宿を経営することに反対する下りは、いかにもモラリスト。下手すりゃ偽善者扱いされるとこだね
2作目から監督が田中徳三に変わって、策士から愚直な正直者キャラに変わってしまったか。今回は有田の不器用さが目立った

シリーズ3作目とあって様式化も目立つ。大宮の「喧嘩力」は凄まじく、敵の間抜けぶりも牧歌的。軍隊を相手にしているんだけど、ベースは「番長もの」であるから腕っ節でなんとかしてしまう
以前の話を引き継いで映画を作ること事態に無理があるから、どこか常識を踏み倒して話を作らないとどうにもならないのだろうが、もう少し工夫して欲しかった
キャスト的には、敵役の憲兵に「昭和の名悪役」となる成田三樹夫、大宮たちを助ける豊後一等兵役に「わた鬼」で有名な藤岡琢也が出ている。藤岡さんの関西弁は上品でひょうきんだ

面白かったのが、大宮が売春宿の看板・桃子(=瑳峨美智子)に惚れてしまい、皆から結婚することを迫られること
番長ものにとって主人公の「結婚」は終焉を意味する。まだまだ「番長」でいたい大宮は大いに狼狽するのも当然だ
大宮は結婚式の後、有田とずっと一緒にいたいと告白する
こういうある種のホモ・セクシャルをはらんだ空気こそ、「番長もの」「ヤクザもの」の必要条件。相棒より女房が大事と、言ってしまえば終りなのだ
キレイにこのシリーズを終えるなら、ここで女房と逃げて締めるのがいいんだろう。しかし、シリーズものの宿命で大宮は「番長」を続けていくことになるのである

今の映画ではとても扱えない日本軍と八路軍の戦闘が出てきたり、後方にある慰安所に触れているのが興味深い(もちろん安易にこの映画イコール史実と考えてはいけないが)
それにしても、この時代に戦争をバックにした娯楽作品が作られることをどう考えればいいのだろう
この映画に出ている人たちは確実に戦争体験をもっているはずだ。純粋な「反戦」気質の強い世代がなぜこういう映画を作れたのか。また同世代の観客は許せたのか
映画で戦争を取り上げることがタブーになったのはむしろ70年代以後で、戦後生まれで学生運動をやった世代が社会に入っていく中、観念的な「反戦」が広まったと考えたほうがいいのかもしれない
この頃の表現がすべて良かったとはいえないが、クリント・イーストウッドに硫黄島の映画を作ってもらわなければいけない現在の日本映画界よりは良かったと思う
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【DVD】『皇帝のいない八月』

wikiを見てみると、本作は押井作品の自衛隊ものに影響を与えているらしい。
ということは、『皇帝のいない八月』→『パトレイバー』シリーズ→福井晴敏“ダイス・シリーズ”の系譜が成り立つかな

皇帝のいない八月皇帝のいない八月
(2006/04/27)
渡瀬恒彦吉永小百合

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憲法改正を目指し自衛隊の過激分子が起こしたクーデター事件を描いたポリティカル・フィクション
復権を狙う大物政治家や将官が黒幕として用意されていて、さながら“二・二六事件の再来”といった内容だ
面白いのは、アメリカがクーデターに絡んでいるところ
今の日本人にはピンとこないけど、公開された70年代は、CIAが世界のあちこちで親米政権を建てるべくちょっかいだしている時期。世界全体で見ればあり得ない話ではなかったわけだ
原作は小林久三の小説。アメリカの陰謀というと松本清張を思い出すが、その系譜にあると思っていいのかな

登場する人物は骨太でコワモテ。視点となる人物の石森(=山本圭)や杏子(=吉永小百合)はまだまともだが、他の関係者はみな一癖二癖あるものばかり
事件解決の指揮をとる内閣情報室長利倉(=高橋悦史)は冴えすぎる頭脳から冷酷な決断を出すマキャベリストだし、クーデターの部隊を率いる藤崎(=渡瀬恒彦)は栄光ある死を目指す狂った軍人だ
藤崎の妻である杏子の父は自衛隊警務部の江見(=三國連太郎)で憲兵上がり。彼もまた自衛隊を代表して事件の解決に取り組む。取り調べで相手を死に追いやる非情の人だが、娘の命が絡むと泣いて騒いだり人間味を見せる
とにかくみんなのキャラが太く立っている。特に利倉の怖いほどの冷酷さには恐れ入った

場面の構成は、石森、杏子、藤崎とその部隊がいるブルートレイン「さくら」と、陰謀渦巻く東京に分かれるが、どちらも最後まで緊迫。「さくら」には他の乗客たちもしっかり捉えられていて、藤崎が右翼の街宣車ばりの演説をしても乗客の反応は「ハァー?」。藤崎たちの独善ぶりが際だつ効果をあげている
ちなみに「さくら」には、何故か渥美清(寅さん?)が乗客役で出ているw
「東京」の場面には、クーデターの黒幕である大畑現首相佐橋の駆け引きが裏にあり、利倉は彼なりの意図で大畑を仕留めようする。最後までどうなっていくか、目が離せない
ただ、「さくら」での攻防からラストまでの締めが峻烈すぎて、唖然とした・・・
2時間超の映画だが、それを感じさせないところはさすが『人間と戦争』『白い巨塔』を撮った山本薩夫といったところ
1978年公開でぷんぷん「昭和」の匂いがするが、日本では希少なポリティカル・フィクションの名作だろう

時代を感じてしまうのが、吉永小百合演じる杏子の役回り
無茶苦茶なことをする藤崎に少しでも男を立たせるために、「彼の純粋さに惚れたの」みたいなことを言わせる演出は今じゃ通じないだろう。そして藤崎と杏子との出会いがまたえげつない
藤崎に対して何一ついい印象を持てない。「真面目」「純粋」が価値を持った昭和なら、もう少しマシな人間に見えたのか。渡瀬恒彦の演技そのものは非常に迫力があっていいのだけど・・・
利倉の計算された冷酷か、藤崎の狂える熱情かを問われると、どう見ても前者に分を感じる。もう少し、藤崎側が気を配ってどちらか際どいところまで行ってくれるともっと良かった
本作では、利倉がキレイに無双して終わってしまっている。それも一つの味ではあるのだが


*2009'11/4
 『皇帝のいない八月』というクラシックの曲を探していたんだけど、あれは小説内の架空の曲らしい。わざわざ架空のクラシックを作って作戦コードの由来にするなんて、ずいぶん手が込んでいる
 あと、若い小百合さんの濡れ場が短いながらもありますぞ。『北の零年』の方では自重して欲しかったけどw


*2012’12/21
 「皇帝のいない8月」って、天皇の聖断のなかった8月、という意味だと超今さら気がついた(苦笑)

皇帝のいない八月 (新風舎文庫)皇帝のいない八月 (新風舎文庫)
(2004/04)
小林 久三

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2010'8/22 修正
2012/12/21 再編集
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【DVD】『フルメタルジャケット』

「地獄だぜぇ」のAAの元ネタ

フルメタル・ジャケットフルメタル・ジャケット
(2008/06/11)
マシュー・モディーンリー・アーメイ

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スタンリー・キューブリック監督によるベトナム戦争を題材にした映画。1987年公開だが、前年に公開されたオリバー・ストーン監督の『プラトーン』と内容が被ったために、オスカーを逃したらしい
一応、視点となる新兵“ジョーカー”がいるが、誰かが中心となって動いていく話ではない。どこか常に一歩引いて位置でカメラが回っていて、“状況そのもの”が主人公といった感じだ

構成は、海兵隊の新兵訓練とベトナムの戦場の二つに分かれている。特に強烈なのが、新兵の面倒を見る教官ハートマン軍曹。もともと演技指導のために呼ばれた元・軍曹リー・アーメイが、その余りの迫力と罵詈雑言を評価されて大抜擢されたとか。最初の40分間はこの人の罵りとしごきと、有名な行進の歌で埋め尽くされる
海兵訓練は肉体的というよりも、精神的に過酷。人の持っている尊厳を根こそぎ傷つけ、空虚なった精神に兵士としての思想と技術をはめこんでいく。命令されたことをやるだけの機械のような兵隊を育てていく光景はまさに洗脳だ
“ジョーカー”と懇意だった新兵が起こす惨劇には茫然・・・

ベトナムに舞台が移ると、明るい音楽とともにムードは少しましになるが、クールなシーン構成はそのまま。“ジョーカー”は報道部に配属されるが、取材先で戦争の現実をまざまざと見せつけられる
もっとも何が本当に起ったのか、何が真実だったのか見ていて判然としないところもある。それが返って、ベトナム戦争の泥沼をうまく表現しているように思える
途中、従軍記者(軍の広報か?)が兵士をインタビューするシーンが挿入されていて、数人の兵士が戦争について語る。それぞれが断片的に並べられ、これもまた話が脈絡をえない。各兵士ごとに“戦争”の見え方が違って、はっきりした答えは出てこない。戦時下のなかの一個人からは、全体は誰も把握できないということなのか

カメラはいつも一歩引いた視点で回っているが、あくまでそこのいる人間と同じ視点に立っていて、“見えない状況”を見せてくれる。いわばドキュメントに近くて「見えてこないリアル」を感じさせる
クライマックスには一応、戦闘シーンが用意されているが、ヒロイックな要素は一切ない。一人の狙撃兵に部隊が振り回されたあげく、その狙撃兵の正体は・・・
2時間の映画だが、一つ一つのシーンが強烈。見ていて寒々としてしまうところが多いが、それだけに強度のある反戦映画になっている

*2013’4/10 大幅に編集、割愛


関連記事 『戦争における「人殺し」の心理学』
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『ローマ人の物語 6~7 勝者の混迷』

ポエニ戦争後、ローマが獲得した広大な国有地は、元老院議員らの有力者たちが事実上独占し富の偏在が進む。また、海外領土の獲得で経済人たる“騎士階級”が台頭する。その一方で、戦争に出征した軍団兵たちの中には一寸の土地も持たない無産市民に転落する者が続出。ローマ市民の間で貧富の差が拡大する。ローマの団結に綻びが見えてきた

ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上)新潮文庫ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上)新潮文庫
(2002/09/01)
塩野 七生

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ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下)新潮文庫ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下)新潮文庫
(2002/09/01)
塩野 七生

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第三巻では、この「格差問題」に取り組んだ指導者たちが主役。護民官の立場から大土地所有を規制しようとしたグラックス兄弟、軍団兵を志願制に切り替えることで失業問題に当たったマリウス、強権を持ってローマの共和制を再興しようとしたスッラ、若くして大功を建て、後にカエサルのライヴァルとなるポンペイウス
特に面白い存在なのがスッラ。元老院に真っ向から反逆し、独裁官として国政を改革する。彼の政治志向こそ共和制の堅持だが、その政治手法はローマの伝統に反したまさに独裁者のそれ。彼のやり方の前にはカエサルのルビコン越えなど可愛いもんだ
著者の評価は微妙だが、彼がカエサルにとって大きな前例になったのは間違いないだろう
「格差問題」は紆余曲折を経て是正されていくが、その過程に帝政への萌芽が見え隠れする。改革のための強権と、広大な国土を守るための独裁権が求められたのだ続きを読む
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『ローマ人の物語 3~5 ハンニバル戦記』

二巻目の範囲はタイトルにあるとおり、対カルタゴ戦争であるポエニ戦争。第一次から、ハンニバルが活躍する第二次、カルタゴが滅亡する第三次までをとりあげている
主役はなんといってもハンニバルであり、後半登場するスキピオ・アフリカヌス(大スキピオ)。二人を中心にエピソードがちりばめられ、歴史小説のような構成になっている。二人、特にハンニバルの戦績というのは凄まじいもので、再読にも関わらず架空歴史物を読んだような気分になった
脇役陣にも、ハンニバルの前進を止めたファビウス、シラクサの名君ヒエロン、稀代の天才アルキメデス、大スキピオの足を引っ張る大カトー、ヌミディアの王族マニシッサと英雄たちが目白押し。さほど煽るような筆致ではないのに、自然に高揚してしまう

ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上)    新潮文庫ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) 新潮文庫
(2002/06)
塩野 七生

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ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中)    新潮文庫ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) 新潮文庫
(2002/06)
塩野 七生

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ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 新潮文庫ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 新潮文庫
(2002/06)
塩野 七生

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第一次ポエニ戦争にも、結構ページが割かれている
発端は、シチリアの都市国家メッシーナがローマの同盟都市になったこと。このことにより、地中海を支配していた大国カルタゴと至近で接することになった。いわばローマの拡張がカルタゴを刺激したのが原因
そしてローマとカルタゴに挟まれたシラクサは、ローマとの同盟を決意し、これがさらにカルタゴ側を硬化させ戦争に発展する。カルタゴを大国視していたローマ人にとって、この展開は予想外だったようだ
実際に戦争が始まると、ローマ軍は陸戦では敵なし。カルタゴは傭兵を中心とした軍隊で、外国人が中心。士気と戦術でローマに劣っていた
海の方がカルタゴが圧倒すると思いきや、ローマは国を挙げて艦隊を編成し一歩も引かない。船乗りを育成するには、相当な期間がいるはずだが、海難事故で失った艦隊も瞬く間に再建する。ローマ脅威の建艦能力だ。そして船の先に橋桁“カラス”をつけて斬り込む新戦術で、カルタゴ海軍を追い込むことに成功する。第一次ポエニ戦争はカルタゴがシチリアを放棄する形で終結した
すでに第一次の時点で、ローマとカルタゴとの結束力の差が露呈している。カルタゴは市民そのものは戦わず、外から傭兵を集めて軍隊を編成している。軍の地位は低く、負ければ司令官には死刑が待っている
ローマでは軍司令官は執政官であり、国家の要職を歴任したものが就く。なので負けても死刑になることはなく、結果を恐れずに指揮がとれる。市民であることと兵士であることは同義に等しく、共同体としての意識が強い
国家体制の差は歴然だ続きを読む
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