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『餃子の王将社長射殺事件』 一橋文哉

二週間も更新があいてしまった。時間が経つ早さに愕然とする


餃子の王将社長射殺事件
一橋 文哉
KADOKAWA/角川書店
売り上げランキング: 376,128


2013年12月19日。京都市山科区、本社前で四代目社長・大東隆行が射殺された。いったい犯人は……誰がなんの意図で……。事件の裏側と日本の闇社会の変化を探る

もろに地元で起こった事件なので、手に取ってみた。もう6年も経っていると思えない衝撃が残っている
未解決事件であり、本書は犯人像、その黒幕に鋭く迫っているものの、確定されるような真相が明かされるわけではない。作中に出てくる証言者も、取材源の秘匿がジャーナリストの義務であることを考えれば、かなりの脚色がなされているとみなすべきだろう
餃子の王将は今や、全国展開する一大チェーン、まさに中華料理の“王将”なのだが、最初は60年代の京都から始まった。当時は「珉珉」が同業の先駆者であり、その競合に勝つべく創業者の加藤朝雄と殺された大東隆行は、でかくこってりした餃子とユニークな無料キャンペーンを展開し拡大した
朝雄氏の死の一年後、三代目社長に息子の加藤潔が就任。当時はバブル冷めやらぬ時代、父親の遺訓を破り不動産業に手を出して、会社を傾かせる大規模な損失を出した
それを立て直すべく、“現場の鬼”大東隆行が四代目目社長につき、副業や不採算店舗を清算し、ハードな研修や信賞必罰の徹底で業績をV字回復!
その峻烈な経営による、長時間労働に多くの離職者、“絶叫”研修が問題視されていた矢先の射殺事件だった……というのが表の歴史である

外食チェーンが全国へ出店していく際に、問題になるのが土地の確保。チェーンの戦略にあった立地条件は必須である
そうした土地取引を為すのは不動産屋であり、その裏には暴力団関係者が関わってくる。本書ではキーマンとして、王将の全国展開には各地域の顔役に橋渡しをするU氏が登場する
U氏は創業者・加藤朝雄と同郷で、会社を傾かせたゴルフ場への異常融資に深く関わっていた。王将側が闇社会への仲介の労に応えるために、バブル崩壊で苦しむゴルフ場経営を助けた疑惑がある
こうしたトラブル対策の仲介者をもっていても、出店にともなうトラブルは起こる
2012年12月、石川県金沢市の繁華街、片町にある店舗で、ホストたちが乱痴気騒ぎを起こして、ネットに全裸の記念写真を流す事件があった
彼らはホストクラブの出店先の土地へ王将が先を越したことに激怒し、報復に及んだのだ。興味深いのは、彼らが半グレ集団『怒羅権』(ドラゴン)のメンバーであり、そのルーツはなんと中国残留孤児の2、3世だというのだ。この中国、満州への因縁が王将を取り巻く

王将の社長を射殺した凶器は、25口径の自動小銃
暴力団の殺し屋が使用するのは一発で仕留められる38口径を好むといわれ、実際に社長へは4発も発砲されている。4発を命中させる腕前はプロに違いないが、わざわざ殺しきれないリスクのある25口径を使ったのはなぜか
ヒントは銃弾にあって、それは加工され被害者が苦しんで死ぬように意識されていたというのだ。この手口は中国系マフィアが裏切り者の処刑する際の手口らしい
実際、関西国際空港には、事件当日に入国して日帰りで帰る不自然な女性がカメラに残っており、「女殺し屋説」を本書は推している
当時、王将は中国進出に挑戦しており、餃子発祥の土地、旧満州こと中国東北部へ展開をはかっていた。一説には創業者の朝雄氏が召集されて満州で憲兵をしていた時期があり、朝雄氏の悲願だったともいわれる
しかし他の外食チェーンが大規模展開する傍ら、大連を中心とした数店にとどまり、事件後の2016年に大連店も閉店していた
本書ではその理由として、出店の際にマフィアと仲介したコーディネーターとの物別れ、あるいは他のコーディネーターと頼むダブルブッキングの影響があげられいて、その報復が社長に及んだ説を紹介している
そして、終章で及ぶのは、暴対法を嫌って東南アジアへ拠点を移す暴力団の姿。上記の半グレ集団もここにつながってくる
彼らは中国系や地元マフィアと密接に組んで活動しており、朝雄氏がアジア人留学生を援助するための「加藤朝雄国際奨学財団」を利用して“犯罪者の人的交流”を進めていたともいう
真相はやぶの中だが、王将を食いものにしようと様々な集団がうごめいていたのだ
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『もうひとつの「バルス」 宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代』 木原浩勝

バルスはトルコ語で「自由」だが、作品の設定ではラピュタ語の「閉じよ」からとか



『天空の城ラピュタ』製作の裏には、いったいどんなドラマが隠れていたのか。当時のジブリスタッフによる回想


タイトルから宮崎作品の評論かと思いきや、そうではなかった(苦笑)
著者はスタジオジブリで製作進行を務めたあと、1990年にジャパニーズホラー・ブームの端緒になったと言われる『新・耳・袋』で作家デビューし、『空想科学読本』などやり手のコンセプトライターと名をはせた人である
宮崎駿に憧れてアニメ業界に飛び入り、できたばかりのスタジオジブリへ入社した経緯から、劇場アニメ第一作の『天空の城ラピュタ』(以下『ラピュタ』)で「製作進行として関わった現場の光景、とくに宮崎監督の言動を事細かに、手際よくまとめている
「製作進行」とは、原画・動画などの作画、色を塗る仕上げや背景、背景にセルを重ねた撮影、現像、編集などアニメ制作の多くの工程を橋渡しする役目で、外注先が多いのでスケジュール調整からフィルムの運搬までに関わる。アニメの現場が激務ならば、とうぜん「製作進行」も激務となる
著者は「『ラピュタ』に関わる間は、一日も休まない」とストイックな決意をしており、筆は取らないといっても情熱がなければ務まる仕事ではない

アニメは、絵コンテがなければ始まらない。絵コンテ「作品そのものの設計図」であり、それぞれのカットの演出、台詞などすべての情報が詰め込まれる
その絵コンテを宮崎監督は一人で手掛ける。本来は絵コンテを全て描き上げてから、原画・動画に回されるが、『ラピュタ』では作品の半ば(シータが要塞から救出されるまで)の絵コンテができた段階で、原画マンと打ち合わせが始まった
設立したばかりのジブリでは、全員が作品契約であり、自分の受け持ちが終われば元のスタジオへ帰っていく。スケジュールの厳しさから、原画マンの空き時間を少しでもなくしたいからだ
こうなると、後半の絵コンテができた段階で、前半のカットを追加や変更が出るリスクがあり、上映時間や予定作画枚数に影響でてしまうかもしれない
しかし、結果的には二か所の作画が追加されたにとどまった。それは宮崎監督の頭の中に、ストーリーが明確に出来上がっていて、経験則で尺や作画枚数が分かっているから。著者は絵コンテの天才と称える
上映時間や作画の手間を考えて詰まったとき、細かい考証よりノリや勢い重視の解決を選ぶあたり、表現重視のアニメーター出身の監督らしい

宮崎監督というと、すべての作画を直して自分色に染めてしまうイメージだが、実際にはそこまで手が届かない
例えば悪役のムスカ大佐は、登場するタイミングが離れているために、よく見ると一貫性がなく、なんだかんだスタッフの個性を残されている
「原画頭」の金田伊功、小林一幸、二木真希子ぐらいの優れたアニメーターとなると、その腕を信頼して修正されなかったそうだ
2時間4分という微妙な尺になったのは、製作資金や人員の問題ともに当時最新だった新メディア「レーザーディスク」が2時間までしか入らないから。2時間を越えると二枚組になって値段が大きく変わってしまう
しかし、宮崎監督はどうしてもその4分を削り切れず、ドラマの質を落とさないことを優先した(4分を切らずにいられる立場にあったことになる)
撮り終えた後には、頭がきれいな白髪に変わってしまうほど、『ラピュタ』は心血を注いだ作品だったのだ

本書ではドーラ一家の小型飛行機「フラップラーSF小説『デューン/砂の惑星』の「オーニソプター」に着想を得つつも、乗り心地を想像して昆虫型の羽ばたき式に変更したとか、「ロボット兵」がアニメ版『スーパーマン』(フライシャー兄弟作)の「メカニカルモンスター」からと元ネタを明かしたり、上映時間がおしていなければありえた展開などが裏話が明かされている
WIKIに載っている話と微妙な違いもあって、美化されているところもあるかもしれないが、アニメ好きなら一度目を通してみたい一書である


ふたりのトトロ -宮崎駿と『となりのトトロ』の時代-
木原 浩勝
講談社
売り上げランキング: 315,942
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『小説 田中軍団』 大下英治

1週間も記事を上げてなかった。どうしてこうなった


小説 田中軍団〈上〉 (角川文庫)
大下 英治
角川書店
売り上げランキング: 1,279,694

小説 田中軍団〈下〉 (角川文庫)
大下 英治
角川書店
売り上げランキング: 1,239,780



1985年2月、鉄の団結を誇った自民党内の田中派が割れ、竹下登を中心に新しい派閥「創政会」が立ち上がった。反竹下の派閥会長・二階堂進は総裁選への出馬を抜き打ちで発表し、脳梗塞で倒れた田中角栄の支持を取り付けるが……。田中角栄がいかに自民党を支配し、手塩にかけた議員の反乱を招く結末に至ったかを描く政治闘争史

田中角栄とその軍団の栄光と、世代間抗争を描いたノンフィクションである
冒頭こそ、経世会と二階堂派の抗争だが、田中角栄の幼少時から丁寧に振り返り、上巻半ばまではほぼその立志伝だ。志、金、女も含めて、生々しく政治家たちの実像を描かれていく
高等小学校を卒業後は、16歳で上京し夜間学校に通いながら働き、19歳でなんと建築事務所を設立する
敗戦後、1947年4月の衆院選に初当選し、政争を巻き込まれて吉田茂の民主自由党に入り、その選挙部長となる。その後、九州の炭鉱疑獄事件で収監されるが、1949年1月に再選されると、戦争で荒廃したインフラ整備を中心に議員立法を成立させて行き、地元の新潟でも長岡鉄道の電化を実現し、のちに首相となる佐藤栄作池田勇人の知遇を得る
角栄というと、首相以降の日中国交正常化とロッキード事件などの派手な部分に焦点があてられがちだが、そもそもが土木建築の実業家として頭角を現していて、ガソリン税を道路財源にしたし、郵政大臣時代にテレビ局と新聞社の統合系列化を進めて民放の体制を整えるなど、後世に残した影響は大きい

角栄は岸信介、佐藤栄作の内閣で大臣を歴任したのちに、幹事長に就任
昭和44年(1969年)の第32回衆院議員選挙では、288議席の大勝利に貢献した。このとき新人だったのが、渡部恒三、小沢一郎、羽田孜、梶山清六、石井一、綿貫民輔が当選し、先輩格の竹下登、金丸信、二階堂進、3期当選の橋本龍太郎、小渕恵三とともに、いわゆる田中派、「木曜クラブ」の中核となる
佐藤栄作は沖縄返還を花道に勇退することとなるが、後継には政権運営に貢献した角栄ではなく、東大出大蔵省出身の福田赳夫を選ぶ。ここに「角福戦争」が始まり、“おやじ”である佐藤栄作に逆らう形で首相に就任する
首相辞任のきっかけはロッキード事件ではない。オイルショックによる経済の悪化に、文藝春秋の『田中角栄研究』『寂しき越山会の女王』といった金脈問題が浮上したことで内閣支持率が激減し退陣を余儀なくされる
ロッキード事件の発覚は三木政権下であり、その公判が表舞台での活動を妨げたのだった

無念が残る角栄は首相への復権をうかがいつつ、三木、福田政権ののちに、初当選以来の盟友である大平正芳を首相につけ、大平が病に倒れると鈴木善幸を担ぎ、その後には少数派閥の中曾根康弘を支える
さて本題。なぜ、竹下登らは角栄に反乱を起こしたのか
それは最大派閥にも関わらず、総裁候補を出さなかったこと。10年間も他派閥の首相を支え続けて若手を中心にフラストレーションが溜まっていた
それは竹下を総裁候補に出してしまうと、角栄自身が首相に返り咲けないからであり、完全に彼のエゴだった。1985年時点で角栄は67歳、竹下は61歳。派内で最有力の後継と目されていた竹下の自民党総裁を事実上否定したことで、「創政会」としての独立を決定的にした。「創政会」→「経世会」は竹下内閣以後も、自民党内で主導権を握り続けるのであった
しかし平成5年(1993年)には小沢一郎、羽田孜らが自民党を離れてまで、小渕恵三を推す竹下に反抗し、細川連立政権を成立させる。再び子殺しが親殺しを呼ぶ
本作を読めば昭和・平成の日本政治は、佐藤→田中→竹下と保守の分裂・内紛により動いていったことがよく分かる



大下英治は他にも何本か角栄の本を。内容はある程度かぶるかな?
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『セブン・イヤーズ・イン・チベット』 ハインリヒ・ハラー

封建的な宗教国家ながら、温かい昔のチベット


セブン・イヤーズ・イン・チベット―チベットの7年 (角川文庫ソフィア)
ハインリヒ ハラー
角川書店
売り上げランキング: 335,024


第14代ダライ・ラマの家庭教師にもなった登山家ハインリヒ・ハラーのチベット滞在記である
この前見た、ブラピ主演映画の原作なのだが、映画同様に波乱万丈だ
戦争の勃発でイギリスの収容所に囚われ、そこから何度も繰り返される脱出は、まさに映画『大脱走』を彷彿とさせる。チベットは中立を維持し習慣を守るために鎖国政策をとっており、交易に来るインド人やネパール人などにしか旅券は発行されていなかった
かといって、ハラーたちは過激な対応されるわけでもなく、地元の住人から不幸な旅行者として歓待を受けつつ、上が怖い地元の役人には追い返されるを繰り返す
〝禁断の都”ラサに入るには、条件付きの旅券をはったりで使うしかなかった
ラサに入ると、ダライ・ラマの両親から呼び出されて、一気に情勢は好転する。ダライ・ラマ自身が好奇心ともに、文明の力の必要性を認識していたのだ

原作を見たことで、映画のどこが演出だったかが分かる
まず、アウフシュタイナーが現地の女性と結婚したという記述はない。ハラーが恋の鞘当てに敗れたのは、彼の一匹狼な性格と、家族との問題を乗り越えられていないことを表していたのだ
映画のラストでは、オーストリアに帰国して自らの息子と和解、一緒に登山する締めとなっており、チベットの経験による彼の変化を描いていた(ハインリヒ・ハラーの私生活についてはよくわからない)
また、ンガワン・ジクメとは特に面識はなく(言及されない)、彼が武器庫を爆発させて降伏したことも好意的に解釈されている
1951年の17か条協定において、中国共産党はダライ・ラマの宗教的地位とチベットの自治を認めると約束していて、出国するハラーからしても妥当な結末と思われたのだろう。チベットの伝統が潰えると分かっていても

ハラーが亡くなったのは2006年で、映画化された1996年には当然、存命していた
文庫版には50年後のあとがきが収録されている。1959年のチベット蜂起でダライ・ラマが亡命せざる得なくなり、中国による粛清の嵐が吹く。ハラーはダライ・ラマと再会し(1965年の写真が巻頭にある)、その独立運動を応援するようになった
映画において、ハラーがンガワン・ジクメをぶん殴り、人民解放軍の横暴が(ダライ・ラマの夢のイメージとして)描かれるのは、こうした政治的文脈があったのだ。映画のイメージは1951年のみならず、その後の弾圧までを含めたものだろう
チベットの未来を知らないうちに著された本書は、寒すぎてシラミが体中についても服が脱げないなどの登山中の苦労や、治安が届かない地域の盗賊の怖さ、仏教の影響から死刑のない代わりに手足が切断される罪人神がかりの予言から見つけ出される次代のダライ・ラマなど、数百年続いてきたチベットの伝統最後の輝きが描かれていて、歴史好きも旅好きも必読の紀行である


関連記事 【DVD】『セブン・イヤーズ・イン・チベット』
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『スノーデン・ファイル』 ルーク・ハーディング

携帯やネットは筒抜けなので、暴露する側も徹底した情報統制


スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実
ルーク・ハーディング Luke Harding
日経BP社
売り上げランキング: 160,517


2012年末、エドワード・スノーデンは何を世界に警告したのか。スノーデンとそれに協力するマスメディア、そして米英両国との確執を描く
エドワード・スノーデンはCIA、NSA(アメリカ国家安全保障局)の職員であり、学生時代から磨いたスキルを活かしてコンピュータセキュリティに関わっていたが、NSAが自国民の無制限の通信傍受に携わっていたことから、合衆国憲法に抵触するとして告発に及んだ
本書ではNSAイギリスのGCHQ(政府通信本部)が行った諜報活動とともに、スノーデンがどうやってグレン・グリーンウォールドなどのジャーナリストと接触したか、スノーデンから得た情報を記事にしたイギリスのガーディアン誌にどのような圧力がかかったかも取り上げられる
ネットを通して世界を監視社会化した国家と、それに対抗するジャーナリズムの戦いの日記なのだ

ずいぶん報道されたことながら、おさらいすると、事の発端は2001年の同時多発テロ事件である
アメリカへのテロを防ぐために、ネット社会への監視が必須とされ、アメリカとイギリス、ヨーロッパ大陸をつなぐ大西洋にまたがる光ファイバーに手を加えられた。これには、イギリスのGCHQも積極的に関与し、情報を共有し合うことになる
さらにIT企業にも通信傍受の協力が求められ、マイクロソフト、Yahoo!、Google、Facebook、You Tube、Skype、アップルらが応じて、NSAが傍受しやすいように暗号回避のバックドアが作られることもあった
対テロ戦争の美名のもとに、リベラルとされるオバマ政権でも継続され、改善を期待していたスノーデンを落胆させることとなる。そして、通信傍受の対象がテロと関係ない一般市民や第三国の人間も無制限に広がっていき、機関自身すら捌ききれないほどの情報がNSAに集積されていくこととなる。ITのテクノロジーと情報機関が融合することで、システムの暴走が起こっていたのだ

スノーデンの告発はアメリカの国民や同盟国を震撼させた
EUのリーダーであるドイツは厳重に抗議しつつも、自身の諜報活動から深く追求しなかったが、2013年にはメルケル首相の携帯が盗聴されたことが発覚して、米独の関係は一気に冷え込んでしまう
旧大英帝国のつながりから特別な情報共有が進んでいるカナダ、オーストリア、ニュージーランドにすら、NSAの活動は及んでいて、アメリカの影響力が強い中南米諸国にも強い動揺が広がり、アメリカ―イギリスを経由しない光ファイバー網の建設も検討されたという
しかし、そういう実態が明かされたところで、米英政府は強気だった。ドイツやフランスも自国の諜報活動に支障が出ることから強くは追求せず、イギリスは記事を書き続けるガーディアン誌に対して露骨な圧力をかけ、裁判にまで発展する。イギリスには、合衆国憲法修正第一条のように報道の自由が明文化されておらず、国民の安全を口実に封殺されやすいのだ
そこでガーディアン誌は憲法で報道の自由が保障された、通信傍受の大元であるアメリカの支部で報道が続けられた。そして、母国アメリカにいると終身刑にあいかねないスノーデンは、監視社会が全体化しているロシアに亡命せざる得なかった
自由と権利を守るために、守られない国にいざる得ないという状況は皮肉であり、自由に見えるネット社会の実態を示す深刻な話なのである
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『山本五十六』 阿川弘之

阿川佐和子のお父さん


山本五十六 (上巻) (新潮文庫)
阿川 弘之
新潮社
売り上げランキング: 24,756

山本五十六 (下) (新潮文庫 (あ-3-4))
阿川 弘之
新潮社
売り上げランキング: 20,672


日米戦争に反対しながら、その口火を切らざる得なかった山本五十六とはいかなる人物だったのか。その出生からブーゲンビルで戦死するまでを詳細に描く
膨大な取材と資料を駆使した山本五十六の記録文学である
海戦における航空母艦を中心とした機動戦術の優勢を確立した名将である一方、戦前においては日米戦争に最後まで反対し続けたことでも知られているが、本作で強調されるのは生々しい人間としての姿
愛人である梅龍の千代子との逢瀬、「海軍を辞めたらモナコでカジノでもやる」というほどの博打・勝負好き、どこでも逆立ちして見せる茶目っ気と、戦争のドキュメント番組などからは想像しにくい、軽快な人柄が偲ばれる

上巻では、ロンドン軍縮会議など‟条約派”軍人としての活動が中心となる
1929年のロンドン軍縮会議は、日米英での建艦競争を阻止すべく、特にアメリカの台頭を恐れるイギリスが主導で行われた。日本は西海岸側の米艦隊を牽制できる「対米7割」を主張してアメリカと対立し、イギリスは条約の決裂を恐れた
山本は最初、大使付きの中佐という立場で参加しつつも、各国の大物にその存在を認められる。作中では山口多聞と強硬に「対米7割」を主張したことは描かれないが、条約そのものをその工業力の格差からアメリカを縛るものとして評価していた
1936年には海軍次官に就任。海相となった米内光政とのコンビで、陸軍参謀部に触発された軍令部の政治化を抑え込み、害しかない日独伊三国同盟の実現を阻止しようとした
ただし作者は軍人が政治に口を挟まないという海軍の良識が、この非常時において大人し過ぎたのではないかとも指摘する

下巻は真珠湾作戦の計画から、ブーゲンビル島で散るまで
真珠湾攻撃に関しては、本人以外のほとんどの人間から反対を受ける。しかし、日米戦をするならハワイ作戦は必要不可欠として、山本は自身の進退をかけて突っぱねる
山本からすると「南方に進出している間に、東京が空襲されたらどうするのか」という懸念があり、後のミッドウェー海戦につながる着眼点である
ただし、航空母艦を撃ち漏らしたにも関わらず、航空隊が当然あるものと思っていた第二次爆撃を決行せず、ハワイの軍事施設の多くが残存した
ミッドウェーの曖昧化していった作戦目的といい、艦隊保全主義で攻撃に徹底しきれない海軍の性質が異端児の山本五十六にすらあったといえるし、いかにも日本人らしいあっさりさだと作者は評する
話は山本の死だけで終わらず、遺体回収から国葬、知人や近親者たちがいかに振舞ったかまでに及ぶ。赤裸々な記述は訴訟騒動まで起こしたそうだが、後世に語り継がれるべき労作である


関連記事 『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(半藤一利)
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『完全なるチェス ボビー・フィッシャーの生涯』 フランク・ブレイディー

完全なる伝記


完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯 (文春文庫)
フランク ブレイディー
文藝春秋 (2015-08-04)
売り上げランキング: 170,773


チェスのチャンピオンをソ連が独占していた冷戦時代、それを覆す天才がアメリカに現われた。その名はボビー・フィッシャー。ほんの幼いときから頭角を現し、15歳にして史上最年少のグランドマスターとなる。そして、1972年にアイスランドでの世界チャンピオンをかけた戦いで、ボリス・スパスキーから歴史的勝利を挙げたのだが……

チェスの世界で疾風のごとく現われて、去っていった大天才の伝記
大学時代を将棋部で過ごしていた管理人は、カスパロフとディープブルーの対戦した際、ボビー・フィッシャーの代役にアメリカはIBMのスパコンを持ち出したと、囁かれていたことを覚えている。すでに隠遁して久しいながら、現役チャンピオンとの対戦が望まれるほどのビッグネームだったのである
1943年生まれのフィッシャーはユダヤ人の母を持ち、反ユダヤ主義の風潮に振り回されて各国を転々としていた。チェスプレイヤーになってからの彼も特定の居を定めず、そのときの志向や状況によって、各国の友人たちの家を渡り歩いた
性格は生まれながらの王様で、反ユダヤ主義の言動で周囲を呆れさせ続けたにも関わらず、必ず彼を助ける人間が現われる。フィッシャーの威名もさることながら、チェスの世界には国境がなく大らかなのである

プロの戦いにおける将棋とチェスの違いは、引き分けの多さである
グランドマスター級(国際試合)の勝負では、白番(先手番)が有利で、黒番(後手番)は引き分けを目指すのが基本。白番が引き分けを意識したら、黒番がそれを覆すのが難しいのがチェスなのだ
フィッシャーが初めて国際試合に出たときは、ソ連のチェスプレイヤーが実力的にも制度的にも有利だった。ソ連ではプロとしての環境が整備されて選手層が厚いのもしかり、世界チャンピオンの挑戦者決定戦では、ソ連のプレイヤー同士が引き分けを重ねることで、着実にポイントを引き離すことができた
またプロのチェスでは、プレイヤーは練習相手や研究・分析を担うセコンドを雇うことができ、ソ連のプレイヤーは自国の優れたプロの助言を受けることができた
世界チャンピオンをかける戦いは、冷戦時代において超大国の面子をかけた戦いにもなり、純粋な強者を決める決戦ではありえず、きわめて政治的でフェアな舞台ではなかった
フィッシャーはマスコミを通じて、ソ連有利の挑戦者決定戦の制度を変更させ、ソ連一強の時代に見事、風穴を開けて見せたのだ

どうしてフィッシャーは、ユダヤ系でありながら反ユダヤ主義にのめりこんだのだろう
管理人が思うにチェスにのめりこんで、白黒のはっきりした単純な世界を好んだのではなかろうか。選手時代には、ワールドワイド・チャーチ・オブ・ゴッドというカルト宗教にはまっており、かなりの額を寄付している。もちろん、幼少期にユダヤ人であるがために苦労したことが影響したことだろう
ソ連のプレイヤーと国際試合を重ねる頃には、自分が暗殺されるという脅迫観念を持ち始め、世界チャンピオンになった後も最初の防衛戦に様々な条件をつけて拒否してしまうのであった
冷戦時代は英雄だった彼も、1992年にサラエボでスパスキーとの再戦を受けたことから暗転する。アメリカがボスニア紛争からセルビアに経済制裁を行っており、フィッシャーの試合がそれを破るものと見なされたのだ。激怒したアメリカ政府は過去の脱税問題も蒸し返して、フィッシャーは失意のうちにアイスランドで客死する
その名声から周囲には必ずファンがいたが、勝負の世界こそが本来の居場所だったのだろう
カスパロフがコンピュータに負けたときのリアクションを書いて欲しかったけど(ないなら仕方ないけど)、本書は真摯で緻密な記述に羽生善治の解説と、読み応えたっぷりの伝記である


新装版 ボビー・フィッシャーのチェス入門
ボビー・フィッシャー
河出書房新社
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『聖の青春』 大崎善生

管理人との共通点は、部屋が積読で溢れているぐらい


聖の青春 (講談社文庫)
大崎 善生
講談社
売り上げランキング: 3,019


幼い頃に腎臓病を患った少年は、療養学校で将棋を覚える。普通の子供のように動き回れない鬱屈を将棋にぶつけ、外へと羽ばたつ翼とした彼は、メキメキ上達。1983年に谷川浩司が最年少名人が話題となり、「打倒谷川」を目指してプロの門を叩く。つきまとう持病の闘いに、師匠はときに少女漫画を探しそのパンツを洗った

今秋に上映されている松山ケンイチ主演の映画の原作小説である
管理人は大学時代、将棋部に属していて、その死には涙したものだ
本作は村山聖の良き評伝であるだけではない。冒頭には、山に連れて行った兄がマムシを投石で殺し、村山の病気が発症する場面から描かれる。周囲の人物の視点から始まっていて、なおかつ劇的な場面なのだ
そうした小説としての鋭さを持ちつつ、様々な人間から見た多声的な構成が本作の特徴であって、身近にいた作者が我を張らずに、ただただ村山聖のピースを拾い集めて作り上げられている
世界でただ一つのユーモラスな師弟関係が取り上げられる一方で、病気の子供を持った家族のやるせなさ、苦しさも描かれていて、村山聖という人間が自然に立ち上がってくるのである

村山聖には、名人位を目前にしてA級在籍中に死去した悲運の棋士というイメージがつきまとう
たしかに悲運には違いないが、本作で強調されるのは村山自身が病気を不運だと思っていなかったということだ
病気と村山は不可分の関係であり、その将棋は長くは生きられないという切迫感によって作られていた。そもそも病気になっていなかったら、将棋に出会っていたかどうかも分からない
阪神大震災で弟弟子の奨励会員が亡くなり、村山は積読の山が崩れて頭に本をぶつけただけで済んだというエピソードは、人の運命について考えざる得ない。ただ、悲運の棋士を描くだけではなく、人が生きていく上で出会ってしまう、不運や幸運、絶望と希望の錯綜が書きつけられているのだ
ヒューマンで温かいともに、人生のなんともいえない巡り合わせを見せられるノンフィクションであり、文学なのである


映画 【PS配信】『聖の青春』

村山聖名局譜 (プレミアムブックス版)

マイナビ出版 (2016-11-22)
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『天才』 石原慎太郎

まさに今太閤


天才
天才
posted with amazlet at 16.10.16
石原 慎太郎
幻冬舎 (2016-01-22)
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政治家を引退した石原慎太郎が、かつての政敵田中角栄を振り返った小説
一人称が「俺」で角栄自身の回顧録のような体裁となっていて、最初は「俺」が誰なのか明示されないのにとまどったが、これも作者の茶目っ気。自分の臨終直前の状況など、架空の回顧録でなければ書けない箇所だろう
石原自身は政治家として自民党に所属しながらも、田中の金権政治を批判して反主流派の青嵐会を結成して、まさに不倶戴天の敵といえた
本作は田中の出自から政治家としての業績・活動、本妻と愛人の二つの家庭を巡る生々しい人間関係にも踏み込んでいて、この大胆さは作者ならではものといえる。真紀子も怖くないのだ
単行本だと分厚いわりに文字が大きく、アッと言う間に読み終えてしまった。お値段のわりにあっさりしすぎないかとは思うが、中身は濃い

田中角栄は小学校を卒業すると、家計を助けるために土建屋で働き始める。上京後も働きながら夜間学校に通う苦学生だった
徴兵され満州に配属されるが、病気で帰郷後に建築事務所を設立し、理研コンツェルン(現在のリコー)との関係から戦時中に業績を伸ばした
戦後は政界へ進出。憲法制定後の選挙で民主党から故郷・新潟で出馬して初当選する
議員としては現場で土木関係の経験を生かして、インフラ整備にまつわる法律を次々に立法していった。敗戦直後は船舶、道路をはじめ日本のインフラは徹底的に破壊されており、その再建は日本の復活に必須だった。角栄の地元である新潟をはじめ北陸地方は、首都圏から遠く離れて放置されてきた裏日本であり、経済格差を埋めるのに道路・鉄道の整備がもとめられていた
最近、開通した北陸新幹線もこうした政策の延長にあるわけで、角栄は良かれ悪しかれ今の日本を形作った政治家なのである

ロッキード事件に関しては、角栄の視点と作者の思いが交わるかたちで取り上げられている
当時の角栄は選挙のために300億円もの政治資金を集めており、5億円ははした金にしか感じていなかった。ロッキード社からは橋本登美三郎、佐藤孝行、加藤六月の三名に献金されていたが、角栄はその件に直接タッチしていない
丸紅専務の伊藤宏から受領したという、角栄の秘書・榎本敏夫の証言は、角栄が受領を認めたというガセネタを検察が新聞社に流し、その一面を榎本に見せることで調書に署名させたという裏技によるものだった
角栄の後継内閣は、直接の後継候補だった椎名悦三郎三木武夫を指名するが(椎名裁定)、三木にとって角栄は政敵。徹底した追及につながった
角栄がアメリカの石油メジャーを出し抜いて独自のエネルギー外交を展開し、ニクソン訪中に続く中国への急接近も、アメリカの警戒心を煽った
本作では直接語られないが、ロッキード事件の裏には、直接の問題になったトライスターの売り込みのみならず、対潜哨戒機P3Cの導入問題がある。軍用機の問題が露呈すると、国防に響くのみならず日米両国の体制を揺るがすものとなるので、角栄一人に留めるために白羽の矢が立ったという話もあるようだ
本作でも金権体質はモロ出しだが、政治家としての角栄はあくまで国益のために行動した。今の政治家は官僚出身かタレント、元ハーバードとか、垢抜けている反面、時勢に流されやすい人が多いので、人を動かし腰を据えた考えを持つ政治家が現われて欲しい
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『ペリリュー・沖縄戦記』 ユージン・B・スレッジ

他のFCブログへコメントしようとしたら、「不正な投稿」だと言われて拒否られてしまった
相手さんのブログにNGされてるわけではないとはずなので、単なるバグだと思うのだけど……


ペリリュー・沖縄戦記 (講談社学術文庫)
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アメリカ人から見た太平洋戦争は、いかなるものだったのか。ガナルカナル、ペリリュー島、そして沖縄の激戦地を体験した海兵隊の一兵士の記録
著者は戦時に志願兵として海兵隊に入り、戦後は生物学の教授になった人。異色の人物に思われるかもしれないが、民間人が戦争に召集されるのが普通の時代では、こういう経歴の方はたくさんいたようだ
所属したのは第一海兵師団であり、『バンド・オブ・ブラザーズ』のスタッフが製作した『ザ・パシフィック』でも著者の体験が中心的な位置を占めている
本書では敵味方が悪鬼と化す、戦場の地獄が余すことなく書かれている。当時の著者は、友軍兵士の死体に残酷な悪戯をされたことをきっかけに日本軍への同情を無くすが、特に日本人を諸悪の権化のように描いているわけではない。人間を極限の状態に追い込んでその尊厳と人間性を奪い、最後には人生そのものを奪ってしまう戦争そのものへの嫌悪が全体を包んでいる

戦史本などを読むと、1944年以降はアメリカが圧倒的な物量を背景に圧勝し続けたように思えるが、最前線の一兵士から見れば日本人同様で生き地獄に放り込まれるようなもの
上陸戦では生還できる確率は二割から三割と言い聞かされ、補給が追いつくまでは物資が欠乏し、油混じりの水で凌がなくてはならない。いくら兵站が整っているといっても、相対的なものなのだ
ペリリュー島の戦い以降、日本軍は淡白な万歳突撃から、島全体を戦場とする縦深陣地を構築して、粘り強く出血を強いる作戦に転換しており、海兵隊も立ち往生せざる得なかった。太平洋戦争末期でも、全方面で日本軍が一方的な敗北だったわけではなかった
ペリリュー島の十倍以上の規模の沖縄では、さらに異常な光景に遭遇する。敵味方の死体を葬る機会がないために、戦場に折り重なるように放置される
塹壕を掘ろうとしたら、そこには腐った死体が埋もれていて、大量のうじ虫が沸いており、作業中の兵士の衣服に入り込む!
敵味方の砲撃に疲弊した兵士たちは、精神に異常を来たして後送されていく。統計的に火力に勝るといっても、前線の兵士からすれば日本側の砲火も強力だったようだ
異常が日常化した体験は、戦後も心に深い傷跡を残した。勝利した戦争にすら、栄光はないのである。その一方で、著者は「住むに値する良い国ならば、その国を守るために戦う価値がある」という言葉も遺している


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