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『ゼウスガーデン衰亡史』 小林恭二

日本から離れていたり、近づいたりする妙な作品


ゼウスガーデン衰亡史 (ハルキ文庫)
小林 恭二
角川春樹事務所
売り上げランキング: 713,089


1984年、下高井戸オリンピック遊戯場は、双子の天才・藤島兄弟に買収されたことにより急拡大を始める。「ゼウスガーデン」に名を変えて、国内外の一流デザイナーを集めて珍奇なアトラクションを次々に立て続け、人々の欲望を満たし続けて怪物のように日本全国を覆っていく。いつしか、「ゼウスガーデン」は治外法権を持つ一つの帝国となっていた。その狂騒の果てに何が待っているのか

十数年前だろうか、HPで強く推している人がいて、数年後に購入しつつも積読の中に眠っていた
小説は1980年代より始まる遊戯場「ゼウスガーデン」の歴史をたどる年代記である。解説にある筒井康隆と作者の対談によれば、『ローマ帝国衰亡史』からではなくモンタネッリの『ローマの歴史』を下敷きにしたらしく、ローマの偉人ぽい立ち位置の人がそれらしく出てきて、人間臭い歴史絵巻が展開される
作風はというと、80年代の日本からスタートしつつ、「リアリティ」という言葉をはねつけるように「ありえないフィクション」を上塗りしていくところだろう。特にそれが作中の新しいリアリティを確立するわけでもないのだが(管理人はのれなかった)、荒唐無稽、気ままに書いているように見せかけて、実は80年代から急成長するディズニーランドなどのテーマパークVRを生み出すいたるゲーム産業の未来を睨んでいて、20年以上経った今、現実とのリンクの仕方に驚かされるところもある

1984年はいわば、バブル景気が膨らんでいく黎明期であり、「ゼウスガーデン」という遊戯空間の拡大がこれに重ね合わさっているのは言うまでない
お立ち台に代表されるディスコブームを思い起こせば、作中に展開される過激なアトラクションもその延長線上のものとして理解できるし、各国の建造物をコピーした宴会場なども、雨後の筍のように地方に建てられた箱物事業や豪華リゾートを連想できる
ただゼウスガーデンのデザイナーたちの感性は、現実のリゾート開発よりはるかに洗練されていて、その悪趣味さえも芸術性を帯びている。バブル経済はここまで壮大な構想を実現できなかったし、渦中の日本人もここまで快楽主義になれなかった。なれれば、過労死の問題など消えてしまったことだろう
作品世界と展開が現実の日本とあまりにかい離して、日本人が読む物語としては「ありえた未来」ではなく、「ありえないフィクション」へ飛躍してしまい(その分、楽しいのだが)、他国の話のようにしか感じられなかった

巻末に足された「ゼウスガーデンの秋」を読むに、ゼウスガーデンは作者自身の遊び場であり、それに関わった奇抜なデザイナー=権力者たちと楽しんでいるようでもなる。あまり大上段に社会ヒヒョウを期待して読まず、いっしょに楽しんで読めばいいのかもしれない


*2017’10/6 記事の原文を書いたのは、ネットがつながらない内なのだが、その後の政局(希望の党→民進党分裂)を見ると遊技場間の政争を思い起こしてしまった(笑)。小池百合子の矢内原夫人説
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『宵山万華鏡』 森見登美彦

京都や祇園祭にくわしくなくても楽しめる


宵山万華鏡 (集英社文庫)
森見 登美彦
集英社 (2012-06-26)
売り上げランキング: 12,120


祇園祭の“宵山には、何かが潜む!? 山鉾と露店でにぎわう一日に、さまざまな人々の想いが交錯し、不思議な世界の扉が開く
祇園祭の“宵山”だけにちなんだ短編集
六つの話がひとつの世界を共有しており、ここの主人公が出会った謎の大坊主が、別の章でとある役割を背負っていたことが分かるとか、読み進むごとになんとなく世界の秘密が分かってくる構成であり、次の話に自然と楽しみになってくる
特徴的なのが、宵山を舞台とするだけあって、京都という都市空間の中からファンタジーを引き出しているところだ
京都は景観条例や経済力の問題もあって、都市開発できる地域は限られているし、家やビルの建て替えは進まない。結果、何が入っているか分からない古いビルがうらぶれたまま残っている
その建物のなかには何があるのか、屋上はどうなっておるのか、そんな更新されにくい町並みから、華やかさと怪しさと、ほんの少しの怖さが入り混じった幻想的な世界が立ち上るのだ


<宵山姉妹>

バレエ教室に通う小学生の姉妹が、宵山の夜に教室のあるビルの上階や、露店が出ている通りを探検する話
冒険好きの姉に引きづられる妹の視点であり、子供の立場に立った、初めて見る物事、風景への興奮と不安がみずみずしく描かれる
最初の話にふさわしく、後に登場する人々が派手に、あるいは地味に少女へ関わってくる


<宵山金魚>

今はサラリーマンとなった藤田が大学時代に過ごした京都で、謎めいた旧友の乙川「宵山」見物へ出かける。生まれながらのトリックスターといえる乙川が用意した、藤田への歓迎とは?
孫太郎虫(ヘビトンボの幼虫として実在する)や、「超金魚」の養殖と、直に祇園祭と関わらないところから始まるものの、祇園祭“いちげんさん”の藤田を視点にして、外部の人が京都へ抱く神秘性や幻想が乙川の罠として描かれる
知らない場所だと、なんか破ったら怒られるしきたりとか、ありそうで億劫になるもんである。京都人ですら


<宵山劇場>

乙川が藤田に仕掛けた罠の裏側には、どんなドラマがあったのかを明かす
元学生劇団の裏方である小長井を視点に、酔狂な乙川によって集められたメンバー、学生劇団の美術監督だった山田川、洲崎バレエ教室の岬先生、大坊主にさせられる大学院生の高藪らのドタバタが描かれるのだ。人の手間を考えず独創的な想像力を押し付ける山田川が暴れ回り、小長井は終始引きずられ続けて、なんだか昔懐かしい学園物のジュブナイル小説のようだ
ただ前話までが背負っていた幻想的な雰囲気が崩れてしまうので、読んでいるときは面白いけど浮いているように思ったが、読み終わって見ると最終話のフェイクとして機能していたのであった


<宵山回廊>

京都から離れたことのないOL千鶴は、画廊の柳さんに頼まれて、宵山に画家の叔父を訪ねる。叔父は自身が「今日でいなくなる」と宣言し、不思議な万華鏡をもらったことから陥った終わりのない“宵山”を話す
叔父には“宵山”の日に行方不明になった娘がおり、万華鏡の向こうにその娘が見えたことから手放せなくなり、げっそりと痩せ衰えてしまう
最初の話の少女が出会った赤い浴衣の少女画廊の柳さんが再登場し、「終わらない宵山」という設定が加わって、作品はいよいよ彼岸の世界へ踏み込んでいく


<宵山迷宮>

今回は画廊の柳さんが主人公。柳さんはなんら心当たりがないのに、千鶴の叔父のように「終わらない宵山」に巻き込まれる。一日、一日、違う“宵山”を過ごしつつ、毎日訪れるのが、杵塚協会の乙川だった
この話では視点キャラが「終わらない宵山」に巻き込まれる。海外の小説なら『リプレイ』を思い出させる展開だ
乙川の口からは、この「終わらない宵山」はある万華鏡から覗かれた世界だと明かされる


<宵山万華鏡>

最初の話に出てきたバレエ教室に通う姉妹の、が主人公。妹とはぐれた姉は探しつつも、不思議な“宵山”の世界に惹かれていく
そこに誘うのは、妹も会ったはずの大坊主。そして、岬先生らしい舞妓さんに出会うが、どうも勝手が違う。ビルの屋上同士がつながっていて、あの藤田を罠にはめた“宵山”よりも荒唐無稽なのだ。そして、登場する“宵山様”はというと……
古いビルの屋上には、植木鉢が置かれまくったり、おかしな置物があったりとそれぞれ謎の個性があるもの。まして祭の夜となれば


ひとつ不思議に思ったのは、本作の舞台が“宵山”に限られていることだ。祇園祭は準備期間から一月に渡るお祭りだし、“宵山”の翌日の山鉾巡幸こそが本番である
あとがきを読むと、それも氷解する。作者は山鉾巡幸に出かけたことがなかったのだ。それだけに“宵山”のうるささが頭に残ったのだろう。あるいは、「祭の前夜のにぎやかさ」が好きなのかもしれない
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『アルスラーン戦記14 天鳴雷動』 田中芳樹

相変わらずの文章力


天鳴地動(てんめいちどう) アルスラーン戦記14 (カッパノベルス)
田中 芳樹
光文社
売り上げランキング: 17,324


デヴァマント山から来る魔軍の一団に対して、ナルサスの献策によりアルスラーンはペシャワール城を放棄した。その好餌へラジェンドラ王の率いるシンドゥラの軍勢に、チュルク軍まで侵入、魔軍の介入よりチュルク軍は全滅。復活した魔人イルテリッシュは、魔軍の力に手ごたえを掴み、空からチュルクの首都を強襲するのだった。その一方、ミスル王国を掌握したヒルメスは、ナバタイ王国を迎え撃つべく大河を遡るが、思わぬ伏兵を受ける

漫画化、アニメ化の影響か、前巻より間もなく出版されていた
前巻から引き続き、アルスラーンの主従以外の場所が面白い。イルテリッシュ『魔界転生』の宮本武蔵よろしく、完全に自立化してチュルク王国の征服をはかる。魔人の君主に人間社会が統治可能かと疑うものの、あんがい生前(?)より頭が回るようになっているので、上手く行きそうな勢いである
作者の筆が乗っているのは、ミスルにおけるヒルメスだろうか
4年の時の流れを感じさせないアルスラーン主従に比べ、しっかりと年輪を刻み人間の幅が広がっているし、パルスの他に人はなしという世界観の中で、無警戒の凡夫が実は一世の梟雄だったという意外性もジュブナイル小説からはみ出している
なんとなく積読の山に入っていたが、読んでみるとあっという間に読破できた。余計な描写がなく、簡明で軽快な文章で頭のなかへするすると入ってしまうのである

魔軍はイルテリッシュのおかげか強化された
空飛ぶ猿たちも、空からの攻撃を徹底するようになった。今まで死んだ死人の数だけいるような大軍であり、前巻まで普通のおっさんに応戦できたものが、普通の兵士では苦戦するのだ
幹部クラス(?)の妖怪として人に化ける“鳥面人妖”も加わり、パルス側を大混乱に陥れる。まあ、追い詰められてもいないのに、自ら正体を現すのは謎すぎるが(苦笑)
これまでパルスに人材が集中し過ぎて、人間界に相手となる存在がいなかったところ、蛇王から発せられる超自然の力、妖怪、天変地異によって、調整されたかのようである
ともあれ、作者が予告していたように十六将がまた一人と死んでいく場面は唖然とするほかない。なんでそんなに簡単に殺せるのだろうか
こんな死に方をしては十六将のうちに入らないではないか、と危惧するような有様で、予想どおり地味な人からお亡くなりになっているのだ(苦笑)
人材が集まって死んでいく展開は、当初から『水滸伝』を意識しているだろうけど、それを貫徹する必要はあるのだろうか
最初から予定を決めてしまって、書いていくうちに立ち上がるキャラクターたちを転がしていかない手法は、長編ファンタジーと相性が悪く遅筆を招いている気がする


前巻 『アルスラーン戦記13 蛇神再臨』

関連記事 『魔界転生』
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『千年樹』 荻原浩

母親に薦められた本


千年樹 (集英社文庫)
千年樹 (集英社文庫)
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荻原 浩
集英社
売り上げランキング: 34,234


平安時代、東国に下りた国司が現地の武士に襲われて、その家族は未開の山地に放り出された。その国司の子である幼児が最後に食べたくすの実から、木が生え樹齢千年に及ぶ巨樹に成長した。その巨樹の回りで、様々な人間模様が繰り広げられた。自殺を試す中学生に、時を越えたタイムカプセル、くだらないことで切腹させられる侍に、来ない恋人を待ち続ける女、……そして、いつしかこの木も……

ある古い社に生えたくすの木の周囲で行きかう人々を描いた物語
一章ごとに視点となるキャラクターが変わり、古今のドラマが巨樹を通して結びつく構成となっている
昔の話と今の話の類型が似て、「人間は今も昔も変わらない」「歴史は繰り返す」と見せかけながら、実は少しずつズレていて、むしろ時代ともに変わる人間の変化を辿っているようにも思えた
巨樹に取りついた幼児の亡霊(?)が積極的に関わる話もある一方で、別に樹がなくても成立する話があったりしてしまうのだが(苦笑)、違う物語に樹を通して同じ世界に属して共通する登場人物が現われたりと、最後まで読むとやはり巨樹なしに成立しない作品であることが分かる
物語の面白さを知り尽くした職人の名短編集である

「萌芽」
千年樹誕生の悲話と、1980年代のいじめられた中学生が自殺を考える話。中学生が幼児の亡霊(?)にもてあそばれているうちに、ポジティヴに立ち直る
ストレートな話に思えたが、まさか後につながろうとは

「瓶詰めの約束」
太平洋戦争末期に空襲を逃れた子供が瓶詰めに宝物を隠す話と、1970年代に千年樹の山の幼稚園でタイムカプセルを埋める話。B-29が超低空飛行で子供に機銃掃射する(夜間では比較的低空から爆撃するケースはあったようだが)、子供が高級品だった「ランドセル」をしょっている(布製のランドセルとフォローされているが……)など考証に怪しい部分もあって、話の落とし方も強引だ

「梢の呼ぶ声」
最初の章に出てきた雅也と同級生で「マドンナ」扱いされていた宮嶋啓子が主役。1990年代で20代の彼女は青春真っ盛りながら、遠距離恋愛の恋人を千年樹の下で待つ
それに戦前の女郎が若い客と心中しようとする話が重なるが、実際に死んでいた人間が見事に読者の意表を突く

「蝉鳴くや」
1990年代の学級崩壊を経験した中学生教師が巨樹に八つ当たりしてストレス解消する話と、殿に出した食い物が不評で切腹する若侍の話
武士の切腹は君主から命じられる死刑に相当し、職場の上下関係だけで決定するのはかなりの無理筋。この作品、それほど細かくない場所でも考証が甘い(苦笑)

「夜鳴き鳥」
雅也をいじめていた堀井がヤクザとなり、昔の友人だった岸本を生き埋めにしようとする話。それと中世の山賊が殺した女の死体を母親と崇める話と重ねる
全編にいえることだけども、人間にとっての生き死にが、時代ともにいかに軽くなっていったかを教えてくれるオチである

「郭公の巣」
子連れ同士で再婚した家族と、自分の子を捨てに行く小作人の嫁の話
カッコーの話題が出ていたものの、ほのぼのとした現代パートに急転にはびっくり!
どの物語にもいえるけど、生活感ともに昔の童話のような怖さを見せる作家さんだ

「バァバの石段」

死にゆく老婆と恋のマンネリに悩む孫、そして老婆の恋愛体験
珍しく今と昔の登場人物が直結し、それぞれの恋路が情感ゆたかに描かれる。お互いが血縁だから、特に千年樹が絡む必要はないのだが(苦笑)、丸く収まるのでよし

「落枝」
2000年代、公務員になった雅也が巨樹の最期を看取る
正直、最初の「萌芽」に物足りなさを覚えていたが、それもそのはず。この「落枝」とセットでものを言う話なのだ
野武士から恋仲の娘を救う若者と、いじめっ子に立ち向かった中学生の雅也の姿がかぶる
解説では「自然との共生」を特徴にあげられるが、雅也の述懐として語られる「千年も栄養を吸収し続けて巨大化する樹木」に畏怖を覚える態度こそが、作者の本懐だろう
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『エルフの血脈 魔法戦士ゲラルト』 アンドレイ・サプコフスキ

ゲラルト「おれたちの戦いはこれからだ」


エルフの血脈 (魔法剣士ゲラルト)
アンドレイ・サプコフスキ
早川書房
売り上げランキング: 20,904


先天的な体質と魔法の霊薬によって人間離れした能力を誇る“魔法剣士(Witcher)”は、怪物退治の専門家として知られていた。“伝説の白狼”ゲラルトは政治的中立を旨とする魔法剣士ながら、ニムルガルドに滅ぼされたシントラの王女シリを保護してしまう。彼女はただの孤児ではなく、「驚きの子」と称される得体の知れない力をもっていた。その解決のために、かつての恋人トリス・メイゴールドを魔法剣士の要塞に呼び寄せるが……

海外で大人気のRPG“The Witcher”シリーズの原作小説である
主人公のゲラルトは“ミュータント”と称される変異体質と霊薬によって俊敏な能力を持つにいたった魔法剣士(Witcher)であり、すでに数々の冒険を潜り抜けて英雄として吟遊詩人に語り継がれるような存在だ
一冊だけではその能力の全ては分からないが、軽装での素早い剣技は日本人には“サムライ”を連想させるし、さらに魔法を使うとなると何やら山田風太郎の“ニンジャ”のようだ。TRPG的には、スペシャルな「ローグ」なのである
ただし、魔法剣士という職業自体が、作品世界のなかでは畏怖をもって語られるものであり、魔法院という穏健な組織をもつ魔術師に比べて、社会から浮いている。そのためか、政治的中立にこだわってニムルガルド帝国の侵略には立ち上がらず、恋人であったトリスやイェネファーとは溝ができてしまったようだ
ゲラルト個人の特徴は、何よりもモテる!!!
二人の女魔術師とただならぬ過去があったかと思えば、友達の吟遊詩人ダンディリオンが使いに出した恋人とも即座にネンゴロになるとか、ここまで手の早いヒーローがいたであろうか(笑)
しかしその反面、薬によって自らの弱さ=人間性をかき消そうとした過去があり、誰とも交わらないクールさを持っている。だが、そんな怜悧な彼も、守るべき存在を持つことで……という流れなのだが

作者がポーランド人だけあって、ファンタジーの王道的な設定を踏まえつつ、スラヴ神話の要素を取り込んで、要所に霧の立ち込めるような幻想的な光景が広がる
そのなかで変わっているのが、一見、中世ヨーロッパをモデルにしつつ、「急に走るのを止めると足にミルクが溜まる」と“乳酸”の概念を持ち出したり(直後に単語としても出る)など、現代用語を次々と持ち出してくる
世界観としても、エルフ脅威の科学文明を受け継いだ人類が排水浄化施設や工場など近代の産物が都市部にはあり、公害までも発生しているのだ
と、現実の文明史とはかけ離れているところはあるものの、ベースは確固とした中世ヨーロッパであり、近代の概念を持ち込むことで現代人にも通じるテーマにも触れている。これは正しくファンタジーの効用というものだろう

直接ストーリーに絡まない固有名詞も多く、初見では把握しがたい作品世界ながら、それを突き抜けるような文章力、先を読ませない展開があって、手から本を離れさせない。オムニバスかと思わせるようなフリで、本編に絡ませ読者にアッと言わせるのだから、作者の腕力はとんでもない
にも関わらず、全五巻の“The Witcher”シリーズは邦訳がこの一巻のみ!!
どうしてこうなった。こういう名作シリーズを出版できないと、日本のファンタジーもいずれ窒息してしまうと思うのだが


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『天と地の守り人 第3部 新ヨゴ皇国編』 上橋菜穂子

感動のフィナーレ


天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)
上橋 菜穂子
新潮社
売り上げランキング: 274


バルサは戦火の迫る新ヨゴ皇国へと戻った。懐かしの四路街は防衛を放棄されていて、町衆は用心棒を集めて自衛しようとしていた。バルサは戦争で封鎖された国境が解けると読み、町衆にロタ王国への亡命を進める。その一方、チャグムはロタとカンバルの軍勢を連れて都・光扇京を目指し、それを知らないシュガは陸軍副将カリョウと組んで帝を弑してタルシュへの降伏を模索していた

尻上がりの大団円だった
シリーズ始まって以来の大規模戦闘は、迫力ある活写で描かれた。タルシュ帝国が200年戦わなかった新ヨゴ皇国とどう違うのか、投石器などを生かした戦術で具体的に示されている
その一方で、海を越えて大軍を送り込むタルシュ側の弱点がきちんと突かれていて、ファンタジーなりに世界大の戦略が練られている。いや、第1部で突っ込みを入れたことがお恥ずかしい
ここまでちゃんと考えられたファンタジー物がいくつあったろうか。ほんと、凄い作家さんである
なおかつ、放棄される町や焼き出される難民、数合わせで徴兵される草兵たちと、戦争の悲惨さがしっかり押さえられている。まさか、タンダがあんなことになるなんて……
前回ポンコツと書いたチャグムも、陣頭に立って奮戦し初陣を飾る。顔に刀傷を負ってからの彼は、国を背負う覚悟を固めて背筋がしゃんと伸びきっている
最終巻にして、もはやバルサに支えられる存在ではなくなったのだ
<守り人>シリーズは少年の成長物語としても、完璧に終結した。『天と地の守り人』の三部作は、過去関わったキャラクターたちが総登場してチャグムやバルサに絡む展開で、ファンは感涙、シリーズの幕に相応しい内容だった

シリーズの総括をしよう
一番関心したのは、キャラクターの力量や器が等身大に徹していることだ。槍の達人であるバルサにさえ生傷が耐えず、多人数や組織相手には死の淵に立たされてきた
チャグムの持つ不思議な力も、主人公補正というより負債の意味合いが大きく、可愛い彼を作者はまったく甘やかさなかった。あえて言えば、帝である父の死に立ち合わせなかったことぐらいだろうか
敵に有能な人物も多く、強さを見せ付けて圧倒する場面は少なかった。敵役を安易に貶めずに、あくまで相手なりの立場・理由で動いていることを踏まえていた
世界観は日本的な古代王朝の横にインド的大国があるとか、泥縄式で整合性がとれないところはあったものの、この『天と地の守り人』三部作をもって整理された
新ヨゴ皇国には、ヤクー=縄文人の住む土地に稲作文化のヨゴ人=弥生人が移住する古代日本の構図がモデルにあって、チャグムへの代替わりは二重の社会を統合するものといえる
また戦争後に神聖で超然とした君主から、庶民へ姿を見せる人間としての君主という変化は、近代日本の天皇制の在り方を連想させる
作者にそうした意図をなさそうなものの、歴史資源が注ぎ込まれているので自然にそう観えてくる。<守り人>シリーズは一流のファンタジーであり、時代小説なのである


前巻 『天と地の守り人 第2部 カンバル王国編』
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『天と地の守り人 第2部 カンバル王国編』 上橋菜穂子

武芸の身につかないチャグム


天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編 (新潮文庫)
上橋 菜穂子
新潮社
売り上げランキング: 202


再びバルサとチャグムの二人の旅が始まった。チャグムはバルサがタルシュのヨゴ人・ヒュウゴから聞いた、カンバル王国とロタ王国の同盟をカンバル国王に進めようというのだ。盗賊が手ぐすね引いて待ち構える国境を通り抜けるも、王都には非情ともいえる罠が待ち構えていた

ヨゴ皇国にタルシュ帝国の侵攻が近づくなか、チャグムは北国カンバルを目指す
タルシュ帝国には、次期皇帝を睨むハザール王子とラウル王子の内訌がある。ヨゴ皇国を攻めるラウル王子に対し、ハザール王子はロタ南部の反国王勢力に目をつけ、そこにカンバルを巻き込むことで広大なロタ王国を征服し後継争いをリードしようとしていた
ロタ南部の諸領主の後ろ盾であるハザール王子に、実は遠征軍の指揮権がないことがミソで、チャグムはその間隙からロタとカンバルによる対タルシュの同盟を作ろうというのだ
背の高さではバルサを越したチャグムだが、こと戦闘面ではポンコツ同然(苦笑)。戦闘力では少年時代から変わらずで、なんというか姫様なのである
そのせいでバルサが重傷を負うのも、第1巻から恒例ともいえ、彼女の後頭部が心配になってくる(微苦笑)
そんなチャグムが政治の舞台に立つと、決然とカンバル国王に直言し、タルシュ優勢の流れを大きく変えてしまう。なんというか、彼はGレコでいえばアイーダなのである

タルシュ帝国の侵略とも迫るのが、ヨゴにおけるナグユ、カンバルにおけるノユーグの“である
精霊の世界の“春”はその土地に水の恵みをもたらし、人々の生活を豊かにするものだが、その急激な変化は山々には雪崩、平原には洪水をもたらす
何やら現実の温暖化に近い話なのだ
いかなる呪術師だろうと、“精霊の守り人”だろうと、この変化を止めることはできず、それを見抜いた者はただ警告を発することしかできない
巻末の鼎談では、「計算し尽くされた世界観が合わない」「世界はかっちり都合よくセッティングできないのに」と吐露されていて、人間ではコントロールできない世界が別次元にあるという世界観が貫かれているのである
人間どもが前兆も知らずに争うなか、気づいた者たちが何を守れるのか、次巻がいよいよクライマックスだ


次巻 『天と地の守り人 第3部 新ヨゴ皇国編』
前巻 『天と地の守り人 第1部 ロタ王国編』
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『天と地の守り人 第1部 ロタ王国編』 上橋菜穂子

タンダが東出昌大というのはどうやねん


天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)
上橋 菜穂子
新潮社
売り上げランキング: 173


タルシュ帝国に連れ去られたチャグムは、新ヨゴ皇国を臣従させるというラウル皇子の申し出を断り、海へ飛び込んだ。新ヨゴ王国では国葬が営まれたが、用心棒稼業を続けるバルサのもとへ、ヨゴ人の使者が来る。ロタ王国に流れついたチャグム皇太子を探し出して欲しい、と。バルサはロタ南部の港ツーラムへ向かうが、そこはサンガルの海賊、タルシュ帝国の密偵、ロタ王国の処刑人が入り乱れる陰謀の盛り場だった

実写化の勢いで積読から取り出してみた
読んでみると、なんで積読にしていたかのかが不思議なくらい引き込まれた。宮廷のシュガ、ヤクーの村から徴兵されるタンダが少し挟まるものの、ほぼバルサの視点で動いていき、チャグムは最後あたりまで出てこない
バルサの、チャグムを助けたい、無事を確認したい気持ちが小説全体にストレートに貫かれていて<守り人>シリーズのスピリットが純粋に表現されている
彼女はレジェンドともいえる槍の達人だが、敵も一流のプロばかりでまったく油断ができない。毒を盛られたり、囚われたところを火責めにあったり、と罠にはめられる局面も多く、危機一髪の連続
前巻に続いてキャラクターを愛すればこそ、谷へ落とす厳しさが彼らが輝かせている

積読にしていた理由は、タルシュ帝国の登場で史実の歴史風景と重ならなくなってきたからだ
管理人の勝手といえば勝手だが(苦笑)、新ヨゴ皇国を古代の日本になぞらえていたので、隣国にインドくさいロタ王国が出てきたところあたりから、少し微妙だった。遊牧民と境界を接していると、新ヨゴ皇国の社会は生まれないと思ったからだ
普通のファンタジーだとこの程度の荒唐無稽は気にならないが(むしろ、ファンタジーだから許されることだ)、文化人類学という基礎から精緻な世界観を築かれた同シリーズだと立ち止まってしまう
そこにタルシュ帝国が登場して、<普遍的帝国>とそれに対抗する<諸国民>という文脈が持ち込まれると、アメリカ一強時代のグローバリゼーションへの批判としては正しくても、古代の日本からはあまりにかけ離れてしまうのだ
先進地域の制度を適当に取り入れたり、距離を取ってきたのが、日本という国の歴史である

とはいえ、巻末の萩原規子、佐藤多佳子との鼎談で、こうした違和感は霧散した。作者はあまり先のことを考えずに世界を構築していたのだ
『精霊の守り人』の筋は、燃え上がるバスから女性が子供を助け出す映画を観て思いついたらしく、そこから必要に応じて設定が生まれていったという。カンバル(モデルは中央アジア)やサンガル、ロタなどもその都度、創造されたもので、元々大きい世界を用意していたわけではない。案外、泥縄式なのだ
そうなると、元寇でも大陸から近場の列島までであり、南半球から北半球へ大陸間戦争は軍事技術的に近代に入らないと無理だろうという批判は、あんまり意味がない気がした
物語の最終章として、「強大な帝国に対抗しようとする皇子と女用心棒というシチュエーション、燃える!」でいいのだ


次巻 『天と地の守り人 第2部 カンバル王国編』
前巻 『蒼路の旅人』
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『産霊山秘録』 半村良

産霊山=イデオン説


産霊山(むすびのやま)秘録 (ハルキ文庫)
半村 良
角川春樹事務所
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日本の歴史は古代から、秘密の一族によって動かされてきた! かつては皇族の上位に位置し、いつしか皇室のために働いてきた“ヒ”の一族は、「御鏡・依玉・伊吹」の三種の神器を駆使することでテレパシーやテレポートなど超能力を使うことができる。戦国時代の“ヒ”の首長・随風は、信長の天下取りを後押しすることで乱世を終わらせようとした。しかし信長は“ヒ”の聖地・比叡山を焼き払い、随風の計算は狂っていく

400年の時を越える壮大な物語
“ヒ”の一族の物語は戦国時代に始まり、関ヶ原の戦いから江戸時代の黎明期、水野忠邦の天保年間、幕末、太平洋戦争末期、戦後に及び、明智光秀、南光坊天海、藤堂高虎、猿飛佐助、坂本竜馬、新撰組などが“ヒ”の一族として活躍していく
本作は“ヒ”が介入することで歴史が再解釈される「歴史小説」であり、忍術と超能力の戦闘描写に「オシラサマ」のような異形の者が登場する「伝奇小説」でもあり、それを統括する世界観は宇宙規模と「SF」要素もある。解説によると、「歴史」「伝奇」「SF」の三要素をかき混ぜて伝奇ロマン」というジャンルを確立したのは、半村良であり80年代の夢枕獏・菊池秀行による「超伝奇バイオレンス」ブームへと通じていくという
半村良は本作のように、独自の宇宙大の設定から世界が再構築する手法を得意として『妖星伝』という大シリーズもある
本作は主人公である“ヒ”の一族が異常な力を持つものの、並外れて強いわけでもないというバランスが絶妙で、自分たちの思うようにはならず、より多くの人々によって歴史は違う方向に流れて行く。彼らは自分の存在意義に悩み、様々な末路を辿る。超常者にも関わらず、極めて人間的で等身大なのだ
章ごとの物語も絶品でそれぞれの独特の味がある。あえて重箱の隅をつつくと、幕末の坂本竜馬が尻切れトンボだろうか(苦笑)
幕末編だけで一本の長編が作れる濃密さがあるので、もっと先が読みたかった

天皇家を守る“ヒ”の一族と、何でも願いを叶える「産霊山」と荒唐無稽、嘘八百の極北を目指しているように見えて、意外にテーマがあるような
“ヒ”の一族は、人々の願いを叶え世間を平穏にするために真の「産霊山」、“芯の山”を探すのが使命であり、表舞台に立つ天皇家もそれを求めて遷都を重ね、それを影から助けるのが“ヒ”の役目だった
“ヒ”は天皇家を守るために明智光秀をして信長を刺させるが、近代になって天皇の役割が変化していく
小説では“ヒ”の飛雅が、比叡山焼き討ちの業火から大空襲を受ける東京にタイムリープする
戦国時代と同様に戦災孤児ともに戦後を迎えた飛雅は、天皇が人間宣言をしたことに激怒した。なんで戦の大将が切腹して責任を取らないのか、人間になれば今までのことはなかったことになるのか
この結末のために、“ヒ”は、人々は死んでいったのか。軍国少年だった年代の人間の雄たけびが聞こえてくるのかのようだ
「産霊山」も個人の願いを聞いてくれるほど単純なものでもなく、今を生きる多くの人々の願いを聞く存在であり、歴史は人間たちの最大公約数によって動かされてきたことへの暗喩となっている
そして、人の願いは所詮、欲望であり、再現なく願いを叶え続けると、結局は他人の不幸、自身への破滅へとつながるという仏教的諦観も語られる
とはいえ、最後のオチのように基調となるのは荒唐無稽の伝奇ロマンであり、妙な文学に堕ちず華麗なエンターテイメントとして完結する

個人的には山科と東山の境にある「日ノ岡に、新しい価値が捏造されたのに爆笑した。人家が乏しい山深い場所で、路面電車の時代には地味な無人駅があるだけという、自然しかなさそうな土地なのである
まして、「比叡山」が「ヒの山」とか(笑)。初詣に行った、日吉大社の巨岩「金大巖」にも言及されていて抱腹絶倒。思わず産霊山巡りをしたくなるがな


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『ICO 霧の城』 宮部みゆき

JR西日本のICカードではなくて


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イコは生まれながらにして角が生える「鬼の子」。トクサ村では数十年に一度、角の生えた子が生まれ、その子は「霧の城」に捧げられなければならないとされていた。親友トトによって特別な紋様の衣を着ることになったイコは、生け贄の呪いを打ち破り「霧の城」を歩き回る。そして、巨大な鳥籠に吊るされた美しい娘ヨルダと出会うのだった

PS2の名作ゲーム『ICO』宮部みゆきが書き下ろしたノベライズ
宮部みゆきは予定していた連載の執筆を蹴って、本作のノベライズを自ら申し出たと言う。ゲーム原作の小説ながら、細かい裏設定は作者に伝えていないらしく、「霧の城」の歴史やその外の世界についてはゲームの雰囲気を壊さないように注文が出されていたそうだ
ゲームでは「霧の城」に捧げられたはずのイコが城の振動でカプセルから飛び出してしまうが、小説では友人が拾った古文書から特別な衣が作られるという「設定」でその不思議さが埋められている
不幸にして管理人は『ICO』をちゃんとプレイしていないので、どこまで盛っているかは分からないものの、怪物たちを払いのけながら廃墟となった城を昇り降りし、ヒロインと手をつないで右往左往する様はゲームの臨場感を再現しているかのようだ(想像なわけですが)
中盤ではヨルダ視点で「霧の城」で起こった出来事が描かれていて、素朴な光と闇の対立する物語と思いきや、重いどんでん返しが用意されており、ゲームを詳しく知らない人間でも楽しめた
ラストの決着についてはやっつけ気味ではあるものの(微苦笑)、原作ゲームという枠に縛られるノベライズならば、それも止む無しだろうか

管理人は『ICO』と同じゲームデザイナーの、『ワンダと巨像』はプレイしていて、そこでは主人公がヒロインを蘇らせようとして、魔神を封じる巨像を倒しまくり、最後は自ら魔神となって封印される物語が展開されていた
主人公が封印された後に、娘は蘇って魔神が封印された要塞で暮らすエンディングが流される。要塞は後の「霧の城」を思わせるのだが、この娘はヨルダになるのか、その母親の「女王」なのか……
はっきりと答えが出ないのが、上田文人作品のいいところかもしれない
最新作のはずの『人食いの大鷲トリコ』は、いつ出ることやら


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