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『ダークタワー 第3部 荒野』 下巻  スティーヴン・キング

FO4でガンスリンガー・プレイはできなくもない
映画のような二丁拳銃は無理ですが


ダークタワー III 荒地 下 (角川文庫)
スティーヴン・キング
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運命の三人目、少年ジェイクが仲間となり、いよいよ<闇の塔>を求める旅が始まった。‟ビーム”に沿って歩く旅路で、世界の変転で廃墟と化した街<ラド>へと入る一行。その入口で奇人ガッシャーの奇計により、ジェイクは野盗集団‟グレイ”のもとへ落ちてしまう。ローランドはガッシャーのあとを追いかけて、グレイのボス、チクタクマンに迫る。一方、エディとスザンナはジェイクの救出を信じて、<闇の塔>への道を走るという列車ブレインを探索する

下巻はタイトルどおり、ウェイストランドの冒険である
街の外側では<河の交差点>で善良な老人たちのコミュニティに出会ったものの、<ラド>の市街には弱肉強食の掟に支配された、‟グレイ”‟ピューブ”といった略奪者たちがうごめいている。悪党にしかいない、ならざる得ない廃墟はそれこそ『Fallout』のウェイストランドそのものなのだ
特に異彩を放つのが、ジェイクを連れ去った老人ガッシャー。グレイの特性である爆弾を使ったトリックが得意であり、行く先々に地雷で廃墟を崩す罠を残していく
そのボス、チクタクマンは時計を偏愛するキャラクターとそのガッシャーをも制する威圧感を持ち、マッドマックスか北斗の世界の住人のごとし(笑)。それを一蹴するガンスリンガーは、まさに救世主である

そんな<ラド>の街の、本当の主人といえるのが、エディとスザンナが見つける列車ブレイン
上巻でジェイクが購入した『シュッシュッポッポきかんしゃチャーリー』に出てくる機関車が、悪夢の世界で転生してきたかのようで、街の運命を左右するほどの力をも持つ。ジェイクが「きかんしゃチャーリー」について裏読みしていたように、人間に近い知能を持つブレインは、街の住人のように悪辣に振る舞って、主人公一行をびびらせてくる
しかし謎かけが好きで、それが隙にもなる。まさかのジェイクが購入した謎々の本がここで拾われると思わなかった。ガンスリンガーの謎かけ遊びの習慣といい、二重にも三重にも伏線が回収されていき、おそらく新しい伏線が生み出されているだろうことも分かる。これが本読みにはたまらない
ラストがあまりにいいところで終わり過ぎて、そのあとが非常に気になる。というか、読みたいんですが……(苦笑)
あとがきが言い訳がましくて草


前巻 『ダーク・タワー 第3部 荒地』 上巻

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『ダーク・タワー 第3部 荒地』 上巻  スティーヴン・キング

Waste Landsの訳は荒野のほうが雰囲気が……


ダークタワー III 荒地 上 (角川文庫)
スティーヴン・キング
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元ヤク中のエディ車椅子の女スザンナを仲間にしたローランドは、ダーク・タワーに向かって果て無き旅を続ける。タワーに向かって伸びる‟ビーム”に沿って森を進むうちに、熊の‟守護者”に遭遇し、死闘の末に三人は打ち倒す。熊は本来、<門>の守護者であり、行く手に現実世界への扉を暗示していた。一方、ローランドがモートを殺したことで交通事故死を免れた少年ジェイクは、別世界からの声に混乱し家出を決意する

第三部はページ数が多く、うまく内容が分かれているので、上下巻ずつ感想を書く
第二部のタイトルが「運命の三人」だったのに二人しか仲間にならなかった(三人目の殺人鬼は死亡した)が、第三部でその三人目が出てくる。それはローランドが黒衣の男を追いかけるのを優先して、犠牲にした少年ジェイク
ジェイクは現実の世界で、ジャック・モートに背中を押されて車にはねられて死亡し、ローランドの世界へ飛ばされた。しかし第二部でローランドがモートに乗り移って電車に轢死させたことにより、ジェイクは現実の世界で生き続けることになったのだ
本巻では、<門>の鍵が頭に浮かんで木で彫り始めるエディと、死ななかった人生に混乱するジェイクが主役となって、現実世界と中間世界が交互に物語を進めていく

ジェイクの世界は1970年代のニューヨークであり、エディは1980年代、スザンナは1960年代の間の時代である
ジェイクの年代では、エディも少年であり兄のヘンリーとともに登場する。ジェイクはエディに誘われる形で、現実世界の<門>へ向かっていく
ジェイクは多忙のテレビマンを父に持ち、神経症気味の母に、友達感覚で接してくれるメイドさんと暮らしていて、中産階級の子弟が通うパイパー・スクールへ就学している。経済的には恵まれていながら、型にはめられた環境が面白くなく、本や外界に自由を感じる思春期の少年の心情を、小説では精緻に描かれている。年代は違うが、作者の経験とあてはまるのだろうか
映画では黒衣の男に追い込まれる形だったが、小説では自らの意志で<門>のある屋敷へ出かけた。これだけ遠大なドラマとなると、映画でかなり省略されてしまうのも止む無しだろう(一時間半では無理だって…)


次巻 『ダーク・タワー 第3部 荒地』 下巻
前巻 『ダーク・タワー 第2部 運命の三人』
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『ダーク・タワー 第2部 運命の三人』

単なる仲間探しにあらず


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スティーヴン キング
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ダーク・タワー〈2〉運命の三人〈下〉 (新潮文庫)
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黒衣の男の予言から、ローランドは西の海を目指す。海辺にはロブスターに似た奇怪な怪物に、謎のドアが浮かんでいた。ドアの向こうにあるのは、ヘロイン中毒者の男、両脚を失った黒人女性、子供を突き落とす快楽殺人鬼の人生。片手の指を失い、敗血症にかかったローランドは、現代の人間世界の住人に乗り移り、生き延びることができるのか

第一巻とは、まったく違った冒険が待っていた
冒頭にローランドは黒衣の男が言っていた海に到着するが、ロブスターのような化け物に片手の指を落とされて、両手拳銃ができなくなってしまう。劇場版のような神がかりアクションが、いきなりできなくなってしまったのだ
そこから始まるのは、新しいガンスリンガーを募る旅である。海辺に佇む三つのドアを通じて、現代の世界でそれぞれとある人間に乗り移って、自分の世界に引き込んでいく
特徴的のは、細かく視点を切り分けているところで、章ごとにローランドと乗り移る対象のみならず、端役の視点にも立ってどう見えるかまで描かれている。上巻は少しかったるいぐらい細かいが、作家の腕力を感じる趣向である

ひとつ目のドアの向こうでは、薬の運び屋をやるヘロイン中毒者エディーに乗り移り、彼のピンチを切り抜けることで仲間にする
しかし、二つ目のドアにいたのは両脚を失って車椅子の乗る黒人女性だったが、これが二重人格。電車に突き落とされたのをきっかけに、淑女のオデッタ悪女のデッタに人格が分かれた多重人格者であり、デッタが万引きで追いかけられているときにローランドは連れ込んでしまった
……と、どれも一筋縄ではいかないし、そもそも味方にしてどうするんだという人物ばかりなのだ

物語は進むごとに、単なる仲間集めではなくなってくる
エディはまた、まともに協力するが(かなり毒づくのだけど)、オデッタ=デッタはどの人格が出るかで正反対。デッタのほうが出現するや、白人二人を悪党扱いして敵視するして、お荷物以上の爆弾と化す
そういう存在だと分かっているのに、頼れる相棒となったエディーがオデッタの人格に惚れてしまい、とんでもない窮地を呼んでしまうのだ
それを解決するのが、三人目の快楽殺人鬼。彼は第一部の少年ジェイクを殺して、オデッタを電車に突き落とした張本人なのである。彼のような人物をどう使って危機を乗り切るか、終盤のジェットコースターな展開が凄まじい
第一部が19歳の作品をリライトしたものだが、第二部は1987年、40歳と脂が乗りきったときに書かれたものであり、いよいよローランドの奇妙な冒険が始まるといったところだ


次巻 『ダーク・タワー 第3部 荒地』 上巻
前巻 『ダーク・タワー 第1部 ガンスリンガー』
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『ダーク・タワー 第1部 ガンスリンガー』 スティーヴン・キング

クトルゥフ神話→スティーヴン・キング→村上春樹


ダーク・タワー1 ガンスリンガー (新潮文庫)
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ただならぬ荒野で、一人の男が旅していた。男は最後の‟ガンスリンガー”=拳銃使いのローランド。彼は王国を滅亡させた<黒衣の男>を追いかけていた。<黒衣の男>の魔術によって散々いたぶられるも、謎の少年ジェイクと出会う。奇妙な洞窟を抜けた向こうで、いよいよ<黒衣の男>に追いつかんとするが……

原作を読むと、映画のことがある程度解せてきた
第一巻なので世界観のすべては掴めないものの、ローランドのいる世界は現実世界からの完全な別次元とはいえない。ローランドはガンスリンガーたちが王に仕える国に属していて、それが繁栄した時代もあったが、その一方で過去の遺物として現実世界の物体が存在している
その「現代」から流れ着いたとおぼしき少年ジェイクは、それをローランドに説明して見せるのだ
とはいえ、ガンスリンガーは西部劇のガンマンを超人化したような戦闘力の持ち主であり、タルの街では二丁拳銃で映画のような超絶アクションを見せる。物語の世界自体は開拓時代のウェスタンなのだ。日本人が戦国江戸の時代劇を好むように、アメリカ人にとっての心の故郷なのだろう

著者による序文が面白い。富野小説のあとがきのように、ぶっちゃけっている
本作は大学時代、19歳のころから書き出したもので、著者自身も後で振り返ると若気の至りで恥ずかしい内容だったそうだ
いろんなライターのセミナーに通っていたせいで、妙に凝った文学的な表現になってしまい、リライトしても第一巻にはその名残が残ってしまったという
映画で19」という数字が<中間世界>へのキーとなっていたのも、19歳という年齢に由来しており、大人の世界へと連れ去られていくイメージと重なっているようだ。本巻でも、アリスという女性が言ってはならなかった禁忌の数字が「19」である
著者の打ち明けるところ、19歳当時(1970年)はヒッピーの間で『指輪物語』が大流行しており、本作もキング版指輪物語といわれるほど甚大な影響を受けている。ガンスリンガーの王国が内部から崩壊したところなど、指輪の力が内面から<悪>を吹き込んでいくところと重なるし、人をたぶらかす<黒衣の男>はキリスト教世界の悪魔そのもの。なにせ、ラストにガンスリンガーと対峙する場所が、キリストが十字架にかけられた「ゴルゴダの丘」なのだ
<黒衣の男>が説く宇宙大の世界観と触れれば狂気の真理はクトゥルフ神話の影響も感じる。それを直接感じさせるところが、第一巻の若さなのかもしれない
『ダーク・タワー』シリーズはその青い設定(!)ゆえか、中編の連作として断続的に書かれては中断していたものの、末期がんの祖母から続きが気になるといわれたり、本人が交通事故に遭うなどの出来事を経て再開され、2002年を持ってようやく完結した
果たして、どう転がっていったのか、これから楽しみである


次巻 『ダーク・タワー 第2部 運命の三人』

関連記事 【映画】『ダーク・タワー』
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『パラケルススの魔剣』 山本弘

ゲームはPC98のみの発売なので、今となっては幻の一品
ニコ動の生主さんで、近々やってみるという人がいるので楽しみにしている





ラプラス事件から7年後、1932年。フリーのライターであるモーガン・ディランとその旦那である探偵アレックスは、イギリスの心霊研究会に招待された。そこで市井の発明家ビンセントと再会した二人は、研究会のスポンサーである出版社の社長フィリップ・A・スミス氏に本物の霊能力者である少女フランカに引き合わせる。彼はフランカの幻視を調査すべく、モーガンたちにヨーロッパ大陸への取材旅行を持ちかけるのだった。モーガンにパラケルススの短剣を魔除けとしてプレゼントして……

『ラプラスの魔』から続く、ゴーストハンターシリーズの続編である
本作もまずゲームの企画から始まって、そのノベライズという形なのだが、ゲームの製作が終わるまで連載が延びた関係で、上下二巻のスケールの大きい長編小説となっている
前作の生き残った主要人物、結婚したモーガンアレックス、奇抜な発明家ビンセントに、あの魔術師、草壁健一郎も登場。新たな仲間として、強力な超能力者である少女フランカ、「神聖なる獣」の一員だったゲルハルトが加わり、敵役はナチスの親衛隊に守られたオカルト集団!
そして、その裏にはヨーロッパ大陸を越えて地球圏全体に関わる謎の黒幕がいるという、1930年代の情勢と当時もてはやされたオカルティズムや奇抜な定説を盛り込んで壮大なスケールの冒険小説となっている
その一方で、ライトノベルの範疇に入るコミカルなキャラクターと活劇に、作者入魂のエロティシズム(!)もあって、入りやすい作品となっている

作品世界の材料となっているのは、20世紀初頭から流布されたオカルティズムである。もっとも、この頃は相対性理論や量子学がまだ一般に理解されていない頃であり、今から見ればオカルトとしか思えない、突拍子もない学説が一部に信じられた時代でもあった
冒頭の心霊研究会(SPR)は実在の組織であり、イギリスの首相を務めたA・J・バルフォアが会長を務めていたり、作家コナン・ドイルルイス・キャロル心理学者のカール・ユングが会員になっていたこともあった
先史思想研究会のヘルマン・ヴィルト、作中のダッハウで会うカール・マリア・ヴィリグート、生体実験に手を染めるジクムント・ラッシャーは実在の人物であり、太陽系の起源を高温の天体に巨大な氷がぶつかったことから生まれたというヘルビガーの宇宙氷理論はナチスに支持され、ドイツで支配的な地位を築いてしまった
他人の批判を受け付けない独善的な世界観が、とんでもない悲劇を招くという警句は、トンデモ本批判で有名な作者の面目躍如だろう


前作 『ラプラスの魔』
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『ゼウスガーデン衰亡史』 小林恭二

日本から離れていたり、近づいたりする妙な作品


ゼウスガーデン衰亡史 (ハルキ文庫)
小林 恭二
角川春樹事務所
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1984年、下高井戸オリンピック遊戯場は、双子の天才・藤島兄弟に買収されたことにより急拡大を始める。「ゼウスガーデン」に名を変えて、国内外の一流デザイナーを集めて珍奇なアトラクションを次々に立て続け、人々の欲望を満たし続けて怪物のように日本全国を覆っていく。いつしか、「ゼウスガーデン」は治外法権を持つ一つの帝国となっていた。その狂騒の果てに何が待っているのか

十数年前だろうか、HPで強く推している人がいて、数年後に購入しつつも積読の中に眠っていた
小説は1980年代より始まる遊戯場「ゼウスガーデン」の歴史をたどる年代記である。解説にある筒井康隆と作者の対談によれば、『ローマ帝国衰亡史』からではなくモンタネッリの『ローマの歴史』を下敷きにしたらしく、ローマの偉人ぽい立ち位置の人がそれらしく出てきて、人間臭い歴史絵巻が展開される
作風はというと、80年代の日本からスタートしつつ、「リアリティ」という言葉をはねつけるように「ありえないフィクション」を上塗りしていくところだろう。特にそれが作中の新しいリアリティを確立するわけでもないのだが(管理人はのれなかった)、荒唐無稽、気ままに書いているように見せかけて、実は80年代から急成長するディズニーランドなどのテーマパークVRを生み出すいたるゲーム産業の未来を睨んでいて、20年以上経った今、現実とのリンクの仕方に驚かされるところもある

1984年はいわば、バブル景気が膨らんでいく黎明期であり、「ゼウスガーデン」という遊戯空間の拡大がこれに重ね合わさっているのは言うまでない
お立ち台に代表されるディスコブームを思い起こせば、作中に展開される過激なアトラクションもその延長線上のものとして理解できるし、各国の建造物をコピーした宴会場なども、雨後の筍のように地方に建てられた箱物事業や豪華リゾートを連想できる
ただゼウスガーデンのデザイナーたちの感性は、現実のリゾート開発よりはるかに洗練されていて、その悪趣味さえも芸術性を帯びている。バブル経済はここまで壮大な構想を実現できなかったし、渦中の日本人もここまで快楽主義になれなかった。なれれば、過労死の問題など消えてしまったことだろう
作品世界と展開が現実の日本とあまりにかい離して、日本人が読む物語としては「ありえた未来」ではなく、「ありえないフィクション」へ飛躍してしまい(その分、楽しいのだが)、他国の話のようにしか感じられなかった

巻末に足された「ゼウスガーデンの秋」を読むに、ゼウスガーデンは作者自身の遊び場であり、それに関わった奇抜なデザイナー=権力者たちと楽しんでいるようでもなる。あまり大上段に社会ヒヒョウを期待して読まず、いっしょに楽しんで読めばいいのかもしれない


*2017’10/6 記事の原文を書いたのは、ネットがつながらない内なのだが、その後の政局(希望の党→民進党分裂)を見ると遊技場間の政争を思い起こしてしまった(笑)。小池百合子の矢内原夫人説
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『宵山万華鏡』 森見登美彦

京都や祇園祭にくわしくなくても楽しめる


宵山万華鏡 (集英社文庫)
森見 登美彦
集英社 (2012-06-26)
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祇園祭の“宵山には、何かが潜む!? 山鉾と露店でにぎわう一日に、さまざまな人々の想いが交錯し、不思議な世界の扉が開く
祇園祭の“宵山”だけにちなんだ短編集
六つの話がひとつの世界を共有しており、ここの主人公が出会った謎の大坊主が、別の章でとある役割を背負っていたことが分かるとか、読み進むごとになんとなく世界の秘密が分かってくる構成であり、次の話に自然と楽しみになってくる
特徴的なのが、宵山を舞台とするだけあって、京都という都市空間の中からファンタジーを引き出しているところだ
京都は景観条例や経済力の問題もあって、都市開発できる地域は限られているし、家やビルの建て替えは進まない。結果、何が入っているか分からない古いビルがうらぶれたまま残っている
その建物のなかには何があるのか、屋上はどうなっておるのか、そんな更新されにくい町並みから、華やかさと怪しさと、ほんの少しの怖さが入り混じった幻想的な世界が立ち上るのだ


<宵山姉妹>

バレエ教室に通う小学生の姉妹が、宵山の夜に教室のあるビルの上階や、露店が出ている通りを探検する話
冒険好きの姉に引きづられる妹の視点であり、子供の立場に立った、初めて見る物事、風景への興奮と不安がみずみずしく描かれる
最初の話にふさわしく、後に登場する人々が派手に、あるいは地味に少女へ関わってくる


<宵山金魚>

今はサラリーマンとなった藤田が大学時代に過ごした京都で、謎めいた旧友の乙川「宵山」見物へ出かける。生まれながらのトリックスターといえる乙川が用意した、藤田への歓迎とは?
孫太郎虫(ヘビトンボの幼虫として実在する)や、「超金魚」の養殖と、直に祇園祭と関わらないところから始まるものの、祇園祭“いちげんさん”の藤田を視点にして、外部の人が京都へ抱く神秘性や幻想が乙川の罠として描かれる
知らない場所だと、なんか破ったら怒られるしきたりとか、ありそうで億劫になるもんである。京都人ですら


<宵山劇場>

乙川が藤田に仕掛けた罠の裏側には、どんなドラマがあったのかを明かす
元学生劇団の裏方である小長井を視点に、酔狂な乙川によって集められたメンバー、学生劇団の美術監督だった山田川、洲崎バレエ教室の岬先生、大坊主にさせられる大学院生の高藪らのドタバタが描かれるのだ。人の手間を考えず独創的な想像力を押し付ける山田川が暴れ回り、小長井は終始引きずられ続けて、なんだか昔懐かしい学園物のジュブナイル小説のようだ
ただ前話までが背負っていた幻想的な雰囲気が崩れてしまうので、読んでいるときは面白いけど浮いているように思ったが、読み終わって見ると最終話のフェイクとして機能していたのであった


<宵山回廊>

京都から離れたことのないOL千鶴は、画廊の柳さんに頼まれて、宵山に画家の叔父を訪ねる。叔父は自身が「今日でいなくなる」と宣言し、不思議な万華鏡をもらったことから陥った終わりのない“宵山”を話す
叔父には“宵山”の日に行方不明になった娘がおり、万華鏡の向こうにその娘が見えたことから手放せなくなり、げっそりと痩せ衰えてしまう
最初の話の少女が出会った赤い浴衣の少女画廊の柳さんが再登場し、「終わらない宵山」という設定が加わって、作品はいよいよ彼岸の世界へ踏み込んでいく


<宵山迷宮>

今回は画廊の柳さんが主人公。柳さんはなんら心当たりがないのに、千鶴の叔父のように「終わらない宵山」に巻き込まれる。一日、一日、違う“宵山”を過ごしつつ、毎日訪れるのが、杵塚協会の乙川だった
この話では視点キャラが「終わらない宵山」に巻き込まれる。海外の小説なら『リプレイ』を思い出させる展開だ
乙川の口からは、この「終わらない宵山」はある万華鏡から覗かれた世界だと明かされる


<宵山万華鏡>

最初の話に出てきたバレエ教室に通う姉妹の、が主人公。妹とはぐれた姉は探しつつも、不思議な“宵山”の世界に惹かれていく
そこに誘うのは、妹も会ったはずの大坊主。そして、岬先生らしい舞妓さんに出会うが、どうも勝手が違う。ビルの屋上同士がつながっていて、あの藤田を罠にはめた“宵山”よりも荒唐無稽なのだ。そして、登場する“宵山様”はというと……
古いビルの屋上には、植木鉢が置かれまくったり、おかしな置物があったりとそれぞれ謎の個性があるもの。まして祭の夜となれば


ひとつ不思議に思ったのは、本作の舞台が“宵山”に限られていることだ。祇園祭は準備期間から一月に渡るお祭りだし、“宵山”の翌日の山鉾巡幸こそが本番である
あとがきを読むと、それも氷解する。作者は山鉾巡幸に出かけたことがなかったのだ。それだけに“宵山”のうるささが頭に残ったのだろう。あるいは、「祭の前夜のにぎやかさ」が好きなのかもしれない
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『アルスラーン戦記14 天鳴雷動』 田中芳樹

相変わらずの文章力


天鳴地動(てんめいちどう) アルスラーン戦記14 (カッパノベルス)
田中 芳樹
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デヴァマント山から来る魔軍の一団に対して、ナルサスの献策によりアルスラーンはペシャワール城を放棄した。その好餌へラジェンドラ王の率いるシンドゥラの軍勢に、チュルク軍まで侵入、魔軍の介入よりチュルク軍は全滅。復活した魔人イルテリッシュは、魔軍の力に手ごたえを掴み、空からチュルクの首都を強襲するのだった。その一方、ミスル王国を掌握したヒルメスは、ナバタイ王国を迎え撃つべく大河を遡るが、思わぬ伏兵を受ける

漫画化、アニメ化の影響か、前巻より間もなく出版されていた
前巻から引き続き、アルスラーンの主従以外の場所が面白い。イルテリッシュ『魔界転生』の宮本武蔵よろしく、完全に自立化してチュルク王国の征服をはかる。魔人の君主に人間社会が統治可能かと疑うものの、あんがい生前(?)より頭が回るようになっているので、上手く行きそうな勢いである
作者の筆が乗っているのは、ミスルにおけるヒルメスだろうか
4年の時の流れを感じさせないアルスラーン主従に比べ、しっかりと年輪を刻み人間の幅が広がっているし、パルスの他に人はなしという世界観の中で、無警戒の凡夫が実は一世の梟雄だったという意外性もジュブナイル小説からはみ出している
なんとなく積読の山に入っていたが、読んでみるとあっという間に読破できた。余計な描写がなく、簡明で軽快な文章で頭のなかへするすると入ってしまうのである

魔軍はイルテリッシュのおかげか強化された
空飛ぶ猿たちも、空からの攻撃を徹底するようになった。今まで死んだ死人の数だけいるような大軍であり、前巻まで普通のおっさんに応戦できたものが、普通の兵士では苦戦するのだ
幹部クラス(?)の妖怪として人に化ける“鳥面人妖”も加わり、パルス側を大混乱に陥れる。まあ、追い詰められてもいないのに、自ら正体を現すのは謎すぎるが(苦笑)
これまでパルスに人材が集中し過ぎて、人間界に相手となる存在がいなかったところ、蛇王から発せられる超自然の力、妖怪、天変地異によって、調整されたかのようである
ともあれ、作者が予告していたように十六将がまた一人と死んでいく場面は唖然とするほかない。なんでそんなに簡単に殺せるのだろうか
こんな死に方をしては十六将のうちに入らないではないか、と危惧するような有様で、予想どおり地味な人からお亡くなりになっているのだ(苦笑)
人材が集まって死んでいく展開は、当初から『水滸伝』を意識しているだろうけど、それを貫徹する必要はあるのだろうか
最初から予定を決めてしまって、書いていくうちに立ち上がるキャラクターたちを転がしていかない手法は、長編ファンタジーと相性が悪く遅筆を招いている気がする


前巻 『アルスラーン戦記13 蛇神再臨』

関連記事 『魔界転生』
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『千年樹』 荻原浩

母親に薦められた本


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荻原 浩
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平安時代、東国に下りた国司が現地の武士に襲われて、その家族は未開の山地に放り出された。その国司の子である幼児が最後に食べたくすの実から、木が生え樹齢千年に及ぶ巨樹に成長した。その巨樹の回りで、様々な人間模様が繰り広げられた。自殺を試す中学生に、時を越えたタイムカプセル、くだらないことで切腹させられる侍に、来ない恋人を待ち続ける女、……そして、いつしかこの木も……

ある古い社に生えたくすの木の周囲で行きかう人々を描いた物語
一章ごとに視点となるキャラクターが変わり、古今のドラマが巨樹を通して結びつく構成となっている
昔の話と今の話の類型が似て、「人間は今も昔も変わらない」「歴史は繰り返す」と見せかけながら、実は少しずつズレていて、むしろ時代ともに変わる人間の変化を辿っているようにも思えた
巨樹に取りついた幼児の亡霊(?)が積極的に関わる話もある一方で、別に樹がなくても成立する話があったりしてしまうのだが(苦笑)、違う物語に樹を通して同じ世界に属して共通する登場人物が現われたりと、最後まで読むとやはり巨樹なしに成立しない作品であることが分かる
物語の面白さを知り尽くした職人の名短編集である

「萌芽」
千年樹誕生の悲話と、1980年代のいじめられた中学生が自殺を考える話。中学生が幼児の亡霊(?)にもてあそばれているうちに、ポジティヴに立ち直る
ストレートな話に思えたが、まさか後につながろうとは

「瓶詰めの約束」
太平洋戦争末期に空襲を逃れた子供が瓶詰めに宝物を隠す話と、1970年代に千年樹の山の幼稚園でタイムカプセルを埋める話。B-29が超低空飛行で子供に機銃掃射する(夜間では比較的低空から爆撃するケースはあったようだが)、子供が高級品だった「ランドセル」をしょっている(布製のランドセルとフォローされているが……)など考証に怪しい部分もあって、話の落とし方も強引だ

「梢の呼ぶ声」
最初の章に出てきた雅也と同級生で「マドンナ」扱いされていた宮嶋啓子が主役。1990年代で20代の彼女は青春真っ盛りながら、遠距離恋愛の恋人を千年樹の下で待つ
それに戦前の女郎が若い客と心中しようとする話が重なるが、実際に死んでいた人間が見事に読者の意表を突く

「蝉鳴くや」
1990年代の学級崩壊を経験した中学生教師が巨樹に八つ当たりしてストレス解消する話と、殿に出した食い物が不評で切腹する若侍の話
武士の切腹は君主から命じられる死刑に相当し、職場の上下関係だけで決定するのはかなりの無理筋。この作品、それほど細かくない場所でも考証が甘い(苦笑)

「夜鳴き鳥」
雅也をいじめていた堀井がヤクザとなり、昔の友人だった岸本を生き埋めにしようとする話。それと中世の山賊が殺した女の死体を母親と崇める話と重ねる
全編にいえることだけども、人間にとっての生き死にが、時代ともにいかに軽くなっていったかを教えてくれるオチである

「郭公の巣」
子連れ同士で再婚した家族と、自分の子を捨てに行く小作人の嫁の話
カッコーの話題が出ていたものの、ほのぼのとした現代パートに急転にはびっくり!
どの物語にもいえるけど、生活感ともに昔の童話のような怖さを見せる作家さんだ

「バァバの石段」

死にゆく老婆と恋のマンネリに悩む孫、そして老婆の恋愛体験
珍しく今と昔の登場人物が直結し、それぞれの恋路が情感ゆたかに描かれる。お互いが血縁だから、特に千年樹が絡む必要はないのだが(苦笑)、丸く収まるのでよし

「落枝」
2000年代、公務員になった雅也が巨樹の最期を看取る
正直、最初の「萌芽」に物足りなさを覚えていたが、それもそのはず。この「落枝」とセットでものを言う話なのだ
野武士から恋仲の娘を救う若者と、いじめっ子に立ち向かった中学生の雅也の姿がかぶる
解説では「自然との共生」を特徴にあげられるが、雅也の述懐として語られる「千年も栄養を吸収し続けて巨大化する樹木」に畏怖を覚える態度こそが、作者の本懐だろう
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『エルフの血脈 魔法戦士ゲラルト』 アンドレイ・サプコフスキ

ゲラルト「おれたちの戦いはこれからだ」


エルフの血脈 (魔法剣士ゲラルト)
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早川書房
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先天的な体質と魔法の霊薬によって人間離れした能力を誇る“魔法剣士(Witcher)”は、怪物退治の専門家として知られていた。“伝説の白狼”ゲラルトは政治的中立を旨とする魔法剣士ながら、ニムルガルドに滅ぼされたシントラの王女シリを保護してしまう。彼女はただの孤児ではなく、「驚きの子」と称される得体の知れない力をもっていた。その解決のために、かつての恋人トリス・メイゴールドを魔法剣士の要塞に呼び寄せるが……

海外で大人気のRPG“The Witcher”シリーズの原作小説である
主人公のゲラルトは“ミュータント”と称される変異体質と霊薬によって俊敏な能力を持つにいたった魔法剣士(Witcher)であり、すでに数々の冒険を潜り抜けて英雄として吟遊詩人に語り継がれるような存在だ
一冊だけではその能力の全ては分からないが、軽装での素早い剣技は日本人には“サムライ”を連想させるし、さらに魔法を使うとなると何やら山田風太郎の“ニンジャ”のようだ。TRPG的には、スペシャルな「ローグ」なのである
ただし、魔法剣士という職業自体が、作品世界のなかでは畏怖をもって語られるものであり、魔法院という穏健な組織をもつ魔術師に比べて、社会から浮いている。そのためか、政治的中立にこだわってニムルガルド帝国の侵略には立ち上がらず、恋人であったトリスやイェネファーとは溝ができてしまったようだ
ゲラルト個人の特徴は、何よりもモテる!!!
二人の女魔術師とただならぬ過去があったかと思えば、友達の吟遊詩人ダンディリオンが使いに出した恋人とも即座にネンゴロになるとか、ここまで手の早いヒーローがいたであろうか(笑)
しかしその反面、薬によって自らの弱さ=人間性をかき消そうとした過去があり、誰とも交わらないクールさを持っている。だが、そんな怜悧な彼も、守るべき存在を持つことで……という流れなのだが

作者がポーランド人だけあって、ファンタジーの王道的な設定を踏まえつつ、スラヴ神話の要素を取り込んで、要所に霧の立ち込めるような幻想的な光景が広がる
そのなかで変わっているのが、一見、中世ヨーロッパをモデルにしつつ、「急に走るのを止めると足にミルクが溜まる」と“乳酸”の概念を持ち出したり(直後に単語としても出る)など、現代用語を次々と持ち出してくる
世界観としても、エルフ脅威の科学文明を受け継いだ人類が排水浄化施設や工場など近代の産物が都市部にはあり、公害までも発生しているのだ
と、現実の文明史とはかけ離れているところはあるものの、ベースは確固とした中世ヨーロッパであり、近代の概念を持ち込むことで現代人にも通じるテーマにも触れている。これは正しくファンタジーの効用というものだろう

直接ストーリーに絡まない固有名詞も多く、初見では把握しがたい作品世界ながら、それを突き抜けるような文章力、先を読ませない展開があって、手から本を離れさせない。オムニバスかと思わせるようなフリで、本編に絡ませ読者にアッと言わせるのだから、作者の腕力はとんでもない
にも関わらず、全五巻の“The Witcher”シリーズは邦訳がこの一巻のみ!!
どうしてこうなった。こういう名作シリーズを出版できないと、日本のファンタジーもいずれ窒息してしまうと思うのだが


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