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『泣き虫』 金子達仁

コールマン戦には触れてません

泣き虫泣き虫
(2003/11)
金子 達仁

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高田延彦はどのような思いで戦ってきたのか。新日本プロレス、UWF、UWFインター、そしてPRIDE、インタビューから書き起こされた半生の記録
本書は2002年、総合格闘を引退することを契機に、サッカーなど雑誌連載で知られる金子達仁インタビューなどを元に書き下ろしたもの
門外漢ともいえるライターに委ねたのは、今さらではあるものの、プロレスはやる前から結末が決まっていること、UWFインターですら一部を除いてそうであったことを大っぴらに明かしているからだ。まとめた著者も部外者なら角が立たないからだろうと、口をこぼしている
そのときの立場でPRIDEのガチさを称える内容ではあるものの、ハッスルをやったようにプロレスが嫌いなわけはない
新日本の新弟子時代、UWFでの葛藤、団体経営のしんどさ、疲労困憊のなかでの参院選立候補、敗北から目覚めたリアルファイトへの情熱、その時流した汗と涙が語られている

武藤との世紀の一戦を見れば分かるように、高田延彦はプロレスラーとして一流のセンスを持っていた。その彼が新日本プロレスを出たのはなぜか
本書では見も蓋もない光景が出てくる。新日で師匠的存在だった藤原喜明が、割り箸の倒れる方向で新日本に残留かユニバーサル(UWF)への移籍かを決めていたのだ(苦笑)
タイガーマスクの後継者として「青春のエスペランザ」と言われた高田も、大先輩の藤原を断れる立場になかった。ただし、前田日明、藤原への尊敬の念新日本プロレスが最強の格闘技を語るわりに実態はブックありきだったことへのジレンマから、裏事情を知らない高田は猪木に後ろめたさを感じつつも前向きに考えた
夜逃げ同然に新日本の道場から抜け出し、そのときにはデビュー前の橋本真也に荷物の積み込みを手伝わせている。事と次第によっては橋本がUWFにいる可能性もあった
UWFはフジテレビを媒体に猪木が来る予定で作られた団体であり、目論みが崩れた後に現れたスポンサーが悪名高き豊田商事!
社長の刺殺事件でUWFはブームを起こしつつも、新日本への出戻りを余儀なくされる

第二次UWFが崩壊し、UWFインターで高田が目指したのは「U」を背負いつつも“プロレスだった
UWFは他のプロレス団体を敵に回していたが、プロレス業界の中でプロレスの強さを発信する方向に転換した。それでも、プロレスをガチンコを信じるファンの存在が高田には辛かった
UWFインターは「一億円トーナメント」など奇抜な企画を立てつつも、地方の興行が振るわず赤字を増やしていく。起死回生のヒクソン戦を模索したが、グレイシーの道場を訪ねた安生が失神する事件が発生する
団体の人気に傷がついたところ、高田自身も社長業との兼ね合いから悩み、迷走を始める。安生と鈴木健に参院選への出馬を勧められ、トヨタのCMを降りる形で立候補し落選
新日本プロレスとの対抗戦を組まざるえなくなり、第一戦の武藤戦に敗れたことで団体の名声は地に落ちた

UWFインター解散後はヒクソン戦の実現を目指すが、途中、タイソンとの対戦ももちあがってきた。タイソンはホリーフィールドの耳を噛み千切り、ボクシングの試合ができない状態となり、収入を維持するためなりふり構わない時期があった
高田の気持ちは揺れタイソン戦へ傾くが、ヒクソン戦のための白紙委任状を興行主に渡していたため、急遽ヒクソン戦へ向かうことに。モチベーションを削がれた高田は、ヒクソンの幻想を膨らませ、克服できないまま試合に臨み敗れる
二回目のヒクソン戦を負けはしたものの、相手に幻想を抱かず等身大の敵として戦えたとして、総合格闘技へ情熱を燃やし始める。一般人からはプロレスラーと格闘王としての地位を失墜させたように観えても、本人はリアルファイトの夢を実現させていたのだ
タイトルの「泣き虫」は言い過ぎだが、高田は決して強い人間、怪物ではない。普通に生きていれば経験するべくもない、プロレスラー、あるいは団体の長として業界の修羅場を味わった辛さは、胸に迫るものがあった
著者は書き下ろしが初めてらしいけれど、高田に寄り添い続ける文章がいい。読ませる


関連記事 『最強のプロレス団体UWFインターの真実 夢と一億円』
     【DVD】『PRIDE.1998』 PRIDE.3-PRIDE.4
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『禁談―前田日明 究極の因縁対談三本勝負』 佐々木徹

ゆうつべとかに対談動画、復活しないかなあ

禁談―前田日明 究極の因縁対談三本勝負禁談―前田日明 究極の因縁対談三本勝負
(1997/11)
佐々木 徹

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プレイボーイ誌上で実現した前田日明と猪木、長州、天龍との禁断の対談を収録した単行本
1993年当時の前田日明は引退を表明していて、現役のうちに和解しておきたいという気持ちが対談を実現した
単行本自体の中身はというと、対談三本では紙数が足りないせいか、ライターが企画の始まり、対談のお膳立てを整えるまでの苦労など、舞台裏の話が半分を占める
週刊誌の誌上ゆえ、対談が短いのは仕方ないとしても、因縁の相手に対する前田のロングインタビューぐらい載せてもらいたかった(短めの総括はあるけれど)
それでも当時、話題となった対談が舞台裏を含めて読めるのは貴重だし、プレイボーイの企画がこんなふうに始まるのか、と出版業の裏側を覗くこともできる

三者との対談は、「乱闘もありうる」と始まる前まで緊張感があるものの、顔を合わせれば互いに認め合う男同士。むずがゆいほどの褒めあいとなった
天龍源一郎とは、SWSを立ち上がったときに、UWFのスポンサーになってくれるはずだったメガネスーパーを前田が批判した時期があった
しかし対談ではそうした過去には触れず、団体運営の大変さを語りあう内容となった。長州顔面蹴撃事件が天龍―輪島戦に触発されたこともあって、天龍へのリスペクトは明らかだ
その事件の被害者である長州力とは、ざっくばらんの内容
長州の前田に対する批評は鋭く、「誰とも交わらない」「交わらない人間は人間関係が削げていく」と、孤独な戦いを続ける理由をピタリと言い当てる
蹴撃事件の真相に関しては、対談前に前田が「長州さんはレスリング出身で、蹴りに対する防御の経験が少なかった」して技術的な問題としている。長州も前田の離脱を防ぎたがったが、立場上できることに限界があったとした
1993年当時、猪木が小川を中心に総合格闘路線を取ったことには、前田がチクリ。「第二次UWFのときに肩入れしてくれればもっと大きな波になった」と嘆いた

さて、その猪木である
第二次UWFの際に、イギリスから帰った船木誠勝を新日に引きとめようとした話から始まり、ユニバーサル・プロレス(第一次UWF)で猪木が来なかったことから、新日本プロレスで前田たちが浮いてしまったことまでぶつける
それに対する猪木は、素直に謝ってしまう。この包容力が経営者として問題を起こしつつも、団体のトップとして君臨し続けられた理由だろう
長州顔面蹴撃事件による前田解雇に関しては、「前田が解雇された経緯すら、よく分かってなかったんだよな(笑)」と語り、シングル戦で前田を避けていたことも正直に認めて、懐の深さはさすが。ほんと、金さえ絡まなければいい人である
最後は前田が小川の件を話すと、猪木が新団体に誘い、前田は政治家に戻って欲しいと意味深なやり取りとなった
全編通して思ったのは、ここに出てこないレスラー、藤波辰爾の評価が高いことだ。UWFから新日へ戻ってきたときに、Uのスタイルを受け止めてくれたことを前田は感謝していて、天龍や長州もその人格を褒めている
最近のファンには、ドラゴンストップなど社長時代の迷走が印象に残ってしまうが、レスラーとして「名勝負製造機」だったことを忘れてはならない
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『地獄のアングル―プロレスのどん底を味わった男の告白』 永島勝司

専修ぅ~♪


地獄のアングル―プロレスのどん底を味わった男の告白地獄のアングル―プロレスのどん底を味わった男の告白
(2004/12)
永島 勝司

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かつて「平成の仕掛け人」と呼ばれ、長州力とともに立ち上げた伝説のスキャンダル団体“WJ”で地獄を見たゴマシオこと永島勝司による魂の告白!
別冊宝島など様々な媒体で取り上げられたWJへのレクイエムである
全日との対抗戦から武藤の電撃移籍猪木との確執から始まり、WJがまさに心臓の鼓動を止める瞬間までを、著者らしい熱い証言で綴られている
WJはスキャンダルの多さから、いろいろな誤解を受けて揶揄されてきたが、著者はそのひとつひとつに答えていく。あくまでの当事者の証言なので、言えない話題、客観視できていない部分も多いものの、通説として語られているものとは違う真相が見えてくる
しかし、その失敗に関して著者は言い訳しない。その組織の、あまりの拙劣さを、隠すことなく書いていく
アマチュアの組織がいかに崩壊するか、実地で味わった戦訓は語り継がれるべきだろう

WJはなぜ失敗したか
様々な見込み違いはあるものの、著者が強調するのは、フロント、裏方の弱さである
それなりにネームバリューのあるレスラーが揃ったものの、社員はすべてプロレス業界を知らない素人ばかり。著者も興行のアイデアを出すのは得意でも、プロレス団体を管理した経験はなかった
その結果、チケット一枚捌けない営業に、会場の手付金を払えずに開催中止、などまともな団体ならありえないミスを出し続ける。なにせ全員が素人なので、教育できる人間がいない
そうした組織の弱さは、最悪の格闘大会と言われた「X-1で噴出した
総合格闘家ブライアン・ジョンストンの発案で始まったこの大会だが、彼が連れてきた選手は素人に毛の生えた奴ばかり。あまりに酷い体格から、シャツを着てリングに上がるものもいる始末だ
そして、アメリカで発注した金網は、試合途中で壊れる有様で観客の失笑を買った
これらの失敗は著者を含むWJの人間がジョンストンに丸投げして、まともにチェックしていなかったため
かのWMGヘビーのチャンピオンベルトが間に合わない件にも同様の甘さがあった
いかなる組織には当たり前のことを当たり前にチェックし、是正できる人間が必要なのだ。まっとうな管理職が一人いれば、大きなミスも防げたことだろう

プロレスでの失敗としては、「ど真ん中プロレス」を突き進みすぎて、ドラマがまったくなかったことを挙げる
著者も新日本時代のようにアングルを作れず、長州に遠慮しすぎたことを反省していた
しかし長州の意気にほれ込み過ぎた部分もあって、開幕シリーズから天龍との六連戦に賛成したことは意外。開幕戦はメインにしてたった8分の決着で、果たして客が満足できただろうか
そして、長州、天龍との怪我がちでそれを完遂できなかったとあれば、見込み違いも甚だしいだろう
その他、いろいろ明らかになった件もある
福田社長がWJに出資する際、長州と永島に“貸す”という形を取ったのは、社長や会社の金でなく、友人から出資を募ったものだからだ
また、落合選手の死亡事件は、直接WJは関与しておらず、徹夜のバイト、総合格闘技でのダメージの蓄積によるものではと明かされる。訴訟になっていないし、大なる誤解だ
しかし資金面であれだけ恵まれているはずのWJはなぜ潰れたか、には疑問が残る。いくらなんでも五億が一年で溶けるのはおかしすぎる。本書でその経理の部分は裁判になるため、詳しく書かれていないが、裏社会に食い物にされたと想像したくなった




関連記事 『劇画 プロレス地獄変』
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『子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争』 金沢克彦

特別、長州番でもないといわれますが

子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争
(2009/07/17)
金沢 克彦

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格闘技ブームのなか、新日本プロレスはなぜ迷走したか。レスラーに密着し続けたGKことゴング金沢が、メジャー団体の暗黒時代を振り返る
タイトルから猪木批判なわけだが、単純な告発本ではない。著者がゴング編集長時代のメモから、渦中にいた選手達の姿を追い、総合格闘技の嵐にいかに巻き込まれたかを描いたドキュメントである
総合路線から最も遠い邪道・大仁田から、橋本真也VS小川直也永田裕志藤田和之ケンドー・カシン=石澤常光、そして幻のヒクソン招聘計画
必ずしも猪木に振り回されただけではなく、層が厚すぎる団体ゆえに何かで上を越えねばならないという焦り、五輪に出られなかったことへの雪辱、とそれぞれに総合のリングに上がる動機が存在していた
しかしマット界をリードしたい猪木と他団体との駆け引きのなか、最悪のタイミングで対戦が組まれていったのも事実。本書では、騒動がいかに選手たちを揺さぶり、混乱と惨状に至ったかを克明に追っている

最大の事件といえば、1999年のイッテンヨン、橋本・小川のセメント事件だろう
俗に猪木に含まれた小川が仕掛けたものとされ、現場責任者であった長州力と橋本の確執も噂されたが、本書で明かされたことは少し違う
まず、小川は試合前のルール確認に来なかった。額面は「新日本プロレス格闘技戦ルール」(苦笑)だが、暗黙のルールについては話し合って決めるはずだった
プロレスの技は危険なので相手との信頼関係は必須。この時点で普通のプロレスから外れることは間違いなく、橋本も体に油を塗って備えた
これだけ見れば、猪木のシュート指令に思えるが、その後、ゴングの取材で小川から不可解な発言が出た。最初はUFOのルール(=総合格闘技)のはずが、新日本のルールに突然変わったと言うのだ
セメント事件の真相は新日本とUFOのルール確認がなされなかったことにあり、かたや異種格闘技的プロレス、かたや総合格闘技のつもりでやっていた。管理人が想像するに、小川からすると総合の試合なら対戦相手と顔を合わせるのはおかしいと、単純に考えたのではないだろうか

事件直後、ゴマシオこと永島氏が猪木に電話をかけたところ
「会長、これは一体どういうことなんですか!?」
「おれもまさかあそこまでやるとは思わなかったんだ」
「今、ここに橋本がいて、小川と話したいと言ってますけど、小川は出られますか」
「ああ、いま代わるよ」
 ここで、橋本と小川に電話は代わった。
「小川、オマエ、これはどういうことなんだ!?」
「すいません。頭が飛んでしまって……すいません」
「オマエには俺を救う義務があるんだぞ! 俺を助けなきゃいけない。どうする?」
「分かってます、すいません……」

後にZERO-ONEで行動を共にする二人だが、このときの貸借関係が原点なのかもしれいない
直後には互いに“忌むべき事件”と認識していた両団体だが、猪木-UFO側がフライデー誌上で開き直るようなインタビューを行い決裂する
しかし、長州-坂口ラインを崩す藤波社長、倍賞専務の新体制が生まれ、さらなる小川-橋本戦へ動くことになる

猪木のイエスマンである藤波体制で、新日本プロレスは格闘技路線をひた走った
2000年PRIDEで当時最強と言われたマーク・ケアーを下した藤田和之は、2001年4月にIWGPヘビーのベルトを巻く
しかし、同年8月にK-1の大会でのMMAルールで格下とされていたミルコ・クロコップに額を割られ、TKO負け。同年11月にミルコに敗れた高田が新日本プロレスを挑発し、ミルコ-永田戦へとつながっていく
もっとも格闘技ブームに翻弄されたのは永田裕志だろう
今となっては藤田が永田勝利を確信していたというから分からないが、ミルコは藤田戦で怪物に生まれ変わっていた
対ヒョードル戦では、直前まで対戦相手が二転三転し、イベント開催自体が危ぶまれ、永田自身も新日恒例のイッテンヨンに目が向いていた。最終的には猪木に頭を下げられて、決断に至ったという
本書はレスラーの名誉のために言葉を選んでいる部分もあり、すべてを晒す暴露本ではない。しかし、レスラーの口から発せられた生の言葉は刺激的であり、著者はその背景まで慮って忠実にその声を伝えてくれる
PRIDEが消滅した今となっては遠い過去に思えるが、今の新日本プロレスはこのような時代を経て存在しているのだ
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『プロレス 偽装のリング』 別冊宝島編集部

健介引退の裏側も宝島ならやってくれる!?

プロレス 偽装のリング (宝島SUGOI文庫)プロレス 偽装のリング (宝島SUGOI文庫)
(2014/01/25)
別冊宝島編集部

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全日本に現れた“救世主”白石伸生オーナー。ブックとケツ決めを否定する「ガチンコプロレス」を標榜し、プロレス史に残る団体分裂を起こした。新日本一人勝ちのマット界の今を探る
目玉は当事者である白石オーナーの直撃インタビューで、ターザン山本とミスター高橋の和解対談元ファンによるノアの「夜のプロレス暴露」と今回は刺激的な記事が満載だ
全日、ノアのみならず、ゼロワンの練習生死亡裁判に、力道山を刺した男を取材した大下英治の記事も読み応えがあった
新日本の記事は過去の猪木時代のしかないが、記者いわく「宝島に取り上げられないのはいい知らせ」(笑)なので、ファンは安心しよう

全日本の白石オーナーの意図はなんなのか
インタビューでは記者側がオーナーの「ガチンコプロレス」が興行的に不可能なこと、選手のケツ決めを禁止する監視体制が大変なことなどを攻撃的に指摘していく。インタビューのタイトルは『マット界の「北朝鮮」と貸した全日本』である(笑)
それに対してオーナーは「ガチンコプロレス=総合格闘技」のようにはみなしておらず、相手の技を受け続けて耐え切ったほうが勝つという「プロレス流の真剣勝負」がありうるとしている
あえて近いとすれば、「四天王プロレス」、ノア全盛期の垂直落下合戦のイメージだろうか
プロレスの技は相手に伝えていないと死亡事故に至る危険もあるので、この点ではオーナーが素人と過ぎるといわざる得ない
ただし、オーナーの「このまま何を変えないでは潰れてしまう」という危機感は極めて正しくで、マッチメイクの合議制を拒否した武藤たちの行動にも疑問が残る。武藤アメプロ路線の行き詰まりを選手達も受け止めなければならないだろう
しかし、なんでKENSOは全日に残ったかなあ(苦笑)

女の心変わりは恐ろしい。改めてそう教えられるのが、元追っかけ女性たちの座談会
ノアのレスラー達を全日時代から追いかけていた彼女たちは、その下半身の奔放さに誰構わず暴露していく
全日時代は元子夫人が合宿先にも目を光らせていて、容易に近づくことは出来なかったが、ノアが生まれた後は三沢社長本人に締まりがないこともあって、ファン食いがさかんであったそうだ
ただし女性の人気もイケメンを選ぶから、中年レスラーはずいぶん袖にされていたようだが(苦笑)。例外的な存在が小橋建太であり、イメージのために内縁の妻を隠し続けたストイックさが、いまだに女性たちの心を掴んでいる
そうした傾向は団体全体に蔓延していたらしく、女性ファンからはまさかの元子夫人再評価が起きてしまった。プロレスラーはファンの幻想を守るため、プライヴェートも鉄人たらねばならぬのだ
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『PRIDE機密ファイル 封印された30の計画』 kamipro編集部

DEEPの佐伯繁代表が面白すぎる。これ、総合の本なんですけど(笑)

PRIDE機密ファイル 封印された30の計画 (kamipro books)PRIDE機密ファイル 封印された30の計画 (kamipro books)
(2008/12/01)
kamipro編集部

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1997年の高田ヒクソン戦で幕を開け、地上波打ち切りで2007年に消滅した伝説の格闘イヴェント“PRIDE。その破天荒な興行の裏で、いかなるプランが潜んでいたのか。30の計画を開封する
あと一歩のところで崩れたマッチメイクから、会議に名前が出たレベルの与太話まで玉石混合だったが、なかなか読み応えがあった
格闘技に対する愛があって、しょっぱいネタからもPRIDEの本質を感じられるのだ
ただしあくまでPRIDE寄りのポジションを取っているので、地上波消滅の原因となった裏社会の関係などやばい話には触れず、ミルコや永田裕志の参戦についてはPRIDEを傷つけない脚色がなされていた
格闘本にありがちなことだが、本書の記事は客観的な情報とは言いがたい
それでも、桜井マッハミノワマンなどPRIDEから這い上がった格闘家たちのインタビューには、直線的に生きる男たちの爽やかさがある。みんなPRIDEに感謝しつつ、潰れても前向きなのがまた清々しい

格闘ブームにおけるPRIDE全盛期のイメージだと、日本を代表する総合格闘技イヴェントに見えるが、最初からそうだったわけではない
実行委員会時代からDSEに至るまで、関係者にマット界の門外漢が多く、業界の常識を度外視したプランが生み出されていった。アントニオ猪木を招いたように、プロレスにおける異種格闘技戦を意識した演出も多かった
K-1の曙に対抗して小錦(!)の名が上がったり、全盛期ですらマイク・タイソンホリーフィールドを招こうとしていたのだ
ただし素人ぶりが災いして、他の業界の掟を踏みにじり、破談になったケースもあった
そんなPRIDEが総合最強路線にシフトしたのは、格闘バブルの末、2003年大晦日に大型イヴェントがかち合うことになったから
K-1との対抗戦では下請け的立場だったPRIDEだったが、ミルコ・クロコップを引き抜いたことから一気に競合関係に変わり、猪木が日本テレビでイヴェントを立ち上げたことで、メジャーな選手を引き抜かれる形で大晦日を迎えざる得なくなった
このとき、大会組織としての自立が余儀なくされたのだ
ミルコの参戦に関して、本書ではPRIDE関係者がデビュー戦の相手であるキース・ヒーリングに立ち技を警戒してガードを上げるアドバイスをし、ミルコのミドルキックが入りやすい状況を作ったとするが、これはどうか。ミルコを仮想K-1として、ダシに使う予定だったようにも思える
永田裕志に関して本書はデタラメであり、永田は猪木の命令で上がっただけで、PRIDE側にも猪木、プロレスに対しPRIDE、総合の優越を見せる狙いがあったはずだ
それでも体重差の違う相手に総合をさせるPRIDEには、プロレスの気風があり魅力になっていたのだから不思議なもんである

PRIDEがなぜ潰れたかについては、最初の方の記事である程度は触れられている
2007年3月27日、PRIDEはラスベガスのカジノ経営者であるロレンゾ・フェティータに買収された。UFCのオーナーでもあるロレンゾがMMAに興味を持つようになったきっかけは「桜庭和志VSホイス・グレイシー戦」らしく、憧れの団体をこの手に収めたいという動機もあったらしい
しかし本書によると、ロレンゾがPRIDEを展開する上で障害となったのは、テレビ放映権と不透明な資産だ。PRIDEは日本を主戦場にせざる得ないので、日本で放映権を獲得せねばならないが、フジテレビには暴力団との関係で切られた
不透明な資金の流れは当然、マル暴との関わりを考えねばならず、表向き身奇麗にしなければならないカジノ経営者にとって致命的なものとなりかねない
本書ははっきり言わないが、いわば日本のマット界にまつわる闇が、PRIDE復活の壁ということらしい
もう一つの鍵は、格闘ブームによるファイトマネーの高騰である
有名選手からすると、大会組織に愛着がなければ、高い場所でやりたいのは当然。実力者が集まって高いレベルの試合が生まれ、それが人気を博して資金力の生むという好循環で周り続ければいいものの、PRIDEは日本しか押さえられない限界があった
暴力規制の壁をケーブルテレビとペーパービューで乗り越えたUFCが、地上波放映権で飛んでしまう日本の大会組織より腰が強いのも確かだろう
管理人は金網よりリングが好きなので、今一度、日本人の心をくすぐる大会がみたいものなのだが
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『元・新日本プロレス』 金沢克彦

大谷晋二郎もエラい人だ

元・新日本プロレス (宝島SUGOI文庫)元・新日本プロレス (宝島SUGOI文庫)
(2012/06/07)
金沢 克彦

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日本の格闘技界の源流となった新日本プロレス。そのリングに上がり去った選手は何を思うのか。GK=ゴング金沢こと、元週刊ゴング編集長金沢克彦による6人の漢の物語
取り上げられるレスラーは、クレイジードッグスの小原道由、片山ロケットの片山明大矢剛功、FMWの椅子大王・栗栖正伸、平成維震軍大将・越中詩郎、ZERO-ONE社長・大谷晋二郎
「元・新日本プロレス」というタイトルだが、新日本プロレスを指弾するとか、賛美するといった内容ではない。あくまで一人のレスラーの人生を追い、その出会いと別れ、そして今を扱う
どのレスラーもIWGPヘビーのベルトを巻くことはなく(越中はジュニアヘビー、タッグ王座を経験したが)、いわゆる世間一般で知られる存在ではない
その彼らがいかに生き、戦い、時には泥をすすり、何を目指したのか。知られざるプロレス史がここにある

管理人は三銃士~NWOくらいから入ったにわかなので、狂犬軍団の小原、平成維震軍の越中に興味は集中する
小原道由というと、ガチ最強説がありながら後輩に抜かれ続け、NWOの際にはマジックに「」と書かれるシーンが印象に残っている。そして、魔界倶楽部との抗争での「ポチ、ゴーホーム」
本書では、柔道家として矜持が語られていて、小川、吉田秀彦との縁に、後輩で総合格闘技に参戦した藤田和之の強さには説得力があった。同時に、プロレスと格闘技に求められることの違いが良く分かる
彼にとって総合格闘技への進出は夢のひのき舞台だった。しかし、十年遅かったか、あるいは生まれるのが十年早かった
ちなみに、下関には狂犬軍団の後援会が生まれ、その名誉会長は安倍晋三だったそうだ
越中詩郎は全日本時代に目が出ず、新日本に電撃移籍した「初めて馬場に背を向けた男」
ともにメキシコ修行に出た後輩・三沢が帰国。当時、長州のジャパン・プロレスが全日本に合流し、大所帯になっていた。代わりに手薄になっていた新日本は、海外で浮いている越中に目をつけた
坂口の口説きにケジメをつけることになった越中は、日本に戻り馬場に別れの挨拶に行くが、そこで馬場から驚きの言葉が出る。「今のジュニアのチャンピオンは小林(邦昭)だから、お前はリングに上がってマイクで小林に向かって挑戦するって言えばいい」
たまたまついていた天龍が庇ってくれたから、事なきを得たものの、なんという劇的な場面であろう

不思議なのは、全日から移籍した越中が、UWF勢の高田の好敵手となることである。本書によると、キックに対して胸を突きつけて、打ってこいというスタイルは、越中が最初だという
対UWFで越中が矢面に立ったのは、復帰した維新軍がUWFとの対決に消極的なこと、坂口が猪木と前田の対決を嫌ったことなどが上げられ、前田との対決では靭帯断裂の重傷を負っている
新日では藤波を手本としてきた越中は当初、長州と反りが合わなかったが、誠心会館との抗争の際には長州がブッカーを務めたことをきっかけにリスペクトするようになる。長州の強引、傲慢ともいえる言動が、実はアングルを生むためものと気づいたからだ
そして越中自身も、現場副責任者として信頼され、2000年当時は三銃士よりギャラが高かったという(あれっ、いい話で締められなかった)
本書からはブラウン管の向こう、リングの上の姿とは、また違う男の背中が見えてくる
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『プロレス暗夜行路』 別冊宝島

マイナーだが、香ばしいネタが多かった

プロレス暗夜行路 (宝島SUGOI文庫 A へ 1-124)プロレス暗夜行路 (宝島SUGOI文庫 A へ 1-124)
(2010/03/05)
別冊宝島編集部

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三沢の死後、ノアでは社長の座を巡って、激しい権力闘争が繰り広げられた。小橋社長構想を掲げた百田光雄の意図とは?
本書は2009年初出で、三沢夫人を巻き込んだノアの暗闘を中心に、史上最悪のスキャンダル団体「WJ」の極秘資料ターザン山本の「ゴング編集長就任計画」、そして新日本プロレスの最高経営会議「月曜会」の議事録と、メジャー団体からどうでもいいことまで、別冊宝島らしいごった煮である
ネタ的には下流地帯とかぶるところも多くて、正直ショボいのだが、これほど細かい部分を照らそうとするムックも珍しかろう
最後の「女子プロレスの父」松永高司への追悼記事は読後に清涼感を感じたし、「平和の祭典」ルポ漫画も北朝鮮興行の実態を知る上で何気に貴重な証言だ

本書では『週刊大衆』に掲載された百田光雄の激白インタビューに対する反論として、彼の行動が批判されている
力道山の実子である百田光雄仲田龍統括本部長の対立は、三沢の生前から続いていた
2008年には、TBSの正月番組『スポーツマンNO.決定戦に、三沢、秋山、丸藤、健介が出場したが、TBSから百田は「三沢だけは絶対出場で、他の人選は任せる」で請け負っていたという
このとき三沢の体調は芳しくなく、仲田龍は断りの電話を入れていた
百田いわく、三沢自身が仲田の話を一蹴して出場したというが、結果、三沢はウォーミングアップもできないまま本番に臨み、参加選手中最下位の醜態をさらした
小橋社長構想にいたっては、仲田龍憎しから始まった動きであり、遺族への手回しもせぬまま一蹴されてしまった
そうした百田に追随するレスラーもおらず、現役最年長記録(ラッシャー木村の61歳10ヶ月)の更新もするリングがあるか分からない
もっとも本書はノアの田上社長就任には、将来の丸藤社長構想があるにしても、策がないとも批判している
新日本プロレスなどで進む経営と選手の分離が行われず、レスラーが社長に就任しては、ブックに選手が公然と介入して変更するなど悪風の解消にはつながらないと言うのだ
果たして箱舟はどこへ行く

プロレス史的には、新日本最高経営会議「月曜会」の議事録が興味深い
「月曜会」には、新日本プロレスの役員のみならず、テレビ朝日から会長、スポーツ局長以下数名が出席し、経営に介入していた
ゴールデンから夕方へ放送時間が変更され、生中継ができなくなる中、東京ドームでソ連代表を迎え入れての興行(レッドブル軍団)が企画されて、テレビ依存から大型イベント中心への路線転換が模索される
そうした大型興行での決算もしっかり追及されるほか、外国人選手の演出(機材の破壊)にもクレームが入り、会議の中身はいわゆる猪木独裁とはほど遠い
猪木と猪木事務所を止められなくなるのは、深夜放送が定番となり、ビッグマッチ路線に興行形態を変えてからなのだろう

悲しいほどどうでもいいのは、ゴング編集長就任を巡って行われたターザン山本と元出版社社長の前田大作の会談だろう。前田の経営していた出版社は『週刊ゴング』の版元の「日本スポーツ出版社」である
70分ほどの録音テープから書き起こされた会話は、金に困った男がターザン山本を引き込んでさらに金を借りようとしている、というだけだ
ただ、借金男が渾身の一芝居を打つ様は、まるで犯罪小説の一場面のようなドラマがある
なぜ、ターザンが見え見えの芝居に僅かでも乗る気になったか。宝島の取材に答えるには、プロレスがエンターテイメントであることを前提に裏側を暴露する誌面を作りたかったからだそうで、プロレスマスコミ関係者にも腹を割らせて書かせたかったという
予定されたスタッフの実力不足を指摘されると、「君は、プロレスライターの筆力をなんだと思っているんだ。この業界に筆力のある奴なんていないんだよ」と見も蓋もない返しで腹を抱えてしまった
このほか、WJの出資者を募るための「設立企画書」も抱腹絶倒だが、それは割愛させてもらおう。ヒクソン召集に、総合格闘の交流って、なにがやりたかったんだコラ(笑)


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『プロレス下流地帯』 別冊宝島編集部編

安田忠夫は『手こきジェンヌ』のあと、どこに行ったのでしょう

プロレス下流地帯 (宝島SUGOI文庫 A へ 1-120)プロレス下流地帯 (宝島SUGOI文庫 A へ 1-120)
(2009/11/06)
別冊宝島編集部

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低迷する新日、全日に代わり、マット界の頂点にいたNOAHはなぜ凋落したのか。地上波終了の裏事情、仲田龍統括本部長の渉外、出回り過ぎるチケット代などから、三沢事故死以前に現れた兆しを読み取り、ゼロワン、新日本の苦悩、WJの「二億円裁判」を追う
元になった別冊宝島は2009年3月の出版で、三沢がリング上で事故死する四ヶ月前。ノアの他に、新日本では円天事件との関わり、藤波の退職金訴訟、ユークス新体制に切られた田山正雄レフェリーの談話があり、目玉は犬猿の仲と言われたミスター高橋と仕掛人・永島勝司の対談で、養豚場時代の安田忠夫のリポートなんてのもある
勝ちに不思議の勝ちあるが、負けに不思議の負けなし。まるで歴史小説の短編を読むような盛者必衰のドラマがある

今回の主役はNOAHであり、インパクトではWJ
三沢光晴が死ぬ前に、NOAHの衰退が始まっていた
一つは次代のエースが作れなかったこと
予定されていた小橋が、腎臓ガンの発覚で長期欠場を余儀なくされたのが痛かった。その次の世代はまだ育っておらず、三沢が長期政権を務めることになり、社長業との負担が重くのしかかった
二つ目は、世代交代に失敗したこと
先行きが苦しくなっても、ユークスが新日で断行したようなリストラはできず、三沢は動けなくなってきたベテランを庇い続けた
それは次世代のエースを作れないことにも関わってきて、丸藤正道をヘビーに上げてジュニアに戻すという迷走に現れている
地上波打ち切りは大きかったが、これは半ば災難ともいえる出来事だった
日本テレビで赤字決算が問題になり、東京ヴェルディの売却とジャイアンツ戦地上波中継を激減させるついでに、局内の顔を立てるために打ち切られたというのだ
局にとって深夜30分間ぐらいはたいした問題ではなくても、当時売り上げ12億円で純利益1000万円強のノアにとって、年間一億円の放映権料は大きかった
逆風に立つと、強気の営業攻勢をかけてきた仲田龍統括本部長の方針が裏目に出て、内ではベテランレスラーとの対立、外では新日本などとの交流戦が組めないなどの影響が出た
地上波の打ち切りは痛かったが、それを押し返せるだけの団結力、厳しさを欠いていたといえよう

WJに関しては、ミスター高橋と永島勝司の対談できわどい話が出てきた
旗揚げ戦が長州と天龍では仲良しすぎてアングル的に面白くないという高橋に、永島は「北尾は交渉したけどダメで、前田はもっとダメ」「だから(後に)大仁田を連れてきた」と身も蓋もない事情を打ち明ける
最終章のWJ「二億円裁判」では、この永島勝司長州、福田政二の蜜月と泥沼が描かれる
福田政二は、新日が北朝鮮「平和の祭典」で背負った赤字から救った実業家で、直後に「Uインター」との全面対抗戦が成功し多くのリターンを得た
これに味をしめた福田社長はWJにも二億円を貸し出し、スポンサー契約を結んだ
驚くべきは旗揚げ直後のばら撒きともいえる支出である。選手の支度金一人頭500万円で4000万円が消え、リングや道場もともかくも巡業用のバス社長用のセルシオまで買い、目黒の一等地に事務所まで構えてしまった
実に一ヶ月で虎の子の一億円が費やされてしまったのだ!
さらに福田社長は一億円を突っ込んだものの、団体の放漫ぶりはおさまらず、旗揚げ二ヶ月で選手の給料をカットする事態にいたった
永島勝司いながら、これはどういうことかと驚くが、企画だけで経営には口を出せなかったようだ
致命的なのは営業の軽視で、なんと所属レスラーである谷津嘉章が担当していたという!
まさに『地獄のアングル』のタイトルに相応しい暗黒団体だったのである
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『最強のプロレス団体UWFインターの真実―夢と1億円』 鈴木健

タイソン戦も模索されていたそうで

最強のプロレス団体UWFインターの真実―夢と1億円 (BLOODY FIGHTING BOOKS)最強のプロレス団体UWFインターの真実―夢と1億円 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
(2002/11)
鈴木 健

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日本の総合格闘技の礎となったUWFインターはいかなる集団だったのか。一億円の借金を背負った元フロントの告白
出版されたのが2002年12月で、PRIDEの全盛期、ちょうど高田延彦が総合のリングから退いた頃である
著者は第一次UWF時代からファンクラブを創設するなど高田と深く関わって、UWFインターでは経営の中核に携わり、プロレスマスコミからは同名のライターと区別して「悪いほうの鈴木健」と言われた人物だ
本書は一貫してUWFインターの立場、高田延彦を擁護する立場をとっており、プロレスにおける“ブック”の存在には触れず、団体同士の交渉の場面にはかなりオブラートに包んだような表現が目立った
著者の立ち位置ははっきり表明されているので、それなりにバイアスがかかったものとして受け取るべきだろう

一番興味深かったのは、UWFインター立ち上げの経緯だろうか
第二次UWFの末期には神社長ら経営陣と前田日明の対立が表面化し、前田が選手を集めて「黙ってオレについてこい」と言ったところ、すでに宮戸成夫(現・宮戸優光)が中心に話がまとまっていたというのは有名な話だが、そのとき高田自身は宮戸たちの意図を知らなかったらしい
この時点で藤原喜明SWSから資金援助を受けていて、船木誠勝鈴木みのるらと藤原組を旗揚げすることが決まっていたが、高田が山崎一夫中野龍雄に声をかけ前田と藤原組を除くメンバーでUWFインターがスタートしたという
著者も宮戸や安生洋二の動きに関わっていたようだが、まるで部外者のように書いている(苦笑)
スター選手だった前田のリーダーシップを嫌い、宮戸と安生が高田を担ぐという構図は典型的な日本の組織構造で、高田は象徴的存在であり続け、実務は宮戸、安生、鈴木が受け持っていたようだ

著者は気楽に振り返っているが、一億円トーナメントなど企画は奇抜でも、根回しを軽視した営業は褒められたものではないし、プロレスに対する素人さも酷い有様で(川田利明に対する評価ときたら!)、ご本人が凋落の一因に言わざる得ない(苦笑)
UWFインターは人気はあっても地方での興行で赤字を出し続けてしまい、高田が引退を表明し参院選に出馬したときに失望した宮戸は抜け、山崎一夫は新日本プロレスに引き抜かれた
1995年には新日本プロレスとの全面対抗戦で高田が武藤に負け、最強路線にキズがついてしまった。この際のことを著者は新日本プロレスの長州-永島ラインに上手くやり込められたとし、組織としての完成度の違いを認めている
グレイシー戦はインターの時代から模索されていて(安生による道場破り事件)、インターの末期には新団体「キングダム」を予定しながらも、高田にはグレイシー戦に集中させようとキングダムには加えず、仕事上での袂は分けた
本書は到底、客観的とはいえないが、当事者の証言からあの時代、あの団体の裏側を想像してもいいのでは
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