GHQはいかに日本人を情報操作しようとしたか。ラジオ宣伝番組から読み解くアメリカの洗脳工作
他の著書では護憲派よりに見えたけど……
ポツダム宣言受諾から占領軍の統治が始まっていた1945年12月9月に、「眞相はかうだ」の番組が日本放送協会(現・NHK)から放送された。脚本を書いたのはGHQのスタッフで、満州事変以降の軍国主義の実態をドラマ仕立てで暴露するものだった
それに続いて始まったのが、「眞相箱」で一般の日本人から質問に答えるという形式の番組だった。もちろん、質問も答えもGHQのスタッフか、その指示を受けた関係者が作成していた
その目的は、(アメリカから見た)太平洋戦争の要因となった軍国主義精神の排除に、新憲法の定着、反米感情の鎮静にある
"あの戦争”の責任を、一部の軍国主義者に求め、天皇の戦争責任を免責し、アメリカの高度な科学技術と物量には敵わないと思わせることだった
ラジオのテープは日本に残っていないが、本書は書物として残る「眞相箱」から統治下の情報工作を追及する
1.実は受け入れやすかったGHQ史観
意外なことに、GHQの語る近代日本への評価は、司馬史観に近い
黒船来航から始まる明治維新から、日清・日露戦争までの国造りを褒め、それ以降の、特に満州事変以降の軍国主義化を批判する
連合国も植民地を持つ国が多いせいか、「帝国主義」や「侵略」に対する定義もぼかしていて、自分たちにブーメランが返ってこないように配慮している。手が込んでいるのは、「帝国主義」に関する質問に、アメリカからではなくイギリスの百科事典などから引用すること。後で突っ込まれないように、「それイギリスの意見だから」と言い逃れできるようにしているのだ
「侵略」に関しても、戦争末期のソ連の参戦が絡むので深く追及していない
太平洋戦争に対する評価では、個々の日本人兵士の勇敢さを湛えつつも、上層部が愚かだったことを強調。戦争の責任を一部の軍国主義者に求めて、天皇や国民を除外している。自分たちの思うとおり誘導するために、当時の日本人が受け入れられやすい史観を提供しているのだ
実際のところ、GHQの用意した史観は、保守派を含めて日本人の大半に受け入れられているように思える。こうした史観がすぐに浸透した背景には、戦中の大本営発表が現実とあまりに乖離して、欲していた情報をGHQから供給されたためなのだろう
2.9割の真実と巧妙なプロパガンダ
GHQの史観は一見、かなり妥当に思えるのが巧妙で、多くを事実から引きながら、特定の結論へたどり着かせるために細部を曲げたり、噂としてエピソードを挟んだりする
最大の問題点は、民間人含む無差別爆撃、特に原爆投下についてで、アメリカでの論争を紹介しながらも、「戦争を早く終わらせるための止む得ない」と結論する。そして、一番の文明国であるアメリカが核爆弾を最初に手にしたことにより、世界の平和が保たれるという自己中心的な主張が展開されている
「これを戦争を避けるために使う」という考え方も、冷戦時代の核戦略に通じるものがあるのだ
著者の保阪正康は、半藤一利と絡みが多い人ながら、単独の著作だと護憲派の主張が強かったのだけど、本書では「押し付けられた歴史観でいいのか」と右派のような問題提起の仕方をしているのが面白い。これはただ親米の保守派はおろか、既存の護憲派をも脅かすものであり、場合によっては自らに襲いかかるブーメランになりかねない
他国や他人の意見ではなく、自分で"あの戦争”は、“あの時代”は何だったのか、と問いかけて、はじめて日本人の歴史観はもちうるし、それを踏まえて判断を下せる。著者自身の歴史観はともかく、このメッセージは普遍性があると思う
本書は「眞相箱」の作為を紐解くことで、プロパガンダの巧妙な手口に触れられ、歴史はある指向性をもって作れてしまう事実を教えてくれる
*23’4/5 加筆修正