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「司馬遼太郎 」カテゴリ記事一覧


『義経』 司馬遼太郎

司馬版平家物語


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平治の乱で討たれた源義朝の子たちは、平清盛の母、二位の尼の慈悲で命だけは助けられた。清盛は卑賎の生まれながら絶世の美女である常盤御前を愛人とした後、平凡な貴族・藤原長成の妻にした。義朝と常盤の子、牛若は武家の片鱗を見せたことから鞍馬寺に預けられるも、出自を元源氏の坊主から聞いて脱走。打倒平家の旗揚げを期して、奥州で時を待つ

源義経の栄光と挫折を描いた大河小説である
吉川英治『新・平家物語』への対抗心からか、義経は“悲劇の英雄”の虚像を剥がされ、合戦の天才であるが人柄は非常に好色で甘ったれ、政治的センスや気遣いが壊滅的という“喜劇の英雄になっている
だいたい序盤の展開から生々しい。鞍馬寺では、師の覚日に掘られてしまい、お稚児さんに仕立てられるのである(爆)
平家全盛期の源氏の立場はつらく、源氏の所縁が深い関東の豪族に立ち寄っても、逆にだまし討ちに遭いかかって、相手の屋敷を燃やすことになる。生きる天地そのものがなく、消去法で奥州藤原へ行く
その奥州での立場は、都生まれの源氏として地元の女子と子作りに励む“種馬”(!)。ここにおいて好色一代男として開眼するが、平家打倒の志を持つ義経にとっては地獄でもある

義経が平家を壊滅できたのはなぜか
作中では、個人技対決の平安武士の合戦に「戦術」を持ち込んだからだとする。武家にとって、一番乗りや名のある武士を討ち取るのが功名であるのだが、義経は合戦全体の勝利を追求する
そのためには敵本陣を一直線で落とすことであり、一の谷や屋島の戦いでもそれをもって大軍勢相手に勝利した。それを可能にしたのは、馬産地として有名な奥州・関東の、機動に特化した騎馬戦術である
対する平氏の総帥・宗盛は、伝来の扇子を相手に射らせるという“占い”で進退を決める(那須与一の件)など、古代的価値観に囚われていて、簡単に拠点を放棄して一族の滅亡を招く
もっとも、義経の「戦術」も坂東武者たちに全く理解されず、電撃的勝利も功名を独り占めするものと総スカンを食ってしまう。あまりに早すぎた戦術家だったのだ

義経は奥州で自害し、その首は鎌倉に届けられるのだが、頼朝はその首に対して「悪は、ほろんだ」という。いったい、何が「悪」だったのか
全国の武家、特に坂東武者たちは、自らの土地を保証されるために朝廷の摂関家、平家にただ働き同然の奉公や貢物を出し続け、屈辱的な扱いを受けていた
頼朝は武者たちにそうした状況の改変を託されていて、武家が武家自身を治める新体制(幕府)を作ろうとしていた
そこへ行くと、義経は鎌倉に断りなしに朝廷から官位を受けるなど、台無しにする行動を取ってしまう。都では常識的な価値観ながら、この時代を逆戻りをさせる点が「悪」なのだろう

本作では頼朝の微妙な立場にも触れている。源氏の棟梁という貴人ながら、流人であるがゆえに寸土の領地も持たず、実質的に夫人・政子の実家・北条家へ依存せずにいられない
鎌倉幕府で頼朝の子孫ではなく、北条家が中枢を握り続け宮将軍を奉る体制が続いたのも、源氏が貴人ゆえに都とのつながりを断ち切れず、土着の元勲である北条家こそが武家の権利を保障しうると考えられたからだろう
ここらへんのところは、最近出ている「承久の乱」の新書で確かめてみようと思う


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『真説宮本武蔵』 司馬遼太郎

初出の年代はバラバラかも


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伝説の剣豪、宮本武蔵は巌流島の戦いの後にどう生き抜いたのか。大河小説での宿敵(!)、吉川英治の武蔵像に挑戦状を叩きつける表題作に、戦国の終わり、幕末と時代の変わり目に現れた、剣に生きる男たちの物語を集めた中短編集
宮本武蔵目当てに買ったが、単なる剣豪小説にとどまらない、どの話も筋が面白いミステリー仕立てとなっている


<真説宮本武蔵>

出だしから振るっている。世上に知られる宮本武蔵の活躍は、養子の伊織をはじめとする関係者が盛っていったものであり、どれも信頼できるものではないと言い切る。本人の話ですら、なんとでも言えると切り捨てる(苦笑)
しかし、その中でも徳川の元旗本である渡辺幸庵が遺した『幸庵対話』が、客観的に武蔵を観察した史料とする。実際には世上の講談話も盛り込むのだが、幸庵の「実見」から、等身大の武蔵を引き出して小説にしようというのだ。これは司馬小説に共通する流儀だろう
剣豪として名を高めつつも、武蔵は並の石高では召し抱えられようとはしない。単なる剣術師範にとどまらず、平穏な時代に侍大将を目指して放浪の日々を送る
そんなドン・キホーテも最期には……


<京の剣客>

宮本武蔵の敵役となった吉岡兄弟の物語。武蔵と実際に立ち会ったかは、定かでなく史実では兄弟とも生存しており、吉岡道場も江戸初期の不祥事に封鎖されるまで健在だった
作中では兄の吉岡直綱が武蔵に立ち会っているが、正確な勝敗はついていない
話の中心は、あまり道場に現れなくなった当主・直綱と、代わって師範を務める弟・又市郎との問答。一流の剣豪が手にする、技術を越えた「気」「間」とは何か
老人となった直綱が辻斬りを翻弄する話は司馬のお気に入りのようだ


<千葉周作>

幕末に一世を風靡した北辰一刀流を起こした千葉周作の半生
木刀中心の古式剣法に対して、竹刀と防具による撃ち合い剣術を磨き、その優位性を証明すべく戦国に一刀流を生んだ古式剣法の故郷、上野の地に赴いて、念流の道場を次々と破り平定していく
不合理に合理が勝利するというのが、司馬小説のひとつのパターンなのだが、本作はそれで終わらない。寺田五郎右衛門ぐらいの使い手となると、古式剣法の生む「気」「間」には圧倒されるのだ
それに対する北辰一刀流の“合理”とは、素人にも技術を伝えられる点にある
1963年初出で、1966年出版の長編『北斗の人』の元になったようだ


<上総の剣客>

普段は柔和で評判の“おだやか先生”、木村要蔵の偏屈な生きざま
要蔵は平時、剣豪とは思えない人格者だが、ひとつ自らの剣に迷いが生じるとそれが許せず、妻子を捨てて旅に出てしまう
妻のおえいにとっては災難というしかない亭主だが、戊辰戦争が始まるとさらなる悲劇に見舞われる。要蔵は譜代の飯野藩に仕えていたが、藩主・保科正益は独断で官軍への参加を決断。それに対して藩論は分裂し、要蔵は佐幕派について会津藩旅立ってしまう。次男・寅雄を連れて……
もう、不憫というしかない


<越後の刀>

京都の四条河原に住む後家・おもよは、栃尾源左衛門という浪人の世話を見ていた。この謎の男はただ、おもよに寄生し続けるのだが、ある日、血糊の残った刀を手に入れる
おもよが知り合いに調査を頼むと、栃尾源左衛門は上杉の旧臣で、関ケ原の転封後に暇を出され、大阪の陣で秀頼の近習を務めるという異色の経歴の持ち主だった
はたして、栃尾源左衛門が手にした刀とは……
意外な方向へ転がっていくハードボイルドなミステリー作品である


<奇妙な剣客>

民族の源流を信じて、はるばる日本へ渡航しにきたバスク人の悲劇
スペインとフランスの国境、山深いピレネー山脈に住むバスク人には、フン族のアッティラ王の末裔や、モンゴルの成吉思汗の末とする主張する人々がいたそうだ。その説から本当に日本人と祖先が同じなのか確認しようと、大航海に参加する主人公ユイズが設定されている
ユイズは刺突中心の細剣、今でいうフェンシングの達人で、ばったばったと相手を倒していくが、上陸した日本の平戸では相手が悪かった
そして、その死闘の結果が、平戸の命運をも決めてしまうのであった

*最近の研究だと、バスク人はヨーロッパに初めて農耕を持ち込んだ民族に近く、かつローマ化せずに固有の文化を維持してきた人々らしい


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『最後の将軍』 司馬遼太郎

せごどんも参考にしてそう
絵は明治になってから習ったようだけど


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尊王攘夷の家元である水戸徳川家に生まれた慶喜は、父・斉昭老中・阿部正弘の意図で、御三卿のひとつ、一橋家の養子となる。国難続きの世の中で将軍の継嗣となるためだった。しかし、成人した慶喜は、むしろ将軍となることを嫌い、第14代将軍・家茂の後見職として、列強、攘夷論者、倒幕と狙う薩長相手に、天才的な政治手腕を見せるが……

今年の大河はちゃんと見てないけども
江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜を扱った司馬小説。1998年にモッくん主役で大河ドラマ化されている
本作の慶喜は多才の人であり、一芸を磨けばどれも一流に達したのでは思わせる。ただし、彼は御三家に生まれて政治の世界にいることが宿命づけられていて、その舞台で芸術的ともいえる采配を取り続けることとなった
しかし、実家の水戸藩には尊王攘夷論者が多く、幕府とは折り合いが悪い。慶喜はその両者の間に立って苦しみ、歴代の側近たちも凶刃に倒れてしまう
賢侯と呼ばれる藩主たちにも、話せる相手はいない。慶喜はその才能を持って、一人舞台を続ける他なく、尊王攘夷の水戸学の精神を持ちながら“最後の将軍”を演じきったのだ

司馬はよく登場人物を、英雄と英雄演技者に分類する。もちろん、慶喜は英雄演技者
しかし慶喜は不幸なことに、一橋家の養子になった段階から〝権現様の再来”との評判が立っていた。将軍の継嗣しようとする、父・斉昭と老中・阿部正弘の策略で、まだ何もしていない若者である自分がそうでないことは、慶喜が一番よくわかっている
英雄を見事に演じつつも、どこか客観的に自分と情勢を眺め正確に未来を予見してしまうところは『播磨灘物語』の黒田官兵衛と重なるところがあり、慶喜の場合はその我執の無さが近親者へのむごさ(松平容保がカワイソス)につながっている
水戸学の価値観から逆賊の汚名を着ないために、大政奉還から江戸無血開城の動きを、「悲劇の英雄」に自らを仕立てて、薩長へ歴史のなかで一矢報いるという本作の読みは鋭い。そして、その策謀は大河ドラマの主役となるほどの再評価で成功したといえるだろう


関連記事 『播磨灘物語』 第1巻
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『梟の城』 司馬遼太郎

反権力的主人公


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織田信長によって一族を殺された伊賀忍者、葛籠重蔵は、怨念を心に秘めつつも仏像を彫り山にこもっていた。そこへ忍の師匠である下柘植次郎座衛門が訪ねてきた。同門の忍者である風間五平が行方知れずとなったので、彼が請け負っていた仕事を継げというのだ。それは堺の豪商・今井宗久から下された秀吉暗殺なのであった

初期の司馬遼太郎の代表作で、戦後の忍者小説のはしりともいわれる金字塔的作品である
伊賀忍者が秀吉の代になって影響力が下がった今井宗久の頼みで秀吉暗殺を謀るのだが、そこに至るまでがかなり複雑。さる大名に仕える女忍者・小萩にたぶらかされたと思えば、同門である風間五平が敵役として後を追われ、師匠の娘である‟木さる”が重蔵と五平の間を揺れ動く。そこへ、甲賀忍者のレジェンドが加わるとか、あまりに因縁が絡み過ぎて秀吉暗殺どころの状況ではない(苦笑)
いわば、ハードボイルドに生きる忍者同士の駆け引きが本編であり、重蔵と小萩と木さる、そして五平との四角関係に代表される、非情と人情の間に揺れ動く心理描写に魅せられる

たしか市川崑の映画では、眠っていた秀吉に重蔵がなぜ朝鮮出兵を続けるのか、問いただす場面があったはず。それに秀吉は「今となっては皆に火がついてしまっていて、わしを殺したところで止められるものではない」とうそぶいていた
これを聞いたときは、太平洋戦争時の日本国民を連想したのかと思ったが、小説を読み直してみると、そうした場面はない!
重蔵はあくまで忍者としての至芸に生きる人間であり、それを実現するために秀吉の暗殺を仕掛ける。俗世の帝王として諸事に気を配る秀吉とは、真逆の存在である
映画のように政治的メッセージがなく、男と男の決着として収めてきってしまうのは、後の司馬小説のイメージからは想像しがたい。こういう徹底したクールさが、忍者小説時代の魅力なのだ
巻末にある作家・村松剛の解説には、時代小説のなかでの本作の位置付けががっつり説かれているので、読み逃しなく
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『妖怪』 司馬遼太郎

今回の衆院選は応仁の乱?


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室町時代、足利義政の代。凋落する京の都へ、第六代将軍足利義教の落胤を称する熊野源四郎は上った。義政の「奥」では正妻の日野富子と側室の今参りの局が権勢を争っており、源四郎は怪しい術の使い手たちによってその渦中へと巻き込まれてしまう。東国で兵法を学んで幻術に対抗しようとする彼だったが、日野富子に嫡男が誕生したことで将軍の継嗣問題が表面化し、複雑怪奇な政情へ翻弄されていく

珍しい、応仁の乱前夜を舞台にした作品である
熊野源四郎は、母が熊野大社の巫女。参拝者の夜伽をすることもあって、息子に六代将軍・義教の落としだねだと吹き込んだ。義教は守護大名を次々に討伐して幕府の中央集権化に失敗した将軍であるともに、現将軍・義政、その継嗣となる義視の父親で、もし本当なら将軍の異母弟ということになる
もちろん、将軍家には相手にされないものの、関係者に利用価値を見出されて食客になったり刺客となったりする
司馬小説に珍しく、源四郎はそうした思惑に対して、逆らえずに流されていく。文字通りの狂言回しである。あくまで室町時代の一人物にとどまり、小さな英雄にすらなれないのだ

司馬小説の王道は、合理が不合理を破って時代の進歩として示すところにあるが、本作はそこから大きく踏み外している
熊野源四郎は都に巣くう「妖怪(=前時代的な価値観、権力闘争)に対抗すべく、東国で生まれた兵法(剣法)を学ぶ。兵法には肉体を合理的に分析し、何が強いか弱いか、生きるか死ぬかを追究する技術であり、その思想には神仏や物の怪を精神の脆弱さが原因であると否定する側面がある
しかし、源四郎はそうした兵法を身につけたにも関わらず、非合理の象徴である唐天子の幻術に流されて、結局はその謀略に利用されてしまう。なぜか
おそらくは応仁の乱前夜で、腐敗した体制が無政府状態へ陥っていく時代背景が関係している。兵法家、足軽(印地)、一向宗などの新興勢力が勃興しつつも、都の「妖怪」の力はいまだ強く、奇々怪々な政治状況を作ってしまうのである
主人公は唐天子に代表される非合理に飲み込まれて、同じく成り上がろうとした腹太夫ともに没落する。源四郎の物語として失敗しているのは、合理が次の秩序を作り出すのではなく、非合理が混沌を呼ぶ時代を題材にしたからなのだろう
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『風神の門』 司馬遼太郎

今年の大河の外れ臭
柴咲コウが出てるから、観ちゃうんだけど


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霧隠才蔵は伊賀忍者ながら、徳川家にも仕えず堺衆の使い走りにされていた。京の八瀬では徳川の刺客になぜか襲われ、沐浴上では菊亭晴季の娘を騙る美女に遭遇する。美女の正体は淀君に仕える侍女・隠岐殿。徳川との一戦に備えて有力な牢人たちに連絡をとるべく、晴季の娘になりすましていたのだ。真田幸村に心酔する猿飛佐助とも出会い、紆余曲折の末、徳川家康の首を狙う

司馬遼太郎の『梟の城』に続く、忍者小説である
立川文庫の創作である真田十勇士が実在したとすれば、どうであったかという視点で描かれ、猿飛佐助は六角氏に仕えた三雲家に連なる甲賀衆とし、霧隠才蔵は伊賀の郷士出身として服部姓を持つ
幸村の腹心として、穴山小助、三好清海入道らも登場し、霧隠才蔵を加えてちょうど10人目の士分が揃い、真田十勇士が結成されることとなる
もっとも、主人公である霧隠才蔵は幸村に臣従したつもりはなく、佐助への友情家康を討つという任務への昂揚感、そして女たちへの恋に突き動かされていく

本作の特徴は司馬作品ながら、インテリ講談と喩えられる歴史講釈が最低限に留まり、講談の産物である忍者が史実の世界に着地できるように力を尽くされているところだ。エンターテイメントに全力なのである
立川文庫だと、猿飛佐助が最上級の忍者で、霧隠才蔵は永遠の二番手扱いとなっているが、本作ではそれが理屈でフォローされる。佐助は組織力に長じた甲賀衆であり、集団を前提とした大規模な忍術に通じている
翻って、伊賀衆の才蔵は個人技を磨くのみで、その性格も唯我独尊。伊賀忍者は個人事業主が基本で、集団行動は性格的に苦手である
これにより、才蔵は自らの周囲ではピカ一の活躍を見せるものの、全体としての貢献度は佐助の後塵を拝するのだ
組織力が個人技に勝る、そうしたリアルさを保った上で、惚れた女ときのまま生きるという自存自立した才蔵の在り方は、戦後の日本人を惹きつけるものがある
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『城塞』 下巻 司馬遼太郎

先週の真田丸は、普段はオープニングに出るスタッフロールが終了近くに出るという奇策が


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二の丸の堀まで埋め立てて城を丸裸にした家康は、豊臣方へ大坂立ち退きを要求する。拒否すると見越して、豊臣の家系を完全に抹殺するためである。小幡勘兵衛は、お夏が将軍・秀忠のいる江戸へ向かうのを背に、徳川の諜者として豊臣方から引き上げるのだった。敗戦必至の戦いに、真田幸村、毛利勝永、後藤又兵衛といった選りすぐりの武将たちは、ただ家康の首を狙って疾駆する

大坂の陣、最後の戦いが始まる
もはや交渉の余地がない等しい状況でも、徳川家康現状を維持したい大坂の女たちを見透かして、甘い言葉をささやき続ける。夏の陣の直前に大蔵卿たちの弁明を聞いて孫の婚礼の面倒を見させ、幸村が決死の戦闘を始めようとした矢先に和議の使者を送り、組織的な戦闘が終わった後には淀君・秀頼の潜伏先を探るために交渉に応じてみせる。いったい、大阪方は何度騙されたのだろうか
本作における徳川家康は、女ころがしの卑劣漢(笑)。ここまであくどい天下人が描かれたことがあっただろうか(笑)。本当かどうかはさておいて、これが大坂人に語り継がれる古狸・家康なのである
しかし、こうした家康の悪知恵も、秀忠でも治められる泰平の世を作るため
隙あれば大阪方を指揮して天下を狙おうとした小幡勘兵衛が、大人しく家康の陣所への案内役を務めたことに家康はほくそ笑む。こういう能力があって鼻息の荒い人間を諦めさせて、物分りのいい凡人に変えてしまうことこそ、平和の効用なのである
普通なら長い泰平の到来を歓迎すべきところを、苦虫を噛み潰すように描いてしまうのが、江戸時代嫌いの司馬らしい

家康の立ち回りにくらべ、死を決した牢人たちの戦いは清々しい
長曽我部盛親木村重成は、徳川家の先鋒である藤堂高虎の一軍を壊滅に追い込んだ。しかし、救援に来た井伊直孝の軍を相手に木村重成は死に、盛親も敗走する
後藤又兵衛は道明寺の戦いで、一足はやく徳川の先鋒と戦い、伊達政宗の軍と衝突して多勢無勢で戦死。この戦闘で伊達勢は消耗し、幸村最後の戦いに活路をもたらすこととなる
真田幸村毛利勝永は家康の偽装停戦に苦しみつつも、いざ決戦となると数倍する敵の先鋒を蹴散らして、家康本陣へ切り込む
数の上では倍以上である関東方の苦戦は、実戦経験のある優れた将帥が少ないから。関ヶ原のように外様に手柄を立てさせないために譜代中心に動かしたものの、水野勝成のような身代の軽い者に大軍を委ねなくてはならず、本多忠朝のように経験の浅い猪武者をけしかけて先鋒にさせねばならない
家康は死んでも幕府は健在だろうが、その下の天下はより不穏なものとなっただろう。江戸250年の泰平も、紙一重のところで決まったのである

本作は司馬作品なかでもかなりの傑作だと思えるが、ひとつだけ気になったのだが上巻であれだけ存在感を放っていたお夏がただ一行で結末が語られてしまうこと。いざ合戦ともなれば、女たちの出る幕ではないものの、小説としては小幡勘兵衛とのドラマを期待したいところなのだ
司馬の小説だと、意味深に登場した女性がなんとなくフェードアウトすることがけっこうあって、本人が自嘲するように「男性専科の作家」なのかもしれない
解説に山口瞳の司馬評が載っていて、「作家は患者(=どこかに問題のある人間)で、評論家は(患者の弱点を指摘する)医者だと思っていたが、最初から医者である人間が作家になった」「(従来の)小説家の資質とかかわりのない男が、いきなり小説を書いた」解説の大島正によると、司馬の文章は必要以上に読者と会話したがっているらしい。司馬が書ききらない行間の間を、読者がそれぞれに埋めて楽しんでしまうようだ


前巻 『城塞』 中巻

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『城塞』 中巻 司馬遼太郎

『真田丸』に中年の役者が多いのは、大坂の陣時点の年齢で決めたんやろねえ


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徳川と豊臣の間に戦雲が高まるなか、不安にかられた大野治長は、高名な牢人たちを集め始める。尾張以来の秀吉の家臣・毛利勝永、黒田家から出奔した後藤基次、寺子屋の先生にまで身を落とした長曽我部盛親、宇喜多の旧臣にしてキリシタン・明石全登……そして父ともに九度山に軟禁されていた真田幸村。淀君をはじめとする首脳陣は、実質の総大将を誰か定めることができず、なし崩し的に籠城戦に突入するのだった

ついに真田幸村が登場!
大坂城に入った彼は、後藤又兵衛ともに近江まで攻め込んで、関東勢を瀬田で迎え撃つ積極策を主張するが、淀君の意を受けた大野治長はこれを承知しない。くしくも父・昌幸の予言どおり、実績のある人間が総大将に君臨しない限り、採用されない作戦だった
本作の幸村は豊臣家の恩というより、自らの功名を世に残すために戦っていて、それは又兵衛も同様。しかし、淀君や大野治長は主戦論に乗りつつも、豊臣家の保存が大前提にあって、なぜか主筋である豊臣家を徳川は潰さないという名分論を信じている。大坂城という外界から隔離された環境が、世間離れした幻想を生み出すのだ
中巻では大坂の陣が始まったため、主人公格だった小幡勘兵衛とお夏はやや後退し、幸村・又兵衛といった牢人武将たちが前に出てくる。秀頼の覚えがいいのは後藤又兵衛で、彼と関わることで秀頼はお公家さんから武士と少しずつ変貌していく
孤高の幸村に比べて、後藤又兵衛は合戦の経験のない武将や足軽たちの面倒をよく見ていて、大坂一のイケメン武者・木村重成の交流も本巻の見所だ

随所にマイナーな武将が取り上げられている
中でも異彩を放つのが、新宮行朝なる人物。紀州熊野の出であり、その祖先は源頼朝の叔父・新宮十郎行家『平家物語』にも登場する有名人で、家康すらその家柄を認めて取り立てようとするほど
しかし、その人柄は行き場のない牢人たちと同じ。ただ目立ちたいがゆえに、守りが手薄で放棄されるはずの堺へ駐留して、救援が来ると他の人間に功を取られるからと撤退してしまう
司馬は彼こそ戦国武者の典型であるとして、こういう身勝手な人間の欲求を上手く転がすことこそ、戦国時代の総大将の役目とする。そういう虚実を心得ているのが徳川家康であり、大坂の陣にはそれが務まる人間がいない。幸村にしろ、又兵衛にしろ、あくまで一軍の将止まりなのだ
もちろん、家康の子秀忠に総大将ができるはずもないから、その命が尽きる前に決着をつけなければならない。そのために、大阪方の女性陣へ阿茶の局を送り込んで、淀君の妹・常高院越しに和議を進めておいて、「惣濠」(外堀)を“総”堀として埋めてしまう。本作の家康はそれまでの律義者という評判を書き消すように嘘を吐きまくり、司馬はこの一時の行いで後世の不人気を決定づけたとする
ただし、この「惣濠」うんぬんは後付けの俗説『戦争の日本史』シリーズによると城の破却が和議の条件であって、それを巡る豊臣方からのクレームは特になかったそうだ


次巻 『城塞』 下巻
前巻 『城塞』 上巻

関連記事 『関ヶ原と大坂の陣 戦争の日本史17』
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『城塞』 上巻 司馬遼太郎

織田信雄や有楽ら、零落した織田家が謎の存在感


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関ヶ原の戦いから十年余。齢七十を越えた徳川家康は、おのが目が黒いうちにと「豊臣家打倒」へ動き出した。徳川家の諜者として、元武田家家臣の兵法家・小幡勘兵衛は、大坂城下へ送り込まれる。勘兵衛は、淀君付きの侍女・お夏と不思議な男女の仲となり、関東方でありながら大坂に肩入れしていく。一方で家康から豊臣家の家老に任じられた片桐且元は、徳川家の言い分を飲むことが豊臣家と自らの安泰になるとしていたが、方広寺の鐘銘事件をきっかけにドツボにはまっていく

大坂の陣を扱った司馬の長編作品
主役級に小幡勘兵衛景憲をマイナーでメジャーな人物を持ち出したのが、意表を突く! 小幡勘兵衛は甲州流兵学の祖として知られ、武田家滅亡後に徳川家に仕えた後に出奔して諸国を放浪していた。大坂の陣では豊臣家に属しつつ、城中の情報を関東方に流したことから、もともと徳川の諜者であると考えられている
本作の勘兵衛は、徳川家のスパイとしての役目を持ちつつも、兵法家としての本能から迷走する豊臣家に助言してしまうという矛盾した行動を続けてしまう。しかし感情的な行動が、お夏や淀君、大野治長から、無類の信頼を得て、トップシークレットに関われるのだから、勘兵衛の複雑さは加速度的に増していく
大坂城は淀君を頂点に一万人の女たちが住む、世にも珍しい女の城であり、勘兵衛と関係を持つお夏はいわばキャリアウーマン。勘兵衛を対等というより、下郎として利用しようとするツワモノだ。『真田丸』のきりのように男たちを混ぜっ返すのだが、大坂城の女社会というバックボーンがあるから、まったく不自然に思えずはまっている
勘兵衛と似たような葛藤を抱える片桐克元など、ひとりひとりの著名人がそれぞれ異彩を放っていて、その共演が楽し過ぎる。歴史小説はやっぱ司馬である

司馬は江戸時代と徳川家康が嫌いである
しかし、徳川家康が250年の泰平を築いたのもまた事実。そういう彼を嫌いながら、どう評したか。片桐且元が豊臣家を追い払われたことを聞いて、「気の毒したな」ともらした場面では……

 こういうあたりがこの謀略家の人臭いところで、かれのこの情義深さにひかれてひとびとはついてきていた。もっとも人臭いというより、他人に情義深いということじたいが、大将たるものの資質で、かれ自身、ながいあいだそのように自己教育してきた。それが、政治的効果のある場面々々でごく自然に出るように家康はなっているのである。家康にとって人情も酷薄さもすべて政治であったが、かといって不自然でなく、かれ自身が作為しているわけでもない。そういう人間になってしまっている点、つまりかれの先蹤者である信長や秀吉があれほどの政治家でありながらなおなまな自然人であったことにひきかえ、家康はかれらのように天才でなかっただけに自分を一個の機関に育てあげ、まるで政治で作られた人間のようになってしまっていた。(p592)

普通の人間なら美徳して認められる行ないでも、家康は政治的効果を狙ったある種の演技になってしまう。政治家として完璧であることは、人間としてつまらないのだ
大坂を「天下の台所」として秀吉の業績を引き継いだ点から、家康が変化を恐れる「事なかれの政治家」とも評しているが、これは朱印船を奨励し“交易将軍”とも称された点から不当なものだろう
ともあれ、隙がないから小説家としては、晩年の家康は愛敬がないというわけだ
小説ではこの政治的怪物を補佐するブレーンたちも、百鬼夜行のように登場する。父譲りの謀略を振るう本多正純、仏教界の制覇を目指す金地院崇伝、107歳の長寿を誇った天海入道、朱子学を幕府に定着させた林道春(羅山)。崇伝、天海、道春が功を競う方広寺の鐘銘事件は、それぞれが悪知恵を存分に振るい、それをなだめる家康を含めた構図は、まるで特撮の悪の幹部たちの会合を思わせる
天下を治めるご政道には、こうした後ろ暗い知恵も不可欠であり、利害より正義を追究する単純明快な淀君たちと対照をなすのだ


次巻 『城塞』 中巻
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『箱根の坂』 下巻 司馬遼太郎

81歳で戦場に出るスーパーじいちゃん


新装版 箱根の坂(下) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
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時は流れ、最愛の妹・千萱は亡くなり、甥の今川氏親は立派な統治者となった。駿河にいる目的を半ば失った早雲は、自らの理想を広めるべく、ついに下克上に踏み切る。伊豆には、古河の関東公方に対抗する形で幕府から派遣された堀越公方・足利政知がいたが、その統治はただ家柄に笠に着るもの。さらに政知が長子・茶々丸に斬殺される事件によって、伊豆の統治は乱れて、時代の流れは早雲に吹き始めた

ようやく、教科書で出てくる早雲に追いついた
伊豆の地は、名目上は山内上杉家の統治下にあるものの、関東公方(古河公方)を牽制するために送られた堀越公方が実質的な統治者となっていた。といっても室町時代なので、国人たちの触れ頭ぐらいの緩い統治にすぎない
小説では堀越公方・足利政知が僧体の早雲を侮る描写があり、その子・茶々丸には矢を射掛けられる。ただただ身分が上位というだけで、百姓の旗頭である国人たちを顎で使い、当主の地位をめぐって血で血を洗う戦いを続ける
早雲は伊豆一国を一朝にして覆すが、それは堀越公方のお家騒動の結果であり、足利幕府の権力構造の自壊が招いたといえる
伊豆は鎌倉幕府を開いた源頼朝が流された蛭ヶ小島があり、当地の豪族・北条時政が平家打倒の兵を上げた。早雲はその末裔が住む韮山城に居を構えたことで、北条殿と仇名されることとなる

「旅の者」であるはずの早雲を、下克上へ動かしたものとはなんだろう
司馬が掲げるのは、『孟子』の思想である。多くの中国の書物が輸入される傍ら、「『孟子』を乗せる船は沈む」といわれるほど、日本では禁忌の思想だった
なぜならば、『孟子』は義を重んじ、殷を周が放伐したことから徳のない君主は打倒してもよいという革命思想をよしとしていたからだ。幕末の吉田松陰すら、「日本では朝廷に弓を引けない」と限定的にしか認めなかった
早雲の子、氏綱は、この『孟子』の考えを重視していて、跡を継ぐ氏康に対し“義”を重んじる考えを書置き=遺言として残したという。早雲は先んじて、日本に統治者としての道義=政治思想を持ち込んで、実践したのである
ただ下々の収穫を吸上げるだけの公方、守護といった武家貴族に、土着の百姓から成りあがった国人たちが反抗し、自らの国は自らで決めるという時代。将軍家に仕える伊勢家であればこそ、その権力構造の醜さを一番よく知っていたに違いない
早雲は地頭に徴税を任せたふんぞり返る守護大名と違い、百姓に直接の統治者として接し地頭を法に基づく村役人とする「領国制を敷いた。四公六民という安い年貢を設定しつつも、領内の隠れ田を許さない検地」も実施し近世への先鞭をつけた
領国経営については、今川氏親も早雲と同様の政策を実施し、晩年には有名な分国法『今川仮名目録』を制定している。「今川」という言葉が、江戸時代まで初頭の修身書と意味したと言い、氏親の里親である早雲が後世に残した影響は大きいのだ


前巻 『箱根の坂』 中巻
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