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『風神の門』 司馬遼太郎

今年の大河の外れ臭
柴咲コウが出てるから、観ちゃうんだけど


風神の門 (上) (新潮文庫)
司馬 遼太郎
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風神の門 (下) (新潮文庫)
司馬 遼太郎
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霧隠才蔵は伊賀忍者ながら、徳川家にも仕えず堺衆の使い走りにされていた。京の八瀬では徳川の刺客になぜか襲われ、沐浴上では菊亭晴季の娘を騙る美女に遭遇する。美女の正体は淀君に仕える侍女・隠岐殿。徳川との一戦に備えて有力な牢人たちに連絡をとるべく、晴季の娘になりすましていたのだ。真田幸村に心酔する猿飛佐助とも出会い、紆余曲折の末、徳川家康の首を狙う

司馬遼太郎の『梟の城』に続く、忍者小説である
立川文庫の創作である真田十勇士が実在したとすれば、どうであったかという視点で描かれ、猿飛佐助は六角氏に仕えた三雲家に連なる甲賀衆とし、霧隠才蔵は伊賀の郷士出身として服部姓を持つ
幸村の腹心として、穴山小助、三好清海入道らも登場し、霧隠才蔵を加えてちょうど10人目の士分が揃い、真田十勇士が結成されることとなる
もっとも、主人公である霧隠才蔵は幸村に臣従したつもりはなく、佐助への友情家康を討つという任務への昂揚感、そして女たちへの恋に突き動かされていく

本作の特徴は司馬作品ながら、インテリ講談と喩えられる歴史講釈が最低限に留まり、講談の産物である忍者が史実の世界に着地できるように力を尽くされているところだ。エンターテイメントに全力なのである
立川文庫だと、猿飛佐助が最上級の忍者で、霧隠才蔵は永遠の二番手扱いとなっているが、本作ではそれが理屈でフォローされる。佐助は組織力に長じた甲賀衆であり、集団を前提とした大規模な忍術に通じている
翻って、伊賀衆の才蔵は個人技を磨くのみで、その性格も唯我独尊。伊賀忍者は個人事業主が基本で、集団行動は性格的に苦手である
これにより、才蔵は自らの周囲ではピカ一の活躍を見せるものの、全体としての貢献度は佐助の後塵を拝するのだ
組織力が個人技に勝る、そうしたリアルさを保った上で、惚れた女ときのまま生きるという自存自立した才蔵の在り方は、戦後の日本人を惹きつけるものがある
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『城塞』 下巻 司馬遼太郎

先週の真田丸は、普段はオープニングに出るスタッフロールが終了近くに出るという奇策が


城塞 (下巻) (新潮文庫)
司馬 遼太郎
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二の丸の堀まで埋め立てて城を丸裸にした家康は、豊臣方へ大坂立ち退きを要求する。拒否すると見越して、豊臣の家系を完全に抹殺するためである。小幡勘兵衛は、お夏が将軍・秀忠のいる江戸へ向かうのを背に、徳川の諜者として豊臣方から引き上げるのだった。敗戦必至の戦いに、真田幸村、毛利勝永、後藤又兵衛といった選りすぐりの武将たちは、ただ家康の首を狙って疾駆する

大坂の陣、最後の戦いが始まる
もはや交渉の余地がない等しい状況でも、徳川家康現状を維持したい大坂の女たちを見透かして、甘い言葉をささやき続ける。夏の陣の直前に大蔵卿たちの弁明を聞いて孫の婚礼の面倒を見させ、幸村が決死の戦闘を始めようとした矢先に和議の使者を送り、組織的な戦闘が終わった後には淀君・秀頼の潜伏先を探るために交渉に応じてみせる。いったい、大阪方は何度騙されたのだろうか
本作における徳川家康は、女ころがしの卑劣漢(笑)。ここまであくどい天下人が描かれたことがあっただろうか(笑)。本当かどうかはさておいて、これが大坂人に語り継がれる古狸・家康なのである
しかし、こうした家康の悪知恵も、秀忠でも治められる泰平の世を作るため
隙あれば大阪方を指揮して天下を狙おうとした小幡勘兵衛が、大人しく家康の陣所への案内役を務めたことに家康はほくそ笑む。こういう能力があって鼻息の荒い人間を諦めさせて、物分りのいい凡人に変えてしまうことこそ、平和の効用なのである
普通なら長い泰平の到来を歓迎すべきところを、苦虫を噛み潰すように描いてしまうのが、江戸時代嫌いの司馬らしい

家康の立ち回りにくらべ、死を決した牢人たちの戦いは清々しい
長曽我部盛親木村重成は、徳川家の先鋒である藤堂高虎の一軍を壊滅に追い込んだ。しかし、救援に来た井伊直孝の軍を相手に木村重成は死に、盛親も敗走する
後藤又兵衛は道明寺の戦いで、一足はやく徳川の先鋒と戦い、伊達政宗の軍と衝突して多勢無勢で戦死。この戦闘で伊達勢は消耗し、幸村最後の戦いに活路をもたらすこととなる
真田幸村毛利勝永は家康の偽装停戦に苦しみつつも、いざ決戦となると数倍する敵の先鋒を蹴散らして、家康本陣へ切り込む
数の上では倍以上である関東方の苦戦は、実戦経験のある優れた将帥が少ないから。関ヶ原のように外様に手柄を立てさせないために譜代中心に動かしたものの、水野勝成のような身代の軽い者に大軍を委ねなくてはならず、本多忠朝のように経験の浅い猪武者をけしかけて先鋒にさせねばならない
家康は死んでも幕府は健在だろうが、その下の天下はより不穏なものとなっただろう。江戸250年の泰平も、紙一重のところで決まったのである

本作は司馬作品なかでもかなりの傑作だと思えるが、ひとつだけ気になったのだが上巻であれだけ存在感を放っていたお夏がただ一行で結末が語られてしまうこと。いざ合戦ともなれば、女たちの出る幕ではないものの、小説としては小幡勘兵衛とのドラマを期待したいところなのだ
司馬の小説だと、意味深に登場した女性がなんとなくフェードアウトすることがけっこうあって、本人が自嘲するように「男性専科の作家」なのかもしれない
解説に山口瞳の司馬評が載っていて、「作家は患者(=どこかに問題のある人間)で、評論家は(患者の弱点を指摘する)医者だと思っていたが、最初から医者である人間が作家になった」「(従来の)小説家の資質とかかわりのない男が、いきなり小説を書いた」解説の大島正によると、司馬の文章は必要以上に読者と会話したがっているらしい。司馬が書ききらない行間の間を、読者がそれぞれに埋めて楽しんでしまうようだ


前巻 『城塞』 中巻

甲陽軍鑑 (ちくま学芸文庫)

筑摩書房
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『城塞』 中巻 司馬遼太郎

『真田丸』に中年の役者が多いのは、大坂の陣時点の年齢で決めたんやろねえ


城塞 (中巻) (新潮文庫)
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徳川と豊臣の間に戦雲が高まるなか、不安にかられた大野治長は、高名な牢人たちを集め始める。尾張以来の秀吉の家臣・毛利勝永、黒田家から出奔した後藤基次、寺子屋の先生にまで身を落とした長曽我部盛親、宇喜多の旧臣にしてキリシタン・明石全登……そして父ともに九度山に軟禁されていた真田幸村。淀君をはじめとする首脳陣は、実質の総大将を誰か定めることができず、なし崩し的に籠城戦に突入するのだった

ついに真田幸村が登場!
大坂城に入った彼は、後藤又兵衛ともに近江まで攻め込んで、関東勢を瀬田で迎え撃つ積極策を主張するが、淀君の意を受けた大野治長はこれを承知しない。くしくも父・昌幸の予言どおり、実績のある人間が総大将に君臨しない限り、採用されない作戦だった
本作の幸村は豊臣家の恩というより、自らの功名を世に残すために戦っていて、それは又兵衛も同様。しかし、淀君や大野治長は主戦論に乗りつつも、豊臣家の保存が大前提にあって、なぜか主筋である豊臣家を徳川は潰さないという名分論を信じている。大坂城という外界から隔離された環境が、世間離れした幻想を生み出すのだ
中巻では大坂の陣が始まったため、主人公格だった小幡勘兵衛とお夏はやや後退し、幸村・又兵衛といった牢人武将たちが前に出てくる。秀頼の覚えがいいのは後藤又兵衛で、彼と関わることで秀頼はお公家さんから武士と少しずつ変貌していく
孤高の幸村に比べて、後藤又兵衛は合戦の経験のない武将や足軽たちの面倒をよく見ていて、大坂一のイケメン武者・木村重成の交流も本巻の見所だ

随所にマイナーな武将が取り上げられている
中でも異彩を放つのが、新宮行朝なる人物。紀州熊野の出であり、その祖先は源頼朝の叔父・新宮十郎行家『平家物語』にも登場する有名人で、家康すらその家柄を認めて取り立てようとするほど
しかし、その人柄は行き場のない牢人たちと同じ。ただ目立ちたいがゆえに、守りが手薄で放棄されるはずの堺へ駐留して、救援が来ると他の人間に功を取られるからと撤退してしまう
司馬は彼こそ戦国武者の典型であるとして、こういう身勝手な人間の欲求を上手く転がすことこそ、戦国時代の総大将の役目とする。そういう虚実を心得ているのが徳川家康であり、大坂の陣にはそれが務まる人間がいない。幸村にしろ、又兵衛にしろ、あくまで一軍の将止まりなのだ
もちろん、家康の子秀忠に総大将ができるはずもないから、その命が尽きる前に決着をつけなければならない。そのために、大阪方の女性陣へ阿茶の局を送り込んで、淀君の妹・常高院越しに和議を進めておいて、「惣濠」(外堀)を“総”堀として埋めてしまう。本作の家康はそれまでの律義者という評判を書き消すように嘘を吐きまくり、司馬はこの一時の行いで後世の不人気を決定づけたとする
ただし、この「惣濠」うんぬんは後付けの俗説『戦争の日本史』シリーズによると城の破却が和議の条件であって、それを巡る豊臣方からのクレームは特になかったそうだ


次巻 『城塞』 下巻
前巻 『城塞』 上巻

関連記事 『関ヶ原と大坂の陣 戦争の日本史17』
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『城塞』 上巻 司馬遼太郎

織田信雄や有楽ら、零落した織田家が謎の存在感


城塞 (上巻) (新潮文庫)
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関ヶ原の戦いから十年余。齢七十を越えた徳川家康は、おのが目が黒いうちにと「豊臣家打倒」へ動き出した。徳川家の諜者として、元武田家家臣の兵法家・小幡勘兵衛は、大坂城下へ送り込まれる。勘兵衛は、淀君付きの侍女・お夏と不思議な男女の仲となり、関東方でありながら大坂に肩入れしていく。一方で家康から豊臣家の家老に任じられた片桐且元は、徳川家の言い分を飲むことが豊臣家と自らの安泰になるとしていたが、方広寺の鐘銘事件をきっかけにドツボにはまっていく

大坂の陣を扱った司馬の長編作品
主役級に小幡勘兵衛景憲をマイナーでメジャーな人物を持ち出したのが、意表を突く! 小幡勘兵衛は甲州流兵学の祖として知られ、武田家滅亡後に徳川家に仕えた後に出奔して諸国を放浪していた。大坂の陣では豊臣家に属しつつ、城中の情報を関東方に流したことから、もともと徳川の諜者であると考えられている
本作の勘兵衛は、徳川家のスパイとしての役目を持ちつつも、兵法家としての本能から迷走する豊臣家に助言してしまうという矛盾した行動を続けてしまう。しかし感情的な行動が、お夏や淀君、大野治長から、無類の信頼を得て、トップシークレットに関われるのだから、勘兵衛の複雑さは加速度的に増していく
大坂城は淀君を頂点に一万人の女たちが住む、世にも珍しい女の城であり、勘兵衛と関係を持つお夏はいわばキャリアウーマン。勘兵衛を対等というより、下郎として利用しようとするツワモノだ。『真田丸』のきりのように男たちを混ぜっ返すのだが、大坂城の女社会というバックボーンがあるから、まったく不自然に思えずはまっている
勘兵衛と似たような葛藤を抱える片桐克元など、ひとりひとりの著名人がそれぞれ異彩を放っていて、その共演が楽し過ぎる。歴史小説はやっぱ司馬である

司馬は江戸時代と徳川家康が嫌いである
しかし、徳川家康が250年の泰平を築いたのもまた事実。そういう彼を嫌いながら、どう評したか。片桐且元が豊臣家を追い払われたことを聞いて、「気の毒したな」ともらした場面では……

 こういうあたりがこの謀略家の人臭いところで、かれのこの情義深さにひかれてひとびとはついてきていた。もっとも人臭いというより、他人に情義深いということじたいが、大将たるものの資質で、かれ自身、ながいあいだそのように自己教育してきた。それが、政治的効果のある場面々々でごく自然に出るように家康はなっているのである。家康にとって人情も酷薄さもすべて政治であったが、かといって不自然でなく、かれ自身が作為しているわけでもない。そういう人間になってしまっている点、つまりかれの先蹤者である信長や秀吉があれほどの政治家でありながらなおなまな自然人であったことにひきかえ、家康はかれらのように天才でなかっただけに自分を一個の機関に育てあげ、まるで政治で作られた人間のようになってしまっていた。(p592)

普通の人間なら美徳して認められる行ないでも、家康は政治的効果を狙ったある種の演技になってしまう。政治家として完璧であることは、人間としてつまらないのだ
大坂を「天下の台所」として秀吉の業績を引き継いだ点から、家康が変化を恐れる「事なかれの政治家」とも評しているが、これは朱印船を奨励し“交易将軍”とも称された点から不当なものだろう
ともあれ、隙がないから小説家としては、晩年の家康は愛敬がないというわけだ
小説ではこの政治的怪物を補佐するブレーンたちも、百鬼夜行のように登場する。父譲りの謀略を振るう本多正純、仏教界の制覇を目指す金地院崇伝、107歳の長寿を誇った天海入道、朱子学を幕府に定着させた林道春(羅山)。崇伝、天海、道春が功を競う方広寺の鐘銘事件は、それぞれが悪知恵を存分に振るい、それをなだめる家康を含めた構図は、まるで特撮の悪の幹部たちの会合を思わせる
天下を治めるご政道には、こうした後ろ暗い知恵も不可欠であり、利害より正義を追究する単純明快な淀君たちと対照をなすのだ


次巻 『城塞』 中巻
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『箱根の坂』 下巻 司馬遼太郎

81歳で戦場に出るスーパーじいちゃん


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時は流れ、最愛の妹・千萱は亡くなり、甥の今川氏親は立派な統治者となった。駿河にいる目的を半ば失った早雲は、自らの理想を広めるべく、ついに下克上に踏み切る。伊豆には、古河の関東公方に対抗する形で幕府から派遣された堀越公方・足利政知がいたが、その統治はただ家柄に笠に着るもの。さらに政知が長子・茶々丸に斬殺される事件によって、伊豆の統治は乱れて、時代の流れは早雲に吹き始めた

ようやく、教科書で出てくる早雲に追いついた
伊豆の地は、名目上は山内上杉家の統治下にあるものの、関東公方(古河公方)を牽制するために送られた堀越公方が実質的な統治者となっていた。といっても室町時代なので、国人たちの触れ頭ぐらいの緩い統治にすぎない
小説では堀越公方・足利政知が僧体の早雲を侮る描写があり、その子・茶々丸には矢を射掛けられる。ただただ身分が上位というだけで、百姓の旗頭である国人たちを顎で使い、当主の地位をめぐって血で血を洗う戦いを続ける
早雲は伊豆一国を一朝にして覆すが、それは堀越公方のお家騒動の結果であり、足利幕府の権力構造の自壊が招いたといえる
伊豆は鎌倉幕府を開いた源頼朝が流された蛭ヶ小島があり、当地の豪族・北条時政が平家打倒の兵を上げた。早雲はその末裔が住む韮山城に居を構えたことで、北条殿と仇名されることとなる

「旅の者」であるはずの早雲を、下克上へ動かしたものとはなんだろう
司馬が掲げるのは、『孟子』の思想である。多くの中国の書物が輸入される傍ら、「『孟子』を乗せる船は沈む」といわれるほど、日本では禁忌の思想だった
なぜならば、『孟子』は義を重んじ、殷を周が放伐したことから徳のない君主は打倒してもよいという革命思想をよしとしていたからだ。幕末の吉田松陰すら、「日本では朝廷に弓を引けない」と限定的にしか認めなかった
早雲の子、氏綱は、この『孟子』の考えを重視していて、跡を継ぐ氏康に対し“義”を重んじる考えを書置き=遺言として残したという。早雲は先んじて、日本に統治者としての道義=政治思想を持ち込んで、実践したのである
ただ下々の収穫を吸上げるだけの公方、守護といった武家貴族に、土着の百姓から成りあがった国人たちが反抗し、自らの国は自らで決めるという時代。将軍家に仕える伊勢家であればこそ、その権力構造の醜さを一番よく知っていたに違いない
早雲は地頭に徴税を任せたふんぞり返る守護大名と違い、百姓に直接の統治者として接し地頭を法に基づく村役人とする「領国制を敷いた。四公六民という安い年貢を設定しつつも、領内の隠れ田を許さない検地」も実施し近世への先鞭をつけた
領国経営については、今川氏親も早雲と同様の政策を実施し、晩年には有名な分国法『今川仮名目録』を制定している。「今川」という言葉が、江戸時代まで初頭の修身書と意味したと言い、氏親の里親である早雲が後世に残した影響は大きいのだ


前巻 『箱根の坂』 中巻
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『箱根の坂』 中巻 司馬遼太郎

今川家への下向は、伊勢貞親の指示という話も


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妹・千萱の夫、今川義忠が戦死した。義忠の遺子・竜王丸は幼く、今川家は扇谷上杉家を後ろ盾とする範家との家督争いに突入しようとしていた。他ならぬ千萱の危機に、早雲は数人の同志ともに駿河へ東上した。交渉相手となったのは、戦国黎明期を代表する名将・太田道灌。早雲は範家ら御連枝衆を嫌う国人衆を味方につけて、竜王丸の家督を確保する

ついに早雲の下克上が……始まらない!
早雲はあくまで妹・千萱と竜王丸を助けるために、駿河に下っただけであってそれ以上ではないのだ
竜王丸が成人するまでの14年間、関東と駿河の境目にある興国寺城を守り四公六民という当時としては破格の税率で民政に尽くした。室町の上級武士たちが民衆を税を搾り取る存在としか考えない中、同時代では稀有な善政だった
駿河へ向かう早雲の同志として、田原荘の山中小次郎のような次男以下の「厄介者」が集結。それぞれが自分の立身をかけての旅立ちで、なんの縁のないところへ乗り込むのはいかにも戦国らしい光景だろう
早雲に付き従った盟友6人は、北条家のなかで「御由緒衆と呼ばれ、特に大道寺家は代々、宿老の位置にあった

応仁・文明の乱からまだ時を隔てず、まだまだ旧時代の遺風が強い
扇谷上杉家の家老・太田道灌は、足軽たちを軍勢として組織し、江戸城をはじめとする優れた縄張りの城郭を建築した。歌道にも精通し、主君を圧倒するほどの名声と勢威を誇った道灌であったが、下克上など思いもしなかった
早雲もまた、チャンスに恵まれながらも欲は少ない
本人いわく「旅人」(中田ヒデ?)であり、時宗の聖たちに通じる半ば「世捨て人」。思えば、早雲という名前が全てを語っている。ぎとぎとした野心の塊なら、14年間も一城の主に収まらないだろう
国人一揆が頻発するといえど、まだ身分上位の者を堂々と討つなど、誰も思いも寄らぬ時代なのである
というわけで、展開は地味ながら、単なる妹に留まらない千萱との怪しい関係や、今川範家とそれに組する者との暗闘、いざという時に見せる早雲の名人芸な弓矢……そして『街道をゆく』的な薀蓄と、いつもの文章力で飽きさせない


次巻 『箱根の坂』 下巻
前巻 『箱根の坂』 上巻
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『箱根の坂』 上巻 司馬遼太郎

戦国の黎明期


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京の南の山深く、田原荘に住む山中小次郎は、次男坊の“若厄介”であることから、幕府の重臣・伊勢家の娘の護衛を命じられた。応仁の乱前夜、血気盛んな足軽たちを避け、時宗の聖・願阿弥の助けを借りて、伊勢家の屋敷へたどりつく。そこで小次郎は、鞍作りに励む武士に出会うのだった。その名は伊勢新九郎、のちの北条早雲である

戦国時代の下克上を代表する北条早雲の物語
「下克上」という先入観から名も知らぬ素浪人と思われがちな早雲だが、室町幕府の政所執事を預かる伊勢家の出身。政所執事は将軍の側近中の側近であり、当時の当主・伊勢貞親は応仁の乱を遠因を作ったといわれるほどの権勢を誇った
小説では「新九郎」の名から九人目の男子でかつ、庶子だと推測している。応仁の乱で零落する展開となり、名門の出という史実と「下克上の素浪人」というイメージを折衷したような人物だ
上巻では、応仁の乱前夜の世相に重点が置かれていて、足軽の台頭、時宗に代表される大衆宗教、一芸で名を挙げる名人たちと、下からの革命が進行している

最初に視点となる人物が、山中で畑を耕す“若厄介”山中小次郎
小次郎は米を育てないために一人前の人間と見なされず、一旗挙げるために風雲の京へ出立する。彼の住む田原荘は、大名の支配から独立した農村であり、自らの意思で東西どちらにつくか選ぶのだ
(田原荘は現在の宇治田原であり、管理人の住む宇治からはバスで行ける。もの凄く親近感が湧いた)
鎌倉時代に成立した将軍-守護-地頭-農民の秩序は、農業技術の発展による生産力の向上で下々から崩されていて、力のある農村は自力で武装して守護を追い払った
この時代に誕生した言葉に「一味があり、これは武家の支配によらない農民同士の横の連帯を示したという
それに対応するように現れたのが、軍事勢力としての足軽。伝統的な武士の価値観から離れた峻烈な戦いをする彼らは、合戦の帰趨を決める存在となった
小説では、稲荷大社にこもる骨川道賢が、管領・細川勝元から左衛門尉の位(朝廷の官位!)を授けられていて、下克上の象徴として描かれている。そのえげつない名前のわりに純な性格であり、その後の時代を動かす新人類として扱われていた(本人は応仁の乱で非業の死を遂げる・・・)
農業生産力の向上が農村の人口を増やすとともに、厄介者たちが都へ流入し足軽という存在を生んだ。独立する農村が、彼らのような独立した個人を生む源となったといえよう

こうした新たな人種を支える精神的バックボーンが、時宗、浄土宗に代表される大衆仏である
小説でクローズアップされているのが、一遍上人による時宗であり、その教えを純粋に守る願阿弥という聖(ひじり)がキーマンとなる
浄土教の「法(絶対の真理、仏法)の前には、皆平等である」という思想が、液状化した身分社会へ浸透し、心の支えとなっていく
ただし、そうした浄土系の宗教が教団として組織化されていくと、教団内で身分制度や権威が生まれ、本来の理想から遠ざかって行く現実もあった
さて肝心の伊勢新九郎(後の早雲)はというと、八代将軍・足利義政の弟である義視に奉公衆として仕えて、対今川家の渉外を担当しつつも、応仁の乱で一挙に没落。鞍作りの職人として各地を旅しつつも、盗賊に身ぐるみを剥がされ文字通りの裸一貫にまで落ちぶれる
しかし、襲われた土地は妹・千萱の嫁いだ今川家の駿河国。次巻、どん底からの逆襲が始まる


次巻 『箱根の坂』 中巻
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『十一番目の志士』 司馬遼太郎

攘夷浪士の深層


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天堂晋助は長州の最下層出身だが、宮本武蔵直伝・二天一流の達人。最初は上士・栗屋庸蔵に仕えるも、その腕を高杉晋作に見込まれ奇兵隊へ入隊。やがて藩の運動を助けるために上京する。禁門の変後には、「たった一人の長州藩」として京に残り刺客として活動を続けた。その尋常でない働きに、新撰組の土方歳三は隊を挙げて探索にあたる内に、ある女と出会う。それは晋助に夫を殺された、栗屋庸蔵の娘・菊絵だった

幕末を揺るがす雄藩のなかで、長州にだけ有名な刺客がいない。もし、宮本武蔵のような使い手がいたら……というわけで生み出された主人公が天堂晋助
オリジナルキャラクターながら無名の剣士として終わらず、薩摩の中村半次郎、肥後の河上彦斎に匹敵する人斬りとして大暴れする
晋助は高杉の駒であり続け、まさに野獣のような男である。標的を躊躇なく斬るのはもちろんのこと、邪魔な人間を何人斬っても罪悪感はない。女が絡むとすぐに押し倒して、なし崩し的に取り込むという、レイパー紛いの悪漢!!
司馬小説でここまでの主人公がいたであろうか(困惑)
晋助を引き立てる高杉晋作に、ライバルに土方歳三をはじめとする新撰組の面々、最大のターゲットとなる小栗上野介、他に勝海舟、坂本竜馬、桂小五郎、広沢平助、伊藤俊輔、井上聞多と幕末の著名人が次々に登場し、緊迫感ある殺陣大人数を回した逃亡劇、そしてめくるめく濡れ場。悪が悪を利用する怒涛のピカレスクロマンなのである

司馬小説というと、合理が非合理を破る物語、理詰めの主人公が典型だが、本作の晋助はその正反対。高杉の論を疑わず、刹那的に立ち回る
なんでこんな主人公を出したかというと、維新回天を押し進めた尊皇攘夷という狂気への探求ではないだろうか
言われたとおりに人を斬り続けた晋助も、故郷が近く百姓出身の赤根武人を追う内に、人間への哀れみと革命への疑いを抱くようになる。赤根武人は同じ奇兵隊であり、路線対立で新撰組に近づいたが、その名のとおり軍人として有用な人物だった
高杉は赤根を生かして連れ帰った晋助に対し、その切腹の介錯を命じる

「こういう時勢は、人を殺すことが大事だ。時勢の進むのを邪魔だてするやつは殺さねばならぬ。殺すにあたいするやつは、むろん尋常なやつではない。赤根武人も尋常な男ではなく、おぬしを魅了したように万人に傑出したやつだ。それはわかっている。生かしておけばかならず次の世に役に立つだろう」(中略)
「しかし殺さねばならぬ。あすに有能かもしれぬが、こんにちの毒物だからだ。いま、時勢は百世に一度の秋である。唐土でいう革命のときにある。それをはばむ者は毒物として殺さねば、日本そのものが万丈の断崖からころげおちる。殺すことは新しい世を生むことだ」(中略)
「殺せ。かつ、殺せ。なおも、殺せ。それが天が命じている天堂晋助の職だ。織田右府をみろ。叡山の僧五千を殺し、伊勢長島の一向宗徒を二万人殺した。その者どもは時勢の打通に毒物だとみたからであり、信長はそれを殺すことを天命だと信じた。天堂晋助は信長ほどに殺したか。殺さねば、あたらしい世は来ぬぞ」
(p290‐291)


フィクションとはいえ、なんちゅう台詞だろうか(苦笑)
非合理なテロを政治的な効果に結びつけるのが革命家・高杉であり、彼がいうに政治に善悪はないあるのは勝敗のみであり、勝つために政治的狂気を動員しなければならないのだ
その狂気を操作した高杉も、病に倒れ役割を終えるように逝く。晋助の刺客としての役目も終わり、実務家の時代が始まる
解説には赤根武人と同郷の奈良本辰也がささやかな修正と、悲劇の志士たちへの熱い思いを吐露している。これも必読である
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『世に棲む日日』 第4巻 司馬遼太郎

藩に逆らえても、親には逆らえない


世に棲む日日〈4〉 (文春文庫)
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幕府に屈服した藩政府に対し、高杉はクーデターを決意した。しかし、山県狂助が掌握する奇兵隊は慎重で、わずかに力士隊遊撃隊が加わるのみ。それでも三田尻に停泊する軍艦三隻を奪い、下関を占領した。この成果に突き動かされるように奇兵隊も進撃を開始。ついに上士中心の選峰隊との戦闘が始まった。戦いには農民の志願兵も加わり、単なるクーデターから革命に変貌していく

ついに電光を発した
当初、クーデターのメンバーは、伊藤俊輔(のちの博文)と力士隊のみで、しばらくして他藩出身の遊撃隊を加えたのみ。奇兵隊の軍監である山県狂助(のちの有朋)は保身に走り、諸隊も高杉の計算についていけない
高杉の切り札は海軍だった。もともと正義派に同情的な三田尻の奉行を説得し、長州海軍の全てを入手してしまう。藩政府のある萩城は北を海に面しているから、軍艦の砲撃に怯えるしかない
山県たちも引きずられるように、藩政府の大軍を戦闘を強いられ、全てが高杉が想定したように転がって行く
圧倒的な政府に対し、相手を心理的に降りさせて状況を一変させるところ、まさに神算という他ない。『フンタ』という途上国を舞台にしたボードゲームがあるが、その理想的なクーデターを見るかのようだ
アニメでは超能力などでゲタを履いた主人公が革命を起こすが、生身で普通にやってのけた人がいたのである

正義派が復権したものの、長州の取り巻く状況が良くなったわけではない。第一次長州征伐の大軍がまで残っていて、幕府方は約束した降伏条件の履行を待っている状況だ
それに対して高杉は、長崎で武器商人グラバーと会い、イギリスとの関係で乗り切ろうとする。洋式化の資金を稼ごうと下関開港をはかるも、下関は長州の支藩たちの封土が入り組んでいた
しかも尊皇攘夷を是とする正義派からの転向とあって、藩中の憤激を招き、高杉と伊藤は亡命を余儀なくされた。高杉はほとぼりが醒めるまで、愛妾・おうのを連れて上方から四国に逃れる
その高杉を匿ったのが、讃岐榎井村の日柳燕石。博徒の親分ながら、教養があり侠気に満ちた人物で、なんの得にもならないのに快く受け入れる。高杉が長州に戻った後、彼は幕府に捕縛されて四年間入牢。のちに官軍の史官となって従軍するが、牢屋で得た病で亡くなってしまう
奇兵隊に出資した白石正一郎といい、捨て身で協力する庶民がいたことは、奇兵隊の出現と同様に江戸の身分社会が崩れ行く流れといえる

四境戦争では高杉は海軍を率い、大島の奪還から幕府総督の籠もる小倉口へと激闘を続ける
この時すでに労咳(肺結核)が発症していて、連日の出撃は命取りとなった。おもしろきこともなき世をおもしろく」の句を残し、この世を去る。松陰より一歳若い、享年28歳
大村益次郎とは接点がなく、小説では名前が一度出てくるのみ。大村は桂小五郎に引き立てられた人だし、高杉は松下村塾系以外の人間とあまり交際しなかったようだ

全巻を読んで総括すると、松陰も高杉も波乱万丈の人である。あまりに劇的な人生過ぎるので、小説に何かを盛る必要がない
特に高杉は各地を転々としながら、漢詩から御座敷芸の小唄まで達者で、妻子が下関に乗り込んできたときの詩は爆笑もの。これほど歴史小説の主役にふさわしい人間もいないだろう
前巻の記事に書いたように、この時期の長州の政治はそのまま明治政府を観ているかのようだ。庶民からなる奇兵隊は、階級を打破する他藩には見られない革命的存在であり、その中枢を握る山県狂助(有朋)が明治政府の徴兵制を整えていく
象徴天皇制の運用も伊藤と山県によって形付けられたことを考えると、長州藩の「そうせい侯」の在り方が念頭にあることは間違いない
明治維新とは、長州で成立した革命の成果を日本中へ輸出する事業だったともいえるのだ


前巻 『世に棲む日日』 第3巻
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『世に棲む日日』 第3巻 司馬遼太郎

人は過ちを繰り返す


世に棲む日日〈3〉 (文春文庫)
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上海から戻った高杉晋作は、幕府を倒すべく攘夷運動を再開した。御殿山に建設中のイギリス公使館を焼き討ちし、京都に上洛した将軍・家茂の暗殺まで計画する。暗殺計画が流れた後、長州に戻って東行と称して山に籠もるも、外国船への砲撃をきっかけに藩の要職につくことに。攘夷に燃える体制の中、庶民の職業別軍隊「奇兵隊」を創設する

第三巻もめまぐるしい大転回を遂げる
高杉たちの御楯組による英国公使館焼き討ちに、薩摩と会津による長州を追い落とす八月十八日のの政変、それに対する禁門の変、馬関の外国船砲撃に始まる下関戦争4ヶ国連合艦隊の報復、そして第一次長州征伐と、長州は天国と地獄を味わうことになる
高杉の革命思想は日本であれ長州であれ、戦争で滅亡の淵に突き落とすことで体制を変えるという凄まじいもの。その敗戦革命論は、松陰の「死地」解釈にも通底し、師の思想を引き継いだといえる(『井伊直弼の首 戦国バトル・ロワイヤル』
しかしその裏腹に、上士身分として育った高杉は、藩主父子への忠誠心も強い。御輿のように利用する普通の藩士たちに比べ、張り裂けそうな悲痛を抱えていた

長州藩は長井雅楽の開国論が藩論となったのも束の間、坂下門外の変で藩内の公武合体論が力を失い、周布正之助を首班とする攘夷派が優勢となる
桂小五郎久坂玄瑞を中心に京都政界に盛んに政治工作を行われ、将軍が京都に上洛して攘夷を約束するという異常事態を起こして見せた。高杉はこの時に将軍暗殺を狙い、一部露見したことで僧に身をやつす
幕府が攘夷を約束した5月10日に、長州は下関に航行する外国船に砲撃を開始。一躍、尊皇攘夷の雄藩として知られることとなる
しかし長州の独走に危機感を覚えた薩摩は、京都守護を預かる会津藩と手を組んで、8月18日にクーデターを決行。七公卿の都落ちとともに、影響力を失ってしまう
来島又兵衛らの強硬派は藩主の冤罪を認めさせようと朝廷への強訴を決め、周布や久坂玄瑞が止めるのも聞かず、禁門の変に到るのだった
小説で高杉は来島に煽られて京都へ様子を見に行くが、強硬派を止められない憂鬱を中岡慎太郎に知られ、島津久光の暗殺を企てている。結局、国に呼び出されて禁門の変の圏外に逃れるが、斜め上に見えてありうる話だから困る(苦笑)

高杉に並んで活躍するのが、意外にも井上聞多(のちの井上馨)!
井上家はかつて毛利家と並ぶ安芸国人の名家であり、藩主・敬親の小姓として愛されて「聞多」の名をもらっている
攘夷の正義派に属しながら、攘夷の限界をわきまえていた周布政之助は、イギリスへの留学生派遣を決めており、早耳の井上友人の伊藤利助(のちの博文)ともにその人員へ入り込んだ
イギリスの社会を直に接した井上と伊藤は、四カ国艦隊との戦争を知って、急遽帰国。戦争の回避に奔走する。小説ではここの紆余曲折を生き生きと活写される
開戦前に講和論を蹴られた井上は、開戦直後に敗戦が悟った首脳部に、停戦交渉を命令される。それに井上は手のひら返しに怒る怒る! 一度戦争が始まったら、途中で止まるものではない
一通り、長州側が粉砕されてから、架空の家老・宍戸刑馬を名乗る高杉の通訳として、井上は講和交渉に参加。幕府に賠償金を押し付け、彦島の租借を回避する形で決着する
しかし、講和を実現した高杉と井上に対し、攘夷派は裏切り者とし刺客を差し向ける。さらに第一次長州征伐から復活した俗論派(佐幕派)の壮士が二人を狙い、聞多は瀕死の重傷を負い、正義派の首領・周布政之助は自殺に追い込まれたのだった
島国の人間は外国と直に接しないゆえに、観念で外国を捉えて極端な好意と恐怖にぶれる。そして身体的に外国に接した人間の正論が抹殺される
観念先行で内輪優先で始まった戦争、空気の読めない少数派へのテロと粛清、結果に責任をもたないヤクニン、敗戦後のけろりとしたレジームチェンジに、司馬はその70余年先の敗戦した日本を見る。司馬は昭和の戦争を小説の題材にしなかったが、ある意味その必要はなかったのだ


次巻 『世に棲む日日』 第4巻
前巻 『世に棲む日日』 第2巻

関連記事 『井伊直弼の首 幕末バトル・ロワイヤル』
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