カテゴリ0の固定表示スペース

カテゴリ0の固定表示スペースの本文サンプルです。
テンプレート使用時に削除してください

カテゴリ1の固定表示スペース

カテゴリ1の固定表示スペースの本文サンプルです。
テンプレート使用時に削除してください

カテゴリ2の固定表示スペース

カテゴリ2の固定表示スペースの本文サンプルです。
テンプレート使用時に削除してください


【ぶらり滋賀観光】園城寺

なんで分からないが、3日には家族と三井寺こと園城寺へ行くこととなった。近江神宮は混んでいるから避けたのだ
グーグル先生の指示に従って、京阪京津線の上栄町駅からトコトコと歩いていく
(京都から行かなければ、京阪坂本石山線の三井寺駅からのほうが早いし、歩きも少ない。JR湖西線の大津京駅からは、けっこう歩く)

長等神社

途中にあったのが、長等神社天智天皇近江大津宮に遷都したことに始まるという歴史ある神社だ。元々は長等山上にあったらしい

観音堂
観音堂。売店があります

観音堂からは湖への景色が見下ろせるが、桜の枝が邪魔して景観としては微妙か(苦笑)。花見に来るべきスポットなのだ

十八明神社
十八明神社。園城寺が叡山から天台宗の分派を立てようとして勅許が下りたところ、叡山側の僧兵に脅かされたという。そこで園城寺の高僧が二十一日間の護摩を焚いて果ててしまったが、その念が8万4千匹のねずみを動かして叡山中の仏像、経典を食い散らかしたという
おおっ、ここでネズミ年につながった

毘沙門堂
毘沙門堂

唐院三重塔
唐院の三重塔秀吉奈良の比蘇寺から伏見城に移したものを、家康が園城寺に寄進したらしい。ときの権力の政治力で、いろんな場所にいろんなものが動く

弁慶の汁鍋弁慶のひきずり鐘
左が弁慶の汁鍋。右が弁慶の引きずり鐘弁慶は義経のもとへ行くまでは叡山の僧であり、園城寺への強訴にも参加していたという。引きずり鐘は弁慶が戦利品として園城寺から持ち帰ろうとしたら、鳴きだしたから置いて帰ったという

金堂
そして、金堂。中には仏像がずらりと公開されていて、豪華絢爛だ

鐘楼2
突かせてもらえる鐘楼。ただし、一突き300円!
有料だと、混まない(苦笑)

仁王門仁王門 (2)
仁王門

園城寺の特徴はなんといっても、屋根が美しい檜皮葺(ひわだぶき)。その発祥が壬申の乱で敗死した大友皇子(弘文天皇)を弔うために、天武天皇から「園城」の字を賜って建立と、実は叡山より古い!
三井寺と呼ばれるのは、元は「御井」天智・天武・持統天皇の誕生の際に産湯に使われた霊泉があるから
そんな由緒があるからか、天台宗の総本山の座を巡って比叡山延暦寺とは犬猿の仲。なんども叡山側の強訴を受けており、信長が叡山を焼き討ちした際には信長側にいるなど、血で血を洗う黒歴史が裏にはあるのだ
なにわともあれ、今となっては春の桜も秋の紅葉の楽しめる名所なのである
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

初詣は北野天満宮

初詣は墓参りの帰りに北野天満宮に行った

左大文字
道すがら通った左大文字大北山にあり、ふもとにはかの有名な金閣寺がある

北野天満宮4

参道にはずらりと売店がならんで人だかり。ただし脇道があるので、八坂神社のように渋滞という感じではない

北野天満宮3
今年はネズミの年

北野天満宮1
三光門

北野天満宮2-3

さすがに本殿となると、大行列
北野天満宮は、いわずとしれた悲劇の宰相・菅原道真を祀った神社。道真が亡くなったのは903年で、創建されたのは947年。その間に道真の政敵たちが急死し、御所の清涼殿に落雷が落ちる事件など天変地異が相次いでおり、怨霊を鎮めるために道真を復権する動きが起こったのだ
江戸時代あたりから学問の神様とされたらしく、寺子屋にはその御真影が拝まれたとか

願いをかなえる牛さん
一願成就の牛さん。サイトに書いてあるのと場所が違った

去年は言っておいたことがどれだけやれたかというと、例年どおり怪しいのだが、過去は振り返らず(おいっ)、今年のことを考えよう
Gレコの劇場版第二部が二月公開。そのサブタイトルが『ベルリ 激進』で、聞いたときは「はにゃ?」と思ったが、年の瀬にはベルリ役の声優さんが無期限休養となり、違う意味で激震となった(苦笑)
声がどこまで録られているのかは分からないが、なにわともあれ劇場でネット配信で、公開されていくことになるはず
なので今年は、サイトでまだ紹介していない富野作品を観直して、読み直していこうと思う。信者といいながら、まだ見きれていない作品も多いのですよ
では今年もよしなに
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【京都人による京都観光】安祥寺・毘沙門堂

紅葉も今のうち、秋を探そうと歩いて行ける範囲のお寺を散策した


1.琵琶湖疏水

JR東海道線のトンネルを抜けて、北へ行くと琵琶湖疏水に出る。近畿の水がめ、琵琶湖から、京都へ水を供給しているのが、この疏水

山科疎水

いつの季節を巡ってもいい(冬はないか)、地元人の散歩道である

山科疎水2山科疎水3

冷え込みが微妙なのか、一気に色づくという感じではないけど……休日に行くなら来週だと枯れてるかもしれないし


2.安祥寺

安祥寺

吉祥山安祥寺は、平安遷都しばらくした848年仁明天皇の皇后、文徳天皇の生母・藤原順子皇太后の発願により、弘法大師空海の孫弟子・恵雲僧都によって開基、創建された
全盛期は鏡山陵以東山科一帯(山科駅から東山区の半ばあたりか)までの山野を独占したらしいが、応仁の乱をきっかけに寺領をうしなったという

安祥寺の鐘楼2

この鐘楼は秀吉の朝鮮出兵の際に、陣鐘として徴集されたが、返還されるときに誤って安曇寺の鐘が戻ってきたらしい

安祥寺の紅葉2

ここの紅葉スポットは少ない。それでも心は鎮まる光景だ


3.毘沙門堂

そしてメインデッシュというべき、毘沙門堂

毘沙門堂の紅葉 入り口2

言い伝えでは歴史は平安遷都前、文武天皇の勅願行基和尚により、703年に前身の出雲寺が開かれた。ただ、その場所は京都市上京区、相国寺の北にあったという
そして、応仁の乱に一度焼失して、1469年に再建。しかし、157Ⅰ年に再び焼失する
二度目の再建は、慶長年間徳川家康の側近だった天海によって復興が開始され、そのときに安祥寺の寺領の一部を受け継ぐ形で山科に移ったのだ

毘沙門堂の紅葉3毘沙門堂の紅葉4

グーグルマップの真っ赤の紅葉とはいかないが

毘沙門堂の紅葉5

来た甲斐はあった


明日はいよいよ……
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

大阪中之島の『ウィーン・モダン』展に行ってきた

突如、土曜日の夜に身内から電話がかかってきて、日曜朝早くに出かけることになってしまった
三か月ほど前に、観に行く約束をしていて、チケットまで買っていたらしい

国立国際美術館

『ウィーン・モダン』展は、マリア・テレジアによる啓蒙主義の改革から、近代へ向かっていくウィーンの都市改造を展望しつつ、中産階級の勃興とそれに伴う家具・食器などインテリアデザインの変化クリムトシーレなど芸術家の活動を俯瞰する
都市がテーマなせいか、目玉のはずのクリムト、シーレの絵画は最終盤で展示数もしれてはいる


エミーリエ・フレーゲ

このクリムト作の『エミーリエ・フレーゲ』は写真撮影が許されていたのだ。照明が調整されていたので、フラッシュの影響が最小限になるように配慮されているのだろう
エミーリエ・フレーゲは結婚こそしなかったものの、クリムト生涯のパートナー。クリムトの弟エルンストがエミーリエの姉と結婚したことがきっかけで出会い、ウィーンでモードサロンを経営する活発な女性なのであった
世紀末のウィーンで花開いた消費文化は最先端のパリと匹敵するものであり、幾何学的なデザインなど近代というより現代で通用する。すでにこの時代に今の社会の原型ができていたのではないかというほどだ

市民公会堂2

上のは大阪市中央公会堂なのだが、フランツ・ヨーゼフ1世のウィーン大改造の際には、似たようなデザイン、構造の建物が造成されている。ウィーンの発展をテーマとした展示を中之島に行ったのは、まさにストライクの企画なのだ
大阪は12月8日までやっているし、中ごろの今は空いていますぞ

公式サイト 国立国際美術館 『ウィーン・モダン』(大阪・中之島)

関連記事 エル・グレコ展に行ってみた

↑あれから、7年経つのか……
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

「下鴨納涼古本まつり」へと行ってきた

下賀茂神社の古本まつりへ行ってきた。毎年、行きたいと思っていて行けてなかったのだ

下賀茂神社下賀茂神社 古本まつり

古本まつりの会場は、“糺の森”がそのまま使われている
若手古本屋(?)が集まった京都古書研究会が主催していて、研究会は春と秋にも古本まつりをやっているそうだ

古本まつりの様子

行列ができるって感じではないが、それなりに人が集まっていた。灼熱の熱さでこれだから、本来はもっとにぎわっているのだろう
書店によって、古い単行本・専門書を前面に出しているところもあれば、懐かしい漫画や文庫本を並べているところもあり、多種多様。古い雑誌やペーパーブック、CD、レコードまで置いてあるから、それ目当てで顔を出すのもありか
お値段的に突き詰めると、とうぜんながらチェーン店に軍配が上がる。〇ッくオフなら100円ものやろ、という品が400円ぐらいで置かれていたりする
利用するなら、気になっている作家のなかなか手に入らない本とか、こういうのが欲しいと想定しておくべきだ
絶版かどうか怪しいのに、定価以上の値段がつけられたりして、けっこう油断がならない。まあ、これを見抜いて目当ての本を格安で買うのが醍醐味というものなのだろう

で、購入した本はというと

購入した古本

・アーサー王シリーズ 全三巻 ローズマリー・サトクリフ
・『メディチ家の興亡』 中田譲治
・『タントラ 東洋の知恵』 アジット・ムケルジー
・『東洋旅行記』 オドリコ
・『中央アジア・蒙古旅行記』 カルビニ、ルブルク
・『初心者のための「文学」』 大塚英志
・『コーパスへの道』 デニス・ルヘイン
・『大東亜戦争こうすれば勝てた』 小室直樹 日下公人
・『批評とポストモダン』 柄谷行人
・『マヤ・インカ神話伝説集』 松村武雄(編)
・『世界の書物』 紀田順一郎
・『日蝕』 平野啓一郎


単行本は管理人的に当たり。ローズマリー・サトクリフの三部作を手に入れたのは大きい
二つの旅行記はモンゴル帝国に布教へ赴いた宣教師たちのもの。ルブルクはルイ9世の使者であり、カルビニは教皇使節として、オドリコはそれより後の時代にフランシスコ修道会士として布教に赴いた。岩波文庫にありそうだが、まあロマンである
文庫本は半ば衝動的。積み読している人間としては、紀田順一郎は押さえておきたい存在だ(あんまり読んでないけど)


秋の古本まつり(京都古書研究会)は、10月31日~11月4日の知恩院であるとか。ただでさえ、積み読が多いので、行ってしまっても冷やかしどまりになりそう(汗
ちらしをもらって驚くのは、こうした古本市の多さ9月27日~29日には「京都まちなか古本市」があるし、大阪だと8月31日からツイン21(京阪・JR京橋駅)10月4日から四天王寺に、10月11日から北野天満宮、で行われる
濃い古書のワールドが広がっているのである
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【京都人による京都観光】祇園祭り

競馬仲間と餃子巡りツアー(!)をしていたら偶然

IMG_1222

四条通から新町通を北へ歩いていると、祇園祭の山車にを見かけた

南観音山

南観音山だ。ペルシャ風絨毯が下げられて、異国情緒をかもしだす
印度のイメージなのだろうか

南観音山02南観音山03

山車へは保存会の二階から乗り込む構造
後祭の宵山に「あばれ観音という、独自のムーヴ(?)があるそうだが、平日だとまず見れないなあ


北観音山01

さらに北へ進むと今度は北観音山

北観音山2北観音山3

北観音山と南観音山は、明治初頭までそれぞれ交互に巡行していたらしい
南観音の「あばれ観音」は、「北観音への恋心を覚まさせるため」という説も。観音同士の恋愛とはまた


巡った餃子店は三店

・餃子処 亮昌 (最寄り駅 地下鉄烏丸線四条)
・餃子と小籠包 風枝 (同上)
・京GYOZA杏杏 (阪急河原町)


亮昌はぎょうざ専門店。ぎょうざは一種類というこだわりの店である
風枝はカウンター席が多いものの、本格的に蒸した餃子が食べれる店。1800円の特製から揚げがうまい!
杏杏はいろんな種類のぎょうざがあり、味噌風味の特製タレが特徴。ラー油の入ったタレと食べ比べが楽しい


もうひとつ気になっていけなかったのが、

祇園にある「歩兵」。夜遅くなっても客が並んでいた。一度、確かめてみたいところだ
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【京都人による京都観光】青蓮院門跡・長楽寺

三条通から知恩院に来るまでに、青蓮院門跡がある


1.青蓮院門跡

青蓮院門跡は、元は比叡山の僧房ながら、門跡寺院となったことで山下に移った。門跡寺院とは、門主を皇族や摂関家が務める寺社のことである
鳥羽上皇の皇后が祈願所としてことで一気に格式が上がり、鎌倉時代に河川の洪水を避けて現在の場所に落ち着いたとか

青蓮院門跡 入り口

参拝したかったが、微妙に拝観料が高かったこと(まあ、1000円ですけど)、長楽寺の時間が押していたことから遠慮させてもらうことにした

青蓮院門跡 御所跡2
四脚門。この奥に、江戸時代に借りの御所となった栗田御所がある

青蓮院の奥には花園天皇の御陵があるそうで、皇室との関係の深さがうかがえる
それはともかく

青蓮院 へんな木青蓮院門跡 変な木2

古い寺社あるあるの、奇怪な大木に眼を奪われた。なんぞ


2.長楽寺

で、ようやく長楽寺である。知恩院から円山公園を抜けて、坂道を登っていく

この行列

下の部分を切り取ったので画像では分かりにくいが、大行列ができていた
やはり「天皇ご即位のときのみに公開」、30年ぶりというのがテレビなどで取り上げられたからだろう

長楽寺本堂

大行列と聖所への配慮を考えると、この辺が限界。本来は非公開の本堂はその柱にも触れてはならないほど、貴重な古刹なのである
長楽寺桓武天皇の勅命により、天台宗の開祖・最澄が延暦寺の別院として創建した寺院で、桓武平家の関係からか壇ノ浦の戦いを生き延びた建礼門院が出家したことで知られている
最初は天台宗だったが、その時代の状況や力をもった門主の影響で、浄土宗と時宗に宗派が振り子のように変わっており、展示物には重要文化財の一遍上人の木像があれば、浄土宗の仏書もある
公開された観音像・准胝観音天台系では仏母を指すとされ、源流はヒンドゥーの女神とも

また、江戸時代後期に『日本外史』を著し、日本の尊王攘夷運動に大きな影響を与えた頼山陽の墓もある。頼山陽は大阪生まれであり、晩年は京都で様々な文化人と交流していたというからその流れなのだろう
知恩院のような大伽藍とは違い、本尊の公開がなければ、通り過ぎてしまうような場所にあるお寺。いいタイミングで参拝できてよかった


前回 【京都人による京都観光】栗田神社・知恩院
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【京都人による京都観光】栗田神社・知恩院

せっかくGW、積み読・積みゲー消化で終わっては体にも良くない。自転車で行ける範囲で、出かけてみることにした
お目当ては天皇が即位した際にしか、公開されないという長楽寺の観音像。ご即位・元号改元記念で、京都の寺社ではいろいろ公開されているところが多いのだ


1.栗田神社

山科から三条通を自転車で越えてきて、目に入ったのが栗田神社旅行安全のご利益があるとなれば、日帰りといえど立ち寄らねばなるまい

栗田神社栗田神社 参道

創建は876年、清和天皇の時代にさかのぼり、従五位上出羽守藤原興世が勅使として祇園社(今の八坂神社)に赴き祈願したさいに、この地に建てるように神意が下ったという。京都の出入り口である、七つ口の一つ栗田道が通ることから、いつしか旅人の神様として参拝されるようになったとか

栗田神社 本堂御神馬2


最近ではブラウザゲーム「刀剣乱舞」の影響で、それに関係するキャラクター「三日月宗近」「一期一振」のゆかりの地として評判になっているそうな
刀剣鍛冶の社は、脇道の小さいにあるのでお見逃しなく

栗田 自動手洗い

自動で出る手水って、新鮮だなあ(笑)


2.知恩院

お次は知恩院さんへ

知恩院

知恩院浄土宗の総本山宗祖・法然上人の草庵が起源とされ、当初はいかなる者も念仏のみで悟りを得るという「専修念仏」に対して、延暦寺をはじめとする守旧派に弾圧され、焼き討ちなど幾度も法難に遭う
本来の場所はもう少し山に近い場所にあり、ここまで豪壮なものではなかったようだ
しかし、「旗厭離穢土欣求浄土」を旗印とした徳川家康が天下をとることで流れは大きく変わる

ちなみに、この門は「三門」といい、そのまま行くと男坂」と呼ばれる段の高い階段を上ることとなる
体調に自信がなくて「俺たちの戦いはこれからだ」ということになりそうならば、左手にある穏やかな坂道「女坂」を利用するべし

御影堂
御影堂の渡り廊下

御影堂は「平成の大改修」(令和になっちゃったけど)にて、公開はされてないが、スケールのでかさに圧倒される


3.方丈庭園

天皇ご即位に合わせて、こちらも特別公開があったので寄ってみる

方丈庭園の看板

重要文化財の大方丈・小方丈は、将軍家や貴人の訪問を受けた時のために、格調の高い書院造で作られている。各部屋には、狩野派の襖絵が豪奢に使われていた
ただ看板にあるような金色かというと、そこまではいかない(苦笑)
かなり絵が剥がれ落ちて劣化しており、往年の輝きは想像で補うしかない。「鳥をあまりに生き生きと描きすぎたから、飛び立ってしまった」という伝説は、むなしく聞こえてしまった
文化財の保護も容易ではないのだ

方丈庭園方丈庭園4

しかし、方丈庭園に関してはガチ。人間が環境を守れば、自然に劣化はない

25菩薩を模した山水
法然上人を迎えに来た25人の菩薩の図を再現した枯れ山水

徳川家光 植えた松
徳川家光が植えたという松。昭和天皇が植えた松もある

権現堂

奥には、徳川家康、秀忠、家光の三代を弔う権現堂がある
中にはそれぞれ三者が洋画の肖像画が掛けられていて、おそらく明治維新後の徳川家によって捧げられたのだろう
徳川の世が長く続いたことによって、これだけ広壮な寺院に発展。維新後に冷たくされとはいえ、京都の市民からは今なお「知恩院さんと親しまれている。そんな歴史の歩みを感じさせる史跡であった


長楽寺は次回にて

次回 【京都人による京都観光】青蓮院門跡・長楽寺

男坂 コミック 1-8巻セット
車田 正美
集英社
売り上げランキング: 357,599
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【京都人による京都観光】吉田神社

お次は吉田神社


吉田神社の人込み

初詣を越えるような、この人だかり!
露店の立ち並びも大通り一面で、これほどのものは見たことない

吉田神社の参道

吉田神社859年に、藤原山陰(ふじわらのやまかげ)藤原家の氏神として奈良の春日大社四座の神を勧請したことに始まる。平安京の藤原氏全体の氏神として崇敬され、鎌倉時代以降は卜部氏、そして吉田氏が神職を相伝するようになり、室町時代末期に吉田兼俱吉田神道を創始し、その拠点として1484年に末社・斎場所大元宮が創建された
吉田神道とは、仏教と習合した本地垂迹説を否定し、日本の神を元に汎神論的世界を構築した宗教。ただ仏教や儒教などの影響は受けていて、いわば枝葉として参考にしたようだ

吉田神社 元本堂
全国の神が集まるとされる大元宮

吉田神社の鬼たち吉田神社の鬼2
吉田神社の鬼たち


鬼たちは神様に懲らしめられる形で、一度山を下りる。そして、戻ってきたときには福をもたらす存在となって、参拝客に扇をかざしていく
福豆は売り切れてしまって買えなかったが、少しは福がついただろうか
とにかく露店の数が多くて、日本酒漬物まであり参道の登り路も気にならなかった。毎年、拝みに行きたくなる明るい節分祭りだった


関連記事 【京都人による京都観光】熊野神社・聖護院
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【京都人による京都観光】熊野神社・聖護院

節分は家族で神社、仏閣をめぐることに


1.熊野神社

まずは熊野神社へ。市バスが混んでいたので、地下鉄東西線・東山駅からとぼとぼ歩くことに
後で考えると、吉田神社へ直行する人が多かったようなので、判断ミスぽっかったのだが

熊野神社熊野神社2

京都の熊野神社は、811年修験道の日円上人紀州の熊野大明神を観請したことに始まる。平安京に遷都してまもない頃なので、京都ともに歴史を歩んできたと言っていい
この日は参拝客がにぎわい、甘酒、お茶菓子も出されていた

熊野神社の絵馬

熊野といえば、八咫烏(やたがらす)。神武天皇を熊野から大和国へ誘い勝利をもたらしたことから、日本サッカー協会のシンボルマークにもなっている
勝負運が上がるといわれているので、管理人は絵馬を購入して、競馬の黒字化を祈願した(苦笑)
熊野神社の節分は「火の用心」のお札をもらうのが一般的だそうだ

八つ橋老舗

その後は、老舗・西尾八つ橋で舌鼓。無料でぜんざいか、きなこ餅がもらえて、店舗のなかでは何種類も試食できる
節分にはこういう催しがあるので、神社をめぐっていくだけで腹を膨らむ


2.聖護院

その後は熊野神社と深いつながりがある聖護院

聖護院

聖護院は修験道、山伏の寺。修験道とは、山での厳しい修行を経て悟りを開くという、日本古来の山岳信仰と仏教が結びついた独自の宗教である
聖護院は五代天台座主・円珍が熊野で大峰修行を行い、その志を引き継いだ常光院の増誉大僧正白河上皇の熊野参拝(1090年)の先達を務めた功績から、「聖体護持」から二字を拝領した「聖護寺」を賜ったのがその発祥となる。増誉大僧正は熊野三山検校職に任命され、本山派(天台宗)の修験道の管領として、全国の修験道を統括する立場となった
というわけで、上述の熊野神社は聖護院の守護神となっている

聖護院の赤鬼鬼三体

入り口で出会ったのが、この鬼たち。初老の山伏にいたずらで足を踏まれているあたり、内臓は若手だと思われる(笑)
豆まきでは、彼らが宸殿内で暴れまわるそうだ

聖護院の梅
宸殿前の梅

聖護院の庭
聖護院の庭。いろんなところに小さな動物の像が置いてある

あまりの人だかりだし、本堂を撮るのははばかられたので、このあたりまでで
庭の前には、法螺貝が置かれていて、自由に吹くことができる。吹ければだが(苦笑)


関連記事 【京都人による京都観光】吉田神社
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
カテゴリ
SF (26)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。