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『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』 エマニュエル・トッド 

イギリスは離脱が正解?


「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書)
エマニュエル・トッド
文藝春秋
売り上げランキング: 16,364


ユーロ圏はドイツに支配されている!『帝国以後』の著者がヨーロッパで起こっている真実を告げる
本書は『帝国以後』のエマニュエル・トッドフランスの雑誌やインターネットサイトで受けたインタビューを集めたもの。インタビューといっても、質疑応答が続くわけではなく、著者が独白のように持論が展開されていて、エッセイのように読めてしまった
著者はユーロ圏が誕生することでヨーロッパ諸国が相互に保護することを期待したが、現実に起こったことは正反対。ユーロという統一通貨と経済障壁が撤廃されたことから、経済大国である統一ドイツ欧州中央銀行の本店がフランクフルトにあるように、自国に合わせてユーロ圏の経済が再編されていったのだ
こうした視点からヨーロッパ地図を見直すと、バルト三国にウクライナを巻き込んだ地域は全盛期のナチスを上回る事実上の「第四帝国なのである!
もっとも、著者は陰謀論的にドイツを批判したいわけではなく、あくまで祖国フランスの覚醒を促すべく、過激な政治的発言をしているので、そのへんは割り引いて読むべきだろう

特筆すべきはロシアとウクライナの紛争の読み方だ
著者によれば、戦争を仕掛けているのはロシアではなく、ドイツだという
ウクライナは第一次大戦や独ソ戦もそうであったように、地政学的にはドイツとロシアがぶつかり合う場所である
ドイツは東西統一の際に、共産圏の知的レベルの高い国民を安価な労働力として動員することに成功した。ユーロの拡大にはこの経験が生かされて、ドイツの大企業は東欧に工場を立てて経済的に取り込んでしまっているのだ
そしてウクライナはドイツ資本にとって、東方最後のフロンティアともいえる
ウクライナの中でユーロ入りを望むのは西部の人々であり、大多数のウクライナ人は明確な意思表示をしていない。民主主義の伝統も薄く、現状のウクライナは解体途上ではないか、というのが著者の読みだ
ロシアにとってウクライナ紛争とクリミア併合は、欧米からのイメージとは逆に巨人の復権とする。プーチン政権下で乳児死亡率が劇的に改善し、出生率が増加に転じていて、かつての国力が回復しつつあるのだ
ロシアの政治体制が著者が好むわけはないが、かの地では「権威主義的デモクラシー」が定着してしまっている。欧米型民主主義が万能と思うのは、欧米の傲慢であるとする

祖国フランスには、ドイツの暴走を止めるバランサーの役割を期待している
新自由主義的な前任者サルコジは論外として、現大統領オーランドもドイツの金融支配を打破しない点で、「ドイツ副首相とまで言い切ってしまう
ユーロに期待された、諸国民がそれぞれの価値を持ちうる保護貿易と、統一通貨のユーロの廃止(!)ないしはそれに匹敵する金融政策の転換につながるように働きかけるべきであり、銀行のお先棒を担ぐのはやめるべきだとする
中国に関しては、「経済成長の瓦解と大きな危機の寸前」にいるとする。他の論考では「軍事力についてもそれほどの存在ではない」として、空母を今さら購入しても唯一の空母同士の海戦を経験した日米には及ばないと見ているようだ
日本については深く扱っていないが、震災後の東北を取材して「日本人の伝統的社会文化の中心をなすさまざまなグループ――共同体、会社など――の間の水平の連帯関係」が機能しなくなった政治制度に代わって、地域の再建・復興を支えたとして、伝統文化が大切である好例として取り上げている
ドイツとの比較では長子存続という共通点を持ちつつも、「日本の文化は他人を傷つけないようにする、遠慮するという願望に取り憑かれている」「ドイツは同じ貿易黒字国でも、技術の面では日本に及ばない」とも。日本人への警告というサブタイトルに見合った内容ではないが、EUのイメージが一変する一書である
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『幻の漂白民・サンカ』 沖浦和光

京都のサッカーチームではなくて


幻の漂泊民・サンカ (文春文庫)
沖浦 和光
文藝春秋
売り上げランキング: 45,289


フィクションの世界でジプシーのように、神秘と猥雑な存在として語られる「サンカ」。その姿はどこまで本当なのか。民俗学者がその実態を追う
タイトルで誤解しやすいが、「サンカ」が幻というわけではなく、「サンカ」の幻を振り払おうというのが本書のスタンス
箕作りや川漁と生業として山野を転々とする「サンカの人々は中国地方を起源にするとされ、藩や明治政府から非定住民で当局が捉えきれない存在として差別的に扱われてきた
民俗学の第一人者・柳田國男は彼らを「山人」=日本人の源流として取り上げ、中世の「穢多」近世の「非人」といった従来の賎民と同一視する研究者もいた
そして昭和初期には、三角寛の山窩小説から猥雑なイメージが流布し、戦後まで差別問題として尾を引くこととなる。三角の小説の影響は、五木寛之の『風の王国』等の神秘的なイメージとして残った。管理人の読んだ『赤朽葉家の伝説』にも(名指しされないが)その痕跡が見られる
「サンカ」の人々は高度成長期の日本のなか、その生活スタイルを維持できなくなり、民衆の中に姿を消した。本書はかろうじて記憶をつなぐ古老たちを取材し、農村周辺の職人として生きた真の姿をとどめるとするものである

「サンカ」はどこで生まれたのだろうか
著者は他の非定住民のように由緒書を持たないことから、貴人の価値観で僻地に追われた中世の「穢多」(皮革業者・河原者)や米作をしない(できない土地に住んでいるだが)近世の「非人」とは違うとする。例えば海に船を浮かべて住居とする「家船」(えぶね)は、村上水軍の末裔などを称していた
「サンカ」たちはそんな由緒書を持たず、最大でも数家族でしか固まらない生活スタイルだったので、集団としての歴史を持つ必要がなかった。柳田國男や山窩小説が語る固有の民族のような形態はとらなかったのだ
著者は「サンカ」の呼称が元々中国地方に使われたことから、江戸時代の末、天保の大飢饉によって飢餓に見舞われた同地の農民が逃散して「サンカ」になったとする
彼らは農地を離れても、脱穀に必要な「」や貴重な蛋白源である川魚を採るなど農村に必要な役割を果たした。藩からは無宿非人と見なされて、普通の農民から冷たい目で見られたりしたが、一定の地位を築いたのだ

江戸時代でも門別帳に載らない「無宿非人」とされた「サンカ」だが、明治を迎えるとさらに厳しい境遇に陥る
近代国家として徴税・徴兵の元となる戸籍を完成させたい政府は、転居を繰り返す「サンカ」の生活を不健全と見なしたのだ
なんとか管理したい政府は警察をして、江戸時代には「サンカ」に「山家」の字が当てられたものを、山賊に等しい「山窩」の字を当てたのだ
昭和初期にはエロ・グロ・ナンセンス」の風潮のなかで三角寛の山窩小説が大当たりし、ヨーロッパにおけるジプシーのような猟奇的存在として語られるようになった。戦後、三角寛は『サンカ社会の研究』という博士論文を持って再登場し、今における「サンカ」の誤ったイメージを決定づけることとなる
「サンカ」たちは近代化で顕在化した部落差別に遭いながら、1960年代まで自らの生活を保った。春から秋までは川魚漁の季節であり、「サンカ」の子供たちは親戚に預けられない場合、親とともに半年間の旅に出て学校には通えなかった。そして冬は箕作りと棕櫚の箒作りに勤しむ。棕櫚の箒は名人が作ると15年以上も保ったという
農業の機械化で箕作りの必要がなくなり、農村の生活も豊かになると、「サンカ」もうっすらと消えていった。著者は「得意場」(お得意様)としていた被差別部落に溶け込むか、都市に出て「世間師」(寅さんのようなバナナの叩き売り)になっていったと推測している


関連記事 『赤朽葉家の伝説』
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『民主主義が一度もなかった国・日本』 宮台真司 福山哲郎

自民党が二度と蘇らないと宣告されていたが


民主主義が一度もなかった国・日本 (幻冬舎新書)
宮台 真司 福山 哲郎
幻冬舎
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民主党への政権交代を記念しての社会学者・宮台真司と民主党議員の対談本
「民主主義が一度もなかった」というのは、あまりに順風の時代が続いたので、国民が自分で意思決定する必要がなかったという意味合い。経済の低迷が続くと、利益誘導の政治をやってられないから、何に配分するかの議論を「丸投げ」すると、格差が生じ社会が荒れてしまう。国民の政治参加が不可欠になるのだ
対談相手の福山哲郎議員は、元証券マンで松下政経塾出身で、1998年に参議院京都選挙区で初当選。2009年9月に鳩山内閣の外務副大臣に任命され、本書の対談はこの頃に行われている。2010年6月には菅内閣の官房副長官に就任し、政権中枢にかかわった
民主党を記念しての対談で、宮台氏は自民党をゾンビとしてボロンチョに言うものの、民主党を礼賛するほどでもない。政権交代をあらゆる変革の好機として捉え、鳩山政権の動きからプラスの要素を抽出しようという姿勢だ
専門用語を並べる宮台氏に対し、福山議員が平易な言葉で受け答えするので、『日本の難点』より頭に入りやすい

とかく叩かれがちな鳩山政権だが、成立直後の本書ではその発言を評価されている
二酸化炭素25%削減については、第一次オバマ政権が再生可能エネルギー主体の社会を目指すグリーン・ニューディールに続くもので、国連の演説でも歓迎の拍手を受けたとしている
しかし、新聞などのマスコミは批判的に報じ、テレビでも家計を圧迫するとありえない将来予測がまかり通ったという
とりあえず、ハードルをもうけて技術革新に期待するという発想は、小泉元首相の反原発論に近いか
東アジア共同体に関しては、EUのような理念先行では無理でも、経済という事実の積み重ねからは可能ではないかとする。宮台氏は岡倉天心の亜細亜主義を引いて、強者に立ち向かう弱者の連合という、ゆるい枠組みまで視野に入れる。あまり、アジアの定義にこだわると、排他性を生むジレンマがある
こうした提言は、鳩山首相の発言を好意的に解釈して、現実的な方向性に誘導した感があり、その後の政権の顛末を考えると、どこまで政権のなかに具体像があったかは疑問である(笑)
「普天間基地移転問題」に対しては、外交と憲法の問題に「事情変更の原則」は適用されないと民主党政権に釘を差す。先約があった以上、アメリカに「お願い」する問題なのだ

本書でボロクソに叩かれた自民党の問題とはなんだろう
土建行政で国土を破壊した経世会路線は論外として、小泉改革「市場主義」を導入しながら、機会の平等(同じスタートライン)に配慮しないために、貧困の固定化を招いてしまった。こうした「市場主義」と「権威主義」の組み合わせは、途上国にしか存在しない
宮台氏は宗教社会のない日本には、「市場主義」は無理として、既得権を排した「談合主義」(コーポラティズム)を勧める
ただし、経済がグローバル化する中であって、ある程度の市場主義は避けられず、流動性の高まりをフォローするべく「大きな政府」が求められる
今の安倍自民党は、「市場主義」を是正する方向ではあるけれど、「参加主義」かというと……。日本は階級がない社会なせいか、エリートが庶民に媚びを売り、マスコミもハードルを下げた報道ばかりで上下に緊張感がない


関連記事 『日本の難点』
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『橋下徹現象と部落差別』 宮崎学 小林健治

宮崎学は、きつめ目サイバー軍団によりネットの部落差別を監視しているらしい


橋下徹現象と部落差別 (モナド新書 6)
宮崎 学 小林 健治
にんげん出版
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『週刊朝日』2012年10月26日号にて、佐野眞一+『週刊朝日』取材班の名で「ハシシタ 奴の本性」という新連載が組まれた。なぜ橋下バッシングに部落差別がもちこまれたのか。キツメ目の男、宮崎学部落解放同盟の小林健治が問題の本質に切り込む
事の発端は2011年の大阪府知事・市長ダブル選挙の際に、『新潮45』『週刊文春』『週刊新潮』橋下氏の父がヤクザで部落出身者であるとして、その政治手法と結びつけたことにある
橋下氏は「公人である以上、両親や先祖を報じられるのは仕方ない」としつつも、出自や血統、出身地をもって自分の人格を否定することに対しては断固、戦うと応じ、選挙では対立候補の平松氏を圧倒して当選した
著者両氏は橋下氏の政策に反対しつつも、この問題への覚悟に対してはもろ手をあげて賛同する。その上で、なぜさらに『週刊朝日』と佐野眞一があのような記事を書いてしまったのか、部落開放同盟はこの問題にどう対応したのか、を問うていく

社会的差別に対する戦いとは、「差別か、差別でないか」を裁判官に判断してもらう問題でも、コンプライアンスに委ねるという一般的な問題ではない。言われた側、言った側の当事者性、具体的な関係で処理するべきという

宮崎 差別事象は、いったんおこなわれたら、それによって受けた損害回復することが法律にはできない。法的には、ただ物質的なかたちでの損害賠償しかできない。差別によって損なわれた人格的なもの、個人の尊厳は、社会的にしか回復できない。だから、法に訴えるだけではなく、自力救済によって解決することが求められるわけだ。それが「糾弾」ということなんだ。
小林 だから、これまでに、とりわけ戦前には文字通り命がけで糾弾闘争が行われてきて、それらを通じて、自力救済としての「糾弾権」が、権利として事実上認められるようになってきたんです。「差別糾弾は手段、方法が相当な程度を超えない限り、社会的に承認されて然るべき行動であり、……」(矢田教育差別事件・大阪地裁判決1975年6月3日)「秩序に照らし、相当と認められ、程度を超えない手段、方法による限り、かなりの厳しさを有することも是認される」(同事件・大阪高裁判決1981年3月10日)という判決が出ています。(p54-55)


とはいうものの、ほんとうの個人だけでは糾弾しきれないので、支援組織として部落開放同盟がある
ただし部落解放同盟も水平社以来の「相互扶助と差別糾弾」という具体的な目的から、「人権と民主主義」という一般的・抽象的概念に解消してしまっていると、本書では指摘される。『週刊朝日』の問題に対して、解放同盟が平松候補を応援した関係で、部落問題として強く糾弾することはなく、橋下氏が個人の力で自力救済した
部落解放運動自体が戦後は自民系、社会系、共産系と大きく三つに分派していて、部外者からすると部落解放同盟はひとつの政治勢力にしか見えない

なぜリベラルを標榜する『週刊朝日』と、一流のノンフィクション作家とされる佐野眞一が下劣な記事を作ってしまったか
宮崎学は、被差別部落に対する差別意識が封建制の残滓ではなく、近代の産物だからと指摘する。近代的な価値を疑わない知識人・文化人こそ、日本的近代と結びついた差別意識をもったままで、そうした価値から自由だった世間人が差別に怒れた
知識的・文化的に差別意識が残り、民衆的・文化的部分に反差別意識が拡がるという逆転現象が起きているというのだ
そうした反転現象は、自由と平等の概念が行き渡ったからこそ、「個人の尊厳」を守る意味が、人並みの生活をして同質性を目指すことに置き換わっていて、本来の「個人の尊厳」が守られなくなっている。自由と平等が自明の世界で抽象的・一般的に追及すると、めくりかえって不自由になるので、橋下氏がとった自力救済のように当事者による具体的行動以外は価値を持たないとも
解放同盟と筒井康隆のやり取りを見ると、自力救済はお互いしんどいと思ってしまうのだが、それが対話というものかもしれない
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『空洞化のウソ』 松島大輔

あえてぶちあげる「大きな物語」


空洞化のウソ――日本企業の「現地化」戦略 (講談社現代新書)
松島 大輔
講談社
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海外進出は、「空洞化」にはならない!? 日本企業の「現地化」を推奨する
本書は経済産業省の官僚である著者が、日本企業のアジア進出が本国の「空洞化」になることを否定し、むしろ「現地化」によって日本経済を救うと提言するものだ
すでに海外子会社の送金なしに経営が成り立たない企業も多く、現地に生産拠点を持つことで本国をそのバックアップや高付加価値の製品開発に絞ることで収益を上げ、雇用も保てるとして「空洞化」論を否定する
難は海外進出を進める省庁の人間自身がプレゼンしているだけあって、邪魔になるデータを黙殺していること。特に雇用に関しては、数だけ取り上げて質を問うておらず、所得水準が下がり続けていることを無視している
いいとこ取りのデータに、意識高い系の人が喜びそうな言語が並び、その論理には気持ち悪いほど曇りがない。いかにも賢いテクノラートが書いた本である

日本の製造業が新興市場で苦戦する理由は、高付加価値の製品を作るあまり、現地のニーズにあった価格帯の商品を用意できないことにある
現地化は企業がアジアに生産拠点を移すことで、市場の実状に接しそれに沿った商品開発をできるようになる、さらにその経験を踏まえて、グローバル仕様の企業体質に変えるきっかけとなるのがキモだ
本国の生産にこだわると、古いしがらみを引きずって、自力での改革は難しい。海外進出で自ら「外圧」に出会うことで、改革のきっかけを作る。ムラ社会体質の日本企業には理にかなったやり方だろう
著者が足を運んだ「新興アジア」(インド、東南アジア)では、アメリカ型の全てオープンで決めるスタイルより、内々で関係者だけで決める日本型の談合スタイルに親和性があり、複数の部材を調整しながら製作する「すり合せ型」のもの作り文化を持っている
古くから東南アジアへは、日本企業が積極的にFDI(直接投資)を行っていて、そうした資産も生かせるチャンスとなるのだ
大国流にルールを押し付けるのではなく、その環境を企業自身に利用させる手法(他国のFTAを利用して中継する等)は、したたかで日本にふさわしい戦略だ

ただし、どんな企業にも海外進出を勧めているわけではない
国内でダメだから海外に賭けるというのが、典型的な失敗パターンらしく、国内ですら通用しない会社は外で稼げるほど甘くない
むしろ、一流の技術を持って国内中心で自足している企業に、先手を打った海外進出を勧めている。新興市場ではパイオニアになることで企業名がブランド化し、打ち出の小槌を得ることができる。また、手を広げ過ぎて恐竜化しつつある大企業にも、「選択と集中」をするきっかけになるとしている
単独で進出できない中小企業に対しては、省庁や地方共同体が複数の企業で「産業クラスターを組む政策という手が用意されいるそうだ
新興アジアを文化的に「日本化」して、「王道楽土」を築こうとか、実験台にしようぜとか不穏の表現(苦笑)も目立ち、ずいぶん楽観的な見通しを立てていて微苦笑を禁じえないが(おそらく、満州国の官僚もこういうノリだったのだろう)、末端の労働者としては、企業と国民の利益が必ずしもイコールではない現実を踏まえながら、注視するほかないだろう
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『資本主義の終焉と歴史の危機 』 水野和夫

近代の延命策を非難しつつ、しばらくそれしかないとか


資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)
(2014/03/14)
水野 和夫

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歴史的低金利は資本主義の死を意味する!バブル多発の原因を究明する
本書は『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』などの認識を踏まえた上で、金融バブル崩壊に対する先進国の財政出動が無効であると指摘。近代の成長神話を脱しなければ、低金利でバブルが繰り返され、中間層が没落して民主主義を危うくするとする
21世紀の低金利を16世紀のイタリアで現れた「利子率革命」、新大陸発見による「空間革命」と結びつける持論は卓見で、資本主義の本質が需要の先食いである以上、“最後のフロンティア”アフリカが開発されることによって現状のグローバル資本主義が終わるのは確かだろう
ただ例によって、この著者は話が遠大すぎる(苦笑)
「シェール革命によってアメリカが近代主義をやれるのは、たかだか100年くらい(!)です」とか、孫の代までもつなら政治的には正解ではないのか
自身も「脱成長」のモデルを提示できず、それを見つけるまで資本主義の破綻を防ぐために延命しかないとするなら、現実の政策を批判しえないだろう

内容的には著者が過去に訴えてきたものと大きく重なるのだが、以前と違うのは新興国の経済と将来に対して悲観的で、EUの試みも金融危機から失敗と位置づけるところだ
中国が「世界の工場」となったように、欧米の覇権がBRICsを中心としたユーラシア大陸に戻るという視点はもてはやされてきたが、著者によればそこまで期待できないという
原因は欧米の金融政策であり、歴史的低金利から新興国に流れ込む資金は必要量のゆうに数倍以上に到っている。そのため中国では、入居者が見込めないマンションが建てられるなど、設備投資の過剰が歴然としている
経済低迷から先進国の消費が落ちるのも痛く、先進国向けの製品を作る新興国はそのはけ口を失って莫大な在庫を抱えることになる。そして、こうした製品を捌けるほど、新興国の国内市場は充実していない
そのため新興国は過剰投資の整理=リストラに追われざるえず、中国のバブルは必ず弾けると断言する
進みすぎた金融技術とグローバル化は、世界の需要を先食いし続け、その余りのスピードからフロンティアをあっという間に食い潰してしまうのだ

EUに関しては、英米の「海の帝国」に対する、仏独の「陸の帝国」とする
カール大帝以来、ヨーロッパ統一は政治的悲願であり、ときには経済的利害を乗り越えて加盟国を増やしてきた。その精神は国と民族の「蒐集」(=コレクター)であり、それはまた資本主義の精神にも通じるものがあるという
そもそもヨーロッパの起源はローマ帝国にゲルマン民族などが登場したことであり、彼らが贅沢をするにはローマ人に奴隷を供給しなければならなかった。つまり、絶えず戦争を続けて奴隷を集めなければいけなかった
著者は、豊かな生活のために「奴隷」を求めるのが、ヨーロッパの精神&資本主義の本質という。EU内では、それがギリシャとなり、アメリカではサブプライム層、日本では非正規社員がそれにあたるという
なぜ20世紀の資本主義が上手く行ったかというと、15%の先進国が85%の途上国から資源を安く買い上げ、製品を高く売れる環境にあったからで、新興国の先行きが微妙なのもこの15%枠が崩れるから。グローバリゼーションとは、世界が先進国ばりの生活ができることではなく、ウォーラーステインでいう<中央>と<周辺>を組み換えることに過ぎない
絶えず食い物にする人間を見つけないと、資本主義は成立しないというのだ

ただしこの議論、下流の一員である管理人からすると、ひとつ抜けている。テクノロジーの進歩だ。派遣を転々としていれば搾取はとうぜん感じるものの、同時に世の中が便利に暮らしやすくなったと思える瞬間もある
馴らされたと言われればそれまでだが、イギリス産業革命の労働者は賃金が伸びずとも、技術革新で生活のコストが下がったことで相対的に豊かになったのだ(→『大英帝国』長島伸一
あまり悲観的になりすぎるのも良くないだろう
ただし、資本の暴走が実物経済をかき回す事態はたしかに異常で、時代にあった雇用体系の見直しもしっかりやって頂きたい
本書では直接触れていないが、経済が行き詰ると戦争でむりくり需要を作るのが人類の歴史であり、不幸にもそれが効果的だった(朝鮮戦争とかさ)。戦争を必要悪と言い切る悪役とか富野作品にも出てくるけど、現実的にそれを退ける仕組みと知恵が必要なのだ


関連記事 『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』
     『大英帝国』
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『ユニクロ帝国の光と影』 横田増生

「泳げない者は溺れてしまえ」はビル・ゲイツからの引用


ユニクロ帝国の光と影ユニクロ帝国の光と影
(2011/03/23)
横田 増生

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アパレル業界で日本初のSPAを実現したユニクロ。リーマンショック時にも業績を伸ばした同社の裏には何があるのか
訴訟を起こされている割に、さもありなんという内容だった
ユニクロの日本における革新性を評価していて、必ずしも「闇」だけを取り上げるものではない。SPAとは、「Speciality stare retailer of Private label Apparel」の略で、日本語では「製造小売」と訳される
従来はメーカー→卸→小売の段階で各業者が分担し、原料調達などに商社が絡んでいた。これを製造から小売まで全て自社で行うことで、中間のコストを大きくカットできる
この手法でアメリカのGAPが90年代で業界トップに上り詰め、それを日本で目指したのがユニクロなのだ。これにより高品質で低価格のカジュアル衣料品が、日本の常識となった
本書ではその功績を認めつつ、柳井正への直接取材とその経歴からワンマン経営の源泉を探り、中国の協力工場への脚を運んで苛酷な生産現場の状況も明らかにする
元社員が告白するユニクロの労働環境はたしかにブラックではあるものの、全体的というよりも店長とそれに準じる社員に集中していて、外食産業ほどの悲惨さはない。中国の生産現場もグローバル企業が抱える問題と共通するもの
ユニクロ特有というより、業界全体の傾向がラディカルに現れていると感じた

柳井正は、山口県宇部市の実業家に生まれた
父・等は、ユニクロの前身となる「小郡商事」や喫茶店などを経営し、地元のヤクザ・一松組と建設会社を立ち上げて、町の顔役というべき存在だった(柳井本人がインタビューであっけらんかんと話している)。息子にとって恐ろしい父親であり、会社を継ぐまで振り回されたようだ
ゼロからの創業ではなく二代目であり、低価格へのこだわりなど小郡商事の特徴がそのままユニクロの社風につながっている
一つの店舗から出発した創業者は拡大一辺倒のワンマン経営になりがちだが、柳井自身はその弊害を自覚し、それなりに試行錯誤している
他業種から人材を積極的に登用し、2002年には常務の玉塚元一に社長職を譲り、集団指導体制を取った
しかし業績が改善されたのに、2005年に玉塚社長を解任。柳井は「安定志向」に陥ったためとする。著者は具体性がなく、まるで精神論と批判する
ダイエーの中内功、日本マクドナルドの藤田田を尊敬しつつ、その轍を踏むまいとするものの、他人に会社のイデオロギーが汚されたくないという気持ちが先立ったのだろうか

こうしたワンマン経営は各店舗へも影響しているようで、地域をしきるスーパーバイザーは店長に、店長は社員に、社員は準社員やアルバイトへ、厳しい上下関係を作る
柳井自身は「マニュアルは原則で、仕事は現場に則して」と著書に書くが、部下たちはマニュアルの細部にこだわり過ぎて、末端では「まるで軍隊みたい」という声が上がっている
特に店長には、多くの仕事が割り当てられていて、マニュアルに少しでも外れるとスーパーバイザーから厳しく咎められる。苛酷な残業からも割りに合わないと、優秀な人間ほど辞めてしまい、今ではキャリア作りのために入社する人間も多いという
店舗数の急増から、社員を速成教育するためにマニュアルに頼る傾向は外食産業にも多く、規制緩和から全国チェーンに育った会社にありがちなパターンだろう
ただし人件費を減らすため、働く時間によって待遇を定め、末端の残業時間を細かく管理するところは合理的で、外食産業よりはまともだ(そうした管理のために店長は鬼のような状況に陥るが……)
著者はアパレル世界一のZARAを持ち出して、少量多品種、国内生産重視、正社員率の高さを褒め称えるが、製造業発の同社と歴史も違うのでなんともいえない(低価格を本当に辞めると、国内のおっさんが離れてしまいそう)
店舗と売り上げが伸びる割に、利益率が鈍化しているのは確かなので、ポスト柳井体制で路線転換できるかが今後の鍵となるだろう


ユニクロ帝国の光と影 (文春文庫)ユニクロ帝国の光と影 (文春文庫)
(2013/12/04)
横田 増生

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『黒い輪―権力・金・クスリ オリンピックの内幕』 ヴィヴ・シムソン アンドリュー・ジェニングズ

原題は「THE LORDS OF THE RINGS」


黒い輪―権力・金・クスリ オリンピックの内幕黒い輪―権力・金・クスリ オリンピックの内幕
(1992/05)
ヴィヴ シムソン、アンドリュー ジェニングズ 他

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オリンピックの候補地はいかに決まるか。国際オリンピック委員会(IOC)の金満体質を暴き、五輪利権を巡る狂騒劇を告発する
監訳者が広瀬隆というところに引っかかったが(苦笑)、中身はイギリスのジャーナリストによって取材された真っ当なレポートだった
出版が1992年とちょうどバルセロナオリンピックの年で、スペイン出身のサマランチ会長時代(1980~2001年)においてオリンピックの商業化がいかに進んだかを追いかける
IOCなど国際的な競技連盟とスポンサーの癒着、サマランチをはじめとするIOC委員の履歴、政治と密着した五輪の黒歴史、ドーピングの隠蔽、候補地を巡って過熱する接待合戦、と噂以上の実態が明らかに。ヨーロッパの貴族から五輪の権力が離れた結果、良くも悪くも資本主義の力学や他地域の政治文化が持ち込まれてしまう
サマランチが退任しても、放送権料の高騰は止まらない。本書の消費期限はまだまだ先のようだ

アディダスの二代目社長ホルスト・ダスラーすべてはこの男から始まった
自社商品を代表選手に履かせることで、観客に勝者の靴を作るという企業イメージを植えつけられることに気づいた彼は、選手へ直に報酬を渡していく
しかし、メキシコ・オリンピック(1968年)の時点では、アマチュア精神を重んじる国際陸上競技連盟(IAAF)が猛反発。メーカーマークをつけた靴の使用禁止が決議された
圧力戦いながらも営業を続けたダスラーは、経済の低迷で苦しむ共産圏のスポーツ界に目をつけ、70年代にはソ連と東欧各国の用具を供給する契約を結ぶ。さらに環境の整わないアフリカ諸国にも援助の手を伸ばす
一見、市場的に意味のないように思えるが、共産圏とアフリカはスポーツ強国であり、表彰台の中継を通じてアディダスの商標が席巻した。さらにこうした各国はIOCに委員を派遣し、ホルストの政治力を膨張させる
オリンピックのみならず、サッカーのワールドカップへも進出。FIFAのアヴェランジュ会長(1974~1998年)と手を結び、商業化とアジア・アフリカ諸国への門戸を広げる
ダスラーのさらなる成功を助けたのは、コカ・コーラだった
最初の商業五輪ロサンゼルス大会(1984年)において、オリンピックの公式清涼飲料となったコークは、アヴェランジュの会長再選を助け、ダスラーの同盟者となった。コカ・コーラの本社はアトランタ。つまり……
1982年には、FIFAとIOC、IAAFのマーケティングを担当するISL(インターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー)を設立。スポーツ中継の放映権を独占的に管理することで膨大な手数料を稼いだ
ちなみにISLには日本の電通も密接に関わり、オリンピックの商業化にも多くの日本企業が絡んでいる
1987年、ホルスト・ダスラーは51歳の若さで死に、ISLもアディダスも凋落したが、彼が築いた商法は健在だ

IOCを巡る金満、権威主義も、委員の来歴を見ればさもありなん
サマランチはスペインのバルセロナ生まれで、五輪で故郷に錦を飾ったように思えるが、そう単純な話でもない。彼はスペイン内戦後にフランコのファランヘ党に加わり、積極的なファシストとして出世レースに加わっていた。フランコ政権に最後まで抵抗したカタルーニャの人々にとっては裏切り者なのだ
スペインの民主化はサマランチの地位をリセットしたが、スポーツ界での国際的影響力でかろうじて首をつなぎ、IOCの支配を通じ鬱憤を晴らしていく
スポーツ界の権力者は、彼のように非民主主義で育った政治家が多く、賄賂や密室政治が横行している
候補地選定にあたっては、派手な招致合戦が行われる反面、スポンサー、IOC委員、各競技連盟など“クラブ”の利害で決まることも多く、極めて不透明だ
たとえば、1988年のソウルでは、トヨタが後押しする名古屋が強力なライバルとなっていたが、日本が経済大国でダスラーのコントロールを受けないこと、アディダスの多くの製品が韓国で製造されていたことなどが決め手となった
もっともその反省からか、日本も長野(1988年)の招致運動では莫大な経費を投入して、IOC委員を熱心に「おもてなし」したようだ
本書は微妙な監訳者が指摘するように、欧州びいき、イスラエル支持、過去の五輪を美化と、分かりやすくバイアスがかかっているが、五輪の裏舞台を知るには充分だろう
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『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』 水野和夫

設備投資依存の景気回復はすぐ行き詰るって……


人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか (日経ビジネス人文庫)人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか (日経ビジネス人文庫)
(2013/07/02)
水野 和夫

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グローバル化は世界をどう変えたのか。気鋭のアナリストが変わった世界の原則を明らかにする
著者は民主党政権のブレーンとも言われた、水野和夫。冷戦以後、急速に進展したグローバル経済の本質を解き、なぜ、従来の経済政策が功を奏さないのかを、丁寧に分析していく
アメリカの「金融帝国」の解説は、時事的に懐かしいものとなっているが(それでも読む意味はある)、金融経済が実物経済より優位に立つ理由、アメリカ、中国、ロシアらの「帝国化」の動き、ネット時代の景気変動、そして、景気回復しても懐が暖まらない訳を明確にしてくれる
初出が2007年であるが、現在の安倍政権も自民党の伝統的政策、輸出増による経済成長を目指してしまっているので、本書の指摘は十二分に通用してしまうだろう

金融経済が実物経済を振り回せる理由は、ひとつにグリーンスパンも指摘していたように冷戦終結で途上国の富裕層、特にオイルマネーが先進国の証券市場へなだれこんだこと、そして、IT技術の進化によりいつどこでも証券市場が開いている限り、参加できるようになったこと
アメリカでは経済成長が実物で見込めなくなったため、「強いドル政策」によって自国の資産価値を高め、外国からの投資を呼び込む「金融帝国」となることで成長を達成した
リーマンショックの失敗で徐々に実物経済への揺れ戻しはあったものの、先進国では株価の変動が景気とリンクしていて、富裕層が株で儲けると個人消費が増える実態があり、金融経済の優勢は変わらない
比較的高い経済成長を遂げても、一部の人間以外賃金が上がらないのはアメリカでも同じで、貯金せず投資に熱くなる人が多いのも他に収入を上げる手段がなかったからだろう

グローバル経済における先進国は、二つの経済圏に分かれる。新興国の成長とリンクできるグローバル経済圏と、国内でしか循環できないドメスティック経済圏
BRIC.sに代表される新興国は、従来の「近代」成長モデルが通用するから、それと付き合える業界、企業は、「近代」モデルの生活でさらなる成長が目指せる。しかし、国内向けの市場しか持てない業界では、努力しても成長は見込めず、従来の政策、あるいはグローバル化の政策が裏目に出てしまう
バスやタクシー業界、外食産業といった国内市場のみをターゲットとする業界に、自由競争、規制緩和を極めた結果、労基法を守らないブラック企業を生み、過労による人身事故を起こしたことは記憶に新しい
こうした成長できる業界とできない業界がくっきり分かれることがグローバル時代の特徴で、成長できない「経済圏」を著者は「新中世と呼ぶ
日本人の約七割以上の人がこのドメスティック経済圏=「新中世」に属し、その中では賃金が極端に抑えられるので、経済格差が大きくなる。経済の格差は子供の学力に直結し、階層の固定化につながる。「新中世」を本当の中世にしないためにも、教育の機会均等など成長が低くても安定した施策が求められるのだ


関連記事 『波乱の時代 わが半生とFRB』 下巻
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『波乱の時代 わが半生とFRB』  下巻 アラン・グリーンスパン

アメリカガイチバンデス

波乱の時代(下)波乱の時代(下)
(2007/11/13)
アラン グリーンスパン

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グリーンスパン回顧録の下巻は、アメリカ、世界経済の分析と未来予想
前半はロシア、中国、中南米など成長地域の性質を分析し、後半はアメリカなどの先進国が立ち会う高齢化社会、環境・資源問題などへの対応策をざっくばらんに解いていく
グリーンスパンの経済に対する考え方は明快である。アメリカ経済こそが、もっともグローバル化に対応していて良質であり、アメリカ経済に近い地域ほど発展が期待できる
資本主義を回すための根幹は法治主義財産権の保護に尽き、人類の知恵である市場原理をフル回転させることが経済成長と技術革新を生む。必要条件とはいわないが、民主制であることも長期的には望ましい
なぜにそこまで市場と資本主義を信じられるかというと、第二次大戦はブロック経済化によって生まれたという反省と、ソ連崩壊に代表される計画経済の破綻という歴史的事実から。訳者があとがきに書いているように、グリーンスパンにとって資本主義は“主義なのである

アメリカ経済最強を謳いつつも、あえて市場原理を弱める立場も認めている
フランス、ドイツ、日本などは様々な規制を残していて経済的には損だが、いわばその国独特の文化として捉えている
ロシアに関しては、額面は資本主義でも、法律が執行者によって恣意的に運用されている実態を指摘。財産権が保護されていないことが発展の懸念材料となる
経済が資源の輸出に依存しつつあるのも問題で、輸出超過が為替変動を呼び、他の産業が他国に輸出できないレートとなる“オランダ病に陥っている。資源の輸出に特化してしまえば途上国を脱することはできない
中国については、安価な製品を大量生産して稼いでいるが、人件費が上がり付加価値の高い製品を作る段階で頭打ちになる可能性を指摘する
ネックになるのは非効率な国営企業の存在に、農民の都市への流入を制限していることなどで“赤い資本主義”にも多くの規制が存在する。経済成長で生じる格差の不満を解消させる民主的な制度がないことも不安要因になる
インドが中国に及ばない理由は、意外なことにフェビアン流の社民主義が原因とする。市場の競争を阻害する規制が多く、民主制だが官僚が幅を利かせすぎている
ただそれだと戦後の日本はどうなるのという話で、違うレベルの問題が足を引っ張っているような
中南米地域の発展の鍵となるのは、経済ポピュリズムを脱するかどうか
過去のハイパーインフレはバラマキ財政から返済に金を刷るという単純な理由であり、反省してアメリカをリスペクトしたブラジルなどは、有望な成長地域になってきたとのことだ

グリーンスパンは総合的に見て、人類の生活を豊かしたとしてグローバリゼーションを肯定する
ただアメリカなどの先進国には、その副作用が襲っていることも自覚している
端的に末端の労働者の賃金が抑えられ、一部のスペシャリストが高報酬をもらい格差が広がっていること
労働者の賃金が伸びない理由は、冷戦の終結によってそれまで自由主義経済に参加していなかった人間が大挙流入したこと。ベルリンの壁が崩れてから2005年までで、その数、なんと五億人!
安価な労働者の流入はとうぜん賃金の抑制につながり、果ては世界的なディスインフレ現象(デフレではなくインフレ抑制)を引き起こしたという。そりゃ、管理人の収入も伸びないわけである(苦笑)
資本主義の網が広がったことで、途上国のお金持ちが金融経済に参加したことも大きい。かつてない富がアメリカの金融市場になだれこみ、金融商品の発達と相俟ってさまざまバブルを生み出した
世界の富が一国に突っ込んできたときに、一国の金融当局に何ができるのか
サブプライム問題は書かれた時期から触れられていないが、グリーンスパンは日本のようなデフレ経済を恐れ、金利を上げられなかったという
世界市場に対応する世界政府がないというところに、グローバリゼーションの不安定要因があるようだ


前巻 『波乱の時代 わが半生とFRB』 上巻
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