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『菜の花の沖』 第3巻 司馬遼太郎

あとがきには、についての長い蘊蓄!
“灘”は本来、船乗りが船を入れる場所のない難所で、“◯◯灘”という言い方をするが、兵庫の“灘”はそれと関係ないという話。もともと「灘目」などと呼ばれ区別されていたが、いつしか取れてしまったようで




千五百石船の辰悦丸を得た嘉兵衛は、念願の蝦夷地へと船出する。蝦夷を治める松前藩は、秀吉以来の特権を楯にアイヌ人との交流一切を取り仕切り、その物産を諸国と取引することで繁栄していた。しかし、その裏側では松前藩の商人と手代たちがアイヌ人を収奪し、動物のように扱っているのだった。嘉兵衛はその松前藩を探索する幕臣・高橋三平と出会って……

第3巻で、ついに蝦夷地が舞台に!
当時最大級の和船・辰悦丸を手にしたことで、嘉兵衛は兵庫のみならず、大坂などの各地で一流の廻船商人として知られるようになる
その名声を脅威に感じた兵庫の北風家は、“高田屋”への扱いを変え、嘉兵衛は自立への道を歩むことに
そして“北前船”の北端である蝦夷地へとたどり着いた嘉兵衛は、その土地の広大さに純朴なアイヌ人、横暴な松前商人とそれに憤る幕臣と、本土と違う原則で動く天地を知ったことで、商人を越えた高みを意識していく


松前藩と悪名高き「場所請負制」

松前藩蠣崎(かきざき)氏の時代、1593年豊臣秀吉により蝦夷地と松前を安堵され、松前氏に改姓した徳川の時代にも、その地位がそのまま引き継がれた
蝦夷地では米が取れないので大名ではなく、交代寄合(旗本)として扱われたが、1719年に1万石の大名として扱われるようになった
藩の財政はアイヌとの交易に支えられ、家康の黒印状には「夷人に対し非分申しかくる者、堅く停止の事。」アイヌ人の移動の自由が認められていた
しかし、18世紀初めから、城下の商人が交易を請け負う「場所請負制が広まり、松前商人の手代たちは“場所”の主としてアイヌ人たちを奴隷のように使役する
そうした実態を隠すため、松前藩は幕府や東北諸藩の密偵の潜入を嫌い、海からの関所である沖の口役所では厳しい詮議が行われた。作中でも嘉兵衛は、罪人扱いされてしまう


蝦夷地の幕府直営

そんな蝦夷地でも、ロシアが沿海州へ進出したことで風雲急を告げた
田沼意次の時代から蝦夷地開発が検討され、その失脚で一時立ち消えたものの、1798年老中・戸田氏教大規模な蝦夷調査を命じて、蝦夷探索のベテランである最上徳内などを送り込んだ
1799年には蝦夷の大半を7年間の期限で取り上げて、松前藩に代わりの領地を与えている
そうした探索の幕臣と接した嘉兵衛は、箱館(後の函館)を拠点に選んで、北前航路ではなく、蝦夷地への新航路探索にのめり込む
世話になった北風荘右衛門にも、惜しげなく蝦夷地の地図を授け、商売人というより航海者としての役割を担う
サトニラさんの隠居で、高田屋の看板も堂々と掲げられるようになったが、ただの廻船商人では落ち着かないのだ


前巻 『菜の花の沖』 第2巻




『菜の花の沖』 第2巻 司馬遼太郎

いよいよ船頭として始動




兵庫津で船乗りとして頭角を現した嘉兵衛は、“サトニラさん”こと堺屋喜兵衛に頼みされ、和泉屋伊兵衛の名を借りて江戸への沖船頭(雇われ船頭)となる。北前船への夢を持つ嘉兵衛は、カツオ漁で大船の建造費を稼ごうとするが、難所の多い太平洋航路の現実に転換を余儀なくされる
しかし北風荘右衛門の好意で、廃船されかかった「薬師丸」を得て、華の日本海航路へ旅立つ

2巻目も濃い!
兵庫に身を落ち着けた嘉兵衛は、瀬戸内海、紀州の新宮から関東の下田、北前船の航路である下関~出雲~隠岐の島~秋田と乗り出していくのだが、その都度、そのお国の風土や当時の産業について詳述していくので、さながら『海道をゆく』といったところだ
嘉兵衛が船持ちへと出世していくのを後押ししたのが、兵庫津の主ともいえる北風荘右衛門貞幹北風家は南朝の武将を先祖とし、江戸時代は廻船問屋となり、北前航路を河村瑞賢に先立ち開拓上方から江戸の太平洋航路も鴻池の酒を大量に輸送し、樽廻船の先駆となった
この荘右衛門貞幹の代に一時落ちぶれていた北風家は盛り返し、それを募った船頭が兵庫津に結集したという。作中でも北風家が遺した史料から、無料の風呂場と飯場を提供し、いかに船頭たちを大事にしたかを紹介している


紀州熊野の鰹節

嘉兵衛は最初、カツオ漁で北前船の建造費を稼ごうとするが、カツオ漁は紀州熊野の漁師たちが強く、入る隙間もない
紀州の浜近くは当然譲らないし、季節や捕れ高によっては土佐や関東にまで旅網も辞さない。その活動が日本各地の漁業技術を底上げしたと言われ、諸国に名がとどろいた
そして、沖でカツオを獲ろうにも、今度はカツオの加工が問題になる
魚を生で売るには限界があり、カツオが商品として流通するには“鰹節にしなければならない。燻乾法」(作中では「燻乾法」)によって、良質の鰹節が量産され、ただの乾物ではなく調味料として重宝されるようになる
その「燻乾法」を産んだのも紀州熊野の角屋甚太郎であり、土佐に伝えて「土佐節」といわれ、薩摩の枕崎、関東の伊豆にも伝わり、各地の鰹節の番付までつけられたそうだ
嘉兵衛の時代では、すでに競争相手が多く実入りのいい仕事ではなくなったようだ


日本海沿岸の繁栄

日本海航路へ行って嘉兵衛が出くわすのは、日本海側の港の繁栄
出雲は古来より「渤海国」など大陸との交易があり、流罪の地だった隠岐なども北前船により、淡路島より物品は豊かだったりする
秋田では最上川の流域で、口紅や生薬となる紅花に、上質の麻が栽培され、秋田杉が上方で高く売れた
米沢藩では特産品の青苧(あおそ=カラムシ)からチヂミ作りを産業化し、藩の財政を再建した
徳川家康が想定した、ほどほどに自給自足する社会制度を建前にしつつも、商品経済が全国的に沸騰しており、どの地域も他国なしに存続できない経済圏ができようとしていた


嘉兵衛は秋田の土崎湊にて、北前廻船のための1500石船を発注し、いよいよ念願の松前進出を計画する
そして、その建造費を投資してもらうためにも、淡路へと里帰り。実家に本家の高田律蔵本村の庄屋甚左衛門へと挨拶に回り、娘をさらった格好である網元の幾右衛門にも頭を下げる
青年期までの確執が錦を飾ったことで水に流れ幾右衛門もまた「昔は嫁を奪うのが流儀。蝋燭を立てて祝おうが、奪って夫婦になろうが、夫婦は夫婦」と、さらりと許してしまう
それだけ嘉兵衛が地域にとっての宝船になったということだが、長い年月を経たそれぞれの心境の変化を、数行の文章で描ききっていて、嘉兵衛の複雑な被害感情が溶けていくのが分かるラストだった


次巻 『菜の花の沖』 第3巻
前巻 『菜の花の沖』 第1巻



『菜の花の沖』 第1巻 司馬遼太郎

はみ出しもの、の成り上がり




18世紀末の淡路島津名郡都志の本村に生まれた嘉兵衛は、家が貧乏なことから、隣の新在家の問屋へ奉公に出た。しかし、地元の“若衆宿”に入らず、本村のに所属したことから、目をつけられてしまう
世間に嫌気がさした嘉兵衛は、新在家の網元の娘・おふさと結ばれた後、水主(船乗り)を目指して兵庫津(後の神戸)の叔父を訪ねるが……

北海道の箱館(現・函館)を開き、ゴローニン事件に巻き込まれた高田屋嘉兵衛の物語
司馬は少年時代に、ロシアから日本への使者レザノフを乗せ、世界一周の航海に出たクルーゼンシュテルンの回顧録を愛読しており、日本とロシアの異文化のぶつかり合い、人間の交流を描こうと心温めていたらしい
とはいえ、第1巻はロシアの“ロ”の字も出てこない。ドラクエ3でいうと、まだアリアハンだ(笑)
主人公の嘉兵衛は淡路国に生まれた青年であり、小柄ながらいかつい風貌から良くも悪くも目をつけられる異端児。奉公先の土地で因縁をつけられたことから、網元の娘に手をつけて飛び出し、兵庫津では淡路には見ない役人たちともめてしまう
海の上で船を操れるかどうかなのに、地上ではなぜ貴賎にうるさいのか
嘉兵衛からは、大阪人の司馬がのり移ったかのように、江戸の身分社会への怒りが表明される


淡路の風土と若衆宿

『街道をゆく』の「明石海峡と淡路みち」でも少し触れられていたが、淡路島は蜂須賀家の阿波藩のもと、元は野盗とも言われる家老の稲田氏が州本城代として統治していた
蜂須賀家の収奪の激しさと出自の卑しさから、武士を嫌う風土があったらしい
そんな淡路は低いながらも山々を挟んで、乾いた北部と温和な南部に分かれて気候が違い、嘉兵衛が新在家で“いじめ”られる原因にもつながっていくる
司馬が日本の古層としてこだわってきた「若衆宿に関しても、はみ出し者の嘉兵衛を通じて描かれ、昼の表社会は大人に従うが、“宿”に関わる風習に関しては大人を上回る力を持っていた
嘉兵衛が新在所の者に闇討ちされそうになったとき、新在所と本村の若者頭(若衆宿のリーダー)が話し合い、村から姿を消すように申し渡す
「若衆宿」には日本的な“いじめ“の力学が働く一方、慣習をもとに緩やかにまとめる“リーダー”を育てる場所でもあった


近世日本の航海技術

兵庫津へ出て以降に触れられていくのが、近世における日本の航海技術
戦国時代においては、海外渡航もさかんで西洋のように竜骨はないものの、中国のジャンク船に西洋風のマストを乗せた大船が外海へ繰り出していた
しかし、江戸時代に諸大名の密貿易と江戸の防衛を気にした徳川家康が、500石以上の大船を禁止。以後、古代の刳り船へ先祖返りし、和船は奇形ともいえる進化をとげる
高波を防ぎ、かつ積荷が多く積めるように両舷に高垣を作った菱垣船」(菱垣廻船)に、さらに積み込みの合理化をはかった樽廻船ができたことで、上方から江戸への航路が確立される
それまでは絶えず、岸が見える航路を通る沿岸航海にとどまり、長い日数を要していたのだ
こうした航海術の発達を促したのが、商品経済の発達とそれに対応して米を大坂で売ろうとする諸藩の対応であり、嘉兵衛の叔父・堺屋喜兵衛(サトニラさん)は鳥取藩の士分になったがために、ご奉公と経営の板挟みに苦しむ


1巻にして中身が濃い!
司馬の命日「菜の花忌」の由来となるだけあって、少年時代からの思いが込められ、歴史小説家としての集大成を意識されているかのようだった
それとなく、披露される日本語をめぐる蘊蓄がたまらず、「くだらない」が元は、上方から「くだる」の反義語「まとも」は風が船尾からまっすぐ吹いてくれて、帆を動かす必要のない状態「真艫」から。艫とは、船のうしろをさす
航海用語の「ヨーソロー」は「宜う候」から。舵を切ったあとにこういう言葉が出たときは「そのままでよろしく」ということなのだ
そんな豆知識を嫌味なく読ませる文章力は、晩年でも健在だ


次巻 『菜の花の沖』 第2巻

関連記事 『街道をゆく 7 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみちほか』



『満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの』 太田尚樹 

小澤征爾の父や森繁久彌も出てくる



大杉事件を背負った甘粕正彦と、将来の総理を公言した岸信介は、満州に何を為し、歴史に何を残したのか。大正から満州国の建国、滅亡までを辿るノンフィクション

甘粕正彦と岸信介の割合は7:3ぐらいだった(苦笑)
政界入りを想定したはガードが固く、戦後に総理となり、90歳に亡くなるまで隠然とした力をもったことから、それほど痕跡を残さなかったのだろう
甘粕のほうは、無政府主義者の大杉夫妻とその甥を葬った甘粕事件(大杉事件)に、満州事変から始まる“甘粕機関“の活動、阿片密売、満州映画協会と、表と裏で仕切り続けたことから、多くの逸話が残されており、著者の力の入れ方が違うのだ
本作は関東大震災の混乱状態で起こった「大杉事件」に関して、甘粕自身が手を下していないと推定している
大杉栄は柔道の達人であり、小柄な甘粕が後ろから絞め殺したという供述は信ぴょう性が薄く、夫妻も死体はむごたらしく殴打されていて、複数人でリンチにあったとしか考えられない
公判で実行犯の1人とされた、森慶次郎曹長憲兵司令部付であり、甘粕が命令できる立場にはなく憲兵司令部やその上の上層部の関与が想像される
震災時には一般市民が朝鮮独立運動の余波から、数千人とも言われる朝鮮人虐殺事件を起こしており、それを使嗾したのは、社会主義者や無政府主義者だと警察や憲兵は見ていたようで、映画にもなった朴烈事件、亀戸事件を起こしている


1.事件後の甘粕

甘粕正彦は軍学校時代に負傷し退役を考えたが、上官だった東條英機に憲兵になることを勧められ、“事件”後は幼児殺しの反響から軍籍を剥奪され、一般の刑務所で3年の刑期を務める
著者は獄中記の文面から、殺人に(特に幼児殺し)には関わっていないこと、組織の都合で嵌められたことを読み取る。その一方で、任侠の徒や元社会主義者とも知り合いになり、“臭い飯”を食ったことで人間の機微に触れ、謀略家・行政家としてのセンスを磨くことになる
釈放後、妻とともにフランスへ旅立ち、満州事変の直前である1930年奉天の関東軍特務機関土肥原賢二大佐のもと、謀略の世界へ身を投じた。張作霖爆殺事件の河本大作を反面教師としつつも、満州の人脈を引き継ぐ
甘粕は本土では“テロリスト”の汚名を免れないものの、そうした過去が問題にならない満州の大きさに、取り込まれたという
満州事変後は清朝の“ラストエンペラー”溥儀の担ぎ出しに成功したことで、一挙に満州の警察トップにまで上り詰め、総務部次長の岸とともに満州国の裏と表を仕切る存在になっていく


2.満州国と阿片密売

満州国の産業化と関東軍の活動費のために、甘粕たちが手を染めたのは、阿片売買だった
1933年に関東軍は中華民国との戦争になりかねないリスクを負って、阿片の産地・熱河へ侵攻したのはそのためだった
販売ルートは3つあり、Aタイプはこの熱河の栽培農家などからの専売制。一般人は販売禁止として価格を高騰させ、日中戦争の際には中国全土に及び、甘粕は国民党へも利益供与していたという
Bルートは外国からの阿片を上海でさばく。これには特務機関のエージェントだった新聞記者・里見甫を甘粕がチェックする形で任されていた
ここでの莫大な利益が満州国、そして南アジアに展開する諜報機関の資金源となった
Cルートは、蒙彊地区(現・内蒙古自治区)を日本軍が買い上げ、中国人の売人にさばく。占領地域から阿片を集めて、そのまま中国人に売っており、国民党側の軍閥へも資金が流れるというズブズブの関係があったという
『満州アヘンスクワッド』にも出てくる青幇の首領・杜月笙と甘粕が接触していたことも触れられていて、ここらへんの事情が漫画のほうでどう描かれるか、楽しみである


3.岸信介と統制経済の実験

さて、岸信介。彼は第一次大戦、そして大戦後のドイツで行われた統制経済に興味を持ち、第一次産業しかない満州で、日本を支える重工業地域を作ろうとする
財閥を入れないという関東軍参謀の石原莞爾を丸め込み、日産コンツェルンの鮎川義介を引き込んで、関東軍参謀長・東條英機、大蔵官僚の国務院総務長官・星野直樹、満鉄総裁の松岡洋右と合わせて、「弐キ参スケ」と呼ばれた
しかし石原莞爾は「満州を第二の合衆国にする」と言いつつ、鮎川によるアメリカ資本の導入、大規模農業には反対し、日本からの開拓移民による小規模農業を勧めた。東北人の石原は経済の欧米化についていけず、結果的に満州引き上げの悲劇、大量の中国残留孤児を残してしまう
岸は満州で東條との関係を築き、甘粕とともにその政治運動を支援して、東條内閣では商工大臣を務める。経済発展のための統制経済はそのまま、軍国主義の高度国防国家論に転用され、太平洋戦争の総力戦体制を支えることとなる


4.満州の夢の末路

甘粕は1939年に満洲映画協会(満映)の理事長に就任し、「五族協和」の理想を実現すべく、女優の女給扱いの禁止、日満スタッフの給与引き上げ、ドイツの最新技術導入などで、戦後の東映の黄金期へとつながっていく
映画のプロパガンダ効果を認め、利益を謀略の資金源としたものの、史劇映画など芸術性の高い作品を求める文化人の側面も持っていた
とはいえ、岸の産業化、甘粕の「五族協和」の理想にしても、中国全土を対象にした阿片販売と引き換えにしたことは、許されるものではない
甘粕はソ連軍が首都・新京に迫るなか、敗戦直後に自殺。一方のはサイパンの防衛を巡り、東条首相と対立して倒閣運動を起こしたことで、A級戦犯を免れた
東京裁判において、なぜか阿片密売に関して追求されなかったが、それにはイギリスが持ち続けた阿片利権に対して、アメリカがはばかったからとされ、阿片王と呼ばれた里美甫も不起訴、無条件釈放となっている


本作はノンフィクションとされつつも、甘粕については小説のような描写がところどころあって、あとがきで著者が認めるように偏りは免れないが、光と影の両面を見事に捉えている。満州が語られるときの怪しさと魅力とはこういったことなのだ
甘粕と岸に関しては、東條英機を介してしか、つながりはない(苦笑)。岸信介の割合の少ないは少ないが、その不透明さが得体のしれぬ“妖怪”ぶりを感じさせられた


関連記事 『満州アヘンスクワッド』 第1巻・第2巻



『香水 ある人殺しの物語』 パトリック・ジュースキント

ネットで探していたら、実家にもあったという




ルイ15世統治下のフランス。パリの雑踏のなかで産み落とされたグルヌイユは、放置した母親が嬰児殺しの罪に問われて処刑され、マダム・ガイヤールの孤児院に預けられる。飛び抜けた嗅覚と生命力でそこを生き抜いた彼は、過酷な皮なめし職人に売られ、パリで様々な匂いに出会う。中でも赤毛の少女から漂う匂いに惹かれ、それを存分に味わうために殺してしまい、匂いを保存する方法を求めて香水職人のバルディーニに弟子入りするが……

以前、見た映画『パヒューム ある人殺しの物語』の原作小説
映画は匂いのために殺人も厭わないグルヌイユのピカレスクロマンとなっていて、小説もベースはそうなのだけど、彼が通り過ぎた様々な人々の小さな物語も描かれていて、ブルボン朝末期のフランス・ツアーにもなっている
冒頭からして「パリはくさかった」と衝撃の出だし! パリの通りにはゴミや排泄物が放置され、下の庶民から王侯貴族までが今では考えられない異臭のなかで、生きていたことに触れられる。そんな世の中だからこそ、“香水”は不可欠で、儚く消える匂いが高額で取引されたのだ
作風はヨーロッパの古典小説にならったもので、最近の小説にありがちな映画標準の描写はなく、淡々とした積み重ねで、“臭い”近代前夜の世界を立ち上らせている

究極の香りのために連続殺人鬼となるグルヌイユが主役ながら、彼と関わる登場人物もかなり個性的だ
文明が発達しない貧しい時代だからだろうか、みなが自分で精一杯、すがすがしく自己中心を貫いて生きている
最初にグルヌイユを預けれられたテリエ神父、孤児の保護費で稼ぐマダム・ガイヤール、有害な洗剤で数年しか生きられない皮なめしの職場を仕切るグリマル親方、凋落した老調香師バルディーニ、<致死液>を研究するトンデモ研究家のタイヤード・エスピナス侯爵“香水の聖地”グラースを仕切る副長官で、最愛の娘を狙われるアントワーヌ・リシ
どれも実在しない架空の人物でありながら、こういう人々が生きていただろうと思わせる時代の匂いを運んでくる
映画で割愛されたタイヤード・エスピナス侯爵の研究に付き合わされた時に、グルヌイユは香水によって人の印象を操れることを学んでおり、それがグラースでの連続殺人に、刑場での乱痴気騒ぎにも生かされて(!)いく。映画で飛躍に感じられたところは原作でしっかり埋められていたのだ

タイヤード・エスピナス侯爵の学説、地中からの<致死液>が人を腐らせ老いさせるというのは、もちろん今でいうトンデモ科学であるが、パスツールが細菌を発見するまでは、これに近い学説が渦を巻いていて、ヘンテコ治療法が普通に流通していた
 訳者あとがきでは本書の種本のひとつとして、『ミアスマと黄水仙――嗅覚と18・19世紀の仮想的社会問題』が挙げられている。そこでは悪臭=瘴気が病の原因とされ、その根源に「ミアスマ」というものが想定されていたという。この本の日本語訳はないらしく、訳者は独語で読んだそうだ



小説ならではといえるのが、究極の香水を作ったグルヌイユが、その結果にむしろ絶望するという場面。映画だと謎めいたラストになってしまったが、もともと人間嫌いだから、人々に無条件で愛される香水を作ったのに、香水ごときでなびいてしまう人間をなお嫌いになってしまったらしい
生まれたパリのスラム街に帰って……のエンドは覚悟の行動だったのだ
その他、バルディーニの許を去った後に、人が近寄らぬ山野に7年も暮らし、鼻と記憶による「匂いの王国」に浸るとか、引きこもりの心性を細微に追っていて、「想像の王国」を作る作家にも通じるような気もした
主人公の嗅覚と香水以外に、ファンタジーはないものの、近代以前のヨーロッパを伝えてくれる奇譚なのである


映画 【DVD】『パヒューム ある人殺しの物語』



『姐さん「任侠」記』 石原まいこ

世間もヤクザもまだ景気のいい時代の話



愛した男が極道だった……元極妻が明かすヤクザの日常

回り回ってフィクションに見えてしまう内容だった
子供が幼稚園に通う際には、なるべく周囲に極妻だとバレないようにしていたが、抗争中の場合はそうもいかず、黒いリムジンで送り迎え。護衛の黒服が並ぶ様に、園長に「抗争中なので」と断りを入れる場面は、漫画でもないだろうという(笑)
宴会で盛り上がる極妻の会、子供の運動会で張り切り、UFOキャッチャーにはまる組員など、かなり人間臭く面白いエピソードが並ぶ
台湾のマフィアが日本のヤクザの影響か、グラサンの黒服で整列して出迎えるとか、映画のような光景がわりとあることに驚く

強調されるのは、組全体がファミリーだということ。マフィアが血縁、人種という血によるなら、日本のヤクザは組長を中心とした「家」であり、擬似的な親子関係を結ぶ
構成員はどんなに年を取っていても「若い衆と言われ、男性中心の社会ながら“姐さん”は組長に代わって私的な面倒は見る
ヤクザの出自は博徒、テキヤと言われるが、中世近世の「若衆宿」の性質も継いでいるように思える
初出の単行本が2010年で、子供の年齢から書かれている内容は90年代後半からゼロ年代と思しく、暴対法の後でもわりと古い秩序が生き残っていたのだ

著者によると、極道にも段階があるようで、組長、盛り場の顔役クラスになると汚い商売に直接手を出さない。構成員も覚醒剤には手を出すのはご法度だし、堅気、特に女性への暴力には著者も手厳しい
しかし、ヤクの売人からの上納金は組織に流れていて、周囲をヤクから守りつつ、世間の薬物汚染に加担しているという矛盾は残る
平和な日常が取り上げられる本書では、極妻を狙う詐欺、他の組織からの盗聴、抗争中の引きこもりなど、一般人なら感じることもない過酷な環境であり、著者は最後は消耗して夫との離婚に踏み切る
親子の仲といっても、ヤクザは基本が個人事業主であり、どこまでも面倒見てくれるわけでもない。自ら命を断つ構成員も少なくなく、社会にとっても本人にとっても良くない存在なのだが、代わりに半グレ集団や外国人グループが浮上するので、にんともかんとも

『ザ・ロード』 コーマック・マッカーシー

2008年に映画化も。ポストアポカリプス系のゲームにも影響を与えてそう




核戦争後とおぼしきアメリカ。動物や植物も灰のなかに絶たれ、生存者同士が共食いする世界で、冬の寒さを凌ぐべく、親子は南を目指す
国境三部作、『血と暴力の国』の作者コーマック・マッカーシーによるポストアポカリプス

読むのに時間がかかってしまった。元の文体の特徴なのだろう、段落がやけに長くて日本語と相性が悪いのだ
それに加えて滅んだ世界の陰鬱とした調子が続くので、廃墟好きの人間でなければ、なかなかに辛い内容だ
具体的に何で世界が滅んだのか、親子に何があったのかは直接は触れられず、思い出されたかのように差し込まれる過去のついての断章などから読解していくしかない
SFではポストアポカリプスをテーマにした名作が多くあり、本作はそれを隠し味として引き継ぎつつ、過酷な環境で人がどうやって生きていくのか、精神を狂わせないのには何が必要か、そして、何のために生きるのかを問うサバイバルが主眼となっている
しかし、いくら頑張っても文明が滅んだ世界には限界が……人間が人間たるには何が必要かを突きつける作品だ

親子の過去については、断片的にしか語られない。親は“彼”子は“少年”という人称で呼ばれる
破局からはけっこう年数が経っているらしく、“少年”は廃墟のなかで医者もいないところで生まれ、滅びた世界しか知らない
その母親は、ならず者たちと肉体関係をもって食糧を調達していたらしく、いたたまれなくなった彼女は二人から離れてしまう(自殺がほのめかされている)
“彼”は“少年”に対して、滅びる前の世界のことを教えるが、たえずそれを教える意味があるのかという想いに襲われる。もはや戻ってくるはずのない世界を教えて何になるのかというか

そこでこだわるのは“善きこと”であり、善き者”でなければならないということ。まともな植物が生えない灰色の世界で、食糧として動けない人間や子供が食われる時代人間としての倫理にこだわる
それは火を運ぶ”という言葉にもつながり、文明の火で滅んだ今となっては、プロメテウスの意味ではなく、命の灯火、良心の灯火を示しているのだろう
高齢で子供をもうけており、我が子へのメッセージが動機なので、この作家さんの割に、ラストにご都合感のあるのも致し方なしか
ピュリッツァー賞を受賞した高い評価を受けて売れた作品なのだけど、鬱状態がベースなので個人的には辛かった(苦笑)。訳者のあとがきとしては、日本の『子連れ狼』の影響なども指摘されているのだけど、暗いんだ……


関連記事 『血と暴力の国』



『邪神帝国』 朝松健

クトゥルフ界、屈指の短編集



ナチス・ドイツの第三帝国は、闇の勢力に支配されていた!? ナチスのオカルト趣味とクトゥルフ神話をつなげた邪悪なる短編集

なんと、洗練された怪奇小説なんだ!
ナチス「地球空洞説」などのトンデモ科学や魔術的儀式に傾倒していた史実を背景として、その黒幕にクトゥルフ神話の旧支配者をあてることで、リアルでおどろおどろしいホラーを作り上げている
世界観を同じくする連作ものなのだが、それぞれの章で主人公が違い、ナチス幹部などの有名人や一部の怪物たちを除いて共通するものはない。どの章も登場人物が怪奇に怯えるホラーとして完結しており、主人公が怪物を圧倒する英雄譚に堕ちないように計算されている
主人公が遭遇する怪物たちは、ときに極地を震動させる大怪物であり、潜水艦をひっくり返す大巨人であり、知らぬ間に人間と入れ替わる人形だったりと、内外の全ての世界に満ちている
「世界は知らぬ間に、怪物に支配されている!」と厨二病か誇大妄想かという状態を、第三帝国というリアルに狂っていた世界を通すことで、異様に実態を持ったものとして立ちあげてくるのだ。それを可能にした作者の博識と実力は恐るべし


<伍長の自画像>

舞台は現代の日本(イラン人に触れられているから、バブル期か?)。バーで飲んでいた“私”は、平田という画家志望の青年を介抱する。その後、画家を諦めた彼は、「星智教団(OSW)」というオカルト教団の秘儀で、本当の自分に目覚めたいという。作家としての好奇心から“私”は平田のアパートで、その秘儀を見に行くが……

作品のなかで、もっともオチがストレート。この連作で“伍長”といえば、平田はあの人であり、名字も微妙にもじっている(苦笑)
アーリア系のイラン人に人種論で噛みつくのが微妙だけど、それだけ人種論がその人、その集団のご都合で変わる難癖に過ぎないということでもあるのだろう
ラストもポピュリズムを皮肉るような、フツーのラストである

「聖智教団(OSW)」は、作者の他作品にも登場する架空の宗教団体。現実に似たような名前の団体もあるから、ややこしい


<ヨス・トラゴンの仮面>

日本外務省の書記官になりすましている情報将校・神門帯刀は、ドイツの対ソ政策を知るべく、親衛隊の指導者ハインリヒ・ヒムラーとパーティで会う。正体を見抜かれた帯刀は、ナチスが囚われている魔術師クリンゲン・メルゲンスハイムをあえて救出し、「ヨス・トラゴンの仮面」の在り処を探るように求められた。しかし、その当該の魔術師は監視者を殺して、自力で脱出し……

舞台は第二次大戦前夜で、連作の実質的なスタートライン。ヨス・トラゴンラヴクラフトアシュトン・クラーク・スミス宛ての手紙で言及していただけの邪神なのだが、作者はそれを拾い上げて自分の作品内で“育てた”ようだ
キリストを介錯した「ロンギヌスの槍」を持つルドルフ・ヘスが活劇を見せるなど、やってることは荒唐無稽なのに、なんか整合性がとれているのが素晴らしい!
実際のルドルフ・ヘスもオカルトに傾倒していて、イギリスへの飛行もそういう位置づけで見ることができるそうだ


<狂気大陸>

ハオゼン少佐は反ナチスの軍人と見なされて、アーリア人発祥の地“トゥーレ”と見なされた南極大陸の探検を命じられた。親衛隊の監視下、先遣隊の基地を目指すも、謎の怪物に襲われてしまう。しかし、その奥地には極地とは思えない、温暖で緑の生えた土地が広がっていた
が、探検隊は一線をすでに越えていた。「狂気山脈」の向こうから、不定形の怪物たちが押し寄せる!

前回の続きとなっていて、「ヨス・トラゴンの仮面」を手にしたヒムラーは、魔術師の家系の軍人ミュラーにつけさせて幻視を試し、南極大陸制圧を目指す
その探検隊を待ち受けるのが、不定形な宇宙外生命体「○ョゴス」。自らの支配者さえ滅ぼした彼らは、主人公の仲間を貪り食い、絶望的な状況に陥るのだ
ホラーなのだが、ナチスの野望を打ち砕く怪獣映画のようなカタルシスが味わえる


<1889年4月20日>

若きオカルティストのS・L・メイザースは、恋人のミナ・ベルグソンが見た悪夢と、巷を賑わす連続通り魔事件との類似に驚く。ミナの夢で見た犯人は、チョビ髭の小男で、イニシャルはA・H!
そして、古代エジプトに伝わる邪神ナイアルラトホテップが関わっていることを知って……

1889年の切り裂きジャック事件と、ヒトラーの生誕を絡ませたサスペンス・ホラー。S・L・メイザース本名サミュエル・リドル・マザーズ(メイザース)で、通称はマクレガー・メイザース」で知られる実在の人物妻のモイナ・メイザース(作中のミナ)とともにロンドンにおける「黄金の夜明け団」の首領となっている
アレイスター・クロウリーケネス・グラントも実在するオカルティストで、クロウリーはサイエントロジーの創設者ロン・ハバートにも影響を与えている
理性の時代に思われた19世紀末期、その世界の中心であるロンドンにうごめくオカルト思想にふれる一編である


<夜の子の宴>

バルバロッサ作戦に加わろうとしたヒャルマー・ヴァイル少尉は、ルーマニアのトランシルヴァニアで隊全体が何者かに襲われる。部下が何人も死に、喉には牙を立てたような傷痕、生き残った部下も生気がない
唯一ドイツ語をしゃべれる司祭に、部下の死体に杭を立てろと言われて激昂し、少尉は射殺してしまう。村長からは、村の外れにある伯爵夫人の協力を仰ぐように言われるが……

トランシルヴァニアというと、もうアレである
ナチスに吸血鬼というと、ポール・ウィルソンの『ザ・キープ』を思い出すが、本作はホラーの王道を走る。ヴァイル少尉はひたすら、やっちゃいけないことをしでかして、吸血鬼どころか、旧支配者の眷属まで解放するのであった。めでたし、めでたし


<ギガントマキア1945>


敗色の濃いドイツ、情報部のエーリッヒ・ベルガー中尉は、ある人物について南米へ向かう潜水艦に乗っていた
高位の将軍から敬礼を受け、自らを“伝説”と呼ばせるに指示する黒づくめの男は、そのオカルト的予見に基づいて複雑な行程を指示。その行く先には奇怪な怪物がつきまとい、“伝説”の男は「ペリシテ人の火」で応戦するが……

ナチス幹部の南米亡命に基づく短編。“伝説”の正体は、チェコで暗殺されたはずのSS高官で、ヒトラーらが指示した内容もいい感じにぶっ飛んでいる
南米にはアルゼンチンなど親独政権が多く、「リヨンの虐殺者」クラウス・バルビーもボリビアに亡命している。ドイツの敗戦直後に、ヒトラーの亡命先として報じられたりもしたようだ(件の南極亡命説も!)

*欧米の説話から都市伝説には、実体化した悪魔として、黒尽くめの男が頻出し、研究者には「MIB=メン・イン・ブラック」とも言われる。どこかの映画と関係するように、UFO関連では宇宙人の使いにイメージされる


<怒りの日>

クラウス大佐は、ノルマンディーで指揮をとるはずのロンメル元帥から昼食に誘われる。そこで、ベック元帥(実際は上級大将?)ら反ヒトラーの重鎮が揃い、まさに総統暗殺計画が論じられていた
しかし、クラウスの周囲には、ヒトラーが呼び込んだ闇の勢力が見え隠れし、愛人のリル妻のグシーも何者かにすり替えられてしまう
追い詰められたクラウスは、ドイツと世界を救うため、自ら爆破計画の実行犯を申し出るが……

クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐は、実際の7月20日事件(1944年の暗殺未遂)の実行犯
作中の彼は、連合軍の上陸予想地点のカレーに大要塞を築く計画など軍指導部の誇大な計画に疑問を持っていたが、それがチベット仏教の導師テッパ・ツェンポの差し金と気づく。当時のナチス指導層には、中央アジアをアーリア人の発祥地(トゥーラはどうした!)として、チベットの神秘主義にはまる傾向もあったそうだ
作中のテッパ師は黄衣をまとった怪人(ハス○ー!)であり、人々と取って替わるホムンクルス(錬金術で作られた人工生命体)、人を食い尽くすカニの鋏をもつ“何か”(ダゴンの親戚?)と、取り囲む状況は絶望的なほど闇に食いつかされている
敗戦への下り坂と、ユダヤ人虐殺の狂気が同居した第三帝国末期を象徴するような、闇の世界が広がっているのだ!
そして、その決着の付け方が、決して史実をひっくり返すものではなく、むしろ既存の歴史へ収束させるものとして位置づけられているのがお見事。完璧な着地である


<魔術的註釈>

連作の最終章は「怒りの日」だが、巻末の註釈もまた作品である
ナチス幹部、実在するオカルティストのなかに、ひょっこりとクトゥルフ世界の書籍を潜り込ませ、さらには解説の作家・井上雅彦が小説で創作した本の名前まで混ぜていたりと、やりたい放題
このどこまでが本当で、どこまで嘘なのか、調べてみないと分からない。アレイスター・クロウリーの魔術とラヴクラフトの作品に共通項が多いという話の真偽は……(クロウリーの弟子、ケネス・グラントの妄想といわれるが)
初出は1999年とネット環境のいい時代ではないので、実在を信じてしまった人も多いのではなかろうか。そうやって、人を惑わす魔力が本作にはある


作者の朝松健は、クトゥルフ神話のみならず、ファンタジーやその基礎となる西洋魔術の紹介を精力的に行ってきた第一人者で、召喚魔術の「召喚」などファンタジー関係の用語は訳出するなかで生み出されたものも多いという
魔術的な手並みでウンチクが語られるので、この人の作品は追いかけてみたい

『胡蝶の夢』 第4巻 司馬遼太郎

徳島市には関寛斎の石像あり




戊辰の戦争は、蘭方医に数奇な運命をもたらす。鳥羽伏見の戦いに敗れた近藤勇は、江戸に帰り松本良順のもとで治療を受ける。その後も新選組に関わったことで、東軍へ身を投じて会津まで同行する
一方、徳島藩の侍医・関寛斎は、藩が官軍に転じたことから、野戦病院の病院長を務めることとなり、くしくも良順と対峙することに
そして、佐渡に帰らされた伊之助も、幕府瓦解の影響で職をなくし、横浜へと旅立つが……

小説としては、江戸時代が終わるまでを扱い、あとは後日譚として語る感じだった
解説にもある通り、当初は新選組に関わって、賊軍の軍医になったにも関わらず、維新政府に請われて軍医総監になった松本良順を主役にしたと思われるが、それに伴って現れたのが、長崎時代まで助手として関わった島倉伊之助(司馬凌海、父・佐藤泰然の弟子だった関寛斎
良順以上に、浮沈の激しい二人を見つけてしまったせいで、最終巻の後半は彼らの流転に紙数が割かれる
小説全体として見たときに、誰の話かブレてしまった感はあるものの、予想外の形で「胡蝶の夢」を発見してしまった以上、それに傾けざる得なかったのだろう


世間知らずの伊之助の結末

人間関係に不得手の伊之助は、佐渡でも医者として通用せず、鉱山を調べにきたアメリカ人技師の通訳ぐらいしかやることはない
幕府の崩壊から、佐渡奉行のともに紛れて横浜を目指し、良順の父・佐藤泰然と再会したことで、語学教室を開くように助言を受ける
こと、語学に関して伊之助の才能は天才的で、本場の人間と話したことがないにも関わらず、オランダ語はおろか、英語、ドイツ語、中国語を自由に会話できてしまう
しかし、近代的な生活・倫理についていけず、稼いだ金を遊郭につぎ込み生徒に教科書を高く売る、二日酔いで休んで授業を滞らせるなど、世間に敵を増やしてばかりだった
ヨーロッパの留学生が語学と知識を身に着けて帰り、外国人医官が帰国する時代になると用なしとなった

伊之助肺結核となるが、ポンペの治療を自流で解釈し、熱海の温泉へ出掛けた帰りに旅の疲労から客死してしまう
司馬のあとがきでは、佐渡は島を暖流が囲うように流れ込んで、北陸とは思えない温和な気候。江戸時代は幕府の直轄地で年貢も安く、日本海航路の要衝江戸・上方の優れた文化の影響を受ける、もっとも恵まれた土地だった
現地を訪れた司馬は、「こんな土地で生まれた伊之助は、佐渡を出るべきではなかった」と涙したという


農本主義者になった関寛斎

関寛斎も波の激しい人生を送った。官軍の軍医と獅子奮迅の働きをした寛斎だったが、医界の権力闘争に嫌気がさしたのか、すぐに徳島で町医者を始める
庶民に無料で種痘を施すなどして慕われるが、息子が農業学校へ行ったことから、一念発起して北海道へ移住し、広大な牧場を開拓する
しかしトルストイの影響で、土地を共に開拓した人々に譲渡しようとしたことから、米国流の牧場経営をしたい息子や家族と対立し、大正元年に服毒自殺を遂げる
その人柄は、明治の作家・徳富蘆花の評論に残っており、蘆花は「本来なら、(良順のように)男爵軍医総監でもおかしくなかった」と惜しんでいる
この時代の日本の医界は、短期間のうちに漢方→蘭学→イギリス式→ドイツ式と覇権が入れ替わった。その激しい流れは、蘭方医たちをあるときは蝶のように華やかに舞わせ、それが夢であったかのように庶民の海へ戻していく。それを見事に描いた、知られざる名作なのである


*2023’8/29 加筆修正

前巻 『胡蝶の夢』 第3巻




『胡蝶の夢』 第3巻 司馬遼太郎

幕府の瓦解へ




1862年11月1日ポンペはオランダへ帰国する。松本良順を本国に連れ帰ろうとするが、良順は他の塾生を推薦し、江戸に戻り医学所頭取(東京大学医学部の前身)となる
当時は反りの合わない伊東玄朴が江戸の蘭方医学を仕切っていたが、スキャンダルで失脚。要職についた良順は“将軍後見職”の一橋慶喜、ひいては第14第将軍・徳川家茂の治療も扱うことに
一方の、島倉伊之助はポンペに長崎を追われたあと、平戸の藩医・岡崎等伝に逗留し、その娘を妊娠させてしまう。そこへ祖父・伊右衛門がやってきて、無理やり連れ戻してしまい……

ポンペが帰国するとともに、良順の身辺にも政治の波が押し寄せる
江戸に帰った良順は、医道の風上のおけないと嫌う伊東玄朴に冷や飯を食わされる。しかし、玄朴が養子に花を持たせようと、偽って翻訳者に名を連ねさせたことで失脚し、良順は奥医師へ復帰できた
長崎帰りの名声から、一橋慶喜の治療に呼ばれ、さらには江戸にいる時に新選組局長・近藤勇の知遇を得るなど、一気に政治の世界へ関わっていく
京都では、壬生や西本願寺にいる新選組を訪ね、その衛生習慣の改善を指導。近藤とは一種の侠客としての付き合いで、幕府の衰亡を予測しつつも佐幕派へ肩入れしてしまう
将軍・家茂との関係は、「医者はよるべなき病者の友である」というポンペの教えどおりで、本作の最大のドラマシーンといえよう


蝶のようにひらひら飛ぶ伊之助

島倉伊之助はというと、きわめて動物的に欲望を満たすように行動していく。世間知は一欠片も持ち合わせず、そのときの状況でゴロゴロと流れていく
同じポンペの講義を受けた佐賀平戸藩の岡崎等伝の家に転がり込んで、娘の佳代を妊娠させてしまう。驚いた等伝が伊之助を養子に取ろうとしていたところへ、祖父・島倉伊右衛門が現れて、格上の藩医に掛け合って無理やり佐渡へ帰す
このときの、伊之助のリアクションは人並み外れて薄い!
「胡蝶の夢」のタイトルどおり、佐渡と長崎のとぢらが現実で夢なのか、分からぬ風情であり、どこか他人事なのでる。平戸では学問的な興味を見いだせず、旺盛な性欲をカタギの娘に向けてしまったらしい(苦笑)
ただ知りたいという好奇心が彼の中心であり、岡崎家に捨てられてしまえば、平戸へなんの未練もないといったところ。本作はこの奇人への描写が微細である


強権支配の阿波徳島藩

その伊之助と仲の良かった関寛斎は、請われて阿波徳島藩の蜂須賀家侍医として召し抱えられる。生涯、町医でいたかった寛斎にはありがた迷惑で、大藩であるだけに他の侍医との付き合いに苦労する
徳島藩東海出身の蜂須賀家が支配者層として君臨して、元三好家の郷士たちへ強権的な支配をしているように描かれるが、『功名が辻』のこともあるのでどこまで真実なのか誇張なのかは分からない
ただ、戦国の三好家の時代に、阿波は上方文化に浴しており、成り上がりの蜂須賀家と反りが合わなかったのはあるかもしれない


*2023’8/29 加筆修正。『菜の花の沖』でも、高田屋嘉兵衛の出身である淡路を領したことから、阿波徳島藩の支配が少し取り上げられている

次巻 『胡蝶の夢』 第4巻
前巻 『胡蝶の夢』 第2巻

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