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『清張ミステリーと昭和30年代』 藤井淑禎

管理人のなかにも「清張ブーム」が生まれたが、実際どうするかは積み読と相談



昭和30年代の「清張ブーム」は高度経済成長をどう描いたか。知られざる作品から日本の影を覗く

松本清張論かと思いきや、それを触媒にした昭和30年代論であった
引用されている作品は、『点と線』『砂の器』という鉄板もある一方、『発作』『潜在光景』『坂道の家』『誤差』『憎悪の依頼』『恐喝者』といった中短編から掘り出しているのが渋い!
そうした諸作品から、昭和30年代(1950~60年代)の社会状況を探りつつ、時には自身の原体験を語り、登場人物の心象を推測していき、そこに生きた男女を活写していく
清張作品の特徴は「視点」のトリックを最大限に活かしての、読み終わってなお残す「謎」。その真相を読者に委ねているようで、時代性のみならず今なお読みつがれる魅力となっている

*以下、()内は書籍化の年

『砂の器』(1961年所収)では、映画館にクローズアップ。テレビが浸透するまでの映画は娯楽の王様であり、映画館は地方においてもその偉容を誇っていた。建物そのものが今のイオンモールのような存在感なのだ
そして、報道に関してもニュース映画の影響力は大きく、作品でもミスリーディングに使われる
『発作』(1957年、「詐者の船板」所収)からは、拡大と密集を繰り返す首都圏に、それに対応して伸長する鉄道網を。そうして拡大された住宅地、ホームタウンは首都と地方の狭間に生まれた「境界」であり、その不安定さは新しい犯罪を生む温床として、様々な作品の舞台となった。80年代の郊外論の魁のような光景がそこにはある
『坂道の家』(1959年、「黒い画集1」所収)だと、地方における小売店に焦点。モータリゼーションが進んでいない年代では、なんでも扱う“よろず屋”が薄利ながら手堅い収益を上げており、作品ではサラリーマンではありえない額を愛人につぎこむ店主が出てくるのだ。まさにコンビニ以前のコンビニの存在であったのだ

『誤差』(1961年、「駅路」所収)では、田舎の旅館が従来では湯治場として使われていたのに、愛人との逢い引きの場に使われる変化が。『憎悪の依頼』(1982年、「憎悪の依頼」)には、当時の男女における結婚と性愛の感覚のズレが問われる
ただ意外にも名作『点と線』に関しては、あくまでトリック重視であり、“社会派”にしては官僚の実態に即していないと指摘。その反省で生まれたのが、『危険な斜面』(1959年、「危険な斜面」所収)とする
昭和30年代の官僚組織は、戦前の給与体系を引き継ぎ、今以上に学歴による階級社会を為しており、それを覆すにはキャリアの上司に重宝がられるため、汚い仕事に挑まざる得なかった
しかし、高度経済成長とともに、官僚の世界にもベースアップが定着。階層による給与格差が少なくなり、民間企業に抜かされるようにもなった(今は民間がダダ下がりで再逆転なわけですが)
高度成長における動揺を描いたのが、ブーム期の清張作品であり、今では時代の副次資料にすらなってしまう。本書は時代性のみならず、世代を越える普遍的な魅力も伝える良書でありました




『ホンモノの文章力』 樋口裕一

今さら聞けない作文の基本



社会で求められる文章力とは何か? 各方面で必要となる形式、スキルを徹底解説!

ブログも習い性、文章に関しても頭打ちになってると自覚していたので、初心に帰るつもりで読んでみた
著者は翻訳業のかたわら、有名塾などで長年、指導されていて、「小論文の神様」の異名をとる方とか
本書はそれにふさわしく、かなり噛み砕いた表現で、小論文、就職活動、作文・エッセイ、手紙など各ジャンルを書くコツを教えてくれる
著者によれば、文章とは「自己表現」というよりは、「自己演出である。教育現場で作文は「自己表現」を教えられるから、実社会で求められることとかけ離れてしまう
あくまで社会で求められる、あるいは見せたい「自画像」として書くことが大事というのだ。そのために盗用はダメだけど、目的のために誇張があってもいい
文章力の中でも文章そのものというより、どう“構成”すれば読みやすく伝わるかについて、「型」を学べるのだ

小論文の指導をされてるだけあって、「小論文」の形式をベースに考える。この形式を身につけると、とりあえず論理的な文章にはなるからだ
小論文の試験を出されたとして

まず「テーマ」に対して、
①「問題提起」を行い、イエスかノーかを問う形にする
②その問いにイエスかノーかの「意見表明」をする。反対意見を踏まえて、視野の広さをアピールする(全体の30~40%)
③「展開」。イエスかノーかの根拠を示す。問題の背景・原因・歴史・思想・対策などを掘り下げる。ここでレポートの値打ちが決まる(全体の30~40%)
④「結論」。全体を整理し、イエスかノーを改めて意見表明(テストでは道徳的目標は避ける)

細かく注意点もあって、②「意見表明」の際、反対意見に説得力がありすぎると覆すのが大変とか(苦笑)、先に「展開」で使うネタを入れすぎると後が詰まってしまう
避けたいのは、いったい何が言いたいのか(賛成なのか、反対なのか)分からなくなること。意見を問われたときに、“解説”に終わってはいけないのだ
管理人が学生時代に受けた指導だと、「最初に結論を匂わせて、中盤をそれを証明するために使い、最後にまた結論を書くと格好がつく」と教えられていて、これには懐かしさを感じた
この「型」は一例としても、基礎になるものが何かしらないと、文章としての形にならないのも事実。どこから手をつけていいか分からない人は、とりあえず、試してみていいのではないだろうか

就職活動については大人になってしまうと、「そらそうよ」という常識的なこと。“自己表現”ではなく、相手が欲しい人材を「自己演出」することがすべてだ(管理人は不得意だけど)
しかしエッセイ・作文となると、小論文や自己PRに比べ、格段に難しくなる
小論文の「型」で行くと、意見の押し付けになってしまい、読者と距離ができてしまう。不特定多数の読者に“読ませる”には、すべてを語るのではなく、読者に文章の世界に入ってもらって、自ら発見してもらうことが大事だとか
それには例えば、身近な例を持ち出して、読者との距離を縮める具体的に書き込んで(著者は多少の嘘はOKという!)、話にリアリティを持たせる必要があるのだ。ここはベタな表現だけど、目からウロコだった

そして、著者の分析として、エッセイには2つの種類があるという。ひとつは、「人柄の良さ」をアピールしていくこと
もうひとつは、穿った見方をして「個性的人物」を演じること。例として、北野武や曽根綾子が上がっているが、今だと堀江貴文はじめネットにはその手の人があふれていることだろう
どちらにしても、そういうキャラクターが好きな人に向けての「自己演出」が大事で、すべての人に受ける必要はない
といっても、自分にない要素を演出できるわけでもないので、自分の一部分を拡張することになる。そうして、新しい自分を発見するのも、文章を書く楽しみのひとつになるという
そこに至れば、冒頭に否定された「自己表現」に近づくことになるのが面白い
初出は2000年で、ブロードバンド環境がまだ広がっていない時代。ネット社会の習慣を軽く見ているところはある。また内容もテスト対策用の感はあって、それをそのまま学問の世界に適用すれば、曲学阿世の徒になることだろう(苦笑)。その点ではタイトルに偽りありである
それとしても、身も蓋もない文章術は面白かった

『スタンド・アローン』 川本三郎

積み読も今のうちに消化せねば



コメディ、映画、メジャーリーグ、音楽、文学と様々なジャンルで、「わが道をいく」23人の異端児の物語

タイトルに「スタンド・アローン」となっているが、ただ“自立”しているというだけではない。自分の世界を作り、自分にしか従わない、そんな孤高の狼たちの物語なのだ
23人のラインナップも知る人知る人物たちで、一般受けするメジャーな人はあまりいない。あえていえば、『ティファニーで朝食を』作家トルーマン・カポーティ映画監督エリア・カザン『ロッキー』の由来(モデルではない)となったプロボクサー、ロッキー・マルシアーノぐらいだろうか
あの時代にこんな男たちが生きていたのか。そんな驚きに満ちた23篇の人物評、エッセイなのである

国籍でいうとアメリカの人が多く、ヨーロッパはだいたい映画人なので、なんだかんだアメリカに絡んでくる
とりあえず、23人の名を書いてしまおう

W・C・フィールズ(チャップリン、キートンと並ぶ三大喜劇人)
ブランチ・リッチー(ブルックリン・ドジャーズの名会長、黒人メジャーリーガーのジャッキー・ロビンソンを採用)
リング・ラードナー(スポーツ記事の地位向上を促したスポーツライター・作家)
B・トレヴン(映画『黄金』の原作小説を書いた謎の作家。その正体は……)
ハリー・クロスビー(1920年代ジャズエイジの詩人。31歳で心中自殺)
ノエル・カワード(同じくジャズエイジのイギリスで活躍し、アカデミー脚本賞ももらった華麗なる作家)
フランク・キャプラ(ロードムービーの元祖『或る夜の出来事』の監督)
ジョージ・ラフト(マフィアとの交際を隠さない名脇役)
マイク・トッド(超大作『八十日間世界一周』を実現した“山師”プロデューサー)
エリア・カザン(マイノリティを題材にしながら、“赤狩り”で仲間を売った名監督)
マルカム・ラウリー(メキシコで名作『火山のもとで』を書き上げた作家)
ピーター・フィンチ(『日曜日は別れの時』で同性愛役を演じた俳優)
ロバート・ミッチェム(アカデミー賞に喧嘩を売り続けた“バッドボーイ“俳優)
ジャック・ケルアック(ヒッピーの聖典『路上』を書き上げた“ピート”作家)
トルーマン・カポーティ(『冷血』でノンフィクション・ノベルを確立した上流作家)
ゴア・ヴィダル(性転換した女優志望者を描いた『マイラ』を描きつつ、自称“貴族”作家)
サム・ペキンパー(『ワイルドパンチ』などで知られる妥協知らずの“ハリウッドのアウトロー”)
ロッキー・マルシアーノ(49戦49勝!イタリア系のヘビー級絶対王者)
ミッキー・マントル(全盛期のヤンキースを支えたオクラハマ出身の朴訥な強打者)
バディー・ホリー(プレスリーと同時代のメガネの元祖ロッカー)
エリック・バードン(黒人のR&Bに学んだアニマルズのボーカル)
ピエロ・パエロ・バゾリーニ(最底辺の血と暴力にこだわったイタリアの映画監督)
R・W・ファスビンダー(バイセクシャルでパートナーたちや自分すら追い込んだドイツの映画監督)


誰もが個性的過ぎて、何か共通点があるわけではない。あえていえば、家庭人としてまともなのが、ほとんどいないぐらいか。でもそれは、海外の有名人なら不思議なことでもない
自分の思うままに破滅へ突き進んで夭折した人もいれば、体制に順応しながら“王様”であり続けた人もいる。一つ言えるのは、とにかく自分を曲げないということだろう
著者のあとがきに小津安二郎の言葉が引用されていて、「自分の生活条件として、なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う」。これを120%実行してしまったのが、彼らではないだろうか
ここに書かれていることは、WIKIPEDIAでも記述されていないことばかり解説の鹿島茂氏どこかのゴシップ誌までかき集めたのでは言っているが(苦笑)、知られざる噂を含めて、逆立ちしても真似できない人間模様が面白い

『アニメを作ることを舐めてはいけない』 富野由悠季

第4部は来年のいつか



『Gのレコンギスタ』において何が考えられたのか。企画立案から製作の実作業、世界設定を支える文化論まで、「創作」に不可欠なエキスを込めた一書

「自分が企画・演出した作品について書くことはやってはいけない」。冒頭から富野節がさく裂だ
ではなぜ書く気になったかというと、話題にならなかったために自分で太鼓を叩くしかなかったという悲しい事情なのだ(つれえ……)
さらに序文で触れられるのが、企画段階から実際の週単位の制作に移った際に、予想以上に内容が厚く、テレビ版は映画製作でいう零号(第一回目の試作)にすぎないという厳しい自己評価
そんな作品をもとに創作について論じようとするのは、『G-レコ』の基本と方向性は間違っておらず、若い世代への響くものになり、映画化を通して完成する作品がよき教本になるという自負があるから
本書では当初の企画から、実際の制作に移る際の変化、スタッフを通して浮上するアイデア、ふとした着想から言葉・シンボルの原点を辿って、厚みのある作品世界の作り上げる作法、そして『G-レコ』に込められた次世代へのメッセージが語られる

初期の企画で驚いたのは、宇宙エレベーターをてこにして宇宙世紀の書き換えともいえる内容を含んでいることだ
地球環境を守るための宇宙移民などは、ロケットの打ち上げだけで成り立つわけもなく、人と物資を大量に輸送できるインフラが不可欠。とすれば、宇宙移民が始まった時から、宇宙エレベーターは存在していないといけない
しかし、人を宇宙へ上げるためだけに、軌道エレベーターは運営できない。帰りの荷物がなければ、費用対効果的に経済がもたないのだ
そこで、宇宙から人類に必須ともいえる資源(リギルト・センチュリーではフォトン・バッテリー)を調達し、地球へ運ぶ役割を与えたという
ただ宇宙エレベーターには、ミノフスキー・フライトのエンジンが使われていて、宇宙世紀当初からあるとすれば、他作品との技術水準の問題が出てくるだろう(ホワイトベースは地上で飛んでいたけれど)
そんなわけで、どの時点で宇宙エレベーターが建設されたかは、はっきり言及されることはなさそうだ
また、現実で宇宙進出のためのエレベーターは、考えるだにありえず人類はその努力を地球で住み続ける環境を守ることに使うべきなのである

富野作品の中でも、『G-レコ』は説明台詞の多さが気になる。本来、戦闘中にしゃべっている暇などないと百も承知でしゃべらせるのは、なぜ戦っているのか、誰と戦っているのかを明白にする必要があるからだ
『G-レコ』で目立ってしまうのは、それだけ複雑な状況にキャラクターが置かれているためだろう

 本来、芝居や演劇はもともとが全部、説明セリフの積み上げなのだということを思い出してほしい。
 フィクションであれ、ドキュメンタリー的作品であれ、観客に事情説明しながら、ドラマを説明するものだから、全部のセリフが説明になる。そして、その説明が劇的に昇華されたセリフであれば、劇はスムーズに展開してくれる。ドラマになる。演劇になる。それだけのことだ。(p320-321)


映画的に絵で魅せるのはさることながら、台詞回しが劇の基本と考えているのだ
その一方で、キャラクターの属性を一目で想像させる演出にも心を砕いている。その例に挙げられているのが、ベルリの母ウィルミットの執務室に飾られているカバの剥製であり、ドニエル艦長のシートに描かれた金髪美人のビキニ姿。特にビキニのほうは、シートが動くこともあり、アニメーターに負担をかけたらしい

劇場版は5部作予定であるものの、客入りによっては即打ち切りもありうる。そんな条件下で書かれた本書は、まだ発表されていない4部、5部のシーンについてもいくつか言及されている
劇場版になったときに、キャピタル・タワーのナットなど背景美術が描き直されているところも多く、管理人としては第4部の目的地であるビーナス・グロゥブがいかに仕上げられているかが気になるところだ
「人の分からない作品にではダメ、でも分かりやすいだけの作品でもダメ」と相反する警句が飛び交う本書だが、創作論のみならず、赤裸々な製作過程も告白されていて、単なるファンも楽しめる一書なのである


『吉本隆明1968』 鹿島茂

再び、肉体労働者に復帰。帰宅後はぐったり



団塊世代が吉本隆明を支持したのは、なぜだったのか。初期の作品からその魅力を探る

「吉本隆明の偉さというのは、ある一つの世代、具体的にいうと1960年代から1970年代までの10年間に青春を送った世代でないと実感できない」
そんな会話から始まる本書は、著者が大学時代に遭遇した1968年の吉本体験から、その衝撃と真髄を語るものだ
自身が「吉本主義者」になった理由として、吉本隆明との共通点、下町の下層階級の子から「一族最初の大学生」となるという世代論から展開され、『高村光太郎』など吉本の論考にもそうした視点があって、大衆から知識人に到達したときにおこる問題が主要なテーマになってくる
大衆とはなんなのか。知識人はなぜ大衆を指導したがり、失敗するのか。そこには今における日本のリベラル(?)の敗北にも通じるものがあるのだ

吉本隆明の功績として、まず挙げられるのがスターリニズム批判。冷戦が終わっても、全体主義の妖怪は人間社会のなかで機をうかがっているという
吉本が小林多喜二『党生活者』などで批判するのは、革命のために身近な人間を利用する「技術主義」「利用主義。プロレタリア文学の主人公たちは、革命に従事する人間と世間の人間にを分けて考え、世間の人間を利用することを大義のためによしとした
吉本は世間の人間を馬鹿にする登場人物たちを「人間の屑」と断定し、「人を管理するコツ」といった‟わい本”にもみまがう低劣な人間認識と批判する
著者はこれを左翼運動だけに限らず、何が人間を「堕落」させ「屑」にしていくかといえば、それは人間を、「大義」のために利用する道具として見なさない「技術主義」「利用主義」にあり、人は弱さによって堕落するのではなく、利用しようという魂胆によって堕落する、とする
こうした発想は現代にも生き延びており、左翼政党やそれに同調するマスコミが「腐敗したブルジョア」を叩くために、「額に汗して働く、報われない労働者」を持ちだす構図で利用されている
マスコミたち自身が高給取りである欺瞞しかり、その発想が生み出す引きずり下ろし型民主主義は、抜け駆けを許さない相互監視、超低次元のユートピアを生み出しかねない。それは今の北朝鮮、戦時の日本型ファシズムにも通じるものなのだ

大戦前後を巡る知識人の変転も大きなテーマとなる
なぜ戦前の共産主義者が「転向」したのか。吉本はそれを当局の弾圧・拷問に屈服したと見なさず、民族主義に染まった大衆との隔絶から来る徒労感をあげる。具体的には、佐野学と鍋山貞親の「転向」は、コミンテルンによる敗戦革命を命じられたことへの反発だった
日本の近代社会は、西欧近代の要素と土着の封建遺制が絡み合ったまま成立しており、知識人は「自己疎外(自分をはぶいた?)社会のヴィジョン」と「自己投入(自意識過剰?)した社会のヴィジョン」のギャップに苦しむ。そして自分のなかの封建遺制を発見して、「転向」していくのだ
吉本はこうした転向者を単に非難せず、自分のなかに封建意識が分かっただけ、意識しない人間よりマシとする
著者によると、日本社会の実態、封建意識を無視する知識人は「無日本人」。共産主義のみならずく、例えばジッドやサルトルなどの文学をフランスの風土で生まれたことを無視して万国共通な論理的記号として、日本社会を語ろうとする。この「万国共通な論理記号」を流行の用語に入れ替えていくと、現代にもこの手の知識人(というかコメンテーター)がはびこっていることが分かろうというものだ
吉本は獄中の共産主義者たちの「非転向」をむしろ批判し、現実に何が起ころうとイデオロギー内の論理を回したに過ぎず、日本の封建遺制との対決を回避したとする

長くなった
他にも政治的文脈に使われる芥川龍之介の自殺高村光太郎の『智恵子抄』から戦争協力、そして、「四季派の抒情詩人」たちの戦争詩天皇制とウルトラ・ナショナリズム誕生への論考と、考えさせられることばかりだ
吉本にとっての「大衆」とは、自分の身の回り、生活の範囲しか社会と関わらず、小さい幻想の領域でしか考えない反面、封建制の優性も併せ持つ
大半の人間にとって、大衆とインテリの葛藤など意味を持たないと思われるかもしれないが、大卒者が溢れ誰もがネット端末を手に持つ時代となれば、誰しもが陥る問題ではないだろうか。意識高い系の状態に陥っていれば、ど真ん中のストライクである
初期の論考にはマルキシズムの影響は抜けきれないが、吉本隆明は主義者ではない。インテリ信仰があった時代、自分の心のなかに「下町の親父」を飼っており、倫理のバックボーンとしていたのだ

『革命とサブカル』 安彦良和

連合赤軍は何を終わらせたのか。革命からサブカルの時代の移り変わりを当事者たちが問う




ファーストガンダムの作画監督、歴史物の漫画家として知られる安彦良和が、弘前大学で学生運動に関わった人々と過去と現在を語り合う対談集
60年代で派手に燃え盛り、72年の「連合赤軍事件」で下火になっていく学生運動の実態が赤裸々に語られている
安彦良和は弘前大学において全共闘運動にのめり込み、リーダーとして弘前大学本部(取り壊す予定の建物だが)を占拠! 警察に捕まり、大学から退学処分を受けていのだ
話はそこにとどまらない。弘前全共闘で活動を共にした青砥幹夫植垣康博は、後に赤軍派に参加し連合赤軍事件の当事者となってしまう(青砥とは、山岳キャンプ入り前に会っていた)
その両名との対談に加えて、日本共産党系の学生組織「日本民主青年同盟」(民青)にとどまって対立した人に、アングラの舞台人と転じた人との対話もある
そこから見えてくるのは、後の世代から「まとめて左翼」と断じられているものが、それぞれの活動家にとって、お互い相いれない存在であるということ
学生グループには、共産党系の民青もあれば、アナーキズムの流れをくむ「べ平連」に近いもの、大学執行部に反抗する全共闘と、マルクス主義への傾倒は一致しているものの、内実はバラバラだったのだ

対談、論考のなかで浮かび上がってくるのは、タイトルでは革命とサブカルを対峙させながら、全共闘世代が「サブカル世代のはしり」ではないかということ
よど号ハイジャックのグループが「われわれは明日のジョーである」という声明文を残したように、大学生が漫画を読み続ける最初の世代だった。ヤクザ映画も流行して、橋本治創案の東大学園祭のキャッチフレーズ「とめてくれるな、おっかさん。背中の銀杏が泣いている」だった
「エロ・グロ・ナンセンス」も好む新左翼のこうした傾向は、日本共産党系のお行儀のいい文化論への反発でもあったそうだ。安彦氏はこの新左翼のお行儀の悪さ、カウンター・カルチャーが、サブカルチャーの興隆の源泉と考えている
よど号ハイジャック事件に話を戻すと、リーダーの田宮高麿は、すでに独裁体制と分かっていた北朝鮮と中国を説得して革命根拠地とする気でいたという。世界の実情をわきまえない、その想像力は、自分と世界の中間を欠落した「セカイ系とまで評する
すでに新左翼の「革命」はサブカルの領域に突入していたというのだ

すべての対談が興味深い。弘前大学の演劇集団「未成」メンバーとでは、同時代に蜷川幸雄の演出レビュー作を先取りしてやった話に、麿赤兒の舞踏集団「大駱駝艦」つかこうへい、松田優作、寺山修司の「天井桟敷」の名が飛び出すなど、当時の演劇界の熱さがうかがえる
元民青でかつて対峙したお相手とは、沖縄問題における本土人との感覚の違いが問題となる。本土から基地返還運動でやってきた活動家は、意外とナショナリズムの意識が強く、日本の領土奪還という認識でいる
しかし沖縄県民からすると、琉球処分、沖縄戦から本土に複雑な感情を持っており、そうした活動家とも溝があるという

そして、サブカル代表(?)としてアニメ研究家・氷川竜介との対談。安彦氏は、社会という中間を抜いて世界を変える「セカイ系」批判をするつもりが、「すでに終わっている」と言われて拍子抜け。今は、異世界でチート的な能力を振るう「異世界転生」「なろう系が取って代わっている
氷川氏いわく、もはや世界の問題すら必要なく、自分の願望が叶うハーレムワールドなのだ。会社員が家に帰って見る読むとなると、物語の「葛藤」に身をつまされるより、癒し」のほうが求められるからだとか
とはいえ、その一方で『アルスラーン戦記』がリメイクされるのは、ファンの中では古典的でも物語を期待する向きがある。『エヴァンゲリオン』も根本は『マジンガーZ』でいわば‟懐かしもの”なのだ

本書は前半が対談で、後半が安彦氏の論考というかエッセイになっている
ワイドショー的な関心かもしれないが、栗本薫、永井豪、富野由悠季、庵野秀明などへの言及が興味深く、全共闘から手を引いた者をなじり、残った活動家を褒める映画監督の若松孝二、元赤軍派の塩見孝也には手厳しい
転向という言葉は、共産主義の側から作られた言葉で、全共闘や連合赤軍を経て「生を極めて」変化した人々をなじるのはお門違い。むしろ、変われない硬直した態度のほうが問題なのだ
正直、論考の部分は時事放談の部分も多く、各人物の好悪がはっきりしていたりするのだが、あの70年代のことに関しては、その時代を生きた者にしか分からない空気が伝わってくる
管理人の親父と同世代であり、語ってくれなかった時代の話を代わりに聞けたのが有難かった


『京都嫌い 官能編』 井上章一

帯にも「ほんまはお好きなクセに」と



京都はそんなに品のいい場所なのか? 歴史の中に消えた色街を探究する

新書大賞にもなった『京都嫌い』の続編
前作はベストセラーとなって店頭に並んだときに、「本当は好きなくせに」とポップ広告がつけられた。そのフレーズをつけた人が大阪の人だと聞いて、同じ上方なのに「大阪人は京都に距離を置くのか」と疑問に思ったのが、本書を書くことなった動機だ
戦前は大阪と京都に共通の上方意識があり、変わったのは戦後の京都の方。明治大正期では、京都の遊郭が評判になっていたが、1970年代に「ディスカバリージャパン」が始まり女性の観光客を意識するようになると、そうした色街要素との切り離しが進んだ
そこに大阪が猥雑で、京都が上品、高尚というイメージが作られることになったのだ
本書はいかに過去の京都において、女性が商品化されていたか、あるいは政治化して歴史を動かしてきたかを解き明かしていく
作者は京都の黒歴史、エロさを愛しているのは明らかであり、タイトルには大きく偽りあり(苦笑)

戦前の色街と京都の象徴として取り上げられるのが、「祇王寺」であり、その庵主であった智照尼
智照尼は、瀬戸内寂聴の小説『女徳』のモデルとなった尼僧で、京都の新橋時代に照葉の名で人気を博したが、色恋沙汰で小指を落とすこともあり、1934年に出家した
祇王寺の「祇王は、かつて平清盛の愛妾を由来としている。祇王は白拍子として清盛に寵愛されたが、ある日、後輩の‟仏”の願いを聞いて清盛の前で舞わせたところ、一目ぼれ。清盛は祇王に飽きて‟仏”にのめり込み、世をはかなんだ祇王がこもったのが後の祇王寺となる‟祇王庵”
作者の推測によると、祇王は白拍子のプロダクションを束ねる存在で、自分の息のかかった‟仏”を送り込んだともいえ、清盛に捨てられたことで隠棲後のパトロン探しに専念できたとする。先を見越した処世術があったのだ
祇王寺と祇王庵は時代が離れていて、同じ場所にあったわけではないのだが、関係を信じられたことに意味がある。祇王寺は女性の駆け込み寺として知られ、瀬戸内寂聴も祇王寺に近い嵯峨野に居を構えている

平清盛つながりで浮上するのか、源義経の母・常葉(常盤御前)
12世紀半ば、近衛天皇は藤原頼長を養父とする藤原多子(まさるこ)、藤原忠通を養父とする藤原呈子(しめこ)の二人の后がいた
どちらも摂関家であり先に皇子を生んだほうが実家も本人も優位に立つ。天皇に通ってもらうために両者は美人の雑仕女(召使)を集め、町娘にすぎない常葉も迎えられた
呈子が天皇の寵愛を受けるようになると、常葉は呈子たちの警備も兼ねていた源氏の棟梁、源義朝に与えられた。官位ともに「美人」が褒賞として機能していたのだ
この時代の説話のなかに、「高い身分の女性を娶れない地方武士がせめて京の美人を連れ帰ろうと口説き落とす話」もあるそうで、京都から美人の妻を連れ帰ることが領民の尊崇を得られたという
呈子が義朝に常葉を与えたのは、源氏を味方につける政治的思惑があった。平治の乱で義朝が討たれると常葉は平清盛の手に渡るが、その前に呈子のもとを訪れて美しく着飾った。常葉が清盛の愛妾となったのには、息子たちの助命だけでなく、呈子の実家と平家が和解する文脈が隠れているとする
このように京都の風土には、「美人」というだけで価値を持つ歴史が隠れていたが、江戸時代の始まりとともに禁中並公家諸法度が定められ、朝廷の「性」を利用した政治は封じられた。その代わり、市中にはそうした朝廷の性文化の模倣が広がり、桂離宮が数寄屋の建築様式に影響を与え、町人たちが性風俗の主体となっていったのである
本書は文学作品などから当時の風潮を推し量る手法をとっているので、学問的な実証性は怪しいかもしれないが、だからこそ踏み込んだ面白い推論を提示してくれる。昔の京都はエロかったのだ


前作 『京都ぎらい』

『「彼女たち」の連合赤軍』 大塚英志

フェミニストじゃないけど、その代行をした評論



連合赤軍事件の原因は、「かわいい」の価値観を巡るものだった!? 高度成長後の消費文化と女性たちを中心に論じた評論集

だいぶ前に読んだけど、さいきん連合赤軍関連に触ったので
単行本では1996年までの論考をまとめられていて、文庫版では2000年に逮捕された重信房子論が加えられていた
冒頭に連合赤軍の副委員長だった永田洋子が、獄中で少女漫画のような「乙女ちっく」な絵を描いていたことに注目。彼女と委員長の森恒夫に「総括」を迫られた女性のメンバーたちが、少女まんがに代表される「かわいい」消費文化の洗礼を受けていて、その払拭を迫られていたとする
少女まんがに「内面」をもたらした‟24年組”(萩尾望都、竹宮恵子ら)は、連合赤軍事件の同時代に活躍していて、著者は浅間山荘事件がテレビ中継されているころに読みふけっていたという
本書では戦前から準備され高度成長期以降に花開いた「かわいい」消費文化と、それに引き続く80年代のフェミニズムを展望し、その可能性と限界を探っていく

いくつか連合赤軍の本や漫画を読んでいたので、本書がどういう位置のものか理解できるようになった。これは80年代を経て振り返ったジェンダー論なのだ
著者はフェミニストではないと断りを入れるが、上野千鶴子が読んで涙したという江藤淳の『成熟と喪失』をたぶんに引用し、当時は黙殺されていた連合赤軍の女性たちの問題に深く切り込んだことに意義があったのだ
左翼運動にのめりこんだ女性たちが、男女平等だけを理由に武器をとるわけもなく、旧態依然たる大学や社会問題があった。その解決にまだ価値を失ってなかった共産主義が魅力的に説かれた背景があるわけで、それを踏まえた上で読まないと見落とすことも多いだろう
森恒夫が女性を「母胎」としてのみ評価し、「総括」するメンバーから赤ん坊を取り出そうと言い出したことから、「早すぎた‟おたく”」というのは深読み過ぎるか(‟おたく”の定義にもよるだろうけど)
関係者の証言からは、森恒夫は体育会系気質であり、単に女性の体の仕組みを分かっていなかったのではと思う。連合赤軍の男たちは恋愛経験に乏しく、かつ恋愛そのものをプチブル的と忌避していたのではないだろうか(組織的な「婚姻関係」はあるが)
ともあれ、永田洋子は裁判長のみならず、わりあい同情的な若松孝二の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』ですら悪女扱いされており、そうした神話を打ち消して実像に迫ったことは評価すべきだ

オウムの女性信者の経歴からは、80年代のフェミニズムが女性の自己実現、自己表現を掲げながら、サービス産業の下請けにとどめたのを指摘。日本国憲法の女性の権利条項に、ユダヤ系オーストリア人のベアテ・シロタ・ゴードンに着目するなど、タイトルどおり「彼女たち」の問題には鋭い
その一方で、森恒夫から上祐史浩、宮崎勤への流れを、サブカルチャーに「母胎」のように包まれて生きる‟おたく”で括るのは大雑把。評論というより、著者本人の問題に絡んだ作品として読むべきだろう
単行本の終章など要所で語られるのが、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』。著者が村上春樹に辛口な理由が分かった。期待に対する裏返しだったのだ
『ねじまき鳥クロニクル』はスティーヴン・キングばりのサスペンスとして、一人称「ぼく」の主人公が‟闇の力”ともいうべき「歴史」と対峙する。敵役の綿矢ノボルの権力は長い年月を経て噴き出した、血塗られた「歴史」を源泉としている
「ぼく」と綿矢ノボルとの決着は、想像の世界で終わり現実の世界では失踪した妻クミコがつける。この不完全決着を著者は、安易に<正史>を語らない態度として評価していた。語ってしまえば、綿矢ノボル(保守系の論客を想定?)と同質のものに陥ってしまう

もっとも、戦後の日本社会に<正史>がないには同意できなかった(というか、理解できなかった)
GHQの統治下で戦前の社会を帝国主義、軍国主義の悪と見なして、平和憲法を契機に変わるという史観日教組が力を持った時代、管理人の世代には支配的だった。それに司馬史観によって是正され、明治までの近代化は良くて日露戦争以降はダメという認識が共有されていたと思う
朝ドラでの戦争が終わったときの解放感、戦国時代に戦のない世を目指すといいだす大河ドラマを見れば、今なお根強いと言わざる得ない。自民党の総理が憲法改正を唱えても、よほどの危機がなければ世論は動かないだろう
むしろ、そうした<正史>の枠に収まろうとしたのが『ねじまき鳥クロニクル』の態度であって、隠された「歴史」に潜む危うい魅力に触らなかったのだ。やはり、村上春樹は戦後民主主義者の典型といえる
どちらかというと、「歴史」の一部から<偽史>が作られていく所以は、<正史>のカウンターとして働いたマルクス主義史観が崩れていったから。<正史>とそれが作る体制からはみ出る人にとって、<偽史>でも作らないとやっていけないのだろう
「歴史」は解釈であって、考証と時代によって変わっていくものなのだろうけど、<偽史>がまんま流布しないように、喧々諤々と議論されふるい落としてべきなのだ
と、長文を書いてしまったように、再読してもなんだかんだ啓蒙されました


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     『ねじまき鳥クロノクル』 第一部


『午前32時の能年玲奈』 中森明夫

『あまちゃん』から、もう7年か




想像していた内容と少し違った
タイトルは文芸誌に掲載された評論の一つで、著者が80年代にデビューしてから2013年までの批評集だったのだ
ペンネームを中森明菜からとったアイドル評論家と知られているだけに、時代ごとのアイドルの話を期待していたのだが、本書で主に扱われるのは意外にも「文学」!
著者いわく「アイドルは文学であり、文学はアイドルである」。作家を「悪い意味でアイドル扱い」してからかう評論はあったものだが、この「アイドル」には、職業(?)としてのアイドルだけでなく、時代の偶像=本来の意味の‟idol”が込められている
能年玲奈、AKB、林真理子、宮台真司、東浩紀などその対象は幅広いが、共通するのはその人への惚れ込み石原慎太郎のような政治的信条は違う人間にも、その愛情を隠さない
接点のある人間に対しては、自分との関わりを惜しげもなく明かすので、批評というより交遊録のように思えてくる(苦笑)。しかし、個々の作品や言論に関して辛口なこともあり、罪を憎んで人を憎まずというか、人間への賛歌で貫かれているのが心地よい

タイトルの「午前32時」とは、朝の午前8時の朝ドラに「夜」のサブカル文化圏の人間に刺さる、深夜24時プラス8時間という意味。「アイドルが若い世代にとって新鮮な朝と見えても、中年世代には、夜を超えた懐かしい輝きとして感じられる」(p34)
そして、サブカル界隈で「夜の世界=サブカルチャー」が優勢という評価があり、「昼の世界」も捨てたもんじゃないと言いたいのだ
朝と夜を繋いだのが、「夜の文化」の宮藤勘九郎が脚本の『あまちゃん』であり、そのヒロインを演じた能年玲奈
サブカル界隈と朝ドラの関わりというと、2007年の『ちりとてちん』あたりから始まった気はする。しかしSNSでフィーバーが起きたのは、確かに『あまちゃん』からだろう(ツイッターの日本展開は2008年から)
当時はAKBがテレビで総選挙の特番が組まれており、『あまちゃん』でもそれをモデルにしたグループが登場。そのアイドルグループの下にいる地下アイドルを、これまた「アイドル女優」たちが演じており、小泉今日子演じるヒロインの母がそんなアイドルに批判的な台詞もあった
著者は「あまちゃん」をもって、アイドルグループ全盛の状況を変えるのでは、と予想したがそれはどうだろう。AKB総選挙がテレビで中継されたのは、そこまでテレビの方が零落したともいえ、アイドルグループは「夜の世界」に定着している
アイドル女優とアイドルグループは対立するわけでもなく、そもそもグループは女優にステップアップするための踊り場。スタートとゴールは対立しないのだろう
それはさておいて、本項には著者のアイドル論が凝縮されている。今当たり前のように語られているアイドル論の土台になっているのではないだろうか

批評集と題しながら、必ずと著者は顔を出してくる。一種の小説、回顧録と言っていいほどだ
特に『小説現代』で連載された泥棒少年読書日記では、自分の過去から読書遍歴、文章術が赤裸々に語られている
少年時代には本屋から万引きし、とても買えないような本を揃えた。それが原点(?)なので、「読むこと」は「走ること」だという
そして、20歳を過ぎて本を書き始めると、本は盗まなくなったが、合法的に盗むことにした。寺山修司アンドレ・ジッドの『地の糧』から、「書を捨てよ、町を出よう」を盗んだように
本書の溢れるような賞賛の美文、流れるようなレトリックは、少年時代から続く圧倒的な蓄積と修練によるものなのだ。「走る」ように「読んで」「書いて」いるのだろう
しかし新人類の旗手と言われ、柄谷行人、浅田彰、宮台真司、東浩紀と最先端のインテリと交際し長いキャリアを誇りながら、‟思想家”は志さない。好きな人を応援していく、生涯一サブカルライターともいうべき矜持がうかがえた
ずいぶん啓発されたので、本書で挙げられた書物や映画をリストにして触って行こうと思う(また積み読が増えるわ)


『京都ぎらい』 井上章一

管理人も京都人と名乗れないのか




蘊蓄集というより、エッセーに近い内容だった
著者は建築史から、「風俗史に転進したという異色の研究者。美人論、阪神タイガース、プロレスと様々な分野から日本文化を取り上げ、テレビでは変化球投げる印象が強い
冒頭、洛中と洛外の違いの話から始まる。洛中とは平安京以来、京の都の中心部だったところで、洛外はその郊外で京都市の外縁部も含まれる。著者の育った嵯峨、住んでいる宇治、管理人の山科も洛外にあたる
そして、洛中は洛外の人を京都人として認めない。洛外の人間が「生粋の京都人」のように振る舞うことが許せない。表立って言わないが、著者も取材中にほのめかされた
だったら、こちらも洛外人として洛中の裏側を‟いけず”に書いてやるというのが本書なのだ

京都において、お寺の存在感は大きい。古代から現代においても
本書ではまず、お坊さんと芸子が祇園の料理屋で会食しているところから描かれる。しかも僧服である。こういう光景は、京都以外ではありえない
とある坊さんなどは、「京都の花柳界を支えているのは坊主である」と誇ってしまう(!)
著者は日本は聖職者集団の世俗化を高い水準で達成したとし、超越的な信仰から解放される近代化の度合いでは、京都の僧侶が一番進んでいる……とからかう
その一方、京都の寺は拝観料を取り、それを非課税の「寄付」として処理する。最近ではライトアップで集客し、夜間に特別料金となる。著者はあからさまな集金システムと憤るが、ライトアップの費用や建築物の維持費などと合わせるとどれほどボッタクリなのかは分からない
ただ、1985年京都市が拝観料収入に課税する「古都税をぶち上げた際、有力寺院は拝観停止で抵抗した。けっきょく、1988年に京都市は「古都税」を廃止に至っている
観光客が京都経済を支える現実があって、観光名所たる寺院に役所も逆らえない

最後に強調されるのが、著者の嵯峨愛
嵯峨は中国系の秦氏が植民した歴史ある地域であり、嵯峨天皇はこの地に離宮を築いた。亀山陵の亀山天皇は南北朝の争乱の遠因を生んだといわれ、嵯峨の大覚寺を拠点に南朝の皇統が勢威を振るった
そして、その大覚寺を制するように建てられたのが、足利尊氏が建てた天竜寺。後醍醐天皇を祀るのと同時に、南朝の権威に楔を打つ狙いもある
中世に流布した怨霊信仰の最後が、後醍醐天皇に対する天竜寺と言われ、著者は梅原猛が法隆寺を聖徳太子の一族への鎮魂とした説が天竜寺から連想したことを紹介する
辺境と見なされた地域の隠された歴史。管理人も地元の歴史を探ってみたいと思った次第である


次作 『京都ぎらい 官能編』
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