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『香水 ある人殺しの物語』 パトリック・ジュースキント

ネットで探していたら、実家にもあったという




ルイ15世統治下のフランス。パリの雑踏のなかで産み落とされたグルヌイユは、放置した母親が嬰児殺しの罪に問われて処刑され、マダム・ガイヤールの孤児院に預けられる。飛び抜けた嗅覚と生命力でそこを生き抜いた彼は、過酷な皮なめし職人に売られ、パリで様々な匂いに出会う。中でも赤毛の少女から漂う匂いに惹かれ、それを存分に味わうために殺してしまい、匂いを保存する方法を求めて香水職人のバルディーニに弟子入りするが……

以前、見た映画『パヒューム ある人殺しの物語』の原作小説
映画は匂いのために殺人も厭わないグルヌイユのピカレスクロマンとなっていて、小説もベースはそうなのだけど、彼が通り過ぎた様々な人々の小さな物語も描かれていて、ブルボン朝末期のフランス・ツアーにもなっている
冒頭からして「パリはくさかった」と衝撃の出だし! パリの通りにはゴミや排泄物が放置され、下の庶民から王侯貴族までが今では考えられない異臭のなかで、生きていたことに触れられる。そんな世の中だからこそ、“香水”は不可欠で、儚く消える匂いが高額で取引されたのだ
作風はヨーロッパの古典小説にならったもので、最近の小説にありがちな映画標準の描写はなく、淡々とした積み重ねで、“臭い”近代前夜の世界を立ち上らせている

究極の香りのために連続殺人鬼となるグルヌイユが主役ながら、彼と関わる登場人物もかなり個性的だ
文明が発達しない貧しい時代だからだろうか、みなが自分で精一杯、すがすがしく自己中心を貫いて生きている
最初にグルヌイユを預けれられたテリエ神父、孤児の保護費で稼ぐマダム・ガイヤール、有害な洗剤で数年しか生きられない皮なめしの職場を仕切るグリマル親方、凋落した老調香師バルディーニ、<致死液>を研究するトンデモ研究家のタイヤード・エスピナス侯爵“香水の聖地”グラースを仕切る副長官で、最愛の娘を狙われるアントワーヌ・リシ
どれも実在しない架空の人物でありながら、こういう人々が生きていただろうと思わせる時代の匂いを運んでくる
映画で割愛されたタイヤード・エスピナス侯爵の研究に付き合わされた時に、グルヌイユは香水によって人の印象を操れることを学んでおり、それがグラースでの連続殺人に、刑場での乱痴気騒ぎにも生かされて(!)いく。映画で飛躍に感じられたところは原作でしっかり埋められていたのだ

タイヤード・エスピナス侯爵の学説、地中からの<致死液>が人を腐らせ老いさせるというのは、もちろん今でいうトンデモ科学であるが、パスツールが細菌を発見するまでは、これに近い学説が渦を巻いていて、ヘンテコ治療法が普通に流通していた
 訳者あとがきでは本書の種本のひとつとして、『ミアスマと黄水仙――嗅覚と18・19世紀の仮想的社会問題』が挙げられている。そこでは悪臭=瘴気が病の原因とされ、その根源に「ミアスマ」というものが想定されていたという。この本の日本語訳はないらしく、訳者は独語で読んだそうだ



小説ならではといえるのが、究極の香水を作ったグルヌイユが、その結果にむしろ絶望するという場面。映画だと謎めいたラストになってしまったが、もともと人間嫌いだから、人々に無条件で愛される香水を作ったのに、香水ごときでなびいてしまう人間をなお嫌いになってしまったらしい
生まれたパリのスラム街に帰って……のエンドは覚悟の行動だったのだ
その他、バルディーニの許を去った後に、人が近寄らぬ山野に7年も暮らし、鼻と記憶による「匂いの王国」に浸るとか、引きこもりの心性を細微に追っていて、「想像の王国」を作る作家にも通じるような気もした
主人公の嗅覚と香水以外に、ファンタジーはないものの、近代以前のヨーロッパを伝えてくれる奇譚なのである


映画 【DVD】『パヒューム ある人殺しの物語』



『後白河院』 井上靖

安倍元総理、暗殺の衝撃。総理経験者が殺されるのは、戦前以来でしょ……



源頼朝に「日本国第一の大天狗」といわしめた後白河法皇とは、どのような御仁だったのか。4人の証言から、保元・平治の乱、鹿ヶ谷の陰謀、源平合戦と、武士と朝廷を巡る幾多の政争を潜り抜けてきた希代の政治家の真実に迫る

戦国時代に比べると、平安末期や鎌倉時代を扱った歴史小説は意外なほど少なく、本作も貴重な一作
井上靖というと、映画で有名な『敦煌』をはじめ、『天平の甍』とか中国物、西域物の印象が強いのだけど、実際には様々な時代の作品を遺している
本作は4人の日記=語りによって、謎多き後白河法皇(後白河院)の実像に迫ろうという作品だ。その手法は管理人に『壬生義士伝』を思い出させたが、こちらの初出が1972年と当然古く、本人が語らない分、やはり多くの謎を残す。その答えは読者に委ねられるという点で、よりミステリアスな人物に見えてくるのだ

とはいえ、この作品の問題は4人の語り手がマニアック過ぎることだろう(苦笑)。各章にどの人物の日記で、どのような立ち位置の人であったか、説明してくれないので、その証言がどういう角度のものかも把握できないのだ
よって、正攻法はまず解説を読んで、証言者の名を知り、wikiで調べるという手順となる(爆)
最初の証言者は平信範摂関家の近衛家の家司として家政を預かる身で、藤原忠道(作中の法性院)に仕え、保元の乱と平治の乱を体験する
2人目は、後白河院の寵愛を受けた建春門院(平滋子)に仕えた建春門院中納言。建春門院は後白河院と平清盛の間を取り持つ存在だったが、彼女と平重盛の死により、反平家の重しが取れ、鹿ヶ谷の陰謀へつながっていく
3人目は後白河院の側近だった吉田経房清盛の死から源氏の蜂起、木曽義仲の上洛と滅亡、平家の滅亡と義経の没落と、もっとも激動の日々を送る。もともと彼は清盛に引き立てられた実務官僚で、その死後あっさりと源頼朝へ通じたそうだが、その身の軽さは後白河院と行動をともにしたともいえそうだ
4人目は後白河院に遠ざけられていた九条兼実。本来は関白についてもおかしくない身分ながら、20数年間待ち続けたという。そのせいで、源頼朝の側につき、義経が没落した際に念願の摂政と藤原の氏長者となる
しかし、兼実はこれこそ、後白河院が義経が失敗したときのプランBであると悟り、その遠謀に気づいたとき日記の筆を折るのだ

4人に共通するのは、実際に史料性のある‟日記”を遺していることだ
平信範『兵範記』建春門院中納言は『たまきはる』、吉田経房『吉記』九条兼実『玉葉』で、女性の中納言を除いた3人は、子孫に儀礼の前例や教訓をのこす「日記の家としての役目を果たしていたのだ
特に『玉葉』はなぜか、多くの人間の目に触れることとなり、鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』にも影響を与えたとか
実際の日記をどこまで参照したのかは分からないが、散逸したところもあるようだし、「日記の家」という史実を生かした構成が上手い!
とはいえ、その値打ちが分かるのは、けっこう調べた後だったり(笑)
「商品」として考えると不親切すぎるし、今だとこういう形で出版できないことだろう。作家の我流が許される時代の芸術的な作品なのである


関連記事 『壬生義士伝』

『特務艦隊』 C・W・ニコル

二回目のワクチン迫る。どれぐらいの副反応かなあ




第一次大戦のさなか、日本海軍の地中海派遣が決まった。それに先んじて、銛一三郎は、マルタ島へ赴任。ドイツの潜水艦Uボートを防ぐべく、エジプトのアレクサンドリアとフランスのマルセイユ間の輸送艦護衛の艦隊に乗船する。それだけでなく、マタ・ハリをはじめとするドイツの諜報工作活動を妨害すべく、<影>としての任務にも東奔西走するのだった

『盟約』からの4巻3部作、『勇魚』からだと6巻目の最終章
1917年3月、日本海軍は山東省の権益とドイツ領の南太平洋の諸島を確保するために、地中海への艦隊派遣を決めた。その犠牲を顕彰するために、マルタ島には慰霊碑が建てられている
そうした歴史の影に隠れた海軍軍人の奮闘が本巻のテーマ。作者の父も英国海軍の軍人であり、日英の友情を描くことが主眼なのだ
大団円ということで、<影>のメンバーも続々現れる。姿を消した藤井大佐は、フランスでマタ・ハリを操るドイツの諜報網破壊に取り組むし、‟モズ”ことミス・ノエは男装して画商に扮してマルセイユで活動する
三郎も輸送任務の合間(!)にマルセイユやエジプトで、ドイツ側の工作員と死闘を繰り広げ、ポリティカルフィクションとしての魅力もたっぷりだ

地中海はエジプトのスエズ運河を通して、英領インドなど連合国の植民地で徴兵された兵士を輸送する重要な航路となっていた。それに対して、ドイツは同盟国のオーストリア領の地中海沿岸に潜水艦基地を設け、無制限潜水作戦を展開した
そこでイギリス海軍はソナーや爆雷などの対潜水艦兵器を充実させるとともに、すでに参戦していた日本にも艦隊派遣を求めた
日本から派遣された第二特務艦隊は、輸送艦を守りながら潜水艦を迎撃する護送船団方式を展開し、Uボートが潜伏する海域で臆せず救出活動をとるなど高い評価を受けた
1917年6月11日には、駆逐艦「榊」が艦首を吹き飛ばす損害を受け、艦長以下59人が死亡。マルタ島で埋葬されることとなった
ヨーロッパ戦線の陸戦に直接加わらなかった日本だったが、特務艦隊の活躍が認められたことから、ドイツ領だった南太平洋諸島の委任統治に国際連盟における常任理事国の地位を得たといわれる
日本海軍が栄光をもって終戦を迎えられた最後であり、日英の蜜月もここから変調することとなる

潜水艦と三郎の格闘は、かつてジム・スカイが行った捕鯨に喩えられ、物語のクライマックスも飾る。鯨が村人の生活を豊かにしたのに比べ、戦利品の潜水艦が戦争でしか役に立たないのは、業が深いのだが……
三郎の物語を総括すると、海から見た近代日本。作者が英国海軍軍人を父にもつこと、取材協力者の影響か、日本陸軍は大陸進出をはかる悪玉であり、日本海軍はイギリスと協調して国際社会と理性的に向き合う存在として描かれる。ここは綺麗に勧善懲悪である
日本人と白人のハーフという出自も、イギリス海軍に学んで作られた日本海軍の歴史と重なってくる
ただ、作者がイギリスの植民地政策に無批判なわけでもなく、インド兵に戦争を経験させることが「なんのために戦ったのか」とナショナリズムをかき立てること、連合国海軍の拠点となったマルタ島の独立問題に触れ、日英関係の終わりが帝国主義時代の終わりをも匂わせているのであった
ちなみに、作者は三郎が鯨獲りの漁師となる壮年編も考えていたらしい。今となっては完全な幻なのだが、おそらく1930年代でどういった国際問題が関わるかとか、妄想したくなるシリーズなのだ


前巻 『遭敵海域』
関連記事 『勇魚』 上巻
     『盟約』 上巻

『遭敵海域』 C・W・ニコル

阿川弘之も協力したそうで




1914年、世界ではサラエボでオーストリア皇太子が暗殺された事件から、英独の対立を中心に世界大戦が勃発。日本は日英同盟からドイツへ宣戦布告し、その中国・山東省の権益と太平洋諸島を狙う。カナダのバンクーバーに里帰りした銛一三郎は、シーク教徒を巻き込んだドイツの諜報作戦に巻き込まれ、さらには赴任先のシンガポールではインド独立を吹き込まれたセポイ(インド兵)の反乱に出くわすのだった

『勇魚』『盟約』に続く鯨獲りの末裔の物語
前作の日露戦争から10年後、第一次世界大戦を舞台に海軍軍人の銛一三郎が、カナダ、シンガポール、イギリス、バルト海で暴れまわる
情報部の人間として、ドイツの対英工作を防ぐべく大活劇を演じる一方で、イギリスに渡ってからは観戦武官として駆逐艦に乗り込み、潜水艦退治に挑む
藤井大佐やミス・ノエなど『盟約』で登場した「影の組織」のメンバーも現れて、スパイ小説であり武侠物である、前作の作風を継いでいる
そして、かつて懇意だった芸者・おさよと婚約したものの、危険な恋の相手だったリリー・ポルの記憶もちらつき、シリアスながらエンターテイメント満載の謀略小説なのだ

第一次世界大戦は、ヨーロッパ戦線の塹壕戦のイメージが強い。本巻ではそうした陸ではなく、。戦線へ兵士と物資を運ぶ航行路と、それに対する破壊工作へ目を向けさせる
ヨーロッパ諸国とアジアを巻き込んだ世界大戦は、国民国家に総力戦を要求し、戦線を支える兵站に対する破壊活動に、植民地や同盟国を揺るがす工作活動が重要になった
ドイツは潜水艦Uボートによる無制限作戦でイギリスの補給路を脅かし、インド独立を煽ってインド兵に反乱を起こさせ、アメリカ本土でも連合国への妨害工作を行う。戦線が膠着すると、飛行船ツェッペリンで長距離爆撃も行った
小説では三郎が海軍軍人なので、Uボート潜水艦と対峙することとなる。当時の技術では水上艦が潜水艦を沈めるには、浮上したところを発見して攻撃する他なく、水兵は潜望鏡を血眼になって探した
爆雷もなければ、ソナーもなく、潜水されれば為すすべはない
次巻で三郎がイギリスからの要請を受けた海軍の命で、地中海へ赴く。歴史に埋もれた第一次大戦における日本海軍の戦いが描かれるはずだ


次作 『特務艦隊』
前作 『盟約』 上巻

関連記事 『勇魚』 上巻



『炎立つ』 第5巻 高橋克彦

ドラマのほうが艶っぽかった




1174年、奥州藤原家当主・秀衡が東北の諸国を治め、王道楽土を実現していた。朝廷では平家の天下が続き源氏は往時の面影はなかったが、秀衡と義父の藤原基成は源義朝の九男・牛若丸(義経)を引き取ろうとしていた。平家に陰りが出た際に、義経を源氏の棟梁に立てて「俘囚」「蝦夷」の立場を払拭しようとしたのだ。後継者の泰衡は中央への介入が独立王国を危うくすると憂えるが……

100年続いた王国に終焉の幕があがる
小説が大河ドラマに追い抜かれることになり、ドラマとは違う場所が多いようだ。ただ大筋は同じようで、最後の当主・藤原泰衡は藤原常清と瓜二つとされ、実際にドラマでは同じく渡辺謙が演じている
前九年の役のさいに、安倍頼時中央での地位向上を図り、次男の安倍貞任朝廷からの独立を目指した親子の路線対立が、秀衡と泰衡の間にも起こる。地方政権が中央とどういう距離間を保つかの葛藤がテーマとなっている
作者によると源平と奥州藤原を巡る争いは、合戦というより朝廷に対する「政」を巡る闘争であり、いかに武士が朝廷の枠外で独自の立場を築けるか、武家政治の在り方がかかっていたのだ
主人公の泰衡は常清のように、頭が回るわりに善良さを抜けきれない人物に描かれる。私欲であれ義憤であれ、それぞれが良かれと思って行動し、極端な悪人はいない。合戦シーンも少なく、良くも悪くも等身大の渋いドラマに徹している
それでも物語にはひとひねり。奥州に義経がやってきた際に、物部の末裔である金山衆を継ぐ女性・吉次が、神がかりの幻視で泰衡と義経の血塗られた結末を見る。終盤にその伏線を使われ方が見事で、泰衡と義経を時を超えた常清と義家の再会に重ねた描写が見事だった

源平合戦を奥州から見ると、普通の日本史と違った光景が見えてくる
平家が朝廷をおさえて西日本を代表し、源氏は東国に恩顧の武家団をまとめて対抗するのだが、奥州藤原は「俘囚」とはいえ東日本の北半分に勢威を振るっている
実際、源頼朝と藤原泰衡が争った阿津賀志山は現在の福島県であり、関ケ原の徳川家と上杉家の地理的関係と似ている。頼朝から見れば、目の上のたんこぶどころか、のど元に刃を突きつけた状態といえよう
その一方で、朝廷の埒外に武士の政権を築きたい頼朝からすると、奥州藤原は独立王国の先輩。そこから地方行政の手法を学んだとするのも、ありうる話に思う
ただ、奥州藤原があっけなく滅んだことを民を想う泰衡の潔さとするのは、さすがに美化し過ぎか(苦笑)。管理人の記憶はあやふやだが、大河ドラマでは和平派の泰衡と抗戦派の国衡に二分されていて、秀衡死後に家中の統一が取れなかったのが現実だと思う。広大な領土を一人の人間が当主として相続するのは、当時としては一般的でなかったろう
さらには作中にもあるように、王道楽土を築いてしまったことが、上方以上に人間を洗練してしまって、武家としての蛮性を失ったというのが真相ではないだろうか


前巻 『炎立つ』 第4巻

『炎立つ』 第4巻 高橋克彦

濃く凄惨な第4巻




前九年の役の後、藤原常清の妻・結有は、息子・清丸を生かすべく、あえて仇である清原武貞に嫁いでいた。安倍が滅んだ後に、朝廷に目をつけられた源頼義・頼家は陸奥守を罷免され、奥州は清原氏に任されていたのだ。清丸は成人して清衡を名乗り復仇をうかがっていたが、清原当主・武貞が亡くなる。嫡男の真衡は子がないため、清衡の弟・家衡がその跡を継ぐと思われたが、真衡は平氏から成衡を取り、強引に血筋を入れ替えようとする。ここに血で血を洗う内部抗争が始まる!

後三年の役を一冊にまとめたものながら、かなり濃く苛烈な内容だった
命を絶とうとした常清の妻・結有は、金山衆の一族・乙那の策略であえて奥州の覇者となった清原武貞に嫁ぐ。安倍氏は途絶えてしまったので、清原氏の懐のなかで勢力を養おうというのだ
結有は自分と清衡の地位を守るために、武貞との子・家衡をもうける。異母兄である長男の真衡には子供がいないので、本来は家衡が真衡の跡を継ぐ立場となり、これが後に清衡と争う原因となる
とはいえ前半の清衡の障害は、武貞の跡を継いだ真衡権謀において並ぶものなき傑物で、清衡、家衡を退けるために、清原と縁もゆかりもない平氏から養子を取り、中央政界への進出を夢見る
奥州の独立政権を目指す清衡とは、政治信条でも相いれず、乙那の力を借りて陸奥守に源頼家を招いて対抗したが、非常手段を使わざる得なかった
史実でも真衡は出羽の有力者・吉彦秀武との戦いの陣中で亡くなっており、小説の展開も説得力がある

物語としては真衡は早すぎるラスボスであり、家衡は清原宗家を継ぐ立場ながら人物は数段落ちる
源頼家は自身の手駒である清衡奥六郡の要所、胆沢を任せたが、自分の立場を脅かされたと感じた家衡は、半年我慢したのちに清衡の館を奇襲する
ここからが大河ドラマと展開が違う。途中で家衡に肩入れする母・結有は、兄を殺そうとしだしたことから、捕らえられた清衡の妻子に自害を求める。屋敷内に清衡は潜伏しており、人質に使われるのを恐れたのだ
ドラマでは家衡が奇襲した際に妻子を殺しており、どちらも実の弟が兄の家族を殺すという凄惨な悲劇。清衡が家族の死を知らされ、苦悶のうちに潜伏し続けて、助けられるまでのシーンが本作の白眉といえる
清衡は奥州藤原の創始者にも関わらず、ほとんど記録に残されていないのだが、ここまでの英雄に描き上げたのには感服する他ない
クライマックスの合戦において清衡は一軍を率いつつも義家の参謀として行動し、それは父の藤原常清と安倍貞任の関係にも似る
しかし後三年の役が終わると、源氏の根拠地にしたい頼家に恩賞が渡らないように工作し、奥州から追い出してしまう。武家でありながら、公家顔負けの政治的手腕で奥州藤原の基礎を築いたのだ


次巻 『炎立つ』 第5巻
前巻 『炎立つ』 第3巻

『炎立つ』 第3巻 高橋克彦

ドラマの進展に追われて、作家さんも大変だったらしい




黄海(きのみ)の戦いで大敗を喫した源頼義は、挽回をはかるべく再三、出羽の清原氏嫡子・義家を使者として送り込む。当主である清原光頼の弟・武則の出陣をなんとか取り付けたなか、安倍氏の内部で藤原常清を陸奥守する構想に反発する動きがあり、貞任の母・瑞乃の危惧から貞任の妻・流麗とその父である金為行が義家へ接触。盤石にみられた奥六郡の結束が、一気に綻んでいく

いよいよ前九年の役の決着編
頼義の陸奥守の任期が切れ、朝廷は安倍と妥協しようと後任に合戦と無縁の歌人・高階常重を送り込む。しかし、出羽の清原を味方につけた頼義は、合戦が継続中として追い返し、背水の陣を引く。これに敗れれば、武人としての頼義・頼家父子は終わってしまうのだ
対する安倍氏サイドは、東北の地勢を熟知する清原の参戦に動揺。山越えが可能となると、どこから攻めてくるか分からず、兵力の分散に迫られる
当初は4万の軍を動員できると号していた安倍氏も、それはかなり盛った数字らしく(苦笑)、史実でも清原氏が1万3千の兵で参戦した時点で、戦力差が逆転していたようだ
ここまで細かすぎる会話が気になっていたが、本巻においては決戦、決戦の連続なので、細かいやりとり、描写が趣深いシーンをいくつも生まれている

大河ドラマと違う展開もちらほらと
ドラマでは貞任の妻・流麗(=財前直見)義家(=佐藤浩市)と一度きりの関係で済まず、衣川で義家を待っていたところ、貞任に見つかって殺されてしまう。小説では、貞任が彼なりに流麗を気遣っていたと知って、罪悪感から厨川で人柱になることを申し出る
また、常清の妻・結有(=古手川祐子)は厨川陥落の際、清原武貞になかば戦利品としてさらわれるが、小説ではいったん脱出していて、次巻で金山衆の吉次と相談の上で武貞に嫁いでいる
ドラマでは男女関係のドロドロを強調し、小説ではそれぞれの人物の誇りを重視した演出がされたようだ
常清や義家が清々しい武者として描かれる他、ほとんどは等身大の人物に扱われ、合戦も個人の武勇よりも緻密な作戦や駆け引きがものをいうリアルさがあって、結末が分かっていてもその攻防に唸らされた
次巻は後三年の役なのだが、一巻で終わるようなので、どこまで濃縮されているかに期待


次巻 『炎立つ』 第4巻
前巻 『炎立つ』 第2巻

『炎立つ』 第2巻 高橋克彦

両者に義あり




永承6年(1051年)、鬼切部の戦いに勝利した安倍氏に、朝廷の参議たちは源氏の棟梁、源頼義を陸奥守につけた。奥州平定の野望に燃える頼義は、あの手この手で開戦の口実を作ろうとする。開戦を防ぎたい藤原常清は京へ赴き、恥を忍んで実母の愛人である藤原経輔に工作を頼み、天皇の祖母・藤原彰子(藤原道長の娘)の快癒祈願を口実に恩赦を引き出すのだった。諦められない頼義一党は、安倍貞任に罪をなすりつけ、安倍討伐の名分とするのだった

源頼義が奥州にやってきて、とうとう前九年の役が本格化する
頼義は源氏の棟梁としての武名と奥州の富を、息子・義家に引き継がせるために残り少ない生涯をかけて、安倍氏討伐に乗り出している
その思いは旗下の武士たちと共有していて、恭順の姿勢をとる安倍頼良(後に頼時と改名)に頼義が諦めかけたときも、周囲が励まして陰謀を巡らす
安倍氏から見れば、陰険で老獪な武将である頼義だが、単なる悪役には描かれない。自分の家と息子のために全てを捧げられる当主であり、部下の死に涙する人間味も見せる
対する息子の頼家は、若いながらも武士の鑑と称えられる、真っすぐな武人。父親より主人公の藤原常清に共感する場面が多く、負け戦でも数十人を射殺する武勇を誇った
相変わらず、会話のやり取りが細かすぎて話がなかなか進まないのだが(大河の事情?)、その分、複雑な情勢がかみ砕かれて分かりやすい

前九年の役に関しては史料が乏しく、『陸奥話記』によるところが多いらしい。あとがきでは、それだけ作家の想像力で展開できるやり甲斐もあったようだ
開戦のきっかけとなる阿久利川事件は、天喜4年(1056年)に源頼義の部下が何者かによって夜討ちを受けたもので、小説では頼義の腹心・佐伯経範が身内を殺して安倍貞任になすりつけた策略となっている
頼義は安倍頼時の娘婿である藤原常清と平永衡に先陣を切らせて、永衡が頼時からもらった兜を使い、無傷で帰ってきたことに因縁をつけて処断までした。この一件で、永衡の親友であった常清も安倍氏に寝返ることになる
次におこる黄海(きのみ)の戦いは、2000程度の軍勢で頼義が前線の柵(砦)に挑むという不可解な一戦。小説では、戦になっても朝廷が増援に及び腰なので喝を入れるのと、頼義に通じた安倍富忠の戦で安倍頼時が戦死した情勢、手兵の古強者なら負けないという自負が無謀な冬戦に向かわせたとする
結果、股肱のほとんどを失うという惨敗頼義・頼家父子は、追跡にきた常清に見逃してもらうという屈辱を味わうのだった
リアルに考えると、敵の首魁を見逃して常清の舐めプに思えてしまうのだが(苦笑)、三国志演義で関羽が曹操を見逃すような、義理人情を見せる演出としておこう


次巻 『炎立つ』 第3巻
前巻 『炎立つ』 第1巻

『炎立つ』 第1巻 高橋克彦

1993年の大河は6月まで『琉球の風』、7月から94年3月まで『炎立つ』




11世紀の東北。陸奥の国(現・岩手県)の支配者である安倍氏は、金山を持ち大陸とも交易して、独立王国の観すらあった。朝廷より国司に任命された陸奥守・藤原登任は、領主・阿部頼良次男・貞任の婚礼に呼ばれた際に、その富強に驚いた。登任は出世のラストチャンスと、平繁成を呼び寄せ合戦に持ち込もうと目論む。あまりの横暴に登任の部下・藤原常清は、紛争の激化を抑えようと立ち回る

1993年の大河ドラマ『炎立つ』の原作小説。といっても、ドラマのために罹れた小説なのだが
主人公の藤原常清は、祖先を百足退治の藤原秀郷を持つ武家で、盗賊6人相手を斬り捨てた武勇の人。ドラマでは渡辺謙が演じていた
上司の藤原登任は、頭打ちの初老貴族であり、安倍氏に因縁をつけて奥州の富を手中にしようとする。本質的に宮廷の政治家であり、常清はその策略に振り回されて、安倍氏との戦いに巻き込まれていく
冒頭は常清が登任ともに安倍氏の婚礼に呼ばれるところから始まり、偵察中に結婚相手となる結有と会い、ライバルかつ盟友となる貞任と決闘を行う。最初の巻だけあって、軽やかに登場人物とその関係が紹介される
気になったのは、山場となる鬼切部の戦いの軍議が長いこと。あまりに丁寧すぎて、劇のテンポがよろしくない。ミステリーのリアリズムが、歴史物で仇になっているような感じだ
その半面、歴史上の人物を等身大に感じられる良さもあって、独特の作風なのである

坂上田村麻呂が十数年かかって東北の蝦夷を征討したが、朝廷の権威が完全に及んだわけではなかった
奥州の安倍氏、出羽(現・山形県)の清原氏など、俘囚=蝦夷出身の有力勢力の力を借りて、朝廷から任じられた貴族が形ばかりの統治をしている状態だった。俘囚は捕虜、降伏した部族という意味で、かなりひどい蔑称である
しかし、公家を中心にした中央集権の朝廷に対して、その荘園を守る武家が勃興。平将門から始まる地方の自立化が始まる
そうした動きのなかで起きたのが、安倍氏を巡る前九年の役。朝廷の横暴に自立を志す安倍氏に、その征討に動いたのが地方武士の信望を集める源氏の棟梁である源頼義だった
安倍家は地元において圧倒的な勢威を持ちながら、元蝦夷というだけで朝廷に身分を認められず、その収奪に甘んじていた
それを覆する転換点が前九年の役であり、藤原常清は遠いながらも摂関家に通じる家柄で、安倍氏の志を引き継いで奥州藤原の源流となるのだ


次巻 『炎立つ』 第2巻


ジャケットに吹いた。こんな兜かぶってたっけ

『盟約』 下巻 C・W・ニコル

まさかの忍者要素




日露戦争の講和後、銛一三郎は情報部の仕事に戻る。社会主義者狩りのためにロシア人捕虜を探り、日比谷公園の事件ライアルの子・健三郎が関わっていたことから黒龍会に目をつけられることとなる。そこで藤井大佐は、三郎をさらに鍛えるため、長野の山奥、謎の古老へ預ける。三郎はそこで武芸者、暗殺者としての訓練を受け、さらなる厳しい任務へ身を投じるのだった

下巻になって、一気にスパイ小説になっていった
長野の忍者修行から、講談ワールドが開かれる(笑)。薪割りを利用した特訓から、尋問された状態からの打開術、雪深い高山での狩りと三郎は不思議な修行を経験し、現代の忍者に生まれ変わるのだ
敵役になるのは、アジア主義者の黒龍会とそれに関わる陸軍の軍人たちで、黒龍会はポーツマスの講和に反対する日比谷公園の大騒動にも関わったとしている
前半はそうした黒龍会関係者との死闘。アジアの独立運動のためにインドや中国に武器を送り込む輸送船を沈めると、アジア主義の陸軍憲兵たちに反撃され囚われたりする
この忍者関係者は海軍を中心に各地で日本のために働いており、藤井大佐に女スパイであるミス・ノエも同様。彼女が三郎より物理的に強かったり、真剣白刃取りを成功させるとか、リアルな時代考証とエンタメの同居は司馬の忍者小説のようだ

黒龍会との戦いは、日英同盟存続が日本の国益になると海軍の意向を押し通せたことで鎮静化する。黒龍会のアジア主義も日本の国益あってのものなのだ
ひと段落したところで、三郎は再びイギリスへ。海軍の歴史を変えるドレッドノート級戦艦を調査し、日本が発注した戦艦・金剛の進水を果たすまで、そのノウハウの吸収に励む
そこに登場するのが、かつての恋人リリー・ポル!
壮絶な別れを経験した二人だったが、彼女は中国の阿片売買から手を引き、もう一つの故郷であるウェールズに戻っていたのだ

イギリスにおいて、血なまぐさいことは(一部を除いて)起こらない。本シリーズのテーマは『勇魚』の時から、海を越えた友情がテーマだ
お互いの気持ちは変わらなくても、かつての恋人同士には戻れないし、ウェールズ人がイングランドや日本人を嫌うように相手の故郷に弾かれることもある
それでも一度通った友情は変わらないし、守られるべきである。それがストレートに描かれたラストだった
藤井大佐は意味深な退場の仕方をし、リリーの兄ウラジミールも謎のまま。いかにも続編ありきで、次も読むしかない!


次作 『遭敵海域』

前巻 『盟約』 上巻

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