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『マギの聖骨』 ジェームズ・ロリンズ

もう少し、謎が残ればなあ


 


ドイツのケルン大聖堂で行われていたミサのなか、謎の侵入者によって司祭と出席者が襲撃される。奇怪にも聖体拝領を受けた信者は、感電死を遂げていた。そして、奪われたのは黄金の宝箱ではなく、「マギの聖骨」。キリストの誕生を予見した東方の三博士の聖骨であった。動揺するヴァチカンからアメリカへ応援要請がなされ、国防省の秘密組織「シグマ」が出動する

歴史ミステリー&ノンストップアクションが売りの、「シグマ・フォース」シリーズの第1作
冒頭に12世紀のイタリアからドイツ(神聖ローマ帝国)へ、「マギの聖骨」を修道士たちが運び出す場面から始まり、伝奇ミステリーなのかと思いきや、お次のシーンは主人公グレイソン・ピアースが現代で炭疽菌テロを防ぐという怒涛の展開
ケルンでの怪死事件も「シグマ」のメンバーによって、科学的に分析されてオカルト要素が次々にそぎ落とされてしまう
相手のカルト集団「ドラゴン・コート」も階級社会の復活を志向しつつ、その手段は現代のテロリストのままであり、あまりおどろおどろしい雰囲気はない
トム・クランシーにミステリーのスパイスを振りかけたような作風なのである
登場する歴史的建造物に、液体防弾スーツなど近未来的に見える技術が実存のものであるなど、きわめてリアルが追求している一方、物語の展開や描写は『24』のような海外ドラマやアクション映画が強く意識されている。ルーカスが作者に『インディー・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』のノベライズを依頼したのも分かろうという話だ
だけど、管理人的には「マギの秘儀」が科学的に説明されて過ぎるのと、アクションものゆえの端的な描写が続くのとで、歴史物の雰囲気が味わえず、少しアテが外れてしまった

マギとは、キリストの誕生をヘロデ王に告げた三人の賢者で、マリアと一緒にしたイエスに対して、乳香、没薬、黄金を捧げたという
言語の意味はペルシア系宗教(ゾロアスター教など)の祭司で、英語のマジックの語源となったとされる
マギの遺骨は小説にあるように、1164年にミラノから時の神聖ローマ皇帝フリードリッヒ(バルバロッサ)の手に渡り、ケルン大聖堂はこの聖遺物が安置されたことで殷賑を極めた。実際に聖骨の入った黄金の箱は、崇拝されるのが分かるほど豪奢な代物だ
そうした現存する歴史の遺物が、実は現代科学の最先端にも通じる、古代の知恵が凝縮されたものではないか、と話が転がっていくのがこのシリーズの持味で、ファロス大灯台が今では考えられない技術で建てられたように、古代の賢者たちは科学に通じ、中世の錬金術師がその伝統を守ってきたとする
こういう話の持って行き方は好きなのだが、上記のノリだと2作目以降を読んでいくかは悩んでしまう。21世紀を舞台にインディ・ジョーンズを求めるのは無理があるのか……

『レックス・ムンディ』 荒俣宏

悪魔アスモデは、新婚の夫婦に悪事をたくらむデーモンとか。もちろん、小説の筋にも結び付く


レックス・ムンディ (集英社文庫)
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各地の遺跡を調査する“レイハンター”青山譲は、謎の宗教団体『N43-シオンの使徒』から南仏レンヌ・ル・シャトーに眠る聖遺物の発掘を依頼される。そこにはかつて青山が危険すぎるがゆえに遺跡ごと爆破し、封印した石棺が隠されていたのだった。青山は膨大な発掘資金を受け取りつつも、聖遺物の正体への探求とその破壊を狙うが……

小説家としては、『帝都物語』シリーズで知られる荒俣宏の長編怪奇ミステリーである
冒頭に謎のがん細胞に犯される女性が登場し、麻酔を拒否して赤ん坊を産み落とそうという凄惨な光景が展開され、その8年後に主人公の“野生の考古学者”青山譲が謎の宗教団体から聖遺物の発掘を依頼される
青山がレンヌの遺跡を爆破したのは8年前で、謎の宗教団体が組織されたのもちょうど8年前と堂々と符号し、宗教団体の指導者アスモデが7、8歳の少年と、読者からするとオチが早くも見せられているなのだが(苦笑)、「聖遺物を発掘した際に何が起こったのか?」「聖遺物の正体は何なのか? アスモデの狙いは何なのか?」それでも残る多くの謎に引き込まれる
しかし最大の魅力は、この作者ならでは膨大な蘊蓄だろう。いろんな登場人物はその蘊蓄を熱く語ることに、本筋とは別に異常なテンションを作り出す(笑)
作者が言いたいことを、これでもかと書ききってしまっているのだ

本作の種本として、『レンヌ・ル・シャトーの謎 イエスの血脈と聖杯』(1982年出版)がある
イギリスのBBCが取材から始まるノンフィクション小説の展開が作品内でも触れられ、その後に青山譲の発掘と遺跡爆破事件が起こることになっている
レンヌ・ル・シャトーには、11世紀にマグダラのマリアに献堂した教会が建てられており、マグダラのマリアはイエスの子を妊娠して生んだという伝承があった
1885年に赴任したベランジェ・ソニエール神父は教会を修繕中に、古い柱の穴から羊皮紙を発見。それをカルカソンヌの司教代理に報告してから、膨大な献金を受けることとなり、村では「マグダラの塔」など様々な建物が建てられた
このソニエールの資金源が不明であり、羊皮紙に書かれた暗号にあるニコラ・プッサンの絵画『アルカディアの羊飼い』が何を指しているのかという歴史を揺るがす謎が提示されているのだ
本作ではそれに加えて、医学的に突き詰めた「不死の肉体」あるいは「肉体の復活」レイライン(遺跡を結んだ直線)と太陽の関係などなど、科学と疑似科学的な考察が放り込まれて、独特の世界が立ち上がっている
オチを知ると、なんであの状態のアスモデに誰が出資したのか、大きな謎が放置されているのだが(苦笑)、そんな疑問を豪快な蘊蓄語りで押し流してしまう作品なのである


レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯伝説 (叢書ラウルス)
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『荊の城』 サラ・ウォーターズ

原題「Fingersmith」。掏摸(すり)、あるいは指先の器用な職人? エロティックな意味もあったりして


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ロンドンのスラム街に住む少女スウは、赤ん坊と盗品の売買で生業とする“母ちゃん”に育てられ、自身も掏摸で食べていた。ある日、名うてのペテン師“紳士”が“母ちゃん”に詐欺の計画を持ち掛ける。ロンドンから離れたブライア城に住む令嬢モードをたぶらかし、彼女が相続する財産を奪い取ろうというのだ。スウはモードの侍女として忍び込み、“紳士”の計画を助ける役目を負うが……

最近だと、日本の植民地時代に翻案した韓国映画で名前が上がっただろうか
本作は19世紀半ば、ヴィクトリア朝のイギリスが舞台。詐欺を仕掛ける側の下層階級の娘と、叔父の淫猥な趣味に振り回されるお嬢さんの、ただならぬ愛がテーマなのだが、ミステリーなので一筋縄ではいかない
スウとモードは想像していた以上の陰謀が張り巡らされており、それに翻弄されていく。愛している分、憎さは百倍とスウは殺意まで抱いてしまうのだ
最初はスウ視点で陰謀が進み、第二部がモードから見た事件の顛末、そして第三部にスウ視点の逆襲劇と相成る。物語の畳み方がそれまでの壮大さに比べて、身内で綺麗に片付いて竜頭蛇尾な感はあるが、クライマックスで誰が殺人を犯し、なぜそれが庇われたかを明確な答えを示さず、読者に投げかけるところは奥ゆかしい

冒頭に『オリバー・ツイスト』の芝居が出てくるように、ディケンズの小説をリスペクトした要素がふんだんに盛り込まれている
管理人は英国病を発症しつつも、あまりディケンズを読んでいない(かつ健忘している)ので、どれがどうだと指摘できないのが残念だが、スウの住む最下層の犯罪を犯さないと生きていけない界隈、劣悪な環境そのものが精神病に追い込んでしまう精神病院、絞首刑が祝祭として騒ぐ一般庶民、と同時代を生きた文豪が社会問題として取り上げた光景が、生々しく再現されている
ロンドンを知るスウと、知らないモードの双方の視点に分かれる分、重層的に描かれているのだ
作者はレズビアンであり、当時の同性愛者が日陰者であることを作品のなかで示し、それは今の社会へのメッセージにもなっているのだろう。邦題の「荊の城」も、誰にとっての荊か、考えさせられるところだ


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『ゴーリキー・パーク』 マーティン・クルーズ・スミス

映画化されてた


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1977年4月、首都モスクワのゴーリキー公園で、男女三人の死体が発見された。身元の判明を恐れるように、両眼と指先が剥ぎ取られるという猟奇的事件に、人民警察のアルカージ・レンコが主任捜査官を務めるが、大きな権能を持つKGB、アメリカからの訪問者に振り回されていく。そして、重要な証人として追っていた撮影所のスタッフ、イリーナ・アサノヴァへ心惹かれていくが……

新冷戦前夜のソ連を舞台にした、珍しいミステリー小説
ソ連では「社会主義が浸透した社会では、資本主義社会における殺人は発生しえない」として、犯罪者を精神病患者という名目で扱った。作中では主人公の口から、党の体面のために犯罪者数がいじられたと告白される
ソ連社会では泥酔や一時の感情で起こす殺人事件がほとんどであり、庶民に親しまれるゴーリキー公園での犯罪は類を見ないもの。主人公アルカージは、社会の裏側で謀略を巡らすKGBの暗躍を疑い、上巻ではライバル的存在であるブリブルーダ少佐へ証拠を突き付けていく
下巻では想定されていた構図が一気に覆され、アメリカにまで出張(?)することとなる。単なるミステリーにとどまらない、波乱万丈の物語なのだ

物語の筋もさることながら、節々に触れられるソ連社会の闇や矛盾、冷戦時代の裏側が作品のキモだろう
一党独裁のソ連社会では、地位によって行動半径は限られている。スターリンのお気に入りの将軍だったアルカージの父は、その後のスターリン批判で冷や飯を食うものの、いわゆる特権階級。それを利用すればアルカージもまた、エリート街道は間違いないものの、母親の不審死をきっかけに人民警察の捜査官という地味な仕事を選ぶ
そうした姿勢に対して、妻ゾーヤは不満。ゾーヤも党員として熱心な活動をするものの、夫の地位によって階級の上昇は限られてしまうからだ。そのため、同じ職場の同僚と不倫関係に走ってしまう
ゴーリキー公園の被害者の内2人は、シベリアで生まれたがゆえにシベリアで死ぬ定めと決められていて、いわば命がけで脱法行為に走っていた。イコンの偽造や窃盗、毛皮の密輸といった闇経済のなかでしか自由は存在しなかったのだ
いかに外の世界が甘くなかろうと、脱出を図らずにいられない「シベリアのジレンマ」が、亡命者の心理を物語っている

ソ連のみならず、アメリカのいわば裏政治史にも作品は触れる
被害者の一人はアメリカからやってきた共産シンパであり、彼の一族はアメリカではマイノリティであるアイルランド系のカソリック信徒だった。流行する共産主義を取り入れたカソリック・マルキシズム運動に関わった
ロシア革命の影響で組織されたアメリカ共産党は当局の弾圧を受け続け、大恐慌ただなかの1930年のニューヨークでは決起集会に対して、警察は内部に扇動者を作って暴動を発生させようとするなど謀略を練り、逮捕された党員たちを「社会の敵」として弁護士も保釈金も認めなかったと、作中に触れられている
はたして、アメリカにおける「自由」も相対的なものに過ぎず、アルカージたちの戦いは舞台をアメリカに移してからが過酷となる。ソ連崩壊が間近に迫るなか、西側を一方的に賛美しないところが、作者の優れたバランス感覚なのだろう


ゴーリキー・パーク [DVD]
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『血と暴力の国』 コーマック・マッカーシー

シュガー「死ぬぜ。おれを見た者は!」


血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)
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猟に出かけていたモスは、メキシコ国境付近で銃撃されたトラックを発見する。麻薬密売人が残した大金を見つけてしまった彼は、若い妻を持ちながらも浮かび上がれない生活を変えるべく、持ち逃げしてしまう。その後を追うのは、見る者すべてを殺してしまう‟殺人鬼”シュガー。そして、そのシュガーが残していく陰惨な殺人の山を初老の保安官ベルが追って……

救いはないんですか~
物語は麻薬の受け渡しに使われた大金を巡る追いかけっこなのだが、単なる犯罪小説にとどまらない
基本となる文体が、本来なら台詞を挟む「」がなく(原文でも引用符‟”がない)、登場人物の動作と境目がなく連動している。考えれば「しゃべる」という行為も動作のひとつであり、何でもないやりとりは雲のように消えてしまうものだと言いたげだ
視点キャラの心理描写は外観の微妙な動作などから想像させるなど、最低限に抑えられていて、その中でのベルの語りは独特の位置を占めている
娯楽小説ならグッドエンドもありうるところ、なんでこうなってしまうのか。国の荒廃と、故郷の喪失は、日本人も無縁ではなく、「身捨つるほどの故郷はありや」と問いかけられる小説だ

モスはベトナム戦争を、保安官のベルは第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を経験している
保安官ベルは軍曹の地位にあったが、自分の小隊が全滅してしまい、作戦の失敗を隠すために勲章をもらう。本人はそれが重荷になっていて、傷ついた心を取り戻すために保安官の職についた
戦争と愛国が結び付き(と信じ)、守るべき故郷があると、信じられた世代
しかし、モスが経験した戦争はベトナム戦争であり、映画『ランボー』のように参加してしまったことがまるで罪のよう。もはや住んでいる場所への愛着もなく、目の前の大金に目がくらんで、人生を狂わしてしまう
ベルとモスには大きな世代的な断絶があるのだ

そして、三人目の視点キャラである殺し屋シュガー。彼にはモスやベルのような背景すら語られない。死神のような殺人鬼である彼は、一人で社会の裏にうごめく暴力を象徴しているようだ
訳者は解説で、「ギリシア神話のネメシス」に喩える。いわば神話的な「純粋悪」の存在を放り込むことで、単なる社会小説に落ち着かせない
「昔は良かった」「帰れる故郷があった」と時代の問題に終わらせず、西部開拓が血と暴力によって行われたという土地に染み付いた歴史性を照らし出して、最後の無頼に生きた父とベルの和解に結びついているのだ


映画 【BD】『ノーカントリー』

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『避暑地の猫』 宮本輝

パソコンが壊れてブログをいじれなかったんだけど、ようやく買い替えられた( ^ω^ )
しばらくは法事がらみで忙しいので、徐行運転です


新装版 避暑地の猫 (講談社文庫)
宮本 輝
講談社
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軽井沢の別荘番の息子として育った久保修平は12歳のとき、二つ上の美しい姉・美保に恋をしてしまう。別荘の主・布施金次郎は修平の家族に親切だったが、夫人に辛く当たるのだった。ある年の夏、別荘の門柱に乗用車が衝突した際に、修平は事故を利用して思いがけない行動をとってしまう……昭和20年代の軽井沢で咲いて散る怪しい悪の華

とんでもない小説に出会ってしまった
戦前からの上流階級に加え、焼け跡から這い上がった成り金が流入する軽井沢を舞台に、大人になった修平の独白という形で、彼が体験した怪しい夏の日々とその結末が語られる
避暑地の洋館、意味ありげに隠された地下室、美し過ぎる少女、と古典ミステリーの要素がふんだんに盛り込まれて、それぞれの登場人物が独特の光彩を放つ。そうしていて、大人になってしまった修平の、人間の欲望に対する考察が鋭く、一流のミステリーでありながら高い文学性も兼ね備えているのだ
視点となる修平自身も含めて、重要人物はなにかしらの悪行に身を任せてしまうピカレスロマンで、誰かに感情移入できる小説ではない。人を選ぶのは間違いないが、それだけ人間の暗黒面を見せてくれる作品なのである

宮本輝の作品には社会的弱者は出ても、悪人が出てこないという定評があったそうだが本作はその例外で、解説いわく作風が変わるひとつの転機になったらしい
修平が独白とともに問いかけるのは、「悪」とは何かである。「悪」は“我欲”から生じるが、それは人間である以上避けられない。その“我欲”を肥大化させるともに、相手をそれに合わせた青写真を当てはめてしまうことが始まりとする
なぜ、そうなってしまうからというと、人間は自分自身を見つめることができないから。鏡を見ないと、眉毛すら把握できないのだ
本作にはそれぞれの人物が「悪」を抱える。修平は大事な女性を奪われたことへの復讐、そして裏切りへの怒りという、思春期の少年らしくストレートに突っ走った
美保の行動は、母の裏切りへの当てつけから始まり、貧乏人の子供が身一つで階級の壁を越える。もっとも華麗なる悪女であり、人の間をすり抜けていくまさに「避暑地の猫」だろう
それに比べて、母は修平から見た“聖女”を演じきるのに疲れて堕ちていった陳腐な悪女であり、父は息子の将来のために打算しつつも、悪人になりきれないからこそああいう結末を迎えた
読み始めたときは、独白する修平と少年時代の人格にギャップを感じたものの、壮絶な過程を踏まえればその変貌にも合点がいく。作中の時間は数年なのだが、まるでひと夏の悪夢のような幻想的な作品だった

『ホワイト・ジャズ』 ジェイムズ・エルロイ

悪党たちへのレクイエム


ホワイト・ジャズ (文春文庫)
ジェイムズ エルロイ
文藝春秋 (2014-06-10)
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ディヴィッド・クラインはロス市警の警部補の身で、弁護士資格を持ちつつ不動産業を営み、袖の下も怠らない多芸な汚職警官。麻薬課と深い関係を持つカフェジアン一家へ、変質的な強盗が押し入ったことから、刑事部長エドマンド・エクスリー直々に捜査を命じられる。麻薬課を中心に隠然とした勢力を持つ強盗課警部ダドリー・スミスを追い落とすためだ。クラインは一家の身辺を調べるうちに、相棒のステモンズ・ジュニアに不審を覚えて……

『ブラック・ダリア』に始まるLA暗黒街四部作の最終巻である
文体が特殊である。視点となる汚職刑事ディヴィッド・クラインに思考と完全にリンクしているがゆえに、やたらと文章の間に「‐」「;」「/」「=」と記号が使われて、詩のように短いセンテンスが積み重なっている
そこに余計な説明や冷静な分析はない。それだけ主人公クラインがしたたかながらも刹那的な世界に暮らしており、欲望に流されつつも鋭い勘でピンチをくぐり抜けていく。まるで暗黒街の住人をVR体験しているかのようだ
正直読みにくいことは、読みにくい(苦笑)。日本語と英語の記号が入り混じるがゆえで、原語ならばこそ生きる表現なのかもしれない
カフェジアン一家も単に犯罪者というだけでなく、人間関係も悪徳の極みといえるドロドロの世界にいる。そして、それに対峙するクラインもまた、それに匹敵するドロドロから這い上がった人物で、新しい悪事を働くことでそれを相対化していく狂気を持ち合わせる
はたして、人はどこまで堕ち続けていくことができるのか。堕ちた先に何が待っているのか
エクスリーが主役なら、もっと普通の文章になっただろう。しかし、打算と狂気を行き来するクラインだからこそ、巨悪ダドリーを刺せるのだろう

巻末の解説に乗るように、暗黒街四部作をダドリーの王国とその栄枯盛衰の物語と読むことができるが、それぞれがアメリカの変貌を映している
1958年を舞台とする本作では、マフィアの世界でも世代交代が起きる。ユダヤ系のミッキー・コーエンが脱税での収監をきっかけに没落し、イタリア系のサム・ジアンカーナが勢力を伸ばしていて、クラインもその仕事を受ける
その一方で、上院議員のジョン・F・ケネディが反マフィア運動に力を入れ、FBIを動かしてロス市警を揺るがし、エクスリーはダドリーを葬る口実に利用する
ダドリーのように薬の売人と釣るみながら、出る杭を打つ式に組織犯罪を押さえるという、犯罪者と警察の境界が曖昧な時代が終わり、エクスリーのような官僚が組織の利害を中心に動く時代が始まっていく。いつか見た映画、『県警対組織暴力』と同じテーマが隠れているのだ
当時、ニューヨークのブルックリンに本拠地にしていたドジャーズが、ロサンゼルスへ移転しホームグラウンド用地の立ち退きがワンシーンにあったりと、戦中戦後の混乱が良くも悪くもある種の秩序に収まっていくという時代の移り変わりを暗黒街シリーズは活写していた


前作 『LAコンフィデンシャル』

関連記事 【DVD】『県警対組織暴力』
     『アメリカを葬った男』

『ヌメロ・ゼロ』 ウンベルト・エーコ

イタリア版松本清張
新聞の出資者コンメンダトール・ヴィメルカーテのモデルはベルルスコーニらしい


ヌメロ・ゼロ
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ウンベルト・エーコ
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売れないライターであるロマンナは、シナイという男に依頼され、新たに創刊される日刊紙『ドマーニ(明日)』に参加する。テレビに負けない情報で読者を揺さぶる方向性で動き出すも、出資者であるコンメンダトール・ヴィメルカーテの隠然とした意向にいつのまか左右されてしまう。そして同僚ブラッガドーチョから、教皇庁の秘密、ムッソリーニの生死の謎、対コミュニスト部隊ステイ・ビハインドを聞くに及んで、事態は急変して……

『薔薇の名前』などで知られるウンベルト・エーコの遺作である。管理人はエーコの作品がはじめてで、まさか遺作から読むことになるとは思わなかった(苦笑)
出版は2016年ながら、作品の年代は1992年の5月から6月の一月間。ソ連が崩壊して冷戦時代の緊張が良くも悪くも溶け始めた時代。ネットが一般的ではなく、記憶媒体はフロッピーディスクで、主人公たちの新聞が意識するライヴァルも週刊誌でありテレビである
冒頭は、主人公が寝ている間に水道を止められるという事案、本人にとって不気味でも他人にとっては取るに足りないアクシデントから始まる。主人公が病んでいるとしかいえない出だしだが、その後に日刊紙の準備に携わるところから、神経症気味になるに到った経緯が分かる
話の展開はどこか松本清張を思い起こしてしまうが、かつてイタリア共産党が大きな勢力を持ち、極左組織がマフィアを介して保守勢力と結びつき、元首相を誘拐暗殺するとか、百鬼夜行の裏社会を持つイタリアの風土からすれば、遠い昔のことではないのだ

殻を破ろうとして生まれたはずのメディアが、どうやって既存のもののような保守性、事なかれ主義に陥っていくかが、本作の焦点だろうか
編集長であるシナイは、主人公コロンナを参謀格に経験の薄い記者たちを指南していくが、読者に新しい刺激を与えるとしつつも、不愉快になることを書かない読者にあくまで印象だけを残して、一定の方向に誘導することを目的とする。想像を誘うだけで、その責任までは取らないのだ
主人公のように本来は独立心をもった人間でも、いったん組織に属してしまうと、ブラッガドーチョのようなはねっ返りを除き、その枠内でしか動かなくなってしまう。官僚を批判する側が官僚的になってしまうのは、日本だけではないらしい
保守層を敵に回すことが出資者の意向に沿うのか、マフィアを敵に回す覚悟があるのか、そこまでするほどの意味があるのか、そんな内輪への言い訳を言っている間に、外国のメディアに堂々と暴露されてしまう。この報道途上国あるあるが、物悲しい
もっとも根っこでは、どこのメディアも抱えている普遍的な問題でもあり、一流メディアの報道という触れ込みで、実はそれも情報操作されているという現実もあるわけだが

『LAコンフィデンシャル』 ジェイムズ・エルロイ

先週は持病の発作を起こして、検査入院。稀勢の里の一番を、病院のテレビから眺めたのであった
照富士は、ずいぶん株を落としたな、おい


LAコンフィデンシャル(上) (文春文庫)
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LAコンフィデンシャル〈下〉 (文春文庫)
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著名な父を持つエクスリーは警察官の世界で出世すべく、監獄の暴力事件「血塗られたクリスマス」をきっかけにロス市警の警部にのしあがる。地方検事候補エリス・ローに可愛がられた彼だったが、娼婦殺しに異様な熱意を燃やすホワイトや芸能界に羽を伸ばすヴィンセンスらベテラン刑事の反感を買ってしまう。しかし謎の虐殺事件「ナイト・アウル」を契機に、宿敵の三人が奇妙に交錯する

ケヴィン・スペイシー、ラッセル・クロウの出世作としての有名な映画の原作小説。LA暗黒街シリーズの中では第三作目である
出世欲と正義感に板ばさみのエド・エクスリー、女殺しを許さない暴力的正義の体現者“バド”・ホワイト、麻薬と芸能界で遊泳するジャック・ヴィキンズの三者の視点で物語は進み、現在扱う事件と別件が絡むところは前作『ビッグ・ノーウェア』と似ているものの、その絡み方はより重層的へ深化している。いい格好しいのエドと暴れん坊刑事のバドが好対照をなして人物の位置関係は分かりやすいものの、ナイトアウル事件が並行して起こる猥褻本事件とつながるのみならず、かつての児童連続殺人事件の真相へもつながってしまうとか、ロサンゼルスという都市空間の歴史と因縁が群像劇として描きだされているのだ
シリーズとしても、前々作から登場の俗物検事エリス・ローに、最凶の悪徳警官ダドリー・スミス史実の大悪党ミッキー・コーエンに負けない存在感を見せており、暗黒街を仕切る彼らがどう関わっていくかも注目である
ねえ、読者のみなさん。あなたがたはこの話をこの誌面ではじめて知ったのだ――この話はオフレコだよ。内緒だ。まさにハッシュ、ハッシュ

主人公の一人、エクスリーの父プレストンは、優秀な警官でありながら実業家に転じて、大成功を治めている
プレストンが携わるのがディズニーランドをモデルにしたテーマパーク『ドリーム・ア・ドリーム・アワー』であり、ウォルト・ディズニーをモデルにしたレイモンド・ディータリングなる人物が登場する
なぜ、わざわざディズニーを別名に置き換えたのか
作中にはなんと、アニメ『ドリーム・ア・ドリーム・アワー』の関係者の間で麻薬が蔓延している描写があるのだ。主人公の一人ヴィンセンスはそれをお目こぼしする代わりに、ロス市警を描いたドラマ『名誉のバッチ』の考証を担当するなど甘い汁を吸ったりとか、芸能界と警察行政の癒着ぶりが本作の背景に取り上げられているのだ
次作の『ホワイトジャズ』には、しれっとした顔でディズニーランドをそのまま出しているようだから、本作の描写がどこまで本当かは分からないが、土地と年代的に充分ありえる話ではある
当然のことながら、レイモンド・ディターリングは劇場版にはいっさい登場していない。某諸悪の根源が生き残ったりと、映画とはずいぶん展開も結末も異なるので、違いを楽しみに読み進もう


次作 『ホワイト・ジャズ』
前作 『ビッグ・ノーウェア』

関連記事 【DVD】『LAコンフィデンシャル』

『ビッグ・ノーウェア』 ジェイムズ・エルロイ

警察が腐敗しずぎの50年代


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1950年、1月のロス。若き保安官補アップショーは、遺体が獣に引き裂かれるという異常殺人に出会い、その解決に情熱を注ぐ。その死体解体現場を発見するものの、市警の管轄を不法に入るというミスを犯してしまう。一方、離婚危機を抱える警部補コンシディーンは、義理の息子の親権と名声を手に入れるため、赤狩り作戦に乗りだす。暗黒街の始末屋バズ・ミークスは、金のためにその作戦に組し、アップショーもまた異常殺人の捜査協力を条件に、左翼組織への内偵を試みるが……

『ブラック・ダリア』に続く、LA暗黒街シリーズの二作目である
ときは冷戦が始まって間もない1950年。ハリウッドでは赤狩りの波が何度も押し寄せ、作中ではエキストラと裏方の組合UAESが待遇改善のデモを起こしている。それを潰したい大実業家ハワード・ヒューズ暗黒街の帝王ミッキー・コーエンは傘下のティームスター(全米トラック運転手組合)に対抗のデモを打たせている情勢だ
この赤狩りを潰すためにUAESの弱みを握ろうと、アップショー、コンシディーン、バズ・ミークスがそれぞれ違う動機で誘い込まれる
前半はこの赤狩り作戦とアップショーの追う連続異常殺人が別枠として始まるが、下巻に入ると一気に交わりだし、次々に秘密が噴出して主人公たちを七転八倒させる
そのピンチのなかで、アップショーの正義感が無頼漢バズ・ミークスに乗り移り、冷淡なコンシディーンをも動かすという漢気の連鎖がたまらない
あまりに筋が複雑過ぎて、最後に作中で解説せざる得ないのは、ミステリー小説として不手際(笑)かもしれないが、いろんな意味で濃い名作である

前作がブラックダリア事件を題材としたように、本作でも実在の人物、事件が重要な位置を占める。そこに作品オリジナルのキャラクター、事象が乱入するので、どこまでが事実なのか、素人には判別できない(苦笑)
日本版WIKIにも確認できないスリーピーラグーン事件は、1942年にメキシコ系青年が殺されたことに対して、警察が無関係のメキシコ系移民を多数逮捕した冤罪事件である。背景にはアングロサクソン系白人のメキシコ系移民=バチューコに対する偏見があり、太平洋戦争の開戦で日系移民が収容所に入れられたことにより、よりメキシコ系に差別の対象が移行したという
主人公たちの視点ですら強烈な差別表現が次々に登場し読者を鼻白ませるが、これも50年代の苛烈な時代を再現するため。メキシコ系移民、黒人、同性愛者といったマイノリティがどういう扱いを受けていたか、掛け値なしに映し出されている
役人の出世のために行われる赤狩りに対しては、コンシディーンに「とてつもなく無駄であり、とてつもなく恥ずかしいことだよ」と言わせる。題名である「ビッグ・ノーウェア」=大いなる無とは、この無駄な労力、無駄な犠牲のことを指しているのだろう


次作 『LAコンフィデンシャル』
前作 『ブラック・ダリア』
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