『ツイン・ピークス』の謎を「あーだこーだ」追求するマニアに対する、製作者側の反応として、ドラマ制作の現場と実情を踏まえていないというものがあるのだ
ある程度の構想をもってスタートしても、いざ制作を進めていくと、途中で設定に矛盾が生じたり、アクシデントで当初のとおり撮影できないことだってある。『ツイン・ピークス』だと、放送局にファンの圧力がかかり、シーズン2の半ばでローラ・パーマー事件が解決することになったのは大きな誤算だったろう
そんなわけで、製作陣の意図どおりに作品が出来上がらないのは日常茶飯事であり、それに完全な整合性を求めるのは無理な話。あえてその穴埋めをして整合性を取ろうとすると、それは考証というより創作の部類に入ってしまう(それはそれで、楽しいのだけど)
待望の“シーズン3”である「リミテッド・イベント・シリーズ」に関して、すべてデヴィッド・リンチが監督、マイク・フロストが脚本を務めたということで、そうした問題が起こらないと思いきや、案外まとめきれてなかったり、強引に話を畳んでいたりするので、事前の構想と実際の作品のズレは避けられないものらしい
で、管理人はどうするかというと、基本は各テレビシリーズに劇場版、『ファイナル・ドキュメント』などの関連書籍を参照して考える。他から材料をもってきての深読みしない
本シリーズをドラマを注意深く追っていけば(難解なシーンは多いのだけど)、ちゃんと話の筋は分かる素直な作品だと思っているのだ
ただ、筋は分かりやすいが、細部で整合性が取れているわけではないので、そこを深く考察すると沼にはまる(苦笑)。それを製作者の意図と見立てて、蘊蓄で埋めるのもいいのだけど、当方に学識もなければキリもないので、かなりざっくりとした考察をしていきます
1.ブリッグス少佐はいつ、ダギーの指輪を飲んだのか?
ルース・ダヴェンポートの部屋で、ブリッグス少佐は首なし死体で見つかり、その胃のなかで「ジェーンからダギーに贈った指輪」が発見される。いちおう、ジェーンとダイアン・エヴァンスが片親の違う姉妹と判明し、今のダギーがクーパーであるとゴードンたちが知るきっかけとなるのだが、なんで少佐の胃のなかにあったのかは本当に謎。クーパーのドッペルゲンガー(以下黒クーパー)の動きを予見して、ゴードンたちへのヒントとして飲み込んだと考えるしかないが、いつどこでというのが……抜けた設定のひとつだろう
2.なんでクーパーは25年間、閉じ込められたのか?
シーズン2の最後でアニー・ブラックバーンを救うため、自分の命を差し出したクーパー。それに対して、悪霊“ボブ”はウィンダム・アールの魂を食らい、クーパーのドッペルゲンガー=黒クーパーを生み出す
そして、黒クーパーに襲われたクーパーは、現世に先を越されてしまう。「ホワイトロッジ」に至る条件が、「戸口に住む者=ドッペルゲンガー」に打ち勝つことが条件とすると、自分の影にたじろいだのが「赤い部屋」に閉じ込められた原因だろう
ただ、「赤い部屋」のローラが「25年後に会いましょう」と言っていたので、この過程は予定されていたものといえる
3.黒クーパーは何を探していたのか?
「赤い部屋」を飛び出した黒クーパーは、ブリッグス少佐を口封じしようとし、入院中のオードリー・ホーンにリチャード・ホーンを種付けし、国際犯罪ネットワークを築く
騎士道精神に生きるクーパーとはそれこそ真逆の行為で、ウィンダム・アールに近い(その近さゆえに、シーズン3でオミットされた感あり)
黒クーパーには悪霊“ボブ”が常に取り憑いていて、本来は25年の任期(?)で本人と入れ替わる予定が、おそらく“ボブ“によってすり替わり先のダギーが“化身(トゥルパ)”として作られた
ブリッグス少佐を探してホワイト・ロッジへの座標を知るのが、黒クーパーというより“ボブ“の目的であり、自分の脅威となる異界への侵攻を企てたと見るべき
4.「赤い部屋」のローラとは何者なのか?
シーズン3の序盤でパカッと仮面のように顔を外して、光り輝く中身をさらしたローラ。「ローラであって、ローラでないもの」の正体は、「消防士」によって送り出された悪霊たちに対抗するための聖霊、といったところだろうか
“ボブ”が誰かに取り憑いて悪さをするのと同様に、ローラに乗り移ることで果たす役目があったのだろう。ローラ本人は劇場版のラストで天使によって昇天としたとおぼしく、聖霊のみが「赤い部屋」に残され、クーパーの到来を待っていたと考えられる
5.セーラは、いつジュディスになったのか?
お話的には、核実験でエクスペリエントが目覚めボブが生まれた1945年から、11年経った1956年に、口から“ジュディス”の虫が入ったため
しかし、ここで問いたいのは、“メタ”的な意味だ
劇場版でフィリップ・ジェフリーズが“ジュディス”が女性と言及するものの、コンビニエンスストアのシーンにセーラらしい姿はない。もっとも黒幕感のあったトレモンド夫人の孫ピエールは、シーズン3に影の形もない
それまでセーラは“ボブ”の乗り移ったリーランド・パーマーの言いなりで、霊感が強くローラに聖性を継がせた存在に思えたのだが……
劇場版からシーズン3の年月のうちに、白羽の矢が立てられてしまったかのようだ
旧姓が“ノヴァク”なのに、いつの間にやら、“ジュディス”がミドルネームに混ざってしまったことにもそれは伺える
しかしだ。なぜ、ジュディスの因子を持つセーラが、自らを脅かす聖霊を宿すローラを生んだかが謎になる(苦笑)。セーラに聖霊が宿っていて、それを潰すためにリーランド=“ボブ”が接近したというのなら筋は通るんだけど
6.ジュディスはエクスペリエントなのか?
エクスペリエントは本当に謎の存在である。“ボブ“たちを生み、異界「コンビニエンスストア」を作り出したのだけは確か
ただ姿かたちが似ているからといって、それを“ジュディス”や黒クーパーを追ってガラス箱事件を起こした怪物と同一視するのには違和感がある
仮初にも核実験で目覚めた“魔神”にしては、スケール感が違いすぎる。ガラス箱事件の怪物は黒クーパー=“ボブ”に送られた刺客であり、“ボブ”の動きのなにかがエクスペリエントの禁忌に触れたと思える
エクスペリエントは、とりあえず、悪霊たちの生みの親、超然とした悪の根源としておくのが無難か
7.ジュディスとボブの関係は?
『ファイナル・ドキュメント』によると、古代シュメール神話に登場する悪霊「ジョウディ」に由来し、冥界から離れて地上をうろつき、人肉を食らう。獲物の魂=人間の苦悩が好物だという
それは男女の姿で現れ、女は「ジョウディ」、男は「バアル」と呼ばれる。この男女が合体(『釣りバカ日誌』的な?)すると世界の危機が訪れると言われる
ここで興味深いのは、“ジュディス”の取り憑いたセーラと、“ボブ”の取り憑いたリーランドが夫婦であること。「ジョウディ」が“ジュディス”なら、「バアル」は“ボブ”に相当すると思われる
つまり、この夫婦がツイン・ピークスの危機を作り出したのだ
そうなるとおかしいのは、黒クーパー=“ボブ”が“ジュディス”の正体を知らないこと。“ボブ”が黒クーパーに伏せているのか、“ジュディス”が不信の塊なのか
8.クーパーはなぜ、タイムスリップしてローラを救ったか?
自らのドッペルゲンガーと“ボブ”を葬って、ホワイトロッジの至る資格を得たクーパーは、フィリップ・ジェフリーズに会い、ローラ・パーマー殺人事件の当日に飛ぶ!
ジェフリーズに「ジュディスを探せ」と言われて、ローラを救ったのには「おや?」と思ったが、ローラを救わないとローラに取り憑いた聖霊も力を発揮できず、“ジュディス”に対抗できないからだろう
そして、ローラ・パーマーが街から失われたことで、従兄弟のマデリンも殺され、アニー・ブラックバーンが廃人となり、オードリー・ホーンが黒クーパーに翻弄されるなど、クーパーの周囲にも取り返しのつかない惨事が襲った
そして、25年後のツイン・ピークスは、薬物汚染で腐りきった街になってしまった。これを挽回するには、彼女を助けることでやり直すしかなかったのだ
9.なぜ、ラストはああだったのか
管理人ははっきりしたラストを見せず、視聴者に謎と想像を残したのは、いい判断だと思っている
まず、クーパーとローラがジュディスを対決し、勝利するエンドを見せてしまっては、ただの勧善懲悪のファンタジーになってしまう
かといって、コズミックホラーらしい敗北エンドにしても、それはそれで大不評だろう
つまり、視聴者に謎を残しつつ、ファンタジーのロマンとホラーの怖さを両立させる、『ツイン・ピークス』らしい締めといえよう
10.核爆弾とコンビニエンスストア
「ブラック・ロッジ(赤い部屋)」と「ホワイト・ロッジ」に比べ、「コンビニエンスストア」は異界としての歴史は浅い
1945年のトリニティ核実験とともに生まれ、その2階は悪霊たちの巣窟となってきた。実際のコンビニは1927年のアメリカ、それも核実験のあったテキサスで誕生している
本シリーズでのコンビニは、ガソリンスタンドが併設されているように、モータリゼーション(車社会)を表しているようでもある。原爆=文明の黒い炎が人間の欲望を狂わせ、それ以前の平穏な社会を薬物汚染や乱開発で打ち壊していく拠点になっているかのようだ
24時間営業するコンビニを、英語で「ナイトアウル (Night Owl)」、夜のフクロウと呼ばれるのも意味深である
赤いカーテンの開閉する夜の劇場を愛しつつ、60年代以降の社会変化は許せないという。洗練されたセンスを持ちながら、自然を愛する製作者の想いのこめられたシリーズなのだ
旧シリーズ 【DVD】『ツイン・ピークス シーズン1』 序章・EP1
劇場版 【DVD】『ツイン・ピークス:ローラ・パーマー最期の7日間』
新シリーズ 【DVD】『ツイン・ピークス リミテッド・イベント・シリーズ』 第1章・第2章