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どうでしたでしょう『真田丸』

毎年、NHKの大河ドラマはだいたい観ていて、特にブログで取り上げることもなかったのだけど、今年は書く気になってしまった
昨年の『花燃ゆ』は論外としても、『軍師勘兵衛』はけっこう気に入っていた。脚本が良ければと思っていたから、歴史好きという三谷幸喜が戦国物をやれば、久々に面白い大河になると思ったのだ
しかし、終わったところの満足度でいうと、『軍師勘兵衛』とどっこいどっこい。というか、最終回で評価が急降下してしまった
「なぜ、こうなった」。その思いが、この記事を書かせるのだ


○主演俳優が40代はまずかったか

『八代将軍吉宗』の西田敏行の例はあれど、あれは別格。終盤にやっと年齢が追いつくというのは辛かった
堺雅人はすでに完成されている役者なので、役がなじむ過程を楽しむという大河ドラマの醍醐味がなかった。主役に合わせて全体が高齢化したのも苦しく、吉田羊の稲姫はさすがにどうかと思った
そもそもその抜擢からして『半沢直樹』の便乗であって、戦国版半沢で一年埋めようというのは安易だったと思う。半沢の不適さを受け継ぐなら、真田信繁より本田正純あたりが似合っている。絶対、受けないだろうけど、観てみたい(笑)
半沢と源二郎の間にあった溝は、ついに埋められなかったように思う


○ホームドラマはそれほど必要だったか

『真田丸』はたんに大坂の陣の真田丸ではなく、真田家という家族を一隻の船に喩えていう触れ込みだった
真田父子のやり取りには、大いに笑わしてもらったが、ホームドラマ要素が足を引っ張るシーンも多かった。例えば、源次郎の姉、松(=木村佳乃)が記憶喪失になる必要はあったのか
於松の方が安土城で人質になった後、本能寺の変をきっかけに行方知れずになる史実を拾ったのはエライけど、あの再会のさせ方には何ら感動を覚えなかった。脚本家のウィークポイントでもあるのだろう
終盤で「真田家同士で戦ってはならない」と表立って言い出すのもおかしかった。ただでさえ大坂方への内通が疑われて、嫌でも身内と戦ってみせなければならない立場なのだ。信之が大阪方へ兵糧を入れることに加担するとか、真田家を背負うものとして行動に疑問が多かった
そもそも大河ドラマに現代的なホームドラマをすること自体が、世界観をぶち壊すご法度のはず。大河ドラマ以外のNHKの時代劇はわりあい時代劇の枠組みのなかで頑張っていると思うのだが


○きりは霧隠才蔵なのか

そういう説がある。だとすると、あの縦横無尽の活躍にも合点はいく(納得いくかはともかく)
松代に移った真田家で、佐助とともに暮らすというラストは、小説『真田太平記』のお江と重なる。くのいちにせず、史実の妻の一人にしたのは、『天地人』ですでにやっていたせいだろうか
こういう浮いたキャラクターは、特殊な背景を持たせたほうが受け入れやすかったと思う
例の口吸いシーンは、初恋の相手がわざわざ待ち続けて決戦前夜に結ばれるという男の妄想を実現したと同時に、おばはんになるまで待たせて男を下げることにもなっていた。いくらでも機会はあったのに、なんで今まで結ばれなかったかというと、この場面を作るためという作為が見えていた


○最終回はどうしてこうなった

関ヶ原とか、信繁が直接関わらないところは割愛する傾向はあったけど、茶々と秀頼の最期とか、千姫を帰しての秘策とか、大きく穴を開けた形で終わってしまった。観ていたときは、スタッフロールの後に15分あるんだと思い込んでいたぐらいだ
ここまで来ると脚本うんぬんというより、急に放送の枠を減らされたのではと勘ぐりたくなる。来年の番宣より、今年の放送をちゃんと終わらせるべきではなかったろうか
『精霊の守り人』とか脇で作って、NHKはリソースを分散させすぎなんじゃないか

話的に納得がいかなかったのは、信繁と家康が対決した場面。その過程があまりに舞台じみていたのは棚におくとしても、「おまえのような、戦にしか能のない人間はもういらない」→「だとしても……」というやりとりはどうだったか
真田信繁はただの武人ではなく、石田三成や大谷刑部と親しくなるような事務方も務まる人間であったというコンセプトで始めたドラマだったはずだ
長丁場でかなりテンパっていたのだろうが……、これはないだろう
最終回でもったいないというと、去年の『Gレコ』と共通するけど、あちらはあくまで畳み方が早くて余韻が足りないというぜいたくなもの。実写とアニメは単純に比較できないが、70代の富野監督は踏ん張ったのである


視聴率は何も言うまい。一番手間をかけている大坂の陣で下がってしまうのだから、追いかけた人間にはよく分からん。いくらなんでも、『お江』よりは面白かったろうに
ただNHKのほうはその視聴率に過敏になりすぎて、おかしくなっている。大手プロダクションや広告代理店の影響が強くなって、『逃げ恥』に真田丸のパロディがあって、今度はガッキーが紅白の審査員に出るとか、局の垣根のないカオスの状態だ。制作会社が共通するせいか、悪い意味で民放に近くなっている
報道の枠に、真田丸の番宣がねじこまれるのにも参った(苦笑)。コンテンツを利用して使い捨てにしようとする前に、まずドラマそのものに受信料を使ってもらいたい


関連記事 『真田太平記 (一) 天魔の夏』
     『精霊の守り人』(小説)
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未来の貴種流離譚 『重戦機エルガイム』のまとめ

FSSはあまり触ってないんですけど


1.永野護のスターウォーズ

第1話からライトセーバーの殺陣、ホーバーバイクによるカーチェイスと、荒野の惑星を背景にした活劇は、スターウォーズそのもの。とすると、3POなりR2D2なりの助手ロボットは……というと、これがおそらくファティマの役目だったのだろう
『コブラ』のレディなど、主人公をフォローする女性アンドロイドはSFではよくある設定なのだけど、富野監督の強硬な反対で却下。その代わりを担ったのが、有翼人ミラリイのリリスで、『聖戦士ダンバイン』のチャムと同じ役割を負った
こうした経緯を考えると、翌年に『Zガンダム』を控えていた富野監督の起用と、ペンタゴナ・ワールドは『ダンバイン』の多元世界のひとつという引きは、無名の新人を起用するうえでの営業戦略と見てとれそうだ

と、多少の設定は変更されたものの、大枠については永野護が考案した世界観に基づき、渡邉由自の小説をベースにストーリーラインは決まっていたようだ
富野の「『エルガイム』は捨て駒」発言、富野-永野対談で「エルガイムの後半はZにばっか構ってましたよね」という突っ込みがあったように、各話を担当したスタッフに放任されていた。そのせいで作画の荒が目立ったり、おっぱいを出し過ぎたりした反面、突発的に異様にカッコいい演出(今川回!)きざな台詞回しが決まったりして、感心する回も多かった
富野作品特有の終盤での畳みかけるような盛り上がりには欠けるものの、長丁場のアニメらしい起伏に飛んだ物語が楽しめた


2.ダバとギャブレー

ダバは周囲の人間を大事する優等生として登場し、ギャブレーは計略でリーリン一家を傘下に収めるなど、功利主義者として立身出世を目指していた
正直者のダバを上手く立ち回るギャブレーが笑うのが、前半の定番だったが後半において反転する
ダバは反乱軍のリーダーとして頭角を現し、ポセイダルとの戦いが最終局面を迎えると非情な決断を迫られる。あれほど嫌っていたスパイの投入、惑星に対する隕石落とし、終盤では最愛のクワサンを前面に出してポセイダル探索に乗り出す
女性を駒として使い切るギワザやアマンダラと近い領域へ踏み込まざる得ない

そんなダバと反比例して、女性への愛に目覚めるのがギャブレー
中盤でもレッシイに惚れるなど広い守備範囲を誇りつつも、最後はクワサンにゾッコン!
スレンダースカラの身の振り方を犠牲にしつつ、ただただクワサンを救うために動き回る
それはダバに言わせると、熱病のような安っぽい愛なのだが、結果としてギャブレーに何度も救われることになる。そして最後は忍の一字で私情を抑えていたダバともに、真ポセイダルを倒す
一個人としての心情か、リーダーとしての大局か。ダバの葛藤にギャブレーが手を差し伸べたのだ。ここまで絵に書いたようにライバル関係がはまるのは、滅多にない。惜しむらくは、ギャブレーがクワサンをダバに返す場面が描かれなかったことだろうか


3.富野は何をもたらしたか

前述のファティマの否定、リリスの早い投入は有名だが、他についてはよく知られていない。作品通してみると、純粋な富野作品とはとうてい言い難い
しかし気になるのは、ダバが精神崩壊したクワサンと故郷に帰る結末である
渡邉由自の小説、エルガイムをモデルにした『ファイブスター物語』(FSS)では、アムと結婚してカモン王朝が再興するのだ
主人公が勝利の栄光を帯びず、戦争の犠牲になった女性の面倒を見るという結末は、富野的ではなかろうか
アマンダラ(真ポセイダル)の両親がヤーマンに殺されたという因縁があり、ダバが王朝を復興しては歴史の繰り返しとなる。同じ繰り返しにならないように頑張るという筋書きもありだが、すでにクワサンという犠牲がある
様々な女性に愛された主人公が、最後はもっとも愛が必要な人間にその身を捧げたのだ
富田祐弘という富野の日大藝術学部の後輩が脚本家として参加している。学生運動家らしく作品に国家論を注入し、富野に近い風味をもたらしているのだが、この御仁がヒロインの行方まで決めたとも思えないので、やはり富野が関わっているように思うがどうだろう


『重戦機エルガイム』は、もっとも富野成分の少ない富野作品はずだ
それでもバイオリレーションで若さを保つ女王ポセイダルは、ディアナ・ソレルを連想させるし、ギワザやアマンダラといった女性を利用する悪役はZやVに通じるものがある。特にアマンダラは『ダンバイン』のショット。『Z』のシロッコの系譜に数えられそうだ
ただ、↓の富野インタビューを聞くと、「スターウォーズのその先の未来」を想像したとあって、それなりの想いを持っていたようで、実際本人のなかでどういう位置を占めるのか、ちょっとよく分かりません(汗




関連記事 【配信】『重戦機エルガイム』 第1話~第3話

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【読書メモ】司馬遼太郎の軍隊論

『街道を行く』第6巻に気になる文章があったので、メモ代わりに書いておく
司馬の戦車隊が本土決戦に備えて関東に移ったとき、避難民が北上して道路に充満した場合どう対応するか、大本営の参謀に聞いたという話

 そういう私の質問に対し、大本営からきた人はちょっと戸惑ったようだったが、やがて、押し殺したような小さな声で――かれは温厚な表情の人で、決してサディストではなかったように思う――轢っ殺してゆけ、といった。このときの私の驚きとおびえと絶望感とそれに何もかもやめたくなるようなばからしさが、その後の自分自身の日常性まで変えてしまった。軍隊は住民を守るためにあるのではないか。(『街道をゆく 6』 p36)


司馬のエッセイで何度も書いた有名なエピソードで、作家としての出発点と紹介されることもある
ただし、保守系の論客が元軍人たちにあたったところ、そういう作戦や指導の存在は確認できなかったそうだ
それはともかくとして、このエグい話から、単に軍隊否定に終わらず、軍隊の本質にまで切り込んでいく。長くなるが、引用する
 

しかし、その後、自分の考えが誤まりであることに気づいた。軍隊というものは本来、つまり本質としても機能としても、自国の住民を守るものではない、ということである。軍隊は軍隊そのものを守る。この軍隊の本質と摂理というものは、古今東西の軍隊を通じ、ほとんど稀有の例外をのぞいてはすべての軍隊に通じるように思える。
 軍隊が守ろうとするのは抽象的な国家もしくはキリスト教のためといったより崇高なものであって、具体的な国民ではない。たとえ国民のためという名目を使用してもそれは抽象化された国民で、崇高目的が抽象的でなければ軍隊は成立しないのではないか。
 さらに軍隊行動(作戦行動)の相手は単一である。敵の軍隊でしかない。従ってその組織と行動の目的も単一で、敵軍隊に勝とうという以外にない。それ以外に軍隊の機能性もなく、さらにはそれ以外の思考法もあるべきはずがない。(p37)


これが軍隊の本性だろう
対テロ戦争でハイテク化した兵器を持つにも関わらず、民間人に多くの犠牲者が出てしまうのは、つまりこういうことなのだ。近代の軍隊は相手の軍を潰すために協力な火力を持つのであって、具体的な住民を守るようにはできていない
まして他国の住民を守るために、自軍の兵士の犠牲を強要する作戦はとれないのであって、選択肢として住民を犠牲にするように傾くのだ
安全保障の論議でも、軍隊を動かすとはいったいどういうことなのか、その原理原則をわきまえないと悲劇が繰り返されることだろう


関連記事 『街道をゆく 6 沖縄・先島への道』

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【電王戦】第4回電王戦FINALの意義

五対五の団体戦は最後であるとして、FINALの名を冠する大会となった第4回電王戦は、三勝二敗でプロ側の勝利に終わった
管理人は家族の事情で、試合の一部分しか観戦できず、会見のすべてを押さえられなかったが、現時点で分かる範囲の情報で今大会を分析したい


1.年末の森下九段VSツツカナ

2014年大晦日、森下卓九段とツツカナの間にリベンジマッチが行われた
ヒューマンエラーをなくすために、持論である継盤の使用と秒読み10分の特殊ルールが用いられ、勝負は年をまたいで正月の午前五時152手をもった指し掛けとなった
ニコニコでも検証されたように、森下九段が入玉が確定した状態で、ソフト側が持将棋にするにも点数が足りない。素人から観ても、負けるのが難しいぐらいの勝勢で、判定勝ちは至極妥当な裁定だろう
実戦でソフトが強くても、個々の局面での大局観・技術では人間が勝るということが証明された対局だった
実のところ、人間とコンピュータ将棋の力関係を測る点では、本戦よりこちらの結果が重要だったと思う。本戦はPVのあった通り、ケジメの一戦になるはずだった


2.電王戦の経過

第一局 ○斎藤慎太郎五段 VS Apery●

Aperyが飛車を振り、ソフトが得意とされる対抗型
しかし、一方的に飛車先の歩が切れる展開となり、プロ側の優勢に。そのまま中盤まで手堅く差し切った斎藤五段がソフトの追撃を許さずに押し切った


第二局 ○永瀬卓矢六段 VS Selene●

「横歩取り」に誘導されると思いきや、ソフトの三手目4八銀で力戦模様の相掛りに。前例のない長期戦はソフトの強さが出やすいので、永瀬六段もマズい展開と考えていたようだ
実際、ソフト有利の局面もあったようだが、いつのまにか後手のプロがソフトの右玉を追い詰め、決定的な局面において角不成!!
これに対して、ソフトは王手放置して他の手を指してしまった。Seleneは無駄な手を省いて読みの力を強めたため、意味のない不成に対応できなかったのだ
永瀬六段は優勢を確信しつつも、より確実な勝利のためにバグを起こす不成を着手した
将棋でもプログラム的にもソフトを圧倒した完全過ぎる勝利だった


第三局 ●稲葉陽七段 VS やねうら王○

開発者・磯崎氏の発言から、ソフト最弱と噂されたやねうら王が相手とあって、早くも人類の勝ち越しが期待された一戦
しかし、やねうら王のランダム性の強い序盤により、プロの研究を離れた力戦模様に。二筋を押し込まれた局面で、稲葉七段はあえて二筋で開戦する勝負手を放つ
相手が突きたいところを逆に突く手は問題視されたが、やねうら王自体の判断では直後に形勢が傾いたわけではないらしい
やねうら王は勝勢時に詰みを逃すなど間の抜けたところも見せたが、素人には良く分からないうちに勝ちきってしまった
局後の会見で磯崎氏は、不思議な序盤について、電王戦ではソフトに代わって着手する“電王手さん”が指す間がある分、デスクトップで対戦するのとは思考時間にギャップが生じることを指摘。事前研究と実戦ではわずかな時間差で、ソフトの指し手が劇的に変わってしまうのだ
事前研究の限界を示す一局といえるだろうか


第四局 ●村山慈明七段 VS ponanza○

前回の電王であり、実質最強といわれるponanza「序盤は村山に聞け」と呼ばれる棋界随一の研究家・村山七段が挑んだが……
対ソフトに有望とされる「横歩取り」への誘導に成功し、村山七段は最も激しい「相横歩取り」へ踏み込む
しかし、浮いた7八の金に対する対応に、ponanzaは意表の7七歩!
くしくも前例は米長前会長のみという奇手だったが、実はそこまでは研究範囲。しかし、ソフトが飛車交換を避けたことで研究を外れてしまい、馬を作られてからは苦しい展開となった


第五局 ○阿久津主税八段 VS AWAKE●

二勝二敗で迎えた最終局は、電王戦らしい(?)想定外の展開となった
AWAKEが成った角が取られる手を打ったところで、開発者の巨瀬氏が投了してしまったのだ
この展開は2月28日に行われたイベント「電王AWAKEに勝ったら100万円」において、アマチュアの挑戦者が勝った戦法で、序盤で角を取られる局面は確かに先手勝ちづらい。阿久津八段は研究数日目で気づいたそうだ
むしろ、本番は局後の会見だった
巨瀬氏が「プロがハメ手を使って勝ってにいいのか」と突きつけたことで、電王戦の存在意義が問われたのだ
ソフトが人間を圧倒してきた状況下において、魅せて勝つ余裕があるわけもなく、二勝二敗で迎えた責任からも阿久津八段を責める理由はひとつもない。角を取られても指すだけ無駄という状況ではなく、「将棋を魅せる」点でいえば、早い投了に問題がある。空いた時間を永瀬六段が埋めてくれたのだ
元奨励会員の開発者がかつての夢舞台で対局するというドラマは、後味の悪い結果となった


3.レギュレーションは妥当だったか?

前回と同じレギュレーションだったが、電王戦を総括する会見では、開発者側の大会への異論が噴出した
実のところ、前回から人間寄りのルールになっていたが、ソフト側が勝利したことで問題視されなかった。今回、人間側が勝利したことで、その不満が顕在化した格好だ
複数のPCをつなげるクラスタの禁止はソフトの棋力を限界よりは抑えてしまうし、ソフトの事前貸し出しと調整の禁止は開発者の不自由さにつながっている。ソフトを差し出して半年間何も手が出せないのは、開発者も悔しいしフラストレーションが溜まったことだろう
開発者の中で“貸し出し賛成派”の磯崎氏は、貸し出し対策に序盤のランダム性を高めていて、その分棋力が下がると話していた

もし羽生四冠などのタイトルホルダーとの最終決戦を想定すると、今回のレギュレーションのままでは通用しない。少なくとも開発者の調整を許さないと、人間側が隙を見つけ出した場合、勝負がマンネリ化し興行として成立しない
人類対コンピュータをテーマを追求すると、クラスタの禁止にも疑問符がつく
今回で電王戦が一段落したのは、運営する立場からすれば運が良かった。開発者・プロ・観客が納得するレギュレーションを設けるには、かなりの時間と労力が必要なことだろう
せめて、修正されたAWAKEのリベンジ対局が実現して、後味の悪さを払拭できれば嬉しいのだが
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全体主義の黎明期 『Gのレコンギスタ』のまとめ

おそらく、最後のテレビ作品となるのだろう


1.おじいちゃんのジェットコースター

本作をひとことで言い表すならば、コレなのだ
キャピタル・テリトリィ、アメリア、トワサンガ、そしてビーナス・グロゥブと地球圏を越えた世界観は、とても2クールを想定したものとは思えない
監督の脚本にどれだけ他のスタッフが関わったかは分からないが、最初に作った設定をほとんど削らず投入したのはなかろうか
余りの展開の早さゆえに先を読む余裕もなく、次から次に現れる世界や人々に目を奪われ続けた。これほど次回の内容を楽しみした作品もない

その反面、本来なら作品を代表する名シーンが、余韻を感じる間もなく終わってしまう嫌いもあった。最初に感じたのは、デレンセン大尉の死に様だ。あれだけ存在感のあるキャラクターが殺されて、尾を引かないのだ。「戦死システム」という言葉が頭に浮かんだ
そうしたドラマの飛躍も終盤のカタルシスで補うに余りあると信じていたが、最終回までジェットコースターだった
歴代の富野作品は、様々な事情で中盤が混乱しても、終盤での神業的な畳みかけで名作として成立していた。それに比較すると、人々の結末を義務的に並べたに終わった最終回は非常にもったいない


2.ベタな設定のてんこ盛り

富野監督は絶えず、ありきたりの設定を避けてきた。王道の物語を作るとしたターンエーすら、普通の物語がない時代だからこそ普通に作るのが新しいという認識でスタートした
しかし、Gレコはどうだろう
「学校の同級生と敵味方に別れて戦う」「主人公は貴人の息子であり、実の親もやはり貴人である」「恋した人が実の姉だった」「主人公機体はスーパーな性能で敵を圧倒し続ける、どころか本人もスペシャルな天才である」
いわゆるアニメでありがちな設定で溢れているではないか
しかも、あまり熱心でなかった自作品のパロディも積極的に盛り込んでいる。これはどうしたことか

おそらく、後進へのお手本という意識が強いのだろう。「ベタな設定でも、ちゃんとドラマを積み上げれば感動できる」「パロディというのは、こうやるのよ」と示したかったに違いない
そしてその結果、シリアスなテーマを内包しつつも、最後までエンターテイメント全開の作品となった。これほど笑わせてもらったアニメ作品は他にない!
しかし、実際に後進のお手本になるかというと、上記のジェットコースターが気にかかる。ただでさえ、情報量をスピードで押し切ろうとする富野信者が多いのだから……


3.帝国主義たけなわ

Gレコは新興国のアメリアが、資源の供給を握るキャピタル・テリトリィに挑戦するところから始まる
キャピタルは南米とおぼしき“イザベル大陸”にある。イザベルの名は、コロンブスの航海を支援したカスティーリャの女王を連想させ、キャピタルとフォトン・バッテリーを供給するトワサンガは、植民地と宗主国の関係
現実の歴史に喩えるなら、アメリカがスペイン・ポルトガルの影響を排除しようとするモンロー主義の時代にあてはまり、植民地の独立戦争と見ることもできる

しかしアメリアの行動は、単なる独立戦争にはとどまらない。キャピタル・タワーを掌握することで、地球圏の覇権を手にしようとする
ビーナス・グロゥブからの輸送船フルムーンシップが争奪されるのは、その能力があればフォトン・バッテリーの供給を握れるからで、アメリア、クンパ大佐の指導で自立の動きを始めるキャピタル・アーミーと独占を維持したいトワサンガとの三つ巴の戦いは、文字通り帝国主義同士のぶつかり合い
史実でいえば第一次世界大戦軍隊の大規模化は階級の平等化を促進し、貴族の牙城であった将校にもルイン・リーのごとく階級上昇に利用する者が現れる
彼の行いは、昭和の青年将校そのままだ


4.全体主義の萌芽

地球から離れたビーナス・グロゥブは、最先端の技術を維持して、フォトン・バッテリーを握って超然とした地位を保っている。ベルリたちにとっては自分たちの社会の未来といえ、進歩する技術の延長にある
アイーダラ・グー総裁が示したのは、進みすぎた技術ゆえに衰弱する身体であり、ジット団はそれを嫌って、地球こそ人類の理想郷と夢見て旅立つ。その意味で、レコンギスタとは身体性を回復する運動ともいえる

しかしこの身体性を回復し、理想郷を取り戻す運動は、歴史的には全体主義とも結びつく
トワサンガの強硬派やジット団にとって、地球を勝手にいじくり回す地球人は、理想郷を壊す排除すべき蛮族である。バーチャルなユートピアは、不健全な存在を排除しなければ成就しない
唐突に思えたフラミニアとマスクの握手は、観念的なユートピア思想を持つインテリとこの世を憎悪する虐げられた下流階級の結合であり、第一次大戦後の全体主義の台頭を思い起こさせる
Gレコに描かれた歴史風景は、まさに全体主義の起源なのだ


5.ノブレス・オブ・リージェ

そうした戦争や全体主義の動きを防ぐものとして提示されるのが、ノブレス・オブ・リージェの精神
戦争にしろ、全体主義にしろ、身に過ぎた文明の利器を持った人間が欲望を発散して、悲劇を起こしてしまう
責任ある立場にいる者は、周囲の人間の欲望に迎合するのではなく、高所に立って自らの共同体を導き、それを支える環境に意を払わねばならない。優れた技術がもたらす結果に、知見と責任を持たねばならないのだ
アイーダは政治家としてエリートの責務を果たしたが、この精神はトップにだけ求められるものではない
超技術を預かったベルリがなるべく犠牲を少なくしようと奔走したように、一人一人の人間としての倫理も試されている。技術に振り回されず、全体化するシステムに動員されないココロが必要なのだ


とにかく楽しいアニメだった
次から次と監督好みのネエちゃんが出てきて色気を振りまき、「彼女のいない奴のことも考えろ」と言いつつ、男女のキャッキャウフフも描かれる。まさに生の喜び、これにありと見せつける
しかし、こうして愛し合う人間たちが、いざ戦争に巻き込まれると、違う喜びを目覚めるように暴れ出す。健全で元気な人間が、無定見から戦争で傷つけあい、閃光の中で消えていく
生の素晴らしさを伝えていたからこそ、それを奪う戦争の酷さが分かるのだ。陽性のドラマが展開されても、監督のロボットものに対する姿勢にまったくブレはない

全体主義に関しては、いわゆるナチズムやスターリニズムのような体制は登場せず、その萌芽を示すに終わった
リング・オブ・ガンダムの際に、確かテレビシリーズ劇場映画でという話があったと思う。実現するかはともかくとして、構想の中では全体主義によって崩壊した世界が、続編として想定されているのではないだろうか
ハリウッドで企画されているというリメイク作品含めて、期待して待ちたい


関連記事 【配信】『Gのレコンキスタ』 第1話 「謎のモビルスーツ」 第2話「G-セルフ、起動!」

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私の上を通り過ぎたファンタジーたち ~『王国物語』

続くのか? この企画


王国物語―悲劇の誕生 (集英社スーパーファンタジー文庫)王国物語―悲劇の誕生 (集英社スーパーファンタジー文庫)
(1991/03)
山崎 晴哉

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山崎晴哉の『王国物語という小説をご存知だろうか
今は亡き集英社スーパーファンタジー文庫というレーベルで、1991年3月から刊行され4巻で打ち切りとなったファンタジー大河小説だ
一つの大陸に七つの王国が存在する世界で、ストーリーは大陸統一を目論む“山の王国”のガド王オーシャル率いる狩猟民を壊滅させるところから始まる
オーシャルの息子シャルはガド王に復讐を誓うが、同時にその娘リラ姫に心奪われる。心優しいリラ姫には満月の夜(??)に、残酷非道のガディス王子へ変身する呪いを持っており、ガド王はリラ姫の呪いを解くため、手段を選ばず大陸統一を目指していたのだった
リラ姫の秘密を知ったシャルは、復讐の矛を一端おさめ、姫の呪いを解くために王の大陸統一に協力し、リラ姫と呪いの秘密を守る親衛隊となる
僕の記憶が正しければ、こんな設定だったと思う。親と一族の仇よりネエちゃん優先という、今考えるとなんともノリのいい主人公だ(苦笑)

このどマイナー小説が記憶に残っているのは、要はエロですわ(笑)
リラ姫がガディス王子に変貌するときに夢遊病状態で半裸になるとか、シャルが娼婦と初体験したりとか、氷の国の王子が馬の面倒を見る少女を押し倒すとか、エロ中心の小説ではないものの、中学生の股間を存分に刺激する性描写があったのだ
まるでスポーツ新聞で連載する時代小説みたいなのである
一時期、ツイッターの片隅で昔のライトノベルのセックスコードが論争されていたが、打ち切りの原因のひとつは、性描写の生々しさにあったろうことは想像にかたくない
設定的にも行き詰まりつつあった
大陸統一とリラ姫の呪いの因果関係がはっきりせず、呪いが解ける期限が四年と短くて、第4巻においては平原の王国との戦いで歴史的雨季が遅い、呪いが解けないことが確定的になってしまった
また、シャルに片思いの幼馴染がガド王に片腕を斬られ、扱いにくい存在になっていた
主人公たちや各国のライバルのキャラは立っていたので、打ち切りは残念だったが、冷静に考えると話の転がしようがなくなってた気もする

著者の山崎晴哉は、アニメの脚本家として『巨人の星』『スペースコブラ』『キン肉マン』など様々な作品に関わっていた御仁らしい。当時のプロフィールには、アニメの履歴が書かれてなかったので、まるで知らなかった
90年代はゲームからファンタジー世界が知れ渡って、いろんな架空世界ものが刊行されていた。機会があったら、覚えている限り書いてみたいと思う


関連記事 『テレビアニメ魂』
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武道VSスポーツ 『軍鶏』 リーサルファイト編のまとめ

リーサルファイト編の決着がついたので、ひとまずの総括を

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1.邪道の主人公

東大を目指す優等生だったのに両親を殺してしまった主人公・成嶋亮は、少年院の悪童たちに地獄の責め苦を受けながら、謎の空手家・黒川に会い、生き抜くための武道を学ぶ
そして、娑婆に出たときにスター扱いの空手家・菅原直人の姿を見て嫉妬し、周囲の様々な思惑を受けて檜舞台で決戦に挑む。それがリーサルファイト編のあらすじだ
少年院でストイックに空手の練習をしてきた姿から、有名人を恋人に持つ菅原に嫉妬するのが意外だった。サバイブを目的とするのなら、嫉妬する必要はないからだ。菅原への因縁を持たせるために、主人公が小物にしてしまった感はぬぐえない
ただし、小物に設定した以上、そのまま突っ走らせるのがこの漫画のエライところ
主人公は菅原との対戦に持ち込むため、その恋人をレイプさえし、自身もまた悪党に身を落としていく。そして試合でも勝つために手段を選ばず、ドーピングもすれば目潰し攻撃も行う
元優等生はどこにやら、まさかのジャギ(笑)。ここまで小悪党を地でいく主人公がいただろうか


2.スポーツVS武道

成嶋亮と菅原との対決は、黒川とリーサルファイトの創設者・望月とのイデオロギー闘争でもある
いわば殺しの技術としてあった武道を、スポーツあるいは見世物として商業化し本質を歪めたことへの怒り。喧嘩、潰し合いを謳いながら、実はスポイルされているというのが黒川の主張だ
望月からすると、資本主義の世の中で空手が生き残っていくために、黒川の空手は葬りさらねばならない。目潰し攻撃など大衆に見せられるものではない
しかし、たとえ見世物であっても武道である以上、暴力性はかならず伴う主人公のしたたかな戦いぶりは、スポーツマンシップにあるまじきものかもしれないが、格闘技に潜む凶暴さを示すものである
ドーピングの副作用などは、まさに業界の闇。格闘技ブームをきっかけに、ゲーム的、スポーツ的に広まってしまった格闘技へのイメージを警告した作品といえるだろう


3.リアリズムと画力

そういうメッセージがありながら、作中の格闘は見世物として魅力的である(笑)
成嶋亮は絶えず体格差で劣るというハンデを負いながら、技術と状況とひらめきで乗り越えていく。相手がタフで素人以外、楽に勝つことなどない
実質的に負けているケースも多く、いわゆる主人公補正を感じさせない経過が作品に緊迫感を生んでいる
なにしろ、描きこみとテンポがいいので、飛躍した体の動きがあってもまったく違和感を感じない。体格で勝る敵の迫力は凄く、主人公が逃げ足になる様もその恐怖を引き立てている
ひとりひとりの敵役が背景込みでしっかり描かれているも好感が持てて、その結末には哀愁が漂う。本作品の一番の見所ではないだろうか


さて、第14巻から舞台は上海に移る
菅原が生きているようで、どういう風に絡むか気になるが、しばらく追いかけようと思う
リーサルファイト編がピークな気もするけれど…


次巻 『軍鶏』 第14巻・第15巻・第16巻
前巻 『軍鶏』 第11巻・第12巻

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現代と宇宙世紀の架け橋 ガンダムOOのまとめ

セカンドシーズンへの溜めが多いが、とりあえずファーストシーズンのみの総括を


1.『沈黙の艦隊』ガンダム

圧倒的な性能を持つガンダムが世界の紛争に介入する。テレビ放映中に何話か観て大筋を知り、感じたのは『沈黙の艦隊』へのオマージュである
『沈黙の艦隊』(以下『沈黙』)は原潜一隻で独立国家を宣言し、米ソと渡り合いながら、国連を中心とした集団安全保障を現実化しようという作品である。アメリカと「世界の警察」を巡る争いになるものの、各国の原潜による国連軍が全ての国に核抑止力を提供する形で丸く収まる
本作のソレスタルビーイングはというと、戦争根絶を掲げつつも紛争の原因へ直接に武力を用いる。どちらかといえば、現実のアメリカのように「世界の警察」を代行するようなやり方だ
『沈黙』に比べ、やけにユニオンが大人しかったが、近未来のアメリカは中国などに押され、地域大国に留まると設定されたのだろう

ソレスタルビーイング(以下SB)の結末は、『沈黙』の海江田艦長たちとは大きく違う
SBは国連などの既存の組織と手を組まず、国際社会の敵として認識され、国連軍に掃討される。これが創設者イオリアの計画のようで、最終回のエンドロール中に地球連邦政府が宣言される。人類共通の敵となることで、その団結を促すのが目的だったのだ
冷厳の計画だが、『沈黙』の国連軍が各艦長の善意に委ねられたことに比べれば現実的である


2.グローバルかつ帝国主義

本作の世界は、軌道エレベーターの軸に三つの国家連合群に分かれる
アメリカを中心とするユニオン、ヨーロッパ共同体であるAEU、中国・インド・ロシアがまとまった人革連、で残りは太陽エネルギーの恩恵を受けられない途上国群だ
現実の世界のように先進国同士の戦争はなく、SBの介入も国家連合の軍事演習、途上国の紛争に向けられる
また、先進国以外に軍事産業も目標となり、AEU地域のモラリア共和国は、世界的な民間軍事会社PMCがあったために武力介入を受けた
実際、イラク戦争などには民間の軍事会社が軍隊の補完として傭兵を派遣していたし、欧米の軍需産業は紛争地に武器を供給して稼いでいる現実がある
製作者は国際社会の現状を理解し、ガンダムという媒体で表現しようという意欲が見て取れる

しかし、現実的にガンダムというハードで地域紛争を片付けるのは難しいだろう
ロボットアニメのご都合で相手が古いMSを持ち出してくれるが、実際の武装勢力なりテロリストは人民の群れの中に存在するので、ハードをぶつければ民間人の犠牲は免れない
失敗国家での軍事活動がいかに難しいかは、『ブラックホーク・ダウン』などを観れば良く分かるはずだ
もちろん、それは製作者も百も承知なのだ


3.ガンダムに没入する主人公

主人公の刹那中東出身の元少年兵で、洗脳された過去を持つ。戦いの果てにSBのガンダムに救われて一員となるが、彼は圧倒的な力を持つガンダムを崇拝し、一体化して戦っていく
いわばガンダムでしか自分のやりたいことを表現できない主人公であり、あえて過去のガンダムと比較するなら構想段階のカミーユに近いだろうか
彼はSBの目的を疑いもせずに突っ走り続け、その一途さはときに仲間を勇気づけるが、自分たちが計画に潰されようとしたときに迷いが生じる

このアイデンティティの危機は破滅につながる深刻なものだが、ラッセの一言であっけなく解消できた(苦笑)
平和主義のマリナ・イスマイールに泣きつくとか、いろいろな曲折が用意されてしかるべきだと思うが、彼もあくまで“主人公の一人”という位置づけで、彼だけに構っていられなかったのだろう
その割りに、アレルヤには尺が割かれたけどなあ~


ファーストシーズンを見終わったところ、かなり満足できる作品だった
現実の国際秩序をフューチャーしつつ、実は宇宙世紀の前史を擬似的に描いていたという野心を高く評価したい
富野ガンダムを引用するロボットアニメは枚挙の暇がないが、『沈黙の艦隊』をガンダムにぶちこんだのが新鮮だった。くしくも『沈黙の艦隊』は富野監督がアニメ化を依頼され、断ったという因縁の作品である
世界を説明するために解説的台詞が多く、上から目線で口だけの傍観キャラが増えたり、マイスターがガンダムの性能に頼りすぎて戦闘面で物足りない部分もあった(最後もトランザム頼り)。すべてが成功しているわけではない
しかし、沙慈とルイスなど庶民の視点を取り込むなど押さえるべきところは押さえた良作だったと思う

ただし、セカンドシーズンは『沈黙の艦隊』成分が抜け、地球連邦政府の内紛というZガンダムな展開が予想されるので、期待のハードルを下げざる得ないと考えている
とあるゲームで遊んでいたところ、ルイスが戦争に動員されることを知ってしまったのだ
2クールの話を作り、新キャラを押さえる都合上だろうが、正直ドン引きである(苦笑)
ファースト・シーズンのバランスは失われると思うので、生温かく目で追いかけたい


関連記事 【BD】『機動戦士ガンダムOO 第1話・第2話

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【電王戦回顧】第3回電王戦の意義と今後

第3回電王戦は、プロ側の一勝四敗という結果に終わった
前回より順位戦で上位のメンバーを揃え、昨年度までA級だった屋敷九段まで敗れたとあって、人間の完敗といっていいだろう
まして、プロに配慮したレギュレーションでの敗北は、ある種の決着がついたと言わざるえない


1.第3回電王戦のレギュレーション

第3回のレギュレーションから振り返ってみよう

・対戦ソフトと同じバージョンを棋士側に提出する
・用意されたハードウェア一台を使用する。クラスタは組めない(電王戦トーナメントと同じハード)
・持ち時間はチェスクロック方式の五時間。夕食休憩がある
・ロボットアーム「電王手くん」が代指しを努める


一般的にソフトは複数のパソコンでクラスタを組むことで、棋力が向上し読みの傾向も変わる。そして、プロ側は個人でそのような練習環境は用意できない。結果、前回は練習と実戦との違いに振り回されることになった
パソコン一台での勝負は、ソフトの貸し出しと同様にプロの練習環境に配慮したものといえるだろう
逆にいえば、戦前からプロ側がソフトの力を認めているがゆえの条件ともいえる
「電王戦トーナメント」から選出されたソフトに、GPSなど世界コンピュータ将棋選手権の上位ソフトがないなど、PVの「人間側の逆襲」が観られると思われた


2.電王戦の経過

正直言ってどの対局も難しく、管理人には指し手の評価などできようもないので、以下は雑感である

第一局 ●菅井竜也五段 VS 習甦○

電王戦初の振り飛車対居飛車の対抗形。ソフト側が飛車先を突かないまま、矢倉に近い囲いを作る独特の戦型(管理人の持つAI将棋もこういうことをやる)をとったのに対し、菅井五段は6八角と角の転換を図ったがこれが裏目に
一度、優勢になった習甦は、卒なくプロを追い込み、昨年の雪辱を果たした
菅井五段は高い勝率を誇る若手のホープであり、勝った習甦は電王戦MVPに輝いた


第二局 ●佐藤紳哉六段 VS やねうら王○

レギュレーションを巡る騒動に注目が集まる、アヤのつく対局になってしまった
ソフト側がバグを払拭するために直したいと申し入れ、主催者ドワンゴが容認した結果、棋力が上昇したわけだが、ソフトが修正されたのは勝負の一週間前。これを認めてはプロ側の練習環境に配慮するレギュレーションの意味がなくなってしまう
第一局後に流されたPVもドワンゴが興行面で素人であることを露呈したといえよう
対局後の「ソフトが強いというより、僕が弱い」という佐藤六段の言葉は後味が悪い。40局という練習量に疑問の声が上がったが、「局後学習」機能を警戒しすぎたかもしれない


第三局 ○豊島将之七段 VS YSS●

プロ側が連敗で追い込まれ、次世代のオールラウンダーに将棋ファンの希望が託された
戦型は横歩取りで、豊島七段が一瞬の隙に切り込み、ソフトが力を出す前に決着をつけ、ファンの溜飲を下げた
現地中継中に、ソフトが単に飛車をいじめるだけの1四金を打ち、谷川会長を凍らせる場面が有名になったが、あそこまで形勢が開いてしまうと他にまともな手がなかったのだろう
YSSは独自に進化してきた古豪で、全幅検索のbonanza系に対抗し電王戦出場を決めただけでも大したものだと思う


第四局 ●森下卓九段 VS ツツカナ○

ソフトは評価がしやすいことから伝統的に駒得を重視してきた。それが「駒得は裏切らない」で知られる森下九段と対戦することになるのだから、面白い時代になったものだ
森下九段は後手矢倉ながら、果敢に斬り合う変化に突入。なんだか良く分からないうちに、悪くなっていた
立会い人の塚田九段はツツカナの差し回しを「まるで森下九段」と評したように、ソフトらしからぬ筋のいい棋風が光った
対局後の森下九段、一丸さんの態度がすがすがしく、記者会見もお通夜状態にならなかったのがなにより


第5局 ●屋敷伸之九段 VS ponanza○

総合成績の負けが決まっても、Uインターの対抗戦のように大将戦で勝てばいい。去年と同じようにその思いで見守っていた
戦型は横歩取り。屋敷九段の指し手が早く、研究どおりの展開に持ち込んだように思われた
ソフトは珍しく持ち時間を費やし、最終盤にいたるまで屋敷九段のほうが残っていた。最後の最後まで互角の形勢が続き、ソフトの評価は駒得で高いものの、プロの見立てでは形勢不明と見解が分かれた
大駒を追う香打ち、金打ちなど妙な手もあったが、最後は終盤の一手で勝敗が決まったようだ
第四局もそうだが、何が敗着か判然としないハイレベルの攻防だった
局後は屋敷九段の快活な受け答えが、一服の清涼剤のようだった


3.電王戦の今後

さて、前回より実力、段位が上位の棋士が選出したにも関わらず、プロが負けてしまった
パソコン一台勝負でソフトの優越が決まってしまって、電王戦の意義が問われる結果である。今後はどういった形で、人間対コンピュータの対局が想定できるだろうか

(1)タイトルホルダーによる番勝負

棋士はソフトとの真剣勝負の経験が一部を除いて皆無であり、初物の弱さは人間だけが負う。長時間の番勝負なら、ソフトの傾向をつかんで経験を生かすことができる
問題は日程だ。3月から4月開催となると、王将戦、名人戦と重なることになる。前回は三浦八段が名人戦挑戦者になる可能性があり、万全の準備がとれなかったのだ
他のタイトルホルダーも羽生三冠が両タイトル戦の常連(!)となれば厳しい

(2)森下九段による五番勝負!!

 森下九段は対局後と電王戦最後の会見で、「疲れる人間とコンピューターが同じ条件で対局するのはおかしい」「意表の一手も継ぎ盤などで冷静に見れば大丈夫」と大胆な提案をされた
 コンピューターは読みが、棋士は全てを読まなくても分かる大局観と感性が武器とするのなら、そこで純粋に張り合える舞台を用意すべきという考え方は間違っていないと思う
 「この条件なら100戦100勝」「やれと言われれば、いつでもやる」という森下節も炸裂したし、とりあえず森下九段自身が実験的に対局する企画はありなのではないだろうか

(3)対コンピュータ巧者のドリームチーム

 従来どおりの開催なら、羽生世代を無理繰りそろえるより、経験者を集める方がまともに戦えるのではないだろうか。第2回の阿部四段、船江五段、第3回から豊島七段は入れて欲しい
 また出場棋士を決める際に、出場希望者にソフトと対戦してもらって好成績の棋士から選抜するとか
 正直、タイトルホルダーだから対ソフトに抜きん出ているとは言えないので、慣れている人のほうがファンからすると安心感がある


今回の電王戦で、ひとつの区切りはついたと思う
これからは間違いなく、人間がソフトを追いかける時代
ただし、ソフト側も人間の作った定跡、棋譜をデータベースとしている以上、全くかなわないほどの差はつかないと思う
阿部四段が角換りで、豊島七段が横歩取りで快勝したように、豊富な研究で突破できる可能性はある。プロの研究では実戦で使われる以前に決着がついている形もあるそうだから、ソフトに記録されていない研究手順に持ち込めば充分に勝機はある
ただし問題はプロに対ソフト用の練習時間をどれだけ割けられるか、ということ
電王戦経験者は「将棋が強くなった」と話してくれるが、リスクもゼロじゃないだろう
若手あるいは、行動の自由が利くアマチュアから、コンピューターハンターが出てくれないかと管理人は期待している


関連記事 【電王戦回顧】プロが胸を貸す時代は終わった


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【電王戦回顧】プロが胸を貸す時代は終わった

衝撃の結果を受けて。詳しいことは来月の『将棋世界』を読まないと分かりませんが(棋力は元アマ初段です)


第一局 ○阿部光瑠四段 VS 習甦●

角換りの将棋からソフトが桂損の攻めに出て、プロが冷静に立ち回り完勝した
事前の研究で桂損してくるところを把握していて、ソフトの弱点を見抜いていたことがそのまま勝因につながった
ある将棋関係者はプロが研究でソフトの弱点を探すなんて、と吐露していたが、以後の対局を見ればそんなことはいえない


第二局 ●佐藤慎一四段 VS ponanza○

ソフト側が飛車先の歩を交換させて、雁木模様の戦型をとった
ponanzaは第一局を見てか、序盤の定跡を外していた。角道を閉じた雁木もどきなので、プロが悪いとは思えなかったが、歩が交換できても手損の分、すぐ良くはならない
それでも、中盤にソフト側に疑問手が出てややプロ有利、いや指しやすい局面を迎えていた
先崎八段の観戦記によると、本当の敗着は最後の最後に受けた3二金らしい
すでに秒読みであり、疲れないコンピューターの強みが人間を押し切った
内容をみると、ponanzaに筋の悪い手が目立ち(即、悪手というわけではないが)、人間が大きなミスをしなければ勝てそうに思えた


第三局 ●船江恒平五段 VS ツツカナ○

第三局はソフトが三手目に7四歩を指し、力戦模様に。第二局と同じく開発者側が、定跡を嫌ってわざと三手目から外れるように設定したらしい
受けに定評あるというツツカナは、意外にも軽い攻めでボンクラーズに995点のポイントを出させるほど先手玉に迫った
しかし、実際はプロの読みが上回り、ツツカナの攻めは無理と判明。プロ側の玉型が長靴にも喩えられる要塞となり、明らかに逆転した
プロが完封を目指した中央での金打ちが疑問手で、ツツカナが長靴の口から打開し、押さえ込みの金二枚が歩越しの悪形に追い込まれて寄せきった

本局が一番の熱戦譜だった
舩江五段はコンピュータには序盤だけでなく、中終盤にも隙があることを実証した。その部分では、2007年の竜王ボナンザ戦から、さほど強くなっていないのかもしれない
もっとも、今回はデスクトップ一台での参戦だから、クラスタを組んだときにはどれぐらいになるのかは想像もつかない


第四局 △塚田泰明九段 VS Puella α△

前二局が居飛車力戦だったが、ディフェンディングチャンピオンと称するPuellaαは堂々と駒組みし、相矢倉となる
ソフト側がやや無理ではないかという端攻めを行い、塚田九段がそれを逆用する形で進んだ
塚田九段の作戦はハナから入玉ではなく、二段構えだと思う。しかし、局後、谷川浩司の名前が出されるほど細い攻めを上手くつなげて、塚田玉を入玉に追い込んだ
解説の木村一基八段が指摘していたように、角を逃がす順をとっていれば、その後の苦労は少なかったと思う
普通に相入玉しても駒の得点では絶望的で、人間相手ならかなり前に投了していただろう
最後は意地もプライドも捨てた執念で、持将棋に持ち込んだ

正直、電王戦のメンバーに塚田九段の名前が出てきたのは意外だった
おそらく大将戦がA級棋士だから、それに合わせてある名前のある棋士出したいけど、B級からはまだ出したくない。そういう意図を勘ぐりたくなる人選だった
塚田九段は他の棋士より準備期間が短く、持ち時間も求めていた時間より少なかった。入玉に重きをおいたのも、コンピュータ将棋に対する漠然としたイメージだったように思う


第五局 ●三浦弘行八段 VS GPS○

第4局に続いて本格的な相矢倉。ただし、三浦八段は角がにらみ合う脇システムをとった
脇システムはPuellaαが電王戦のために対策をとったとされ、コンピュータ将棋が苦手な戦型と見込んでの選択だろうか
端攻めをにおわすプロに対し、ソフト側が七筋から突っかけて前例のない形に突入した
七筋の突っかけを咎めようと矢倉の金銀を盛り上げ、後手陣の飛角を封じようとしたが、8三金が悪手。角得の手順ながら飛車が玉頭ににらむ位置に入り、6六金から8八歩の手順で振りほどけなくなったようだ(正確なことはよくわかりませんが)

将棋の性質は米長ボンクラーズ戦に近い、金銀の圧力で押さえ込みが破綻したもので、中盤が終盤に直結する粘りの効かない形だった
金を手放したところを咎められるのは第三局を思い出すし、人間相手に効く手とコンピュータの評価の違いを感じさせられた
また、数百台のコンピュータによる分業が強烈で、人間が1時間を要するところコンピュータは数分で決断できてしまう。理屈では弱点を見つけられても、実戦的には想像以上の化け物だった


局後で開発者が答えたようにソフトの出来不出来は激しいし、人間もしかり。これで優劣がついたわけでもない
しかし、プロがソフトに胸を貸す時代が終わったことは明らかだ
この結果は主催者、プロ、(伊藤氏をのぞく)開発者にとっても意外で、仮に次の対戦相手を出すにしても誰を出すというのか
今年と同じ一番勝負×5のチーム戦か、タイトル保持者相手の番勝負か。番勝負にするにしても、GPSの大規模クラスタは連戦可能なのか
羽生三冠がかつて予言した、ソフトが人間を超える2015年に、羽生本人が番勝負で最終決戦をやる。そんな未来もありえそうだ


関連記事 【電王戦】どうなる?人間対コンピュータ
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