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少年時代、母親の死と父親の会社が倒産する悲運を経験した渡邉美樹は、小学生の卒業アルバムに「社長になる」という夢を記した。大学を卒業後、経理会社を経て佐川急便のセールスドライバーとして働き、起業資金を貯める。起業を誓った学生時代の仲間たちと合流し、居酒屋を開こうとした矢先、友人が“スパイ”として潜り込んだ「つぼ八」の社長、石井誠二に呼びつけられて……
いろんな意味で有名になってしまったワタミの創業者、渡邉美樹のサクセス・ストーリー
著者は『金融腐食列島』などで有名な高杉良で、同氏の企業家精神にほれ込み、全力応援するつもりで書いた小説のようだ
そのため主人公は、理想的好青年として描かれている。現実に男前だからといって、「美丈夫」とまで書かれては、本人も苦笑いだろう
後半になるほど、渡邉氏本人の日記や社内報の引用が増え、完全にワタミグループに寄り添ってかかれている
それでも、多角経営の失敗、独立を巡る恩人との葛藤、かつての同志との決別、店頭公開の苦労など会社の浮沈を、小説の筋として生かしきる筆力はさすが。何よりもほぼ実名で書ききってしまう迫力は、経済小説家としての実力と名望を示すものだといえる
ワタミに対して複雑な感情を持たなければ、一級の立志小説として読めてしまう
ブラック企業イメージから、佐川急便のセールスドライバーの経歴がクローズアップされがちだ
小説では“社長”になる前のキャリアとして、もうひとつ、大学時代のボランティア活動に紙数が割かれている
明治大学では、横浜在住の現役生を中心に「横浜会」という親睦団体がかつて存在し、マンドリンコンサートなどの活動で募金集めをしていた
渡邉氏が会長に就任するや、募金先だった身寄りのない子供たちに触れ合おうと、大規模な体育大会を実施。約400人の子供を招待して、大洋ホエールズ(現・横浜ベイスターズ)の選手にも協力してもらい、大成功をおさめた
さらに、森進一をゲストにした一万二千人のチャリティ演奏会も成功させてしまう。スピーチも振るっていて、この頃から学生離れしたカリスマ性とプレゼン能力を有していたのだ
この時、行動を共にした学生仲間がワタミ創業の同志として有力幹部となり、“ハマ会”のコネクションがグループ伸張の後押しとなる
それ以後、「つぼ八」のフランチャイズとして店舗経営に乗り出すまでの全ての行動は、「社長になる」という目的に向かっての合理的に計算されたものだった
ただボランティア活動は、渡邉氏にとって単なる慈善活動といえないウェイトを占めるらしく、作中にも新人社員の研修に取り入れたりして、後の諸問題の端緒が垣間見える
立志伝的な作りをされているから当然といえるけども、主人公としての渡邉氏には影というものが見当たらない
しかしあえて、ブラック企業といわれる由縁を探すなら、あまりに強い指導力体制だろうか
学生時代に知り合った創業メンバーは、サークル時代から渡邉氏が圧倒的なリーダーシップを発揮した故に、序列が決まってしまっている
戦略レベルの決定は、渡邉氏個人により、作中に他の者が意見して覆ったケースは少ない。そして独断で決定する場合があっても、創業メンバーは逆らわない
もっとも会社の創業者が独裁的でモーレツというのは、ままあることである
ただ、ワタミの労働環境については、正社員の退職者が多いなど店頭公開から突っ込みは入っていた
この店頭公開に必要な質問に対し、ワタミ側は労使協調をアピールする。作中でも渡邉氏が弱っている幹部との面談を定期的に行うなど、社長とサシの関係を強調するが、解説の中沢孝夫氏は労働組合が結成されていませんが、ベースアップ・賞与の決定手順等の交渉方法を教えてください。また、過去に組合がないことにより、労務環境・従業員の要望の対応等に不都合が生じた場合は、その内容を教えてください(p331)
とカリスマ性で解決できるとしているが、解決できないほど会社の規模が大きくなったのは間違いないそれが可能なのは一人一人のカオが見える間だろう。大きくなると「仕組み」が必要になる。つまりある種の「官僚制」が登場するのだ。そうでなければリーダーにカリスマ性が求められる。渡邉美樹の特徴はカリスマ性にある。それは重要な経営資源である。(p424)
ましてボランティア活動から出発した「ふれあい」「こころ」重視の価値観を、青天井の奉仕精神として店員へ求めていけば、ブラック企業になるのは必然。一直線の拡張路線とボランティア精神といった自分を疑わない“大正義”が、誰にも責められない無謬な独裁体制と結びついたことが、ワタミを巡る様々な騒動の原因だろう
もっとも、少ない給料を自己啓発的な手法でごまかすのは、外食産業に蔓延しているやり方なので、業界全体の問題でもある
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