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『徹底抗戦 文士の森』 笙野頼子

90年代の純文学論争の実態



「売上のない純文学は不要!」90年代から巻き起こった論争を闘い続けた笙野頼子の記録

サブタイトルに「実録純文学闘争十四年史」とあって、“論争”ではなく闘争としているところがミソ。理想や理屈が噛み合ったやり取りではなく、作家生命がかかった闘争だったのである
発端は、1991年2月10日の中日新聞(東京新聞)の紙上で、大塚英志「売れない文芸誌の不思議」を掲載し、出版社がマンガが稼いだ金で文芸誌を養っていると批判したこと
本書では詳しく触れられていないが、当時の読売新聞の文芸時評が新聞記者によってなされたこと、と直木賞作家同士の座談会で「売れない小説には価値がない」という発言があったこともあいまって、作者は反論するが、それに対して福田和也が反応し騒ぎとなった
そこからさらに、批判した当人である大塚氏が、作者の連載する文芸誌『群像』へ乗り込み、対談や連載を始めてしまう。最後には、孤立した作者が追い出されてしまうのだ
本書の初出が2005年であり、1991年から数えての十四年及ぶ“言葉を通した戦いが刻まれている


1.市場主義者によるクーデター

本書の過半(!)は大塚英志との闘争で占められるが、過去に起こった純文学論争のようなものではない。最初からまったく噛み合っていないのだ
「『少年マガジン』に『群像』は食わせてもらっている」というが、講談社自身は不動産投資で利益を出していて、『群像』を完売赤字前提の文化事業として考えている
作者の反論に対して、編集から和解のような対談を申し込まれるが、警戒した作者は必要がないと拒否。すると欠席裁判のように、加藤典洋などとの対談が掲載される
そして、その後も「売れない作品に価値がない」とする山形浩生や、定期的に「文学は終わった」という笠井潔が『群像』に出る一方、作者には“言論統制”が求められ、立場がなくなったことから、他誌で反論と連載を行うことになる。
このように論争というより、一種の権力闘争、乗っ取りのようにしか見えない

*作者は『噂の真相』にまったく知らない男性との噂が記事に載せられたというから、かなり陰湿である(岡留安則からの詫び状も掲載されている)

90年代は構造改革や新自由主義による市場開放が政治経済の世界で謳われていて、その論理を単に文化の領域に持ち込んだのみであり、文学の本質うんぬんを問うものではなかった
大塚氏が儲からないはずの文芸誌にわざわざ乗り込んだのも、売上を求められない安定感(!)と、文学の評論をしたという実績が欲しかっただけに思える
悪役として大塚氏は目立ってしまうが、最終章では、本当の敵は文学を知らない一部の編集者とする。文学を知らないが高学歴の編集者たちの一部は、実地の文学やその歴史、蓄積ではなく、流行の思想にかぶれて文学を判断してしまう
縦の歴史ではなく、横の流行に流されてダメになるという、どこの世界でもありがちな失敗がここにもあった(日本の構造改革だって…)


2.西洋哲学批判と権現魂

帯には、大塚英志を始めとする敵に対する「罵倒」を“芸術”とまでしているが、読んでいて楽しいものではない。才能の凄まじさは感じるものの、論争の質や相手がよろしくないので、それほど引き立たないのだ
本当に面白いのは、柄谷行人への批判である「反逆する永遠の権現魂-金毘羅文学論序説」に、「内向の世代」の小川国夫加賀乙彦との対談。そこで彼女にとっての本当の「敵」が見えてくる
いわく、日本には土着の神と外来の仏教が混合した宗教観があるにも関わらず、明治以来、それをなかったかのように“西洋哲学(西哲)”をやみくもに導入してしまう。柄谷行人の『日本近代文学の起源』はまさにそういう論理の代表例で、作者は小説『金毘羅』において、近代以前の「仏教的自我=権現魂を提示している
文学の評論や対談を読むと、「他者」とかなんとか、心理学の用語を援用されて辟易するのだけれども、その気分は“西哲”の毒がもたらすものだと納得した


本書はあくまで被害者視点の大塚英志批判であって(それはその経緯からやもえないのだが)、評論のすべてが否定されるものでもないだろう
『彼女たちの「連合赤軍」』は、それほど戦後の女性を貶めるものではないし、『サブカルチャー文学論』でも難解に見える文学賞の作品が流行のサブカルチャーで簡単に紐解いてしまうのは鮮やかだった
ただし、本書で指摘されるとおり、田辺聖子、倉橋由美子、金井美恵子といった系譜を無視して、戦後文学を語ってしまうのは、大塚氏のみならず、男流評論家たちの手抜きには違いない
2022年、文学フリマの出店者から芥川賞作家(高瀬隼子)が出たが、それを始めた大塚氏は2002年の第1回までしか関わらなかったという。つまりは、そういうことなのだ


関連記事 『彼女たちの「連合赤軍」』



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