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『瀬島龍三 参謀の昭和史』 保阪正康

ここまで自分を大きく見せるとは


瀬島龍三―参謀の昭和史 (文春文庫)
保阪 正康
文藝春秋
売り上げランキング: 27,066

戦時は大本営参謀、戦後は大手商社の役員、「総理の政治指南役」と言われた男の真実


初出は昭和62年(1987年)で、中曽根政権最後の年瀬島龍三は、第二次臨時行政調査会の委員として辣腕を振るっていた
本書では、戦争指導の負い目を背負い、シベリア抑留を耐え、戦後は商社で大成功という、『不毛地帯』で広がった瀬島のイメージをどこまでが真実か、ひとつひとつ検証していく
陸軍時代から上司の目を意識する組織人で、独自の持論を持たずにその時々のリーダーや風潮に乗る典型的な出世主義者。その保身術はシベリア抑留時代にも生きて、伊藤忠入社後は社長の引き立てでのし上がり、その人脈で政治の世界へも食い込んだ
「政治指南役」という名声のわりに、その実像は無思想のテクノラートであり、軍人というより官僚に近い。目に見える仕事の実績がほとんどなく、強いリーダーシップのもとで各方面の調整役を本領とする生粋の参謀なのである

『不毛地帯』をフィクションだと分かっていても、本書で暴かれる事実には驚く
あまり語られない大本営参謀時代には、大戦末期の台湾航空戦で「空母18隻撃沈」の誇大戦果を鵜呑みにし、それに疑義を挟む情報を握りつぶしていた
この台湾航空戦の誇大戦果に基づいて、フィリピン中心の防衛計画「凄一号作戦」=レイテ沖海戦に変更されていて、敗戦は必至の情勢とはいえ、数万人の命を左右した責任は重い
シベリアからの帰国後、瀬島が電報を送った情報参謀・堀栄三に告白したというから、まず真実なのだろう
連合艦隊の壊滅で本土決戦路線にシフトしたことから、瀬島は満州国へ転属となり、そこで敗戦を迎える
ソ連との停戦協定に立ち会うが、ここに歴史の闇がある。外務省がソ連との和平交渉において捕虜を「賠償として一部の労力を提供する」という案が存在したというのだ
もし、この案を前提に交渉されていたとすれば、官民60万人のシベリア抑留は日本とソ連の合意によることになってしまう。抑留問題を訴える全抑協は、真相の究明を瀬島に要求していた

*停戦交渉については、ソ連側の証言として元帥ワシレフスキーの「命令」が伝えられただけという話もある→『沈黙のファイル ー「瀬島龍三」とはなんだったのか』

伊藤忠への就職は、当時の女子社員並みの四等社員で、まったく期待されていなかった
戦後二人目の社長となる越後正一が、繊維専業から総合商社への脱皮を図るべく、国防産業への参入を決めたことで、ようやく瀬島は陽の目を見る
第一次FX商戦には関わらなかったものの、「自動防空警戒管制システム」(バッジシステム)を巡って、安価のヒューズ社を引き込み500億円の商戦に勝利する。勝利の裏には、大本営時代の人脈がものをいい、部下には防衛庁の天下り組を揃えていた
しかし、国防産業の癒着が問題視されるのを予想し、国防産業からの撤退を進言しており、ロッキード事件に巻き込まれることはなかった
業務部長に就任した後は、業務部を社内の参謀本部に改造し、縦割りの組織を業務部中心の集権体制に変革した。繊維商社の放埓さを正すことはできたものの、現場を知らない業務部社員が各所で軋轢を起こし、越後体制後は弊害に苦しんだそうだ

越後社長が退くに及んで、瀬島の権勢も低下。名誉職的に累進したものの、田中角栄、中曽根康弘の知遇を得たことで、行財政改革に関わる。鈴木善幸首相、中曽根行政管理庁長官のもと、「第二次臨時行政調査会」(第二臨調)の委員となり、85歳の土光敏夫を担いで各方面の調整に専念した
著者はこの「第二臨調」の在り方を、戦前に大政翼賛会を準備した「新体制準備会にたとえる。カリスマ的な人物を担ぎ、「危機」を鼓吹して立て続けに答申を出す。第二次近衛内閣の世論操縦にそっくりというのだ
実際、臨調のなかで瀬島は、中曽根を始めとする政治家との折衝に励み、政治から独立して大胆な提言するはずの「第三者の委員会」世論誘導の機関、首相を目指す中曽根の権力基盤へと変えてしまった
上司受けがいいだけではなく、部下の面倒見もいいという人心掌握の達人ではあるが、過去を糊塗する厚顔さは褒められたものではない。本書が出版された時期には、ずいぶん美化された記事や書籍が出回っていたようで、歴史に対する誠実さに欠けた人物といえよう


関連記事 『不毛時代』 第1巻
     『沈黙のファイル ー「瀬島龍三」とはなんだったのか』

大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)
堀 栄三
文藝春秋
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『不毛地帯』 第3巻 山崎豊子

なかなか打線が噴火しない我がタイガース
統一球+広いストライクゾーン+甲子園では、ホームランがまったく計算できないわけで、機動力中心の野球ができないと・・・

不毛地帯 第3巻 (新潮文庫 や 5-42)不毛地帯 第3巻 (新潮文庫 や 5-42)
(2009/03)
山崎 豊子

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次期戦闘機計画、第三次中東戦争と実績を積んだ壱岐は、常務に就任し近畿商事の総合商社化を提唱する。その推進のため、不振の千代田自動車にと米メジャー・フォーク社との外資提携を仕掛けるが、社内で千代田の国内合併を模索する里井副社長と対立することに。壱岐は社内融和と身内の不幸からアメリカ近畿商事の社長に異動するも、現地でフォーク会長と直に交渉し数年越しで外資提携を目指すのだった

業務部本部長から取締役の末席に昇進した壱岐だったが、入社数年での異例の出世から社内では嫉妬、特に里井副社長からは次期社長のライバルとして意識されるようになる
里井副社長は入社仕立ての壱岐を後押ししてくれた人間だった
外では抜け目のない外資や東京商事と熾烈な争いをしつつ、内ではかつての恩人が権力闘争しなければならないという、組織人としての苦みを感じさせる第三巻だ
千代田自動車、フォーク社と仮名が振ってあるが、モデルの名は全く違う
伊藤忠商事が実際に提携させたメーカーは、いすゞ自動車で相手はゼネラル・モーターズなのだ
あえて全く違う仮名をつけたのは、モデルとなった会社に言い訳できるようにするためで、私企業のことなのでFXの件よりは同情できる
フォーク会長とのコネを韓国の三星物産(=サムスン物産)社長につけてもらい、大統領と面会を果たすなど、陸軍の経歴を生かした人脈は、瀬島龍三そのまま

作者は壱岐を理想の男性に仕立て上げたいのか、幾つかご都合の展開を用意していた
その最たるものが、シベリア抑留の11年を待った妻、佳子の死
ドラマにもなったので豪快にネタバレすると、交通事故で全くの突然に死んでしまうのである
現実にいくら交通事故で死ぬ人が多いとしても、小説でこの展開は芸がなさすぎる。展開上、邪魔になったから殺したというのが丸わかりではないか
結局、壱岐に恋いこがれる秋津千里との逢瀬が予定されていて、彼を不倫男にしないために妻を始末したということなのだ
それにしても、交通事故はヒドイ(笑)。せめて計画的に、病気などの設定を用意しておくべきだろう
僕がここまで書いてしまうのも、モデルである瀬島龍三の奥さんが90歳まで生きて、70年以上の結婚生活を送っていたからだ。奥さんが死んだ後、瀬島が後を追ったように亡くなるという、そういう夫婦なのだ
いや、この改変はえげつない。僕のなかで山崎豊子はヒールになったな

自動車産業に関しては、熾烈な国内の競争民族資本を守ろうとする通産省に、それに苛立つ米メジャーと、業界の構図が分かりやすく解説されていた
トヨタ、日産クラスは、外国で安い車を売って優位に立っているものの、国内の中小は外資が入ると戦えないという複雑な状況だったのだ
なにせい方々に気を遣った小説なので、細部に関してはそのまま正しいか保証しかねるが、参考にはなるだろう


次巻 『不毛地帯』第4巻
前巻 『不毛地帯』第2巻

【考察】第一次FX問題の真相!?

大下英治のノンフィクションを読んでいたところ、FX問題が出て来たので速報気味に
昭和の黒幕、児玉誉士夫を中心に取り上げたものなのだが

黒幕―昭和闇の支配者〈1巻〉 (だいわ文庫)黒幕―昭和闇の支配者〈1巻〉 (だいわ文庫)
(2006/03)
大下 英治

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児玉誉士夫は第一次FXのとき、ロッキード社側の秘密コンサルタントとしてグラマン社優勢の状況をひっくり返そうとしていた
他にロッキード社につく政治家に、当時の経済企画庁長官・河野一郎がいて、『不毛地帯』では久松の立ち位置だ
児玉はその筋で有名な高利貸し、森脇将光から独自の情報を得ていて・・・

 じつは森脇が、天川勇の情報を掴んだのは、元警察庁警部によってであった。天川勇なる軍事情報屋が、機種決定をあずかる国防会議参事官やグラマンの代理店である伊藤忠関係者らと、都内の料亭、キャバレーで豪遊しているという。森脇は、その情報をきっかけに天川について調べはじめたのであった。
 (中略)
 天川がいかに“グラマン内定”に暗躍したか?
 軍事情報ブローカーとして、国防に関するそれぞれの官庁極秘、秘、部外秘の機密書類を入手し、とくに新三菱重工と深い関係をもって、防衛庁、国防会議との密接な連絡を保ち、“グラマン内定”に暗躍した」(『昭和闇の支配者 一巻 黒幕』p127-128)

ちょっと待て、伊藤忠商事はグラマン側についておるではないか(苦笑)
ロッキード社にはなぜか同系列の丸紅(創業者が同じ!)がついていて、それはそれでカオスなのだが

『沈黙のファイル 「瀬島龍三」とは何だったのか』を読み直すと、モロにその話が載っていた
当時、伊藤忠の航空機部にいた田村秀一の談話として

「瀬島さんが航空機部に来た当初はFXは99%、グラマンに決まっていて、契約が成立したら、グラマンが正規の口銭とは別に成功報酬として七百万ドルを伊藤忠に支払うという約束までできていた。それが突然ひっくり返った。青天の霹靂だった。まさか河野一郎が敵に回るとはね。ロッキード側が河野に『前金』を打ち込んだに違いないと思ったよ。後で分かったんだが、河野の変心の裏には右翼の児玉誉士夫が絡んでいた」(『沈黙のファイル』p271)

つまり、『不毛地帯』での構図は逆で、伊藤忠側がひっくり返される側だったのである
東京商事に罪を被らせたのは、モデルの日商岩井がグラマン事件で逮捕者、自殺者まで出したから、敵役としてイメージを作りやすかったからだろうか
伊藤忠はこの“敗戦”を受けて、瀬島龍三の助言を受けながら国防関係の巻き返しを図った
国防会議用に素人でも読みやすい表を作ったり、防衛庁の関係者から極秘書類を手に入れたという(流出が発覚した際には、免職者を伊藤忠に受容れている)。流出に関してだけは事実に近い(苦笑)
ちなみに、『不毛地帯』の貝塚のモデルとおぼしい、海原官房長は防衛庁で「海原天皇」と呼ばれる権勢を誇り、瀬島龍三並びに伊藤忠と親しいと噂されていたという
まったくもって、壱岐正=瀬島龍三という構図は当てはまらないのだ

ここまで来ると『不毛地帯』の小説としての性質も見えてくる
山崎豊子としては波風を立てたくなかったのかもしれないが、結果的に瀬島龍三を美化するどころか、その汚さを隠蔽してしまっている
みんな、だいたいが瀬島をモデルと思い、瀬島もそれを利用してきたのだ
記者出身でありながら、ジャーナリストとしての意識が低すぎるのじゃないのか
『不毛地帯』は小説と割り切って読んでいくけど、かなりがっかりしたぞ


関連記事 『沈黙のファイル 「瀬島龍三」とは何だったのか』
     『不毛地帯』 第2巻
     『瀬島龍三 参謀の昭和史』

『不毛地帯』 第2巻 山崎豊子

タイガースの貧打に涙
ストライクゾーンが広いとか、言い訳にならない

不毛地帯 第2巻 (新潮文庫 や 5-41)不毛地帯 第2巻 (新潮文庫 や 5-41)
(2009/03)
山崎 豊子

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商社マンとして生きる決意をした壱岐は、大門社長のたくらみで次期戦闘機のテストを見学することになる。そこには陸士、陸大で同期で、今は空幕防衛部長を務める川又伊佐雄がいた。川又から腐敗した政治家たちの都合で次期戦闘機が決まってしまう現状を知った壱岐は、自ら航空部に移り第一次FXの大商戦に関わっていく

第2巻は、第一次FX第三次中東戦争に関わる商戦の二本立て
次期戦闘機計画はほぼ史実に準じていて、ラッキード=ロッキードグラント=グラマンとモデルも分かりやすい。F104は、まんまF-104スターファイター
当時の首相、岸信介はグラマン社から機数あたりでリベートをもらっていたという疑惑があり、F-104に決まっていた次期戦闘機をF-11タイガー(作中はスーパードラゴン)するべく働きかけていた
その疑惑は表面化したものの、捜査の段階ではリベートの受け取りが行なわれていなかったということで、事件化されなかったという
小説での近畿商事(伊藤忠)と東京商事(日商岩井)の暗闘は、そうした第一次FX問題の舞台裏を取材、推測したものといえそうだ

第2巻はシベリアの回想がなくなり、政界、海外を巻き込んだ謀略戦が中心となる
そのため、前巻にあった終戦時の悲哀が薄れ、経済復興の上げ潮に推される形で娯楽色が強くなった
主人公、壱岐正のライバルで登場するのが、東京商事の鮫島辰三
壱岐のモデルである瀬島龍三をもじったような名前でありながら、文中にも「鮫のように獰猛な商社マン」なんて表現もなされている、絵に書いたような男なのだ
「シャーと来るからシャアなんです」ならぬ、「鮫のようだから鮫島です」と真っ向から来るのだから、新宿鮫も脱帽である
しかも、壱岐の娘と鮫島の息子が交際しているという、ありえないラブコメも重なるのだから、たまらない(苦笑)
この二人にロミオとジュリエットでもさせるのであろうか

その他、夫婦のいさかいに娘が目を覚まして泣くとか、鮫島が壱岐と同じクラブをいきつけにして毎度嫌みを言うとか、王道すぎるドラマが展開されていく
こうしたベタさは作者の計算であって、雲の上、闇の奥の闘いばかりでは読者の気が削がれると、読みやすいようにバランスを取っているわけで、鮫島の設定にみる遊び心含めてこのサービス精神が多くの読者を取り込んでいるのだ
川又空将の自殺とか史実にあったか良く分からない事例もあったり、秋津中将の娘、千里が壱岐の不倫相手としてスタンバっていたりと刺激的な展開も含んでいて、事実かどうかと突きつめず『竜馬がゆく』を読むぐらいのスタンスで付きあうべきだろう
昭和の時代の出来事でここまで小説として遊ぶのは、凄い度胸だと思う


次巻 『不毛地帯』 第3巻
前巻 『不毛地帯』 第1巻

『不毛地帯』 第1巻 山崎豊子

私の経済状況のことか

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(2009/03)
山崎 豊子

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日本独立後の1950年代、元大本営参謀の壱岐正は、再就職先として商社の近畿商事から声をかけられる。商事の社長大門は、国費を投じて育成された参謀としての能力を、国際展開する大組織の中で生かして欲しいと言う。軍人に民間企業が勤まるのか、逡巡しながら11年間のシベリア抑留を回想する

会社でぼちぼち読んでいて、一月かかってしまった。一冊600項もあって長いのだ
初版は4巻構成で文字が小さかったらしいが、新版で5巻構成に代わり文字が大きめになったようだ。おかげで作者の文章力もあいまって、かなり読みやすかった
壱岐正のモデルが瀬島龍三で、大本営参謀→シベリア抑留→近畿商事(伊藤忠商事)の経歴は確かにそのまま
ただし、シベリア抑留時代など細部の行動に関しては、他の人間から持ってきているようで、小柄で虚弱な壱岐がソ連に転向した民主委員に乱暴するなど急に人が変わったような箇所がある
作者とすれば、シベリア抑留の過酷さを壱岐という人物を通して伝えたかったのだろう

山崎豊子というと盗作裁判なんてこともあったから、どこまでが創作でどこまでが借用(!)かと気になってしまうのだが、この作品については、あまり借用がないように思う
登場人物の行動がかなりドラマ仕立てなのだ
シベリア抑留時の英雄的行動もしかり、壱岐が商社の仕事を説明されるところなど、映画かNHKのドラマのような演出、場面展開を見せる
序盤に1950年代現在からシベリアを回想し、その回想の中の自分が終戦時の満州を回想させるという離れ業(苦笑)もあって、回想から現実へスリリングに物語は動いていく
ノンフィクションではなく、史実の話を総合して作ったフィクションとして昭和の裏側を語っていると考えるべきだろう

壱岐正以外の人物にも目が向けられている
シベリアに抑留され東京裁判のソ連側証人として東京で自殺した秋津中将。その息子清輝はフィリピンでの仲間の多くを死なせたことを苦にして、出家し比叡山で厳しい修行に挑む
娘の千里は、男ばかりの陶器職人の世界に身を投じ、品評会への出品にまでこぎ着けた
戦争に関わった、またはねじ曲げられた人たちの群像劇であり、戦後を生きる一人一人が光彩を放っている


次巻 『不毛地帯』 第2巻

関連記事 『沈黙のファイル-「瀬島龍三」とは何だったのか』

『大東亜戦争の実相』 瀬島龍三

当事者の言い分

大東亜戦争の実相 (PHP文庫)大東亜戦争の実相 (PHP文庫)
(2000/07)
瀬島 龍三

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瀬島龍三は満州事変から太平洋戦争の末期まで、作戦参謀として陸軍の中枢にいた人物だ
本書のもとになったのは、1972年11月にハーバード大学大学院の講演で、明治憲法下の政治権力の問題から、満州事変、太平洋戦争の開戦までを語っている
太平洋戦争を「大東亜戦争」と位置づけ、「自存自衛の受動戦争」であったという主張から、責任を周囲の状況に押しつけていくものかと思いきや、全くそうではない
戦前の国家体制の欠陥を直視し、指導部がいかに情勢判断を誤って迷走を続けたかを、冷厳に捉えている
範囲が開戦までで、自身の作戦指導について触れていないのは狡い気もするが、解説にもあるように戦前の複雑な組織関係を明快にしてくれて、開戦までの経緯や背景を扱ったものとして良くまとまっている

「大東亜戦争」への考え方は、70年代では右翼的に見られたろうが、今となっては常識的なものだ(戦時にどう思っていたかは分からないが)
あえて重箱の隅をつつくと、満州事変を批判しつつも満州国を肯定的に見ている
終章で支那事変(日中戦争)を早期和平するべきだったとした後に

 そして満州の天地に建国の理想たる五族(満・蒙・漢・鮮・日)協和のいわゆる王道楽土が名実共に建設されるならば、それはわが大陸政策の成功であったでありましょう。また、東亜の安定にとって大きな貢献をしたであろう。満州建国には地理的、民族的、歴史的、思想的にその可能性があったと思われます。(p306)

冷静な回顧のなかで、この部分がやけに目立った。瀬島龍三としては、敗戦という事実をもってしても譲れない部分のようだ
その根拠になりそうなのが、第二章で満州における日本の特殊的地位を解説したところで

 翻って日露戦争後、日本が関東州を統治し、満鉄を経営するようになってから、満州の治安及び経済は顕著な改善進歩を遂げたのであります。
 中国本土では内乱のため大量の民族移動が発生し、例えば明治四十一年(1908年)を起点として二十余年後の昭和5年(1930年)、満州の人口は70%も増加して、2900万人を算する至り、耕地及び鉄道も、同比率の増加を遂げ、生産を向上し、特産大豆の産額は五倍、撫順の出炭は十四倍、貿易は六倍に増加いたしました。
(p73)

そのあとに当時の日本と満州の経済の相互依存関係を示し、日本の対外投資の54%が満州に投下されたという
このつかの間の成功体験が日本の大陸進出を後押ししたようだ
世界恐慌とともに世界全体でブロック経済化が進んでいて、資源に乏しく人口が多い日本にとって、満州はまさに生命線であり、ソ連の南下を防ぐ要衝であるとしている

満州国については、この前読んだ『ノモンハンの地平』で、満州国の方が暮らしが良かったというモンゴル人の証言があったりして、単純に見ることはできない。歴史は一概に言えないことだらけだ
しかし、ナショナリズムに目覚めた漢民族が大多数の土地で、日本主導の国家運営が通せるというのは見込みが甘すぎる。この部分は当時の秀才軍人の弱点ではないだろうか
明治天皇の偉勲という言葉で表すような、日露戦争で得た権益を守ろうとする執着が、モノの見方を誤らせているように思う
ただ、満州の存在は当時の貧しい日本にとって魅力的だったわけで、今のまだまだ豊かな日本の基準で軽く考えてはいけないだろう
具体的に触れなかったけれど、「御前会議」の位置づけなど戦前の政体、政策決定の過程を詳しく解説してくれるし、当時の軍人、指導部の価値観を知る上でも本書は有用だと思う

『沈黙のファイル-「瀬島龍三」とは何だったのか』 共同通信社社会部

児玉誉士夫と並ぶ「昭和の黒幕」


沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか 新潮文庫沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか 新潮文庫
(1999/07)
共同通信社社会部

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敗戦の責任を問われる陸軍の参謀が、なぜ政界の指南役にまで上りつめられたのか。陸軍中枢にいた瀬島龍三の足跡をたどり、昭和史の暗部に触れるノンフィクション
瀬島龍三は、太平洋戦争の開戦以降、初期のマレー戦からソ連の満州侵攻まで作戦参謀として関わったエリート軍人で、戦後は伊藤忠商事に入社、自衛隊関連の取り引きや戦後賠償事業をとりまとめ、自民党各政権の指南役となった人物だ
その周囲にいる人物は戦中・戦後の要人ばかりで、インドネシア関連ではデヴィ夫人まで出てくる(ちょっとだけだが)
敗戦で日本の歴史が断絶しきらなかったことを象徴する人物といえよう
本書では瀬島龍三と同時に、彼が関わった時代、太平洋戦争の開戦、ガナルカナル戦、731部隊、ソ連侵攻とシベリア抑留、インドネシアと韓国の戦後賠償についても、関係者の取材を通じてその実像を明らかにしている
年表だけでは分からない、まさに昭和の裏面史だ

瀬島龍三というと、思い出されるのが関東軍がシベリア抑留をソ連と取り引きした」という疑惑
おそらく、東京裁判においてソ連側の証人として出廷したことから生じたものだろう
本人はこれを意識したのか「本国帰還を念押しした」と証言して、旧ソ連の人にこれを否定されて、かえって疑いを濃くしたようだ
旧ソ連関係者の話からすると、これは完全な陰謀論のようだ
…ワシレフスキーの副官だった元共産党国際部副部長イワン・コワレンコが語る。

「瀬島は事実と違うことを言っている。関東軍将兵の帰還を要望したなんてうそだ。そもそもあの会談は(対等な立場の)停戦交渉じゃない。勝者が敗者に命令を下す場だったんだ。秦(管理人注:関東軍総参謀長・秦彦三郎)は関東軍の降伏状況報告のため連れて来られ、ワシレフスキーからほぼ一方的に指示を受けただけだ」(p189)

そもそもソ連側からすると、降伏した関東軍は取り引きする必要などはない。戦時捕虜はハナからソ連に連れて帰るつもりで、捕虜を強制労働させて戦後復興させることは参戦前から計画されていた
関東軍が“要望”したのは「保護」であって、帰還を申し入れる余地などなかった。ただ、強制労働の場所を満州とその周辺を想定していて、シベリアまで連れて行かれるのは関東軍にとって予想外だったようだ
だからといって、瀬島がロシア側資料の日本語訳を改ざんしたことは許されないことだが

*ソ連との停戦交渉に関しては、外務省対ソ和平交渉の要綱(案)として、賠償として「一部の労力を提供する」という項目があり、停戦交渉がそれに沿って行われた疑惑はあるそうで→『瀬島龍三 参謀の昭和史』

敗戦を生き抜いて政権とつながりをもった参謀は、瀬島だけではない
ノモンハンで悪名高い辻政信は戦後に参院議員となり、インドネシアの戦後賠償ではスカルノへのパイプ役を務めた。ちなみに辻は、終戦後しばらく潜伏し、一時期には国民党のブレーン(!)となり国共内戦に関わっていたという
瀬島は海軍参謀の小林勇一を右腕としたり、戦前の人脈を通じて政界の黒幕へとのし上がっていく
韓国の戦後賠償では、ときの池田政権下で反対していた大野伴睦河野一郎児玉誉士夫とともに説得し、朴政権ナンバー2のKCIA部長金錘泌に渡りをつけて、条約締結に貢献している
大野伴睦の秘書に中川一郎がいて、その秘書には鈴木宗男がいて、伴睦の側近に渡邊恒夫がいて中曽根康弘に通じと、この一件を通じて瀬島の人脈はさらに広がっていく

そもそもこうした戦後賠償は、ポツダム宣言に由来する現物補償であり、高度成長期の日本には工業製品などの消費財を輸出し、インフラ整備に建設業が海外進出するなどのメリットがあった
そして、窓口となった商社に、莫大な利権が転がり込んできたのは間違いない
ただ、本書の「戦争で傷つき苦しんだ人々が置き去りにされた戦後賠償のからくり・・・」と言い方はラディカル過ぎて、補償金の一部が政治家や商社のポケットに入った汚職・癒着の問題はあるものの、人権意識が低い独裁政権相手の補償手段としてはわりあい妥当なものと思える。人道的かは微妙だが、当時としては実効性は高かったのだろう
また、本書は元陸軍参謀が戦後の政治に影響を与えたことを否定的に描いてしまうが、瀬島の影響の及ぼし方は“権力者”というより“軍師というに相応しい。「国のために働いている」と言われても白々しさは漂うものの、戦後政治に重きをなしたという言い方はできるのではなかろうか


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