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『満州アヘンスクワッド』 第9巻・第10巻

吉林編、決着へ




第9巻。闇医者・關志玲の元に、関東軍の憲兵が乱入! 名乗り出たリンともども、さらわれてしまう
長谷川伍長日方勇の居場所を吐かせるために、リンを「スカベンジャーの罠」の拷問を仕掛けた
一方、關に対しては恩師のノーマン・バーチをチラつかせて、旗人の召使いをしている実弟を探させる。その弟とは、勇の作った阿片をさばく昊天だった

吉林編も一気の展開
關が尋問を受けるところで、彼女の半生が振り返られる。両親を早くに亡くし、弟を旧旗人の召使いとして、自身は街へ出て娼婦に落ちる
客ともめたところから、背中を刺されるが、それを助けたのが共産党の支援要員として潜入していたノーマン・パーチだった。彼から医師として教えを受け、居酒屋で闇医者を営むにいたったのだ
ノーマンの件では覚悟を決めていた彼女も、実弟の昊天が捕まったことには衝撃!
麗華昊天が捕まったことから、勇を連れて脱出を図るし、キリルとバージルだけで救えるのか!?
リンの覚悟はフラグを立てたような描写であったが……




第10巻。キリルとバージルは、悲しむ關の患者に武器をもたせて、警察署を襲撃させた!
その隙にバージルは憲兵の制服を調達し、關姉弟を救出する
は吉林から脱出するために、牛糞のなかへ隠れるが、「リンや關を残せない」と引き返す。ここにおいて、勇は麗華へ「自分がボスだ」と宣言した
一方、吉林内に勇がいると悟った長谷川伍長は、冷静に包囲網を敷く

兵隊経験者はいるとはいえ、いきなり民間人に銃を持たせて動員とは!
そして、警察署への襲撃をボヤ騒ぎのように扱って、憲兵隊を温存するとか、リアリティに欠ける場面がある
そんな粗さは目立つものの、作画の構図は決まっていて、魅せるアクションをやり切れている
長谷川と凡さんの回想については消化不良だが、それほど需要がないから問題なしだろうか(苦笑)。戯画的に描かれてきた長谷川が、珍しく崩れた瞬間であったが
ラストは熱河で出直す勇たちに謎の一団が。いったい何が始まる?


前巻 『満州アヘンスクワッド』 第7巻・第8巻



『満州アヘンスクワッド』 第7巻・第8巻

甘粕はいつ出てくるのか




第7巻。白露事務局を襲撃したバータルたちは窮地に陥るが、謎の銃撃に助けられるがその主は、ハルビンの青幇・馮英九だった。が、その馮英九は、車のトランクに隠れていた閻馬に撃たれ、すべてに決着がついたのだった
麗華と合流すべく吉林へ向かったバータルキリルは、日方勇と因縁深い憲兵・長谷川伍長と出会ってしまう。回復した麗華は吉林の満州旗人を次の標的として狙うが……

ハルビン編は、このシリーズらしく超お約束的決着!
窮地には不意の援軍が現れ解決してしまう……なぜ、馮英九はバータルを助ける必要があったんや、お~ん
馮英九に最後、そう言わせながら、閻馬たちの前途が明るいようなイイハナシに収めるのも違和感があった。現地の青幇たちはより激しい報復に出るのではないのか?
吉林ではロン毛の憲兵・長谷川が現る!
満州警察の凡さんを連れて、阿片の売人を拷問、さらには勇の作る“真阿片”を超える高純度の阿片づくりも目指す
裏には“阿片王”里山柾(モデルは里山甫) がいるそうだが、伍長の身分でそこまでえばれるのだろうか?




第8巻。元満州旗人に仕える昊天は、使用人の給料では生活できず、人力車の俥夫で食いつないでいた。客を装った麗華に話をもちかけられ、憧れていた元上流旗人の令嬢・神美が落ちぶれたのを動機に、真阿片の売人となる
一方、真阿片のコピー品開発に苦戦する里山柾は、長谷川伍長に日方勇を追跡させ、闇医者・關志玲の居酒屋へ迫って……

「闇を売る奴は、いずれ闇に呑まれるぞ……」關志玲の勇への忠告が象徴するように、ピカレスク・ロマン味が増してきた
昊天は阿片の売人になることに抵抗を感じるが、勇はそれを「誰も救ってくれない人を助けるためなら…」と全肯定する!
自分と自分の家族さえ良ければいいという反社会的な考え方だが、政府が阿片を売るという満州国の体制そのものが倒錯しているので、悪対悪の構図なのだ
とはいえ、阿片が誰かの家族を破壊しているのは間違いないので、そうした悲劇との対峙を迫られることだろう
ひとつだけ抜けていたのが、満州貴族の令嬢・神美が纏足(足の成長させない矯正)なこと。馬上に乗ることもあったと言われる満州の女性に纏足の習慣はないのだ
満州人女性の間で纏足への憧れから、不安定な歩行を再現する「旗靴」が流行したそうだが、纏足そのものについて清朝政府はたびたび禁令を出している
ちょいと調べれば分かることなので、画竜点睛を欠いてもったいなかった


次巻 『満州アヘンスクワッド』 第9巻・第10巻
前巻 『満州アヘンスクワッド』 第5巻・第6巻



『満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの』 太田尚樹 

小澤征爾の父や森繁久彌も出てくる



大杉事件を背負った甘粕正彦と、将来の総理を公言した岸信介は、満州に何を為し、歴史に何を残したのか。大正から満州国の建国、滅亡までを辿るノンフィクション

甘粕正彦と岸信介の割合は7:3ぐらいだった(苦笑)
政界入りを想定したはガードが固く、戦後に総理となり、90歳に亡くなるまで隠然とした力をもったことから、それほど痕跡を残さなかったのだろう
甘粕のほうは、無政府主義者の大杉夫妻とその甥を葬った甘粕事件(大杉事件)に、満州事変から始まる“甘粕機関“の活動、阿片密売、満州映画協会と、表と裏で仕切り続けたことから、多くの逸話が残されており、著者の力の入れ方が違うのだ
本作は関東大震災の混乱状態で起こった「大杉事件」に関して、甘粕自身が手を下していないと推定している
大杉栄は柔道の達人であり、小柄な甘粕が後ろから絞め殺したという供述は信ぴょう性が薄く、夫妻も死体はむごたらしく殴打されていて、複数人でリンチにあったとしか考えられない
公判で実行犯の1人とされた、森慶次郎曹長憲兵司令部付であり、甘粕が命令できる立場にはなく憲兵司令部やその上の上層部の関与が想像される
震災時には一般市民が朝鮮独立運動の余波から、数千人とも言われる朝鮮人虐殺事件を起こしており、それを使嗾したのは、社会主義者や無政府主義者だと警察や憲兵は見ていたようで、映画にもなった朴烈事件、亀戸事件を起こしている


1.事件後の甘粕

甘粕正彦は軍学校時代に負傷し退役を考えたが、上官だった東條英機に憲兵になることを勧められ、“事件”後は幼児殺しの反響から軍籍を剥奪され、一般の刑務所で3年の刑期を務める
著者は獄中記の文面から、殺人に(特に幼児殺し)には関わっていないこと、組織の都合で嵌められたことを読み取る。その一方で、任侠の徒や元社会主義者とも知り合いになり、“臭い飯”を食ったことで人間の機微に触れ、謀略家・行政家としてのセンスを磨くことになる
釈放後、妻とともにフランスへ旅立ち、満州事変の直前である1930年奉天の関東軍特務機関土肥原賢二大佐のもと、謀略の世界へ身を投じた。張作霖爆殺事件の河本大作を反面教師としつつも、満州の人脈を引き継ぐ
甘粕は本土では“テロリスト”の汚名を免れないものの、そうした過去が問題にならない満州の大きさに、取り込まれたという
満州事変後は清朝の“ラストエンペラー”溥儀の担ぎ出しに成功したことで、一挙に満州の警察トップにまで上り詰め、総務部次長の岸とともに満州国の裏と表を仕切る存在になっていく


2.満州国と阿片密売

満州国の産業化と関東軍の活動費のために、甘粕たちが手を染めたのは、阿片売買だった
1933年に関東軍は中華民国との戦争になりかねないリスクを負って、阿片の産地・熱河へ侵攻したのはそのためだった
販売ルートは3つあり、Aタイプはこの熱河の栽培農家などからの専売制。一般人は販売禁止として価格を高騰させ、日中戦争の際には中国全土に及び、甘粕は国民党へも利益供与していたという
Bルートは外国からの阿片を上海でさばく。これには特務機関のエージェントだった新聞記者・里見甫を甘粕がチェックする形で任されていた
ここでの莫大な利益が満州国、そして南アジアに展開する諜報機関の資金源となった
Cルートは、蒙彊地区(現・内蒙古自治区)を日本軍が買い上げ、中国人の売人にさばく。占領地域から阿片を集めて、そのまま中国人に売っており、国民党側の軍閥へも資金が流れるというズブズブの関係があったという
『満州アヘンスクワッド』にも出てくる青幇の首領・杜月笙と甘粕が接触していたことも触れられていて、ここらへんの事情が漫画のほうでどう描かれるか、楽しみである


3.岸信介と統制経済の実験

さて、岸信介。彼は第一次大戦、そして大戦後のドイツで行われた統制経済に興味を持ち、第一次産業しかない満州で、日本を支える重工業地域を作ろうとする
財閥を入れないという関東軍参謀の石原莞爾を丸め込み、日産コンツェルンの鮎川義介を引き込んで、関東軍参謀長・東條英機、大蔵官僚の国務院総務長官・星野直樹、満鉄総裁の松岡洋右と合わせて、「弐キ参スケ」と呼ばれた
しかし石原莞爾は「満州を第二の合衆国にする」と言いつつ、鮎川によるアメリカ資本の導入、大規模農業には反対し、日本からの開拓移民による小規模農業を勧めた。東北人の石原は経済の欧米化についていけず、結果的に満州引き上げの悲劇、大量の中国残留孤児を残してしまう
岸は満州で東條との関係を築き、甘粕とともにその政治運動を支援して、東條内閣では商工大臣を務める。経済発展のための統制経済はそのまま、軍国主義の高度国防国家論に転用され、太平洋戦争の総力戦体制を支えることとなる


4.満州の夢の末路

甘粕は1939年に満洲映画協会(満映)の理事長に就任し、「五族協和」の理想を実現すべく、女優の女給扱いの禁止、日満スタッフの給与引き上げ、ドイツの最新技術導入などで、戦後の東映の黄金期へとつながっていく
映画のプロパガンダ効果を認め、利益を謀略の資金源としたものの、史劇映画など芸術性の高い作品を求める文化人の側面も持っていた
とはいえ、岸の産業化、甘粕の「五族協和」の理想にしても、中国全土を対象にした阿片販売と引き換えにしたことは、許されるものではない
甘粕はソ連軍が首都・新京に迫るなか、敗戦直後に自殺。一方のはサイパンの防衛を巡り、東条首相と対立して倒閣運動を起こしたことで、A級戦犯を免れた
東京裁判において、なぜか阿片密売に関して追求されなかったが、それにはイギリスが持ち続けた阿片利権に対して、アメリカがはばかったからとされ、阿片王と呼ばれた里美甫も不起訴、無条件釈放となっている


本作はノンフィクションとされつつも、甘粕については小説のような描写がところどころあって、あとがきで著者が認めるように偏りは免れないが、光と影の両面を見事に捉えている。満州が語られるときの怪しさと魅力とはこういったことなのだ
甘粕と岸に関しては、東條英機を介してしか、つながりはない(苦笑)。岸信介の割合の少ないは少ないが、その不透明さが得体のしれぬ“妖怪”ぶりを感じさせられた


関連記事 『満州アヘンスクワッド』 第1巻・第2巻



【DVD】『人間の條件 第6部 曠野の彷徨』

完結編

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ふたたび行軍を開始した梶(=仲代達矢)たちは、山で隠れた日本兵の集団と出会った。内戦に乗じ旧軍の秩序にこだわる彼らとは合わず、再び南満州を目指す。日本人開拓者の集落を見つけたが、老人と女性ばかりの開拓民にとって、食い荒らす日本兵よりパンを持ってくるソ連兵のほうが良かった。旅立ちの日、村はソ連兵との一触即発となるが、村の女性があげた「ここで戦争はしないで」という叫び声に、梶たちは投降を決意するのだった

完結の第六部は、ソ連軍政下の満州の開拓村と捕虜収容所が舞台
敗戦時の満州ではソ連兵の暴行が有名だが、逃げられなかった開拓者たちがソ連軍とどう付き合ってやり過ごしたかはなかなか描かれない題材である
マルキストの丹下(=内藤武敏)はもちろん、サバイバリストとなった梶も社会主義への幻想を捨てきれず、国際法が守られると信じてソ連軍へ投降する
しかしソ連の収容所では、国際法で禁じられた捕虜への強制労働が待っていて、日本人の将校、通訳、牢名主が軍隊より醜悪な秩序を作っていた
梶のような理想的な人間をであってすら、戦争は世界を包みどこまで行っても抜け出すことはできない。梶の最期は多くの在満日本人に降りかかった悲劇であり、業だといえる

映画全体の基調にあるのは、社会主義、マルキシズムへの信念、シンパシー
ソ連軍の犯罪を目にしても「赤軍の一部のやったこと、これは過程であり修正されることである」と理解し、収容所に入ったあとも梶は「社会主義の将来を信じている」と公言する
戦争を批判するためにマルキシズムを使うならまだしも、どっぷり肯定的で原作の小説はプロレタリア文学なのではないかと勘ぐりたくなる(まだ未読です)
収容所の描写でも、ソ連兵の横暴より、日本人の裏切り、リンチが強調されていて、ソ連側にたまに理解者が登場したりするのだ
丹下との問答にも、「戦争捕虜は階級の敵じゃないはずだ」→「今はソ連第一主義が必要かもしれない」で理屈の上では納得してしまう
左翼の影響が強いという当時の新劇俳優たちが出演していることも、何かつながりがあるのかもしれない
ともあれ、長期に渡る戦争に圧迫されたインテリたちにとって、共産主義は未来への希望であるとして宗教的な力を持っていたことが分かる

第六部のDVDには、主演の仲代達矢と映画評論家の佐藤忠男との対談が収録されていた
仲代いわく、新劇俳優が使われたのは、当時は五社協定がうるさく、大作を作るためにキャストを揃えるのに新劇出身が便利だったからという。それでも仲代の起用は業界の意表を突いたもので、雪のなかで倒れるラストシーンのイメージから抜擢されたそうだ
梶の超人的性格は放映当時からありえないと言われていたそうで、仲代は満州帰りの小林正樹監督その人をモデルにしたという。そのほか、戦後まもなく入ってきた米仏の映画、ジャン・ギャバンやジョン・ウェインの影響がみられるとも指摘もされた
梶の理想主義は「本当だったらこう言いたかった」という戦争経験者の思いを表現したと語っている
そのほか、戦車をたこツボの穴でかわす場面がスタント無しだとか、撮影の現場や小林監督、撮影の宮嶋義勇とのエピソードも聞けるので、特典映像もお見逃しなく
さて、シリーズ全体を総括しよう。『人間の條件』は時代を感じさせる思想性の強さや芝居けの強さは鼻につくものの、いまやタブーといえる戦中の満州を舞台に加害者と被害者の二重性を活写した点で非常に貴重な作品なのは間違いない


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国境の戦いで梶(=仲代達矢)の隊は、弘中伍長(=諸角啓二郎)寺田二等兵(=川津祐介)との三人を除き全滅した。三人は歩き続け、やがて避難民たちと合流する。深い森を抜けて南満州に向かうが、食糧事情から行軍は過酷を極めた。子どもは死に、親は無理心中、慰安婦の竜子(=岸田今日子)以外の民間人は脱落してしまう。友軍を発見し弾かれてしまうものの、陸軍病院で一緒だった丹下一等兵(=内藤武敏)が乾パンつきで合流し、一時の飢えを凌ぐだった

敗れた者たちに悲惨な運命が待っていた
「鬼になって生きる決意」をした梶だが、冒頭でソ連兵を刺殺したことにはショックを隠せず、引きずりながら避難者を指揮していく
密林のなかの行軍では、食料をコントロールして統率するが、体質の弱い子どもから死んでしまい、その母親は発狂してしまう。結局は多くの避難民が飢えと疲労で死んでしまい、梶の努力はまったく報われなかった
鬼の形相で自分そして周囲のサバイバルに励む梶に対し、それをフォローするように理想を語るのが丹下一等兵。感情的になる梶に代わって、マルキストの視点から客観的に物事を整理していく
しかし、事態はその丹下の想像を越える形で進展していくのだった

ソ連の参戦は8月9日。前作の戦闘から何日経ったか分からないが、すでに南満州の農村では抗日の民兵組織ができていて、日本人の敗残兵、避難民狩りを始める
作中でも民兵との戦闘が何度か描かれ、梶たちは包囲網を必死で潜り抜けていく。梶たちも食料がなくては生きていけず、略奪者にならざる得なかった
社会主義にシンパシーを持つ梶も、降伏を勧告しない民兵たちのやり方には憤りを感じ、竜子が殺された際には「次からは逃げる前にあいつらを殺してやる」と激昂するほど。非正規軍を交えた戦いに国際法は通用しない
そうした梶をマルキストの丹下は「君の代わりに満人の墓を掘る」と宥めるのだが、ソ連軍のトラックから強姦された日本人女性が投げ出されるに及んでは絶句した
丹下と梶は「あくまで赤軍の一部がやったこと」「労働者の軍隊に恥を塗る行為だが、反省して修正されるはず」と自分に苦しく言い聞かせるが、次作で現実を目の当たりにするようだ
そして最後には、同じ逃亡者である日本兵に、「○助にやられるぐらいなら」と避難民の少女(=中村玉緒)が強姦される事案が発生してしまう
本作では無政府状態の、言語に絶する光景が容赦なく描かれる


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戦雲も何も、もう実戦です


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陸軍病院を退院した梶(=仲代達矢)は、ソ連国境に近い青雲台の基地に配属された。そこに赴任したのが、かつて満鉄の同僚だった影山(=佐田啓二)で、彼は少尉に昇進していた。梶は年代がばらばらの新兵を影山から預かることになり、代わりに悪名高い内務班から切り離すことを約束させた。しかしその行為は古参兵からは反抗と映り、梶は新兵たちと共に苛酷なしごきを受けることに……

入隊して一年経った梶は、親友である影山の抜擢で上等兵となる。彼は影山の助手となり、新兵を束ねる役目を負うことになった
自らの人道主義を少しでも実現しようと、班内のビンタ禁止、軍隊言葉を強制しない、など融和を図っていく。しかし隊の外に出ると、軍隊の常識にさらされ、新兵たちは数々のしごきを受けなければいけないし、梶自身もある程度は軍隊的な落とし前を新兵に要求せざるえない
前半は少し立場が良くなっても上下から突き上げられる管理職の苦しみが描かれる
後半はソ連が参戦し、梶の隊も戦争の渦中に投げ出される。いったん戦争になれば、しごく側もしごかれた側も関係なしに銃弾が降り、古参新兵分け隔てなく悲鳴を上げ恐慌状態となる
もはや人間の生存そのものが脅かされ、叩き込まれた軍隊文化などなんの役にも立たなかった
軍隊の陰湿な悪も、人間そのものを蒸発させるような戦争に焼かれてしまうのだ

梶の変化が著しい
満鉄時代は社会主義にシンパシーを持つ進歩派のインテリだった彼は、鉱山で植民地経営の実情を知り、軍隊では理不尽で強固な上下関係にさらされた
もはや理想主義をそのまま爆発させることはやめ、下の者に主義を通す反面、上は上で顔を立てる知恵も身につけた。新兵からは「まるで二重人格だ」と突きつけられてしまった
戦争という環境に覆われてしまった以上、そこから脱出することはできず、主義を秘めながら環境に適応せざる得ない。戦争の物語に乗れないなら、この屈折は避けられない
そして、対ソ戦の戦場においては、さらに酷い業を背負うことになる
かつて考えていた“人間の條件”を大きく逸脱してしまった梶は、鬼になっても生き抜いてやると決意し、荒野に戦場を生存者を探すのだった
戦中・焼け跡世代の精神史を観たような気がする


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特殊工人の脱走問題で憲兵と揉めた梶(=仲代達矢)は、召集免除の特権を剥奪され関東軍に徴兵された。第七師団の宿舎では、上官、古参兵の猛烈なしごき、いじめが待っていた。梶はアカとみなされたが、持ち前の能力で日野准尉(=多々良純)から警戒されながらも認められる存在となる。しかし、同じ初年兵の小原(=田中邦衛)は、体質の悪さ、嫁姑の悩みからすべてに遅れをとり、古参兵からいじめの対象となって……

いよいよ軍隊編である
おなじみのビンタにはじまり、任務における連帯責任、役職よりメンコの数がものを言う、数十キロの装備を背負っての行軍、と『兵隊やくざ』でも見られたような日本陸軍の実態が取り上げられる
やや甘いように思えたのは、美千子(=新珠美千代)が訪ねてきた際に、風紀を乱すものと怒りつつも、倉庫で一夜を過ごさせること。当然、チョメチョメに及ぶわけで、古参兵がひがむのも無理はない(苦笑)
本作は当時の左翼思想にも触れていて、新城一等兵(=佐藤慶)「国境の向こうには人間が解放された約束の地がある」とまで言わせる。絶え間なく続く戦争と情報統制、閉鎖的な軍隊生活は外部への幻想を抱かせ、ユートピアを妄想させた
敗戦直後に共産主義が伸張した理由が良く分かる

新鮮だったのは、後半に出てくる陸軍病院の様子
患者である負傷兵たちにも軍の規律は貫かれていて、看護婦たちも同様。頂点にいる婦長(=原泉)は、勝手をする患者たちに容赦なくビンタを浴びせ、衛生兵の兵長にも上からモノを言う
陸軍病院にも、男女を問わない上下関係が存在したのである
小原の自殺に関して、梶は「古参兵だけでなく、軍隊そのもの問題」と突きつけるが、現代から見るとそれのみに留まらないだろう
軍隊的性質はブラック企業と過労死問題にも通じるし陰湿なしごき、いじめと自殺は体育会的な風潮として残っている


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梶(=仲代達矢)特殊工人の脱走に対し対話路線で臨むが、同僚の沖島(=山村聡)とも揉め袂を分かつ。脱走問題に鉱山の責任者である黒木所長(=三島雅夫)は、前科のある陳(=石浜朗)を脅させ、偽の脱出計画を流させることにする。自分の保身と仲間の命との間で板ばさみになった陳の立場を、梶は気づかない……

第二部は第一部と同時期に上映され、第一部のそのまま続きである
戦時下の増産計画が進むなか、鉱山は殺伐とし、理想主義者の梶は孤立を深めていく
梶の人道主義はブレないが、沖島からは「(日本人が中国人を管理している)根本的矛盾を無視している」と言われ、中国人からは「人道主義の皮をかぶった獣」とまで罵られる
王亨立(=宮口精二)のような理解者からも、厳しい言葉が投げかけられ、梶の主人公属性が剥がされていくかのようだ
ついに梶は「日本人であることが罪なのだ」という結論にたどりつくのだった
美千子とのやりとりは、いかにも昔の映画というか、名作劇場アニメのような芝居なので笑ってしまったが、強制労働の殺伐さを相殺しときに強調する効果を生んでいる
梶の家庭のブルジョア生活は、工人の過酷な労働で支えられていたのだ

第一部にもあった特殊工人(戦争捕虜)の脱走問題だが、第二部では渡合軍曹(=安倍徹)ら憲兵が介入してくる
現場の責任者ともめた工人たちに対し、鉱山の柵内にも関わらず「逃亡」であると認定し、逃亡者を斬首(!)していくのだ
捕虜とはいえ鉱山が預かる工人を憲兵が裁くのは、法的には微妙なはずだが、満鉄の関連会社である鉱山側も戦時下であるとして、憲兵の横暴を認めてしまう
梶は最後の一線で処刑を中断する契機を作り、憲兵に「八路」を庇う者として拷問を受けるが、このくだりは理想主義過ぎ。視聴者の溜飲を下げるための演出だろう
映画のラストには、関東軍からの召集令状が梶にくだり、第3部は軍隊に舞台を移す


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純愛編とありますが、速攻で結婚します


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昭和十八年の満州、梶(=仲代達矢)は召集令状を恐れ、恋人の美千子(=新珠三千代)との結婚に踏んぎれないでいた。しかし、勤め先である満鉄の上司から、召集免除を条件にした労務管理職を勧められ結婚を決意、砂煙が舞う鉱山に赴任する。進歩的インテリの梶は、過酷な労働条件を改善すべく新しい労務管理案を示すが、現場の人間の反発を買い、戦時体制下に増産が命じられてさらに環境は厳しくなっていく

全六部、九時間超というギネス級の反戦映画シリーズの第一部
舞台は戦時下の満州で、日本人が経営する鉱山会社で一万人の中国人労働者が働いており、主人公はそこの労務管理を任される
戦後の人間が見やすいためか、梶は正義漢溢れる青年であり、「暴力は抑圧を排除するためにしか肯定されない」とマルキシズムをにじませた書生気質から、周囲に熱くぶつかっていく
それを取り巻く環境はかなりシビアで、梶ですら時には現場の空気に飲み込まれ、苦渋の選択を迫られ、大事にした工人からも唾を吐きかけられてしまう
上司が梶の進歩的な労務管理をうわべは褒めつつ、いざとなれば「日本人の命と中国人工人の命を一緒にできるか」と馬脚を現すところなど、下手に戯画的に描かない分、われわれ日本人の業として捉えられるものにしている
各所に掲げられる「五族共和」「共存共栄」のスローガンが泣けてくる

ややこの時代の芝居くささは残るものの、民族が入り乱れた人間模様は昨今の戦争映画にはないものだ
中国人でありながら日本人に逆らわないように教育された陳(=石浜朗)は、梶から「君は抗日地区の住人に漢奸と呼ばれてしまうね」と言われた存在だが、とあることから中国人と日本人の立場の違いを埋めきれず、裏切る行動をとる
陳を篭絡するのは、慰安所をまとめる金東福(=淡島千景)で、朝鮮人の張命賛(=山茶花究)と手を組んで脱走兵を利用した金儲けをたくらむ
こんな筋、今ではとうてい作れないだろう
中国人同士でも、満州において日本人に慣れてしまった人間と捕虜扱いで拉致されてきた人間との意識の違いも表現されていて、植民地統治下の複雑さが垣間見える
製作者も出演者もほぼ日本人で、どこまで当時の中国人を描けたかはなんとも言えないが、ここまで肉薄した作品を他に知らない


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秋山真之が軍務局長時代に、中国に謀略工作を行ったらしい。尾崎行雄とかも
まじかよ

戦前日本の安全保障 (講談社現代新書)戦前日本の安全保障 (講談社現代新書)
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日露戦争後、日本ではどのような安全保障が構想されたのか。山県有朋から永田鉄山まで振り返る
『昭和陸軍の軌跡』の著者が、大正・昭和の安全保障、国際戦略の変遷を辿ったもので、その全てが失敗に終わったことを踏まえた上でどのような教訓を拾うかを本願としている
取り上げられるのは、山県有朋、原敬、浜口雄幸、永田鉄山の4人で、それぞれがそれぞれの情勢と流れの中で日本の行く末を考えた
四者四様であるのだが、共通するのは満蒙の確保であり対中国戦略が軸にあること
アメリカに対しては、永田は将来の対決を予見したものの、他の三者同様に隔絶した工業力から敵対しえないとしていた
日露戦争で得た満州の利権を守り、中国という市場へ参入するには、英米と組むべきか、対抗するためにドイツ、ロシア(ソ連)と組むべきか
永田鉄山の構想は大東亜共栄圏そのものであるし、原敬・浜口の流れは戦後日本の源流にも思える

山県有朋は日露戦争後、中国を巡る英米との相克を予想し、戦ったばかりのロシアと組んで牽制しようとした
アジアでまともに国家の形をなす国は日本と中国しかなく、中国に積極的に介入して近代化を助けるとともに、英米の力をアジアから排除していく戦略を持っていた
幕末の志士らしい華夷秩序の世界観に思えるが、同時にパワーポリティクス志向の山県は日本のみでは対抗しえないとして、ロシアを引き込む気でいた
しかし、ロシアは大戦中に革命で倒れ、山県の構想は空中分解する
初の平民宰相・原敬は、満蒙を確保しつつ、中国問題を英米との協調路線で解決を図る
原は大陸国家アメリカの力を正当に評価し、その提携なしに日本の安全保障は成り立たないというリアリズムの戦略だった
ただし、アメリカを掣肘する力を持たない日本が、「アメリカのなすがままに」陥る危険は払拭できず、シベリア出兵問題では露骨にそれが現れることとなった

原敬の路線を受け継いだ浜口雄幸は、世界大戦の惨禍から国際連盟による集団安全保障体制に、「アメリカのなすがまま」を押さえる希望を見出した
ワシントン条約に続くロンドン軍縮条約(1930年)を成立させ、財政再建と安全保障を両立する
同じ憲政党の幣原喜重郎によって、1922年に中国の門戸開放・機会均等・主権尊重を旨とする九カ国条約が調印されていて、不戦条約(1929年)につながっていく
その一方で浜口は単なる理想主義者ではなく、総力戦では工業力の多寡が勝敗を決め、日本にそれが足りないこと、集団安全保障下では特定の仮想敵国に対して膨大な軍備を整える必要がないこと、など新時代の安全保障への見通しがあった
ただ、浜口もまた満州・台湾・朝鮮の植民地領有を前提しており、中国側の要求に譲歩と棚上げで臨まざる得なかった

軍部主導の国家運営を目指した永田鉄山は、総力戦の認識では浜口雄幸と変わらなかった
ただし、欧米の情勢を受けて世界大戦は不可避との見方をとり、総力戦が始まるまえに国防資源の「自給自足」する体制を築くことを必須としていた
その範囲はほぼ大東亜共栄圏と同じで、満州事変、日中戦争前の北支への浸透は、不足資源を確保するためだった
日本の工業力の貧弱さから、平時においては国際協調の重要性を認めるものの、国際連盟に平和を強制する実行力を持たないことを見抜き、「平和目的のための軍縮は『順序の転倒』」とした
永田の流れを汲む幕僚たちが行ったのは、北支工作、インドシナ進駐に代表されるような、英米との直接対決を避けつつ、自給自足の体制を求める「火事場泥棒」戦略である
そして南印進駐で虎の尾を踏むことになる

本書で見えていたことをザッと振り返ると、山県は攘夷の発想が抜け切らず、日中の合同で英米列強に当たるという図式に固執したかに思う
原・浜口の路線は戦後日本を思わせる現実路線だが、アメリカの独走を止める術がない。冷戦後の日本も同様に振り回されてきた
永田の戦略はヨーロッパの情勢に煽られた感があり、かえって日本の選択肢を狭めたと思う
第一次大戦のように、勝ち組が決まるまで待って、それまでは両陣営に物資を売り工業化……HOI脳かもしれないが、そんなシノギ方もありえたのでは
ともあれ、四者の戦略には満州の利権を保持する前提があって、一度得たものを手放せない貧乏性が日本人の弱点なのだろう


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