『山本五十六』 阿川弘之

阿川佐和子のお父さん


山本五十六 (上巻) (新潮文庫)
阿川 弘之
新潮社
売り上げランキング: 24,756

山本五十六 (下) (新潮文庫 (あ-3-4))
阿川 弘之
新潮社
売り上げランキング: 20,672


日米戦争に反対しながら、その口火を切らざる得なかった山本五十六とはいかなる人物だったのか。その出生からブーゲンビルで戦死するまでを詳細に描く
膨大な取材と資料を駆使した山本五十六の記録文学である
海戦における航空母艦を中心とした機動戦術の優勢を確立した名将である一方、戦前においては日米戦争に最後まで反対し続けたことでも知られているが、本作で強調されるのは生々しい人間としての姿
愛人である梅龍の千代子との逢瀬、「海軍を辞めたらモナコでカジノでもやる」というほどの博打・勝負好き、どこでも逆立ちして見せる茶目っ気と、戦争のドキュメント番組などからは想像しにくい、軽快な人柄が偲ばれる

上巻では、ロンドン軍縮会議など‟条約派”軍人としての活動が中心となる
1929年のロンドン軍縮会議は、日米英での建艦競争を阻止すべく、特にアメリカの台頭を恐れるイギリスが主導で行われた。日本は西海岸側の米艦隊を牽制できる「対米7割」を主張してアメリカと対立し、イギリスは条約の決裂を恐れた
山本は最初、大使付きの中佐という立場で参加しつつも、各国の大物にその存在を認められる。作中では山口多聞と強硬に「対米7割」を主張したことは描かれないが、条約そのものをその工業力の格差からアメリカを縛るものとして評価していた
1936年には海軍次官に就任。海相となった米内光政とのコンビで、陸軍参謀部に触発された軍令部の政治化を抑え込み、害しかない日独伊三国同盟の実現を阻止しようとした
ただし作者は軍人が政治に口を挟まないという海軍の良識が、この非常時において大人し過ぎたのではないかとも指摘する

下巻は真珠湾作戦の計画から、ブーゲンビル島で散るまで
真珠湾攻撃に関しては、本人以外のほとんどの人間から反対を受ける。しかし、日米戦をするならハワイ作戦は必要不可欠として、山本は自身の進退をかけて突っぱねる
山本からすると「南方に進出している間に、東京が空襲されたらどうするのか」という懸念があり、後のミッドウェー海戦につながる着眼点である
ただし、航空母艦を撃ち漏らしたにも関わらず、航空隊が当然あるものと思っていた第二次爆撃を決行せず、ハワイの軍事施設の多くが残存した
ミッドウェーの曖昧化していった作戦目的といい、艦隊保全主義で攻撃に徹底しきれない海軍の性質が異端児の山本五十六にすらあったといえるし、いかにも日本人らしいあっさりさだと作者は評する
話は山本の死だけで終わらず、遺体回収から国葬、知人や近親者たちがいかに振舞ったかまでに及ぶ。赤裸々な記述は訴訟騒動まで起こしたそうだが、後世に語り継がれるべき労作である


関連記事 『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(半藤一利)
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『ペリリュー・沖縄戦記』 ユージン・B・スレッジ

他のFCブログへコメントしようとしたら、「不正な投稿」だと言われて拒否られてしまった
相手さんのブログにNGされてるわけではないとはずなので、単なるバグだと思うのだけど……


ペリリュー・沖縄戦記 (講談社学術文庫)
ユージン・スレッジ
講談社
売り上げランキング: 31,242


アメリカ人から見た太平洋戦争は、いかなるものだったのか。ガナルカナル、ペリリュー島、そして沖縄の激戦地を体験した海兵隊の一兵士の記録
著者は戦時に志願兵として海兵隊に入り、戦後は生物学の教授になった人。異色の人物に思われるかもしれないが、民間人が戦争に召集されるのが普通の時代では、こういう経歴の方はたくさんいたようだ
所属したのは第一海兵師団であり、『バンド・オブ・ブラザーズ』のスタッフが製作した『ザ・パシフィック』でも著者の体験が中心的な位置を占めている
本書では敵味方が悪鬼と化す、戦場の地獄が余すことなく書かれている。当時の著者は、友軍兵士の死体に残酷な悪戯をされたことをきっかけに日本軍への同情を無くすが、特に日本人を諸悪の権化のように描いているわけではない。人間を極限の状態に追い込んでその尊厳と人間性を奪い、最後には人生そのものを奪ってしまう戦争そのものへの嫌悪が全体を包んでいる

戦史本などを読むと、1944年以降はアメリカが圧倒的な物量を背景に圧勝し続けたように思えるが、最前線の一兵士から見れば日本人同様で生き地獄に放り込まれるようなもの
上陸戦では生還できる確率は二割から三割と言い聞かされ、補給が追いつくまでは物資が欠乏し、油混じりの水で凌がなくてはならない。いくら兵站が整っているといっても、相対的なものなのだ
ペリリュー島の戦い以降、日本軍は淡白な万歳突撃から、島全体を戦場とする縦深陣地を構築して、粘り強く出血を強いる作戦に転換しており、海兵隊も立ち往生せざる得なかった。太平洋戦争末期でも、全方面で日本軍が一方的な敗北だったわけではなかった
ペリリュー島の十倍以上の規模の沖縄では、さらに異常な光景に遭遇する。敵味方の死体を葬る機会がないために、戦場に折り重なるように放置される
塹壕を掘ろうとしたら、そこには腐った死体が埋もれていて、大量のうじ虫が沸いており、作業中の兵士の衣服に入り込む!
敵味方の砲撃に疲弊した兵士たちは、精神に異常を来たして後送されていく。統計的に火力に勝るといっても、前線の兵士からすれば日本側の砲火も強力だったようだ
異常が日常化した体験は、戦後も心に深い傷跡を残した。勝利した戦争にすら、栄光はないのである。その一方で、著者は「住むに値する良い国ならば、その国を守るために戦う価値がある」という言葉も遺している


ザ・パシフィック 上
ザ・パシフィック 上
posted with amazlet at 16.10.10
ヒュー・アンブローズ
ACクリエイト
売り上げランキング: 142,471

ザ・パシフィック コンプリート・ボックス(5枚組) [Blu-ray]
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント (2015-11-03)
売り上げランキング: 31,102
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『敗戦真相記』 永野護

きな臭い人でもあるらしい


敗戦真相記―予告されていた平成日本の没落
永野 護
バジリコ
売り上げランキング: 347,649


日本はなぜ負けたのか、これからどうすればいいのか。敗戦直後に一経済人が語った戦後日本の出発点
著者はFSSの作者ではなく(笑)、渋沢栄一の秘書をしたのを皮切りに証券会社などの取締役を歴任、戦中・戦後に衆議院議員となり、第二次岸内閣で運輸大臣に就任した政財界の要人だ。弟たちも政財界で活躍したことから、「永野兄弟」の長兄として名高かったという
本書に元になったのは、なんと1945年9月に行われた講演!
終戦直後の混乱冷めやらぬ間に、冷静に敗戦の過程を分析し、ポツダム宣言から想像される日本の将来を驚くべき正確さで予見している

まず敗戦の原因に関しては、国策の基本理念からして間違っていたと指摘
自給自足主義を目指したのが間違いで、満州国で立派な近代都市を作っても、現地民の人人心を得ることはなかった。永野も日本語が上手い中国人の知人から、「ロシアと戦争になったら、ロシアにつくよ」と言われ絶句したという
いかに名分を語ろうと、植民地である以上は本国の利益が第一であり、現地人の福祉は二の次以下になるのだ
フィリピンにおいても、山下将軍が「フィリピン人の協力をまったく得られなかった」と語り、アメリカへつくものが多かったという。日本がアジアの解放に貢献した云々は、敗戦直後に否定されていたのである
戦争指導においても、陸海軍が様々な局面で張り合って、松根油のために松の木を争ってしまう。総力戦とはほど遠い状況証拠がいくつも示されて、ため息が出る
極めつけは、トロツキーの論文『噴火山上の日本』の引用。「日清戦争は日本が支那に勝ったのではない。腐敗せる清朝に勝ったに過ぎない。日露戦争は日本がロシアに勝ったのではない。腐敗せるロマノフ王朝に勝ったに過ぎない。要するに、これは一つの後進国が、さらに一層遅れた後進国に対する勝利に過ぎない」「日本は日清日露の成功に思い上がり、東洋制覇の事業に手を出し始めたが、これは早晩、アメリカかソビエトロシアに対する衝突を招くだろう。日本の生産と科学は果たしてこの大戦争に用意ができているかどうか。日本国民の神秘主義と精神論は、この大戦争によって冷酷にテストされるに違いない」

焼け野原となった日本については、ポツダム宣言から国の建て直しを考える
日本は武装解除されたが、国家が分断されたドイツよりはマシ。むしろ、国家財政の過半をもっていった軍部がいなくなったことで、国民の教育と福祉に意を払えるとする
戦争犯罪人については、アメリカはパールハーバーの開戦責任にこだわるのは仕方なく、日本国民と軍部を分ける発想に注目。無条件降伏ではないことを強調する
進駐軍の方針が他国に戦争を仕掛ける軍勢力の除去と民主主義の確立を条件とするのなら、永野は日本にとって悪くない話と考えているのだ。敗戦革命的な発想自由主義者の経済人から飛び出すのは意外だ
ポツダム宣言の条文を読み直して行くと、日本国憲法の下地になっていることが分かる。良かれ悪しかれ連合軍の政策が元になっているのだ
日本が純粋な農業国でやっていくのでは、江戸時代の人口三千万人しか養えない。肥料も海外からの輸入が必要なので、必ず外国と付き合わざる得ない
日本には人が余っているので、単純な工業製品ではなく複雑な工程を経る時計などの精密機械の製造を目指すべきとする。高付加価値の製品を輸出して、物のない日本は必要なものを輸入するしかない。高付加価値産品の輸出は今でも求められていることで、現代日本の出発点は焼け野原の現実にあったのだ
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『永遠の0』 百田尚樹

太平洋戦争が時代小説になる時代


永遠の0 (講談社文庫)
永遠の0 (講談社文庫)
posted with amazlet at 16.01.10
百田 尚樹
講談社
売り上げランキング: 2,334


実の祖父は特攻で死んでいた。母から祖父のことを調べてくれと頼まれた姉・慶子は、司法試験の勉強をずるけるぼくに取材への協力を頼まれる。元海軍のパイロットや整備士たちによると、宮部久蔵は凄腕のパイロットながら同僚たちから「臆病者」とも見られていた。その久蔵がなぜ特攻を志願したのか――

なるほど『壬生義士伝』に似ていた(苦笑)
百田尚樹は、関西のお化け番組『探偵!ナイトスクープ』の放送作家で、小説家に転じてもヒットを連発、本作は文庫本にして販売部数300万部を超えている
視点となる主人公・健太郎は、司法試験くずれのモラトリアムであり、姉・慶子はフリーライターで戦後教育の申し子ともいうべき価値観の持ち主と、現代人に入りやすく設定されている
宮部久蔵も、当時の人間の典型というより、もし自分が海軍のパイロットだったらどう考えどう行動するか、感情移入しやすい造型となっている。戦いを嫌いながら、一方で一流の腕前を持つという、まるでロボットアニメの主人公の如し
『壬生義士伝』のように、複数の証言によって浮かび上がらせる手法であり、前半では太平洋戦争の戦況についてこれでもかと語られる。当時者の証言という形で、作者の戦争観が吐露されている

作者がNHKの経営委員に就任し、その発言が物議をかもしたが、本作で語られる太平洋戦争はわりあい通説に近い
少し違和感を感じるのは、搭乗員の犠牲を前提にする「特攻」を否定しつつも、それを受け入れて飛び立った特攻隊員たちを「立派な男たち」を美化しているぐらいだろうか
特攻隊員が作戦が決まってからの逸話は様々にあるので、みな従容と受け入れたでは少し物足りなかった。そこに本当のドラマがあったはずなのである
朝日新聞社の記者とおぼしき高山という男に「特攻隊員はテロリスト」と言わせるあたりは、いかにも作者らしい因縁のつけ方(苦笑)。探せばおかしい記者はいるだろうが、いくら何でも無理筋で、多くはむしろ元特攻隊員を取り込んで政府批判をしたいと考えているはずだ
ネットで叩かれやすい朝日新聞を仮想敵に仕立てるのは、論壇的な戦略と思える
ともあれ、文体は文章が短く区切られて読みやすく、参考文献から引用された説明も良く整理されて頭に入りやすい。『壬生義士伝』がこれぐらい抑制された文章で書かれていれば読みやすかったと思うぐらい(失礼)
ただしその反面、宮部久蔵のテクニックを酒井三郎から拝借するなどアレンジされている部分もあり、当事者の証言という体裁から当事者の主観、勘違いを免れないという逃げ道もある
後半の展開はいかにも小説的なミステリーが入り込むし、あくまでノンフィクションを装った小説と心すべきだろう


関連記事 『壬生義士伝』

大空のサムライ(上) 死闘の果てに悔いなし (講談社+α文庫)
坂井 三郎
講談社
売り上げランキング: 1,873
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『海軍乙事件』 吉村昭

べっ、べつに乙しているわけじゃないんだからねえ!


海軍乙事件 (文春文庫)
文藝春秋 (2012-09-20)
売り上げランキング: 4,415


日本近代史の知られざる事件を追う吉村昭の中短編集
表題の海軍乙事件とは、山本五十六の跡を継いだ連合艦隊司令長官・古賀峯一大将がフィリピン近海で遭難し、行方不明となった事件
山本五十六撃墜事件を、「海軍甲事件」と呼ぶことから名づけられた。「甲事件」についても、五十六を護衛した戦闘機パイロットの顛末を描いた短編がある
「シンデモラッパヲ」を除いて、太平洋戦争にまつわり、歴史の闇に葬られようとしていた出来事を掘り起こす。当事者への取材の様子も描かれて、事実をあるがままに記す戦史文学の王道を行くものだ
全編を通して、戦争に振り回される個人の哀れさが強調されている


「海軍乙事件」

古賀峯一大将が行方不明になった事件には、連合艦隊参謀長・福留繁中将作戦参謀・山本祐二中佐も遭難していた。二番機に乗っていた一行は、セブ島沖に不時着し、同地の抗日ゲリラに身柄を拘束されてしまう
セブ島には、クッシング大佐率いる数千人のゲリラが米潜水艦の補給を受けて活動していたのだ。参謀たちの持っていた連合艦隊の邀撃作戦「Z作戦(新Z号作戦)はこのとき、ゲリラの手を経てアメリカ軍へ流出してしまう
セブ島の守備隊を率いる大西精一中佐が討伐に出た際に、ゲリラ側が日本人を交渉に派遣し、一行は無事、引き渡されることとなる。抗日ゲリラは引渡しのとき、日本の歌を歌って融和の雰囲気を作ったそうだ

しかし問題なのは、福留繁中将はじめ捕虜となった参謀の処遇
戦陣訓が有名なように、当時の日本軍は捕虜を恥とする気風があった。海軍は苦肉の策として、「抗日ゲリラは正規軍ではない」→「正式に戦争してないから、捕まっても捕虜ではないという理屈をひねりだし、不問にする
そして、件を隠しきるために福留繁中将を、第二航空艦隊へ栄転させてしまった(山本祐二は戦艦大和の特攻で戦死)
福留中将は作戦の流出を否定し続けたが、戦後にアメリカの戦史を手伝った旧軍の士官が流出の存在を確認した。本書では、この流出により日本軍の戦力は割れ、レイテ沖海戦の大敗北につながったとされている(実際に、その情報が生かされたかは微妙らしいが)


「海軍甲事件」

山本五十六がブーゲンビル島で撃墜されたときには、6機の零戦が護衛についていた。戦後生き残ったのは、著者が取材した柳谷謙二氏のみ
五十六巡察が決まったときには、その進路に敵機がいることは少なく、6機の護衛でも充分すぎると考えられていた。16機での遭遇は明らかに待ち伏せと考えられた
6機のパイロットは倍以上の敵には敵わないと表向きは不問にされたものの、周囲の視線は厳しく自ら死地へ旅立つように、ラバウルを飛び立っていった
柳谷氏は、ガナルカナル沖で敵の機銃によって片腕をもがれ、本土へ帰還。航空隊の教官として終戦を迎えた
上記の捕まった参謀たちに比べ、この扱いの差はなんだろうか

海軍では、待ち伏せとしか考えられないのに、いろいろ理屈をつけて暗号が見破られていないと判断してしまう。アメリカのラジオが五十六の撃墜を報じないからだ
しかしそれは、アメリカ側が日本側に暗号の解読を気取られないように、細心の配慮をしたから。暗号解読の成否を確認しようと、日本が飛ばした囮に対しては黙殺していたのだ
物量以外でも相手が上という、悲しい史実である


「八人の戦犯」

ポツダム宣言を受諾後に、戦犯の問題が浮上した。連合軍に裁かれる前に日本で裁いたほうが傷跡が少ないのでは考えた軍部は、八人の戦犯を選び出す
いわば「とかげの尻尾切り」の発想で、連合軍による戦犯の拘留が始まったことで裁判自体はフェードアウトしたものの、その調書は連合軍に提出されBC級戦犯に影響することとなった
本章では、その八人の戦犯のうち、確認しきれた事例を書き記す

A氏は陸軍中野学校からスペイン→南米に派遣され、台湾でアメリカ人捕虜を拷問した容疑。鉛筆やモップをつかって苦痛を与え、拳銃で殴打したとも
タバコの火を押しつけた部下を庇い、自分だけが裁判に立っている。BC級戦犯では、身内を庇うケースが多かったようだ
C氏に関しては、完全に冤罪仏領カンボジアで、敗戦後8月22日に抗日ゲリラを指導した神父ら3人を処刑した容疑で、終身刑の判決を受けた(冷戦に突入して大幅軽減された)
取材の最後で、C氏がクリスチャンであることが明かされる。まさに無情……


「シンデモラッパヲ」

日清戦争中、撃たれた後も進軍ラッパを離さなかった兵士の裏話
当初は岡山県浅口郡船穂村の白神源次郎と報じられた。村では日清戦争唯一の戦死者であり、英雄として顕彰碑が作られる。そればかりか、日本国外でも高名な詩人によって、題材とされた
しかし日清戦争後に死んだラッパ兵は、同じ岡山県の川上郡成羽村から出征した木口小平であることが発覚する
白神の名が余りに知れ渡ってしまったため、木口小平は日露戦争後にようやく世間から認定された
戦中の美談は、人々の欲求によって作られる、かなり怪しいものなのだ


戦史の証言者たち (文春文庫)
吉村 昭
文藝春秋
売り上げランキング: 348,426
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『瀬島龍三 参謀の昭和史』 保阪正康

ここまで自分を大きく見せるとは


瀬島龍三―参謀の昭和史 (文春文庫)
保阪 正康
文藝春秋
売り上げランキング: 27,066


戦時は大本営参謀、戦後は大手商社の役員、「総理の政治指南役」と言われた男の真実
初出は昭和62年(1987年)で、中曽根政権最後の年瀬島龍三は、第二次臨時行政調査会の委員として辣腕を振るっていた
本書では、戦争指導の負い目を背負い、シベリア抑留を耐え、戦後は商社で大成功という、『不毛地帯』で広がった瀬島のイメージをどこまでが真実か、ひとつひとつ検証していく
陸軍時代から上司の目を意識する組織人で、独自の持論を持たずにその時々のリーダーや風潮に乗る典型的な出世主義者。その保身術はシベリア抑留時代にも生きて、伊藤忠入社後は社長の引き立てでのし上がり、その人脈で政治の世界へも食い込んだ
「政治指南役」という名声のわりに、その実像は無思想のテクノラートであり、軍人というより官僚に近い。目に見える仕事の実績がほとんどなく、強いリーダーシップのもとで各方面の調整役を本領とする生粋の参謀なのである

『不毛地帯』をフィクションだと分かっていても、本書で暴かれる事実には驚く
あまり語られない大本営参謀時代には、大戦末期の台湾航空戦で「空母18隻撃沈」の誇大戦果を鵜呑みにし、それに疑義を挟む情報を握りつぶしていた
この台湾航空戦の誇大戦果に基づいて、フィリピン中心の防衛計画「凄一号作戦」=レイテ沖海戦に変更されていて、敗戦は必至の情勢とはいえ、数万人の命を左右した責任は重い
シベリアからの帰国後、瀬島が電報を送った情報参謀・堀栄三に告白したというから、まず真実なのだろう
連合艦隊の壊滅で本土決戦路線にシフトしたことから、瀬島は満州国へ転属となり、そこで敗戦を迎える
ソ連との停戦協定に立ち会うが、ここに歴史の闇がある。外務省がソ連との和平交渉において捕虜を「賠償として一部の労力を提供する」という案が存在したというのだ
もし、この案を前提に交渉されていたとすれば、官民60万人のシベリア抑留は日本とソ連の合意によることになってしまう。抑留問題を訴える全抑協は、真相の究明を瀬島に要求していた

*停戦交渉については、ソ連側の証言として元帥ワシレフスキーの「命令」が伝えられただけという話もある→『沈黙のファイル ー「瀬島龍三」とはなんだったのか』

伊藤忠への就職は、当時の女子社員並みの四等社員で、まったく期待されていなかった
戦後二人目の社長となる越後正一が、繊維専業から総合商社への脱皮を図るべく、国防産業への参入を決めたことで、ようやく瀬島は陽の目を見る
第一次FX商戦には関わらなかったものの、「自動防空警戒管制システム」(バッジシステム)を巡って、安価のヒューズ社を引き込み500億円の商戦に勝利する。勝利の裏には、大本営時代の人脈がものをいい、部下には防衛庁の天下り組を揃えていた
しかし、国防産業の癒着が問題視されるのを予想し、国防産業からの撤退を進言しており、ロッキード事件に巻き込まれることはなかった
業務部長に就任した後は、業務部を社内の参謀本部に改造し、縦割りの組織を業務部中心の集権体制に変革した。繊維商社の放埓さを正すことはできたものの、現場を知らない業務部社員が各所で軋轢を起こし、越後体制後は弊害に苦しんだそうだ

越後社長が退くに及んで、瀬島の権勢も低下。名誉職的に累進したものの、田中角栄、中曽根康弘の知遇を得たことで、行財政改革に関わる。鈴木善幸首相、中曽根行政管理庁長官のもと、「第二次臨時行政調査会」(第二臨調)の委員となり、85歳の土光敏夫を担いで各方面の調整に専念した
著者はこの「第二臨調」の在り方を、戦前に大政翼賛会を準備した「新体制準備会にたとえる。カリスマ的な人物を担ぎ、「危機」を鼓吹して立て続けに答申を出す。第二次近衛内閣の世論操縦にそっくりというのだ
実際、臨調のなかで瀬島は、中曽根を始めとする政治家との折衝に励み、政治から独立して大胆な提言するはずの「第三者の委員会」世論誘導の機関、首相を目指す中曽根の権力基盤へと変えてしまった
上司受けがいいだけではなく、部下の面倒見もいいという人心掌握の達人ではあるが、過去を糊塗する厚顔さは褒められたものではない。本書が出版された時期には、ずいぶん美化された記事や書籍が出回っていたようで、歴史に対する誠実さに欠けた人物といえよう


関連記事 『不毛時代』 第1巻
     『沈黙のファイル ー「瀬島龍三」とはなんだったのか』

大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)
堀 栄三
文藝春秋
売り上げランキング: 14,024
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

【DVD】『パール・ハーバー』

こんな山本五十六は嫌だ


パール・ハーバー 特別版 [DVD]パール・ハーバー 特別版 [DVD]
(2006/01/25)
ベン・アフレック、ジョシュ・ハートネット 他

商品詳細を見る


テネシー州で育ったレイフ(=ベン・アフレック)は、友人のダニー(=ジョシュ・ハートネット)とその父親の飛行機で遊ぶ少年時代を過ごした。戦闘機のパイロットを目指し、共に陸軍航空隊へ進む。第二次大戦の始まりとともに、レイフはイギリス空軍への編入に志願し、兵役検査で知り合った看護婦イヴリン(=ケイト・ベッキンセイル)と恋に落ちる。しかし、バトル・オブ・ブリテンでレイフが戦死したと知らされたイヴリンは、ダニーと付き合うこととなって……

今風でカジュアル(笑)な戦争映画だった
2時間30分以上、DVD二枚組みという尺ながら、レイフ-ダニー‐イヴリンの三角関係も絡み合って構成は飽きさせない
ただし考証においては、アメリカと日本で落差がありすぎる。なんと真珠湾攻撃を行う会議が、南国のような場所で青空教室のように行われているのだ(爆
貧相な山本五十六(=マコ岩松)が日米戦やる気満々とか、はっきり言って日本側のパートはなしでいい内容だ。おそらく、後付け的に撮影が決まって、予算をなるべく使いたくなかったのだろう
それだけに、製作者の戦争に対する理解の甘さが透けて見えてしまって、非常に残念だった
アメリカのパートはゼロ戦がやけに落ちるとか、70年代に就航するスプルーアンス級駆逐艦がいるとか、見過ごせないミスも多いが、観られる内容ではある
マイケル・ベイ名物の爆発が目白押しで、ここまで米軍が一方的にやられる場面は他の題材でありえないだろう

印象に残るのは、ダニーとイヴリンが勤務するハワイの平和さである。レイフが派遣される悲惨なイギリスとは対照的だ
日本の攻撃を心配する上層部を除いて、もっとも戦争に遠い場所としてされているのだ
駐留する彼らにとって、真珠湾攻撃はまさに青天の霹靂。まともに対応できず、ガーフィールド銃でゼロ戦を撃つ兵士たちが痛々しい(撃墜させる奴もいるけど!)
戦艦に閉じ込められた水兵たち、病院を目指す戦傷者の群れ、血まみれの病棟がこれでもかと描かれていて、戦争における快挙の裏には、必ず違う側の人々の流血と犠牲があることを教えてくれる。これだけでも見る価値はあるだろうか

本作ではやられてばっかりでは客が入らないと思ったのか、日本に対する反撃としてドゥーリトル空襲がクライマックスに入る
ドゥーリトル中佐(=アレック・ボールドウィン)の指揮で、レイフとダニーは作戦に志願する。空母から大型爆撃機を発進し、東京を空襲したあとそのまま中国大陸に着陸するという決死の作戦だ
燃料の消耗を減らすために爆撃機の重量を減らそうと、機銃を外しほうきの柄を黒く染めて取り替えるなど、史実に照らした描写が描かれる
その反面、実際の爆撃に関しては工場に「兵器工場」という看板がわざわざ掲げられ、小学校を誤爆したことは割愛されていた。主人公たちに汚名を背負わせられないからであろうが、自らのクリーンさをアピールするプロパガンダにしか思えない
どこの国でも戦争体験がジャンク化してしまうのだろうか


トラ・トラ・トラ! (完全版) [Blu-ray]トラ・トラ・トラ! (完全版) [Blu-ray]
(2011/04/22)
マーチン・バルサム、ジョセフ・コットン 他

商品詳細を見る
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『太平洋戦争と十人の提督』 下巻 奥宮正武

南雲中将の名誉回復


太平洋戦争と十人の提督〈下〉 (学研M文庫)太平洋戦争と十人の提督〈下〉 (学研M文庫)
(2001/09)
奥宮 正武

商品詳細を見る


下巻は「絶望の戦い」と題した、台湾沖航空戦、フィリピン沖海戦(レイテ沖海戦)から沖縄戦、そして日本軍の本土防空体制、潜水部隊の戦い、海上護衛部隊の活動を取り上げる。最後には、タイトルにある通り、著者が接した10人の指揮官の戦いぶりを評論する
すでにマリアナ沖海戦で連合艦隊を事実上失っていた日本軍は、基地航空部隊をもってアメリカの機動艦隊と戦う。質量ともにアメリカに突き放されたため、虎の子のT攻撃部隊を台湾沖航空戦で失われ、神風特攻作戦に追い込まれていく
著者はマリアナ沖以降の戦いを、何かのためではなく、「戦いのための戦いと評する。山本五十六の死後、どう負けるかという筋書きを欠いたまま、日本海軍は戦い続けて特攻作戦までやってしまった
その原因を、陸海軍(参謀部、軍令部)、政府が一致しなければ何も決まらない政治システム、「統帥権の独立」とする。明確なリーダーを欠いたまま、戦争に突入したのは参戦国の中で日本だけだったのだ
海軍にどっぷり浸かった人なので、軍の体質そのものにはやや甘いが、南方作戦を立てるわりに補給線防衛を軽視、あるいは潜水部隊の育成を怠るなど、軍事技術の面では手厳しい
戦う前に負けていたという結論には、身もふたもないが納得である

10人の提督への批評が面白い。何人かは評価が180度変わってしまった
ミッドウェイの敗将というイメージが強い南雲忠一中将だが、著者の評価は高い
ミッドウェイはそもそも作戦自体、山本五十六大将がリスクのあるものと考えており、予測しがたい不運が重なったとする。そして、連合艦隊司令部がアメリカの空母が真珠湾を出港したことを連絡しなかったこと、旗艦大和を中心とする戦艦部隊が後方すぎて南雲艦隊を支援できなかったことなど、実は山本五十六にも瑕疵があったとする
最近の映画でも、山本五十六が南雲中将を許す場面が作られたりしているが、その構図には山本大将を神聖視する力が働いているのだろう
南雲中将自身はガナルカナルの南太平洋海戦において、ミッドウェイのリベンジに成功している

真珠湾攻撃以来、南雲中将とともに空母部隊を指揮した小沢治三郎中将は、海外でも評価が高い。しかし著者はこれを買いかぶりとし、マリアナ沖海戦においてメッキが剥がれたとする
マリアナ沖では古賀峯一大将の戦死により急遽、豊田副武大将が連合艦隊司令長官に就任していて、悪名高い「アウトレンジ戦法」をとらせたのは、小沢中将の影響で間違えないらしい
米航空機の優秀さと数量、訓練も数も足りない自軍の航空戦力を、この段階で見誤るのは、度し難いというわけだ
山本五十六、米内光政と「海軍左派トリオ」と言われた井上成美は、軍政では海上輸送の護衛艦隊を提言するなど良識派とされたが、実戦ではミスが多い
開戦当初の快進撃の時点で、ウェーク島の占領に失敗し、珊瑚礁海戦では米空母ヨークタウンを追い詰めたのに航空攻撃を徹底せず、逃している
後にヨークタウンの航空機はミッドウェイ海戦時に、南雲中将の旗艦・赤城を撃沈させ、山口少将の飛龍を大破させた。逃した魚を大きかったのだ
部下を煽るわりに、自身が指揮する段になると優柔不断な指揮官が多かったと著者は愚痴る

フィリピン沖海戦で湾内に突入しなかった栗田健男中将は、作戦を不意にしたと批判されることが多い。著者によれば、これは大きな的外れ
栗田艦隊の任務は湾内の米艦隊と輸送団の撃破だが、湾内の情報をまったく知らされず、伝えられたのは西村艦隊がスリガオ海峡で全滅したことだけだった。すでに連日、敵艦隊との予期せぬ激戦を続けていたわけで、果たして制空権を完全にとられた段階での突入にいかなる成果が上げられたか
この海戦では、初めて特攻作戦が取られた。著者はその起源について、とりあえず大西中将とその部下からとしている(実際には軍令部が有力)
出撃する飛行機が次々に撃墜される現実があり、どうせ撃墜されるなら刺し違えるつもりで、という気運もあったようだ。作戦当初に護衛空母を撃沈させるなど、普通攻撃よりも戦果を上げたことから、渋っていた他の部隊にも広がり作戦として定着したようだ
本書では海上や水中からの特攻作戦にも淡々と触れていて、普通の船で近づけない状態でなんでそんな作戦を立てたかと愕然とさせられる。やらせる軍の体質もさることながら、それを受け入れてしまった村社会的な空気、日本人の生命観があって、それが過労死を生む今の社会にもつながっている


前巻 『太平洋戦争と十人の提督』 上巻

関連記事 『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『太平洋戦争と十人の提督』 上巻 奥宮正武

航空隊から見た太平洋戦争

太平洋戦争と十人の提督〈上〉 (学研M文庫)太平洋戦争と十人の提督〈上〉 (学研M文庫)
(2001/09)
奥宮 正武

商品詳細を見る


帝国海軍は太平洋戦争をいかに戦ったか。元航空隊の参謀が分析する各海戦
著者は第四航空隊参謀として、ミッドウェイ、アリューシャン、ガナルカナルなどに関わり、大本営の海軍参謀として終戦を迎えた奥宮正武。戦後はその経験を買われ、航空自衛隊の要職を歴任した第一人者だ
本書は開戦そのもの是非をさておいて、なぜ戦争がああいう経過を辿ったのか、太平洋戦争の推移を“空軍”の立場から明らかにしていく
空母の航空隊から這い上がった人なので、「機動部隊」への思いが強い。その反面、陸軍には厳しく、陸軍の航空機が大陸の戦争しか想定しておらず、海の上では使い物にならないと事あるごとにこき下ろす(苦笑)
そのため完全な海軍の戦史となっているものの、戦争の命運を握ったのが航空機であるとするならば、正しい視点と言わざる得ない

ミッドウェイ海戦を「まったくツイていなかった」で片付けてしまうが(むしろ、珊瑚礁海戦を重く見る)、それ以降の戦いにおいては手厳しい
注目すべきは、機動艦隊最後の勝利となった南太平洋海戦
ガナルカナル作戦を支援するため、連合艦隊は米軍の空母艦隊との決戦を仕掛ける
ミッドウェイの敗将である南雲中将はその戦訓を生かし、戦艦を前衛に置いて空母へ向かう敵航空機を索敵、かつ半ば囮してその目標を分散させた
この作戦は功を奏し、敵空母一隻を撃沈、一隻を大破させる。これにより、ガナルカナルに展開する米軍の空母はいなくなった
しかし、戦況は好転しなかった。多くのベテランパイロットを失ったことで日本の機動艦隊の戦闘力も大きく低下し、その後それが回復することはなかった
米軍の練度も上がり、たとえ勝っても被害が大きい消耗戦の段階に移行していたのだ
著者もガナルカナルにおいて国力の違いをひしひしと感じる
アメリカは卓越した土木技術で損傷した飛行場を素早く復旧するし、LST,LCIといった揚陸艇を配備し、物資や兵器を迅速に運び込んだ
対する日本軍は優れた商船隊を持っていても、軍事的には港のある場所にしか活用できず、占領した島に揚塔施設を作る能力を持っていなかった。ガナルカナル島の悲劇は、単に作戦指導の問題だけでなく、技術水準の差がもたらしたものでもあったのだ
これはたとえミッドウェイで大勝したとしても、埋められるものではない
そもそも日本の陸軍は大陸の戦場しか想定しておらず、南方の島に上陸する準備など一切考えられていなかった。まったくもって戦争準備が足りていない
「南太平洋海戦」以降、機動部隊が輝きを取り戻すことはなかった。艦上のパイロット達は基地航空隊に移され、その地域の防衛に忙殺されたからだ

そもそも航空機が艦艇を沈めるには、物量がいるらしい
真珠湾、マレー沖の海戦でも、戦艦を沈めるのに過剰とも思える数の攻撃機が投入され、ようやく戦果を上げた。たとえベテランパイロットでも、急降下爆撃、雷撃で命中させるのは容易ではないのだ
熟練兵が払底した「南太平洋海戦」以降、パイロットの報告と実際の戦果に驚くべき差が生まれていく。補充された新兵が艦艇に対する知識がなく、経験不足から海上で燃える飛行機を船と見間違ったためだが、その落差には乾いた笑いを浮かべてしまう。もし報告どおりなら、米海軍は壊滅している
戦果を評価する側も、航空隊の実際を知らないから、期待半分で信じてしまう
指導部のそういった認識は、“最後の艦隊決戦”「マリアナ沖海戦へもつながっていく
この海戦では、世界的にも長距離飛行が可能な艦上攻撃機「彗星」をもって、いち早く索敵し、米艦載機が届かない距離からのアウトレンジ戦法が採用された
しかしアウトレンジ戦法には、重大な欠陥があった。まず索敵機の報告する敵艦隊の位置にかなり誤差が生じる可能性、そして、行き帰りする間に敵艦隊の移動すること、さらに長距離飛行により、搭乗員が疲労しきってしまうこと
実際には攻撃隊発進直後に、空母「翔鶴」「大鳳」が米潜水艦の攻撃で撃沈し、戦果の確認すらできない状態に陥ったのだった
この敗戦で事実上、連合艦隊は壊滅した。現場を知らない机上の空論が招いた悲劇だった
下巻では、「マリアナ沖海戦」以降の戦いと各司令官の人物評があるようだが、連合艦隊の興廃は上巻で描ききられたと思う。これ以上、いったい何が語られるかというと……


次巻 『太平洋戦争と十人の提督』 下巻
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 半藤一利

映画原作のための本だったの!?

聯合艦隊司令長官 山本五十六聯合艦隊司令長官 山本五十六
(2011/11/08)
半藤 一利

商品詳細を見る


誰よりも開戦に反対した男がいた
本書は、2011年公開の映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実』のために書き下ろされたもの。あとがきによると半藤一利の談話を土台にライター兼編集者が書き起こしたそうだ
そのためか、真珠湾攻撃にいたるまでに半分以上が費やされ、そこからミッドウェー、ガナルカナル、最後の飛行とやや飛び飛びの構成となっている。ちょうど映画の作りと同じなので、意図的なものかもしれない
映画ではやや聖人君子に寄っていた山本が、本書ではカジノを出入り禁止になるほどの博打好きで、若い頃は喧嘩に鳴らすなど、明るくバンカラな側面が取り上げられている
あくまで立志伝であり、著者が想いのまま書いているので史料性は微妙だが、山本五十六の実像を知るには充分だろう

本書でクローズアップされているのは、真珠湾以前の山本五十六の活動
陸軍に押し付けられがちな戦争責任に、海軍の条約派=開戦反対派はいったいどういう努力をしていたか、疑念が出てしまうが、それに堂々と答えてくれる
山本五十六は1936年末に、米内光政・海軍大臣を支えるべく海軍次官に就任。気さくな山本の人気は高く、次官の会見を取材するために海軍省記者クラブ「黒潮会」を志願するものが後を絶たなかったという
山本は前職の航空本部長を天職と考えていたものの、ドイツとの同盟に走る世論に対し海軍次官の立場からメッセージを発していく
1938年から出る日独伊防共協定を軍事同盟に格上げする動きに対しては、米内大臣、井上成美・軍務局長とともに、明確に反対の政治姿勢を取り、アメリカとの全面戦争を招きかねない「自動参戦」の条項を論外とした
ドイツがソ連と不可侵条約を結んだことから、軍事同盟問題は一時棚上げされるが、日中戦争の泥沼から新聞・言論界すら同盟強化の声が強まる。映画でも強調されたマスコミの戦争協力は、言論が完全に統制される前から始まっていて、著者も「戦争反対がいえなかったのは、自分で太鼓を叩いていたからだ」と手厳しい
山本の努力は開戦間際まで続いた
従来の太平洋での迎撃作戦を主張する海軍中央に対し、長期戦の不可能を説き、資源地帯への南方作戦に対しては真珠湾攻撃なくしてありえないとした。これは投機的な真珠湾攻撃をチラつかせることによって、開戦の無茶を匂わせたかったのだという
また第二次近衛内閣の海軍大臣・及川古志郎に、米内光政、井上成美の再登板を要請し、著者は暗に自らを海軍大臣にしろと求めていたとも
しかし軍令部総長・伏見宮を中心に、海軍省の優位を崩して軍令部の権限を強める運動が功を奏し、陸軍ばりの課長クラスの下克上が始まって、南印進駐から戦争への道に転げ落ちてしまうのだった

立志伝なのでミッドウェー以降について、山本への直接の批判は少ない
山本は早期の和平を目指して、敵艦隊への決戦を絶えず意識しており、ミッドウェーの敗戦はその夢を打ち砕いた。空母四隻撃沈は伏せられ(一隻撃沈、一隻大破と報じられた)、国民に対する嘘の戦果、悪名高い大本営発表が始まる
ミッドウェーの敗戦後、米豪遮断のためのガナルカナル島を巡る戦いが始まると、山本もここが日本の命運を決めると督励し、判断の遅い大本営より尻目にトラック島へと進出。出発する駆逐艦や戦闘機を見送った
トラック島(日本の委任統治領)を守るためにラバウルの航空隊基地が必要で、ラバウルを確保するためにガナルカナルを押さえる必要があったのだ
結局、矢折れ力尽きてガ島を放棄することになるが、山本は駆逐艦全艦を動員し、1万6千人の将兵を救出した
その後、山本は大本営の作戦とは別に、独自の戦線縮小案を掲げて、米軍の進撃を止める「い号作戦」を計画した。この作戦は、ソロモン諸島に展開する兵士を捨石にするものであり、山本の前線視察は激励ではなく、いわばお詫びに近いものだったという。半ば死すら覚悟したものかもしれない
1943年4月18日、山本はブーゲンヒル島上空で、P-38ライトニング16機の襲撃を受けて撃墜、戦死。享年59歳


関連記事 【DVD】『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実』

山本五十六山本五十六
(2007/11/23)
半藤 一利

商品詳細を見る

↑半藤さんはもう一冊書いていた
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
SF (24)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。