全て英語の輸入盤。日本語字幕や吹き替えされた版は現状ないらしい
1950年代、フィラデルフィア。アイルランド系アメリカ人のフランク・シーラン(=ロバート・デ・ニーロ)はトラック運転手だったが、イタリア系マフィアに品を横流ししていた。窃盗の罪に問われたシーランは組合の弁護士に無罪にしてもらい、ブファリーノ・ファミリーのドン、ラッセル(=ジョー・ペシ)と面識を得る。ラッセルのもとで“運び屋”や殺しの仕事を請け負っていたが、全米トラック運転手組合“チームスターズ”の長であるジミー・ホッファ(=アル・パチーノ)に派遣される。ワンマンのジミーとも厚い信頼関係を築くも、時代の流れのなか歯車が狂っていく……
実家のNETFLIXで鑑賞した。アメリカで高い評価を受けたそうだが、少し冗長に感じてしまった
主役はアイルランド系ながらイタリア・マフィアで特殊な地位を築いた“アイリッシュマン”シーランと、そのボスであるラッセル。そして、運転手組合の支配者として時の政治・行政に影響力を及ぼしたジミー・ホッファ
ジミー・ホッファが1975年に謎の失踪をした事件が題材に使われ、三人ともが実在の人物だ。映画はフランク・シーランが自身の犯行を告白した伝記本を元にしている
かつて第二次大戦でイタリアの戦場に従軍し、その奇縁からシーランはラッセルのファミリーに入り、うだつが上がらない運転手から側近に引き立てられる。ラッセルの指示でジミー・ホッファの用心棒となると、彼とも盟友となる
しかし、ジミーは自身が刑務所で冷や飯を食っている間に、傀儡の委員長フィッツシモンズが地位を固めたことに怒る。他のマフィアたちもうるさいジミーより、操りやすいフィッツシモンズを望んだのだ
怒れるジミーは味方のマフィアにも暴言を吐き、ついに冷静なラッセルもさじを投げた。ヤクザ風にいえば、シーランは親同然のラッセルと、兄弟分のジミーの板挟みであり、男と男の友情、それがねじり合うことによる苦衷が本作のテーマである
それでもやや冗長に感じてしまったのは、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシのやり取りに依存し過ぎているからだろう
リアル志向でアクションも地味だし、役者以外に華がない。3時間半をこれで埋められるのは辛く、あくびこそ出ないけど観る側の集中力をもたせるのが大変だ
役者の演技を味わえるように、ゆったりとしたリズムなのは歓迎ながら、アクセントがもう少し欲しかった。スコセッシの映画でそんなことを感じたのは初めてなので、劇場限定でなくネット配信に流れたのが関係しているのかもしれない
下敷きになっている往年の大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』も同じぐらいの長丁場だけど、もっとキレ味が良かったものなのだ
映画というよりテレビドラマ4話分と思って見たほうが、しっくり来るのである
もう一つはシーランと娘ペギーとの葛藤に尺を割いたこと。これを盛り込んだことによって、ドラマの焦点が分散してしまった
山場であるジミーの暗殺後も、シーランの寂しい老後が続くのでこれもまた間延びに感じてしまう
本作は劇場用に製作が始まりながら、制作費の膨張からネット配信に流れた事情がある。NETFLIXとしては作品の出来がどうあれ話題性があって会員が増えればよいのだろうけど、配信サイトの存在が映画にいかなる影響を与えるのか、気になる前例である
*23’5/4 加筆修正