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『邪神帝国』 朝松健

クトゥルフ界、屈指の短編集



ナチス・ドイツの第三帝国は、闇の勢力に支配されていた!? ナチスのオカルト趣味とクトゥルフ神話をつなげた邪悪なる短編集

なんと、洗練された怪奇小説なんだ!
ナチス「地球空洞説」などのトンデモ科学や魔術的儀式に傾倒していた史実を背景として、その黒幕にクトゥルフ神話の旧支配者をあてることで、リアルでおどろおどろしいホラーを作り上げている
世界観を同じくする連作ものなのだが、それぞれの章で主人公が違い、ナチス幹部などの有名人や一部の怪物たちを除いて共通するものはない。どの章も登場人物が怪奇に怯えるホラーとして完結しており、主人公が怪物を圧倒する英雄譚に堕ちないように計算されている
主人公が遭遇する怪物たちは、ときに極地を震動させる大怪物であり、潜水艦をひっくり返す大巨人であり、知らぬ間に人間と入れ替わる人形だったりと、内外の全ての世界に満ちている
「世界は知らぬ間に、怪物に支配されている!」と厨二病か誇大妄想かという状態を、第三帝国というリアルに狂っていた世界を通すことで、異様に実態を持ったものとして立ちあげてくるのだ。それを可能にした作者の博識と実力は恐るべし


<伍長の自画像>

舞台は現代の日本(イラン人に触れられているから、バブル期か?)。バーで飲んでいた“私”は、平田という画家志望の青年を介抱する。その後、画家を諦めた彼は、「星智教団(OSW)」というオカルト教団の秘儀で、本当の自分に目覚めたいという。作家としての好奇心から“私”は平田のアパートで、その秘儀を見に行くが……

作品のなかで、もっともオチがストレート。この連作で“伍長”といえば、平田はあの人であり、名字も微妙にもじっている(苦笑)
アーリア系のイラン人に人種論で噛みつくのが微妙だけど、それだけ人種論がその人、その集団のご都合で変わる難癖に過ぎないということでもあるのだろう
ラストもポピュリズムを皮肉るような、フツーのラストである

「聖智教団(OSW)」は、作者の他作品にも登場する架空の宗教団体。現実に似たような名前の団体もあるから、ややこしい


<ヨス・トラゴンの仮面>

日本外務省の書記官になりすましている情報将校・神門帯刀は、ドイツの対ソ政策を知るべく、親衛隊の指導者ハインリヒ・ヒムラーとパーティで会う。正体を見抜かれた帯刀は、ナチスが囚われている魔術師クリンゲン・メルゲンスハイムをあえて救出し、「ヨス・トラゴンの仮面」の在り処を探るように求められた。しかし、その当該の魔術師は監視者を殺して、自力で脱出し……

舞台は第二次大戦前夜で、連作の実質的なスタートライン。ヨス・トラゴンラヴクラフトアシュトン・クラーク・スミス宛ての手紙で言及していただけの邪神なのだが、作者はそれを拾い上げて自分の作品内で“育てた”ようだ
キリストを介錯した「ロンギヌスの槍」を持つルドルフ・ヘスが活劇を見せるなど、やってることは荒唐無稽なのに、なんか整合性がとれているのが素晴らしい!
実際のルドルフ・ヘスもオカルトに傾倒していて、イギリスへの飛行もそういう位置づけで見ることができるそうだ


<狂気大陸>

ハオゼン少佐は反ナチスの軍人と見なされて、アーリア人発祥の地“トゥーレ”と見なされた南極大陸の探検を命じられた。親衛隊の監視下、先遣隊の基地を目指すも、謎の怪物に襲われてしまう。しかし、その奥地には極地とは思えない、温暖で緑の生えた土地が広がっていた
が、探検隊は一線をすでに越えていた。「狂気山脈」の向こうから、不定形の怪物たちが押し寄せる!

前回の続きとなっていて、「ヨス・トラゴンの仮面」を手にしたヒムラーは、魔術師の家系の軍人ミュラーにつけさせて幻視を試し、南極大陸制圧を目指す
その探検隊を待ち受けるのが、不定形な宇宙外生命体「○ョゴス」。自らの支配者さえ滅ぼした彼らは、主人公の仲間を貪り食い、絶望的な状況に陥るのだ
ホラーなのだが、ナチスの野望を打ち砕く怪獣映画のようなカタルシスが味わえる


<1889年4月20日>

若きオカルティストのS・L・メイザースは、恋人のミナ・ベルグソンが見た悪夢と、巷を賑わす連続通り魔事件との類似に驚く。ミナの夢で見た犯人は、チョビ髭の小男で、イニシャルはA・H!
そして、古代エジプトに伝わる邪神ナイアルラトホテップが関わっていることを知って……

1889年の切り裂きジャック事件と、ヒトラーの生誕を絡ませたサスペンス・ホラー。S・L・メイザース本名サミュエル・リドル・マザーズ(メイザース)で、通称はマクレガー・メイザース」で知られる実在の人物妻のモイナ・メイザース(作中のミナ)とともにロンドンにおける「黄金の夜明け団」の首領となっている
アレイスター・クロウリーケネス・グラントも実在するオカルティストで、クロウリーはサイエントロジーの創設者ロン・ハバートにも影響を与えている
理性の時代に思われた19世紀末期、その世界の中心であるロンドンにうごめくオカルト思想にふれる一編である


<夜の子の宴>

バルバロッサ作戦に加わろうとしたヒャルマー・ヴァイル少尉は、ルーマニアのトランシルヴァニアで隊全体が何者かに襲われる。部下が何人も死に、喉には牙を立てたような傷痕、生き残った部下も生気がない
唯一ドイツ語をしゃべれる司祭に、部下の死体に杭を立てろと言われて激昂し、少尉は射殺してしまう。村長からは、村の外れにある伯爵夫人の協力を仰ぐように言われるが……

トランシルヴァニアというと、もうアレである
ナチスに吸血鬼というと、ポール・ウィルソンの『ザ・キープ』を思い出すが、本作はホラーの王道を走る。ヴァイル少尉はひたすら、やっちゃいけないことをしでかして、吸血鬼どころか、旧支配者の眷属まで解放するのであった。めでたし、めでたし


<ギガントマキア1945>


敗色の濃いドイツ、情報部のエーリッヒ・ベルガー中尉は、ある人物について南米へ向かう潜水艦に乗っていた
高位の将軍から敬礼を受け、自らを“伝説”と呼ばせるに指示する黒づくめの男は、そのオカルト的予見に基づいて複雑な行程を指示。その行く先には奇怪な怪物がつきまとい、“伝説”の男は「ペリシテ人の火」で応戦するが……

ナチス幹部の南米亡命に基づく短編。“伝説”の正体は、チェコで暗殺されたはずのSS高官で、ヒトラーらが指示した内容もいい感じにぶっ飛んでいる
南米にはアルゼンチンなど親独政権が多く、「リヨンの虐殺者」クラウス・バルビーもボリビアに亡命している。ドイツの敗戦直後に、ヒトラーの亡命先として報じられたりもしたようだ(件の南極亡命説も!)

*欧米の説話から都市伝説には、実体化した悪魔として、黒尽くめの男が頻出し、研究者には「MIB=メン・イン・ブラック」とも言われる。どこかの映画と関係するように、UFO関連では宇宙人の使いにイメージされる


<怒りの日>

クラウス大佐は、ノルマンディーで指揮をとるはずのロンメル元帥から昼食に誘われる。そこで、ベック元帥(実際は上級大将?)ら反ヒトラーの重鎮が揃い、まさに総統暗殺計画が論じられていた
しかし、クラウスの周囲には、ヒトラーが呼び込んだ闇の勢力が見え隠れし、愛人のリル妻のグシーも何者かにすり替えられてしまう
追い詰められたクラウスは、ドイツと世界を救うため、自ら爆破計画の実行犯を申し出るが……

クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐は、実際の7月20日事件(1944年の暗殺未遂)の実行犯
作中の彼は、連合軍の上陸予想地点のカレーに大要塞を築く計画など軍指導部の誇大な計画に疑問を持っていたが、それがチベット仏教の導師テッパ・ツェンポの差し金と気づく。当時のナチス指導層には、中央アジアをアーリア人の発祥地(トゥーラはどうした!)として、チベットの神秘主義にはまる傾向もあったそうだ
作中のテッパ師は黄衣をまとった怪人(ハス○ー!)であり、人々と取って替わるホムンクルス(錬金術で作られた人工生命体)、人を食い尽くすカニの鋏をもつ“何か”(ダゴンの親戚?)と、取り囲む状況は絶望的なほど闇に食いつかされている
敗戦への下り坂と、ユダヤ人虐殺の狂気が同居した第三帝国末期を象徴するような、闇の世界が広がっているのだ!
そして、その決着の付け方が、決して史実をひっくり返すものではなく、むしろ既存の歴史へ収束させるものとして位置づけられているのがお見事。完璧な着地である


<魔術的註釈>

連作の最終章は「怒りの日」だが、巻末の註釈もまた作品である
ナチス幹部、実在するオカルティストのなかに、ひょっこりとクトゥルフ世界の書籍を潜り込ませ、さらには解説の作家・井上雅彦が小説で創作した本の名前まで混ぜていたりと、やりたい放題
このどこまでが本当で、どこまで嘘なのか、調べてみないと分からない。アレイスター・クロウリーの魔術とラヴクラフトの作品に共通項が多いという話の真偽は……(クロウリーの弟子、ケネス・グラントの妄想といわれるが)
初出は1999年とネット環境のいい時代ではないので、実在を信じてしまった人も多いのではなかろうか。そうやって、人を惑わす魔力が本作にはある


作者の朝松健は、クトゥルフ神話のみならず、ファンタジーやその基礎となる西洋魔術の紹介を精力的に行ってきた第一人者で、召喚魔術の「召喚」などファンタジー関係の用語は訳出するなかで生み出されたものも多いという
魔術的な手並みでウンチクが語られるので、この人の作品は追いかけてみたい

『破壊神マグちゃん』 上木敬

姉から手渡されたので




ヤフーニュースで話題になってたらしい
太古以来、人間の支配してきた破壊神が、中世の勇者たちによって封印。そんな神様が現代において復活! 女子中学生に拾われ家で養われ、騒動を起こしていくというストーリーだ
破壊神マグ・メヌエクは、タコ、イカといった軟体動物を思わせる姿で、クトゥルフ神話の影響を感じざる得ない。ライバル(?)となる混沌の一柱、「狂乱のナプターク」ヒトデそのものである
彼らは600年封印されていたせいで、単なる海洋生物としか見られず、そのギャップと、時にみせる「役に立たない能力」で笑わせてくれる
コメディ化したクトゥルフ神話というと、『這いよれ!ニャル子さん』を思い出すけど、あそこまでクトゥルフ一本鎗というわけでもなく、特にこだわりなくいろいろブレンドしていくようだ

気になったのは、ジャンプ漫画のわりにエロ成分が薄いことだ。不可欠とはいわないが(笑)、まあたいがい幾らかの度数は入っているものだ
ヒロインの宮薙流々は元気印の中学生だし、同級生の藤沢錬(♂)の姉もボーイッシュで、いまのところ色気なし
流々の造形から女性が描けないタイプの人かなと思いきや、第7話に出てくる聖騎士イズマ・キサラギは年の変わらぬ少年なのに、登場時はかなり女性ぽく見えたりと凸凹していた
藤沢錬はヒロインを狙っており、ラブコメ要素も多いので今後、どう絵柄が変化していくかが楽しみである


関連記事 『這いよれ!ニャル子さん』

『旧神郷エリシア』 ブライアン・ラムレイ

巻末にて、謎の解説者「鵺沼滑奴」の正体が明らかに




旧神たちのいる世界、エリシアへ旅立ったド・マリニーモリーンだったが、三年かかってもたどり着くことができない。再びボレアに戻り、シルバーハットアルマンドラの歓迎を受けた彼に、古時計が輝く。エリシアにいるタイタス・クロウから、「クトゥルー復活の時が近い」という知らせが届けられたのだ。一刻も早くエリシアへたどり着くべく、時空を超えたド・マリニーの旅が続く

タイタス・クロウサーガの最終章である
ついにシリーズの名を刻むタイタス・クロウが満を持して再登場するが、実質的な主役は今回もド・マリニー彼のエリシアへの旅路が物語の大半を占めるのだ
普通に考えるファンタジーの筋だと、エリシアでタイタス・クロウとド・マリニーが合流して、クトゥルーへ反撃開始と予期してしまうから、なかなかエリシアへたどり着かないことにやきもきしてしまう
これだともう一巻ないと尺が絶対的に足りないのではないか、と思っているうちに、邪神大勝利エンドまで見えてきて……
が、これこそが作者の壮大な罠!!
実はド・マリニーの右往左往する旅こそが、唯一無二の解決策になってしまうのであった

いわゆるモダン・ホラーというジャンルから大きく逸脱した本シリーズも、ここまでスケールが大きくなり、かつ描ききられているとなれば、もう降参である。クトゥルーものに何を期待していたとしてもだ
旧神クタニドが住むエリシアに、人類の夢と悪夢が同居する<夢の国>は幻想的世界の極致であるし、クトゥルー、ハスター、ヨグ=ソトースらが集結した百鬼夜行ならぬ邪神夜行は、そうした世界をぶち壊す世紀末的迫力がある
<夢の国>でド・マリニーは、幻夢卿ヒーロー流浪卿エルディンという二人の男に出会う。この両者は作者の別シリーズ<Dreamlands>の主人公であり、死者を従える魔女ズーラに、蟲軍団の女王ラティはその敵役にあたる
また、エリシアへの血路を開くきっかけを作る魔術師クムールがいた古代大陸ティームフドラは、Primal Land>シリーズの舞台であり、アルダサ=エルも重要人物として登場する。いわば、作者が想像した世界の集合体が本作だったのだ
巻末の解説によると、<Dreamlands>シリーズは他の出版社で翻訳が始まっているとか、これは期待せざる得ない


前巻 『ボレアの妖月』

『ボレアの妖月』 ブライアン・ラムレイ

作者の別作品シリーズと世界観がつながってるらしい。邦訳はないらしいけど




ボレアの将軍となったシルバーハットは、温暖な南方への開拓に出ていた。そこへ上空から奇妙な落下物を目撃する。それは旧神が住むエリシアを目指すド・マリニーの時空往還機! “風の仔”の襲撃にお互いを救いあった両者だったが、肝心の古時計をイタカに奪われてしまう。それを奪還すべく、ボレアに浮かぶ月のひとつ、ヌミノスへ旅立つ

タイタス・クロウサーガの五巻目は今回も惑星ボレアが舞台
相変わらずタイタス・クロウは出てこないが、時空を旅していたド・マリニーが墜落して、シルバーハットと合流。奪われた古時計を取り戻すため、イタカの支配下であるボレアの月、ヌミノス、ドロモスへ旅立つというのが本巻の筋だ
まず、月への旅の仕方がぶっ飛んでいる。ド・マリニーの空飛ぶマントにシルバーハットが捕まりつつ、風の巫女アルマンドラが起こした竜巻によって、宇宙における障害を全て保護し突っ切ってしまう
なんだかSLG『プロジェクトクロスゾーン』の竜巻旋風脚を思い出してしまった(笑)
異世界ボレアから始まっているだけあって、全編に渡って科学的考証を投げっぱなしジャーマンする、豪快なファンタジーとなっている

ヌミノスには、邪神イタカによってノルマン人が攫われて暮らしている
彼らにとってイタカはその嵐を起こす力から、北欧神話のオーディンと見なしているらしい
ヌミノスの民の価値観はシルバーハットたちと相いれないのだが、邪神も違う側から見ると神には違いないという、作品に相対主義の視点を持ち込んでいて、ラストにおけるド・マリニーの意味深な決断につながっていく
とはいえ、イタカに従う民は主人公側の大事なものを奪ったり、ぶち壊そうとするので、両雄は盛大に暴れまわるわけだが(苦笑)
今回で惑星ボレア編は終了。次回、最終巻ではド・マリニーがタイタス・クロウと合流し旧支配者との一大決戦へ!


次巻 『旧神郷エリシア』
前巻 『風神の邪教』

『風神の邪教』 ブライアン・ラムレイ

コナン的ヒーロー、登場!




クトゥルー神の脅威と戦うウィルマース・ファウンデーションの一員であるハンク・シルバーハットは、その精神感応(テレパス)能力を生かして、極北の邪神イタカの調査隊隊長を務めていた。しかし、邪神に対抗する旧神の道具“五芒星の石”を身に着けていなかったために、調査隊ごと宇宙の果ての惑星ボレアにまで連れ去られてしまう。極寒のボレアでは、イタカに従う“風の仔”とそれに抵抗する“風の巫女”の部族が争っているのだった

タイタス・クロウ・サーガの第四弾は、なんとタイタス・クロウが出てこない!
その相棒たるアンリ・ド・マリニーも出ず、主人公はテキサスの男、ハンク・シルバーハットシュワちゃん並の巨漢であると同時に、テレパシー能力があってリーダーとしての資質も高いスーパーマンだ
三巻までの連作と独立したような内容なのだが、解説によるシルバーハットの一件は第一巻『地を穿つ魔』に触れている箇所があり、作者にとって予定されていたヒーローなのだ
本巻でシルバーハットは邪神イタカの娘である宇宙人的美女、“風の巫女”アルマンドラと添い遂げて、邪神とそれに従う部族相手に大暴れ。まさにコナンの如しなのだが、山場の防衛戦は軍記物を思わせる合戦シーンもあり、そこから巨大な邪神相手の大活劇と、クトゥルフ物とは思えない血沸き肉躍る英雄譚が展開される

イタカは、オーガスト・ダーレスが生み出した風の邪神で、その姿は一言でいうとどでかい雪男!
ダーレスの設定では“黄衣の王”ハスターの眷属なのだが、本シリーズではイタカそのものが四柱の邪神のひとつとして扱われているようで、“風の仔”という狂信的な部族がいるとか、レン高原ではなく地球から遠く離れた惑星ボレアを住処とし、孤独を嫌って人をさらって人間の女性との間に子を為すなど、独自の神格を持っている
その娘が美人でかつ、イタカの属性を受け継いで雷や竜巻を起こせるとか、ヒロイックファンタジーばりばりの作風なのだが(苦笑)、それゆえに地球から遠く離れたボレアを舞台としたのだろう
次巻では、アンリ・ド・マリニーがボレアの地に降ってくるとか、ここからどう転がっていくかが楽しみである


次巻 『ボレアの妖月』
前巻 『幻夢の時計』

『邪神伝説 クトゥルフの呼び声』

解説が本編




クトゥルー神話の発祥であるラヴクラフトの『クトゥルフの呼び声』の漫画化
忠実にストーリーが追われているのだが、漫画家さんと題材があってないせいか、あまりモダンホラーの雰囲気がない(爆)
むしろ、読み所はクトゥルフ神話研究家・森瀬繚の解説で、ハワード・フィリップ・ラヴクラフトがいかなる環境で育ち、どんな幻想文学史上の位置を占めるのかを事細かく教えてくれる


1.トールキンより早い、オリジナルの神話世界

ラヴクラフトは村上春樹が影響を受けたと称する架空の作家〝デレク・ハートフィールド”の、モデルの一人
1880年にロードアイランド州のプロヴィデンスに生まれ、父は精神異常者として八歳で死別して、家族を失うのを怖がったサラ夫人に閉じ込められるような少年時代を送る。屋根裏で読む古書がラヴクラフトの原点だった

コナン・ドイルに触発されて小説を書き始めるが、「詩や随筆に比べ、小説は劣る」と止めてしまったものの、ジュール・ヴェルヌの『海底2万哩』の影響で地理学や天文学に関心は転じる
その後、文芸サークルに入ることに創作を再開し、第一次大戦にアメリカが参戦した1917年に『奥津城』(原題『The Tomb』、奥津城ってなんぞ)と『ダゴン』を執筆。この『ダゴン』が『クトゥルフの呼び声』の叩き台となる筋だった
独自の作品世界を作ることになるきっかけは、ロバート・ダンゼイニによる創作神話で、ダンゼイニは『ペガーナの神々』『時と神々』においてオリジナルの神々や地名を用いた別世界を生み出す。『指輪物語』のトールキンに数十年早い先達だった

奥津城」(おくつき)とは、城ではなく日本の古代の墓、もしくは神道式の墓をさす。ラヴクラフトは江戸川乱歩により1950年代から紹介されていたそうなので、時代を感じさせる邦訳もやむなし


2.シェア・ワールドの先駆け

ダンゼイニに大きな影響を受けたラヴクラフトだったが、彼が主戦場として生み出したのはコズミック・ホラー
昔を舞台にした怪奇小説ではなく、科学的知識に裏打ちされた描写で、同時代の人間を震え上がらせるリアリティのあるホラーを追求した
そもそもブラム・ストーカーの『ドラキュラ』からして、複数人の手記をかき集めた構造に、当時の科学的手法が動員されていた。今でこそ、年代物に見えてしまうが、ラヴクラフトの姿勢はホラー小説の原点だったのである

ラヴクラフトは創造した世界観を断片的な形でしか描かないから、読者は空白の読解と想像に迫られる。それは交流のあった作家にも伝染し、クラーク・アシュトン・スミスなどは無断で設定や固有名詞を拝借するに至る
しかしラヴクラフトは他人の解釈や借用に大らかであり、著作権等がうるさくない時代だったから、自然と複数の作家が共有して発展させて、今でいう「シェア・ワールド」の先駆けとなっていく
ヒッチコックの『サイコ』の原作者であるロバート・ブロックは、ラヴクラフトをモデルにした作家を出して殺し(ラヴクラフトもやり返した)、「ヒロイック・ファンタジー」を確立したロバート・E・ハワーは有名な「英雄コナン」シリーズをクトゥルフ小説の短編からスタートさせた


3.ラヴクラフトの後継者たち

ラヴクラフトとその同世代の作家たちの死後、オーガスト・ウィリアム・ダーレスが執筆と神話作品の刊行を続けて、「クトゥルフ神話」を受け継いでいく
イギリスのラムジー・キャンベルブライアン・ラムレイといった次世代の作家と交流を深め、評論『アウトサイダー』で知られるコリン・ウィルソンをクトゥルフ小説に引っ張り込んだ
ダーレスが持ち込んだ「旧支配者を封印した旧神」「四大元素説」は賛否両論なのだが、私財を投じて普及に励んだ彼なしにクトゥルフ神話の今はありえないそうだ
ダーレス死後にクトゥルフ神話を担ったのは、「ヒロイック・ファンタジー」の流れを継ぐリン・カーター。彼の影響はTRPG『クトゥルフの呼び声』(現・『クトゥルフ神話TRPG』)に取り入れられており、現代へ続いているのだ


長々と書いたのは、ここに上がった作家たちの作品が積み読の山に埋もれているから(苦笑)。ぼちぼち読んでいくつもりです


*23’4/8 加筆修正

関連記事 『タイタス・クロウの事件簿』(ブライアン・ラムレイのタイタス・クロウシリーズ)
     『黒の碑』(ロバート・E・ハワードによる短編集)



『ラプラスの魔』 山本弘

昔のラノベの広告を見て、思うこと
20年前から、おっぱい押しだった。ただし、幼女はいない




1924年のアメリカ、マサチューセッツ州。ボストンの南にあるうらぶれた港町ニューカムには、誰も寄り付かぬウェザートップ家の幽霊屋敷があった。そこへ謎の東洋人の訪問、子供たちが惨殺された食屍鬼事件をきっかけに、事件を追う女記者と探偵、骨董品収集家、実験に訪れた発明家、恋人を探す霊能者が集結する。ウェザートップ家の当主ベネディクトはどこへ行ったのか、もう一つの世界を作る「ラプラスの魔」とは何者なのか

往年のRPGファンには懐かしい、ゴーストハンターシリーズの小説である
1987年発売のPCゲーム『ラプラスの魔』のノベライズであり、機種はPC-8801mk2SRフロッピーディスクが5インチの時代。今の若い人はそんなディスクの存在すら知るまい(苦笑)
それはさておき、本作はアメリカ東海岸の怪しい屋敷という、古典ホラーの王道を踏まえつつ、後半は実在の数学者ラプラスによる宿命論に貫かれたもうひとつの世界へ、文字通り飛躍する
そんな突飛な展開も、1920年代のアメリカを網羅するかのように当時の車や銃器が並べられ、ナポレオンとラプラスの関わりなど語られる世界史の蘊蓄が重厚な世界観を築いていて、虚実二つの世界をつなげている
惜しむらくは、レーベルの関係か枚数が少ない! この容量では作品世界の壮大さを表現しきれまい

登場人物が多い割に紙数が少ないせいか、段落ごとに視点が変わるなど文体に慌ただしい部分はある。それでも多少、類型的とはいえ、それぞれのキャラクターがしっかり存在感を出している
ゲームでは登場人物ごとにクエストがあって、詳しい事情はプレイヤーの想像に任せる部分が多かったが、うまい具合に作品の中で位置づけられているのだ
作者に愛されているのは、男なら草壁健一郎女ならモーガンだろうか
特にモーガンはサキュバスに男どもがやられるなか、素手で轟沈するなど活躍の場面が多く、アレックスとチョメチョメを匂わしつつ実は〇女らしいとか、作者の趣味を感じるところである
もっとも、アメリカの女性が性的に解放されるのは戦後のウーマンリブから急激に進んでからなので、まんざら出来過ぎなわけでもない
ラノベに過ぎたる知識量かつ、細部も行き届いた作品なのである


次作 『パラケルススの魔剣』



PCエンジンでも出てたようで
草薙健一郎の声が故・塩沢兼人さん! うぉ、やりてえ

『這いよれ! ニャル子さん』 逢空万太

こういうのは昔から苦手ですが




ある夜、高校生八坂真尋は、得体の知れないものに追われていた。抜け出せない空間のなかで、真尋が絶体絶命の危機に陥ったとき、銀髪の美少女が現れた。「這いよる混沌 ニャルラトホテプ」と名乗る彼女は、真尋を狙う悪の組織から守るために派遣されたというが・・・。クトゥルー神話を凌辱する背徳のラブコメ小説!

表紙から想像されたとおりの内容だった(笑)
主人公に惚れた美少女宇宙人が舞い降りるという「うる星やつら」に、悪徳宇宙人を取り締まる「メン・イン・ブラック」をぶちこんだような作品だ
作品内のクトゥルー眷属たちは外から来たエイリアンたちであり、ラヴクラフトやダーレスに交際したものとして位置づけられているものの、クトゥルー神話で語られたことはフィクションとして扱っていて、名前は借りているものの半ば別物として動いている
話の筋は男視点の魔女っ子アニメで、主人公はただただニャル子さんの無茶振りに翻弄されていくのみだ

本数を読んでいないからなんとも言えないが、20年前からあったなというノリもあれば、最近だと感じる部分もある
そのひとつは、他作品からの引用の多さ
クトゥルー神話はとうぜんとしても、ニャル子がしゃべるスラングにはジャンルに隔たりがない。それはネットのスラングそのもので大いに笑わせてくれた
これが娯楽として成り立つのは、読者のネット体験があればこそだろう
ニャル子は日本のサブカルに目がないという設定だから、話の中でもちゃんと成立している
まあ、高校生の真尋がオッサンホイホイなネタに突っ込めるのは、やや不自然ではあったが

あと大きい違いを感じたのは主人公がただただ傍観者であることだ
ずっと巻き込まれ続けているだけで、ニャル子をフォークで刺すぐらいしか能動的な場面がない(それはそれで引くのだが)
圧倒的な状況があるとはいえ、素直すぎて若々しさがない。(中身は怪物とはいえ)女性に守られることに引け目を感じないのだろうか
また、せっかく女性に見られるほどの顔立ちなのに、ニャル子以外の女性に関わってこず、関わろうとしないのはラブコメとして物足りない。三角関係がほぼないのだ(百合はあるけどw)
が、こういう欲の薄い主人公をそれなりに受け入れる読者層が今はあるのだろう

文体は体言止めの多用が目立つものの、丁寧な文章だったので筋の薄さが少し残念だった
ただ、僕の若いころはもっと出来の悪い物が溢れていた気がするし、いろんなレーベル、賞は創設されて全体の底上げはなされているとは思う
この作品もシリーズ化されている以上、どこかで確変を起こすのかもしれない


*23’4/8 加筆修正。なんだかんだ、アニメにもなったらしい

『幻夢の時計』 ブライアン・ラムレイ

タイタス・クロウサーガ第3巻




タイタス・クロウに続き、ド・マリニー神々の国エリシアに呼ばれようとしていた。だが、その途上に旧神クタニドから凶報がしらされる。クロウとティアニア姫が<夢の国>においてクトゥルーの配下に囚われ、<這い寄る混沌>ナイアルラトホテップに捧げられようとしているのだ。ド・マリニーは<夢見人>の血筋を生かして、<夢の国>へ潜入する

<夢の国>が舞台ということで、今回もヒロイック・ファンタジーだ
タイトルの「幻夢の時計」とは、敵のことではなくて、時空往還機たる“古時計のこと。夢の世界へ突き抜け、虚空を飛ぶのみならず、怪物どもを叩き潰す凶器となり、あげくにはビームまで発射する!
クトゥルーの眷属たちが可哀相になる強さであり、時計が主役といって過言ではない
序盤ではド・マリニーが時計を残して<夢の国>に移動する凡ミスを犯し苦戦を強いられるので、よりいっそう時計の存在感がきわだつ
他にも空飛ぶマント<夢の国>から出るための“覚醒の秘薬”など、小道具が軽快なストーリーに味を添えている
文体は本格的な小説のものになっているし、クトゥルーへのこだわりを捨てればさっぱりとしたエンタメとして楽しめる

解説にもあるが、この本の醍醐味は「クトゥルー神話でここまでやりやがった」というサプライズだろうか
古時計もチートだが、タイタス・クロウも人間を遙かに超えた能力を持っている
彼はロボットの星で改造されていて、酸素なしでも生きられる心肺を持ち、再生された手脚には隠し武器ともいえる硬材が仕込まれている。それによって拳や肘鉄で怪物の顔を潰せるほどの威力があるのだ
まさに仮面ライダー並みなのである。暴れ方はベルセルクのガッツに近い
前巻の記事でクトゥルーをヒーロー物にすると“エターナルチャンピオン”ムアコックのファンタジーになると書いたが、さらに主人公の肉体のハンデがなくすとベルセルクになるというわけだ
ムアコック世界の「混沌」やベルセルクの「幽界」の怪物はクトゥルーがヒントになったと思われ、同じシリーズ内で作品世界がクトゥルー→ムアコック→ベルセルクに変容していくのが面白い


次巻 『風神の邪教』
前巻 『タイタス・クロウの帰還』



解説で触れていた作品だが、これもクトゥルー神話で「やりやがった」系らしい
どう、やりやがったんだ?

読んでみた→http://tora1985823.blog105.fc2.com/blog-entry-820.html

*23’4/8 加筆修正。やりやがったといっても、昔からあるパロディですな

『タイタス・クロウの帰還』 ブライアン・ラムレイ

納涼クトゥルー祭りのはずが




「地を穿つ魔」を退治したタイタス・クロウとアンリ・ド・マリニーは、クトゥルー眷属の反撃に遭い行方不明となる。十年後にアンリ・ド・マリニーが瀕死の状態で発見された。マリニーは徐々に記憶を取り戻し、襲撃された時、古時計に入って脱出したことを思い出す。古時計は時空を旅する装置であり、タイタス・クロウはあらゆる時代、地球を越えて広大な宇宙を駆けめぐっていて・・・

いやいや、度肝を抜く展開だった
恐竜全盛期の白亜期やら、ローマ帝国時代のブリテンやら、人類滅亡後の地球・・・・・・果てはロボット生命体が暮らす異星にまで飛び出すのだから、もはや「モダン・ホラー」というカテゴリーはあてはまらない
タイタス・クロウは作中に人体改造を施され、「旧神」の加護を受けて常人を超える能力を身につけるのだから、めでたくヒロイック・ファンタジーとなってしまっている
解説によると、本書のもととなった作品が書かれたのは海軍士官をしていたアマチュア時代。もう30年も前の作品らしい
手記形式でプロットを説明する部分が多く、解説者が「プロット先行」と評するのも分かる
しかし、冒険の内容は非常にエネルギッシュで、古時計の設定をぞんぶんに生かし切っている

ラヴクラフトからクトゥルーを触った人間にとって、気になるのは「世界に対する解釈」
ヒロイックにクトゥルー眷属に立ち向かう同シリーズでは、旧神」は「クトゥルー眷属(CCD)」を封じ込めた存在で、はっきり“人類の味方”
そして、「旧神」と「クトゥルー」の関係は、キリスト教の神と堕天使の関係に近く、人類には「旧神」と「クトゥルー」の血が混じった者がいて相争っている
しかし、「旧神」と「クトゥルー」は本来同族であり、その血が混じった人類同士は実は近しい間柄である(全ての人類にどちらかの血が混じっているかどうかは分からない)
もっともこの解釈は公式というより、ブライアン・ラムレイの設定であり、違う作家となると「旧神」はキリスト教の絶対神をモデルにした冷酷無慈悲な存在で、「クトゥルー」はその抵抗勢力に過ぎないというブラックな設定もあるようだ

時空を旅する古時計でいろんな世界を旅するということで、本書では多次元世界の概念を取り入れている
クトゥルーの巨神たちは次元の違う閉ざされた空間に閉じこめられているし、タイタス・クロウは時間旅行している間は「時間世界」にいる
「旧神」「クトゥルー」は次元を超えて人間世界に影響を持つが、タイタス・クロウもまた次元を越えて移動できることで人間を越えた存在となっている
英雄が次元を越えて活躍するというと、思い出すのは「エルリック・サーガ」などマイケル・ムアコックの世界
SFから始まった概念をファンタジーに取り込むという手法の先駆者であり、同年代・同じイギリス出身で作者も影響を受けたに違いない

最後に「編者後記」の章で、衝撃の展開が記されている
次巻で今度はド・マリニーが古時計に乗って「旧神」の世界<エリシア>を目指すのだが、その間に地球上ではクトゥルー側が大反撃を行なうのだ
その被害は凄まじく、ウィルマース財団、ミスカトニック大学は多くの資料を失い、再起不能に。同シリーズでもタイタスとマリニーを援助してきた重要人物があっさり亡くなっていた
・・・・・・いや、これは小説として描くべき場面だろう(苦笑)。こんな大スペクタルを流すように済ませるなんて
そして、ここからどうやって地球の組織を建て直すのか、想像もつきません


*23’4/8 加筆修正。このぶっとんだ展開も、さらにぶっ飛んだ展開で建て直されるのでご安心?

次巻 『幻夢の時計』
前巻 『地を穿つ魔』

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