問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論 (文春新書)
posted with amazlet at 18.08.04
エマニュエル・トッド
文藝春秋
売り上げランキング: 75,663
文藝春秋
売り上げランキング: 75,663
イギリスの離脱はEUが悪い!? エマニュエル・トッドが日本で語った世界の行く末
ややタイトルに偽りありだろうか、イギリスのEU離脱について、語ったのは最初の二章までで、後はトッド自身の経歴を紹介し、おなじみの家族の在り方から世界を分析する手法が語られ、これまでの著作のおさらいのようになっている
しかし気さくな語り口で、具体的な事実から分かりやすく関係性を探り当てるのはやはり魅力的で、複雑な国際社会の構図がさっぱり見えてしまう。この人の入門書としては最適だろう
ただフランスに関しては、2016年9月の出版で、まだマカロン大統領が誕生する前。現政権に対する評価ではないことに注意
バラバラの章立てながら、ひとつのテーマとなっているのは「国家の復興」
グローバリゼーションによる過剰な流動性によって、世界の人々、特に先進諸国の人間は疲労しており、物や人の移動に一定の制限を与えるものとして「国家」の再興が求められるとする
イギリスのEU離脱やトランプ現象もこの表れであって、本来はグローバリゼーションの元になった新自由主義が生まれたアングロサクソンから、それを是正する動きが始まったことが重要なのだ。特にイギリスは、サッチャリズムによってアメリカに10年先んじて、その流れを作っている
新自由主義(ネオリベラリズム)の誤解は、「国家」を小さくすることが、強い「個人」を作ると考えていること。実際には、減税は貧富の差を拡大させ、貧富の差は教育格差を生み出し、統計的に小さな政府は親に依存する子を作り出している
自由に耐えうる「個人」を生むには、「国家」の役割が重要なのである
中東の混乱も「国家の不在」によって説明がつき、中東の社会はいとこ婚の率が高い「内婚制共同体家族」であるがゆえに、そもそも「国家」が成立しづらく、成立しても独裁制になりやすい。それにも関わらず、アメリカはイラク戦争で「国家」の空白地を増やしてしまったことが、混乱に拍車をかけてしまった
著者が今一番危ないのはサウジアラビアであり、出生率の減少を崩壊の予兆とする。それを支えるアメリカは、原油の価格をコントロールすることで日本とヨーロッパを縛る意図がある
専門家ではないと断りつつ、日本に対する評価は完成された「国家」と悪くない。ただ、〝完成された”という言葉に、柔軟性の無さ、保守性も含んでいて、少子化問題を解決するには、明治維新以来の変革を要するとも
日本の提携先としては、アメリカは当然として、中東では一番堅調なイラン、完全復活した大国ロシアを挙げる。このあたりは、自民党政権の外交戦略とそのまま合致しそうだ
中国に対しては、一人っ子政策による少子化と、外国からの投資に頼った経済から、先行きは不安定とする。本来の中国は父性が強く兄弟の平等性を重んじる家族観で、格差が大きい経済も社会の緊張を拍車をかけるとする
日本としては、中国のナショナリズムを煽る手法に囚われず、ポストナショナリズムを生きる国として実利重視に振る舞うべきであり、防衛力の強化も過去と結び付けられない形で実現するべきとする
やや視野が長期的過ぎる嫌いもあり、トッド自身も世界が不安定過ぎて「先のことを予想するのが困難」と断っているのだが、人口学の見地から世界への幻想を引き剥がす分析は鮮やかである