紛争地で下手な停戦は命取り。現代での戦争の必要性を問う異色の書
著者は別に戦争好きではない。ルーマニアのトランシルヴァニア地方でユダヤ人として生を受けながら、イギリス軍で軍隊を経験し、アメリカなど各国の大学で博士号をとるプロの「戦略家」である
本書はいくつかの論文とインタビュー(?)をまとめたものだが、シリア情勢やISに対しての戦略に、尖閣諸島をめぐる中国と日本、北方領土問題を抱えるロシアと日本の問題に触れられていて、日本人向けの内容となっている
ユダヤ人だけあってイスラエルの体制と国民を理想的な国民国家とし、「男は優れた戦士に憧れ」「女は強い戦士を好む」という「戦士の文化」を称揚するなど(ハインラインかよ!)、すがすがしいほどのマッチョぶりには引くものの、生易しい人道主義を退けて冷徹な紛争地の力学を容赦なく語ってくれる
1.パラドキシカル・ロジック(逆説的論理)
著者の持論は、「政治」は「戦闘」に勝り、「政治」は「戦略」が規定する。そして、「戦略」のレベルでは平時の常識が反転する「パラドキシカル・ロジック」(逆説的論理)がものをいうだ
第二次大戦のドイツ軍は、その末期においても三倍の連合軍と互角に戦えたが、敵が多すぎてどうにもならなかった。直近の「戦闘」で強くとも、周囲に敵を抱える「戦略」で敗北しているからだ
その「戦略」の法則に関わる「パラドキシカル・ロジック」とは、戦争が平和を呼び、平和が戦争を呼ぶ原因になるという。なぜならば、すべてのものには「限界点」があって、例えばアメリカで弱腰の政権が続き過ぎれば、相対的に中国のパワーが増大し、ロシアは好むと好まざるに関わらず中国に近づかざえるえなくなり、パワーバランスが崩れてしまう
なんだ「過ぎたるは及ばざるが如し」かと思いきや、氏によるとそれだけではない。「戦略」の法則では、ドイツ軍がいくら細かい戦闘で勝利しても最終的に負けたように、「成果を積み重ねることができない」、そして、正面からの決戦ではなく相手の不意を衝く「奇襲・詭道(マニューバー)を絶えず狙うべし」とか、いろんな法則がある
まさに〝孫子の兵法”で、この一冊の、一章では語りきれるものではなく、詳しくは他の著作を当たるしかないようだ
2.ビザンチン帝国の戦略
著者は実地で軍務を経験しただけあって、イデオロギーや政治用語をあまり使わない。ベースはギリシアの古典時代に始まる欧米の歴史だ
特に千年続いた特別な帝国、ビザンチン帝国の「戦略」は読みごたえがある
「戦争は可能な限り避けよ。ただし、いかなる時にも戦争が始められるように行動せよ。訓練を怠ってはならず、常に戦争準備を整えておくべきだが、実際に戦争そのものを望んではならない。戦争準備の最大の目的は、戦争開始を余儀なくされる確率を減らすことにある」。なんだか、山本五十六の言葉を思い出させる
「戦略」で勝利を収めるために、同盟国の存在を重要視する。外交は戦略そのものといってもいい。「戦争」よりも、「政権転覆」が勝利への安上がりの手段として薦める
大事なのは、こうした「戦略」のために安易な人道主義にこだわらないことだ。ISを倒したいなら、アサド政権を認めるか、圧倒的な武力で短期間で制圧するか、この点において、どっちづかずのオバマ政権を手厳しく批判する
センセーショナルな表題も、受け狙いの理想主義から国連・NGO・外国の介入がかえって紛争の長期化を招くことを批判したものだ。著者自身は「戦争」を一度始めてしまったら簡単に終われないことを肌で知っており、だからこそ途中で中断させるだけの〝生地獄”を警告している
*23’4/12 加筆修正