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『完本 1976年のアントニオ猪木』 柳澤健

伝説の実像


完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)
柳澤 健
文藝春秋
売り上げランキング: 77,353

1976年、なぜ猪木はアリにリアルファイトを仕掛けたのか。日本プロレスの発祥から、四つの異種格闘技戦、そして総合格闘技時代までを展望する格闘通史


タイトルこそ、1976年と銘打ってあるが、実質プロレス史なのであった
ボクシングなどの打撃系はリアルファイトのみ(八百長を除く)で興行を続けられたが、レスリングはそうはいかない。攻防が素人には地味過ぎて客が決着を分かりづらく、1920年代にはすでにフェイク(ケツ決め)が主流となっていた
力道山に始まる日本のプロレスもそれが前提で発展していき、その弟子であるジャイアント馬場アントニオ猪木も当然それを引き継いでいた
しかし、アントニオ猪木はアリ戦において、なぜかガチンコ勝負を挑んだ。それが本書のテーマである

当時の新日本プロレスは、馬場率いる全日本プロレスとの長い冷戦が続いていた
自分にとって猪木が危険な存在となると考えた馬場は、アメリカのプロモーター連合NWAと結びつき、新日本プロレスに一流の外国人レスラーが流れるのを止めた
猪木はそれに対抗して、二流の無名レスラーだったタイガー・ジェット・シンを凶悪なヒールレスラーに仕立て上げ、国際プロレスのストロング小林を抱き込んで当時としては禁断の日本人エース同士の対戦を実現する
それでも馬場の牙城は崩せない。それを打破すべく飛びついたのが、モハメド・アリへの挑戦だった
フェイクとされるプロレスに比べ、ボクシングのヘビー級チャンピオンの地位は果てしなく高い。なぜアリがその挑戦を受けたかというと、ずばりアリ本人がプロレスが好きだったから(爆)
力道山に大流血させた「吸血鬼」フレッド・プラッシーとの交流から、ボクシング界に対戦相手を煽るプロモーションを持ち込み、ボクシング人気を飛躍的に高めたのだ
実際にアリはレスラー相手のプロレスを経験しており、猪木との対戦もフェイクの予定だった。しかし、猪木は途中でリアルファイトを要求。急遽、特別ルールが決められ、あの立ったままのアリに、スライディングする猪木という試合が生まれてしまう

異種格闘技戦はアリの前の、柔道金メダリストのルスカ戦があり、それはプロレス的な試合に終始していた。それをリアルファイトに変えた理由は、格闘界のキングオブキングスと呼ばれるボクシングに対して、「何でもありならレスリングが強いんだぞ」というレスラー側の鬱積したジェラシー。そして、どこか予定調和を嫌いそれを認めさせてしまう猪木のキャラクターだった
もっとも、レスリングの師カール・ゴッチから、タックルを教わらなかった猪木は、アリをテイクダウンできず試合を膠着させてしまった。いわゆる塩試合の原因について、総合格闘技のない時代の技術不足と指摘されている
完全版である本書では、朴正煕政権を結びついた、大木金太郎こと金一に代表される韓国プロレスの興亡とアリ戦に続くセメントとなったパクソンナン戦、猪木最後のリアルファイトであるパキスタンのアクラム・ペールワン戦の真実にも触れられており、プロレスファンなら必読の一書といえよう

猪木とアリの戦いは何を残したのだろうか。「プロレスは最強の格闘技である」という神話を残し、後輩たちは格闘技ぽいプロレス、UWFなどの諸団体を立ち上げた(それには猪木本人も絡んでいる)
しかし、興行面においてリアルファイトでは試合数が限られてしまい、ルールや技術が整備されていない時代においては怪我で選手を失いかねない。純粋な格闘技では運営できず、プロレス足らざるを得ない
著者は文庫版のあとがきにおいてUWFインターと新日本プロレスの対抗戦を、格闘技を装った異種格闘技的プロレスと生まれ変わった純粋なショープロレスの対決と評し、プロレスと格闘技が混在した時代の終わりとする
ちょうど、アメリカではUFCが立ち上がり、グレイシー柔術が旋風を巻き起こしていた。そのグレイシーを倒した桜庭和志は、その神話を復活させたかのように思われたが、それは卓越したレスリング技術で総合格闘技に適応したということに過ぎない
格闘界における猪木の功罪は、プラスとマイナスが大きすぎて測りかねる。莫大な借金を残したアリ戦についても、WWEのビンズ・マクマホンの目に止まり、新日本に外国人レスラーの調達ルートをもたらした側面がある
ファンに多くの幻想をもたらし、異種格闘技戦から総合格闘技への端緒を作り出した点で、著者も世界最高のレスラーと結んでいる

『禁談―前田日明 究極の因縁対談三本勝負』 佐々木徹

ゆうつべとかに対談動画、復活しないかなあ

禁談―前田日明 究極の因縁対談三本勝負禁談―前田日明 究極の因縁対談三本勝負
(1997/11)
佐々木 徹

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プレイボーイ誌上で実現した前田日明と猪木、長州、天龍との禁断の対談を収録した単行本
1993年当時の前田日明は引退を表明していて、現役のうちに和解しておきたいという気持ちが対談を実現した
単行本自体の中身はというと、対談三本では紙数が足りないせいか、ライターが企画の始まり、対談のお膳立てを整えるまでの苦労など、舞台裏の話が半分を占める
週刊誌の誌上ゆえ、対談が短いのは仕方ないとしても、因縁の相手に対する前田のロングインタビューぐらい載せてもらいたかった(短めの総括はあるけれど)
それでも当時、話題となった対談が舞台裏を含めて読めるのは貴重だし、プレイボーイの企画がこんなふうに始まるのか、と出版業の裏側を覗くこともできる

三者との対談は、「乱闘もありうる」と始まる前まで緊張感があるものの、顔を合わせれば互いに認め合う男同士。むずがゆいほどの褒めあいとなった
天龍源一郎とは、SWSを立ち上がったときに、UWFのスポンサーになってくれるはずだったメガネスーパーを前田が批判した時期があった
しかし対談ではそうした過去には触れず、団体運営の大変さを語りあう内容となった。長州顔面蹴撃事件が天龍―輪島戦に触発されたこともあって、天龍へのリスペクトは明らかだ
その事件の被害者である長州力とは、ざっくばらんの内容
長州の前田に対する批評は鋭く、「誰とも交わらない」「交わらない人間は人間関係が削げていく」と、孤独な戦いを続ける理由をピタリと言い当てる
蹴撃事件の真相に関しては、対談前に前田が「長州さんはレスリング出身で、蹴りに対する防御の経験が少なかった」して技術的な問題としている。長州も前田の離脱を防ぎたがったが、立場上できることに限界があったとした
1993年当時、猪木が小川を中心に総合格闘路線を取ったことには、前田がチクリ。「第二次UWFのときに肩入れしてくれればもっと大きな波になった」と嘆いた

さて、その猪木である
第二次UWFの際に、イギリスから帰った船木誠勝を新日に引きとめようとした話から始まり、ユニバーサル・プロレス(第一次UWF)で猪木が来なかったことから、新日本プロレスで前田たちが浮いてしまったことまでぶつける
それに対する猪木は、素直に謝ってしまう。この包容力が経営者として問題を起こしつつも、団体のトップとして君臨し続けられた理由だろう
長州顔面蹴撃事件による前田解雇に関しては、「前田が解雇された経緯すら、よく分かってなかったんだよな(笑)」と語り、シングル戦で前田を避けていたことも正直に認めて、懐の深さはさすが。ほんと、金さえ絡まなければいい人である
最後は前田が小川の件を話すと、猪木が新団体に誘い、前田は政治家に戻って欲しいと意味深なやり取りとなった
全編通して思ったのは、ここに出てこないレスラー、藤波辰爾の評価が高いことだ。UWFから新日へ戻ってきたときに、Uのスタイルを受け止めてくれたことを前田は感謝していて、天龍や長州もその人格を褒めている
最近のファンには、ドラゴンストップなど社長時代の迷走が印象に残ってしまうが、レスラーとして「名勝負製造機」だったことを忘れてはならない

『新日本プロレス「崩壊」の真相』 別冊宝島編集部

今となっては、懐かしい話

新日本プロレス「崩壊」の真相 (宝島社文庫)新日本プロレス「崩壊」の真相 (宝島社文庫)
(2007/01)
別冊宝島編集部

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ゼロ年代の新日本プロレスがなぜ低迷したか。猪木引退後の迷走を関係者の証言から検証する
ひと言でいえば、猪木批判の書である(笑)
団体の財政を大幅に改善した草間政一社長は任期を残す形で辞任を余儀なくされたが、ロス道場やアントン・ビジネスなどの不透明な資金の流れが槍玉に上がり、猪木と猪木事務所の反発を買ったからだという
新日本を株式上場する計画があったときも、猪木が名義を主張する株券が佐川清(佐川急便創業者)から変えられていなかったことから頓挫し、このときを逃していなければユークスへの子会社化もなかったとか
驚いたのはユークスへの“身売り”に関しては猪木と猪木事務所の対立が生じていて、新しいスポンサーを引っ張って新日本を買収したい猪木事務所に対し、猪木は独断でユークスへの身売りを確定したことだ
記事では「夢の高効率発電が実現したからでは」と推測しているが(苦笑)、近すぎる身内との内輪もめに嫌気がさしたのかもしれない

この手の本でよくあることだけど、立場によって言っていることが大きく変わる。猪木の秘書、坂口泰司によると、アントン・ビジネスに団体の金が流れたことはありえないとなる
そうした顕著な例のひとつが長州体制への評価で、小佐野景浩によれば90年代を支えたのは現場監督としての長州であり、暗雲がたちこめるのは猪木が選挙に落選して新日本に戻ってきたからとする
しかし、猪木の懐刀、新間寿に言わせると、「現場監督としてはよくても、マッチメイカーとしてはゼロ」。2005年に永田と前田がやりあったとき、相手にするなと指示したそうだ
某レスラーへの金銭トラブルやWJの顛末をみると、90年代の快進撃はゴマシオこと永島勝司など裏方の手腕が大きかったと見るべきだろう

本書の初出は2006年1月で、新日本プロレスにとってまさにどん底の時代
2001年の藤田・ノートン戦から格闘技路線がより強くなり、2005年10月にはブロック・レスナーが藤田・蝶野との3WAYマッチでIWGPを獲らせるも、契約で揉めて翌年7月に王座剥奪を迫られるという屈辱的な事態を招いている
9月に棚橋弘至が初めてIWGPのベルトを巻き、今の興隆につながっていくも低迷は長かった
長州・永島体制後に「マッチメイク委員会」に参加した渡辺秀幸の談話もあり、かの円天にドームのチケットをさばかせていたなど、驚愕のネタもある
プロレスから離れた人も戻った人も、本書で暗黒時代の深淵を覗いてみてもいいのではないか

『新日本プロレス伝説「完全解明」』 ミスター高橋

レインメーカーには注目している。外道さんがあんなに喋れるとは思わなかったなあ

新日本プロレス伝説「完全解明」 (宝島SUGOI文庫 A み 3-1)新日本プロレス伝説「完全解明」 (宝島SUGOI文庫 A み 3-1)
(2009/04/04)
ミスター高橋

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ミスター高橋、新日本プロレスの元レフェリー&マッチメイカー。タイガー服部の前任者で、1972年から1998年まで努めた
引退後、2000年暴露本『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』を出版し、プロレス関係者がその内幕を明かしたとして物議をかもしたのは記憶に新しい
本書もその路線のもので、プロレスがブックありきと前置きし、いかなる段取りで決まっていたのかを解説するもの
ファンからすると、今まで隠微な口伝として伝わっていたことを、堂々と元関係者が活字にした事態にどん引きしつつも、実際の現場はどうであったのかとチェックせずにはいられない内容なのである

「猪木-ホーガン戦の舌だし失神事件」「たけしプロレス軍団騒動」「アンドレ-前田のセメントマッチ」・・・
不幸にしてプロレスの視聴が90年代以降の管理人とって、本書の事件はリアルタイムで接したものはひとつもない
が、プロレスの黄金期の事件として、底の浅いファンといえど知っているものばかりだ
ミスター高橋の言うところ、1980年代半ばからファンの心理と猪木の発想が食い違い始めたという
猪木の独走から出た強引なブック破りが、暴動を呼んだり弟子ともいえるレスラーたちを傷つけたりした
じつのところ判断そのものは、的を射たものもあるのだが、そのやり方が当事者に知らせぬ独断的なもので、あまりのサプライズにライブのファンを困惑させた
象徴的なのが、藤原組長による「冬の札幌テロ事件で、「かませ犬発言」から発展した長州と藤波の「名勝負数え歌合戦」がマンネリになりかけたところ、猪木は入場中の長州を襲撃させ、二人の勝負を否定する行動に出たのが真相だという
こうしたやり方では点としての事件は作れても、線としての因縁、歴史として楽しめない。この事件を小川-橋本戦への源泉と捉えることもできるだろう
WWEを見習ってメディアを巻き込んで組織的に取り組んでおけば、その後の停滞を免れたのでは、というのが高橋の主張
まあ、何を今さらという話だし、NWO「大仁田劇場」(笑)などそうした流れもあることはあったと思うのだが

本書の難点は、本人が深く関わりすぎたゆえに個人視点から事件が把握されていることだろう
この手の暴露本の常として、昔の会話のやり取りなど人違い、勘違いも充分ありうるし、ことが猪木に重点が置かれる以上、その真意の読み取りようで大きく解釈も変ってくるきわめて主観的な回想と覚悟すべきだ
とはいえ、これがプロレスの裏側かと、新鮮な部分も多い
スペースローンウルフ時代の若き武藤敬司にフォールをとらせるため、相手のケビン・フォン・エリック、タッグを組む猪木の了承のみならず、ケビンの父である「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックの許可をとる必要があったという
ばく然と想像はつくものの、具体的なマッチメイクの実務を拝見できたのは良かった

流血の魔術 最強の演技 (講談社プラスアルファ文庫)流血の魔術 最強の演技 (講談社プラスアルファ文庫)
(2003/05/21)
ミスター 高橋

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